第85話『花崎館の謎』


イルゼ達がサナトリウムに到着すると、既に秀達は待っていた。

「遅いぞ。もう二時過ぎだ。少し遅いが昼食にするから、すぐに各自の部屋に荷物を置いて集合しろ。部屋割りはしおりに書いてある通りだ…が。まぁ、
部屋替えとかは各自で適当でも構わん」

秀はそう言うと、サナトリウムの中に入って行った。
学がサナトリウムの玄関を見ると、そこには看板が掛けられていた。

「『サナトリウム・花崎館』か…。そう言えば、思ったんですけど、ここって僕達が勝手に使っていい場所なんですか?」

学が聞くと、里香が頷いた。

「ここは、私の父が買い取った島なのよ。元々、景観が良くて、信じられない程安い値段で売りに出されてたの。この島は何度か持ち主が代わったらしく
てね。地下室は少し変わった場所にあって見つからなかったんだけど、建物自体は何度か改装したらしいから中は凄く快適よ。父が買い取る前は、ここ
は普通のサナトリウムとして使われてたらしいの。軍の秘密の研究なんて勿論してないけどね」

クスクスと笑いながら、里香はそう言った。

「まぁ、実際、あの地下室もシャルル刑事の資料が無けりゃ、絶対見つからない場所だったけどよ。本当に何かの研究をしてたのか?それを題材にし
て、俺達ミス研はこの島での合宿を大いに楽しもうぜ」

慎二はニカッと笑いながらイルゼ達に言った。
イルゼ達も、深く考えずに頷いた。

「後で地下室に連れて行ってあげるよ。ちょっとした絡繰があるんだ。この建物はさ、1945年の終戦間際に一度爆撃されてるんだ。そして、その後何度か
改築されていた。そして、1965年にとある一風変った建築家が携わったんだ。改築にな。手術室自体はその当時からあったのか…、それとも改築後に
設備を運んだのかは分からない。まぁ、普通に考えれば後者だろう。改築中に設備そのままなんて無いだろうし、改築に来た職人達に、仮に何かの裏が
ある研究をしていたなら、そんな証拠になりそうなのを見せる筈もない」

明が言うと、亜里抄は目を丸くした。

「1965年…待った、絡繰を仕込む一風変った建築家ってもしかして!」

亜里抄が興奮した様に叫ぶと、慎二は口笛を吹いた。

「知ってるのか?あの一部で熱烈なファンの居る、1985年の9月20日に自邸である『青屋敷』で一寸不可思議な死に方をした、謎の天才建築士、『中村青
司』を」

その名前に、亜里抄は「勿論だぜ!」と興奮した様に言った。
その瞳は好奇心に溢れ、花崎館を見上げた。

「中村青司…?」

イルゼが首を傾げると、フェイがイルゼの耳元で囁いた。

「ほら、僕達が最初にミス研に来た時に亜里抄が話してくれたじゃない」

「最初…?――ッああ!あの時か。思い出したよ、そう言えば聞いたな。家主にも秘密で大掛かりな仕掛けを作る建築士だって」

フェイに聞いた話を反芻し、記憶を遡ると確かに聞いた事があった。
最初の時、亜里抄が貸してくれた小説を、イルゼは読んでいなかったのだが、聞いた話は覚えていた。

「ある意味、中村青司の建てた館は呪われてるんじゃないかな?」

明が花崎館を見上げながら呟いた。

「呪われてるって?」

イルゼが聞くと、亜里抄が得意げに口を開いた。

「そこは、私が説明するぜ。中村青司の建てた建築物で、中でも『館』を冠する建築物では、必ずと言っていい程に殺人事件が起こるんだ。ほら、前に貸
した鹿谷角美の『迷路館の殺人』もノンフィクションだって言ったろ?覚えてないだろうけど、その時にも話したんだが、この中村青司自身も、自邸で炎の
中で死に、その自邸のある島に建てられた十角館、黒猫館、時計館、水車館、それに、ここみたいに改築や補修を請け負った暗黒館でも同様に事件が
起きたらしいんだ」

亜里抄の話に、イルゼは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
そして、花崎館を見上げるようにして、僅かな恐怖心を抱いた。
まるで、死んだ中村青司の呪いが、彼の設計した館に憑依しているんじゃないか、そう想像してしまって。
そして、この館で起きた殺人事件。
真実は分からないが、それでも殺人事件が起きたのは確かなのだ。
改装して綺麗になったとは言われても、このベットリとした粘着質のある悪寒を拭い去るのは、容易な事ではなかった。
そして、イルゼ達はいよいよ、花崎館に足を踏み入れた。
花崎館の形状はかなり特殊だ。
正面から見た時、玄関の形も扉は普通だが、その屋根と、その上に伸びる二階と三階の階層の壁は中心部分が丁度、三角形の頂点の様にでっぱり、
正面から見て花崎館の両端に向かって壁全体が徐々にへこんでいる感じだった。
そして、建物内に入ると、まるでホテルの様な内装だった。
床には毛の短い赤い絨毯が敷かれている。
玄関の扉を潜ったすぐ両脇には背の高い下駄箱、そして天井には吊るされたチューリップ型の三つに枝分かれした電灯が、今は力無くひっそりとしてい
る。
直ぐ目の前には大きな額縁があり、その中にはこの島の絵が描かれていた。
花崎島は、北側に延びている島の様だった。よく見ると、花崎館の周囲の広場も島の形状に似ている気がした。
少し館の北側の広場が広いのだ。
イルゼは、下駄箱に靴を入れて、スリッパに履き替えて絵を眺めた。
その時、何故か違和感に襲われた。
足元の覚束ないような…。
すると、里香がすぐ後ろから声を掛けてきた。

「何か、気になるの?」

「え?」

イルゼが驚いて振り向くと、里香を見た。
里香の格好は、黒のブラウスに、黒のロングスカート、それに船を下りる時に鞄から取り出した紫のショールを胸の所で結んでいる。
よく見ると、清楚な雰囲気にとてもよく似合っていた。
そして、イルゼは疑問に思った事を口にした。

「いや…、この花崎館の周りの広場って、玄関のある南側よりも北側の方が広いんだなって思って…」

イルゼが言うと、里香はニッコリと微笑んだ。

「いい所に気が付いたわ。まぁ、元々はちょっとした庭みたいなモノだったらしいわ。でも、その後、中村青司が広場を更に広げたらしいの」

「つまり…、この広場に、中村青司の仕掛けが…?」

イルゼが聞くと、里香はゆっくりと頷いた。

「ええ、後で皆と一緒にみせてあげる。凄いのよ、本当にドキドキしちゃう仕掛けなんだから…」

夢見るように、どこか熱に浮かされたように、里香は蕩けるような視線で絵を見ながら言った。

「へぇ…。それは…楽しみだな…」

イルゼはそう言うと、後ろから学に呼び掛けられた。

「イルゼ、急がないと食事が始まっちゃうよ!部屋に荷物を置きに行こうよ!」

学の声に、イルゼは振り返ると里香が言った。

「それじゃあ、行こっか」

里香はそう言うと、イルゼの手を取って歩き出した。

「あ…。うん…」

イルゼは里香に手を引かれて、歩き出した。
花崎館の一階は、玄関から左右に分かれて、廊下が館の周りを一周している。
そして、内側に幾つかの部屋があるのだ。玄関の右側の廊下を進めば、直ぐの場所に看板の無い部屋があり、その隣には医務室がある。
元サナトリウムだからなのか、薬に関してはかなり揃っていた。
どれも、期限は切れていないらしい。
ベッドは三つある。
そして、医務室の扉を出ると、少し歩いて隣の部屋は大き目な談話室だ。
玄関を左の廊下に進むと、最初に階段フロアがある。
扉を開くと、幅は70cm程度の扉から推測すると、その二倍程度の幅があり、奥行きは、丁度、館の中央部まである。
そして、館の中央部に少し大きめの石造りの階段がある。右側の、丁度玄関の絵の奥のスペースが使われているのだろう。
二階に上がれる様になっている。
階段フロアの隣は広い食堂で、部屋自体が孤を描いている。
真ん中に真っ白のレースが付いたテーブルクロスが乗せられた長いテーブルに、シンプルなデザインの椅子が並んでいる。
その隣が、キッチンだ。
キッチンは、食堂からも扉無しで通れるようになっている。
そして、直ぐ隣が小さな倉庫になっている。
その隣が談話室だ。
キッチンの廊下へ出る扉を潜った先は、この館の裏庭に出られる扉がある。
イルゼ達は階段フロアに入ると、階段を上がった。
階段フロアは、両脇の壁にオシャレなランプ型の電灯が並んでいる。
階段を上がると、直ぐ目の前には三階に上がる階段があった。そして、一階とは違い、そこは部屋では無く廊下だった。
内側に円状壁があり、外側に部屋がそれぞれあるようだ。

「二階と三階が客室だ。初等部は三階、俺達高等部は二階を使う。でも、危ないから絶対に窓を開けない事だ。まぁ、三階の窓は嵌め殺しになっている
んだがな。恐らく、患者の自殺防止だったんだろう」

慎二はそう言うと、里香から荷物を取り上げた。

「里香、荷物は俺が部屋に置いておくから、えっと…そうそう。イルゼと学…それに亜里抄とフェイだったな?を、三階の部屋に案内してやってくれ」

慎二が言うと、里香は「了解」とニッコリ笑って頷いた。
そして、そのまま目の前の階段を、里香に先導されてイルゼ達は上がった。
ちなみに、イルゼはもう手を繋いでいない。
そして、三階も、二階と同じ感じだった。
フロアの中央部には、円状の壁がある。
円状…と言っても、包みたいなのでは無く、八角形で、かなり太い柱の様だった。
イルゼがそう思っていると、里香が口を開いた。

「中央部は、この館の大黒柱みたい。一階まで貫いているのよ」

里香の説明を聞きながら、イルゼはその柱を見詰めた。
柱と言うよりも、一つの部屋くらいの広さがありそうだと思った。
そして、里香がしおりを見ながら部屋割りを発表した。
階段の目の前の部屋、南の部屋をイルゼ、その左が亜里抄、右がフェイ、その更に右が学の部屋だ。
ちなみに、亜里抄の部屋の左側の部屋は蓮、その隣が嵐、その更に左は丁度北面に位置して秀の部屋だ。
その左側、学の部屋の右側が輝夜の部屋だ。

「それじゃあ、私は先に下に降りてるか、荷物を置いたら階段を一階まで降りて、扉を開いたらすぐ右の扉から食堂に来てね」

里香はそう言うと、階段を降りて行った。
イルゼ達はそれぞれに宛がわれた部屋に入った。
部屋は五角形になっていて、右側に真っ白なシーツの敷かれたベッド、左側には机がある。
扉の直ぐ右には服を掛ける木製の大きめな洋服箪笥がある。
イルゼは持っていた荷物を降ろすと、水着の入ったサマーウィッチの袋から、フェイの水着の入った紙袋を取り出すと、部屋を出てフェイの部屋に向かっ
た。
チャイムなんて無いので、部屋の扉を三階ノックした。
すると、直ぐに中からフェイの声が聞こえた。

「どうぞぉ」

イルゼは扉のノブを捻ると、扉は簡単に開いた。
そして、中に入ると、フェイも荷物の整理をしていた。
イルゼは、フェイに紙袋を手渡した。

「ほい、水着。適当に整理したらさっさと下に降りようぜ」

イルゼが言うと、フェイは頷いた。

「イルゼの方はもう終わったの?」

フェイが聞くと、イルゼは「うんにゃ」と言った。

「適当に寝間着と風呂の準備だけ別にしただけだ。後、持って来たトランプとお菓子とかは小さい鞄に入ってっから、すぐ出せるしな」

「わかった。じゃあちょっと待ってて。すぐに終わらせるから」

フェイが言うと、イルゼは口を開いた。

「んじゃ、俺は学達を呼んで来るよ」

イルゼはそう言うと、部屋を出て行った。

「あ、うん…」

フェイは何か言い掛けるが、その前にイルゼは退出してしまった。
そして、イルゼは学の部屋をノックした。

「はいはい」

中から学が扉を開いた。

「イルゼ、もう準備出来たのかい?」

学が聞くと、イルゼは頷いて答えた。

「ばっちりだ。フェイももうすぐ出来るってよ」

「そっか、僕の方も終わったよ」

「んじゃ、亜里抄呼んで、フェイと食堂行こうぜ。俺、もう腹が空いてしょうがねえや」

イルゼが自分のお腹を擦りながら言うと、学はクスクスと笑った。

「お腹と背中がくっついちゃう?」

「おっ!それそれ!正にそれ!学、うまいじゃん」

イルゼが言うと、学は苦笑した。

「『おなかのへるうた』っていう、ほら、音楽の時間に配られた『みんなの歌』って教科書に載ってたの知らない?」

「みんなの歌か、俺ってば、授業以外で教科書なんて宿題の時以外開かないしな…」

イルゼが頭を抱えながら言うと、学は呆れた様に言った。

「少しは教科書を役立てなきゃ駄目だよ。イルゼは一般常識も時々知らない事があるんだから、特にね」

「へいへい…。それより行こうぜ!」

イルゼは耳を押えながら亜里抄の部屋に向かった。
その姿に、学は「仕方ないな…」と肩を竦めてイルゼを追った。
亜里抄の部屋をノックすると、亜里抄も準備万端だった。
ただし…。

「あれ?亜里抄、着替えたのか?」

イルゼが言うと、亜里抄は確かにここまで来る間着ていたのとは違う白いシャツに、水色のスカートを履いていた。

「そりゃな。ここまでで大分汚れちゃったからさ。本当は風呂に入りたいんだけど、しおりによると、風呂は夜の7時に沸かすみたいなんだよなぁ」

項垂れるように亜里抄は言うと、学が口を開いた。

「シャワーは使えるみたいだけどね。それにしても、サナトリウムなのにお風呂は玄関から少し南に行った所に別にしてあるんだね」

学が言うと、亜里抄も「変だな」と首を傾げた。
それから、三人はフェイの部屋に向かうと、フェイも着替えを済ませていた。
水色のワンピースだ。
そして、四人が一階に降りて、食堂に入ると中に入った途端にジューシーな香りが溢れていた。

「んんん〜!いい臭い!!」

イルゼは唾を飲み込みながらテーブルを見ると、そこには既に照り焼きにされた魚と、白米、それに味噌汁が並んでいた。
そして、三郎丸と嵐、ボルクの三人がそれぞれの手にお皿があり、それをテーブルに運んでいた。

「おっ!来たな。ちょうど配膳が終わった所だ。自由に座っていいぞ」

秀がそう言うと、イルゼ達は固まって手前の席に座った。
それから、すぐに秀達も座った。
そして、キッチンから桜、輝夜、千里、蓮が出て来た。

「これって、輝夜さん達が?」

学が聞くと、秀が「ああ」と言った。

「ここは、元々患者の食事も作る為にキッチンは大人数の食事を一気に作れるようになってるんだ。鍋とかもでかくてな。さて、頂こう」

秀が言うと、三郎丸が音頭をとった。

「それでは、初めての初等部、高等部での合同合宿最初の食事を祝し、並びに、これだけのご馳走を用意してくれた桜、輝夜ちゃん、千里ちゃん、蓮ち
ゃんに感謝を篭めて!いただきます」

「「いただきます!」」

三郎丸のいただきますに合わせて、イルゼ達も手を合わせた。
そして、食事が進むと、学が気になった事を、隣に座る慎二に聞いた。
ちなみに、席順は扉のある側が、キッチン側から、蓮、嵐、三郎丸、明、里香、イルゼ、フェイの順に座っている。
フェイの正面には亜里抄、その隣から学、慎二、桜、秀、それに一つ余って輝夜が座っている。

「そう言えば、この館のお風呂って少し離れてますよね?どうしてですか?」

学が聞くと、慎二は食事の手を止めた。

「一階の医務室の隣に一応あったんだけどな。今は壊れてて使えないんだ。それに、患者がお風呂の中で倒れた時とかの為に、保健室からは中が見え
る様になっちまててな。それで、里香の親父さんがこの島を買い取った時に、風呂は別に作り直したんだ。丁度、ボイラーとかは館の左にあってな、外に
も引けるってんで、温泉みたいにしたいって感じになって、少し離れた丁度広場になっている場所があって、そこに作ったんだ。まぁ、深い意味はないの
さ」

慎二は肩を竦めながら言った。
慎二の言葉に納得した学は、それ以上は聞かなかった。
イルゼは照り焼きの魚を食べていると、間違えて肘でコップを落としてしまった。

「おっと…?」

すると、落ちたコップは自然にゆっくりとテーブルの下に転がり始めた。

「……?」

イルゼは首を傾げながらコップを拾った。
そして、立ち上がった。

「イルゼ?」

隣に座っているフェイが首を傾げるとイルゼは「洗ってくる」と言って、キッチンに向かった。
そして、食事も終わりに差し掛かると、三郎丸が口を開いた。

「この後は、ちょっとしたゲームと、この館の凄い仕掛けのお披露目をします。それじゃあ、食事が終わったら談話室に行くから、後片付けは高等部の人
間でやるから初等部の子達は先に行ってね」

三郎丸が言うと、イルゼ達は「はぁい!」と答えた。
そして、食事が終わると、初等部のミス研の一行は、お言葉に甘えて先に移動することになった。
談話室に着いて中に入ると、イルゼ達は感嘆の声を上げた。
中は、赤い廊下などに敷かれているのとは違う上等そうな絨毯が敷かれ、本棚や大時計、大きなソファーや机はどれも高級そうに見えた。
絨毯は、不思議な模様が描かれていた。
壁紙も落ち着いた色で、電球は心を落ち着かせる茶色い光発している。
特に、中央にある八角形の机はかなり上等に見えた。
複雑な細工が施されていて、横から見ると五角形に見えた。
実際、机として機能しているのかは不明だが、イルゼにはそれ以外に用途が思いつかなかったのだ。
そして、イルゼ達はソファーに座った。
だが、そこでイルゼは気が付いた。

「あれ?千里さんとボルクさんは?」

イルゼが聞くと、秀が肩を竦めた。

「何時もの事だ」

「なるほど…」

それだけで何となく分かった。
要は…。

「興味無い…ですか」

学の言葉に、イルゼも納得した。
そして、しばらく時間の経過を待つと、大時計は三時半を指し示した。
すると、三郎丸達が入って来た。

「お待たせ。んじゃ、ゲームを始めよっか」

三郎丸が言うと、イルゼが首を傾げた。

「ゲームって、何やんだ?」

イルゼが聞くと、慎二が答えた。

「まぁ、ミステリー研究部らしく、推理ゲームさ」

「推理ゲーム?」

フェイが首を傾げた。
すると、明が口を開いた。

「今回、高等部である僕達は、主催者側という事で君達をもてなす側だ。そんな訳で、色々と考えてみてね。この島を選んだのはこの島で昔起きた事件
を推理してみようって企画にしたんだ。このゲームは、その為の…まぁ、腕試しか頭の体操程度に思ってくれればいいよ」

「事件を…推理?でも、あれは未解決で、その上、妄想だって…」

学が疑問を口にすると、三郎丸は言った。

「そう。シャルル刑事とアラン弁護士が調査した。だけど、その調査したモノが問題なんだよね。イルゼ君、学君、フェイちゃん、亜里抄ちゃんには明達が
話したんだけど。まだ、この館で起きた事件については語ってないよね?そう…、件の二人の妄想とも呼べる『死人』の追跡は、真偽が不明なんだ。仮
に、妄想で無かったとしても、彼が追いかけた存在は、リアリティが無い。だけど、この館で実際に起きた事件については、真実なんだよ」

「真実って…、本当に起きたって事ですよね。確かに、この館で事件が起きたのは本当だって聞きましたけど」

学は眉を顰めながら言った。
すると、桜が口を開いた。

「死人による犯行か…?それとも、否か…。私達は色々と調べたわ。それで、この館で起きた事件について、かなり細かい所まで調べる事が出来た。…
そう、あの事件はやはり人間の仕業だった…。死人なんて馬鹿げた存在じゃなくても、可能だったと突き止めた…。それでも、一つだけ残った謎がある。
それを、皆で明日解き明かしてやろう!って…事になったのよ」

桜が言うと、三郎丸が口を開いた。

「まぁ、この事件についての話は少し推理ゲームをして、頭を解してからにしよう」

三郎丸の言葉に、慎二が口を開いた。

「その後は、この館で起きた事件の話をして、それを推理しようって感じだ」

「あれ?事件の調査は明日じゃなかったんスか?」

蓮が聞くと、慎二が答えた。

「まぁ、今回は出題編かな。それに、この事件に関して、殆どは解けてるのさ。ただ、残った謎がある。明日はそれを本格的に調査するのさ。まぁ、今回
出題する謎は、明日までに解ければいい。解けなくても、明日は解答編をやるよ。まぁ、気構える必要はないさ」

慎二はそう言うと、一枚の紙を取り出した。

「それじゃあ、俺から出題だ。ちなみに、今回の為に俺達高等部は一人一問ずつ考えて来ている。んじゃ、いくぞ」

慎二が言うと、イルゼ達は頷いた。

「それでは、第一問」

そう言うと、慎二は紙に少し離して二本の線を書き込んだ。

「この線の内側を川だと思ってくれ。さて、ここに…」

そう言うと、今度は片方の線の外側に、狐の絵と鳥の絵、人の絵、それに袋の絵を描いて、袋の絵に麦と書き入れた。
そして、川の内側には小さな小船の絵を描いた。

「この様に、狐、鳥、人、麦を入れた袋があります。この人ってのは、船を動かす事が出来る。まぁ、Aと呼ぼう。さて、狐は鳥と一緒にすると鳥を食べてし
まいます。鳥は麦と一緒にすると麦を食べてしまいます。そして、船には絶対に二つまでしか乗れません。人は船を動かすので絶対に乗るので、実質一
つしか乗せられません。では、全てをキチンと向かいの岸に運ぶにはどうすればいいでしょうか?」

慎二が言うと、フェイが首を傾げた。

「えっと…、狐を最初に運んだら…鳥が麦を食べちゃうから駄目だ…」

そして亜里抄は唸り声を上げた。

「麦を最初に持っていっても駄目だぜ?狐が鳥を食べちまう」

そして、学も首を捻った。

「鳥を最初に運んでも、次には絶対に米か狐を運ぶんだから…あれれ?全然駄目だ…」

学は腕を組んで唸った。

すると、イルゼはニヤリと笑った。

「なるほどね」

「え?イルゼ分かったッスか!?」

蓮が驚いた様に目を丸くすると、嵐も同じ様に目を丸くしている。
秀と輝夜は既に分かっている様で、余裕そうだ。
そして、慎二が口を開いた。

「分かったか?じゃぁ、答えてみろ」

慎二は挑発的に言った。
すると、イルゼは答えた。

「簡単だ。最初は学ので当たってたんだ」

イルゼが言うと、学は首を捻った。

「僕のって…最初に鳥を運ぶのかい?でも、その後には必ず狐か麦を運ぶから…」

学が言うと、慎二は「その通りだ」と言った。

「狐を運べば鳥は食われる。麦を運べば麦を食われる。さて…、どうする?」

慎二が聞くと、イルゼはニヤリと笑った。

「シンプルに考えればいいんだ。要は、一度運んだのを戻せばいい」

イルゼが言うと、漸く学も理解した様だ。

「あっ、そっか!」

学が叫ぶと、フェイと亜里抄、蓮と嵐は驚いた様に学を見た。

「学、今のでわかったのかい?」

嵐が聞くと、学は頷いた。

「つまり、鳥を戻す…それが正解だよね?イルゼ」

学がイルゼに顔を向けると、イルゼは頷いた。
すると、ようやくフェイ達も理解した。

「そう、つまり一回目は鳥を運ぶ。二回目は狐でも麦でもいい。そして、どちらかを運んだら、入れ違いに鳥を元の岸に戻すんだ。そして、鳥が喰われる
か、喰うか。どちらかする前に残った方を運ぶ。最後に、鳥を運べば三つ全てを運ぶ事が出来るんだ」

イルゼの答えに、慎二はニッカリと笑った。

「大正解だ。まぁ、ちょっと簡単だったかな?」

慎二が聞くと、イルゼはウインクした。

「まあな」

イルゼがそう言うと、今度は明が口を開いた。

「さて、それじゃあ今度は僕が問題を出すよ」

そう言うと、明はイルゼ達を見渡した。

「さて、ある八人の旅行客が居ました。彼らはある旅行地へ行き、突然八人同時に行方不明になってしまいました。さて、この八人はどうして忽然と行方
不明になってしまったのでしょうか?ちなみに、警察がどれだけ捜しても、検問を張っても見つかりませんでした。さて、どうかな?」

明の問題に、蓮、嵐、学、フェイ、亜里抄は首を傾げた。
そして、蓮が口を開いた。

「それって、死体で見つかったりもしてないんスか?」

蓮の疑問に、明は「ああ」と頷いた。
そして、嵐が口を開いた。

「誰かに殺害されて…それで、どこかに埋められた。ってのは?」

嵐が言うと、明は首を振った。

「警察を甘く見ちゃ駄目だよ。埋めたくらいなら、例え川底に沈めようが、海に沈めたって発見されるんだからね」

すると、亜里抄は恐る恐る口を開いた。

「や…野犬とかに食べさせた…とかは?」

亜里抄の言葉に、明は冷や汗を流した。

「ああ…その、そう言う人や動物が食べたとかは無しでお願い。ごめんね、先に言うべきだった」

明が言うと、亜里抄は「だ…だよなぁ…」と乾いた笑い声を上げた。
そして、明はイルゼに顔を向けた。

「君は、この謎が解けるかい?」

明が聞くと、イルゼは唸った。

「どうかな…。簡単なのはあるけど、それがイコール正解かは分からないや」

「言ってごらんよ」

明が言うと、イルゼは口を開いた。

「こういうのはどうかな?全員が偽名だった」

「ッ――!?どういう事?イルゼ」

学は目を見開いて聞いた。

「ん?いや、要は八人全員が偽名…もしくは、実在の人間に成り済ましてたんだ。それなら、仮面を取れば、その瞬間に別人である本人に早代わりだ。
そんで、その瞬間に行方不明者八人完成…。ってのはどう?」

イルゼは明に恐る恐る聞くと、明は手を叩いた。

「はぁ、降参だ。僕の用意した答えは正にそれだよ。まぁ、ヒントを小出しにしていって、解答を導かせるって趣旨だったんだけどね」

肩を竦めながら明が言うと、今度は里香が口を開いた。

「それじゃあ、今度は私が出すわね。ある中学での話なの。あるクラスの一番左後ろに座っていた生徒が居たの。その生徒、仮にAって呼ぶね。Aは勉
強がこの以上ない程好きで、寝る間も惜しんで勉強をしたの。だけど、何時しか勉強のし過ぎで、Aは体を壊してしまったの。それでね、お医者さんに『こ
れ以上勉強をするのは体に良くない』と言われたの。そして、Aは勉強が出来ない苦痛に苛まされた。そして、いっそ勉強が出来ないならって…彼は自分
の席で自殺してしまったの…。それ以来、彼の席は呪いの席と呼ばれる様になったの」

「…………」

里香が口を閉ざすと、秀は首を傾げた。

「えっと…。今の話に謎ってありましたか…?」

秀が聞くと、里香は呆気なく首を振った。

「違うわ。話はここからなの。Aが自殺してからかなり経ったの。それでも、その席は生徒達に恐れられた。そんなある日、その席のあるクラスに一人の
転校生Bが来たの。そして、そのクラスの先生は新任で、その席について知らなかった。だから、BをAの席に座らせてしまったの。でも、Bは何の支障も
無く、日々を過ごした。それで、周りの生徒達もその席は何でも無いんだって信じ始めた。だけど、その席の事を、ある日クラスメイトの誰かがうっかり彼
に話してしまうの。そして、Bは不安に駆られた。呪いの席に座っている事で、よく無い事が起きるんじゃないかって、夜も眠れなくなった。そして、勉強で
その不安を打ち消そうとしたの。そして、Aが自殺した日に同じ様に学年末テストがあったわ。そして、Bが試験に挑戦すると、突然白い霧に襲われた
の。そして、Bは思ったわ。『これが、Aの呪いか!』て。そして、必死にその霧を振り切ろうとしたの。そして、ついに彼は霧を追い払った。だけど…、それ
と同時にチャイムが鳴ったの。テスト終了の…。そして、彼の答案用紙には当然何も書かれていない。彼は恐ろしくなった。自分はAに呪われてしまった
って。そして、ノイローザになった彼は、最後に『その席には座ってはいけない。その席は呪われている』…。そう、遺書を残して自殺してしまったの。さ
て、この謎が解ける?」

「え?これって怪談話じゃないの!?」

嵐は目を丸くしながら聞いた。
すると、イルゼや秀すらも首を捻った。
そして、里香は首を振った。

「実はね。これって本当にあった話なの。それで、この呪いの正体は何なのか?それが問題よ」

里香が言うと、イルゼ達は「え?」と顔を引き攣らせた。

「ほ…本当にあった話…?」

秀は恐る恐る聞くと、里香は頷いた。
すると、輝夜が口を開いた。

「秀様。そこまで、深く考える必要はありませんよ」

輝夜の言葉に、秀は「何!?」と輝夜に顔を向けた。

「分かったのか!?この問題…てか、この怪談」

秀が言うと、輝夜はニッコリと微笑んだ。

「この問題の肝は、里香先輩の意図的な長話です。実際はシンプルに考えればいいのです」

「と言うと?」

蓮が聞くと、輝夜は言った。

「要は、Bは眠ってしまったんですよ。試験中に」

「はい?」

輝夜の言葉に、嵐は目を丸くした。
何を言っているのか分からない様子だった。
だが、イルゼと学、秀と蓮は「ああ!」と理解した。

「そっか、そうだよな。変に勘ぐっちった」

イルゼが言うと、学も頷いた。

「そっか!って、話し方に騙されたぁ…」

学は頭を抱えて悔しがった。
すると、嵐が蓮に聞いた。

「ど、どういう事?」

すると、蓮が言った。

「つまり、BはAの呪いの話を聞いてから、不安を消し飛ばそうと勉強しまくったんス。多分、それで寝不足になったんスよ。夜も眠れなかったって言ってた
スから。それで、試験中についに眠気の限界が来たッス」

そこまで言えば、嵐も理解した。
そして、輝夜が口を開いた。

「そう。つまり、試験中に眠ってしまった。それが正解」

輝夜が言うと、フェイや亜里抄も「なるほどぉ」と納得した。
そして、フェイが言った。

「でも、Aが自殺をしなければ、Bもそんな噂を気にしないで良かったんだよね…。それって、やっぱり呪いだったんじゃないかな?」

フェイが言うと、里香が口を開いた。

「確かに。Bは本当は噂なんか気にせずにキチンと睡眠をとれば良かったんです。まぁ、私の問題もこれで終了です」

里香が言うと、三郎丸が口を開いた。

「それじゃあ、次は僕の番だ」

三郎丸はそう言うと、立ち上がった。
じゃぁ、着いて来てくれるかな?

「どこかに行くんスか?」

蓮が聞くと、三郎丸は頷いた。

「ああ、僕からの出題は、この館で起きた事件だ。ちなみに、これは僕が解いたんでね。僕の出題にさせてもらったんだ。ちなみに、桜も同じく、この館で
起きた事件についてさ。さ、ついて来て」

三郎丸はそう言うと、談話室から出た。
イルゼ達もそれに従って続くと、辿り着いたのは談話室のすぐ隣の倉庫だった。

「ここは…?」

イルゼが聞くと、三郎丸が答えた。

「ここが…、事件の現場なんだよ」

三郎丸の言葉に、イルゼ達は目を見開いた。
そして、イルゼは倉庫の扉を見た。
頑丈そう。
それが、すぐに思いついたイルゼのイメージだった。
扉は、他の部屋の木製なのとは違い、鋼鉄製で、唯一下の方に何故かまるでマンションか何かの郵便ポストの様な物が付いているのを確認するだけだ
った。
三郎丸は扉を開くと、イルゼ達を招き入れた。
中に入ると、そこは予想とは違い、かなり狭かった。
大きな荷物が左側の壁に詰まれ、右側の壁は何も無い。
代わりに、一番端に隣の部屋に通じる隙間がある。
隙間…と言っても、扉が在れば、それは扉と呼べるだろう。
ただ、扉が無いから隙間。
そして、イルゼは部屋の奥を進み、隙間から隣の部屋を覗いた。
すると、そこには左半身のみの人形が在った。

「ッ――…これ…は?」

イルゼはその異様な光景に息を呑み、後ろに居る三郎丸に聞いた。

「これが、当時の事件の再現だよ。ちなみに、そこ」

すると、三郎丸は隙間から顔を出して、視界の左隅を右手の人差し指で指し示した。
イルゼは視線をその指差す方向に向けた。
すると、そこには物置の筈なのに在り得ないモノと、もう一つ、鍵があった。

「鍵…?それに、これは…排水溝?」

イルゼが排水溝に近づくと、言った。
そして、学が眉を顰めた。

「どうして…倉庫に排水溝が…?それに、あのポストみたいなのって…、まるで牢獄の食事を入れる差込口みたいだった…」

学が言うと、三郎丸は目を閉じて唇の端を上げた。

「そう、その疑問は僕達も最初に思ったよ。そして、その疑問…正解だよ」

三郎丸は、ニヤリと笑った。
そして、イルゼは訳が分からなくなった。

「矛盾…してないか?だって、あんだけ軍の研究施設なんて妄想だって…」

イルゼが言うと、信じはチッチッチと舌打ちしながら右手の人差し指を振った。

「これが、矛盾してないんだ。俺が言ったのは、『死人』の存在。それに、『軍』の研究施設という点においてだ」

慎二は変な言い方をした。
そして、イルゼは呟く様に言った。

「軍の…じゃない?…個人の研究施設…?ッ――!」

そこで、イルゼは違和感を感じた。
この島についてだ。
そして、理解した。

「何で…変に思わなかったんだ…。この島を買った…?そうだ…国が研究してて、ヤバイの研究してて売る筈ねえよな…。買えた…それって、誰かが所
持してた…?誰――研究者だ。そして、手術室。そうだ…、そんなのあるんだ。ナニカの研究は確かだったのかも!それなら…、この部屋はなんだよ?
患者達は天然の牢獄みたいなここに閉じ込められてるのに…」

イルゼはブツブツと呟いていると、三郎丸は冷や汗を流しながら口を開いた。

「しょ…聖徳太子か君は…?そこまで僕が行き着くのに一週間もかかったのに…」

肩を落としながら、三郎丸は言った。
だが、それを無視してイルゼは聞いた。

「それより…、この部屋は何なんだ?」

イルゼが聞くと、三郎丸は答えた。

「まぁ、この部屋が一体何なのか?その質問に対して、僕は答えを君にあげる事が出来る。そう…、ここは間違いなく拷問室だった」

そう言うと、三郎丸は右手の人差し指を上げた。

「理由は…いや、君はもう推測が出来てるんじゃないかい?」

三郎丸は言い掛けてイルゼに顔を向けた。
だが、イルゼは首を振った。

「さすがに、そこまでは分からないよ。俺に出来るのは、現状在るデータから、推理するだけだからな…。情報が足りない」

イルゼが言うと、秀が口を開いた。

「そこは、人生経験と知識の有無が問題だな」

そう言うと、秀はビッと右手の人差し指と中指を合わせて上げた。
そして、口を開いた。

「つまり…、理由は『防止』。使用用途は、調教と見せしめだ」

秀はそう言うと、三郎丸に「だろ?」と言った。
三郎丸はニコッと笑った。

「正解。最初は推論だった。だけど、この島で起きた事を調べる内に、この部屋は実際にソレを目的に使われた事が事実だと確定したんだ」

「えっと…あの…。見せしめって?」

フェイがおずおずと聞くと、輝夜が答えた。

「想像はつきます。過去にも、捕虜の逃亡を防止する事、それに対する手段として、見せしめの拷問は非常に効率の良い手段なのです。他にも、処刑
や、逃亡防止の設備の建設などの手段もありますが、処刑をした場合も、設備の建設も、拷問に比べて欠点が多過ぎます」

「欠点?」

学が聞くと、輝夜は答えた。

「まず、処刑した場合の問題点。
一、処刑をした場合、拷問や設備建設とは違い、処刑した捕虜は再度活用が不可能になる。これは当然ですね。何故なら、処刑はほぼ死、もしくは廃人
化、再起不能を意味するからです。
二、処刑の場合、他の捕虜に対しての見せしめの効果は拷問以下の見込みしかありません。何故なら、処刑にはある種の救いがあります。拷問の様
に、何度も受ける事は無く。捕虜と言う存在の扱いは、どの国、どの組織であっても、悲惨なモノです。自身で死ぬ事は容易では無い。ですが、巧く行け
ば逃亡。失敗すれば死の二択の場合。どちらにしろ、捕虜には救いの道が見えてしまうのです。故に、処刑の方式を取っても意味は無く。むしろ、逃亡
する者を増加させる場合もあります」

輝夜の言葉に、イルゼ達は信じられない気持ちだった。

「死ぬ事が…救いって…」

嵐は絶句した様に呟いた。
そして、輝夜は口を再び開いた。

「さて、では次に設備建設の欠点ですが、これはかなり簡単です。
一、そんな物を作っても、人の作る物である限り、どこかに抜け道が出来てしまうのです。一見…どんなに完璧でも。
二、設備をある程度揃えるとなれば、個人の資産ではほぼ不可能です。余程の資産家でも…。
三、特にサナトリウムと言う名目の場所に、そんな設備を建設する事を依頼出来る業者はほぼいないでしょう。
四、そもそも、脱走抑制には、設備だけでは意味が無い。それにプラスして、拷問か、もしくは処刑の要素が無ければ意味はありません。そして、ここは
絶海の孤島。ある種の海と言う名の壁があります。設備の利点である、脱獄の成功の可能性に絶望性を示すには、絶海の孤島と言うのはそれだけで効
果を発揮します」

輝夜の話に、イルゼは「なるほど…」と呟いた。

「拷問なら、捕虜を減らさずに済むし、見せしめにもなるのか。死と言う逃げ場の無い恐怖…」

嵐は顔を引き攣らせながら呟いた。
そして、三郎丸は口を開いた。

「さて、それで分かったと思うけどね。その排水溝は、元々はトイレだったんだと考えられる。さて、この排水溝に置かれた鍵は偽者だけど、事件当時は
確かに本物だったそうなんだ。にも関らず、この場所にあった。鍵は、ある程度以上の専門知識と、設備がなければ作れない。それに、当時の鍵は割り
と複雑で、複製はまず不可能だった。だけど、この部屋は鍵が掛けられた状態だったんだ。ちなみに、鍵は一本しか無かった…。さて、これがどういう事
か、分かるかい?」

三郎丸がニヤリと笑いながら聞くと、輝夜が口を開いた。

「簡単です。ですが、なるほど…この屋敷の特徴が利用された訳ですね」

「…ッ―!?も、もうわかっちゃったの…?」

三郎丸は肩をガックリと落とした。

「輝夜、どういう事だ?」

秀が聞くと、輝夜は口を開いた。

「秀様。私は、この館を訪れてから違和感を覚えました」

「ッ―!」

輝夜の言葉に、イルゼはこの館に来た時に絵を見ていて感じた違和感を思い出した。
そして、輝夜は話を続けた。

「つまり、この館は少々特殊なのです。渦…でしょうか?いえ、ここは花崎館。でしたら、花の蕾と例えるのがよろしいですね」

「そうか…、傾斜だ」

イルゼが言うと、輝夜は頷いた。

「傾斜…?…ッ―そうか!この館は渦状に傾斜があるんだな?」

秀が言うと、輝夜は頷いた。

「恐らく、これは『中村青司』による趣向ではないかと。何かの仕掛けに関係しているのか…、それとも…。まぁ、今はいいでしょう。この、傾斜を知れば、
これはトリックなどと言う程のモノでも無いでしょうね」

輝夜はそう言った。
すると、学が首を傾げた。

「輝夜さん、でも鍵は球体じゃありませんよ…?」

学が聞くと、輝夜は口を開いた。

「ええ、この傾斜を利用するには、鍵を球体にする必要がある。ですが、それならば小麦粉と水でもあれば出来るでしょう。そして、鍵を勝手に取り出して
くれる…この事件には助手が居た様ですから」

「助手…?」

フェイが首を傾げると、亜里抄は嫌そうに言った。

「それって…、その隅っこで目を輝かせてる方達?」

亜里抄が言いながら指を指すと、そこには目を真っ赤に輝かせる鼠が居た。

「ヒッ…」

蓮は思わず嵐にしがみ付き、フェイも亜里抄と寄り添うように離れた。
そして、輝夜は続けた。

「そう。小麦粉で作れば、鼠が勝手に食べて鍵を取り出してくれる。これで、この事件は密室では無かった証明が完了しました」

輝夜が言うと、三郎丸は落ち込んでいた。

「ああ…、僕の一週間半は、この子達の数秒程度でしか無かったんだな…」

遠くを見る様に呟く三郎丸に、桜は冷や汗を流しながら背中を押した。

「ほ、ほら!ガッカリしてないで、次は私の番なんだからね!」

桜はそう言うと、イルゼ達に「談話室に戻るわよ」と言った。
そして、輝夜は「少し…、手古摺る演技をすべきでしたか…」と小声で言ったが、秀が「それ、余計なお世話っていうのだからやめとけ…」と言った。
そして、談話室に戻ると、桜が口を開いた。

「ええ、コホン!さて、いやぁ…ここまででもう三郎丸の出題は解けてない状態で7時くらいにはなってると思ったんだけど…まだ、5時なんだよね…」

桜は大時計を見ながら苦笑いをした。

「まぁ、三郎丸の謎が解けちゃうと、私の謎もそこまでは難しく無いのよねぇ…」

そう前置きをして、桜は話し始めた。

「まず、最初の被害者が死亡した後、すぐに次の殺人が起きたの。今度は下半身の無い死体がね…。その次に、今度はベッドの上に建てられた生首と
下半身だけの死体が見つかった。その時、もう死体の生死なんて確認する必要性も見られなかった。だから、すぐに死体はその部屋に放置したらしいわ
…。だけど、シャルル刑事とアラン弁護士が、死人の犯行だと断定したのは、資料によると、その三人目の死体が突如消えた事だったらしいわ」

「死体が!?」

嵐が目を丸くして叫ぶと、桜は頷いた。

「その後、全員にアリバイのある状況で、次々に殺人が起きた。さぁ、この謎が分かる?全員にアリバイの在る状況で起きた、この事件の謎が」

桜はどこか諦めた様に聞いた。
すると、イルゼと学ぶ、秀、輝夜、蓮は頷いた。

「桜、そんな注意点を強調しちゃ、問題にならないだろ…?」

三郎丸が呟くと、桜は肩を竦めた。

「同じよ。多分、言い方変えてもこの子達分かっちゃうだろうし。それなら、早めに終わらせて、絡繰を見せてあげて。楽屋落ちした肝試しをやりましょう
よ」

桜が言うと、三郎丸は苦笑した。

「あらら…。ま、いっか」

三郎丸が言うと、フェイは首を傾げてイルゼに聞いた。

「えっと…、どういう事?」

フェイの質問に、イルゼは答えた。

「簡単さ。三人目は死人に憑依されたんじゃない。桜さんが言ってたろ?生死の確認はしなかった。それに、発見されたのは生首と下半身だけ。ご丁寧
に、生首はベッドに立ってたらしい」

「えっと…?」

フェイが困惑した様に首を傾げると、イルゼは言った。

「つまりさ。下半身は、二人目に殺された被害者の下半身だったんだ。そして、恐らくは三人目の被害者であり、犯人はベッドに首から上だけをだしてベ
ッドの下に隠れていたんだろ。ちょっと、仕掛けが大掛かりな気もするけど、それなら、全員にアリバイのある状況でも説明がつく。何せ、三人目は生きて
犯行を重ねていたんだからな」

イルゼが言うと、桜は溜息を吐いた。

「正解。はぁ、優秀だわ…。まぁ、これはかなり私達の憶測を含めたモノだけど。それで説明出来るのよ。資料見る?」

桜が言うと、イルゼ達は首を振った。

「いいや。それより、この館の絡繰ってのを見たいよ」

イルゼが言うと、三郎丸が立ち上がった。

「よし!気分を入れ替えようか」

三郎丸は喋りながら立ち上ると、イルゼが机だと思った物体に近寄った。

「これの説明をしようと思う」

三郎丸は右手でソレを触りながら言った。

「ソレは…?」

秀が聞くと、三郎丸は答えた。

「これは、この屋敷に仕掛けられた絡繰の起動装置なんだ」

「起動装置?」

嵐が首を傾げると、三郎丸は頷いた。

「これが、例の地下室への鍵となる。まぁ、見ててごらん」

三郎丸は得意気に胸を逸らすと、その机の様な物の頂点に付いている、上から見ると八角形、横から見ると五角形の物体を時計回りに回した。
すると、ネジの様に飾りが取れて、穴が空いていた。
そして、三郎丸はその穴に人差し指を入れると、中の留め金を解いた。
そして、人差し指で、机の上部分を、まるで花弁の様に開いていった。

「この花崎島に合わせたんだと思う。花崎…花咲、花を咲かせる。この装置は、情部の飾り螺子を取り、中の留め金を解除すると、天辺が開くんだ。こう
やって…花みたいにね。そして、最後の一枚を開くと…」

そう言って、三郎丸は七枚の木製花弁を開くと、最後の一枚を開いた。
すると、カチッと音がした。

「これでよし」

三郎丸は言った。

「さぁ、行こうか」

「行こうかって…?」

秀が聞くと、三郎丸は言った。

「地下室だよ。この館の裏庭にあるんだ」

そう言うと、三郎丸は部屋を出た。
慌ててイルゼ達も追いかけると、斜め左前にある扉から、イルゼ達は裏庭に出た。
すると、そこはかなり殺風景だった。
なにか遊具がある訳でもない。
古いベンチがある程度だ。
そして、三郎丸はズンズンと先に進み、広場の北端に到達すると、しゃがみこんだ。
そして、地面を指差して言った。

「これが、地下室への入口」

イルゼ達はその場所を覗き込むと首を傾げた。

「入口って…何も無いんですけど…」

学が言うと、三郎丸は立ち上がってニヤリと笑った。

「こうするんだ…」

そう言いながら、三郎丸は右足を上げて…。

「よ!」

地面に振り落とした。
すると、なんと地面が回転扉の様に開いた。
砂が下に零れ落ちる。
イルゼ達は、あまりの事に言葉を失っていた。
そして、三郎丸は開いた地面に伸びる地下への怪談を下り始めて、イルゼ達を手招きした。
イルゼ達が降りると、そこは確かに手術室に見えた。
おおきなベッドに、出術室用のライト、医療器械や見た事もない設備が埃を被っている。


「これが、この館の絡繰なんだ。さっ!あまり居ると体に悪いから出よう。埃が凄いや、やっぱり」

三郎丸はそう言うと、イルゼ達を外に出した。
秀は興味深そうに地下への回転扉を見た。

「凄いな…。恐らく、館の中の仕掛けで、この回転扉の内側の鍵が解除されるんだろう…」

「でも、後何が判ってないんだ?事件の謎も分かってて、絡繰も分かってるなら…」

イルゼが言うと、桜が口を開いた。

「それじゃあ、その説明をするからついて来て」

桜はそう言うと、イルゼ達を二階の三郎丸の泊まっている部屋に連れてきた。
そこは、少し異様だった。

「仮面が一杯…」

フェイが呟く様に言うと、イルゼは目を見開きながら、三郎丸の部屋の壁に掛けられた大量の仮面を見た。

「ここは、元々はここの院長の部屋だったんだ。そして、恐らくはここで研究をしていた…ね。実はね、ここに…」

桜はそう言うと、仮面の中でも一際大きい仮面の鼻を掴んだ。
そして、それを下に下げた。

「え?」

イルゼが目を丸くすると、鼻は取れて、そこに空洞が在った。
よく見ると、それらの仮面は掛けてあるのでは無く。
壁自体を彫られていたのだ。
そして、イルゼは嫌な予感がした。

「まさか…花崎だから…鼻の先。って事か?」

イルゼが言うと、桜は振り向いて言った。

「寒いけど、まぁいいんじゃない?それより、このノート」

そう言うと、桜は空洞から一冊のノートを取り出した。

「まぁ、これはここに私がさっき戻したんだけどね。元々はここにあったものなの。明らかに変な部屋だから、三郎丸が『花崎だから、鼻の先!…なんちゃ
って…ってあれ!?』という具合に発見しちゃったの」

「…………」

桜の言葉に、全員が何とも言えない表情になった。
そして、桜はノートを開いた。

「このノートには、院長の日記が書かれてるの。と言っても、研究に関しては書いてない。ただ、このサナトリウムで、抱えていた不安とかを暴露してたみ
たい。だけど…最後の数日分の日記だけ、少し違うのよ」

「違う…?」

秀が聞くと、桜は頷いた。

「ええ…。『私は、ようやくこの苦難の日々から開放される日が来た』。これは、最後に書かれたのから三日前の話。翌日は、『ようやく、完成した。後は、
あの方に送っていただくだけ』。この、あの方と、送られたモノ。これが大きな謎。そして…、最終ページ。『私は恐ろしい。まさか、あの方の言っていたモノ
がこれほどとは…。私は、この館を改築した際に依頼した建築家に簡単には入れない地下室を二つ作って欲しいと依頼した。彼は、最初は渋った。彼は
常に、持ち主の知らない場所に絡繰を仕込む事で有名だった。だが、私は何としても頼まねばならなかった。そして、彼は最後に折れてくれた。小さなカ
モフラージュと、大きな秘密の地下室を。私はそこに、あの方に教わった制御の技法を何重にも施した。最初は、あの方の懸念が分からなかった。だ
が、アレを…『WGM』を見た時に、私は知ってしまった。あの方の言っていた言葉の意味を。恐ろしい。助けてくれ。私は何という事をしてしまったんだ。
あれを解き放てば、恐ろしい事が起こる。私は、秘密の地下室にWGMを封印した。そして、私は何故生きている?何故だ?どうして?あの地下室を封
印するには、三つしかない。その内二つは、あの建築家の作った仕掛けと連動させるモノ。一つは地下室の中にある。もう一つは、この館にある。最後
の一つは、あの方に頂いた制御の法。私の死により、制御の法が起動する筈。館の仕掛けは大掛かり過ぎた。患者達にバレてしまう可能性が高かっ
た。だが、よく考えれば、あの地下室は森の奥。入口はかなり分かり難い場所にある。ならば、問題無いだろうと、開放した状態のままにしてあった。そう
言えば、館の仕掛けを見た患者はオシャレだと言った。なるほど、あの建築家のセンスは素晴らしいものだ。そう言えば、僕は昔は花が好きだった。俺
があげた花を、あの子は好きでいてくれるだろうか。どうしたのだろうか、この日記を書いている私は、時折自分が分からなくなる。いや、そもそも私とは
誰なのだろうか?この日記は誰が書いていたのだろう?不思議だ、体が突然重くなった。今日の日記はこの辺にしておこう。僕はこれから友達の家に遊
びに行くのだから。早く行かないと俺は科学者として天皇陛下に勝利を捧げるのだ。あの子は今でも元気だろうか。ああ、私は早く見つけないと。さて、。
この日記は何時もの場所に仕舞わないと。いつもの場所?変だ。机が無い。いい所をみつけた。どうしてだろう?鼻が落ちている仮面がある。僕はそこ
に仕舞おうと思います。鼻は取り付けなおすことが出来る様だ。さて、私はこの辺にしようと思います』…」

桜が最後の異様に長く、おかしな文章を読み上げると、イルゼ達は困惑した。

「何だ…?この日記、途中で僕とか俺とか…。それに、支離滅裂だし…」

イルゼが気味の悪そうに言うと、学も頷いた。

「気色悪いね…。それに、WGM?あの方っていうのも気になるし…」

学の言葉に、秀も頷いた。

「だが、何よりも重要なのは、地下室が二つと書いてある。…もう一つ。それも、この館のどこかに仕掛けがあると言う…」

秀は眉を顰めながら言うと、桜が言った。

「そう。それこそが残された謎。もう一つの地下室。他のわけの分からない部分も、その地下室に集約されていると思わない?それを、明日みんなで探し
てみましょうって事なのよ」

桜が言うと、フェイが恐る恐る言った。

「でも…、危ないんじゃ?」

すると、慎二が口を開いた。

「大丈夫だ。WGMが何かは分からないが。生き物にしろ、何にしろ、もう何十年も前の話しだ。とうに生きている筈は無いだろうさ。地下に封印されてい
るなら、食料も無いだろうしな」

慎二が言うと、三郎丸が頷いた。

「そう言う事。さて、そろそろ時間は…おっと!もう7時だ。夕食の準備をしよう」

三郎丸がそう言うと、それで解散になった。
そして、夕食の席で、三郎丸が明日の予定を発表した。

「午前中は、皆で海に行こう。お昼から、調査開始だ。それと、この後肝試しをやろうと思ったんだけど…。予想外に真っ暗でね。迷子になるとちょっと大
問題だから中止になったんだ。ごめんね…」

そして、夕食が終わり、少し離れたお風呂で、最初にイルゼ、学、フェイ、亜里抄の四人が入り、次に秀と輝夜が入り、その次に蓮と嵐、そしてボルクと千
里が入ってから、高等部の面々は男女に別れて入った。
そして、合同合宿の一日は終了した。






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