第72話『破魔の剣』


アスナの突然の提案に、最初にタカミチが反応した。

「も、模擬戦って!アスナ!?」

タカミチの言葉にアスナは口を開いた。

「私も、久しぶりに体を動かしたくなった。イルゼも白魚を試したいでしょ?だから、模擬戦」

アスナの言葉に、イルゼは頭を掻いた。

「そりゃ、助かるけどさ。アスナは武器なんて持ってないだろ?」

イルゼが聞くと、アスナは「問題無い」と言った。

「近右衛門」

そして、アスナは近右衛門に話し掛けた。

「なんだい、アスナちゃん?」

近右衛門が首を捻ると、アスナに耳を寄せた。
すると、アスナの言葉に目を丸くした。
そして、アスナを見ると、感情の見えない顔でジッと近右衛門を見つめて来た。
近右衛門は「ふむ」と少し考える様に目を瞑ると、しばらくして「いいだろう」と言った。

「ありがとう。タカミチ、来て」

アスナに呼ばれ、タカミチは「何?」と近寄ると、アスナは近右衛門に合図をした。

「タカミチ、ちょっとしゃがんで」

言われ、タカミチは首を捻りながら地面に膝をつくと、近右衛門が指を鳴らした瞬間、光の魔力が二人の足元に魔法陣を生成した。
仮契約の魔法陣である。
そして、突然の事に理解が追い付かないタカミチの唇に、アスナは自分の唇を合わせた。

「!?」

そして、タカミチはあまりの事に硬直し、二人の周りを山吹色に輝く魔力が覆った。
アスナは唇を離すと、虚空に出現した仮契約のカードを手に取った。
そこには、今着ている白のブラウスにチェックのスカート、髪は邪魔にならない様に紐で縛っているが、そこだけは絵の中とは違った。
絵の中のアスナは髪を下ろしている。
そして、巨大な鍔の無い片刃の大剣が映されていた。

「アデアット」

そして、アスナが呪文を唱えると、カードは輝き、絵の中の剣が現れた。
すると、すぐに収縮し、アスナの体に合う大きさに変化した。

「破魔の…剣」

「!…知ってるの?その、アーティファクトを…」

タカミチは、何故か刀を愛しむ様に名を言うアスナに驚いた。

「これは、私の半身」

「半身?」

タカミチが聞くと、アスナは悲しそうに言った。

「そう、半身。今は言わない。でも、タカミチが強くなったら教えてあげる」

「え?」

アスナはそれだけ言うと、白魚を構えて戸惑っているイルゼに近づいた。

「これが、私の武器。じゃあ、しようか」

アスナはそう言うと、目を細めた。
そして、イルゼは無意識に笑みを浮べた。

「いいぜ…。来いよ」

言うと、イルゼはスゥーッと息を静かに深く吸い込んだ。
そして、アスナも息を整え、静かに体を流れる魔力と気を集中させる。
そして、イルゼはベレンヘーナをリロードする時に思い出した感覚を呼び覚まし、神経を尖らせる。

「フゥゥゥゥ………」

ゆっくりと息を吐き、イルゼは空間を漂うマナを意識した。
そして、それを取り込むのでは無く、喰らい尽くすイメージをした。
空間を蹂躙するイメージで、イルゼはマナを体に吸収していく。
それを、エヴァンジェリンと近右衛門は息を呑んで見つめた。
そして、少し経つと、まるで体が震える様な、今にも暴れたくなる様な衝動に襲われた。
だが、イルゼはそれを全力で押し留め、白魚を逆手のまま構えてアスナを見た。

――これ以上行くと…拙いな。

イルゼは心を落ち着ける為に静かに深呼吸をした。
そして、アスナは咸卦法を発動させ、右手で破魔の剣を持ち、左手を平に添えて構えた。
二人の動きは停止する。
そして、お互いに相手の出方を伺う。

アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア、彼女は大戦時、秘密結社「完全なる世界(コズモエンテレケイア)」が彼女の力を利用して魔法世
界全ての魔法を消去して崩壊させようと画策し、サウザンドマスターによって救われた。
その後、彼女の故郷である天然魔法により形成されていた天空国家、ウェスペルタティア王都オスティアは大半が墜落、国が失われる惨事となってしま
った。

二人は互いの得物を構えたまま、徐々に動き出した。
イルゼは右手の白魚で右から左にアスナを薙ぐ。
だが、それをアスナは破魔の剣で容易く受け止めた。

「フッ―!」

だが、イルゼはそのまま左手の白魚でアスナの首を狙い、アスナはそれを破魔の剣で防ぐ。
イルゼは休み無く白魚で連続して斬り付けるが、それを後退しながらアスナは軽々と受け流す。

「チッ!」

イルゼは舌打ちをすると、足の裏にエネルギーを集中させ、一気に地面を蹴り後退する。
それ、アスナは破魔の剣を左肩の上に構えて追う。

「結構やるね。でも、ちょっと遅いよ」

そう言うと、アスナは更に加速して一気にイルゼに距離を詰めた。

「いくよ…。一閃!」

そして、掛け声と共に、左手を剣のみねの上部に掛け、咸卦の力で弾くと、その勢いで一気に振り落とした。
アスナの剣技は魔法完全無効化能力を前提に構築された王家の剣だ。
一閃は、掌に集中させた力を爆発させ振り落とす技だ。
だが、その単純な攻撃ですらも、魔法使いであれば、それだけで勝負がつく。
何故なら、魔法使いの障壁、強化、結界、あらゆる護りを突破するからだ。
出来る事は、破魔の剣の一撃に耐えられる兵装で挑むしかない。
だが、一般的な魔法使いならば、武器を携帯する事事態が少ない。
アスナの咸卦法での一撃を、魔法使いは己の肉体のみで相手にしなければならない。
魔法使いの天敵は剣士と言われるが、それ以上に魔法の効かない剣士など、魔法使いにとっては悪夢以外の何者でも無いだろう。
だが、アスナが相手にしているのは魔法使いではない。
イルゼが防げたのは、エヴァンジェリンが射撃大会で言った言葉を愚直に護ったからだ。

――『相手から眼を離すな』。

それ故に、アスナが破魔の剣を振るう瞬間を知覚し、斬撃の軌道を推測出来たのだ。
そして、イルゼは白魚を交差させて一閃を受けた。

「グッ――!!」

だが、咸卦法状態のアスナの一撃に、イルゼは吹き飛ばされてしまった。
アスナの魔力は、木乃香には遠く及ばない。
だが、それでも王族の御子。
その魔力量は並の魔法使いを圧倒する。
そして、僅かに使える気によって魔力は爆発的な力を得る。
対して、イルゼはマナを吸収してはいるが、それでも容量はかなり少ない。
吸収出来ないのでは無い。
限界を超えるのは容易い。
だが、限界を超えた瞬間に、イルゼは内から出てくるナニカを知覚してしまい、それ以上は出来ないのだ。
ナニカを抑えながら使える量では、アスナの咸卦法には遠く及ばない。
後方に吹き飛ばされたイルゼは、空中で一回転をして両足で大地に着地したまま後ろに滑る様に後退してダメージを軽減した。
そこに、アスナは容赦無く近づいた。

「フッ―!」

「ッ―!」

そして、アスナは右手に握った破魔の剣に咸卦の力を纏わせると、そのまま右から左に大きく薙いだ。
それに気が付いたイルゼは、一瞬で受けられないと理解した。
それ故に、アスナの斬撃が来る前に後ろに跳び、白魚を反対にして両手の白魚を縦ににして盾にした。

「横・一閃!」

「ッ―!?グアアアアアアアアア!!!!」

アスナの掛け声と共に繰り出された一撃は、反動だけでイルゼの持つ白魚は軋みを上げ、イルゼの体は遥か後方に吹き飛ばされた。

―強ぇえ…。

イルゼは直ぐに立ち上がると、一瞬眩暈を感じた。
吹き飛ばされた後、イルゼの体は地面に叩きつけられたのだ。
そのダメージが、イルゼの動きを鈍らせる。
だが、それ以上にイルゼの中で闘争心に火がついた。
イルゼは邪悪な笑みを浮かべ、再び白魚を逆手に構えると、アスナに距離を保ったまま駆け出した。

「甘いよ。飛べ…飛翔・一閃!」

円周上を駆けるイルゼを見て、アスナは無表情で睨み、そのまま掛け声と共に破魔の剣の柄の先に付いている帯を手に巻きつけると、そのまま投擲し
た。

「何!?」

イルゼは驚愕した。
アスナは破魔の剣を手放したのだ。
凄まじい勢いだが、距離が離れているのが幸いした。

「ヘッ!んなもん当たるわけねぇだろ!ッ――!?」

イルゼは余裕で破魔の剣の軌道から自身の体を外すと、無防備になったアスナに向かって疾走した。
だが、破魔の剣から帯に黄金色に輝く糸が繋がっており、破魔の剣はそのまま横から迫って来た。

「嘘だろ!?グッ―!」

更に、破魔の剣は咸卦の力を纏っている。
イルゼは恐怖した。
次元が違う、と。
技の熟練度が違う。
エネルギーのパワーが違う。
武器の性能が違う。
だが、それを上回る戦闘欲が全身に満ち溢れていく。
少しでも、この時間を長引かせたいと。
そして、イルゼはポケットから仮契約カードを取り出した。

「アデアット!」

そして、韋駄天が出現し、それに飛び乗った。

「へぇ、面白いね」

空中に回避したイルゼに無表情のまま、アスナは賛辞を送った。
だが、イルゼは韋駄天に持って行かれる体力に舌打ちをすると、直ぐに韋駄天を消した。

「消しちゃうの?」

「へへ、俺は未熟なんでね、韋駄天は使いこなせてないんだ。直ぐに体力が無くなっちまう」

「ふぅん。とりあえず。そろそろ。終わり」

それだけ言うと、アスナは破魔の剣を一瞬で呼び戻した。

「破魔の剣は、何時でも私の手に戻る。それじゃあ、強力なの…行くよ」

そう言うと、アスナは咸卦の力を最低限残して破魔の剣に注ぎ込んだ。

「おいおい…」

その、破魔の剣の強力すぎる波動に、イルゼは冷や汗を垂らした。
鈴の音の様な美しい音が鳴り響く。
纏う咸卦の力は清らかな波紋を空間に生じさせている。
そして、その破壊力を理解したエヴァンジェリンが止めようと口を開くと、イルゼが叫んだ。

「ばあちゃん!ファルクスをくれ!」

「何?」

イルゼの言葉が、エヴァンジェリンは一瞬理解できなかった。

「何を言ってるんだ!これは白魚の性能テストだろ!もう止めろ!これ以上やれば只では済まないぞ!」

エヴァンジェリンが言うと、アスナは只、イルゼを無感情な目で射抜いていた。
そして、イルゼはニヤリと笑った。

「引けねえ。負けても良い。怪我したって構わねえ。でも、ここで引く事だけは出来ねえ!!」

イルゼが叫ぶと、エヴァンジェリンが諦めた様に溜息を吐いた。

「馬鹿者…。一撃だけだ。そしたら二人とも戦闘をどんな状況でも終了させろ。そして、イルゼ!危ない事をする罰だ。これから一週間。ピーマンを夕食
に入れる」

その言葉に、イルゼは「へ?」と間抜けな声を上げると慌てて「ちょ、ちょっと待った!」と言ったが、その瞬間にエヴァンジェリンはイルゼにファルクスを
投げていた。

「うう…、ピーマン…。ええい!とにかく!行くぜアスナ!!」

そのイルゼの叫びに、アスナは一歩踏み込んだ。
そして、口を開く。

「omnis perrumpo caesum(全てを突き破る斬撃)。奥義…」

呪文を唱え、左手も柄の鮫肌の上で握り、叫んだ。

「破魔・一閃!」

その瞬間、破魔の剣から、黄昏の陽光の如き輝きが迸り、凄まじい威力の斬撃がイルゼに襲い掛かった。
それに、イルゼハファルクスを振り落とした。

「アグガガガガ!!」

イルゼの体は激突の瞬間に破壊の力に嬲られた。
即死でなかったのは、アスナが敢えて選択した奥義が、破魔…つまり、魔法を突破する斬撃であり、奥義でありながら、魔法使い以外には奥義に成り得
ない技だったからだ。
だが、それでも咸卦の力が上乗せられた斬撃は、ファルクスとの激突によって零れた波動だけでイルゼを満身創痍の状態にしてみせた。
皮が弾け、肉が切れ、骨が折れ、それでも我武者羅にファルクスを構え続けた。
全身から止め処なく血を流し、足は今にも崩れそうなほど弛緩している。
それでも、イルゼが立っていられるのはファルクスの力だった。
ファルクスは破魔・一閃の斬撃の魔力を吸収し、そのエネルギーで刃の反対方向に七色の魔力を放出し、刃に同じく七色の光の刃を発生させて徐々に
拮抗していっているのだ。
だが、吸収する度に放出していくので、ようやく、破魔・一閃の斬撃が消え去った時には、ファルクスが吸収した魔力も無くなっていた。
そして、イルゼは大きな血の塊を吐くと、そのまま倒れこんでしまった。

「少し…やり過ぎたかな」

それだけ言うと、アスナは咸卦法を解いた。
そして、そのままタカミチの元に戻ると、「後、よろしく」と言ってそのまま倒れた。

「ア、アスナ!?」

それをなんとか抱きかかえると、アスナは静かな寝息を立てていた。
そして、イルゼの怪我は近右衛門が回復させていた。

「大丈夫なん!?おじいちゃん!」

木乃香が泣き出しそうな勢いで近右衛門に問い詰めるが、エヴァンジェリンが肩を抑えた。

「今回は、自業自得だ。それに、近右衛門に任せれば平気だ」

エヴァンジェリンの言葉に、木乃香はイルゼの体を見た。
そこには、全身から血を流しながら、それでも笑って寝ているイルゼの姿が在った。
それが、木乃香にはどうしても不安だった。
そして、近右衛門は木乃香に微笑んだ。

「大丈夫。イルゼは必ず直すよ。僕にとっても大切な二人目の孫なんだからね」

そう言うと、近右衛門はイルゼの体に魔法薬を振り撒いた。

「少し…足りないか」

そう言うと、近右衛門は光遁術で修行場の境界のすぐ外にある自室から、魔法薬を呼び寄せた。

「『幽桜楼(ユウオウロウ)の井戸水』。傷を癒す力を持つ霊水だよ」

振り撒いた途端に傷口が修復されていき、木乃香が目を丸くしていたので近右衛門が言った。

「幽桜楼?」

「幽桜楼は、簡単に言うと霊界の門を護る一族の住む楼閣の事だよ。霊界に住む鬼や悪霊が自由にこの世界に出て来ない様に代々護っているんだ」

近右衛門が木乃香に答えると、イルゼの怪我はすっかり消えていた。

「幽桜楼には、霊界の水が汲み上げられる井戸があるんだ。それを使うと、死んでいない限り復活する強力な霊水なのさ」

エヴァンジェリンが言うと木乃香は驚いた様に溜息を吐いた。
すると、イルゼが眼を覚ました。

「起きたか。まったく、心配ばかり掛けおって…」

その声には、本当に安心した様な響きが宿っていた。
冷たい事を言っても、エヴァンジェリンもイルゼが心配だったのだ。
そして、寝惚けた目でイルゼは周囲をキョロキョロと眺めた。

「あれ?俺…。そっか、負けたんだな…」

イルゼが溜息を吐くと、エヴァンジェリンは口を開いた。

「ガッカリする前に、舌を噛まないように口を閉じろ」

「へ?――ヒガブ!?」

エヴァンジェリンの言葉に、イルゼは首を傾げると脳天に凄まじい衝撃が走った。
エヴァンジェリンがイルゼの脳天に拳骨を落としたのだ。

「あがが…」

イルゼは涙目になりながら頭を擦る。

「ば…ばあちゃん?」

どうしてか分からない程、イルゼはエヴァンジェリンの顔を見るのが怖かった。
ただ、初めての感覚だったのだ。
怒られると言う感覚。
デジタルワールドでは、ジジモンとババモン、他の多くのデジモン達に甘やかされて育って来た。
だから、怒っている相手や殺気をぶつけて来る相手と対面する事はあっても、自分を思って怒る相手にはどうしていいか判らなかった。
それでも、エヴァンジェリンが確かに怒っていると、理解する事は出来た。

「イルゼ,どうして殴ったか…判るか?」

静かな声で、怒気も、優しさも交えずに、淡々とエヴァンジェリンは聞いた。

「危ない事…したから…」

イルゼが声を震わせて、今にも泣きそうな声で答えた。

「判っているが、理解していない。まぁ、止めなかった私にも落ち度はある。今日は拳骨一発で許す。だけどな、イルゼ。する必要のない危険を冒すの
は、これで終わりにしろ。確かに、命を懸けるべき時もある。だが、今は違うだろ?アスナとの組み手、お互いに引けない事も理解は出来る。それでも、
引く事が大切だったんだ。あまり…心配させないでくれ。判ったな?」

「はい…」

短い説教をすると、エヴァンジェリンはイルゼの頭を優しく撫でた。
すると、イルゼは堪えていた涙が零れてしまった。
自分でもどうしてか判らないが、怖かったのだ。
そう…、エヴァンジェリンに嫌われてしまったかもと思って、怖かったのだ。
それから、タカミチが眠ってしまったアスナを抱えて近づいてきた。
そして、タカミチは頭を下げた。

「すみません。アスナが大変な事をしてしまって…」

タカミチは辛そうな顔で謝った。
すると、エヴァンジェリンは苦笑した。

「お前、判ってないんだな」

エヴァンジェリンの言葉に、タカミチは「は?」と、困惑の表情を浮べた。

「大方、タカミチ君がエヴァンジェリンに傷つけられたのに腹が立ったんだろうね。それで、イルゼに…。アスナちゃんはエヴァンジェリンには攻撃出来な
いんだろうから、その捌け口にイルゼを選んだ。そんな所だね」

近右衛門の分析に、エヴァンジェリンは困った顔をした。
そしてタカミチは困惑の表情を浮べた。
イルゼと木乃香は、イルゼが泣いているのを木乃香がオロオロとしながら励ましていた。
さよは、イルゼの頭を撫でながら、顔の汚れを優しく拭き、レオルモンはその近くで優しく見守っている。

「えっと…?」

タカミチは訳が判らずに首をひねった。
すると、近右衛門が言った。

「アスナちゃんは、お母さんが恋しいんじゃないかな。時々、エヴァンジェリンに構って貰うイルゼと木乃香を羨ましそうに見てたしね。だけど、エヴァンジェ
リンがタカミチ君を傷つけた。それが腹が立ったけど、エヴァンジェリンを憎めない。それが、イルゼへの嫉妬心を膨らませたんだと思うよ。だから、あん
な危険な技まで使った」

近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンがタカミチを見た。

「タカミチ、これは友人に教えて貰った事なんだがな。子供は愛情を与え過ぎるくらいが丁度いいらしい。確かに、放任主義や、最低限の距離感を置くの
もアリだとは思う。だがな、本当の親がいないアスナには、お前しかいないんだ。だから、たくさん愛情を注いでやれ。説教なんて意味は無いだろうしな」

エヴァンジェリンの言葉に、タカミチは腕の中で眠るアスナを見た。
その寝顔は無垢で、どうしようもなく愛らしかった。

「……はい。エヴァンジェリンさん。今日は帰ります。また明日も使わせて貰います」

そう言うと、タカミチは修行場の外れに新しく作った家に戻って行った。
本来は、二学期の準備の為に入寮準備をしたらホテル暮らしをしようとしていたタカミチとアスナの為に、近右衛門が用意したのだ。
殆ど、普通の一軒家で、内装は近右衛門の家と同じだ。
アスナの為に、近右衛門は自分の孫達と同じ様にアスナに玩具や本、服なんかを大量に買ったりもして、さよに怒られたりもした。
タカミチとアスナの姿が無くなると、近右衛門もさよとレオルモンを連れて戻って行った。
これから仕事があるのだ。
残されたエヴァンジェリン達は、イルゼも涙を拭いて三人で武装の片付けをした。
近右衛門が、寮と修行場へのゲートの隣に武器庫を建てたので、そこに入れるだけだった。
中は広く、入口近くに適当に置くと、イルゼはベレンヘーナと白魚とファルクスを分けて置いた。
そして、木乃香は神和を持ったまま寮に戻った。
寮に戻ると、もう既に夕暮れ時で、エヴァンジェリンが料理の準備を始めた。
木乃香は神和を檜扇の状態にして、手元で遊ばせて、イルゼは夕食にフェイと学を呼びに行った。
その後、招待したフェイと学と一緒に、日曜日の恒例行事になって来た鍋物のスキヤキを突っつき合った。




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