第73話『幕間V 〜夏の始まり〜』


時間は少し戻り終業式。
麻帆良第三劇場で終業式が終わると、イルゼ達は机を寄せ合って夏休みの相談をしていた。
メンバーは、イルゼ、学、フェイ、木乃香、夕映、朝倉だ。
何故このメンバーなのかと言うと…。
由希と蘭丸、克、手塚は家が忙しく、宇喜田、久保、夾、葵、不破、紫呉、零弦、アーダルベルト、李は実家に帰るのだ。
瀬尾と洞爺、掌理、?春も夏休み中はやる事があるらしく、慊人は誘えなかったのだ。
ちなみに、のどかやパル達も多数は実家に帰ってしまい、結局は実家が麻帆良にある夕映、朝倉が残ったのだ。
ちなみに、木乃香とイルゼも京都には帰るつもりだが、それはエヴァンジェリンが外に出れる様になってからだ、
最初に朝倉が口を開いた。

「それでさー、夏休み何処行くか希望ある?」

朝倉の言葉にそれぞれ考えると、木乃香が口を開いた。

「せやねぇ、やっぱり定番の海なんかどうや?」

木乃香が言うと、学は「海か、いいね」と言った。

「後、山なんかも良いと思う。そうだなぁ、海では花火とか肝試しとかをやって、山ではキャンプをするってのがどうかな?」

学の提案に、イルゼは「いいと思うぜ」と言った。

「とすると、何処に行くかだな」

とイルゼが言った。

「海は綺麗な所がいいです」

夕映の言葉に、学は「そうだよねぇ」と同意した。

「山も折角なら良い所行きたいよな。それに、なんか曰く付きの村とかだったら面白そうだ」

イルゼが言うと、木乃香が「じゃあ」と言った。

「図書館島に調べにいかん?」

木乃香の提案に、朝倉が「さんせー!」と手を振った。

「それじゃあ移動するか」

イルゼの掛け声で、一同は図書館島に向かった。



図書館島の入場口を入ると、イルゼは口笛を吹いた。

「まだ二回目だけど、相変わらず凄ぇなここ」

「内装、蔵書量、広大さ。どれをとっても世界トップクラスですからね。このホールは、パリの国立図書館をモデルにしたそうです」

夕映の説明を聞きながら、イルゼ達はホールの中央の受付に向かった。
イルゼ達が近づくと、受付の一人の女性が応対した。

「いらっしゃいませ。どう言ったご用件ですか?」

女性が言うと、夕映が口を開いた。

「こちらのフェイと和美に図書カードを作って欲しいのです」

夕映はそう言うと、後ろを振り向いて二人から学生証を借りて受付の女性に提示した。
夕映の手から受け取ると女性は「少々お待ち下さい」と言って、PCを操作した。
カードは一分程度で全員分が出来上がった。
受付の女性はそれを夕映に渡すと、一緒に何枚かのパンフレットを渡した。

「貸し出しは一人5冊まで。特別な許可証がなければ初等部の貴方達は一階から上だけです。地下に降りる事は禁止されています。館内は広いので、
閉館の一時間前には出口に向かって下さい。特に中央エリアは入り組んでいますので、迷子になった際は、エリア毎にあるお近くのコンソールの迷子の
ボタンを押して下さい。数分で迎えを寄越します。また、目的地がお決まりで、場所が判らない場合はコンソールかお近くの係員に申し付けて下さい。最
後に、貸し出し期限は一週間です。寮にお住まいでしたら、管理人にお渡し頂ければ結構です。それでは、存分にお楽しみ下さい」

受付の女性にお礼を言うと、イルゼ達は奥に入った。
中に入ると、以前来た時とは違い、大勢の人が居た。
それでも、歩くのに全く問題無く、夕映は「少し待っていて下さい」と、コンソールの方に歩いて行った。
イルゼ達は待つ間、キョロキョロと内装を見た。

「それにしても以外だね。和美ちゃんならとっくに図書館島のカードを作ってると思った」

学が通行人にぶつかりそうになるのを危うい所で避けて言った。
すると、朝倉は肩を竦めて舌を小さく出して可愛く言った。

「基本的に私の取材範囲は初等部だからね。こっちまでは未だ手を伸ばしてなかったの。まずは足場を固める事が重要だからね」

そう言いながらも、朝倉は自慢のカメラで図書館内を撮影しようとしていた。
だが、朝倉がシャッターを切ろうとすると、警備員の制服を着た男性に止められた。

「館内は撮影禁止なんだ。すまないね」

注意されて、朝倉は渋々カメラを鞄にしまうと溜息を吐いた。
すると、丁度良く夕映が戻って来た。

「観光資料エリアの場所が判ったです。図書館島第4ブロックです。第二ブロックの階段を一度登って、第23ブロックから第26ブロックに向かって、東の階
段を降りるのが一番早いみたいですね」

「え?どうして階段を登ってまた降りるの?」

夕映の説明にフェイは首を傾げた。
そんなフェイに、夕映は説明した。

「図書館島は、蔵書の量が増えるのに連れて増築したらしいのです。何度も何度も。そうする内に、かなり特殊な迷宮の様になってしまったそうです」

「なんか、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスみたいだね」

夕映の説明に、手帳を取り出してシャープペンシルのノックを顎で叩きながら朝倉が言った。

「ウィンチェスター?って言うと、あの銃の?」

夕映が「とりあえず進みましょう」と言って先導し歩き出すと学が言った。

「そっ!アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼにある曰く付きの家で観光名所にもなってるのよ。何でも、ウィンチェスター銃の生みの親で実業家の、
ウィリアム・ワート・ウィンチェスターの未亡人、サラ・ウィンチェスターの個人的な住宅でね。ウィンチェスター銃で死亡した人達の怨念に呪い殺されるの
を恐れたウィンチェスター夫人が、霊を宥める為に38年間もの間、24時間、365日増改築をし続けたそうなのよ」

「それ、、まぢか?」

朝倉の話にイルゼは信じられない思いだった。

「本当よ。まぁ、実際に霊が居たかは判ってないけどね。この図書館島もそうだけど、基本計画がなってないのよ。設計ミス。でも、その設計ミスもここま
で来れば芸術よね」

朝倉は感心した様な、どこか呆れた様に言った。

「増改築ねぇ…。にしても、ここって何冊くらいあるんだろうな?」

イルゼが天井近くまである本棚を見上げながら呆れた様に言った。

「さあ、もう学園側でも把握しているかどうか甚だ疑問な量だと思うです」

夕映が言う。
何ブロックも歩き、ようやく階段を見つけると、螺旋状になっていて、ステンドグラスから外の光が入って来ていて素晴らしく幻想的だった。
広い休憩エリアを横切り、再び階段を降りると、ようやく目当ての観光資料コーナーを見つけた。

「ここですね」

夕映はそのまま中に入るとイルゼ達も続いた。
中には、大きなプロジェクターがあり、他にも地域毎に様々なパンフレットや資料が並んでいた。
人はイルゼ達以外はいないようだ。

「ここから探すのは大変そうだね」

学は困った様に立ち並ぶ本棚を見て言った。

「多すぎるのは一種の弊害に成り得るです」

「とりあえず適当に見てみようぜ」

夕映の言葉に肩を竦めながら、イルゼは本棚に向かった。
そして、木乃香達もばらばらに別れて適当にパンフレットや資料を漁り始めた。
そして、朝倉は近場である麻帆良近辺の山を探した。

「ふむふむ、結構麻帆良の近くにもあるのねぇ。さすがに海は無いけど…」

独り言を喋りながら、朝倉は一冊の本を手に取った。

「麻帆良…天狗伝説?へぇ、こんなのあるんだ」

朝倉が手に取ったのは、麻帆良市内にある山の天狗伝説に纏わる本だった。

「何々…って、何コレ…?」

朝倉がページを捲ると、そこには何も書かれていなかった。
ただ、本の中から一枚の真っ白な紙が落ちてきた。

「これも真っ白…。何なんだろ…この本。印刷ミスなのかな?」

朝倉は首を捻りながらパラパラとページを捲った。
だが、どのページにも何も書かれていなかった。
そして、最後のページを見ると、そこにだけ文字があった。

「何コレ?漢字じゃなさそうだけど…」

そこには、見た事の無い文字が最終ページを埋め尽くしていた。
朝倉は、その文字を見るとニヤリと笑った。

「なんか、面白そうじゃない」

好奇心を刺激された朝倉は、その本を借りる事にした。
そして、本棚の向こうから木乃香に呼びかけられ、皆の元に戻った。

「和美、何か見つかったですか?」

夕映が聞くと、朝倉は肩を竦めて首を振った。

「では、その本は?」

夕映が聞いたのは、朝倉が見つけた本だ。

「ちょっと趣味の奴よ。それより、みんなはどっかいい所見つけた?」

朝倉がはぐらかす様に言うと、特に興味も無かったのか、夕映は一冊の本を取り出した。

「ここなんてどうですか?海ではなく山なのですが、湖もあって中々景観も綺麗な場所のようです」

「『守森村(カミモリムラ)』かぁ」

学が夕映の持ってきた本の写真を見て「いい所みたいだね」と言った。

「場所は…、結構遠いな」

「電車で一時間とバスで二時間か、まぁいいんじゃない?」

学の言葉に、木乃香も「せやねえ」と言った。

「自然が多くて綺麗みたいやしなぁ」

「いろんな野鳥も観れるみたいだね」

フェイも好奇心に目を輝かせて言った。
そして、イルゼは言った。

「決定だな。ここにしよう。たくさん準備しないとな」

「そうだね、水着も買わないとだし。花火やキャンプファイアーもやろうよ」

朝倉の提案に、みんなノリノリで賛成した。

「それじゃあ、今日は帰ろっか」

学の言葉に、イルゼも「そうだな」と答えると、一同は図書館島の入口に戻り始めた。
行きと同じ道を通って。
そして、外に出ると丁度、図書館島の閉館の音楽が流れ始めた。
図書館島から本島への橋を渡る時に、丁度太陽が沈んで行った。
そのあまりにも綺麗な光景に、イルゼ達は立ち止まった。
図書館島周囲の湖が、夕日を反射させて輝いている。
それが、どうしようもなく幻想的で、どうしようもなく悲しくなった。
イルゼは橋の手摺に乗っていた小石を一つ手に取って、湖に向かって投げた。
小さな波紋を作るだけで、意味の無い行為だった。
そして、波紋が消えると、太陽も完全に沈んだ。
そして、イルゼ達は帰って行った。




夏休みに入って次の日に、近右衛門が沢山の武器を集めて見せてくれた。
それから、数日後の事。
イルゼは一人で麻帆良学園の外を歩いていた。
ただ、何も考えずに。
ふとして、一人で歩きたくなったのだ。
何も考えずに。
考えてみれば、この世界に来てから、一人でこうして居るのは初めてかもしれない。
最初以外は…。
木乃香が居て、刹那が居て、詠春が居て、麻耶が居て、妙が居て、師匠が居て、兄弟子が居て、エヴァンジェリンが居て、友達が居て、いつも周りに誰
かが居る。
だから、唐突に一人になりたくなった。
朝早く、エヴァンジェリンはもしかしたら気が付いたかもしれない。
だが、イルゼが一人で外に出て行くのを、黙って感じた。
イルゼは何時の間にか知らない場所に来ていた。
何も考えずに歩いていたら、時計の針は昼を指していた。
歩くのに疲れて、イルゼは麻帆良の境界の森で腰を下ろした。
誰も、近くには居ない。
夏休みに入って、殆どの人は家に帰っているからだ。
そして、仰向けに寝て、太陽を浴びながら、森から流れる涼やかな風を浴びていると、次第にまどろんできた。




真っ白な光に包まれていた。
知らない女の人。
知らない男の人。

――まただ…。

イルゼは知らない。
だけど、知っている。
自分でも判らない矛盾だった。

――人だ…。

どうして、自分の記憶に知らない人の姿があるのかが、イルゼには判らなかった。
ただ、優しい温もりを感じた。

――誰だろう…。

夢の中で、女の人が何かを呟いている。

――何て…言ってるの?

知りたかった。
女の人が何を言っているのか。
――の声を聞きたかった。
次第に、二人の姿は遠ざかっていく。

――嫌だ…。

イルゼの頬に、涙が伝った。

――嫌だ…。

女の人の顔も、男の人の顔も、判らなくなった。
覚えている筈なのに、思い出せなかった。
そして、イルゼは遠くから声が聞こえた。

「…ぁ……。………さ…」

――誰…?

イルゼが冷たい風を感じて目を開けると、空は真っ暗だった。
月は真上に来て、星の輝きが優しく大地を照らしている。
すると、イルゼの耳にまた、誰かの声が聞こえた。

「誰だ…」

声のする方に、イルゼは駆け出した。
何か考えがある訳ではない。
ただ、行かなくちゃいけないと思ったのだ。
イルゼが森の中に入り、しばらく走ると、同い年くらいの女の子が蹲っていた。
女の子は、腕に紅い紐を結んでいて、白いワンピースを着ていた。

「どうしたんだ?」

女の子は、泣きながら顔を上げた。

「…?」

イルゼを見る少女の顔は可笑しかった。
イルゼは苦笑すると、しゃがみ込んだ。

「迷子か?」

イルゼが聞くと、少女は頷いた。

「何でこんな所に来たんだ?」

イルゼの質問に、少女は答えた。
余程長い間泣いていらのだろう。
少女の声は掠れていた。

「お母さんに…見せてあげようと…思ったの…」

そう言うと、女の子は片手に握っている萎びた一輪の紫色の花を見せた。

「枯れちゃった…」

再び、少女は涙を溢れさせた。

「なぁ、お前なんて言うんだ?」

イルゼが聞くと、少女は答えた。

「あやめ…。お母さんが…菖蒲の花が好きなの」

「その花、どこで見つけたんだ?」

イルゼが聞くと、少女は首を振った。

「友達に…ここに生えてるって教えてもらったの。それで…、お母さんずっと眠ってるから…お花を上げて喜んで欲しくて…」

「探しに来たって事か…」

そう言うと、イルゼは小さく「サモン…」と唱えた。
すると、イルゼの呼び掛けに答えた精霊が、教えてくれた。

「なら、もう一度摘みに行こうぜ」

イルゼが言うと、あやめは躊躇うようにイルゼを見上げた。

「上げるんだろ?母さんに。なら、もう少しだけ頑張ろうぜ。ちゃんと、俺が家に帰してやるからさ」

そう言うと、少女の手をイルゼは強引に引っ張った。
そして、少女は小さく頷いた。
森の奥に行くと、イルゼは空気が静まり返っているのを感じた。
だが、それを無視して、少女を引っ張った。
すると、視界に綺麗なあやめの花畑が見つかった。

「…!」

少女は驚いた様にイルゼを見た。
そして、少女が一輪の菖蒲を摘むと、イルゼは少女を抱きかかえた。

「え?」

「悪いな…」

謝ると、イルゼはそのまま小さく呼吸をすると駆け出した。
遠くで、人が集まっているのを感じている。
知っている。
エヴァンジェリンが夜に何処に出掛けているかなんて、最初に来た日に鬼に襲われた時点で、イルゼも木乃香も知っていた。
そして、今は彼等の時間だ。
闇に生きる魔物や人が動き出す時間。
それに、ここは境界だ。
麻帆良学園の内と外の境界。
言い換えれば、ここは前線なのだ。
故に、イルゼは只管に走り続けた。

「あやめ…、お前の家は?」

「…アッチ」

イルゼが聞くと、あやめは指差した。
その方向に、イルゼは走り続けた。

「ちょっと、拙いな」

そう言うと、イルゼはポケットから仮契約のカードを取り出した。
少女に見られていると言うのに、イルゼは躊躇い無く呪文を唱え、韋駄天を呼び出した。
その光景を、少女は驚いて見ていた。

「ちょっと怖いかもしれないけど…、悪いな」

そう言うと、イルゼは韋駄天をギア…5まで引き上げた。
アスナとの決闘の時に違和感を感じていた。
韋駄天に乗った時の体力の吸われ方が、少し軽く感じたのだ。
試してみると、韋駄天はギア5まで速度を上げられる様になっていた。
それでも、自転車より少し速いくらい。
だが、イルゼ達はあっと言う間に森を抜ける事が出来た。
そして、そのまま韋駄天から降りると、イルゼは麻帆良市内を進んだ。
そして、遠くに麻帆良山が見える場所の脇道で、イルゼはあやめを胸から降ろした。
四本の足で降りるあやめの姿は、少女では無かった。

「知ってたんだよね…?」

あやめの声で、小さな珍しい黒い毛並みの仔狐は聞いた。

「人間じゃ無い事はな…」

イルゼが答えると、仔狐のあやめは「どうして?」と聞いた。

「何が?」

イルゼが聞き返すと、あやめは言った。

「人間じゃ無いって判ったのに、助けてくれたの?」

あやめが言うと、イルゼは「別に」と言った。

「なんとなくだよ。それより、忠告。もう、あそこには行くな。危ないのは、判っただろ?」

イルゼが言うと、あやめは頷いた。
そして、口で菖蒲を咥えながら言った。

「ありがとう。お兄ちゃんの名前、教えて貰ってもいい?」

あやめが聞くと、イルゼは答えた。

「イルゼ」

「イルゼ…、最後に教えて欲しいの…」

「何だ?」

「本当は、何で助けてくれたの?」

あやめが聞くと、イルゼは目を閉じた。

「本当に、何となくだ。お前が…嘘言ってないって思ったから。お母さんにソレ…持って行くんだろ?」

イルゼが言うと、あやめは頷いた。

「なら、また枯れる前に帰れよ」

そう言って、イルゼは帰ろうとすると、あやめが呼び止めた。

「待って!」

「ん?」

イルゼが振り返ると、あやめは腕に付けていた紐をイルゼに差し出した。

「何だよ?」

イルゼが聞くと、あやめは言った。

「お礼」

「…お礼なんていらないよ」

そう言って、イルゼは再び立ち去ろうとした。
すると、あやめは大きな声で叫んだ。

「お礼!」

それに、イルゼは小さく溜息を吐くと、しゃがみこんだ。

「折角だから貰うよ。もう、麻帆良学園には来るなよ?」

そう言うと、あやめは頷いた。
そして、イルゼは「じゃあな」と言って、今度こそ立ち去った。
黒い毛の小さな仔狐は、その影が小さくなるまで見守ると、母の待つ巣に駆け出した。




イルゼが寮に戻って来ると、木乃香はもう眠っていた。
エヴァンジェリンは、夜遅くに帰ってきたイルゼを見て、胸を撫で下ろした。
イルゼには気付かれない様に。
そして、イルゼが居間に入るのを躊躇していると、エヴァンジェリンは優しく微笑んだ。

「おかえり」

その言葉に、イルゼはハニカミながら、「ただいま」と言った。
エヴァンジェリンは、夕食に作ったイルゼの大好物のオムライスを、温めて、新しく卵を焼いた。
エヴァンジェリンは、机に座ってオムライスを食べるイルゼに一言だけ聞いた。

「何か…見つけられたか?」

エヴァンジェリンが聞くと、イルゼは首を振った。

「余計わからなくなったかも…。でもさ…」

「ん?」

「ばあちゃんが、「おかえり」って、言ってくれた時…。うぅん、何でもない」

イルゼは言おうとした言葉を取り下げた。
言葉に出来ないから。
エヴァンジェリンにも、判るから。
言わなかった。
言ったら、安くなってしまう気がしたから。

「ばあちゃん、おかわり!」

オムライスを食べきると、イルゼは満面の笑みで言った。
それに、エヴァンジェリンは優しく笑うと、イルゼの頭を撫でておかわりの準備をした。
イルゼは、小さな仔狐に貰った紅い紐を、なんとなく腕に結んだ。







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