![]()
第82話『ゴッドスピード・バス』
十時になって、イルゼは鞄を背負うと部屋を出た。
木乃香とエヴァンジェリンも見送りに一緒に居る。
イルゼは隣の部屋のチャイムを鳴らした。
しばらく待つと、中から少し前にイルゼが買った薄水色のデニムジャケットの下に、白いワンピースを着たフェイが顔を出した。
「あっ、おはよう」
イルゼの顔を確認すると、フェイは破顔して挨拶した。
「うっす!準備出来てっか?」
イルゼが聞くと、フェイは「うん!」と頷いて、「待ってて!」と言って中に戻って行った。
イルゼは扉が閉まると、少し下がって振り向いた。
そこには、エヴァンジェリンと木乃香が立っていた。
「旅行は確か、二泊三日だったな?」
エヴァンジェリンが言うと、イルゼは頷いた。
「そだよ。だから、えっと…十二日に帰って来るよ」
イルゼが言うと、木乃香は口を開いた。
「怪我せえへん様になぁ?帰って来たら、おばあちゃんと三人で遊園地行くんやからね?」
木乃香が言うと、イルゼは「おう!」と答えた。
そして、ニカッと笑うと木乃香にサムズアップして見せた。
「帰って来たら、ご馳走を用意して待ってるからな。何か希望はあるか?」
エヴァンジェリンが聞くと、イルゼは嬉しそうに笑顔になった。
「ハンバーグ!それに、麻帆良祭で食べたカタツムリ!!」
「エスカルゴと言え…。よしっ!分かった。ちゃんと、無事に帰って来たらハンバーグもエスカルゴも作ってやるぞ。ちゃんと、フェイやえっと…そうそう、亜
里抄を護ってやるんだ。分かったな?」
「?…うん。分かってるって!」
エヴァンジェリンに言われて、首を傾げながらイルゼは頷いた。
そして、木乃香が言った。
「うち、イルゼが帰って来るまでに今の修行を終わらせて見せるで!そしたら…、もっと一緒に遊ぼうや!」
木乃香の言葉に、イルゼは「おう!」と嬉しそうに答えた。
「絶対だぜ!」
イルゼが言うと、木乃香は「うん!」と頷いた。
そして、少しすると、イルゼの背後の扉が開いた。
そして、フェイと学が大きな鞄を持って出て来た。
「んじゃ、行こうぜ」
イルゼが言うと、学とフェイが頷いた。
「私達も、玄関まで見送ろう」
エヴァンジェリンが言うと、木乃香も頷いた。
そして、エレベーターホールに行くと、夕映と朝倉が居た。
「おっ!朝倉と夕映じゃん!」
イルゼが言うと、何故か朝倉の表情が固かった。
そして、朝倉はツカツカとイルゼに近づくと不満気に言った。
「ねぇ…、前から気になってたんだけどさ。何で私は苗字な訳?」
「はい?」
朝倉の言葉に、イルゼが首を傾げると、朝倉が苛立たしげにイルゼを睨み付けた。
「早苗の時も直ぐに名前で呼んだし、木乃香やフェイや夕映には名前だよね?どうして、私は苗字な訳?」
「え?…いや、別に深い意味は…」
ジトッとした眼で睨まれ、イルゼは居心地悪そうに言った。
「なら、私の事も名前で呼んでよね」
「は…はい…。和美。これでいいだろ?」
「よろしい」
イルゼが和美と呼ぶと、和美は機嫌を直した。
そして、夕映が口を開いた。
「イルゼ達は合宿でしたね?」
「ああ、これからな。夕映と朝倉は?」
イルゼが聞くと、夕映は自分の小さな鞄を見せた。
「私は帰省するです。と言っても、そんなに遠くは無いのですが、和美に見送って貰うのですよ。ですから、玄関まではご一緒しましょう」
夕映はそう言うと、学に顔を向けた。
「学、帰って来たらこの前の約束通り、うちに遊びに来るですよ?」
夕映が言うと、学は「うん」と頷いた。
「え?夕映と学ってもうそんなに親密な関係?あっちゃぁ、私とした事が、最近記事に出来ない大事件ばっかで、身近の大事件を見落としてたよぉ」
和美が指を鳴らして無念そうに言うと、夕映は呆れた様に言った。
「そうではないのです。学がお爺様に一度お会いしたいと言うものですから」
「そうだよ。夕映ちゃんのお爺さんの本読んだら、少し興味が出てね」
学の言葉で、和美は残念そうに「ちぇー」と唇を尖らせた。
「そう言うのは、イルゼとか蘭丸とか手塚の方が話題があるんじゃない?」
「蘭丸はともかく、俺と手塚はあんま話題無いだろ」
「「…………」」
学の言葉に、イルゼが呆れた様に言うと、逆に学と和美が呆れた様な視線を送った。
「まぁ、手塚に関してはねぇ。夏休みに、あやかの家に招待されてるらしいよぉ。委員会の話し合いって言ってたけど、どうだかねぇ」
クスクスと笑いながら言う和美に、夕映が呆れた様に言った。
「それは、本当にただの委員会の話し合いなんじゃないですか?」
夕映が言うと、和美は「まぁね」とアッサリと言った。
そして、エレベーターが来て、一同は一階まで降りた。
そして、夕映は駅の方に、イルゼ、学、フェイの三人は駐車場の方に向かって歩き出した。
「んじゃ、行って来ます!夕映もまた二学期にな!」
イルゼが叫びながら手を振ると、エヴァンジェリン達は大きく手を振った。
そして、学とフェイも手を振ると、三人は駐車場に向かって行った。
残ったエヴァンジェリン、木乃香、和美は部屋に戻る途中だった。
「それにしても、少し寂しくなるな」
「せやねぇ…」
エヴァンジェリンが言うと、木乃香も項垂れた様に同意した。
そして、和美が言った。
「ねぇねぇ、木乃香はしばらく暇?」
和美の質問に、木乃香は頷いた。
「修行を頑張るつもりやけど。それ以外は暇やで?」
木乃香が言うと、和美は言った。
「じゃあさ!今、ちょっと面白いネタがあるんだよねぇ。一緒に調査してみない?」
「面白いネタ?」
和美の言葉に、エヴァンジェリンも興味を示した。
「そうなんですよ。エヴァンジェリンさん、合わせ鏡って知ってますか?」
「合わせ鏡…。嫌な記憶しかないな…」
「あれ?」
和美が言った言葉に、エヴァンジェリンは露骨に嫌な顔をした。
当然だろう。
合わせ鏡と言えば、ピエモンの封印の七不思議の一つだったのだから。
「合わせ鏡って、イルゼがミス研で調べてた七不思議の一つやよね?ピエモンが復活して大変やったけど…。それがどないしたん?」
木乃香が首を傾げると、和美は困惑した様に首を傾げた。
「ピエモンって…、確かエヴァンジェリンさんが戦ったって言うのですよね?詳しく知らないんだけど…」
「ふむ…。まぁ、記事にしないと言う条件で見せてやらんでもないぞ?中々に凄まじい戦いだからな。魔法の怖さを知るにもいい機会だろう」
そう言うと、エヴァンジェリンは和美を見た。
「和美、お前は自分で自分の魔法を見つけると言った。だが、その前に知って欲しいんだ。魔法と言うモノの恐ろしさを…な」
エヴァンジェリンは真剣な眼差しでそう言った。
すると、和美はニヤリと笑った。
「エヴァンジェリンさん、一番恐ろしいのは無知なんですよ?是非、教えてください!魔法の怖さも汚さも、良い所も悪い所も!全部知って、それからよう
やくスタート地点に立てるんです。エヴァンジェリンさんに教えて貰えるなら最高ですよ」
和美が言うと、エヴァンジェリンは驚いた様に目を丸くした。
「……はぁ、むしろ私が怖いよ。お前は、本当に自分の力だけで見つけてきそうだ…」
エヴァンジェリンは呆れた様に和美の頭に手を乗せて溜息を吐いた。
「勿論ですよ。私は私の道を絶対見つける!そう、決めたんですからね」
和美はチャーミングな笑顔をエヴァンジェリンに向けて、大きくウインクして言った。
そして、エヴァンジェリンは大きく溜息を吐くと、和美と木乃香を連れて、部屋に戻った。
イルゼとフェイ、学の三人は、合宿地である花崎島へ渡る港までを行くバスが駐車している駐車場に向かっている。
「それにしても、高等部にミス研があるなんて知らなかったね」
学が歩きながら言った。
「そうだな。どんな人達なんだろ」
イルゼが首を傾げながら言うと、学は「さてね」と肩を竦めた。
「そう言えばさ。イルゼは、和美ちゃんと何処行ってたんだっけ?」
学が聞くと、イルゼは答えた。
「牧村市だよ。隣のな。天狗について聞きに行ったんだ。んで、向こうでちょっと事件が起きたりもして結構大変だったんだぜ?」
イルゼが言うと、フェイが首を傾げた。
「事件?」
「ああ、俺達が天狗について聞きに言った翌日に…」
イルゼは、山本家で起きた事件について話した。
すると、学は冷や汗を掻いた。
「なんか…、行く先々で事件に会うね…。今度の旅行、何にも無いといいけど…」
学が言うと、イルゼは心外そうに口を開いた。
「人を疫病神みたいに…」
「間違いじゃ無いと思うんだけどね…。そんな事より、二人とも水着は持ってきた?」
「へ?」
「え?」
溜息を吐きながら学が聞くと、イルゼとフェイは目を丸くした。
「へ?でも、え?でも無くて…。もしかして…買ってないの?」
学は信じられないと言う様に目を丸くした。
「水着って何だ?」
「…?」
イルゼは眉を顰めて聞き返し、フェイも首を傾げた。
「…………マジか…。あぁっと!つまり、海とかプールで泳ぐ時に着る物だよ。テレビで見た事ない?」
学が呆れた様に言うと、イルゼとフェイは「そう言えば…」と言った。
「思いついたみたいだね。とりあえず…、無いと泳げないし、買いに行こう。駐車場はショッピングエリアの近くだし、確か行きに水着を売ってる店があっ
た筈だからね」
学が提案すると、イルゼは「了解」と了承した。
困った顔をしているフェイに、イルゼは「心配すんなって!」と言って、右手の人差し指を上げて言った。
「フェイの分も買ってやるよ」
「イルゼ…、ありがとう…」
イルゼがニカッと笑いながら言うと、フェイは顔を僅かに赤くしながらお礼を言った。
そして、学はもう既に何も言う気は無かった。
「何か…、先が見えた気がするから、一応忠告ね…。スカート付きを選びなさい」
学が言うと、イルゼは首を傾げながら「分かった」と頷いた。
遠くを見る様に言う学に、首を傾げつつ、イルゼは学の案内でショッピングエリアの水着販売店『サマーウィッチ』に入った。
店内は水着や浮き輪、ビニールプールに、ビニールのイルカなどが通り道を邪魔しない様に巧みにセットされていた。
「へぇ、ぶっちゃけ下着と変んないんだな」
イルゼが言うと、学は頷いた。
「まぁね。水に濡れても大丈夫な下着って感じかな?イルゼはトランクスタイプがいいんじゃない?ブーメランパンツは、あんまりお薦めしないよ…」
「?…分かった。えっと…、おっ!これかっこいいじゃん!」
そう言うと、イルゼは子供用のトランクスタイプの水着、黒いパンツに炎の様な柄の付いたのを選んだ。
「よし、次はフェイのだな。おっ!ガールズはあっちか」
「ナチュラルにフェイのはガールズって考える君の思考に時々付いていけなくなるよ…」
イルゼがサッサと進み、その後を追いかけるフェイの後姿を見ながら、学は二人に聞こえない様に呟いた。
「おぉい!学!さっさと来いよぉ!」
イルゼが一人遅れている学に呼び掛けた。
「あいあい」
学は適当に返事を返しながらイルゼ達に近寄った。
そして、幾つも並んでいる水着の中から、イルゼは一つを選んだ。
「これなんかどうだ?フェイに似合いそうだけど」
そう言って、イルゼが手に取ったのは、水色のツーピース水着だ。
トップはホルターネックで首の後ろで結ぶタイプだ。
カップの間には黒いリボンが付いている。
スカートも腰布の様に黒いリボンが付いていて、左前辺りで僅かに垂れている。
水色の上には、南国の植物のカラフルな葉の柄が幾つも描かれている。
ちなみに、ボトムは左右で紐で縛るタイプだ。
――イルゼって…、ぶっちゃけフェイを自分の色に染めようとしてる気がするんだけど…。
学は遠い目で、イルゼが選んだ水着を嬉々として受け取るフェイの姿を見ながらそう思った。
そして、フッと夕映がその水着を着たらどうかな?と想像し、首を振った。
――なな…何考えてんだ僕…。
学が一人で悶々としている間に、イルゼは自分のとフェイのを買った。
ちなみに、イルゼはフェイの下着も買ってたりするので、フェイの3サイズも把握してたりする…。
そして、三人はサマーウィッチを出ると、駐車場に今度こそ向かった。
ちなみに、水着の値段は、イルゼのは850円で、フェイのは3960円だったりする。
ショッピングエリアを抜けて、駐車場に着くと、そこには秀や輝夜、蓮、嵐、千里、ボルク、亜里抄が待っていた。
他にも背の高い数人の男女が待っていた。
「おっ!イルゼ、学、フェイ!来たな!」
秀が三人を確認すると、手を振った。
「ういっす!」
「おはようございます」
イルゼとフェイが挨拶すると、学が頭を下げた。
「すみません。イルゼとフェイの水着を買ってて遅くなりました」
「「ごめんなさい」」
イルゼとフェイが謝ると、輝夜は「構いませんよ」と優しく言った。
「まだ、集合時間より早いし問題ないッスよ」
蓮が言うと、嵐も「そうそう」と頷いた。
そして、亜里抄がイルゼにキスをした。
「……なんか、久しぶりなんだぜ」
イルゼの唇から自分の唇を離すと、亜里抄は不満気に言った。
「久しぶり…はいいけどよ。歯が当たって痛てえよ…」
イルゼは少し切れてしまった唇を押えながら恨みがましい眼で亜里抄を見た。
すると、亜里抄は唇を尖らせた。
「久しぶりなんだからいいじゃん」
「まぁ…いいけどよ」
イルゼは溜息を吐きながら肩を竦めた。
そして、遠くでその様子を見ていた高等部の面々は冷や汗を流していた。
「……最近の小学生…早いな…」
「そうね…。私なんてファーストキスすらまだなのに…」
「そ…それにしても三郎丸の奴、遅いな…」
そんな事を言っていたりする。
そして、しばらくすると、駐車場の入口から肩に大きな鞄を掛けた高等部の少年が来た。
すると、それを見たイルゼとフェイ、学は目を丸くした。
「「「さ…三郎丸さん!?」」」
三人が目を丸くしながら叫ぶと、少年…、三郎丸も三人に気が付いた。
三郎丸は、黒髪のサラサラした髪質で、前髪を真ん中で分けて、眼に掛かるくらいまで伸ばしている。
そして、青い中心に髑髏の海賊マークが入っているシャツを着て、長ズボンを履いている。
三郎丸はニコニコしながら三人に近寄った。
「まさか君達が居るなんて驚いたよ。もしかして、君達が初等部のミス研なの?」
「え?って事は、やっぱ三郎丸さんは高等部のミス研!?でも、この前は社会人の人と一緒に…」
学が逆に聞き返すと、三郎丸は答えた。
「ん?ああ、あの時はバイトだったんだよ。それが、守森村では大変な事があって、結局はバイト代も出なかったし。本当に散々だったな…。それでも、君
達には誰も怪我が無くて本当に良かったよ」
三郎丸の言葉に、イルゼ達は少し感動してしまった。
そして、三郎丸はキョロキョロと辺りをみた。
「ね…ねぇ、所で君のおばあちゃん…来てないの?」
三郎丸がコソコソとイルゼの耳元に口を寄せると聞いた。
「ん?来てないよ。ばあちゃんは木乃香と美術館行くって言ってたけど?」
「…そっか。ホッとした様な…残念な様な…」
肩を落としながら三郎丸は立ちあがった。
「それじゃあ、僕は高等部の皆と集まってるから。困った事があったら、何でも相談するんだよ?同じ麻帆良学園ってのには驚いたけど、勉強の事とかで
も助けになれると思うからね」
そう言うと、三郎丸は高等部のメンバーの方に向かって行った。
すると、亜里抄が口を開いた。
「なんだなんだ?あの人と知り合いだったのか?」
それに、イルゼが答えた。
「ああ。この前、守森村ってとこ行ったんだ。そこで、会ったんだけど。凄っげえ良い人だぜ」
イルゼが言うと、亜里抄は「へぇ」と言いながら三郎丸を見た。
そして、バスの中から赤いジャケットを着たイケメン俳優の様に整った顔立ちと真っ白な歯が光る輝夜の叔父、サム・スピードが出て来た。
「さぁって!そろそろ時間だ!全員集まったかな?…よし!人数の確認完了!全員集まっているな!俺は数えるのも早い!よぉし!全員、バスに乗りな
さい!」
サムはそう言うと、バスに戻って行った。
だが、すぐにまた出て来た。
「ちなみに、今日の俺は『爆走バス野郎』と呼んでくれ」
そう言うと、再びサムはバスに戻った。
「叔父さん…恥しい…」
そう言って、輝夜は溜息を吐いた。
すると、秀が輝夜の顎を持った。
「今の恥しがる顔…いいな」
そう言うと、輝夜に秀は熱いキスをした。
すると、輝夜は秀の顔を両手で押えるように持つと、引き剥がした。
「私の恥しがる顔を見たいのでしたら、ご自分でさせて見せて下さい」
そう言うと、無表情に戻った輝夜は、秀と自分の荷物を持つとバスに向かった。
「あっ!待て輝夜!仕方ないだろ!?今のは夜の時と違う可愛さがあったんだから!」
そう言いながら、秀もバスに向かった。
そして、高等部の面々は更に冷や汗を流していた。
「お…おい。今、夜の時って言ってなかったか?」
「そ…空耳よ…。そうに決まってるわ!」
「て言うか…、精通…はギリギリ通ってる年齢か…」
「俺…初体験中学上がってからだったってのにな…」
そんな事をぼやいている高等部の面々を置いて、イルゼ達や、三郎丸ともう一人の高等部の女性がバスに乗り込んだ。
「ほら!そこで喋ってないでバスに乗りなさい!」
女性が言うと、喋っていた男女は慌ててバスに向かった。
そして、全員がバスに乗り込むと、サムが口を開いた。
「よぉし、全員乗ったな。それじゃあ、出発するぞ。ちなみに、このバスの最高速度は時速200キロなわけだが、俺はトロトロするのは苦手だ。最初から最
後まで200キロで飛ばす。舌を噛まない様に注意しろ。それでは出発だ。俺は喋るのも早いが、出発も早い」
早口でそう言うと、いきなりバスは出発した。
それも、いきなりタイヤが凄まじい摩擦音を鳴らし、凄まじい速度で発進した。
「って!!危な過ぎだろ!?」
道路を時速200キロで爆走するバスの車内で、イルゼが叫んだが、サムは全く耳に入れなかった。
「速過ぎだぁぁ!?」
学は次々に前を走る車を追い抜いていく様を窓から見ながら絶叫した。
「うっぷ…ヴぉぢわるい…」
「ヒイイイィィィィィ!!」
「キャアアアアアア」
「もうちょっとスピード緩めてぇぇぇ!!」
サムが車を避ける為にハンドルを切る度に、車内では絶叫が木霊した。
そして、左右に体を揺さ振られ、全員が車酔いに掛かりそうになった。
「叔父さん!お願いですから、スピードを落として下さい!」
「Don't worry!安心しなさい!俺はSチームのリーダーとして、特別な許可証を持っている!どこで何キロ出しても問題無い!!」
そう言うと、サムはセントラルハイウェイに上がった。
「ハッハァ!!よぉし、今日はこの日の為にこの時間を通行止めにしてある!!今、この時、この瞬間!!ここは、俺の独壇場だ!!」
「何て事するんですか!?」
サムのあまりにもとんでもない言葉に、輝夜は何時ものクールな雰囲気を何処かに置き忘れて叫んだ。
当然だろう。
たかが港に行く為に、セントラルハイウェイを通行禁止にするなど、在り得て良い事では無い。
だが、サムは「問題無いさ!」と言うと、運転席の横にある謎のスイッチを押した。
「行くぞ!!モードチェンジ!!」
「「はい!?」」
サムの叫びに、バスの中に居る全員が首を傾げた。
すると、突然右側に座っていたイルゼ、学、フェイ、亜里抄、高等部の数名の席が後ろに下がり、その前に左側の輝夜や秀、三郎丸達が座っている席が
入った。
そして、座席が突然沈み、両脇にウイングが展開した。
「え?何事?」
学は目を点にしながら窓の外を見た。
ちなみに、既に千里やフェイ、蓮、嵐、高等部の数名は眼を回して気絶してしまっている。
そして、サムは運転席の髑髏マークの付いているスイッチを押した。
「ハッハッハッハ!!この、Sチーム専用旅行用バス!!その名も『ゴッドスピード・バス!!』は、超、高速移動用に様々な改造がしてあるのだ!!いく
ぞ!!スーパーニトロエンジン!!」
「お…おい、学。スーパーニトロって…なんだ?」
イルゼはダラダラと汗を流しながら聞いた。
すると、学は石化した様に固まった。
そして、輝夜が言った。
「確か…Sチームが開発した、超危険なエネルギーだったと…」
「って事は…」
秀は顔を青褪めさせた。
「確か、叔父さんのマシンの場合だと、音速に近い速度が出ると…」
「………このバス、大きいけど、それでも凄まじい速度…出るよね?」
学が言うと、輝夜は頷いた。
「皆さん…。しっかり何かに捕まって下さい…」
輝夜の言葉に、イルゼは急いで右手にフェイを抱き寄せ、前の席で気絶している亜里抄を引っ張ると、左手で抱えて前の席に脚を付けた。
秀は輝夜を抱き抱える様にして、余った手で座席の肘乗せを掴み、ボルクも千里を抱き抱えると、冷や汗を垂らしながら備えた。
三郎丸も、隣で眼を回している女性を護る様にして、時を待った。
そして…。
「スタート!!」
すると、イルゼ達の体は一気に座席の背に引っ張られた。
骨や内臓が後ろに引っ張られる感触。
まるで、重力の向きが変ったかのような感覚だった。
「ッ――――――――――!!!!!!」
声無き絶叫があ響き渡る。
セントラルハイウェイを、バスは時速600キロと言う異常な速度で疾走した。
そして、バスがセントラルハイウェイを降りて、港に着く頃には、全員が意識を失っていた…。
![]() |