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第84話『亡霊兵士』
山道を歩きながら、イルゼ、学、フェイ、亜里抄の四人は、高等部の先輩である、明、慎二、里香に、この島の殺人事件についての話を聞いていた。
秀達や、三郎丸と桜は、既に話ながら歩いているイルゼ達よりも先に行っている。
そして、明は口を開いた。
「シャルル刑事は、パリ警視庁の殺人課に所属していた。警察っていうのは、彼の裏の顔から言えば、非常に都合が良い場所だった。特に、彼が所属し
ていた殺人課はな」
「どうして?」
亜里抄が聞くと、
イルゼが口を開いた。
「まぁ、逃亡中なら、どこかで尻尾を出して、誰かを殺す事があったんじゃないか?」
イルゼが鋭い洞察力で推察すると、慎二は口笛を吹いた。
「正にその通りだ。逃亡中のナチスは、その殆どが一度か二度は殺人を犯している。他にも犯罪を犯すケースはかなり多かったそうだ。何故なら、彼ら
は逃亡しても、そこまでの身分の保証は無かったからだ。この世で生きるのに何が必要か?そう聞かれたら、大半の奴は水や食料と言う。だが、実際は その前に、それらを得る為に金が必要だ。その金を得る為に殺人や犯罪を犯す訳だ」
慎二が言うと、明が口を開いた。
「まぁ、だからこそ、ナチスの尻尾を掴み、仮面を剥ぎ取り、正体を暴く機会が頻繁に訪れるのさ」
そして、明が続けた。
「シャルル刑事が事件を調査する切欠となったのは、小さな事件だったんだ。彼がある日出会ったのは自分と同じフランスに国籍を持つドイツ人。名前
はアラン・コルベール。彼は、当時、フランスとドイツの間に挟まれ、何度も二つの国に奪い合われ続けたストラスブールを首府とする地域のアルザス独 立運動の本部で弁護士として通っていたんだ。彼自身もアルザスの人でね、事務所もストラスブールの一角にあった。そして、彼の働く当のアルザス独 立運動の本部で、老年の男が何者かに殺害されたのさ。名前は確か、アシル・クロード・シェロー」
「もしかして、その人を殺害したのが…?」
学が聞くと、明は頷いた。
そして、慎二が口を開いた。
「この小さく哀れな扱いを受けた小規模地域で起きた事件は何時まで経っても解決しなかった。そして、アランはある日、知人の伝で件のシャルル刑事と
出会う」
「小さく哀れって…その言い方はなんだか傲慢じゃないですか…?」
学が不快気に言うと、慎二は気にした風もなく言った。
「少し、その国についても話そうか。ストラスブールのある件のアルザス地方は、フランスの北端、ライン川を挟んでドイツの国境とも眼と鼻の先で隣接し
ていたんだ。対岸のロレーヌ地方と並んで、過去に幾度と無く、フランスとドイツの間のエゴの犠牲となった地域なのさ」
「どうしてですか…?」
フェイが聞くと、学が口を挟んだ。
「フェイ、その質問は少し愚かだよ。少し考えてみなよ。ライン川。簡単に、川を挟んで戦っていると考えてごらん?そう考えた場合、対岸にある程度の戦
力を投入して、すぐに増援が出来る体勢を整える事も出来るし、不味い状況になったら、簡単に切り捨てる事も可能なんだ。それに、ライン川って言うの は、気軽に渡れるって川じゃないんだ。両側が高い崖である場所が多いし、特にフランスとドイツの国境周辺にはローレライの伝説になった様な船が沈 没しやすい場所もあるんだ。だから、対岸に辿り着いた方が、圧倒的に有利となるのさ」
「ローレライ?」
フェイが更に首を傾げると、学が説明した。
「ライン川のローレライの伝説の元となった場所は、特に流れが速い上に水面の下に沢山の岩が潜んでいたんだ。まぁ、今は何度もやった工事のおか
げで大型船でも通れる様になったんだけど…。当時は沈没する船が多くてね。それで、船を沈没させる逸話のあるセイレーンと混ざって、ローレライって 言う伝説が出来たんだ。沈没するのは超常の存在のせいだって風に考えてね。それに、そこには大きな岩山が在ってね。それに叫ぶと、綺麗な音で反 響して木霊が返ってくるんだ。それが歌の様に聞こえて、その岩山はローレライの大岩って呼ばれる様になったんだ」
学がその博識な知識を披露すると、イルゼが首を傾げた。
「学、セイレーンって何だ?」
イルゼの質問に、学は簡潔に答えた。
「要は人魚の事だよ。聞いた事無いかな?ディズニーの映画にもあるでしょ?」
学が言うと、イルゼは手を叩いて「なるほど」と納得した。
そして、明が感心した様に口を開いた。
「まさに、学…だったよな?君の言う通りだ。地理的条件でも、軍事的条件や、その他の諸条件から見ても、アルザスとロレーヌは魅力的な地だったの
さ。結果として、ドイツとフランスの戦がある度に戦火に見舞われては、帰属がコロコロ変えられると言う悲劇が降りかかったのさ。他の国の属国にされ る事はあっても、現在に於いても、アルザスが独立した国であったのは一度も無かったんだよ。コロコロ帰属を変えられたせいで、どっちの国にも愛着は 湧かないし、それどころか、どっちの国もアルザスを都合の良い捨て駒か、キャッチボールのボールみたいな他の植民地より酷い下僕扱いだったんだ よ」
そして、慎二が口を開いた。
「そしたら…分かるだろ?何の保証も無い被害を受け続けて、迫害されて、虐げられ続けたんだ。だからこそ、独立したいと言う思いが強いのさ。自分達
の言語を奪われ、財産を奪われ、信仰も自由に出来ず、物質的にも人的にも、フランスの三十年戦争以上の悲惨さなんだ。そこまでされても、独立しよ うと言う気になれるのは、一重にアルザスの人々の強さじゃないかとは思うけど、偉そうな事は言えないな…」
慎二の言葉に、フェイと亜里抄は塞ぎこみ、イルゼと学も気分が悪くなりそうだった。
そして、明が話を続けた。
「第二次世界大戦が終わると、今はフランス領になって落ち着いているが、独立の運動は今も続けられている。ただ、それでもアルザスの人々はまだ少
しずつ地位が回復した程度に過ぎないんだ。アルザスは二面性を強制的に背負わされた。それ故に、ドイツでは裏切るのフランス野郎、フランスでも、プ ロイセンのスパイ、と貶められてきたのさ」
「………」
明の話は、イルゼ達にはあまりにも醜悪に感じられた。
そして、慎二が口を開いた。
「まぁ、背景的説明はここまでにしておこうか…。もう直ぐ、俺達の泊まる施設が近くなって来た」
それに、明も頷いた。
「その通りだな。さて、それでは本題に入ろうかな。アランは、40代に差し掛かったばかりの若さでありながら、その有能さは際立っていた。己が潔白であ
るならば、彼に救いを求めよ。何て言う人間も居た程だ。だが、決して黒を白にする事は無い事でも有名だった。彼と機知と理性的な判断力、そして類稀 なる知識を有した彼は、シャルル刑事の獰猛で野蛮で、凄まじい存在感とは全くの対極だった。だが、彼とシャルル刑事はある種奇跡的な程の運命に 導かれたと言っても過言でも無い程名コンビとなった」
明はそこで言葉を切ると、軽く息を整えた。
「その時、既にフランス領内では、『死人』による殺人が確認されていた。そして、シャルル刑事がその事件を知ったのは、彼とアランを結び付けた男が
全ての始まりだった。彼については謎に包まれているんだが、彼は自分を『名の無い橋渡し人』と称して、自分を『X』と呼ばせた。そして、そう…Xという運 命に導かれて、彼らは捜査に乗り出す事になったんだ」
「何か…胡散臭いな。そのXっての。何か、自分に酔ってるみたいじゃないか?」
亜里抄が不快気に言うと、明は否定しなかった。
「まぁ、得てして怪人とはそういう存在だよ。二十面相しかり、ルパンしかりの歴史的な史実、フィクションを交えても、自身を偽る者は、ある程度の自己陶
酔は免れないのさ。何故なら、彼らは正しく特別な存在だからだ。謎と怪奇の具現とも呼べる」
明はミステリアスな雰囲気を作り出して言うと、慎二が話を続けた。
「さて、このXは、シャルル刑事にドイツの敗戦から人々の知らぬ間に起きていた連続殺人についての資料を提供した。この資料は、シャルル刑事は後
に『Xからの贈り物』と呼んだ。まぁ、訳が本当に正しいかは置いておいてな。皮肉であった可能性が一番高いが…。とにかく、ヒトラーとナチスの最後の 置き土産とされた件の『死人』は、既に歳を重ねてしまったシャルルには、正しく最後を飾るに相応しい存在だった。残りの人生を懸けるに値する…とね」
「シャルル刑事は…どうしてそこまで?」
フェイが聞くと、イルゼが口を開いた。
「残りの時間が少ない。そうなった時に、自分の人生を華々しく終わらせる事の出来る獲物が見つかったからだろ?有終の美って奴だな…。後が無いか
らこそ、己の全てを出し切れる相手が欲しかったのかもしれない。ほら…、RPGのラスボスと同じさ。ここから先には何も無い。ソレを倒したら終了。それ なら、残りのMPも道具もHPも全てを気にせずに立ち向かえる。それなら、なるべく強力な相手の方がいいだろ?」
イルゼが言うと、フェイは感心した様に溜息を吐いた。
そして、明が話を続けた。
「実際はどうか判らない。だが、恐らくは君の言った通りだろう。シャルル刑事は己の全てをこの事件の捜査に投じた。財産も、地位も、利用出来る全て
を使ってね」
そして、慎二が口を開いた。
「独立運動の本部で起きた殺人事件。被害者のアシルは、その中でもかなり年配の部類だった。若者の間では、皮肉気にオールド・ファイターや、元老
院、年寄りの冷や水などと揶揄されていたらしい。だが、アシルは穏やかな気性と、類稀なる人徳を有していて、人に慕われる男だった。ストラスブール 全体に於いても、彼の存在はかなり重要とされていたんだ。その経歴も、並みの凡才では及びもつかない程優秀だった。政府の高官や、市議の役員、 教会や福祉のボランティアにも手を染め、新聞社の理事も務めた程の人物だ。それ故に、彼の死は大勢に悼まれた。行政にも眼に見える打撃があっ た。だが、それだけならば、シャルル刑事は新聞の一角に記事が載っても読み飛ばしていた程度の事件だった。彼にとっては、軽蔑すべきスパイの痴話 騒ぎ程度の認識だったからな」
慎二が言うと、明が口を開いた。
「さて、ここで問題になってくるのが、先も言ったが、彼の死はアルザスにとっての損害でしかなかった。個人的な私怨とは無関係に思われる人物だし、
聞いていれば、他の国のテロ行為だった、と説明されれば納得できるだろ?」
明が言うと、イルゼ達は頷いた。
そして、慎二が肩を竦めて話し始めた。
「所がどっこい、この本部と言うのが、なかなか厄介な場所だったのさ。何しろ、独立を目論む組織の本部だ。それ相応のセキュリティーやルールがあ
る。そのルールってのが、アルザスの、それもドイツの国籍を現在過去の何れかで持っている必要があるんだ。そして、セキュリティーも万全に近いもの だった」
そして、明が口を開いた。
「まず、シャルルと出会った後に、アランは出来る限りの調査を行った。だが、何故かその当時、警察も、当日に本部に居た者達も皆、箝口令が敷かれ
ていて、情報の入手は容易じゃなかった。だが、アランは苦労の末に、アシルの死体の第一発見者である、マリーという掃除婦に話を聞く事に成功した。 勿論、こっそりとチップを渡して手に入れた情報だ。彼女は、何時もの様に掃除をしようとアシルの部屋に入った所、彼の死体を見つけたのさ。だが、外 傷は無く、最初は本当は寝ているんじゃないか?と思ったらしい」
明がそこまで言うと、慎二は深刻そうな表情で口を開いた。
「さて、この事件の一番の謎はここからなんだ。ただの、密室殺人とかならまだ良かった。だが、アランは何と、一度蘇ったんだよ」
「蘇った!?」
慎二の言葉に、イルゼは目を丸くした。
「どういう意味だよ!?」
イルゼが聞くと、慎二が話を続けた。
「これは、アラン弁護士が調べて分かった事だ。警備員と、遅番の事務員の話では、彼は事件の前日に本部に顔を出したそうだ。正確には夜の七時過
ぎだったらしい。受付では出入りの記録が残されるんだが、出て行った形跡は全く無かった。それに、彼を見たり、直接話をしたって言う者も居たんだ。 所が…だ」
慎二が口を閉ざすと、明が神妙な顔付きをして言った。
「なんと、医者の検死の結果…アシル氏は…彼が本部に来るよりも二日も前に…死んでいたんだよ」
「ッ――!?」
その言葉に、イルゼ達は目を丸くした。
そして、その反応に満足気に微笑むと、慎二は口を開いた。
「さて、察しもついたと思うが…。この、死んだ後に動き回ったのはアシル氏だけでは無かった。Xの資料によればな」
そして、明が口を開いた。
「さて、ここで少し話を戻ってナチスの研究していたモノに戻ろう。ナチスの研究の、その中でも死人に関りの深い研究…、亡霊兵士団についてだ」
「亡霊兵士団?」
イルゼが聞くと、明は説明した。
「つまり、亡霊兵士ってのはアストラル体と呼ばれる、人間の三態の一つのみで動く兵士の事だ。他に、霊魂、エーテルなどがある。アストラルってのは、
正しく魂と同義と考えていい。つまり…、魂だけの兵士の事だよ。ナチスは、史実でこの研究を行っていた。まぁ、他にもホムンクルス、人狼、ゴーレム、 吸血鬼、色々と呼び名は歴史家の間では変るが、魂だけの兵士と言うなら、亡霊兵士団と言うのが一番枠に当て嵌まっているだろ?」
明が言うと、慎二が口を開いた。
「この、亡霊兵士団の起こした数々の事件は、今に至っても未解決のままだ。そして、この恐怖の殺人者の殺人における共通点、それは死後に一度なら
ず蘇っている事なんだよ」
そう言うと、慎二はポケットから手帳を取り出した。
「最初にこの事件が起きたのは、1946年だった。そして、その最も恐ろしい共通項がもう一つあった。何だと思う…?」
慎二がニヤリと笑いながら聞くと、イルゼは慎二と明の最初の言葉を思い出していた。
「…、人を殺して生き延びる…。ッ―!まさか…死人が別の人間を殺したって事か…?」
イルゼが不快気に顔を歪めて聞くと、慎二は頷いた。
「その通りだ。この事件の恐ろしいのは、罪を裁けない既に死んでいた人間による殺人が起きた事なんだ。1946年の一月に起きたジャック・ウィルキンソ
ンという老年の宝石商が、ナチスの生き残りに殺害された。彼は、元々はドイツに俘虜とされていたフランス人でな。その妻もそうだった。二人共、ナチス にかなり手痛い仕打ちを受けて来たらしく、ナチの追跡者に支援を行っていたそうだ。だが、それがバレてな…。彼の死体は彼の自宅の川で発見され た。死因は、ナチスがよく使ったとされるワルサーP38の弾丸が心臓に三発も貫通していた。そして、発見された時、彼の死体は腐乱こそ始まってはいな かったが、それでもかなり長い間川底に沈められた形跡があった」
「もしかして…、そのナチスが実は死体だったのか?」
亜里抄が聞くと、慎二は首を振った。
「いいや、違う。ナチスは別に死体では無かったし、その後にナチの追跡者によって処刑されている。おかしいのはジャックの死体の方だったのさ。彼
は、何日も川底で横たわっていた筈なのに…、その発見される前日に妻と会話を交わし、食事をし、演劇の舞台まで観に行っていたんだ」
「ッ―!?嘘だろ…」
イルゼが呆然と呟くと、明は首を振った。
「残念ながら真実だ。他にも、そう言った事例は数多くXの資料に事細やかに記載されていたらしい」
そこまで言うと、慎二が手を叩いた。
「さて…、長々と話したがな。さっきも言った通りだ。シャルルとアランのコンビは確かに素晴らしい働きをした。事細やかに事件を探り、亡霊兵士団の真
実に迫った。そして、彼らの調査の結果、亡霊兵士団とは、死体に憑依しては、新しい死体を作って死体が腐る前に転移する怪物だと分かった。亡霊兵 士団に憑依された死体は、擬似的な生を得る。そして、奴達はその死体本人になりすまし、新しい宿主を模索して殺害するんだ。更に、亡霊兵士団が三 体存在する事を突き止めた。そして…、その内の二体を仕留めたのさ」
「なんだって!?」
慎二がニヤリと笑いながら言うと、学は目を丸くして叫んだ。
そして、イルゼは納得がいかなかった。
「待ってくれよ。魂だけの存在をどうやって倒したんだ?」
イルゼの質問に、明が答えた。
「さて、さっきこの亡霊兵士団って言うのが、別名を持っていると言ったよな?その中でも、特に特別な別名がある。それが…『人狼』だ」
「人狼…?」
フェイが首を傾げると、明は話を進めた。
「ナチスは、この亡霊兵士団を、俗に『人狼部隊』と呼んだ。これは、公式にもヒトラーの直属のナチの尖鋭部隊につけられた名前でもあるんだ。ちなみ
に、今回の話では関係ないが、ナチスは理想の第三帝国の建国の為に、数々の研究を行った。V1号の長距離弾道ミサイルやV2号の長距離ロケット は、有名だから覚えておいて損は無い。他にも、原爆、毒ガス、細菌兵器、超大型口径大砲、誘導弾ミサイル、特殊装甲戦車、ジェット戦略爆撃機、超 音速戦闘機、垂直離着陸型飛行機、水中高速機関潜水艦、大型航空母艦、レーザー光線砲型大型銃器他、ありとあらゆる兵器を開発した。まぁ、これ はどこの国もあまり変らんが…。その中で、異彩を放った研究こそが、亡霊兵士団を含めた超人の研究開発だった」
「超人!?」
イルゼは眼を見開いた驚愕した。
その単語は、何時かエヴァンジェリンが木乃香とイルゼに話した教会が抱えていると言う異能者の事だった筈だからだ。
だが、直ぐに頭を冷やした。
実際、超人と言う単語は普通にも使うモノだからだ。
そして、慎二と明の言葉に耳を傾けた。
「この研究の一番の犠牲になったのはユダヤの人々だった。何故なら、ナチスは不死身の人間を目指したからだ」
「不死身の…?」
学が眉を顰めると、慎二が頷いた。
「ナチスはユダヤ人にあらゆる薬を投与しては、毒ガスを吸わせ、電撃を浴びせ、水中に沈め、火で炙り、食物を与えぬままに縛りつけ、肉体を削ぎ、あ
らゆる死を研究した。だが、結果は散々だ。毒ガスは幾ら抗体を作っても新型が次々に開発される。鉄ですら、火を受ければ溶けてしまう。呼吸が出来 なければエネルギーの運用が出来なくなる。栄養を取り込まなければいつかは切れる。そして、彼らが出した答えは、全ての死は肉体がある事に帰結す ると言うとんでもない超理論だった」
「そんな…馬鹿な…」
学は呆然として呟いた。
そして、明が口を開いた。
「だが、彼らは本気だった。そして、終戦間際に完成させた。三人の被験者を、肉体の枷から解き放ったんだ。だが、魂が現世に留まるには肉体と言うこ
の世との絆が無ければならなかった。そして、すぐに終戦による騒ぎだ。三人の亡霊兵士団は、そこら中に溢れる死体に憑依して、次々に殺人を繰り返 し、ついにフランスにやって来たのさ」
「…それで、どうして倒せたんです?今の話じゃ分からなかったんですけど…」
学が不満気に言うと、明が話を続けた。
「ここからは、かなり本当か疑わしいんだけど、シャルル刑事は二人の亡霊兵士団を倒した時に『銀の弾丸』を使ったんだ」
「ぎ…銀の弾丸って…。そんなの御伽噺じゃ…?」
学が呆れた様に言うと、明は肩を竦めた。
「だが、実際に彼はそれで倒したんだ。彼の推論では、アストラル体の要素が、銀によって破壊されたんじゃないか?って、言っている。そもそも、彼が銀
の弾丸を使ったのは、さっき言った亡霊兵士団の別名の『人狼部隊』から起因するんだ。人狼の弱点は銀の弾丸。これは、あまりにも有名な逸話だ」
「さぁって、それじゃあ話をドイツからこの島に戻すぞ。どうして俺達がこんな話を知っているか?それは、件のシャルル刑事が最後をここでアラン弁護士
と共に迎えたからなんだよ。そして、ココこそが二人の名コンビと亡霊兵士団の最後の戦いの舞台でもあったんだ」
明の言葉に、慎二は話を続けた。
そして、慎二の話に、学とイルゼ、フェイ、亜里抄は訳が分からなくなった。
「ど、どうしてフランスの事件が日本にいきなり??」
学が困惑し切った顔で慎二に聞くと、慎二は答えた。
「それはな、二人が二人目の亡霊兵士団を倒した後、最後の一人を倒す為に情報を探っていると、不可思議な話を耳にしたんだ。その頃、既に時代は
流れていたんだ。第二次世界大戦からかなりの時間が経ち、戦争をしていた敵対関係だった国々が、友好を結び始めた。それは、フランスと日本も同じ だったんだ。だが、元々敵対していた国の者が自国に脚を踏み入れる。それを我慢ならないと思う者も当然居たわけさ」
「まさか!?」
慎二の言葉に、フェイは目を丸くした。
「そう、その日本人はフランスのある血気盛んな若者に殺されてしまったんだ。そして、その若者は自分がやってしまった事に直ぐに自責の念を抱いた。
人の命の重さを、人を殺して初めて知ったんだ。だが、彼は翌日に本当の意味で悔い改める事になった」
「どうしたんだ…?」
慎二の言葉に、イルゼは聞いた。
「翌日、彼が日本人を殺した場所に行くと…、そこで平然と自分に挨拶までしてきたんだ。その…殺した筈の日本人がな」
「ッ――!?」
イルゼ達は戦慄した。
まるで、氷を背中に入れた様に気色の悪い寒気が襲った。
そして、慎二は話を続けた。
「血気盛んな若者は、あまりの恐怖に、すぐに警察に駆け込んだ。そして、自分は人を殺したと喚き立てたんだ。だが、殺した筈の日本人は平気な顔で
生きている。誰も相手にしなかった。ただ二人の、シャルル刑事とアラン弁護士を除いて。彼らはその日本人を調査した。すると、彼は日本に戻っていた んだ。そして、その日本人の死亡が日本に渡ると二人を待っていた。そこで確信したんだ。亡霊兵士団は、日本に居るとね。そして、彼らはその日本人 が最後に向かった場所を調べた。死んだ場所をね。すると、そこは何とこの島だったのさ。この島のサナトリウムの学者だったんだ。件の日本人は。そし て、このサナトリウム内では、豊富に死体が眠っている。死体候補も…」
慎二の言葉に、イルゼ達は寒気がした。
自分達が向かう先に、まるで得体の知れない化け物が住み着いているのではないかと言う不安に駆られて…。
そして、明が話を進めた。
「さて、当然だがこの島に二人が来るのは容易じゃなかった。何せ、元があまり公に出来ない裏がある上、面会禁止のサナトリウムだ。彼らはこの島に
秘密裏に侵入した。だが、その時には既に、その島は恐ろしい事態に見舞われていたんだ」
「どう言う…事だ?」
イルゼが聞くと、慎二が言った。
「そのサナトリウム内で、七人の人間を残して、ほぼ全員が既に殺害されていたんだ。残ったのは、医師が二人と看護師が三人、患者は二人だけだっ
た。そして、二人の名コンビの戦いは幕を開けたのさ…」
そこまで話すと、慎二は口を閉ざした。
そして明が話を続けた。
「最初に、彼らは七人以外に亡霊兵士団が死体に潜んでいないかを入念にチェックした。そして、そのサナトリウムの真実を知った。地下には研究施設
が広がっていたんだ。と言っても、そんなに大したものじゃない。かなり立派な手術室があるだけだったんだ。俺達も確認したけど、今は寂れてるけど、 少し広いだけだった。サナトリウム自体、三階建てで、物置が屋上にある程度だったし、収容されていた患者も当時は四人しか居なかった。まぁ、既に終 戦後かなり経過していたからな。それでも、まだ人体実験は続けられていた。そして、七人以外が皆殺しにされていた理由。それは、この島で行われて いたのが、亡霊兵士団を生み出したナチスの行った研究と酷似していたそうだ。それによって、亡霊兵士団は…いや、残り一人だしただの亡霊兵士と呼 ぶか。奴は、それを知り、憎悪に身を任せて殺意のままに殺していったのではないか…、そうシャルルは推察した」
そこまで話すと、明は目元に流れてきた汗を拭った。
「残った七人に、二人は亡霊兵士について語った。最初は誰も信じなかったが、二人の懸命な説明に、なんとか理解を得られた」
「?どうして、シャルル刑事とアラン弁護士は七人に語ったんですか?」
明の話に、学は首を傾げた。
すると、慎二が口を開いた。
「それはな、調査に協力させる為だ。銀に触れさせるだけで、そいつが亡霊兵士かどうかを判断出来る筈だったからな。だが、誰一人として、銀に触れて
も亡霊兵士である尻尾を見せなかった。そして、その晩に、七人の内の一人が殺害された。それも完全な密室の中でな。…そう、魂だけの殺人鬼、亡霊 兵士でしかしえない殺人だった」
「ッ――!!」
慎二の言葉に、イルゼ達は唾を飲み込んだ。
そして、イルゼは更に注意深く慎二の話を耳に入れた。
「その後、次々と全員にアリバイの成立する中で殺人事件は起きて行った。最後に、医師一人と、シャルル、アランを残して…。そして、シャルル刑事、ア
ラン弁護士の両名は最後に残った医師を亡霊兵士と断定した。だが…、二人がその医師を殺した後、二人は謎の死を遂げている。これは、後の新聞に も掲載されていたんだがな…。謎のフランス人観光客の狂気って風に、新聞の見出しを飾った。アランとシャルルは、サナトリウムの者を皆殺しにし、最 後にお互いの心臓を銃で撃ち、相打ちで死亡していたのさ…。それが、そう…」
そう言うと、慎二は目の前に広がった広場と、そこに建つサナトリウムを見上げた。
「ここ、花崎島のサナトリウムで起きた殺人事件だ。そして、俺達はここに去年合宿をしに来た。その時に見つけたのさ…。シャルル刑事の捜査資料を
な」
「本当ですか!?だって、警察だって調べたんじゃ…」
学が眼を見開いて聞くと、慎二は言った。
「いや、あれは全くの偶然だったんだ。この島を探検していたらさ、偶然に銀の弾丸の撃ち込まれた木を見つけたんだ。驚いたよ、その木はさ、中が人為
的に空洞にされていて、その上に木の皮を簡単に貼り付けられているだけだったんだ。そして、その中に捜査資料が在った」
「?…それって本当なんですか?幾らなんでも…」
慎二の言葉に、学は信じられない様に言った。
イルゼや亜里抄、フェイまでもが同様な表情だった。
「と言ってもな、事実だ。本当に偶然に見つけて、俺達は色々と調査したんだ。その過程で、地下の手術室も発見した。そんでな、去年の合宿じゃ解明し
きれなかったんで、今年もここを合宿の場にしたんだ。まぁ、散々ノンフィクションみたいに語ったけどさ、実際には亡霊兵士なんかが本当に居たかは不 明なんだ。本当に、新聞に書かれていた通り、気の狂った殺人鬼の馬鹿な妄想って事の方が信憑性は高い。でもよ、そう考えたら、合宿も盛り上がるだ ろ?」
慎二の言葉に、イルゼ達は苦笑いしか出来なかった。
そして、一同は合宿所である、花崎島のサナトリウムに到着した。
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