第71話『武装』


「次は…」

イルゼは並べられている美しく力強い武器の数々を眺めた。
その中から、イルゼは扇を手に取った。

「扇?」

イルゼは扇を開くと、扇面には謎の文字が幾多も描かれていた。

「じいちゃん、これも武器なのか?」

イルゼが聞くと、近右衛門は頷いた。

「勿論。それは『無式・神和(ムシキ・カムナギ)』」

「神和…」

イルゼは、50cm前後の大きな扇を扇ぎ、滑らせた。

「…これって、どうやって使うんだ?」

イルゼは全く訳が判らなかった。

「それなら、私が教えてやろう」

すると、エヴァンジェリンがイルゼの手から扇を掠め取った。

「ばあちゃん?」

「フッ、成程な。近右衛門、お前はやはり阿呆だ。ここまでするとはな」

心底面白がる様に、エヴァンジェリンは笑うと、目を細め、扇を畳み、土人形を目の前に作り出した。

「いいか、鉄扇術と呼ばれる武術も在る程、扇は護身の武器として優れているのだ。そして、固め技や、斬撃、それに…これは、装填した属性の魔法が
発動する様になっている。ふむ…、これはイルゼよりも木乃香向けの武装だな」

「うち!?」

エヴァンジェリンの言葉に、木乃香は目を丸くした。

「そうだ。イルゼでは、これの力を全て引き出す事は出来ない。とんでもない代物だが…、木乃香ならばこれ以上ない程適した武装となるだろう。コレは、
木乃香の武装としよう。木乃香、よく見ておけ」

そう言うと、土人形を元の大地に戻した。

「タカミチ、来い」

「え?は、はい」

突然、エヴァンジェリンはタカミチを呼び、タカミチは目を丸くしながら駆け寄った。

「今から、私は一切の魔力強化を無しでこの扇を使った技だけで戦う。お前は出来る限りの戦闘技術を駆使して掛かって来い」

そのエヴァンジェリンの言葉に、タカミチは慌てた。

「で、でも!魔力強化無しじゃ、エヴァンジェリンさんは10歳の女の子の身体能力しか…」

「だからいいのだ。扇の業を見せるにはな。フッ、タカミチ、侮るな。魔法だけで長い年月を生きて来た訳じゃない」

エヴァンジェリンの言葉に、タカミチはもう何も言わなかった。
ただ、納得した。
自分は例え魔力無しの状態でもただ圧倒されるだけであると。
故に、一子報いる事に、己の全てを掛けると。

「判りました。貴女の技、業、見せて頂きます」

抱拳礼をして、タカミチは構えた。
未だ、居合い拳も咸卦法も未完成どころか、実戦では到底使えないレベルだ。
だが、それでも鍛えて来た肉体と、技がある。
タカミチは、エヴァンジェリンにとっては扇の技を孫に見せる為のお遊びだと言う事を理解している。
だが、それでも自分は彼女の足元にも及ばない事を理解している。
故に、殺意を篭める。
殺陣の心構え。
タカミチのそれは、近右衛門やエヴァンジェリンのとは、天と地の差が在る程に未熟であり、むらがあり、雑念があり、情があり、完全に心を殺し切れて
はいなかった。
だが、その視線を受け、エヴァンジェリンは僅かに感心した。

「中々。才能が無い身で、その歳でそこまで来るとはな。成程、10年後には化けているだろう」

そう言うと、エヴァンジェリンは獰猛な目付きでタカミチを見た。

「これは、私にとっては戯れの様な物だ。だが、本気で来い。それで、貴様の修行についても色々と考えてやる。アスナを本当に護れるか否か、その身で
示せ!」

その瞬間、音が止んだ。
否、タカミチの五感の全てが、エヴァンジェリンを知覚する事を拒んだ。
強力過ぎるプレッシャー。
巨大過ぎる存在感。
ここに来て、タカミチは心底理解した。
本当の意味で…。

――怖い…。

恐怖を。
それは、今まで知っていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う吸血鬼では無い。
真に、闇の福音を冠するに相応しい怪物だ。
エヴァンジェリンが殺す気で来たなら、もう何百回死んでいるだろう…。
タカミチはその考えを、必死に抑え付け、必死に五感を回復させた。
汗が夥しいほどに流れる。
だが、この程度の壁を乗り越えねば、彼女を護る事など出来はしない。
恐怖は、捨てる物じゃない。
克服する物じゃない。
受け入れる物だ。
震える四肢に叱咤する。
必死に、エヴァンジェリンを睨みつけ、タカミチは恐怖を吐き捨てる様に叫び声をあげた。
それは、獣の雄叫びの様ですらあった。

「ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」

そして、そこに来て化けた。

「フッ――!私のプレッシャーに打ち勝つか…。面白いな。あまり見なかった内に、成長したじゃないか。覚悟を決めた…と言う所か?」

エヴァンジェリンの言葉に、タカミチは獰猛な視線を向けながら、頷いた。

「アスナを狙う者は必ず現れる。その全てを、例え相手が誰であっても負ける事は許されない。だから、僕は前に進む!!」

その言葉に、アスナはさすがに照れ臭くなり赤くなり、小さな声で応援した。

「タ、タカミチ…頑張れ…」

その、囁きに似た応援に、タカミチは大声で返事をした。

「ハイッ!!」

そして、エヴァンジェリンはニヤリと笑った。
そして、近右衛門が口を開いた。

「タカミチ君、受け取れ!」

その言葉に、視線を向けたタカミチの元に、ナニカが投げられた。

「これは…?」

タカミチが呆然としていると、近右衛門が口を開いた。

「『無式・刀牙(コウシキ・トウガ)』」

「刀牙…?」

近右衛門の言葉に、タカミチは、投げられた腕を覆う白金のアームガードの先に薄い、指先の出る漆黒のグローブが付いている刀牙を見ながら聞いた。

「そう。布地は、以前にルーク君が置いて行ってくれた黒王龍の毛で編まれ、アームガードには、魔法吸収率68%以上の特殊魔法鉱石『ゾディアック鉱
石』を使っている。そして、面白い能力が付いているんだよ。特殊な術式で、相手の魔力を吸ったゾディアック鉱石に溜まった魔力で、拳を握っている状
態の時に、アームガードの先から魔法光の刃が生成されるんだ。更に、一回開くと刃は消えるけど、消える前にもう一度拳を握ると刃が真っ直ぐ飛んで
行くんだ。そして、再び新しい刃が生成される。面白いだろう?」

「す…凄い。本当に頂いてよろしいんですか!?」

近右衛門の説明に、タカミチは自分に渡された装備の力にうろたえた。
だが、近右衛門はフッと笑うと言った。

「勿論さ。それは、君が成長したお祝いだと思ってくれていいよ」

その言葉に、タカミチは感銘を受けて頭を下げた。

「ありがとうございます!」

そして、タカミチは刀牙を装備して、構えた。

「全然、重さを感じない…。いける!」

そして、タカミチは刃を生成しようとして拳を握ったが、刃は生成されなかった。

「あ、あれ?」

戸惑うタカミチに、アスナは溜息を吐いた。
そして、タカミチに言った。

「馬鹿!魔力を溜めなきゃ使えないに決まってるでしょ!ゾディアック鉱石に自分の魔力を吸収させてみなさい!」

「へ?あ、はい!」

アスナに言われ、タカミチは慌てて言われた通りに、掌に魔力を集中させ、アームガードに掌を被せた。
すると、掌に溜めた魔力が次々に吸われて行く感覚を覚えた。
そして、必死に魔力を吸収させるタカミチを見ながら、さよは苦笑しながら近右衛門に言った。

「タカミチさん、将来尻に敷かれそうだね」

その言葉に、近右衛門は何故か他人事に思えず、「そ、そうかの…?」とだけ言って誤魔化す様に、タカミチに「頑張れ!」と、声援を送った。
そして、魔力を篭め終わると、タカミチは再び構えた。

「いくぞ!」

「はい!」

エヴァンジェリンの掛け声に答えて、タカミチは駆け出した。
初めて使う武器への戸惑いはあるが、身体の支配はガトウによって叩き込まれた。
そして、拳を握る事で生成した刃は、青白い魔力光を放ち、30cm程度
の長さだ。
自分の刃で自分を傷つけない様に、気を付けながら、タカミチは右腕に装備した刀牙で、右上から左下に刃を振り落とした。
アームガードの厚さは僅か1cm程度であり、手袋の甲にも、ゾディアック鉱石の手甲がある。
これによって、手を傷つけない様にしているのだ。

「フッ」

そして、エヴァンジェリンは微笑を漏らすと、気によって強化されたタカミチの刃を、扇を閉じた状態で下から押し上げるように逸らすと、そのまま右に回
転しながらタカミチの体の右側を通り過ぎ、そのままの勢いでタカミチの背中に扇の骨の底で強打した。

「クッ――!そんな攻撃っ!」

だが、身体を強化したタカミチの肉体に、エヴァンジェリンの魔力強化なしの少女の身体能力では、少しのダメージも与えられなかった。
だが、エヴァンジェリンの余裕の笑みは一切曇らなかった。

「だろうな…」

そして、そのまま振り向き様に刃を振るうタカミチの刃を、扇で受け、そのまま後方に跳んだ。
そして、扇を開くと、タカミチが後方に跳んだエヴァンジェリンに向けて放った刃を受けた。
すると、そのまま流れる様に後方に刃を受け流し、開いた状態のまま、滑らせる様にタカミチに向け、横に薙いだ。
それを、タカミチは間一髪で後方に跳び回避したが、そこに、笑みを浮べたエヴァンジェリンが扇を閉じた状態で、タカミチの胸を突いた。
すると、タカミチの胸から血が飛び出た。

「タカミチ!」

その姿に、アスナは思わず叫んだが、近右衛門に体を抑えられ、動けなかった。

「大丈夫だよ。傷は大きいけど深くない。神和は、先が全て刃となってるんだよ。だけどね、エヴァンジェリンの力が弱い事と、タカミチ君が強化をしていた
から、皮が切れただけで済んだんだ。血は出てるけど、実際は大した怪我じゃないよ」

「………」

近右衛門に言われ、それでもアスナは忌々しげにエヴァンジェリンを睨んだ。
そして、近右衛門の言う通り、タカミチは直ぐに体勢を立て直して動き出した。
後方に瞬動を用いて移動し、そのままエヴァンジェリンに向けて刃を飛ばした。
そして、エヴァンジェリンはそれを悉く扇で逸らし避けた。
当然だろう。
元々、投擲すると言っても接近戦での戦闘の幅を広げる程度の追加機能だ。
ベレンヘーナの様に飛距離は無く、その上スピードも遅い。

「チッ――!」

タカミチは舌打ちすると、瞬動は使わずに、駆け足でエヴァンジェリンに向かった。
瞬動には欠点がある。
それは、技量に差が在ると着地地点を見切られる可能性があると言う事だ。
故に、タカミチは自身の脚に気を集中させ、右腕の刀牙を左に振り、力を溜めて一気に右に薙いだ。

「フフ」

そして、それを笑みを浮べたままエヴァンジェリンは扇を開くと、扇面に左手を添えて反対側の扇面にタカミチの刀牙を滑らせた。
だが、次の瞬間にタカミチは扇を持つエヴァンジェリンの手を掴んだ。
そして、タカミチは勝利の笑みを浮べた瞬間、エヴァンジェリンはニヤリと邪悪な笑みを浮べた。

「掛かったな」

そのまま、エヴァンジェリンは右手に持っていた扇を放し、添えていた左手に持ち替えた。
そして、一瞬の間にタカミチの喉元に鉄扇を近づけた。

「頭に血が昇っているな。傷を受けて冷静さを失う様ではまだまだだ」

エヴァンジェリンの言葉に、タカミチは溜息を吐いた。
すると、エヴァンジェリンは微笑んだ。

「まぁ、初めて使う武器でここまで出来たのは賞賛に値する。もっと、その武器を使いこなしてみろ。それだけで、お前は格段に強くなる。と言っても、咸卦
法や居合い拳は習得したいのだろう?その修行に関しては私は専門外でな、自分でやれとしか言えんが、戦闘訓練程度ならば付き合おう」

エヴァンジェリンの言葉に、タカミチは真っ直ぐにエヴァンジェリンの瞳を見て頭を下げた。

「お願いします。ありがとうございました!」

そして、タカミチがアスナの元に戻ると言った。

「やっぱり、さすがだな…。魔法を使わないでこんなにアッサリ負けるとは…」

溜息を吐きながら肩を落とすタカミチを見て、アスナは口を開いた。

「次、頑張ればいいよ。それとも…諦めるの?」

アスナの言葉に、タカミチはニッと笑った。

「まさか。僕は簡単には諦めませんよ」

その言葉に、アスナは小さく微笑んだ。
その微笑に、タカミチは一瞬だけ見惚れてしまい、頭を抱えたが、アスナの視線はイルゼに向かっていた。
そして、エヴァンジェリンは木乃香に顔を向けて口を開いた。

「今のが、扇というモノだ。斬り、打ち、突き、流し、受ける事が出来る。古来より武士階級では刀と同義とされる程に尊ばれていた。まぁ、それは信仰に
近いモノがあるが、それでも、合気の要素を孕んだ術、中国より伝わった術など、鉄扇術にはかなりのヴァリエーションがある。扇を使うには、その前に
棒術を修めなければならん。扇の心構えは棒術を通して語られるからな。そして、この扇は幾つかの能力がある」

「幾つかの能力?」

エヴァンジェリンの言葉に、木乃香が聞いた。

「そうだ。まず、この扇の説明をしようか。木乃香、扇には大まかに分けて幾つかのパーツに分けられる。骨、扇面、責、要。そして、これには他に、先刃
と魔術装飾がある。まずは、骨だ」

「骨?」

「そうだ。例えば、鉄扇や檜扇は骨だけだったりする。要は、扇の骨子の事だ。普通は和紙等を張るが、この扇も一見すると骨だけに見える」

「一見だけ?じゃあ、違うん?」

エヴァンジェリンの言葉に木乃香が聞くと、エヴァンジェリンは頷いた。

「ああ、と言ってもこれは和紙なんかじゃなく、魔術装飾なんだがな。見てみろ。フッ―!」

エヴァンジェリンが息を吹きかける様にすると、突然神和がその白銀の輝きを失い、代わりに檜と和紙の普通の扇子の様に変化した。

「へ?」

それに木乃香が目を丸くすると、再びエヴァンジェリンの手の中で神和は元の姿に戻った。

「幻術?」

それを見て木乃香が呟くと、エヴァンジェリンは「違う」と否定した。

「これは、ある意味で召還に近い。見てみろ、この紫の責の先を…これは、近右衛門の髪留めと同じだな。『紫蝶龍』の毛か?」

エヴァンジェリンが言うと、近右衛門が口を開いた。

「その通り。大分昔に手に入ったのを使ったんだ」

「……在り得ない事をする奴だな…、絶滅種じゃないか…」

心底呆れた様に、エヴァンジェリンは近右衛門に言った。

「絶滅種?」

木乃香が聞くと、エヴァンジェリンが答えた。

「ああ、紫蝶龍の毛は素晴らしい柔軟性と類稀なる強度を併せ持ち、術式を埋め込む要領が途轍もなく大きいんだ。そして、紫蝶龍自身も奇跡の様な美
しさでな。私も、龍の元で写真だけ見せて貰った事があるんだが、そのせいで乱獲されてな。数十年前に絶滅してしまったのさ。特に、戦争時の乱獲は
酷くてな。魔法生物世界にまで行って乱獲してな。その時にだな。魔法生物世界との関係が悪くなったのは。ハンターやウォッチャー、バスターとは依頼
主と仕事人と言う感じでしかまともに付き合えなくなっているんだ。ルーク達でさえ、個人に対してはどうこう言わないが、魔法使いに対しては思う所があ
るようだったしな」

「そうなん…」

エヴァンジェリンの話に、木乃香は複雑な表情で扇の責を見た。

「とにかく、話を戻そう。この先に小さな飾りが付いているだろ?これ、何に見える?」

エヴァンジェリンが聞くと、木乃香は少し考えて言った。

「うぅん、もしかして…扇?」

「大正解だ。つまり、この扇が、さっきの扇なのさ。扇全体に換装システムの魔術装飾がされている。イルゼでは、この換装システムは使えなかった筈
だ。他の機能も、近右衛門、これは本当にイルゼ用に用意した物なのか?」

エヴァンジェリンが怪訝な顔で聞くと、近右衛門は言った。

「それに関しては…ノーだよ」

その言葉に、エヴァンジェリンは「やっぱり…」と言った。
困惑する木乃香とイルゼに、エヴァンジェリンは言った。

「恐らく、これは近右衛門が使っていた武装じゃないか?」

その言葉に、近右衛門は頷いた。

「そう。実際、僕が使っていたんだ。と言っても、カスタム出来る様に、付けていた素材なんかは外したけどね」

「おじいちゃんの!?」

エヴァンジェリンと近右衛門の言葉に、木乃香は目を丸くした。

「これは、成程な。イルゼではなく、本当に木乃香の為に用意した訳だ。若干、木乃香用に改造もされているようだ。グラビタイトが使用されている。刃
も、新品だな。これは…『黒王龍の牙』…もしくは『爪』か?」

「分かるかい?ちなみに、牙だよ」

エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は言った。

「やはりか、黒王龍の毛が手に入ったならもしかしたらと思ってな。これほどの煌きを持ち、且つここまで薄くても刃毀れ一つしない」

「おばあちゃん、黒王龍って?」

木乃香が聞くと、エヴァンジェリンは説明した。

「黒王龍は、魔法生物世界の…確か、レギュルスマウンテンとか言う場所に生息していると聞いた。獰猛な種族でな。龍種の中でも五本指に入る危険度
だ。さすがは…ルーク騎士団と言う所か」

エヴァンジェリンは感心した様に言うと、今度は要を指差した。

「この要も中々の素材だ。これは、おいおい…オリハルコンって…」

エヴァンジェリンは説明しようとして要を見ると、そこに使われていた紅く揺らめいて見える材質に今度こそ疲れ果てた様に言った。

「近右衛門…お前、ここに使う物か?」

エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は苦笑した。

「いや、それは単に要に使える分しか無かったんだよ」

「だからって…、ヘアクレスの胸当てや、女神アブロディナの耳飾に使われる『神金属(シンキンゾク)』だぞ、賢者の石や、ミスリル、七色ダイヤ、王玉以
上の貴重品じゃないか…」

「そ、そんなに凄いん?」

エヴァンジェリンの言葉に、木乃香は恐る恐る聞いた。

「ああ、オリハルコン。金の銅と呼ばれてな。他にも、オレイカルコスや、オリハルコス、緋緋色金とも呼ばれている。その比重は金よりも軽量であるが、
合金としては金剛石よりも硬く、永久不変で絶対にさびない性質を持つと言う。また常温での驚異的な熱伝導性を持ち、ヒヒイロカネで造られた茶釜で湯
を沸かすには、木の葉数枚の燃料で十分とも伝えられている。太陽のように輝く金属とも言われる。触ると冷たくてな。表面が揺らめいて見える。それか
ら、磁力を拒絶する。このくらいだな。 そうだな、オリハルコンで出来た剣として有名なのは三大神器の草薙の剣程度だ」

「草薙の剣!?それって、日本の?」

「そうだ。生きた金属とも呼ばれてな。雷の力を纏うとされている。一応言っておくが、八岐大蛇から出たのとはまた違う物だ。あれは、ある種の神聖武装
だからな。素材も不明だ。ウガヤフキアエズ王朝時代に草薙の剣をモデルに三大神器の一つとして作られたのが、オリハルコンの草薙の剣だ。まぁ、一
生錆びず、刃毀れせず、雷と火炎を纏わせる事が出来る、と…実際考えてみるとあんまり大した能力ないな…」

エヴァンジェリンは自分で言いながら首を捻った。

「まぁ、加工無しでそれ程の特性を持っておるのが凄いんだよ。最も、加工すれば他の素財でも出来そうな事だけど…」

近右衛門も、困った様に言った。

「と、とにかくだ。まぁ、何か本当にお金に困る事あったら売り払え。十回くらいの生涯を豪遊し続けられるぞ」

「いや、売らないで。結構貴重なんだからね?」

エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は悲しくなりながら言った。

「神金属なのに…」

アスナもオリハルコンについては知っていたのか、扱いの酷さに頭を抱えた。

「まぁ、これの本領は鍋に入れると一瞬でご飯をふっくらと炊ける、と言う能力だな」

「いやいやいや、そんな臭み取る為に入れる炭じゃあるまいし…」

エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は突っ込みを入れた。

「うぅん、オリハルコンって本当に凄いんかなぁ?」

木乃香は大いに疑問を持って言った。

「ま、まぁ、気にするな!それに、加工すればそれ以上になる要素もあるのだし…」

「まぁ、強度が強すぎて加工する技術も碌にないけどね」

エヴァンジェリンが何とかオリハルコンの良い所を言おうとすると、近右衛門に封殺された。

「……もういい。オリハルコンの話は止めよう…」

そう言い、溜息を吐くエヴァンジェリンに、近右衛門が言った。

「まぁ、神和に使ったのにはちゃんと意味があるんだよ…。オリハルコンは雷の魔力を保有出来る。だから、そこに雷の魔法を装填しておく事も出来るん
だ」

「成程…、詠唱の長い魔法なんかを装填して置ける訳か…」

「まぁ、都合上一つの術式しか編みこめないけど、時間を掛けて装填しておけばノータイムで千の雷や、神の雷を撃てる訳だ」

近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは「ふむ」と顎に手をやった。

「まぁ、装填してもそんなに長時間は術式が保てないだろうがな。符術の様な術式を編めば…いや、そもそもオリハルコンに字を刻むなんて不可能だし
な。それに、刻めてもこの大きさでは…。やはり、魔法をそのまま封印する方式を取るしかない。だとすると、封印しても持って十分、強力なのになれば、
更に短くなる…」

エヴァンジェリンは考えれば考えるほどオリハルコンの使い道が分からなくなった。

「おい、近右衛門。お前はこれを何に使ってたんだ?」

エヴァンジェリンが聞くと、近右衛門はギクッとした。

「そ…それは」

「まさか…、ただ要に使ってただけか?」

その言葉に、近右衛門は弱々しく頷いた。

「もう、売り飛ばした方が余程為になる気がしたぞ…」

「そ、そう言わないでくれないかな?一応、戦争を終結させた時に、女王陛下から譲り受けたんだからさ。お守りみたいな感じで…その」

「はぇぇ、これ女王様のなん?」

近右衛門の言葉に、木乃香はまじまじと針程度の太さで3cm程度の長さのオリハルコンを見た。

「でもさ、女王様ってケチだな。少なくね?」

イルゼも見ながら言うと、近右衛門は「とんでもない」と言った。

「本当に貴重な物なんだよ。昔はそれなりに採れたらしいけど、もう鉱山も無くて、加工する技術も失われてるから、ちょうど要にピッタリだったんで神和
に使ったのさ」

「まぁ、そこまででいいだろう。それよりも、神和の話に戻ろう。骨は…、グラビタイトとルーンメタルだな。そして、木乃香、ここに注目してみろ」

そう言うと、エヴァンジェリンは木乃香に神和の先を指差した。
刃の手前に、薄く刻まれた魔術刻印が見て取れた。

「おばあちゃん、これは?」

木乃香が聞くと、エヴァンジェリンは答えた。

「簡単に言うと、素材を埋め込むスロットだな。この扇の凄い所でもある。これは、通常は一つか二つしか素材を合成出来ないのに対して、五つもカスタ
ム出来る。それに、合成に職人の技術が必要無いようになっている。木乃香、杖を神和に乗せてみろ」

「え?は、はい」

エヴァンジェリンの言葉に、一瞬唖然としながら木乃香は言われた通りに神和に杖を乗せた。
すると、エヴァンジェリンが呪文を唱えた。

「Vereinigen Sie sich und verst?rken Sie sich.」

その瞬間、神和に光が灯り、木乃香の杖が光の粒子となって神和の中に吸い込まれた。

「え?」

木乃香は余りの事に呆然としてしまった。

「これで、神和にお前の杖の力が宿った筈だ。木乃香、試しに振ってみろ」

そう言いながら、エヴァンジェリンは木乃香に杖を手渡した。

「うん…」

エヴァンジェリンから渡された扇、神和を手に取ると、木乃香は不思議な気持ちになった。
馴染むのだ。
まるで、杖の様に。
重さも殆ど感じられない。
そして、木乃香は何時の間にか神和が小さくなっているのに気が付いた。
木乃香の体に合う様に、そして、木乃香は神和を閉じたまま軽く振った。
すると、初めて杖を持った時の様に、再び杖の力を得た神和は木乃香を主に認めた。
体の中を駆け抜けるように、暖かいナニカが突き抜けていく。
そして、その瞬間、頭の中で何かが灯った。

「クリスタロス」

心に浮かんだままに呪文を唱えると、微かな霧状の水が神和から吹き出た。

「これは…木乃香」

それを見て、エヴァンジェリンは呆然とした。

「なんと…」

近右衛門も呆気に取られたように呟いた。

「どうしたんだ?ばあちゃん」

エヴァンジェリンの様子に、イルゼが聞くと、エヴァンジェリンは言った。

「木乃香が自分の呪文を修得したのさ。まさか…ここまで早く到達するとは…、さすがに恐怖すら感じるぞ」

ニヤリと笑いながら苦笑し、エヴァンジェリンは言った。

「自分の…呪文?」

イルゼが聞くと、エヴァンジェリンが説明した。

「シングル呪文の魔法、つまりは原初魔法は元より人間の原初から生み出る魔法だ。先人から呪文を受け継ぎながら、自身の呪文を生み出すんだ。と
言っても、余程の才能があっても数年は掛かる。だと言うのに、まだ三ヶ月だぞ。どこまで…」

エヴァンジェリンの言葉に、目を閉じながら、自身に流れる魔力の波を感じている木乃香を見て、イルゼは喉を鳴らした。

「木乃香…」

そして、しばらくして眼を開いた木乃香は神和を開いて、舞う様に踊った。
それは、京都で時折見た演舞の見様見真似だったが、神和の重さや、動かし方を確かめるにはいい方法だった。
そして、しばらくすると神和を閉じて木乃香は近右衛門に頭を下げた。

「おじいちゃん。ありがとう!うち、この神和を大事にするえ!」

木乃香の笑顔に、近右衛門は破顔して頷いた。

「それが、木乃香を護ってくれるよう、祈っているよ」

そして、木乃香はイルゼに言った。

「どうや?うち」

微笑みながら聞く木乃香に、イルゼはニッと笑った。

「かっこ良かったぜ!」

サムズアップして言うイルゼに、木乃香はニコッとして目を閉じると責に魔力を通した。
すると、木乃香の手の中で、神和は檜扇に変わり、それを木乃香は大事そうに抱えた。

「さて、イルゼ他の武器も見てみろ」

エヴァンジェリンに言われ、イルゼは「おう」と答えた。
それから、幾つ物武器を試し、双剣『無式・白魚』、大鎌『魂の収穫者(ファルクス)』を最終的に選んだ。
大鎌『ファルクス』は、周囲の敵を薙ぎ倒す巨大な鎌だ。
魔法を喰らう魔法鉱石『ソウルガンメタル』を基本とし、グラビタイトを使っている漆黒の鎌だ。
そして、ファルクスの刃には『瞳光』と呼ばれる魔石が使われ、ソウルガンメタルが喰らった魔力を還元して七色に輝く刃を生成する。
イルゼはファルクスを構えると、グラビタイトによってイルゼの体に合わせて収縮した。
長さはイルゼの身長よりも若干長い。
刃のある方の先は三角形の槍先の様な刃が付いている。
反対側は、トライデントになっている。
刃は真ん中に幾つかの細長い穴が空いている。

「ヨッ!」

掛け声を上げながら、ファルクスの持ち手の中心を右手で持ち、刃を上にした状態で、右腕を胸を介して首の後ろに持っていき、一気に斜めに振り落と
した。

「おわっ!」

すると、ファルクスに逆に振り回され、イルゼの体はファルクスを持ったまま回転した。
それを、エヴァンジェリンがファルクスの刃を掴んで止めた。

「大丈夫か?何だってよりによってこんな物騒なのを選ぶんだ。と言うか、近右衛門もなんでこんな物を用意したんだ?」

エヴァンジェリンはイルゼが手を離して地面に刃を突き刺しているファルクスを見て聞いた。
すると、近右衛門は口を開いた。

「いやぁ、とにかく魔力も気も使えない条件でも使える優秀な武装と言う条件で注文したもんだから…」

近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは右手で顔を覆って溜息を吐いた。

「だからって、魂を喰らう魔鎌なんて物騒にも程があるだろ…」

エヴァンジェリンが言うと、イルゼは言った。

「でもさ、魂を喰らうのだって、要は魔力を喰らうって意味だろ?魔法を切れば、その魔力が還元される。それに、パワーもありそうだし、使いこなせば凄
げえ武器になる気がするんだよ」

イルゼはそう言うと、ファルクスを再び持った。
そして、確りと両手で握ると、左から右に薙いだ。
そして、真上に振り上げると、下に向かって一気に振り落とす。

「っぶねぇ…」

その時、トライデントがイルゼの顔を掠めそうになり、イルゼは肝を冷やした。

「まぁ、メインは双銃と双剣にすればいいか。大鎌はちゃんと使える様になるまでは封印だ。いいな!」

エヴァンジェリンに言われ、イルゼはガックリしながら頷いた。
それから、白魚を握り、何度か振っていると、突然アスナが口を開いた。

「ねぇ、私と模擬戦しない?」

と、言った。




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