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第79話『事件ファイルT・前編』
「1995年8月4日、私達は守森村から戻って来た。守森村の事件は恐ろしい物であったが、その裏には更なる恐ろしい真実が隠されていたのであった…
っと!」
「和美、何やってんのぉ?」
ベッドに寝転がりながらノートに守森村での魔法関係を除いた事出来事を書いていると、お風呂から上がったルームメイトの椎名桜子が部屋に入って聞
いて来た。
すると、ノートに書き込んでいたペンのノブを顎に押し当てながら朝倉は答えた。
「この前の旅行の記録をねぇ。ちょっとした…」
「ちょっと?」
「うぅん、何でもない。それより、桜子は明日家に帰るんだよね?」
桜子に聞き返されたが、朝倉はエヴァンジェリンとの約束を思い出し、何処でボロが出るか分からないので首を振って誤魔化した。
「そだよぉ。チア部の夏季合宿も終わったしね。朝倉はどうするの?」
「私はちょっと調べたい事があってね。家に帰っても…」
そう言うと、朝倉は困った様な顔をした。
すると、桜子は何かを察したように表情を曇らせた。
「あ…。分かった。何かあったら連絡してね?」
「サンキュー!」
桜子の言葉に朝倉が礼を言うと、桜子は自分の部屋に戻った。
そして、朝倉はノートを閉じるとこの前図書館島で見つけた『麻帆良の天狗伝説』と呼ばれる本を手に取った。
「やっぱ、これって気になるよねぇ」
見た目的には古い感じがする。
だが、中身は空っぽで何も書かれていない。
「唯一、一番最後のページに書かれてる…この文字って何だろ?」
そこには不思議な文字が隙間無く書かれていた。
「この字…どっかで見た事が…」
朝倉は最終ページの文字を目を皿の様にしてみると、思い出した。
「そうだ。これって、お墓なんかにある細長い板に書いてある文字だ!…何て言ったっけ?」
朝倉は首を傾げながら本を閉じた。
「明日、龍宮神社にでも行ってみますか!あぁ、零弦が居れば聞けたのになぁ…」
ベッドの上で不貞腐れた様に天井を見上げて唇を尖らせると、ベッドの脇の電気のスイッチをオフにした。
「今日はもう寝よっと」
目を閉じると、朝倉はあっという間に眠りに落ちた。
何せ、守森村では色々あって、朝倉も疲労が溜まっていたのだ。
次の日になって、お昼過ぎに朝倉は桜子の帰省を送り出すと、そのまま龍宮神社に向かった。
龍宮神社に着くと思い掛けない人物に出会った。
「イルゼ!?何やってんの?こんなとこで」
朝倉が出会ったのはイルゼだった。
すると、イルゼは「ん?」と朝倉に顔を向けた。
「朝倉?お前こそ何でここに?」
「私は取材よ。それより、イルゼがこんな所に居るなんてイメージと合わないなぁ」
朝倉の言葉に、引っ掛かりを覚えながらイルゼは「別に」と言った。
「じいちゃんがここの宮司さんに渡して欲しい物があるって言うからお使いで来たんだよ」
「成程、学園長のお使いかぁ。届け物って何なの?」
朝倉が好奇心に満ちた眼差しでイルゼを見ると、イルゼは肩を竦めた。
「知らないよ。中身見てないし」
イルゼの言葉に、朝倉は不平を漏らした。
「気にならないの?中身」
朝倉が言うと、イルゼは「別に」と言った。
「じいちゃんが宮司さんに渡す物なんて知りたいと思う訳ないだろ。それより、取材って宮司さんにか?」
イルゼが聞くと、朝倉は「そうだよ」と答えた。
「ちょっと聞きたい事が在ってねぇ。そだ!イルゼって今日暇?」
朝倉はイルゼに聞いた。
「ん?別に用事はねえけど?基本的に今やってる修行は日常生活で出来るからな。木乃香の邪魔になると拙いからって、修行場に戻るの禁止されちゃ
っててさ」
「修行?イルゼの修行ってどんなの?」
朝倉が聞くと、イルゼは少し躊躇した。
「どうしたの?」
朝倉がそんなイルゼの様子に問い掛けると、イルゼは言った。
「まいっか、俺のは周りに浮いてるマナってのを取り込む修行だよ。俺の正体知ってるだろ?」
「うん。デジモンだっけ。あぁ、あのワンちゃんフォームをもう一回見たいなぁ」
両手を組んで目を輝かせながら言う朝倉に顔を引き攣らせながらイルゼは断った。
「やなこった。誰がワンちゃんだ。とにかく、俺はそれでか分かんないんだけど、魔力や気ってのが使えないんだ。代わりに、魔力を特殊なエネルギーに
変えられてさ」
「マナってのが魔力な訳?」
朝倉が聞くとイルゼは「一種だな」と言った。
「俺も詳しく知らないけど、空気中にある魔力をマナって言うんだってさ。て言っても、普通の人間だとマナを取り込むのって難しいらしいんだ。俺の場合
は体がそう言うのに特化してたから出来たんだけどな」
「じゃぁ、私じゃ無理かぁ。まっ!要は今日は暇って事でオーケー?」
朝倉が聞くと、イルゼは「まあな」と頷いた。
「なら、今日は付き合ってよ。今、私ってば麻帆良の天狗伝説ってのを調べてるのよ」
「麻帆良の天狗伝説?…天狗って?」
朝倉の言葉に、イルゼは首を傾げた。
すると、朝倉は呆れた様にイルゼを見た。
「天狗くらい知っときなよ。山に住む妖怪でね、有名な牛若丸の話でも、牛若丸が天狗に弟子入りしたって話があるんだよ」
「牛若丸?」
イルゼが聞き返すと朝倉は転びそうになった。
「牛若丸も知らないの!?呆れた…。牛若丸ってのは、要は源義経の事よ。イルゼって実家は京都なんでしょ?話くらい聞かなかったの?弁慶岩とか
色々あるでしょ?」
朝倉が信じられないと言う顔で呆れ口調で言うと、さすがにイルゼもムッとなった。
「五月蝿いな。知らないもんは仕方ないだろ。20日に実家に帰るから、そん時にでも見てくるさ」
イルゼが言うと朝倉は「そうしなさい、そうしなさい」と言って階段を駆け上がった。
それを見てイルゼは疲れた様に溜息を吐くと自分も階段を登った。
龍宮神社の境内に入ると、そこはかなり広大だった。
「はわぁ、凄い広さだねぇ」
右手をサンバイザーの様にしながら見回す朝倉にイルゼは指差した。
「アッチに地図があるぜ?本部みたいなのがあるだろ」
「あっ!本当だ!行こ行こ!」
イルゼの指差した先にある地図を確認すると、朝倉は駆け出した。
「せっかちな奴だなぁ」
イルゼはめんどくさいと感じながら、地図に向かった。
そして、地図を見て現在地の赤い矢印を確認すると、突然後ろから声を掛けられた。
「おや?どうしたんだね?」
「ん?」
「え?」
突然の声に、イルゼと朝倉和美が振り返ると、そこには優しそうな白髪の袴姿で竹箒を持っている老人が立っていた。
「どこかに行きたいのかね?」
老人が聞くとイルゼが答えた。
「ああ。宮司さんに会いに行きたいんだよ。俺はじいちゃん…学園長のお使いで、朝倉は聞きたい事があるんだってさ」
イルゼが言うと、老人は優しい笑みを浮べた。
「ほほ、ではお主がイルゼ君かね?儂がここの宮司をやっておる、龍宮辰之助と言う者じゃよ。連絡は近右衛門殿から受けておる。そちらのお嬢さんも
聞きたい事があるようじゃし、折角じゃ。お茶でも飲んで行きませんか?」
老人、龍宮辰之助の言葉に、イルゼは「構わないよ」と言った。
朝倉も「行きます行きます!」と元気に答えた。
二人の返事に満足した辰之助は、二人を境内の本堂の裏にある和式の豪華な作りの家に連れて来た。
そして、辰之助は「少し待っとっておくれ」と言うと部屋を後にした。
「そういや、朝倉は天狗について聞きに来たって言ってたけど、ここに天狗の逸話でもあんのか?」
イルゼが聞くと、朝倉は首を振った。
「違うよ。ここに来たのは…」
そう言うと、朝倉は持っていた鞄の中から一冊の本を取り出した。
「これは?」
イルゼが聞くと、朝倉は言った。
「ほら、守森村に行く前に図書館島で下調べしたじゃん?」
「ああ、そう言えば、あの時朝倉は何か借りてたな」
イルゼが言うと、朝倉は頷いた。
「そうなのよ。それで、その本がこれって訳」
そう言うと、朝倉はイルゼに本を手渡した。
「『麻帆良の天狗伝説』…か。ッ――!?」
何ともなしにイルゼは本のページを捲ると、その中に何も書かれていない事に気が付いた、
「なんだこれ?何も書いてないじゃん」
イルゼが言うと、朝倉は「最後のページを捲ってみて」と言った。
「最後のページ?」
言われて、イルゼは最後のページを捲ると、そこには幾つもの梵字が並んでいた。
「これ…梵字か?」
イルゼが呟く様に言うと、朝倉は目を丸くした。
「イルゼ、知ってるの?」
朝倉が聞くと、イルゼは自信無さ気に頷いた。
「見た事が在るよ。陰陽道なんかで使われるらしいんだ」
「へぇ…」
「あそっか、だからここに来たのか」
すると、イルゼは納得した様に言った。
「まぁ、そう言う事。お墓なんかにこの文字が在った気がしてね。神社の宮司さんなら読めるかなって。一応コピーして来たんだ」
すると、朝倉は鞄からファイルを取り出すと、そこから本の最終ページをコピーした紙を出した。
すると、丁度良く辰之助が戻って来た。
その手にはお盆が乗せられ、その上にお茶と羊羹が乗っている。
「芋羊羹じゃよ。つい最近仕入れてのう」
小皿に乗った羊羹と湯呑みをそれぞれ朝倉とイルゼの前に置きながら言った。
「へぇ、うまそうだな!っと!その前に…」
羊羹を食べようとして、イルゼは思い出した様に自分の持って来た荷物を辰之助に渡した。
「はい、これが届け物だよ」
「おぉ、すまんのう。ありがとう」
ニッコリと微笑みながら辰之助は受け取った。
すると、朝倉が口を開いた。
「中身は何なんですか?」
朝倉が聞くと、イルゼは「まだ気になってたのか?」と言い、辰之助は答えた。
「いや、実は孫がNGOで活動しててのう。その孫から送られて来た写真を近右衛門殿が受け取って儂に届けてくれたのじゃよ。少し特殊な場所での、特
殊な方法でしか輸送が出来ないのじゃよ」
困った様に言うと、朝倉は更に質問を続けた。
ちなみに、イルゼは興味が無いのか羊羹を食べている。
「お孫さんってどんな人なんですか?」
好奇心に満ちた眼差しを受けて、辰之助は優しく微笑むと荷物の包みを解いた。
そして、中から出てきたアルバムを開いて見せた。
「…おお、この子じゃよ。お主達より少し年上じゃな」
老人が指差した先には、中学生くらいの少年が朝倉やイルゼと同い年くらいの少女と手を繋いで笑っていた。
「コウキと言ってな。本当ならばこの神社を継がせたいのじゃが、目指すモノがあると言ってな。時折、こうして写真を送ってはくれるのじゃが、中々帰って
来てくれないのじゃ…」
寂しそうに言う辰之助に、朝倉もそれ以上は踏み込めなかった。
そして、辰之助に勧められて朝倉も羊羹を食べた。
「おいしかった」
満足気に言うイルゼに、辰之助は「そうかそうか」と嬉しそうに微笑んだ。
そして、朝倉も食べ終わると辰之助は朝倉に顔を向けた。
「して、何か聞きたい事があるとの事じゃったが?」
辰之助に言われ、朝倉は本の最終ページのコピーを辰之助に手渡した。
「これなんです」
「これは?」
朝倉に渡された紙を手に取ると、辰之助は眉を顰めた。
「私、今麻帆良の天狗伝説について調べてるんです」
「天狗伝説を?それはまたどうして…?」
朝倉の言葉に聞き返す辰之助に、朝倉は一瞬どう答えるか迷った。
そして、少し考えてから言った。
「いやぁ、夏休みの自由研究にしようと思いましてぇ。折角だから、皆をあっと言わせたいなぁって!」
「え?朝倉の方は宿題なんてあんのか?」
「え?イルゼ達のクラスってないの!?」
適当に理由を言うと、イルゼの言葉に朝倉は目を丸くした。
「ああ、なんか来学期から先生が変わるからってさ」
「ええええ!?いいなぁ、私達のクラスなんて算数や漢字の書き取りとかあんのに不公平だよぉ」
「知るか!んなもん、しずな先生に言えよな!」
「言えるか!」
朝倉とイルゼが言い争っている間、辰之助は「ホッホッホ」と笑っていた。
そして、言い争っても意味が無い事に気付いて、朝倉が気を取り直して辰之助に聞いた。
「それで、この本なんですけど…」
そう言いながら、朝倉は天狗伝説の本を辰之助に渡した。
「これは?」
「図書館島で見つけたんです。なんだか、最後のページ以外は白紙で、最後のページも梵字だらけで読めなくて、それで宮司さんに聞こうと思って来たん
です」
言われながら、辰之助は本をパラパラと捲り、最後のページを見た。
「なるほど。さっきの紙はこの最後のページのコピーなんじゃな。ふむ、量も多いし、すぐには解読は出来ないのう。梵字と言うのは五十音順にする事も
出来るし、それぞれに意味を持たせる事も出来るのでな。読むとなると時間が掛かってしまうのじゃ」
辰之助の言葉に、朝倉はガッカリした様に肩を落とした。
「そっか…」
だが、辰之助の言葉に、朝倉は元気を取り戻した。
「じゃから、明日また来てくれるかのう?明日までには解読も出来るじゃろ」
「いいんですか!?」
朝倉は驚いて聞くと、辰之助はニコニコと笑いながら頷いた。
「無論じゃよ。夏休みの宿題を頑張っておる子の手助けが出来るのならお安い御用じゃ。そうじゃな、天狗について詳しく知りたいのであれば少し遠い
が、麻帆良市の隣の牧村市に天狗の面打ち師がおるのじゃが、その者は儂の知り合いでな。色々と話が聞けるかもしれんが行ってみるかね?行くなら ば連絡を入れておいて上げるが…」
「是非、お願いします!!」
辰之助の言葉に、朝倉は即答した。
「そうかね。なら、明日にでも行ってみると…」
「今日、行きます!!」
辰之助の言葉を遮って朝倉は言った。
だが、辰之助は困った顔をしながら言った。
「さすがにいきなりは拙いよ。急がなくても、明日行けば良いじゃろう?」
辰之助に諭され、朝倉は肩を落として「はぁい」と渋々頷いた。
「地図を描いてあげよう。明日の1時くらいに行くように連絡を入れておくからね」
「ありがとうございます」
辰之助にお礼を言うと、朝倉はイルゼに笑顔を向けた。
「当然、イルゼも明日は暇よね?」
「は?」
「は?…じゃなくて、明日付き合いなさいよって言ってんの!」
「ちょ、なんで俺が付き合わなきゃなんねんだよ!」
朝倉の言葉にイルゼが「ふざけんな!」と怒ると、朝倉は目を細めた。
「へぇ、イルゼはこぉんなに、か弱い女の子を一人で遠くに行かせて平気なわけぇ?」
自分の体を抱き締める様に腕を組んで、流し目で朝倉がイルゼを見ると、イルゼは「別に平気だけど?」と言った。
「…………最低!外道!あんたの血は何色よ!!」
「な、何だよいきなり!?」
突然立ち上がって叫びだした朝倉にイルゼは転びそうになって畳に手を付きながら後退した。
「とにかく!明日は私に付き合いなさい!分かった!?」
「いや、明日は学と今度の部活で行く海の下調べを図書館島でする予定で…」
「んなもん!フェイと学に頼めばいいでしょ!男ならグチグチ言わずに付き合いなさい!分かったわね!」
イルゼに指を指しながら朝倉は言った。
だが、それでもイルゼは嫌そうな顔をしていた。
「何で俺が前からしてた約束ほっぽって、朝倉に付いて行かにゃならんのだ。他に誰かいねえのかよ」
イルゼが言うと、朝倉は顔を引き攣らせた。
「あ…あんた…。人が下手に出てれば…」
「何時お前が下手に出たんだよ…」
朝倉の言葉に、イルゼも顔を引き攣らせて突っ込んだ。
すると、朝倉は顔を俯かせて肩を振るわせ始めた。
そして、声を震わせて口を開いた。
「どうして…?」
「はい?」
まるで泣いてるかの様な声色に、イルゼは目を丸くした。
「どうして…、私には優しくしてくれないの?」
「えっと…朝倉?」
朝倉は顔を両手で覆って声を震わせながら言った。
そして、イルゼはそんな朝倉に戸惑った様に声を掛けた。
「ついて来てくれてもいいじゃない…木乃香やフェイには…あんなに優しいのに…グスン…」
「うっ…」
わざわざグスンと口で言いながら朝倉は言った。
イルゼは仕方なく諦めた様に言った。
「わぁったよ。行けばいいんだろ?行けば!」
イルゼが言うと、突然朝倉は顔を上げるとニッコリと笑った。
「本当!約束したからね!んじゃ、私先に帰るから!地図貰っといて、お昼に迎えに行くからねぇ!」
そう言うと、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
「あ…ああ…あいつ…」
それを見てイルゼは唖然としながら何も言えなかった。
すると、それまで黙って地図を描いていた辰之助がイルゼに地図を手渡した。
「ホッホッホ、女は魔性と言うんじゃ。まぁ、精進が足りなかったと言う所じゃて。諦めなさい」
そう言うと、辰之助はイルゼの肩をポンッと叩いた。
「あいつ…、ジャーナリストじゃなくて詐欺師に向いてんじゃねえか…?」
イルゼは疲れた様に溜息を吐くと、立ち上がった。
「てか、忠告すんならもっと早くにしてくれよ爺さん」
「ホッホッホ、次からは気を付ける事じゃて。女の涙は武器じゃからな」
辰之助の言葉に、イルゼは「あいあい」と右手を振って部屋の出口に向かった。
「んじゃ、俺も帰るぜ。またな、爺さん」
「うむ。また、茶でも飲みに来てくれんかの?」
辰之助の言葉に、イルゼは立ち止まると「おう」と答えた。
「今度は友達と来るよ。じゃあな、爺さん」
そう言うと、イルゼは龍宮神社を後にした。
イルゼが寮に戻ると、木乃香は修行を終えて部屋に戻っていた。
エヴァンジェリンはキッチンで夕食の用意をしている。
イルゼが居間に入ると丁度エヴァンジェリンがお盆に青椒肉絲を乗せて入って来た。
「帰ったか。遅かったじゃないか」
エヴァンジェリンに言われ、イルゼはウンザリした様に言った。
「もう、聞いてくれよ。朝倉がさぁ」
青椒肉絲を食べながらイルゼが今日あった事を話すと、木乃香もエヴァンジェリンも苦笑するしかなかった。
「やるな…。と言うか、その台詞…この前の昼のドラマの台詞じゃないか…」
「せやせや、確か幼馴染の男の子が知り合ったばかりの女の子ばっかに優しくするから嫉妬して男の子を刺しちゃう話やったっけ」
呆れた様にエヴァンジェリンが言うと、木乃香は思い出す様に言った。
「ドラマの真似かよ…。てか、その話もひでえ話だな。逆恨みじゃねぇか」
イルゼが肩を竦めながら青椒肉絲をご飯に乗せて食べると、エヴァンジェリンはイルゼを見て言った。
「まぁ、女の子に優し過ぎるのも問題だって話だな。イルゼも、将来そんな目に会いたくなかったら、優柔不断はいかんぞ?」
「へっ!大丈夫だって、そう簡単に俺は刺されたりしてやんねぇって」
エヴァンジェリンの忠告に、イルゼは青椒肉絲をご飯と一緒に食べ終わると、お茶を飲んでから言った。
「そう言う問題では無いんだがな…。まぁいいか。それより、明日は牧村市に行くんだろ?電車か?」
「多分ね」
イルゼが頷くと、エヴァンジェリンは「ふむ」とお茶を飲んだ。
「お金は足りるか?」
「大丈夫だよ。小遣いまだあるし」
エヴァンジェリンの言葉にイルゼがそう返すと、木乃香が羨ましそうに言った。
「ええなぁイルゼ。うちも遊びに行きたいでぇ」
机に倒れ込みながら木乃香が言った。
「木乃香、別に修行を休んでもいいんだぞ?遊びに行きたいなら…」
エヴァンジェリンが言おうとすると、木乃香は目を閉じた状態でエヴァンジェリンに顔を向けた。
「あかんよ、おばあちゃん。うちはまだイルゼみたいに区切りがついてないさかい」
「そうは言うがな、木乃香。お前は十分過ぎる速さで成長しているぞ。制御だって、同時に三つのコップに水を分けて入れる修行も殆ど完了してるんだし
…」
エヴァンジェリンが言うと、木乃香は首を振った。
「あかんよ。魔力操作を完璧にするんが、この夏休みの目標なんやから」
木乃香が言うと、エヴァンジェリンはため息を吐いた。
「全く、妥協を知らないのは良い事なんだか、悪い事なんだか…。まだ、小学一年生なんだから、そんなに焦る必要ないんだぞ?」
「ええねん。うちは頑張るって決めたんやさかい」
「木乃香、頑張ってるな。俺の方は、マナを取り込みながら日常生活を送るだけだしなぁ」
木乃香の決意を篭めた言葉に、イルゼは両手を支えにして体を後ろに傾けて天井を仰ぎながら言った。
「そう言えば、イルゼは九日から十三日まで部活で海に行くんだったな。その後、二十日に京都に帰る前に遊園地にでも行くか?三人で」
エヴァンジェリンが言うと、木乃香とイルゼは目を輝かせた。
「ほんまに!?」
「行く行く!!」
二人が満面の笑みを浮べて言うと、エヴァンジェリンは満足気に微笑んだ。
「それじゃあ、今日も夜の魔術講座といくか。まずは片付けを手伝ってくれ」
「「はぁい!」」
エヴァンジェリンが言うと、木乃香とイルゼは皿を重ねてイルゼがコップを、木乃香がお皿を、エヴァンジェリンがお椀を持ってキッチンに向かった。
食器洗い機に入れると、居間に戻ってエヴァンジェリンが口を開いた。
「今日は…そうだなぁ、有名な話だからサウザンドマスターの活躍でも話そうか。魔法使いと話す時に覚えとかないと、時々面倒なのが居るからな」
そう言って、エヴァンジェリンはサウザンドマスター率いる『紅い翼』の英雄譚を語った。
イルゼも木乃香も聞き終わる頃には眠くなって机に突っ伏してしまっていた。
「いかんな…。魔法世界で出回ってるサウザンドマスターの活躍を描いた絵本を読み聞かせたが…」
二人がスヤスヤと眠るのを見て、エヴァンジェリンは頭を掻いた。
「これじゃあ、何時も寝る前に読んでる他の絵本と変わらんか…」
その後、二人をベッドに移動させて、エヴァンジェリンも眠った。
――今度は魔法陣や魔法薬について教えるか…。
そんな事を考えながら。
翌朝になって、イルゼは朝倉と共に牧村市にある『山村信玄』と言う天狗の面打ち師の居る家の前に立った。
一般家屋よりも若干広い程度の広さで、家の隣には少し離れて敷地内に道場の様な建物が見える。
「ここだよね?」
朝倉がイルゼに聞くと、イルゼは手元の地図に視線を落とした。
そこには、駅から目の前の建物までの地図が描かれていた。
地図上でも、他の家よりも横幅が倍程度広い。
「間違いないな。ここが、爺さんの言ってた面打ち師が居るって家だ」
「山村…、表札も間違い無いね。んじゃ、入ろっか」
朝倉はそう言うと、木造の立派な門を潜った。
門の中を見回しながらイルゼも入ると、玄関前は砂利が敷かれている。
その上を歩き、朝倉とイルゼは困った。
「呼び鈴に届かない…」
朝倉は困った顔をすると、イルゼが「ちょっと、どいてな」と言って、呼び鈴の真下に立った。
そして、マナから変換したエネルギーを脚に集中させると、少し強めに地面を蹴った。
「よっ!」
イルゼは少し高めに飛び上がると呼び鈴を押した。
「おっ!やるじゃん」
朝倉が感心した様に言うと、イルゼは得意気に「へへへ」と笑った。
すると、中から女の人が出て来た。
皺があり、かなりの歳だと察しはついたが、それでもかなりの美人だった。
菫色の鮮やかな着物を着ている。
髪は後ろで編み込んでいて、優しげな人だ。
女性は扉を開くと、キョロキョロと左右を見て、それから下を向いて朝倉とイルゼに気が付いた。
「あらあら、可愛いお客さんね。何か御用?」
女性は膝を折って屈み込むと、イルゼと朝倉に目線を合わせて優しく微笑みながら聞いた。
「あ、あの…。私達、龍宮神社の宮司さんから紹介されて、天狗について話を聞き来たんです」
緊張しながら朝倉が言った。
イルゼも頷くと、女性は「あらあら」と口に手をあてて目を少し見開いた。
「驚いたわ。じゃぁ、貴方達だったのね。辰之助さんから聞いていますわ。いらっしゃい、私は山村雪枝。よろしくね」
優しそうにそう言うと、雪枝はイルゼと朝倉を招き入れた。
「「お邪魔します」」
イルゼと朝倉はそう言うと中に入った。
入って直ぐの場所には、バケツが置いてあった。
「あぁ、ごめんなさいね。床掃除をしていたものだから」
雪枝がそう言うと、丁度短髪で四角い眼鏡を掛けた理知的な青年が玄関の右の廊下から出てきた。
玄関からは、正面と左側、そして右側に廊下がある。
そして、青年は口を開いた。
「母さん。お客さんかい?」
「ええ、二人とも夏休みの自由研究に天狗について調べているそうよ」
「へぇ、君達が。僕は山本悟。よろしくね」
そう言うと、悟は膝を床に突いてしゃがみ込んだ。
そして、イルゼと朝倉にニッコリと笑い掛けた。
「俺、イルゼ・ジムロックって言います」
「私は朝倉和美です」
二人が自己紹介をすると、悟は感心した様に顎に手をやるとニコッと笑った。
「しっかりしてるね。あぁ、バケツは俺がしまっておくよ。何時もの場所でいいんだよね?」
「ええ、お願いね」
悟は言った後、立ち上がるとバケツを持って左の廊下に向かった。
「それじゃあ、君達はゆっくりしていってね」
左目でウインクすると、悟はそう言って去って行った。
そして、雪枝に言われてイルゼと朝倉は靴を揃えて脱ぐと、正面の廊下を進んだ。
両脇には障子で区切られた和室があり、右側は左側の部屋よりも広い。
左側の部屋は右側の部屋の半分程で、部屋の隣には二階に上がる階段と、その隣にキッチンがある。一番端にはトイレがあった。
「こちらですよ。主人は二階の自室に居ると思いますから」
雪枝が言うと、何処からか言い争う声が聞こえた。
「なんだろ?」
イルゼが争う声に首を傾げると、聞こえないのか雪枝が「どうしたました?」と聞いた。
イルゼは「いや…」と、口を開いた。
「何か、左の方から言い争ってるみたいな…」
「え?…あ、本当だ!」
イルゼの言葉に、朝倉も耳を澄ましてみると、確かに遠くで誰かが騒いでいる声が聞こえた。
すると、雪枝は「あらあら、もしかして…」と言いながら、左の部屋の障子を開いた。
すると、そこには一人の女の子が畳の床に大きな自由帳を敷いて、クレヨンで何かを描いていた。
そして、障子が開くと、顔を上げて雪枝の顔を見た後、朝倉、イルゼの順に視線を向けた。
女の子はイルゼ達より下くらいで、艶のある長いたっぷりした黒髪で、瞳は眠そうにしている。
木乃香とは違って、表情はまったく見えず、少し変った子のようだ。
少女はイルゼをジッと見詰めると、突然立ち上がって自由帳とクレヨンを持つと、少女はイルゼ達が居るのとは反対側の障子を開いて外の廊下に出て
行ってしまった。
「早苗ちゃん!…はぁ、あの子は人見知りが激しいもので。すみませんねぇ、あの子は山本早苗。私と信玄の孫なんですよ」
早苗を呼び止め様としたが、雪枝が声を書けた時には早苗の姿は無かった。
そして、溜息を吐くと、雪枝は困った様に言った。
イルゼと朝倉は顔を見合わせてお互いに首を傾げると、雪枝に続いて部屋を横切り、早苗が出て行った障子から外の廊下に出た。
すると、そこは少し広めの庭が広がっていて、その先には小さな道場の様な建物が見えた。
「あそこが、主人の仕事場なんですのよ」
雪枝がそう言うと、道場の様な建物から一人の女性が出てきた。
髪色は、早苗と同じブラウンで、後ろで結んでいる。
女性は凄まじい形相で、信玄の仕事場を睨み付けると、イルゼ達の居る外廊下に歩いて来た。
すると、そこでようやく雪枝とイルゼ、朝倉に気が付いたのか、罰の悪そうな顔になった。
「明美さん…。ごめんなさいね、あの人は頭が固いから…。私からも言っているのだけど…」
すると、雪枝が済まなそうに女性、明美に頭を下げた。
すると、明美は慌てた様に言った。
「お、おばちゃん、違うの!さっきのは、悟さんの作った面に文句言い出すから、ちょっとおっちゃんと喧嘩に…なっちゃって…。あっ!そうだ、ちょっとホ
ース借りるからね。花壇にまだ、水を上げてなくてさ」
そう言うと、明美は走り去って行ってしまった。
子供が居るとは思えないほど若々しい姿が、子供の様な行動で余計に幼く見えた。
そして、朝倉とイルゼが目を丸くしていると、突然後ろから声が聞こえた。
「まったく、今の声は明美ですか?昔からちっとも変らんな。どうせ、また両親の借金の返済をせがんで怒鳴られたんだろ」
そう言ったのは、オールバックの堅物そうな老け顔の男だった。
眉間には皺が刻まれ、眼光は鋭く、黒縁の眼鏡と着ているワイシャツのせいで銀行マンにしか見えない。
イルゼと朝倉が見上げていると、男は眉を顰めた。
「なんだ?お前達は」
男の言葉に、朝倉とイルゼがムッとすると、別の男の声が割り込んできた。
「ちょっとちょっと!徹!お客さんなんだよ?師匠が言ってたじゃん。古い知人の伝で二人子供が来るって!」
そう言ったのは、短い茶髪を逆立てた肌黒の軽薄そうな男だった。
男は徹を責める様に言うと、徹は舌打ちした。
「まぁいい。それより、雪枝さん。バケツかホースはありませんか?さっき、車に鳥が糞を落としていきましてね」
徹が言うと、軽薄そうな男が口を開いた。
「雪枝さんはお客様を案内するのに忙しいの。見て分かんない?まっ!俺が持ってってやるよ。鳥の糞付けられたお前の車を見て笑ってやるさ」
「裕次郎、貴様!…ふん、もういい!明日は午前中から雨が降るらしいしな。勝手に洗い流されるだろうさ」
そう言うと、徹は去って行った。
すると、軽薄そうな男はイルゼと朝倉に向き直って膝を曲げた。
そして、二人に目線を合わせるとニカッと笑った。
「いやぁ、ごめんね。あの兄ちゃん怖いだろ。立石徹って言うんだけど、近寄っちゃ駄目だぞ。アイツ、子供が嫌いだから何するか分かんないんだよ。ちな
みに、俺は金沢裕次郎。よろしくな!」
徹の去った方を睨みながら言うと、裕次郎はイルゼと朝倉の頭に手を軽く乗せると立ち上がった。
「そんじゃ、雪枝さん。俺は、これから出かけて来ます。何か買って来る物はありませんか?」
裕次郎がそう言うと、雪枝は「そうねぇ」と俯きながら考えて、言った。
「それじゃあ、おいしそうなお魚があったら買って来てもらえるかしら?お金は後で払いますから。九人分、お願いね」
「九人分ですかい?承知しました!お金はいいッスよ。んじゃ、行ってきます!」
そう言うと、裕次郎は玄関の方に去って行った。
「それじゃあ、行きましょうか」
雪枝が言うと、廊下から庭に降りた。
サンダルが幾つかあり、その内の二足をイルゼと朝倉が履いた。
そして、イルゼと朝倉は雪枝について行くと、信玄の信玄の仕事場の入り口の扉を雪枝が開いた。
中からは咽帰るような木の香りが流れて来て、カンカンと甲高い音が鳴り響いていた。
「あなた!お客さんよ!」
玄関から雪枝が叫ぶ様に言うと、中から音が止んだ。
「おお、来たか!」
すると、中からしわがれた老人の声が聞こえた。
そして、中から着物を着たタオルをバンダナの様にして頭を覆っている、背筋の伸びている優しそうな老人が出て来た。
「ああ、君達だな。辰之助から聞いているよ。天狗について聞きたいとか。ふむ、ここではなんだな。母屋の二階にある儂の部屋で話そうか。先に行っと
いてくれ。儂もすぐに行くから。雪枝、ジュースか何か入れてあげなさい」
そう言うと、信玄は再び仕事場に戻ってしまった。
「それじゃあ、ついて来てね」
雪枝に言われ、イルゼと朝倉は母屋の二階、信玄の自室に入った。
そして、雪枝はジュースを入れてくるからと退席してしまい、イルゼと朝倉は手持ち無沙汰になった。
「なんか、ちょっと緊張するな…」
イルゼは居心地悪そうに言うと、朝倉も「ま、まあね…」と同意した。
それから、しばらくするとイルゼは部屋の外に気配を感じた。
「ん?来たみたいだな…」
イルゼが言うと、朝倉は「え?」と首を傾げた。
「いや、外に誰か居るみたいなんだよ」
イルゼは部屋の外を肩で示すと、朝倉も顔を向けた。
信玄の自室は畳で、出入り口は障子だ。
そして、障子の向こうに小さな影が見える。
「あれ?信玄さんじゃないみたいだよ」
「え?…あ、本当だ」
朝倉の言葉に、イルゼも顔を向けると、そのシルエットに目を丸くした。
そして、イルゼは立ち上がると、なるべく気配を消して出口に近づいた。
障子の向こうから見えないように、壁側を通って。
そして、静かに障子の取っ手を触ると、一気に開いた。
「!?」
すると、そこに居たのは早苗だった。
突然の事に、言葉も無く目を丸くしている。
そして、イルゼが「おぉい!」と目の前で右手を振ると、両手を上げて逃げ出した。
「って、おい!」
イルゼが待ったを掛けようとすると、早苗は廊下の端でイルゼをジッ見ていた。
――な、なんだ?
イルゼは早苗の行動に困惑した。
そして、「お、おぉい!」と声を掛けると、早苗は廊下の端から顔を引っ込めた。
「…………」
イルゼが無言で廊下の端を見ていると、早苗は再び顔を出した。
そして、再びイルゼが声を掛けると早苗が顔を引っ込める。
何度か繰り返していると、イルゼは段々楽しくなってきた。
「おい」
「…………」
「おい」
「…………」
そんな事をやっていると、朝倉が呆れた様に口を開いた。
「何やってんの?イルゼ」
「ん?」
朝倉の声にイルゼが振り返ると、朝倉はジトッとした目で見ていた。
「いや、ちょっと面白くてさ。おぉい!早苗って言ったよな!いい加減、こっち来いよ!」
イルゼが言うと、廊下の端から顔を覗かせていた早苗はジッとイルゼを見ると、再び顔を引っ込めた。
「…………」
すると、イルゼは邪悪な笑みを浮かべた。
「よぉし…」
そう言うと、イルゼは脚に少し強めにエネルギーを集中させた。
「おぉい!」
そして、床を傷つけない様にしながら早苗に声を掛けてから駆け出した。
「…ッ―!?」
そして、顔を出した瞬間に、イルゼは廊下の端まで来て右手を上げた。
「よっ!」
「ッ―――――――!?」
早苗は驚いて声も出ないようだった。
そして、その様子を見ていた朝倉は呆れ果てていた。
「馬鹿だねぇ…」
そして、朝倉は廊下から部屋に戻ると、手帳を取り出して聞く事をリストアップした。
そして、イルゼは自分のした悪戯が大成功した事で、心の中で狂喜乱舞していると、目の前で早苗の髪が逆立った。
そして、一歩ずつ後退すると、階段から足を踏み外した。
「あぶね!」
イルゼは咄嗟に早苗の手を掴むと、その体を抱き寄せた。
「悪い、ちょっと巫山戯過ぎた…」
イルゼが謝ると、早苗はジッとイルゼを見た。
そして、イルゼが早苗を離すと、早苗は階段を降りて行った。
イルゼは頭を掻きながら部屋に戻ると肩を落とした。
「やっべぇ…。嫌われたっぽい」
「馬鹿やってるからだよ。それより、信玄さんも雪枝さんも遅いね」
朝倉の言葉に、イルゼも「そう言えばそうだな」と言った。
すると、遠くから階段を登る音が聞こえ来た。
「おっ!来たみたいだぜ」
イルゼはそう言うと、立ち上がって障子を開いた。
すると、そこに居たのは…。
「あれ?早苗じゃん」
イルゼが言うと、そこにはお盆にジュースとドラ焼きを乗せて持っている早苗がコクンと頷いた。
「お菓子と…ジュース」
それだけ言うと、イルゼにお盆を押し付けてきた。
イルゼがお盆を見ると、そこには三つのコップと三つのお皿が乗っている。
そして、イルゼが早苗からお盆を受け取ると、早苗は階段に向かって走り出そうとしたのを、イルゼが腕を取って止めた。
「待った待った!ドラ焼き三つ、ジュースも三つだ。一緒に食べようぜ」
イルゼが言うと、早苗はイルゼを見詰めた。
そして、小さく頷いた。
「よし!んじゃ、食べようぜ」
イルゼが早苗と部屋に入ると、朝倉はドラ焼きを見て喜色を浮かべた。
「やった、私ドラ焼き大好き!」
そう言うと、朝倉はイルゼのお盆から自分の分のジュースとドラ焼きを取った。
そして、口に入れながら障子の外を朝倉は見た。
「あれれ?信玄さんはまだ来ないのかな?」
朝倉が言って障子の外を覗くと、やはり誰も階段を登って来る気配は無かった。
イルゼがお盆を床に置いて自分の分のドラ焼きを手に取ると、早苗に聞いた。
「なぁ、早苗は知らないか?」
「…………?」
イルゼの問いに、早苗は首を傾げるだけだった。
「…………分かんないってさ」
「そっか。呼びに行くのもなんだし、待ってる間、トランプでもやんない?」
「持って来たのか?」
「守森村に行った時に小鞄に入れたままだったのよ」
肩を竦めて言うイルゼに、朝倉は鞄からトランプを取り出して提案した。
そして、イルゼは目を丸くすると、朝倉は言った。
そして、首を傾げながらトランプを持つ朝倉を見ている早苗に、イルゼは言った。
「トランプやった事ないのか?」
イルゼが聞いた。
「…………」
すると、早苗は黙り込んだまま頷いた。
「そっか、じゃあルールを教えるよ。朝倉、最初はババ抜きにするか?」
「そだね。ルールも簡単だし」
それから、早苗にルールを教えながらババ抜きに興じていると、階段から誰かが上がってきた。
時計を見ると、信玄に言われてこの部屋に来てから、もう一時間も経っていた。
障子を開いて入って来たのは、信玄だった。
「いやぁ、すまんすまん。天狗について説明しようと準備しとった資料がどっかにいってしまっててな。いやぁ、歳を取ると忘れっぽくなるもんじゃ。仕事場
の玄関の下駄箱の上にあったわい」
カッカッカと笑いながら、信玄は部屋に入って来た。
すると、イルゼ達と遊ぶ早苗を見て、目を丸くした。
「ほう…、早苗と遊んでくれておったのか」
どうしてか、嬉しそうに言うと、信玄は三人の近くに座った。
その手には、巻物や本が沢山ある。
そして、早苗は信玄を見ると本当に僅かにだけ嬉しそうな顔をした。
「じぃじ。トランプ…」
早苗はトランプを持つと信玄に言った。
すると、信玄は心底嬉しそうに微笑んだ。
「楽しかったんじゃな。じゃが、儂はこの子達にお話があるんじゃ。…そうじゃな、早苗も聞かんか?面白いぞ」
ガッカリした様に肩を落とした早苗に、信玄はニッコリと微笑んで言った。
すると、早苗はコクンと頷いた。
そして、信玄はイルゼと朝倉に顔を向けた。
「いや、遠路遥々よく参られたのう。改めて、儂が山本信玄じゃ。よろしくのう」
ニカッと笑いながら言う信玄に、イルゼと朝倉は慌てて背筋を伸ばして頭を下げた。
「イ、イルゼ・ジムロックです!」
「朝倉和美です。今日は、よろしくお願いします!」
二人が挨拶すると、信玄は「うむ」と言うと、巻物を開いた。
「それでは、話そうかのう」
信玄が言うと、朝倉と早苗はイルゼの両脇に座って姿勢を正した。
すると、信玄は快活に笑い声を上げた。
「カッカッカ。そう緊張せんでよい。脚も崩さんと、すぐに痺れてしまうぞ?」
信玄に言われて、朝倉は安堵のため息を吐いた。
イルゼも、修行で慣れていたが、それでも姿勢を崩した方が楽なのは間違いないので、ホッとした。
そして、信玄は口を開いた。
「まずは、天狗と言う存在について話そうかのう。まぁ、有名な話じゃから、お主達も知っておるかもしれんが。天狗とは中国から流れてきた妖怪の名じ
ゃ。ほれ、この巻物に絵があるじゃろ」
そう言うと、信玄は巻物を開き、その中の天狗の絵を指差した。
「一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる妖怪じゃよ。俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいうんじゃ」
「魔道に!?」
それは初耳だったのか、朝倉は目付きが若干鋭くなった。
朝倉は思わぬ所で、自分の求める魔道への道が見えた気がしたのだ。
そして、信玄は頷くと口を開いた。
「そうじゃよ。要は妖しの術を授けると言われておるのじゃ。元々の天狗の語源は、天の狗。昔、天を流れる彗星や流星の流れる様がまるで狗を彷彿さ
せるかの様でな。それを見た者達が、天狗と言う妖怪を想像したのじゃよ。中国の奇書『山海経』の西山経三巻の章、莪山の項に「獣あり。その状狸の 如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし」とあるように天狐、アナグマにも例えられたそうじゃ」
「え?じゃぁ、天狗って流星って事?」
朝倉が聞くと、信玄は首を振った。
「応であり、否でもあるのう。元々、中国では流星を見た者が、『天狗』の名を付けたそうじゃが、そもそも、流星から妖怪に結び付けられたのは、そのモ
デルとなった妖怪が居たからだそうじゃ。日本に於いては、日本書紀の中で、634年に目撃されたのが初めと言われておる」
そこで、信玄は一息ついた。
すると、信玄の背後の障子が開いた。
「お茶が入りましたよ。皆さんも」
そう言って、雪枝が人数分のお茶をお盆に乗せて入って来た。
そして、空になったコップやドラ焼きの皿を下げると、部屋を退席した。
イルゼと朝倉は雪枝に礼を言って飲むと、信玄も湯飲みに口をつけて話し始めた。
「空海や円珍と言った僧によって、密教と呼ばれる。まぁ、妖しい術を使うとされる宗教じゃな。それが伝えられると、後にこれが胎蔵界曼荼羅に配置され
る星辰・星宿信仰と付会され、また奈良時代から役行者より行われていた山岳信仰とも相まっていったんじゃよ。そして鎌倉時代になると、修験道の修 験僧、まぁ、山伏の事じゃが、彼等をも天狗と呼ぶようになった。これは、その風体や修行法が独特であることから、既成の宗派からの軽蔑でもあるんじ ゃよ」
「独特な修行法って?具体的にどんなんなんだ?」
イルゼが聞くと、信玄は「うむ」と頷いた。
「山伏の修行は、基本的に霊山と呼ばれる大山や羽黒山などの奥深い山中で、踏破や懺悔などの厳しい艱難苦行を行なって、山岳が持つ自然の霊力
を身に付ける事を目的とするんじゃ。格好や持ち物も少し変っておってな、頭に頭巾と呼ばれる多角形の小さな帽子のような物を付け、手には錫杖と呼 ばれる金属製の杖を持つ。袈裟と、篠懸と言う麻の法衣を身に纏うのが、山伏の基調じゃよ。山中での互いの連絡や合図のために、ほら貝を加工した 楽器や護身用に刀を持つ事も多いそうじゃ。山伏独特の修験十六道具は、それぞれ不二の世界、十界、不動明王、母胎などを象徴する。これらを身に まとい行を修めることにより、修験者はその力を身に付ける事が出来るとされておるんじゃ」
「じゃぁ、山伏の修行を極めれば、天狗になれるって事?」
朝倉が聞くと、信玄は「そうではない」と首を振った。
「山伏は、ある種の堕落の道を歩む者とされておるのじゃ」
「堕落の道?」
イルゼは、鋭い視線を信玄に向けて聞いた。
それを動じる事無く、信玄は口を開いた。
「そうじゃ。山伏とは、名利を得んとする、傲慢で、我見の強い者とされておる。そじゃからして、輪廻転生の天狗道は、魔界の一種とされておるのじゃ。
広がっておる、天狗の風を操り、神通力を持って、多様な術を操るとされておるのは、大天狗と呼ばれておる。それは、傲慢で、罪深き、堕落した者が、 死後に天狗道を通り転生した姿とされておる。大空を神風の如く駆け抜け、自在に風を操る。神気と呼ばれる力を操るともされておる」
「それって、魔力や気、仙気とは違うのか?」
イルゼが聞くと、信玄は考えるように唸った。
「儂は妖しの術は使えぬし、実在するかも確たる証明は出来ぬ。じゃが、天狗の操る神気とは、妖怪のみが操れるとされておるそうじゃ」
イルゼは信玄の話に「へぇ」とだけ言うと黙り込んだ。
そして、朝倉が聞いた。
「人間が天狗になる方法とかは無いんですか?」
その言葉に、「さてな」と信玄は言った。
「先も行った様に、天狗とは、罪深き修験者が至るとされておる…、ある種の境地の様な物じゃ。欲無き者は仙人となり、欲深き者は天狗となる。昔、神
の一柱を取り込み、天狗となる外法もあったそうじゃがのう」
そう言って、信玄は茶を一口啜った。
そして、朝倉は気になった事を聞いた。
「信玄さんは、天狗が実在すると思いますか?」
すると、信玄は湯飲みを置いて考える様に言った。
「居るさ。そう考えると…楽しいじゃろ?」
そう言った。
朝倉は、その時の信玄の顔が、忘れられなくなった。
目を細めて、意地悪そうに微笑んだ。
まるで、同い年の少年に語り掛けられたような感覚を覚えたのだ。
そして、気が付くと窓の外は薄暗くなっていた。
思った以上に時間が経っていた様だ。
「まずっ!今から帰ったら深夜になっちまうぞ」
イルゼが言うと、朝倉も頭を掻きながら困った様に笑った。
「たはは…。急いで帰らないと不味いっぽいねぇ」
そう言うと、信玄が言った。
「ふむ。そんなに急いで帰る必要もあるまい。どうかね?今日は泊まっていかないかい?早苗もその方が良いじゃろ?」
信玄が言うと、イルゼと朝倉は早苗を見た。
すると、早苗は小さく頷いた。
そして、朝倉は「へぇ」と言うと、早苗に笑い掛けた。
「んじゃ、お言葉に甘えちゃおっかな」
「だな。よろしく頼むぜ。じいさん」
ニッと笑いながら、イルゼは言った。
そして、信玄が雪枝が呼ぶまで適当に遊んでいる様に言われた。
「寝る時はこの部屋を使っていいぞ。儂は寝る時は殆ど仕事場で寝てるのでな。向こうに布団もあるんじゃ。お前さん達の布団は、後で雪枝に運ばせる
でな」
そう言うと、信玄は部屋を退出して行った。
それから、イルゼと朝倉、早苗の三人は夕食に呼ばれるまでトランプを使って遊んでいた。
「んで、これが革命だ。四枚揃ったらだぞ」
「…………革命返し」
「え?」
イルゼがハート、ダイヤ、クローバ、スペードのそれぞれの5を同時に出して、革命をすると、早苗が8の革命を使った。
それに、イルゼは唖然としていると、次々に早苗はカードを出していった。
「2、2、1、ジョーカー、6であがり」
「ちょ、待てよ!おい!」
次々にありえない手札を切っていく早苗に、イルゼが慌てると、朝倉が目を輝かせた。
「いくわよ!まず一枚目は2!」
「は?」
「2!」
「え?…あの…ちょっと…?」
朝倉の切るカードに、イルゼは戦慄を隠せなかった。
「1!」
「おい…」
「1」
「…………」
「1」
「…………」
イルゼは最早何も言えなかった。
そして、最後に朝倉が「9」と言って、9のカードを出すと、可愛く小首を傾げながらチャーミングな笑顔で「あ・が・り♪」と言った。
「…………」
「…………負け犬」
イルゼは、早苗の残酷な一言で崩れ去った。
足腰に力が入らず、眩暈を感じる。
「お…お前ら…、仕組んで無いよな?」
イルゼが聞くと、朝倉は両手を頬に当てて瞳に涙を滲ませた。
「ひ…酷い…。私…友達だと思ってたのに…」
「え?」
突然の朝倉の言葉に、イルゼは戸惑いを隠せなかった。
そして、早苗はイルゼを見た。
「…………外道」
「は…はい?」
イルゼは嫌な汗が流れるのを額に感じた。
そして、朝倉は打ちひしがれた様に、上半身を捻り、両手を畳の床につけて顔を伏せた。
「信じて…くれないの?」
震えた声で、朝倉は言った。
その瞳から、一筋の雫が零れる。
「…………最低」
そして、早苗に言われてイルゼは両手を床についた。
「お…俺が悪かった…」
そして、イルゼが顔を上げると、見てしまった。
朝倉が邪悪な笑みを浮かべ、早苗が無表情をそのままに、サムズアップしているのを。
そして、思い出されるのは辰之助の言葉。
――『女の涙は武器じゃからな』
反響する様に、イルゼの頭の中で辰之助の言葉が響き続けた。
そして、イルゼが絶望していると、雪枝が三人を呼びに来た。
「早苗ちゃん。ジムロック君。朝倉さん。お夕食が出来ましたよ。下に降りて来て下さいな」
言われて、三人は返事を返して雪枝に続いて階段を降りた。
階段を降りてすぐ前の障子を開くと、そこには信玄や悟、明美や裕次郎、徹も座っていた。
「おお、三人共!儂の近くに来るといいぞ」
そう言われて、三人は信玄の近くに座った。
信玄の隣には朝倉、その隣に早苗、その隣がイルゼで、その隣に悟が座っている。
「何だ、お前達。まだ帰っていなかったのか。全く、図々しい」
そう言ったのは、徹だった。
それに対して悟は涼しげな笑みを浮べて言った。
「居候の分際で何を言ってるんですか?」
顔は笑っているのに、徹は何も言えなくなってしまった。
そして、裕次郎は立ち上がるとキッチンに向かった。
「雪枝さん。お茶持ってこうか?」
裕次郎が言うと、雪枝は「それがねえ…」と困った様な顔をした。
「え?お茶が無い?」
「そうなのよ。さっきまであったと思ったのだけど…」
雪枝の言葉に、裕次郎は戸棚を漁るが、どこにも無かった。
「しかたないね。麦茶かなんか…」
そう言って、冷蔵庫を開けるが、そこには何もなかった。
「牛乳だけ…。夕食魚ですよね?」
裕次郎が聞くと、雪枝は困った様に頷いた。
「………何か買って来ましょうか?」
裕次郎が言うと、雪枝は首を振った。
「大丈夫ですよ。それより、先程徹さんと喧嘩なさってたようですけど、怪我はありませんか?」
雪枝が言うと、裕次郎は肩を竦めた。
「大丈夫ですよ。アイツとの喧嘩なんてしょっちゅうですし。…まぁ、少し言い過ぎた気もしますがね」
「仲良くなさって下さいね。さっ、出来ました」
そう言うと、雪枝は裕次郎に魚を乗せたお盆を持たせた。
そして、夕食は賑やかだった。
イルゼ、朝倉、早苗の三人に信玄は饒舌になった。
そして、裕次郎と悟は何事かを話していた。
「そうじゃ。君に良い物を上げよう」
そう言うと、信玄は四角い木箱を朝倉に渡した。
「これは?」
「内緒じゃ。帰ってから開けなさい。それは、お主が必要になるじゃろうからな」
「えぇぇ、今開けちゃ駄目ですかぁ?」
朝倉が言うと、信玄は快活に笑いながら朝倉の頭を撫でた。
「帰ってから開けなさい。それまではいかん。…それは、儂には過ぎた物だったんじゃ。大事にしなさい」
そう言った。
そして、イルゼは早苗に野菜炒めのピーマンを移されていた。
「おいこら!移すな!俺だってピーマン嫌いだっての!」
そう言いながら、イルゼもピーマンを早苗の皿に移した。
そんな事を続けながら、夕食は終わった。
そして、食休みをしていると、信玄が言った。
「雪枝、茶を貰えないか?」
「ごめんなさいね。お茶は無いんですよ。買ったばかりの筈なんですけどねぇ…。麦茶も無くて、牛乳も残り少ないんですよ」
雪枝が言うと、徹が口を開いた。
「ココアの粉ならありますが?」
「ココア?私、甘い物は苦手なんだけど」
明美が言うと、徹は「問題ないさ」と言って立ち上がった。
「砂糖を入れなきゃ臭いは甘いけど、味はコーヒーみたいなものさ」
そう言って、徹は部屋を退席した。
そして、徹が戻ると雪枝がお湯を沸かして全員にココアを配った。
中央には砂糖の瓶を、明美が持って来た。
そして、信玄のココアに早苗が砂糖を入れ、明美以外は全員が砂糖を入れた。
ココアにミルクを入れたイルゼは、膜が口の中にへばりつくのがムカついた。
そして、ココアを飲みながら談笑していると、少しして早苗が眠気を訴えた。
「それじゃあ、お布団を用意しますね」
そう言うと、雪枝も小さく欠伸をした。
「僕も、今日はもう眠るよ」
そう言って、悟は部屋を出て行った。
それから、信玄は仕事場に行き、明美と徹もそれぞれの部屋に戻り、イルゼ達は信玄の部屋に布団を敷いてもらった。
そして、イルゼは急激な眠気に違和感を覚えた。
「なんで…こんな…いきなり…」
そして、イルゼ達は眠りに落ちた。
翌日、朝になってイルゼ達は叫び声で眼を覚ました。
「な、なんだ!?」
イルゼが飛び起きると、朝倉も目を丸くしながら起きていた。
そして、早苗はキョトンとしていた。
そして、三人が一階に降りてくると、丁度悟と雪枝、裕次郎、徹と出会った。
「何だ今の悲鳴は?」
徹が言った。
「今のは、明美の声?」
悟が言うと、裕次郎は「多分…」と言った。
そして、イルゼが「とりあえず声の在った場所行こうぜ」と行って歩き出した。
そして、外廊下に行くと、外は雨が降っていたらしく、地面はビショビショだった。
そして、母屋から仕事場まで、下駄の足跡と、サンダルの足跡が一つずつあった。
そして、仕事場の入口で明美がへたり込んでいた。
「どうしたんだ!明美!」
悟が叫ぶと、明美は震えながら仕事場の中を指差した。
すると、朝倉が地面を写真に撮影していた。
「何してんだ?朝倉」
「ちょっとね…。嫌な予感がするからさ…」
そう言った朝倉の顔は、冗談の色は一切無かった。
そして、イルゼ達が駆け寄ると、仕事場に向かった。
そして、悟、徹、イルゼが先に中に入ると、そこにはこの家の主であり、昨日まで一緒に夕食を食べていた山本信玄が頭を割られて死んでいる姿があっ
た。
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