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第86話『VSWERE_GARURU_MON ファーストタッグバトル』
「おいおい…」
イルゼは呆れた様に呟いた。
目の前の怪物に…。
「ガルルルルルルルルル」
凄まじい殺気が迸る。
血走った眼と、血に飢えた牙が、否応にも恐怖を煽った。
夜の帳の中、月の光だけがイルゼと目の前の化け物を照らしている。
鋭い牙と爪が月の光を反射している。
生暖かい風が、森の木々の合間を抜けて襲い掛かる。
漆黒の毛皮に浮かぶ白の縞模様は、死を予感させた。
化け物は人の様に二足で立ち、真紅の爪は凶悪さを一層引き立てている。
イルゼと、目の前の化け物の居る場所は、花崎島の最北端。
そこで、イルゼはベレンヘーナを構えて化け物に相対していた。
それは、少し時間を遡る。
今日、イルゼ達は午前中に海岸にやって来た。
水着を着て、泳ぐのが初めてだったイルゼとフェイは学と亜里抄に教わり、ビーチボールや砂遊びをしていた。
そして、お昼になり、イルゼ達は調査を始めたのだ。
この館の秘密を。
そして、最初は森を探していた。
院長の日記にあった通りなら、森の中に入口があると思ったからだ。
森の捜索が終わる頃には、時刻四時を回っていた。
だが、収穫は何も無かった。
そして、一同は館の談話室に戻ってきていた。
「やっぱ、この館を徹底的に調査する方がよさそうッスね」
蓮が言うと、秀と三郎丸が頷いた。
「ああ。森の中を、幾ら探してもやはり裏庭の地下手術室の様に、一見では分からないようになっていると考えた方がいいだろうな」
秀が言うと、三郎丸が口を開いた。
「問題は、この館の絡繰だけど…。実際、この館の中は全室を捜索はしたんだ。勿論、あの手術室もね。だけど、何も見つからなかった」
三郎丸が言うと、イルゼが口を開いた。
「なぁ、基本的な事聞くけどさ。あの日記で、患者が絡繰を綺麗だとか、院長もセンスが良いとか言ってたよな?」
イルゼが聞くと、三郎丸が頷いた。
「ああ。…ッ―そうか!館の室内にあると思ってたけど…、絡繰は館の外にある?」
三郎丸が言うと、桜が口を開いた。
「しまった…。難しく考え過ぎてたかも…」
桜は後髪をかき上げながら言った。
桜の言葉に、慎二が口を開いた。
「そう言えば…。この起動装置、この館の形に似ているよな…?」
慎二の言葉に、秀が口を開いた。
「この装置は…、この館の模型…?」
秀は、地下手術室の起動装置を見ながら呟いた。
起動装置は、戻った時に明が元に戻している。
「て事は…灯台下暮らしだったんだね…」
学はそう言うと、天井を見上げた。
そして、里香が口を開いた。
「でも…、まさかこの館の天井がその起動装置みたいに開くなんて…」
里香が言うと、亜里抄が口を開いた。
「でもさ。中村青司は色々と無茶な仕掛けも作るからな。耐震強度とかちょっと心配になるような建物を…」
苦笑いをしながら亜里抄が言うと、イルゼは口を開いた。
「んじゃ、とりあえず上にあがろうぜ。暗くなると面倒だし」
イルゼが提案すると、三郎丸がう〜んと唸った。
「どうしたんだ?」
イルゼが聞くと、明が答えた。
「問題はね。この館の天井に上る方法が無いんだよ」
明の言葉に、学は「え?」と首を傾げた。
「梯子とか無いんですか?」
学が聞くと、三郎丸は頷いた。
「この館には梯子は無いんだ。壁も、外は煉瓦とか岩じゃない。ロッククライミングって訳にはいかないんだ」
三郎丸の言葉に、イルゼは屋敷の壁がタイルだったのを思い出した。
「そうだったな…。そうだ、輝夜、お前なら行けるんじゃないか?」
秀はメイド服で秀の横に立つ輝夜に聞いた。
その言葉に、高等部の面々は怪訝な顔をした。
「おいおい、行けるってどうやってだ?三階まで9m以上ある上に、窓以外は捕まる場所も無いってのに」
慎二が呆れた様に言うと、輝夜は首を振った。
「可能です」
その一言だった。
輝夜の言葉に、三郎丸達は目を丸くした。
「可能って!?9mだよ!?」
三郎丸が言うと、輝夜は「可能です」と答えた。
「ッ―可能です!?可能じゃないです!不可能だよ!」
三郎丸は混乱した様に叫んだ。
すると、秀が口を開いた。
「でも、輝夜は割と昔から身体能力高いしな」
「身体能力高いって…。9mをジャンプ出来る訳ないでしょ…」
桜が呆れた様に言うと輝夜は言った。
「可能です。飛翔は出来ませんが、跳躍は可能です」
「論より証拠。もう6時過ぎちゃってるし。とりあえず夕飯を食べよう。そしたら、外に出ようぜ」
秀が言うと、三郎丸達は眉を顰めながらも頷いた。
それから、夕食が食べ終わり、時刻は7時を過ぎた。
月は高く、太陽は沈んでいる。
イルゼ、学、フェイ、亜里抄、蓮、嵐、輝夜、秀、三郎丸、桜、慎二、明、里香の13人は、館の玄関の前に出ていた。
「しっかし…」
三郎丸は花崎館の壁を見上げて呻いた。
「こんな所本当に登れるのかい?」
すると、秀が答えた。
「輝夜なら可能だ。まぁ、本当に屋上に仕掛けがあるなら、院長が屋上に上がる為の仕掛けか道があるのかもしれないが…。明日の昼には帰る事にな
っているからな」
秀が言うと、輝夜が溜息を吐いた。
「叔父さんは、結局戻って来れませんでしたね。まぁ、居ても五月蝿いだけでしょうから別にいいのですけど」
輝夜の言葉に、秀は苦笑した。
「そう言ってやるなって。サム…暴走バス野郎は今日もセントラルハイウェイの平和を護ってるんだ。上等なんじゃないか?」
秀の言葉に、輝夜は肩を竦めた。
「では、…行きます」
そう言うと、地面を蹴った。
そして、前転をする様に華麗に、スカートの中が見えない様に屋上に跳び上がった。
「………本当に…跳んじゃったよ…」
三郎丸は自分の見たものが信じられなかった。
そして、イルゼが前に出た。
「俺も、ちょっと試してみるか」
そう言った。
「え?」
桜が目を丸くすると、イルゼは目を閉じた。
そして、周囲のマナを感じる。
この島は不思議とマナの濃度が濃く感じられた。
そう―……まるで、結界の中の様に…。
そして、イルゼは呼吸をする様に、体中の皮膚からマナを取り込んでいく。
体中に大気中のマナが変換されたエネルギーが循環する。
それを、右足に集中させる。
トン、トン、トン、と右足だけで跳躍すると、イルゼは一気に右足に篭めたエネルギーを爆発させた。
地面はベコンとへこみ、三郎丸達や、学達も目を丸くした。
そして、イルゼの体は花崎館の屋上の…数センチ下で止まった。
「ヤベッ!足りなかった!」
イルゼは冷や汗を流しながら、手を屋上の端に伸ばしたが、届かない。
だが、その手を輝夜が取った。
「無茶をしますね。跳躍時に地面に対して爪先で蹴ったのでしょう?」
輝夜が言うと、イルゼは頷いた。
「う…うん」
すると、輝夜はイルゼの体を易々と引き上げて屋上に立たせた。
「跳躍時は、なるべく地面に対して足の裏の面を全てつける様にするのがベストです。爪先だけでは、地面に対して力が集中し過ぎる為、跳躍の土台と
なる地面が柔らかい場合は土台を破壊してしまい、跳躍力が地面に吸収されてしまうのです。まぁ、コンクリートなどでは平気ですが」
輝夜はそう解説すると、下に向かって言った。
「それでは、私はイルゼと調査をします。少しお待ち下さい」
「あ…、ああ!分かった!」
下から秀の声が帰って来た。
下では、三郎丸達が眼を点にしていた。
「イ…イルゼ君も…跳んだ…」
三郎丸の言葉に、桜も頷いた。
「跳んだわね…」
と里香。
「跳んだな…」
と慎二。
「跳んだ…」
と明が呟いた。
そして、フェイと亜里抄は「すごぉい!」とか、「すげぇぜ!」と歓声を上げているが、学は鋭い視線で屋上を見上げていた。
そして、誰にも聞こえない様に呟いた。
「在り得ない…けど、在り得てる…。イルゼ…」
学は、心配そうにイルゼの姿が屋上から消えるのを見た。
そして、蓮と嵐はイルゼが踏み砕いた地面を見てはしゃいでいる。
「凄いね!こんなに大きな穴が空いてるよ!」
「うわぁ!50cmくらいあるッスよ!」
そして、秀は顎に手を置いていた。
物思いに耽る様に。
そして、突然寒気がした。
秀は森の方に顔を向けると、視線を彷徨わせた。
「?どうしたんスか?ブチョー?」
蓮が聞くと、秀は険しい顔をしていたが、眼を瞑ると「何でも無い」と言った。
そして、蓮達が屋上を再び見上げると、秀は再び森の中を睨んだ。
――何だ…今の視線は…?
秀は自分の感じた悪寒の正体に、眉を顰めた。
そして、しばらくすると、上の方で動きが在った。
屋上に上がったイルゼと輝夜は、直ぐに気が付いた。
屋上に幾つかの真っ直ぐな溝がある事を。
「ビンゴですね。この溝。中心の…」
しゃがんで溝を見ると、その溝の先を睨みながら輝夜が言った。
そして、そこには談話室にあった装置と同じ形の物体があった。
違うのは、それが装置ではなく、装置の天辺にあった飾りだと言う事だ。
「あの飾りの下からこの館の一辺の左右の端に向かって二本ずつ…」
イルゼが溝を眼で追いながら呟いた。
「二等辺三角形。やはり、この屋敷自体が談話室にあった絡繰の起動装置だった訳ですね…。中村青司ですか…。とんでもない事をしますね」
輝夜は面白がる様に言った。
そんな輝夜が珍しく、イルゼは目を丸くして輝夜を見つめた。
すると、目を細めて輝夜はイルゼを見返した。
「どうしました?」
「いや、なんか輝夜さん、楽しそうだなって」
イルゼが言うと、輝夜は立ち上がって、薄く笑った。
「楽しいですよ。元々は、秀様が…ええ、秀様が面白い物を探そうと立ち上げたクラブですが、私もこういう不可思議な物に好奇心をそそられます」
輝夜はそう言うと、屋上の中心部にある飾りを見た。
「なるほど、イルゼ。ここに、ハンドルがあります。恐らくはこれを回せという事でしょう」
輝夜が言った通り、飾り…と言うには大きい横から見れば五角形、上から見ると八角形のオブジェには、まるで自転車のハンドルの様な物が取り付けら
れている。
金属部分は、古いせいか少し錆びてしまっている。
「よし…回してみよう」
イルゼはそう言うと、ハンドルに手を掛けた。
「しかし…、これほどの大仕掛けを態々労する必要があったのでしょうか…」
イルゼがハンドルを握り、オブジェを回していると、輝夜は独り言の様に呟いた。
「え?」
イルゼが疑問の声を上げると、輝夜は言った。
「そもそも、地下室が森の中に在り、常は開いたままですらいた…。ならば、この大仕掛けは一体なんなのでしょうか。鍵を閉めるだけでは駄目だった
…?イルゼ、鍵を閉めるには二つの意味があります。一つは中に入れない為。もう一つは…」
「出さない為…?」
輝夜の言葉に、イルゼは呟いた。
すると、輝夜は頷いて答えた。
「恐らく、この絡繰は後者の為に作られたと考えるのが妥当では無いでしょうか…。イルゼ、『結界』…と言うのを知っていますか?」
輝夜の言葉に、イルゼの心臓が跳ねた。
「結界…?」
イルゼは輝夜の顔を見ない様にオブジェを回し続けた。
「そうです。結界には、魔術的、陰陽的、仏的、神的、魔的、などがあります」
「…………」
輝夜の突然の話に、イルゼは黙って耳を傾けた。
「結界には、基点と呼ばれる物が必ずあります。それは、呪術的な符であったり、陰陽的な式神や式紙、魔的な紋章、刻印、魔法陣などがあります。他
にも…条件と言う基点も存在します」
「条件…?」
輝夜の言葉に、イルゼは眉を顰めた。
「条件…。ある一定の条件を満たす事で解除される結界の事です」
「この仕掛けが…結界の基点だって事?」
イルゼが聞くと、輝夜は目を瞑り、薄く微笑みながら肩を竦めた。
腕を組み、夜天の下に照らされる輝夜の金色の髪はとても美しく、イルゼは一瞬だけ見惚れてしまった…。
「さぁ…。ですが、このサナトリウムの院長が、この超常的な…ある種の宗教的な考えを持っているとすれば、あながち間違ってもいないかもしれません」
「そう言えば…。日記の中で…」
「ええ、院長は日記の中で何かの制御の法を使ったとありました。それが、超常的な意味だとすれば?」
「……この仕掛けを開いた時に…結界が破れるかもしれない…?」
イルゼが聞くと、輝夜は「さぁ」と肩を竦めた。
イルゼは、オブジェを回すのを止めていた。
「止めた方が…いいのかな?」
イルゼが言うと、輝夜は口を開いた。
「分かりません。ですが、これは推測に過ぎません。…それに、超常的な力というのも、眉唾物。WGMが何かは不明ですが…。院長は日記の中で、意
味不明な言葉を残しています。それに…」
「何時の日記なのか?輝夜さん…、俺の想像だけどさ…。死人は居たんじゃないか?」
イルゼの言葉に輝夜は驚かなかった。
「よく考えたら、三人目が消えていた…。それイコール生きていた…はおかしいよな」
イルゼの言葉に、輝夜は無言だった。
「幾ら、どんなに動転しててもシャルル刑事は刑事なんだ。死体かどうかは見れば分かった筈…。分からなくても、医者は最後にシャルル刑事とアラン弁
護士と共に一人生き残っていた。…なら」
「その医者が判らない筈が無い…。その通りでしょう。そして、その三人目は死人に憑依された…。そして、恐らくは途中で死体が発見された…。だから
こそ、二人は最後の医師を…」
「多分、日記を残したのは、もう一人の医師。ソイツが、院長だった…。本当は、最後の七人しか生き残ってなかったのは…」
イルゼが顔を伏せると、輝夜が続けた。
「研究が完成した為。恐らくは、実験の犠牲にならなかったのが、その七人だったのでしょう。そして、院長は実験を完成させた後に…」
「WGMによって死亡して、死人に憑依された…」
「日記を書いたのは、死人。三郎丸さんに聞いた話では、死人は、被った人間に成り済ます為に、被った人間の現在、過去、未来を知ると…」
「ッ―!じゃぁ、あの支離滅裂だったのは…?」
イルゼが聞くと、輝夜は口を開いた。
「妙…とは思いませんか?例の事件…。全ての人間が確かに死に絶えていたのです。シャルル刑事とアラン弁護士も含めて…」
「本当は…二人が倒したんじゃなくて…。残りの死人も最後の死人も…」
「自然消滅…でしょうか」
輝夜の言葉に、イルゼは頷いた。
「よく考えればおかしい。銀の弾丸なんて、本当に効くとは思えない…。それに、魂は肉体無しではこの世に存在出来ないってのは、シャルル刑事の資料
にあった事なんだ。だったら…」
「それが意味するのは、成仏なのか…それとも…」
「劣化…」
イルゼの言葉に、輝夜は頷いた。
「恐らくは、死人は倒されたのではなく、消滅した。そう考えれば…最後に二人が死んだのも判りますね」
「どっちも、相手を死人だと勘違いした。そして…相打ち」
イルゼの言葉に、輝夜は頷いた。
「それが、事件の真相。あの日記の支離滅裂な言葉は、死人が消滅する寸前だったため?乱暴な推測ですが、それで通しましょう…。何を言いたいか
…分かりますか?」
輝夜の言葉に、イルゼは頷いた。
「妄想とかじゃない。つまりは、あれは間違いなく院長の記憶の中に存在する事…」
「WGMの存在が確かである証明にもなります」
輝夜の言葉に、イルゼは首を傾げた。
「輝夜さんは、この仕掛けを起動させる気は最初からなかったのか?なら、どうしてここに?」
イルゼが聞くと、輝夜はイルゼを見た。
「本当は、私だけが登り、何も無かったと報告するつもりでした」
その言葉に、イルゼはハッとなった。
「ごめんなさい…」
イルゼが頭を下げると、やんわりとイルゼは頭に何かが添えられたのを感じた。
「別に、怒ってはいません。事実を述べただけです。気にしなくてもいいのですよ」
輝夜は優しく微笑みながら言った。
その輝夜の顔が余りにも美麗で、イルゼは顔が火照るのを感じてしまった。
そして、イルゼは慌てて飛びのいた。
「あ…あはは。んじゃ、とっとと降りようぜ!」
イルゼが言うと、輝夜は苦笑しながら頷いた。
「そうです…ッ――!?」
言い掛けた輝夜は一瞬でイルゼまで距離を詰めると、イルゼを抱き抱えて跳躍した。
「え?え?え?」
イルゼが困惑していると、輝夜に抱き抱えられた状態で、イルゼは浮遊感を感じた。
「ッ―ってなにいい?!」
輝夜に抱き抱えられたままの状態で落下し始めて、イルゼは悲鳴を上げてしまった。
イルゼの叫びを聞き、秀達が上空を見ると、メイド服の輝夜が頭を下にして落下してくるのを見た。
「って!?イルゼ!?」
学が叫ぶと、秀達や三郎丸達も慌てだした。
「ななな、何いぃぃぃぃ!?」
秀が叫びながら、何とかキャッチしようと輝夜の落下地点に駆け出すが、全員の視線を受けながら、輝夜は右足で壁を蹴ると、クルリと一回転しながら
地面に華麗に着地した。
「…………」
一同が目を丸くして絶句していると、輝夜は顔を上に向けた。
「どうしたんだよ輝夜さ…ッ―!?」
輝夜から離れながら言い掛けると、自分の場所が突然影に覆われたのをイルゼは感じた。
そして、上を見ると、なんと天井が徐々に開かれていくのだ。
一枚一枚。
「何で!?俺、途中で回すの止めた筈なのに!」
イルゼが叫ぶと、輝夜は叫んだ。
「皆さん!ここから離れます!」
輝夜の言葉に、一同がキョトンとしていると、瞬く間に最後の一枚が開き始めていた。
「何でだ!?何で起動装置が起動してんだ!?」
イルゼが叫ぶと、最後の一枚が開いてしまった。
その瞬間、発動した。
「コレは!?」
イルゼは魔法の発動に気が付いた。
そして、凄まじい眠気に襲われた。
「ッ――……やべ…くそ…」
イルゼは次々に倒れ付していくミス研のメンバーを視界に捕らえながら、必死にポケットを探った。
「アデ…アット」
そして、ポケットからカードを取り出すと、呪文を唱えた。
今は、全員が眠りの魔法によって眠らされている。
それ故に、イルゼは仮契約のカードを起動させたのだ。
だが、韋駄天が目的ではない。
仮契約カードには、おまけの昨日が付いている。
それは、コスチュームの登録。
現れたのは、イルゼの専用アーティファクト『韋駄天』。
そして、サングルゥモンからの進化の解除時に着る服の他に、エヴァンジェリンが仕込んだ戦闘用の服だ。
それは、黒の半袖のハイネックに、クロスした二本のベルトの付いた黒の長ズボン。
そして、黒のグローブと黒のブーツだ。
このコスチュームには、数多の防御魔法の術式が編み込まれている。
エヴァンジェリンが作り上げた、一種の歩く神殿レベルの防御力を誇るソレは、伸縮性、機密性に優れている。
そして、声を封じられた時はサイレンチェック、即死魔法を発動された時はサドンデスチェック、石化魔法を受けた時はストーンチェック、雷撃を受けた時
はパラライチェック、氷結系を受けた時はフローズンチェック、毒を受けた時はポイズンチェック、睡眠魔法が発動された時はスリープチェックが必要に 応じて発動するように組込まれている。
魔法障壁も、エヴァンジェリンは自身の血と、近右衛門の血、それに龍の血まで使い強力な結界魔法陣を描いた。
斬撃に対しても、衝撃吸収と斬撃受け流しの術式が編み込まれている。
通常、この服を着ている限りは高レベルの魔法使い相手の攻撃にも耐えられるようになっている。
毒を受けても、体を破壊する方向性を持つ存在に対して効果が発揮する為、余程特殊な魔法の毒でもなければ、即死の毒でもない限りはすぐに回復す
る。
エヴァンジェリンは、この装備を木乃香とイルゼの為に作り上げたのだ。
あらゆる状況で生き残る事が出来る様に。
そして、イルゼはコスチュームのスリープチェックによって、睡眠の魔法から開放された。
そして、イルゼは何時の間にか屈み込んでいた体を起し、周囲を見渡した。
そして、ゾクッとする凄まじい寒気を感じた。
――何だ…今の?
空気がキシみを上げる。
森は呼吸を止め、一切の音が死んだ。
イルゼは自分の体が少しも動かない事に驚いた。
必死に動く様に体に命令を下すが、眼球も舌すらも動かす事が出来ない。
呼吸が出来ない。
まるで、呼吸をする為の臓器が死んだ様に。
なのに心臓は痛いほどに高鳴っている。
鳥肌が立ち、足が崩れ倒れ付した。
それでようやく、イルゼは呼吸をする事が出来た。
「体…動く…」
唾を呑み込み、ハァハァと息を整えながら、イルゼは立ち上がった。
そして、すぐ近くの眠っている輝夜の体を抱き、秀の傍にソッと寝かせた。
「何かが…。結界が…解けた…?輝夜さんの推論は正しかったんだ…。どこだ…?どこに…ッ―そうだ!たしか、里香さんがこの館の周りの広場は、中
村青司が広げた。広場の形は…この島その物だった!そうだ…あの起動装置は館そのものだった。なら…地下室は…この島の最北端!」
イルゼは必死に頭を巡らせた。
そして、眠っているフェイ達を見ながら、韋駄天に手を添えた。
「アベアット」
呪文で韋駄天をカードに戻す。
コスチュームはそのままだ。
「テレパティア」
次に、イルゼは念話の呪文を唱えた。
だが、返事は無い。
――どうなって…ッ―!
そこで気が付いた。
この島の魔力の量は、まるで結界を張っている様だったと、自分は少し前に思ったばかりじゃないか…。
そう、イルゼは自身の迂闊さに舌打ちした。
「ばあちゃん達に連絡は出来ないって事か…。進化は…ダークエヴォリューション…馬鹿か…。相手も分かってないんだぞ。それに、下手をしたらフェイ
達を俺が…。とにかく、このままここに居ても仕方無い。今は…」
そう呟くと、イルゼは駆け出した。
館の中に戻り、そのまま廊下を駆け抜けて裏口から外へ。
そして、歯を噛み締めながら森の中に突入した。
そして…、イルゼが去った後に、一人の影が動き出した。
「イルゼ…、これは…」
そして、イルゼは森を駆け抜けながらコスチュームの機能を使った。
それは、武装の格納だ。
双銃のベレンヘーナ、双剣の白魚、大鎌のファルクスを、ベルトに後部のクロスした場所に格納されているのだ。
心に呼び出したい武装を思い浮かべると、クロスした場所から、双剣と双銃は両側の腰の部分に向かって、大鎌は斜めに左肩に向かって柄が出現す
る。
そして、イルゼはベレンヘーナを呼び出した。
右手で腰の左側から出て来るのを、左手で腰の右側から出て来るのを取ると、鞘から抜く様に引き出した。
走りながら、双銃の調子を見る様にクルクルと回すと、腕を交差させて構え、目を瞑り呼吸を整えると、真っ直ぐに前を向いて走り続けた。
それから、数十分も走り続けると、イルゼは立ち止まった。
直ぐ近くに、この島を覆い尽くすほどの殺気の主が居るのが分かったからだ。
呼吸を整える。
何十分も走り続けたせいで、息はあがってしまっている。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
双銃を握る手に力が篭る。
両手は止め処なく汗が溢れ、グローブが律儀にそれを吸い取ってくれる。
全身から流れる汗も、額から零れる汗以外は、コスチュームが全て吸い取ってくれるのだ。
そして、イルゼはマナを吸収し始めた。
そして、殺気の主の居る場所に躍り出た。
「おいおい…」
「ガルルルルルルルルル」
目の前の異形に、イルゼは顔を引き攣らせた。
イルゼは知っていた。
目の前の化け物の種族を。
「ワー…ガルルモン」
喉を鳴らしながら、イルゼは目の前の怪物を睨み続けた。
通常のワーガルルモンとは違う。
ウイルス種のソレは、全身の毛皮が黒く、邪悪な姿をしている。
緑のジーンズには禍々しい髑髏が踊っている。
そして、ワーガルルモンは、まるで値踏みをするかの様に睨み続けている。
そして、不意にワーガルルモンは唸るのをやめた。
その瞬間、イルゼは本能の赴くままに右に跳んだ。
そして、左にベレンヘーナの刃を構えると、ワーガルルモンの凄まじい威力の蹴りが向かって来ていた。
――速い!
イルゼはそのまま吹き飛ばされてしまった。
最北端のこの場所、少し行けば断崖の絶壁がある。
かなり広大な広場になっていた。
森を捜索するのも、ここまでは来なかった。
――成程ね…。こんな場所じゃ、発見される筈が無い…。
ここまで来る道程は、病人の足では到達不可能だった。
イルゼも、マナを吸収しながら走って来たからこそ、ここまで来れたのだ。
普通の人間ならば数時間は掛かるだろう。
そして、吹き飛ばされたイルゼはその状態のままベレンヘーナのトリガーを引き絞った。
二発の弾丸はワーガルルモンにヒットするが、全くダメージを受けていない。
「ガルルルル」
そのまま、ワーガルルモンはイルゼに向かって凄まじい速さで襲い掛かってくる。
右手のカイザーネイルを振り上げ、イルゼは後方に飛びながらベレンヘーナの刃を盾にした。
しかし、放たれたワーガルルモンのカイザーネイルは、容易くベレンヘーナの刃を打ち砕いた。
だが、紫の閃光と化したカイザーネイルが、ベレンヘーナを砕く前に、カイザーネイルの風圧で、イルゼの体はベレンヘーナごと吹き飛んだ。
だが、それでワーガルルモンの攻撃は終わらない。
「グッ―!」
イルゼはトリガーをギリギリまで絞り続けた。
そして、ワーガルルモンが地面を蹴った瞬間に、トリガーを離した。
「バーストショット」
残りのエネルギーを全て開放した。
その衝撃で、イルゼの体は更に速度を増して吹き飛ばされる。
だが、ワーガルルモンは…。
――動きも止まらないのかよ…。
イルゼは地面に到達すると、ベレンヘーナを格納した。
これは、仮契約カードに似たシステムだ。
心の中で格納すると思えば、それだけで格納される。
だが、仮契約の様に、どこにあっても…と言うわけにはいかない。
自分の手元にある事が条件だ。
そして、イルゼはすぐに白魚を呼び出した。
逆手で引き抜き、全力で距離を取る。
だが…。
「ッ――フォックスファイアーだと!?」
ワーガルルモンは、立ち止まったかと思うと、大きく息を吸い込み、次の瞬間に凄まじい火力の青白い炎を噴射した。
炎の勢いは強く、イルゼは咄嗟にしゃがんでいなければ、一瞬で消し炭になっていただろう。
そして、イルゼはすぐに立ち上がると真下に影が出来たのに気が付き、左に跳んだ。
すると、ワーガルルモンのガルルキックが、イルゼの居た地点に巨大な穴を開けた。
そして、両腕を振り上げたかと思うと、カイザーネイルを放った。
「ッ―!」
転ぶようにしゃがみ、地面に伏すると、頭上を紫のクロスした閃光が通過した。
そして、ソレは森に入ると、次々に木々を切り倒した。
――あんなの喰らったら…。
イルゼは白魚を構えたまま動けなかった。
まるで、ワーガルルモンは探るかの様にイルゼを睨んだまま動かなくなった。
――何故だ…?何故…動かない?
イルゼは険しい表情でワーガルルモンを睨み付けた。
幾ら考えても、ワーガルルモンに勝てる方法が思いつかなかった。
そもそも、前提が間違っている。
ワーガルルモンは完全体だ。
成長期であるインプモンも、子供である人間のイルゼも、スペックがそもそも違いすぎる。
だが、その差を乗り越えなければ勝機は無い。
イルゼはワーガルルモンから眼を逸らさずに頭を回転させた。
「やるしか…ねえよな!」
イルゼは吼えると、一気に駆け出した。
ワーガルルモンから逃走する為に。
――まず、ワーガルルモンにカイザーネイルを放たせないと…。
イルゼは両足にエネルギーを限界まで集中させた。
――俺の技や白魚やベレンヘーナじゃワーガルルモンには届かない。
――自分の力で無理なら…、可能な物を他から喰らうだけだ!
イルゼはマナの吸収限界量を超えて吸収したまま走り続けた。
心は闘争心に支配されていく。
だが、頭はどこまでも冷静だった。
それは、本当の意味での命の遣り取りだからこそ可能な事だった。
それも…、圧倒的な強者を相手にしているおかげだ。
アスナや、自分を殺そうと考えていない人間相手では、イルゼ自身も殺す気になどなれる筈も無い。
だが、今のイルゼは殺し合いの覚悟を決めた。
既に、イルゼはヤタガラモンを葬っている。
それが、『殺し』の覚悟を固めた。
それは、幼い心故の柔軟性でもあった。
殺すならば躊躇はしない。
子供は残酷であり、どんなに優しく清廉潔白な子供でも、道を歩く時に見つけた蟻を踏み潰し、拾って胴体の胸を切り裂く事があるだろう。
何の躊躇いも無く、生きている物を飼っても、世話を放棄し殺しても、心を痛める事は少ない。
そして、イルゼは既に、殺しを経験している。
一度経験すれば、後は同じになってしまう。
殺す事を躊躇わない。
イルゼの頭の中は、ワーガルルモンを殺す方法のみで集中している。
マナの吸収は、木乃香の綺麗な魔力では無い。
空気中の、混沌に満ちた魔力、それこそがマナだ。
イルゼの中で、それはもう一つの進化へ導こうとする。
だが、ソレを捻じ伏せて、イルゼはとにかく走り続けた。
イルゼの速度は、既にオリンピックの選手並の速度が出ている。
だが、その程度の速度ではすぐにワーガルルモンに追いつかれる…筈だった。
――何を考えている…?
イルゼは、自分の速度に合わせているかの様な速度で走るワーガルルモンに疑問を抱いた。
イルゼの知っているワーガルルモンと言う種族は、忠義に厚く、戦いをこの上なく愛する武獣の筈だ。
だが、イルゼが相対しているのはイルゼの知っているワクチンのワーガルルモンでは無い。
ウイルスのワーガルルモン。
その性質は、残忍にして凶悪。
凄まじい殺気は、それだけで並の者ならば失神し、下手をすれば心臓が停止する程だ。
本来、イルゼは死を賭しても森にワーガルルモンを引き擦り込むつもりだった。
だが、件の魔獣はまるでイルゼに合わせている様だった。
――そもそもおかしい…。ワーガルルモンの攻撃を、俺が避けられる筈が無い…。
イルゼは自分の力を奢る程愚かでは無い。
本来は、最初の一撃すら目視する前に自分の存在は消滅している筈だったのだ。
だが、事実は違った。
そして、イルゼは森に入ると、輝夜に習った通りに、脚の接地面をなるべく広くして地面を蹴った。
巨木の枝に飛び乗ると、すぐにワーガルルモンも跳躍し追い掛けて来る。
そこで、違和感を覚えた。
――何だ…?何かがおかしい…。
違和感を覚えながらも、イルゼは必死に距離を取ろうと、木々の合間を隠れながら移動した。
だが、ワーガルルモンは一直線に追い掛けて来る。
そこで、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差した。
「アホか俺は…。相手は犬だぞ…」
イルゼは舌打ちすると、作戦の失敗を嘆いた。
別に、本来の作戦が失敗したのでは無い。
要は、ワーガルルモンにカイザーネイルを使わせる事。
それが前提にあるのだ。
その為には、距離を取る事が一番楽であり、確実なのだ。
何故なら、距離が広ければ、それだけファルクスを呼び出し、吸収させる為の余裕が出来る。
だが、近接ではファルクスの呼び出し時間が長すぎるのだ。
――…一人じゃ、コレが限界かよ…。
イルゼは歯軋りしながら作戦を変更した。
ファルクスを呼び出した状態での近接戦闘。
その間に、ワーガルルモンがカイザーネイルを出してくれる事を祈る。
とんでもない愚かな作戦だった。
だが、それ以外に道が無い。
最強戦力であるファルクスでの戦闘…、イルゼはもう少しファルクスを使って置けばと後悔した。
そして、そうと決まった瞬間に、イルゼは白魚を見詰めた。
――じいちゃんがくれた双剣…。
「ごめん…じいちゃん!」
そして、イルゼは白魚を反対に持ち替えると、振り向き様にワーガルルモン向けて投擲した。
接近戦を挑むにも、その前に撃墜されては意味が無いし、ファルクスを呼び出す時間も必要だったからだ。
――ファルクス!
心の中で叫び、ファルクスの柄が左肩の上に顕現する。
そして、それを両手で掴むと、振り抜きながらワーガルルモンに駆け出した。
イルゼの投擲した白魚は、ワーガルルモンに容易く防がれた。
否、それだけではない。
白魚は、ワーガルルモンの円月蹴りによって二つとも粉砕してしまった。
それに心が痛んだが、イルゼはその感情を押し殺し、ファルクスを横に薙いだ。
縦に薙いでも意味が無い。
左右に避けられ易い上に、地面に刺されば隙が大きい。
その上、横と違い下であれば、再び振り上げるまでの時間は長い。
イルゼは振り切った状態のまま、ファルクスの反対に付いているトライデントで、飛び上がったワーガルルモンを突く。
だが、ワーガルルモンはいとも容易く避けると、体を反転させ、円月蹴りを放った。
イルゼは咄嗟にファルクスを捨てて距離を取った。
円月蹴りを回避すると、ワーガルルモンは唸り声を上げながらイルゼと距離を置いたままイルゼを睨んでいる。
そして、イルゼは焦燥に駆られていた。
ファルクスは、ワーガルルモンを挟んでイルゼの居る場所と反対側にあるのだ。
残っている武装はベレンヘーナのみ。
イルゼはベレンヘーナを呼び出すと、刃を合わせて弾丸を装填した。
その間も、ワーガルルモンは責めて来なかった。
――どう言うつもりだ…。
イルゼは油断せずに、弾丸がマックスに溜まったベレンヘーナを構えた。
そして、額から汗が零れた。
その汗は、あろう事かイルゼの右目に流れてしまった。
――しまった!
イルゼ右肩で汗を拭った瞬間、ワーガルルモンは動き出しイルゼは咄嗟に後ろに飛んだが、ワーガルルモンは右手を振り上げた。
――カイザーネイル!!
イルゼは胸を逸らす様に回避すると、そのまま倒れてしまった。
そして、ワーガルルモンは止めを刺そうと動き出した。
――死ぬ…。
イルゼは死を予感し目を閉じた。
すると、突然鋭い風切り音が聞こえた。
――何…?
イルゼが目を開けると、ワーガルルモンに向かって無数のナイフが降り注いでいた。
「何だ!?」
イルゼは驚愕して固まっていると、ナイフの放たれ続けている位置から声がした。
「イルゼ、こちらに来てください」
その言葉に、イルゼは驚愕したが、すぐに指示に従った。
この状況で馬鹿な真似は出来ない。
気の緩みは死に直結するからだ。
そして、イルゼはナイフの放たれ続ける木の枝に飛び上がった。
そこに居たのは…。
「輝夜さん…どうしてここに?てか、このナイフは…?」
イルゼが離している間にも、輝夜は眼にも止まらぬ速さでナイフを投擲し続けている。
「イルゼ、現状を報告して下さい。恐らく、あの獣人はナイフの投擲を止めた瞬間に襲い掛かってくるでしょう」
輝夜の言葉に、イルゼは自分の疑問を後回しにした。
「アイツは、ワーガルルモン。詳しい事は後で話すけど、輝夜さんは魔法使いは知ってる?」
イルゼが聞くと、輝夜は少し考える様に黙ってから答えた。
「異能の力は知っています。ですが、魔法使いは初耳でした。ですが、驚いている時間は無いでしょう。現状で必要なのはあの獣人のデータと、貴方の戦
闘法、並びに、あるのならば勝利条件を、知っている限りで構いません。簡潔に教えて下さい」
輝夜は簡潔に言うと、イルゼは頷いた。
「ワーガルルモン。デジモンって言う生き物で、多分WGMは『Were Garuru Mon』の略だと思う。必殺技は、両腕の鋭い爪から紫の斬撃を放ち切り刻む
カイザーネイル。他にも、強力なガルルキックがある。円月蹴りはガルルキックを円を描くようにして放つ技。ボールディブローは、強力なボディーアタック の連続技。他にも、フォックスファイアーって言う技を口から放つけど、威力も速さも凄まじいから、当たったら只じゃすまない。まぁ、全部そうだけど。身 体能力は、本来なら一瞬で俺達を殺せるレベルの筈だった。だけど、なんでかあのワーガルルモンは身体能力が低い気がする。俺の戦闘方法は、双剣 と双銃と大鎌。双剣は破壊された。大鎌はワーガルルモンの後。双銃はワーガルルモンには全く効かない。勝利条件は只一つ。フォックスファイアーより も威力の高い、カイザーネイルをファルクス…、大鎌に吸収させて、その力で攻撃する事。ファルクスの事も後回しで今は簡潔に説明するけど、アイツの エネルギー系の攻撃を吸収して、エネルギーの刃を作れるんだ。恐らくは、その刃でしか、勝つのは無理だ。奴の毛皮はミスリルと同等の強度があるか ら…。他に必要な事は…?」
イルゼが早口で捲くし立てるように言うと、輝夜は首を振った。
「色々と聞きたい事はあります。ですが、今は全てを後回しにします。貴方は本来はあの程度では無いと言いましたね?恐らくは封印により力が減退した
と考えるのが妥当でしょう。何故なら、封印されたのは少なくとも数十年前。そんな時間を、何も食さずに生きていただけでも驚愕に値します。恐らくは戦 闘技術も退化しているのでしょう。勝つには速攻、ワーガルルモンが戦闘に慣れて、本来の実力に戻る前に倒す。それ以外に手は無いでしょうね…」
輝夜の言葉に、イルゼは頷いた。
そして、輝夜は言った。
「私の戦闘方法はご覧の通りの無限のナイフ。実は先ほど…いいえ、後にします。他には、身体能力は貴方とそう変わらないでしょう。…が、戦闘技術は
私の方が高い。ですが、貴方でなければワーガルルモンを倒せない。つまり…」
「輝夜さんが囮で、俺が何が何でもカイザーネイルをファルクスに吸収させる。それから、二人で同時に挑み、倒す」
イルゼは輝夜を囮にする事に躊躇しなかった。
何故なら、それが一番だからだ。
変な正義感を振るっいる場合では無い。
それを理解しているが故に、イルゼに出来るのは只一つ。
――輝夜さんは絶対に護り切る。
その為の第一条件は、何があっても自分は倒れてはいけないと言う事だ。
そして、輝夜は口を開いた。
「合図をしたら、下に降りましょう。私が先行します。その間に、貴方はファルクスを」
「了解、その後は、カイザーネイルを待つ」
イルゼはそう言うと、ベレンヘーナを構えた。
「射程は50、視界を奪う程度なら出来るかもしれない。行くぜ」
イルゼが言うと、輝夜は頷いて二人同時に飛び降りた。
そして、着地した瞬間に輝夜はナイフの投擲を続けた。
狙うは頭部、それも両眼と口のみ。
それ以外は意味が無いからだ。
そして、イルゼはワーガルルモンから距離を保ちつつ、ワーガルルモンの足元を撃ち続けた。
――まずは足場を崩す。
それが、カイザーネイルを放たせる為の作戦だ。
足場が安定しなければ、ワーガルルモンの攻撃手段は二つに絞られる。
――フォックスファイアーとカイザーネイル…。
これは、賭けに近い。
失敗すれば、輝夜の命を危険に晒す。
――後で殴って貰おう…。
そう思いながら、イルゼはファルクスに急いだ。
その間も、輝夜はナイフを巧みに操りながらワーガルルモンを牽制し続けた。
常に視界がナイフで隠される様に。
そして、素早い動きでイルゼの走る姿が見えない様にしている。
これは、ベレンヘーナの弾丸を感知させない為だ。
恐らくは、イルゼの動きはバレている。
それを確信した上で、輝夜はワーガルルモンがイルゼに向かわない様に戦い続けた。
――これは…勝機がありそうですね…。
輝夜はそう思った。
ワーガルルモンの動きは、確かに素早い。
だが、その速度も近接戦では地面の強度と距離によって、下半身での速度は限界がある。
そう、体重が重い分で、輝夜よりも圧倒的に遅いのだ。
だが、それを補って余りある上半身のスピードは、輝夜ですら、ギリギリで感知出来るかどうかのレベルだ。
それに、蹴りの速度も凄まじい。
風圧だけで吹き飛びそうなのを、輝夜は必死に堪えながら戦っているのだ。
そして、イルゼはようやくファルクスに辿り着いた。
そして、ファルクスを掴むと、ベルトに収納し、ワーガルルモンに向かった。
遠距離に居ても、輝夜が近接していては意味が無い。
だが、輝夜も離れれば、イルゼと輝夜、どちらに向かうか分からない。
一緒に居ても、遠距離では意味が無い。
つまり、二人同時に近距離戦闘を挑む。
それだけが、ワーガルルモンとマトモに戦う方法なのだ。
イルゼは一瞬でワーガルルモンに近づくと、ベレンヘーナを撃ち続けた。
ファルクスを使うのはまだ早い。
呼び出すのは、ワーガルルモンが片腕ではなく、両腕を振り上げた時。
でなければ、片手でのカイザーネイルでは意味が無いからだ。
ダメージを与えられるレベルでは駄目なのだ。
攻撃になるレベルでなければ。
無数のナイフと無数の弾丸。
だが、どれだけ浴びせてもワーガルルモンには傷一つ負わせられない。
そして、ワーガルルモンの円月蹴りをギリギリでは吹き飛ばされるので大袈裟に後退して、避け続けた。
「グルルルルルルルルグオオオオオオ!!!」
ワーガルルモンの雄叫びが空気を切り裂き、凄まじい殺気に当てられそうになるのを必死に堪える。
そして、ついにワーガルルモンが両腕を振り上げた。
――ファルクス!!
「輝夜さん!!俺の後ろに!!」
イルゼの叫びに、輝夜は攻撃を中止してイルゼの背後に下がった。
そして、イルゼがファルクスを振り翳した瞬間に、カイザーネイルがファルクスに激突した。
「ッ―アガガガガガアアアガアアアアア!!」
凄まじい破壊力に、ファルクスは軋みを上げ、イルゼの体は吹き飛ばされそうになった。
すると、イルゼは背中に暖かい物を感じた。
「イルゼ、頑張って下さい」
淡々と言う輝夜に、イルゼは目の前の刃と刃のぶつかりあいを眼にしているにも関らず苦笑してしまった。
そして、イルゼは両足に力を集中し、雄叫びを上げた。
「グオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
徐々に、カイザーネイルが消えていく。
ファルクスにエネルギーを吸収されているのだ。
そこで、見た。
――ワーガルルモンが…疲れている…?
そこには、荒く息を吐き、イルゼを睨むワーガルルモンの姿が在った。
そこで、ようやく気が付いた。
――そうだ…アイツは…俺と同じなんだ。
どうして気が付かなかったのか。
ワーガルルモンの技もまた、イルゼと同じでマナの吸収が必要なのだ。
だが、ワーガルルモンは当初のイルゼと同じだ。
何故なら、召喚された日に封印されたからだ。
――マナを吸収出来てないんだ。だから、戦闘力も落ちてたんだ…。
それに気が付いた瞬間、勝機が見えた。
「輝夜さん…。俺を信じて下さい」
「……どうするんですか?」
輝夜の問いに、イルゼはニヤリと笑った。
「持久戦をします。多分、今のままだと俺の攻撃は当たらない。だけど、時間が経てば経つほどアイツは弱くなる筈。それも、大技を出せば出すほどに。
それを、アイツは気が付いていない」
イルゼの言葉に、輝夜は眉を顰めたが、直ぐに頷いた。
「分かりました。ですが、ファルクスにはエネルギーを溜めたままに出来るのですか?」
輝夜が聞くと、イルゼは頷いた。
「三十分なら、まだ大丈夫な筈。それまでに、アイツを疲れさせる。その間に、フォックスファイアーかカイザーネイルが出たら、それを吸収すれば、更に
時間が延びる。そうすれば、確実に勝てる」
イルゼの言葉に、輝夜は目を閉じると言った。
「いいでしょう。貴方を信じますよイルゼ」
そう言って、輝夜はナイフを投擲しながらワーガルルモンに襲い掛かった。
そして、イルゼは嬉しそうに微笑みながら、どこか寂しそうな表情を浮べて、ファルクスを地面に刺して、ベレンヘーナを構えた。
――ここからは、長期戦になるな…。
そう、考えながら。
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