第81話『幕間W 〜翼で飛ぶ生き物に乗るのは正気の沙汰じゃない〜』



眼が覚めると、朝倉は知らない場所に居た。
隣を見ると、そこには木乃香とイルゼが眠っている。
そこで気が付いた。

「あそっか…。昨日、エヴァンジェリンさんのお説教聴いてる内に…」

そう言うと、隣で眠っていたイルゼと木乃香が眼を覚ました。

「ん…、ばあちゃん許してくれえええええええ!!!!!!」

イルゼはそう叫びながら上半身を起き上がらせた。

「ハァ…ハァ…、あれ?…ばあちゃんは?」

キョロキョロと辺りを見回すイルゼに木乃香は苦笑した。

「イルゼ、夢の中でも怒られとったんか?」

「たはは…、エヴァンジェリンさん…。めっちゃ怖かったもんね…」

朝倉も昨日の事を思い出して顔を俯かせた。

「っとと、もうお昼じゃん。起きようぜ!」

イルゼがそう言うと、朝倉と木乃香も頷いた。
ベッドの上を這いずって床に下りると、イルゼは目を擦った。
そして、木乃香におはようのキスをして、居間に行った。
それに、朝倉と木乃香も続いて居間に入ると、甘い香りが部屋に充満していた。

「おっ!いい臭いだなぁ。ホットケーキかな?」

イルゼが言うと、キッチンからエヴァンジェリンが入って来た。

「起きたか。いや、昨日は少し叱り過ぎたからな。お前の好物を作ったぞ。和美も食べていけ。ジャムと蜂蜜、マーガリンを用意した。チョコレートクリーム
もある。紅茶は、最近になって、桃子に淹れ方を教えて貰ってな。ついでに、ケニアと言う茶葉を買ってきたんだ。ホットケーキと一緒に飲んでみろ」

そう言うと、ホットケーキと一緒に、エヴァンジェリンはティーポットから、ティーカップに、濃い紅色の液体を注いだ。
深い茶葉の香りが、ホットケーキの甘い香りと混ざり合って、素晴らしい香りだった。
頭が蕩ける様な甘い香り。
イルゼ達は机の周りに座ると、ナイフとフォークを持って、「いただきます」と言って、ホットケーキを食べ始めた。
ふんわり柔らかいホットケーキを頬張り、イルゼは紅茶を飲んだ。

「アチチ…。でも、苦くないな」

不思議そうにイルゼが言うと、朝倉も頷いた。

「本当だ!不思議ぃ、紅茶って苦いもんじゃないの?」

すると、木乃香も紅茶を啜った。

「ほんまや…。渋くないって言うか…なんや、甘い気もする…不思議やねぇ」

木乃香が言うと、エヴァンジェリンは満足そうに口を開いた。

「ふふふ。ケニアは、その名の通りケニアで生まれた茶葉でな。渋みも無く、コクがあり、甘味もある、中々に高い茶葉でな。淹れ方も工夫したのだ。
時々、温度計で測って淹れるとか言う、おかしな奴も居るが、紅茶と言うのは自分で確かめつつ、試しつつ微妙な匙加減でな…」

エヴァンジェリンが得意気に話しているのを耳に入れながら、イルゼ達はホットケーキを堪能していた。

「やっぱ、ジャムだよなぁ」

イルゼはジャムをベタベタとタップリ過ぎる程タップリと付けて食べている。

「何言ってんのよぉ、蜂蜜でしょ、蜂蜜!」

そう言いながら、朝倉は蜂蜜漬けと言える程、蜂蜜をタップリ掛けて食べている。

「あかんで二人共。それじゃあ、ホットケーキの味が分からなくなるで。ホットケーキは、こうやってマーガリンで食べるんが一番や」

そう言って、木乃香はマーガリンの塊をホットケーキの上に置いて食べている。

「木乃香も人の事言えないだろ…。ホットケーキより、マーガリンの塊のがでかいじゃないか!」

イルゼが文句を言うが、木乃香は紅茶を優雅に啜った。
最近、木乃香はエヴァンジェリンの真似をして仕草が優雅になっている。
そして、エヴァンジェリンは未だ紅茶の淹れ方について語り続けていた。




昼食が終わると、朝倉は部屋を出て行った。
そして、部屋に戻ると鞄から辰之助に解読して貰った藁半紙三枚を取り出した。
そして、『麻帆良の天狗伝説』を取り出して、読み上げた。

「ふむふむ……。『この書物は、読む者を選ぶ。資格在りし者は、この書を見つける事が出来る。この文の書き手、名を…』あれ?ここだけ、飛ばされて
る…。分からなかったのかな?で…、『この書を読みし者、覚悟せよ。これは、人為らざる存在の記せし、隠匿されるべき秘奥の書。この書を読みし者、
運命に導かれるであろう。この書を読む者、契約せねばならぬ。八百万の神々の一柱、黒曜の翼持つモノと、契約せねばならぬ。汝、既に契約すべき
存在と会合している。汝、選ぶが良い。平穏な日常を。汝、選ぶが良い。血塗られた緋色の道を。汝、選ぶが良い。天を舞う秘技に魅せられし者よ。覚
悟せよ。選択は一度のみ。後戻りは出来ぬ。二度と出来ぬ。この書を読む資格を得し時、汝、既に人に在らず。阿迦奢と現の狭間の存在と成り代わる。
戻れぬ。戻る事、許されぬ。戻る選択は二度と与えられぬ。覚悟せよ。されば、汝、妖怪の山への道を切り開かれん。汝、覚悟せよ。さらば、汝の持つ
『箱』を開くが良い。『箱』は、汝にのみ開かれる。開いた時、汝、人では無くなるであろう。汝、真に力求める時にのみ、『箱』を開くが良い。『箱』の中に潜
む阿迦奢の烏、汝を待つ。汝、選択せよ』…………」

文章を読み終わると、朝倉は恐怖に慄いた。

「箱…」

それは、信玄に渡された木箱の事ではないか?
朝倉はそう直感した。

――何で…?

この文章は、まるで朝倉を本が待っていたかの様に書かれている。
そして、何度も何度も、警告している。

「開くな…って事?」

朝倉は、何度も文章を読み返した。
そして、ある文章に注目した。

「人ではなくなる…。狭間の存在…?どう言う…事?」

朝倉は、突然怖くなった。
そして、大きく息を吐いた。

「魔法とか知らなかったら…、笑い飛ばしてただろうけどね…。もう少し、天狗について、調べてからにしよう。…うん。十分な調査を行ってからでもいい筈
…」

そう言って、朝倉は本をベッドの下に仕舞いこんだ。
そして、それから木箱が届くと、それもベッドの下に隠してしまった。
せめて、もう少し天狗について調査するまで、開かない様に…。
そして…、この書物が開かれるのは、もう少し後の話になる。
そう、遠くない、本当に少し先の話である…。





イルゼは、朝倉が去った後に、大きな鞄を持ち出して、中にタオルや着替えを準備していた。

「そう言えば、明日やったっけ。何処行くんやっけ?」

木乃香が聞くと、イルゼは言った。

「何でも、高等部にあるミス研との合同合宿なんだってさ。昔、本当に殺人事件が起きたサナトリウムのある小島に行くんだ」

「サナトリウム?」

イルゼが言うと、木乃香が首を傾げた。
すると、エヴァンジェリンが言った。

「元々は、結核なんかの治療施設の事だ。最近は、認知症や精神性疾患なども含まれる様だが、空気の良い所で、病気を治す為の施設だよ。しかし…
殺人事件とは穏やかじゃないな…」

エヴァンジェリンが言うと、イルゼは頷いた。

「まぁね。でも、高等部のミス研の人達は毎年そこで合宿をやってるらしいんだ。それに、ちゃんと保護者に、『荒野の…』えっと…、そうそう!『荒野の赤
い稲妻』が、ついて来てくれるから、危ない事は無いと思うよ」

「こ…荒野の赤い稲妻?何だソレは…」

イルゼの言葉に、エヴァンジェリンは目を丸くして聞いた。

「輝夜さんの叔父さんだよ。麻帆良祭で、俺達のヤキソバ屋にも来てくれたんだ。ほら、セントラルハイウェイの、超高速機動警邏隊で、通称『Sチーム』
のリーダーで、名前はサム・スピード。何時もニックネームを自分で考えて変えてるらしいんだ。確か、麻帆良祭の時は『荒野の赤い稲妻』だったんだけ
ど…、今は違うかもしれない」

「変った奴も居るもんだな。しかし…超高速機動警邏隊…か。聞いた事はあったが…確かF1で高速を疾走している、合法暴走族とか週刊誌に載ってい
たな…。本当に、大丈夫なのか?」

エヴァンジェリンが心配そうにイルゼを見ながら聞くと、イルゼは「大丈夫…だと思う…多分」と段々自信が無くなっていった。
そして、それから準備を終えると、イルゼ達は修行場に移動した。
そして、イルゼは木乃香の前に立ち、木乃香は右手にデジヴァイスを握っている。

「守森村で使ったモードチェンジとやら、今も出来るのか試しておく方がいいだろう」

そう、エヴァンジェリンが言ったからだ。
そして、木乃香はデジヴァイスに繋がるラインを感じて、そこに魔力を流した。
そして、デジヴァイスが光を発して、イルゼの体が光の粒子に包まれる。
まるで、光の渦に包まれる様に、イルゼの体は光の中に消えた。

『Evolution』

デジヴァイスから音声が零れ、イルゼの体に、光が入り込んでいく。
凄まじい力が沸き起こる。
そして、イルゼは目を瞑りながら叫んだ。

「インプモン、進化」

そして、一瞬だけ、サングルゥモンのイメージが投影され、そのイメージがイルゼの中に入り込んでいく。

「グッ―アガガガアアアガアアアアッ!」

全身が待ったく別の存在に変貌する。
そして、巨大な魔狼が、修行場に姿を現した。

「サングルゥモン!!グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」

凄まじい覇気を撒き散らし、デジタルワールド創世記を生きた伝説クラスの魔狼型デジモンが、君臨した。
そして、木乃香は目を瞑り、心の中で叫んだ。

――飛べ!!

その瞬間、デジヴァイスの画面に、『風』に似た字が浮かび、再びサングルゥモンの体は今度は疾風によって包まれた。
そして、イルゼの眼が光を発した。

「サングルゥモン!!モードチェンジ!!!グオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
  
そして、イルゼは結界の様にイルゼを包み込む風を突破する様に、走り始めた。
そして、イルゼの前足のスティッカーブレイドが、回転しながら上空に打ち上げられ、変りに上空から真紅の光がイルゼに落ち、イルゼの背中の紅い蝙
蝠の翼を模した柄が具現化し、巨大な真紅の翼に変貌した。

「ギャオオオオオオオオオ!!!!!!!」

凄まじい雄叫びと共に、イルゼは風の結界を突破した瞬間、イルゼの紫の毛皮は、青銀に変った。
そして、立ち止まると、両前足を高く掲げて地面に振り落とし、凄まじい突風を吹き荒らさせると、大声で言った。

「ストームモード!!!!オオオオオオオオオオオ!!!!!!」

凄まじい雄叫びと共に、イルゼはモードチェンジを完了した。
そして、再び駆け出し、翼をはためかせた。
翼がはためく度に凄まじい突風が大地に叩き付けられる。
そして、イルゼが地面を蹴ると、イルゼの体は宙を舞った。
一気に雲の上の上空まで飛び上がると、イルゼは今度は急降下した。
そして、エヴァンジェリンと木乃香が目視できた所で止まり、ゆっくりと降下した。
ゆっくりと地面に着陸すると、イルゼが木乃香とエヴァンジェリンも近づいた。

「俺…今、ちょっと感動してる…」

サングルゥモンの口から出た言葉に、木乃香とエヴァンジェリンはどこか安堵した。
何度見ても、声を聞くまでは少し不思議な感覚になるのだ。
あまりにも高貴なオーラを発する魔狼。
だが、声を聞くと、イルゼなのだと実感出来るからだ。

「空を飛べる様になったんだもんな。そうだ!少し空中散歩でもするか?修行場の上空だけだが」

エヴァンジェリンが言うと、イルゼは「いいぜ!」と乗り気になった。
そして、木乃香も嬉しそうに笑った。

「そう言えば、イルゼの背中に乗るん、久しぶりやな」

木乃香が言うと、イルゼは「そう言やそうだな」と言って、木乃香とエヴァンジェリンが乗れるように屈んだ。
エヴァンジェリンが木乃香を抱き抱えてイルゼの背中に乗ると、翼の邪魔をしない様に、翼の生えている場所より前に座った。

「―――――――ッと、これでいいな」

エヴァンジェリンは幾つかの呪文を唱えると、木乃香を後ろから抱き抱えた。

「飛行用の杖や箒に掛ける呪文なんだが、風から身を護り、落下しない様にして、下界から見えない様にする結界だ」

エヴァンジェリンが説明すると、木乃香は「うちも覚えられる?」と聞くと、エヴァンジェリンは「ああ、勿論だ」と頷いた。
そして、イルゼが「いい?」と聞くと、エヴァンジェリンはしっかりと木乃香の背中からイルゼの首の毛皮に手を伸ばして「ああ、いいぞ」と言った。
そして、イルゼは修行場を駆け出した。
少しずつスピードを上げていき、徐々に翼をはためかせた。
地面に激突した風が、木乃香とエヴァンジェリンの周りの障壁で軽減されながらくすぐったく木乃香とエヴァンジェリンを撫でる。
そして、イルゼが地面を蹴ると、イルゼの体は飛翔した。
そして、すぐにまた一瞬だけ降下すると、一気に上昇し、再び落下して、再び上昇した。

「にゅあああああああ!?」

「のわあああああああ!!」

木乃香とエヴァンジェリンの絶叫が響き渡る。
だが、凄まじい風の音で、イルゼには二人の悲鳴が聞こえなかった。
そして、どんどん上昇して行った。
はっきり言えば、翼を使って飛行する生物の背中に乗るなど、在り得ない愚考と言える。
なにせ、上下の動きが激しく、訓練した魔法使いでも、時々酔ってしまうのだ。
それなのに、訓練もしていない木乃香とエヴァンジェリンが空を飛ぶ事を知ったばかりのイルゼに乗るなど、自殺行為に他ならなかった。
その上、上空数千mに達した時には、厚い毛皮に覆われているイルゼはともかく、木乃香とエヴァンジェリンは既に悲鳴も上げられずに厚い雲の中をガ
タガタと震えながら耐えるしかなかった。
その間も、絶えず凄まじい上下運動に苦しめられている。
新手の拷問より性質が悪い。
何せ、凄まじい風の音で、イルゼには背中の二人の声が全く聞こえないのだ。
そして、感極まって声も出ないのだろうと勘違いしているのだ。
調子に乗って、イルゼはどんどん高度を上げていく。
段々、空気も薄くなっていく…。

――し…死ぬ…。

エヴァンジェリンは木乃香に必死に回復魔法を掛け続けているが、自分もかなりきつかった。
木乃香も、エヴァンジェリンの回復魔法を受けているにも関らず、気絶すら出来ずに、凄まじい頭痛と寒気に襲われていた。
そして、イルゼが雲の上までやって来て、遠くに同じ高度で飛んでいる飛行機に「ワーイワーイ」と叫んだりして、満足して地上に戻ってくる頃には、木乃
香とエヴァンジェリンは瀕死になっていた。

「ば…ばあちゃん!?木乃香!?どうしたんだ!?だ…誰かぁぁぁぁ!!!!」

地上に戻り、二人に降りる様に言うと、二人が崩れ去る様に地面に落下し、イルゼはギョッとして目を丸くすると、絶叫した。
その後、イルゼの悲鳴を聞いて駆けつけたタカミチは、史上最強の魔法使いが完全な状態であるにも拘らず、眼を回して死に掛けていると言う稀有な状
況に困惑しつつ、近右衛門に連絡して、二人を解放した。
その間、進化を解くのも忘れて大泣きしているイルゼを、アスナとさよとレオルモンが必死に宥める姿があった。
アスナも、巨大な魔狼の泣き喚く姿と言うのに圧倒され、何時ものクールな雰囲気も無く、必死に宥め様と頑張っていた。
そして、近右衛門は木乃香とエヴァンジェリンに必死に回復魔法を掛け続けた。
特に、二人の体力は凄まじく減少していて、さよは急いでお粥を作ったりと、その後は全員が大慌てだった。
そして、イルゼはサングルゥモンのままで泣き疲れて眠ってしまい、修行場に放置する訳にもいかず、近右衛門とタカミチが必死に寮と修行場を繋ぐ小
屋の中に入れて、布団を敷いて、その上にイルゼを寝かせた。
巨大な翼を持つ魔狼が布団で寝る姿は何とも言い難かった。
アスナは好奇心を刺激されたのか、しばらくイルゼの上に乗っていたが、その内に眠ってしまった。
そして、タカミチはアスナを抱き抱えて修行場から家に戻り、近右衛門は仕事があるので学園長室に戻り、さよとレオルモンは、エヴァンジェリンと木乃香
を看病していた。
そのまま、夜が過ぎて、夜明け頃、ようやくイルゼは寝室で眼を覚ました。
その時には、何時の間にかサングルゥモンから元の姿に戻っていた。
そして、木乃香とエヴァンジェリンはそれより少し前に眼を覚まして、さよが作ってくれたコーンスープを飲んでいた。

「ごめん…。木乃香…。ばあちゃん…。俺、全然気付かなくて…」

再び、両眼から涙を流しながらイルゼは木乃香とエヴァンジェリンに謝った。
だが、エヴァンジェリンは立ち上がると頭を下げた。

「いや、謝るのは私だ。すまんな、よく考えたら、飛行能力を持つ魔獣に乗るには専用のライセンスが必要だったのを忘れていた…。乗るには色々と特
別な技能が要求されるのを失念していた…。済まなかったな、嫌な思いをさせてしまって…。提案したのは私なんだ。お前は自分を責めなくていい」

エヴァンジェリンはそう言いながら、イルゼを抱き締めて頭をポンポンと優しく叩いた。

「ばあちゃん…」

それから、しばらくイルゼはエヴァンジェリンの胸の中で泣いて、目を擦りながら木乃香に顔を向けた。

「木乃香、ごめんな。やっぱ、俺も悪いかったし…」

そう言って、イルゼが頭を下げるが、木乃香は首を振った。

「謝らんで。確かに、かなり怖かったで?せやけど、雲の上で見た光景、すっごく綺麗やった。せやから、ありがとうな。イルゼ」

木乃香は優しく笑いながら言った。
イルゼは、木乃香に言われて、涙を拭うと、「へへ…」と鼻水を拭った。

「とりあえず、風呂に入ろう。イルゼは今日からお出掛けだしな。今日は朝ごはんをご馳走にしてやるからな」

エヴァンジェリンがニコッと微笑みながら言うと、イルゼと木乃香は花が咲くように笑顔になって喜んだ。
そして、広いお風呂でゆっくり温まり、イルゼはカラフルな模様の入ったサーマーシャツに、オレンジの半ズボンを履いた。
木乃香も、白のレディースシャツに、デニムのスカートを履いた。
エヴァンジェリンは、木乃香のと色違いの紺色のレディースシャツに、デニムのジーンズだ。
そして、エヴァンジェリンはキッチンに立つと、調理を始めた。
出発は、9時で、今は5時になったばかりだ。

「イルゼ、少し眠った方がいいかもしれんぞ」

エヴァンジェリンが言うと、イルゼは首を振った。

「無理だよ。全然眠くないんだ。そだ!木乃香、テトリスやろうぜ!」

「ええよ!」

イルゼはスーパーファミコンを持ち出すと、木乃香に言った。
木乃香は「スパークリスのクイズがクリアせん?」と言った。
そして、『スーパーテトリス3』をセットして、スタートを押した。

「よっし!ご飯出来るまでにクリアしようぜ!」

イルゼがそう言うと、1ステージごとに交代しながら、順調にパズルをクリアしていった。

「レベル1までは簡単なんよねぇ」

木乃香はそう言いながら、レベル1のステージ9を長い棒を巧みに操りクリアした。

「ステージ10もチョロイな」

イルゼはそう言いながらクリアして、ご飯が出来るまでにクリアしてやろうと躍起になった。
木乃香もニコニコしながら次々にパズルを解き明かしていく。

「レベル2のステージ7は綺麗やねぇ」

そう言いながら、木乃香はイルゼにコントロールを渡した。

「正に神ゲーだぜ」

イルゼはそう言いながら、レベル3のステージ3のパズルを、三つ繋がったブロックを上に二つ対面させる様に置いて、解き明かしながらキッチンから漂
う香りに胸を躍らせた。

「囲うと消える、言うんがミソやね」

そう言いながら、木乃香はレベル3のステージ9を解いた。

「このレベル4、ステージ1って、消える時に漢字の火に見えるよな」

「せやねぇ」

「レベル4、ステージ7は消える時、爽快感があるなぁ」

「そうだなぁ」

「ステージ10は待ち時間長いぜ…」

「せやね…。でも、最後派手やで?」

「スパークリスは演出が光るぜ」

そんな感じに話ながらゲームをしていると、エヴァンジェリンがお盆にお皿を乗せて居間に運んできた。

「まだやってていいぞ。おうちょっと掛かるからな」

エヴァンジェリンはそう言うと、キッチンに戻った。

「よっし!急ぐぞ、木乃香!」

「うん!」

それから、レベル7をクリアして、エヴァンジェリンが戻ってくる前にレベル9をクリアしようと、下ボタンを押しながらイルゼと木乃香はパズルを解いた。

「あ!ちゃうでイルゼ!それは右上や!」

「あぶね!?サンキュー木乃香!」

「これはこっちやね…」

「あっ!そこじゃねえ、もっと右だ!」

「あっせや!」

そんな感じに、プレイを進めていると、エヴァンジェリンがテーブルに朝食を配膳し終えた。

「よぉし、準備出来た。ほら、お前達。ゲームを止めて、ニュースにしてくれ」

エヴァンジェリンに言われた時、レベル8も終盤だった。

「ば…ばあちゃん…」

「駄目だ」

「お…おばあちゃん。せやけど…」

「駄目だぞ」

「「…………」」

二人は床に手をつき、顔を俯かせながらスーパーファミコンの電源を落とした。

「あと…10ステージだったのに…」

「うう…」

「ほら、ご飯が冷めちゃうぞ。手を洗って座りなさい」

「「はぁい…」」

エヴァンジェリンに言われ、二人は項垂れながら洗面所に向かった。
それから、イルゼ達が席に着くと、二人は歓声を上げた。
食卓には、イルゼと木乃香の大好物のオムライスや、コーンサラダ、バナナのサンドイッチが並べられていた。

「そう言えば、サナトリウムがあると言ったが、何て島なんだ?」

エヴァンジェリンが聞くと、イルゼは言った。

「確か…、花崎島ってとこだよ」

「そうか。楽しんで、怪我なんてせずにな」

エヴァンジェリンが言うと、イルゼは「おう!」と答えた。
そして、朝食が終わると、イルゼは出発まで木乃香とテレビを見た。
今日は水曜日。
乗り物の子供番組がやっている。
ストレッチマンのストレッチ体操を二人で踊っていると、エヴァンジェリンが遠い眼で二人を見ていた。

「うぅむ…。理解出来ない…。何だ?あの変な全身タイツは…。どうして、木乃香とイルゼはアレの真似などするのだ?…分からない…。これが…、ジェネ
レーションギャップと言うやつなのか…?」

頭を抱えているエヴァンジェリンを尻目に、二人は大喜びでストレッチマンの真似をしていた。

『この辺に、ストレッチパワーが溜まってきただろ!!』

「な…なんだ?ストレッチパワーって…」

テレビの中の黄色い全身タイツの男の台詞に、エヴァンジェリンは更に頭を抱えた。
そして、午前のNHKのドラマをエヴァンジェリンの膝の上に木乃香が座り、その隣にイルゼが寝転がりながら見た。
そして、三人で腿太郎電鉄をやったりしながら時間が過ぎるのを待った。




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