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第66話『恐怖の麻帆良コースター』
「ッ――!ここ…は?」
イルゼが瞼を開くと、何故か草原に座っていた。
「なんだ――?」
イルゼが辺りを見渡しながら立ち上がると、ホンの僅かに身体に違和感を感じた。
「あれ?」
認識と行動がずれていた。
立ち上がろうと、右手を地面に押し付けると、イルゼの体勢は崩れてしまった。
「なん…で?」
なんとか、身体の動きを一々確認しながら立ち上がると、やはり知らない場所だった。
「どこだよ…ここは…」
すると、突然鋭い頭痛がした。
「ッ…!何だ?…俺は確か、白雪姫をやって、木乃香と亜里抄の劇を観て…、確か眠った筈だ。木乃香の隣で…。そうだ!木乃香!ばあちゃん!」
イルゼは叫びながら周囲を見渡した。
だが、返事は返って来なかった。
「なん…で?」
イルゼは分けが判らなかった。
だが、一番判らないのは…。
「知ってる…?何故だ…?ここは、デジタルワールドじゃない。それは判る。だが、こんな場所、来た覚えは無いぞ…。なのに…何故だ…」
イルゼは右手で額を押さえながら、眩暈がするのを感じた。
「ここは…、どこなんだよ…」
イルゼの声に、答える者は居なかった。
すると、突然視界が揺れた。
「なんだ!?」
イルゼの視界は波立つ様に鈍い色が覆った。
そして、それが徐々に晴れると、今度は知らない研究施設の小さな部屋にイルゼは居た。
そして、イルゼの身体はその部屋の手術台の上に縛り付けられていた。
――なんだよ…これ?
イルゼは声を出す事は愚か、身動き一つ出来なかった。
両腕や胸、両足、頭に至るまで、体中に黒いベルトで縛り付けられている。
口にも猿轡を噛まされ、喋る事が出来ない。
そして、部屋の何処からか扉の開く音が聞こえた。
身体を動かす事が出来ないイルゼには、それを音で確認するしか出来なかった。
そして、イルゼの視界に全身を真っ白なローブで包んだ男が現れた。
「ようやく…我々の…は…せい…る。…れば…モン様が…我等……くだ…る」
突然、視界が再びぼやけ、イルゼは男の言葉を聞き取る事は出来なかった。
そして、何処からか声が聞こえる。
『……ゼ!!起……よ!!イ…ゼ!!』
「だ…れだ?」
『…ルゼ!!イ……起きて!!イルゼ、起きて!!」
イルゼはぼやけた視界が徐々にはっきり映る様になるのを感じた。
「ここ…は?僕は一体…」
「僕?…どうしたんや?イルゼ、ずっと魘されてたで?汗もビッショリや」
イルゼの視界の中に、心配そうに見つめる木乃香の姿が在った。
「……君は…誰?」
「え?」
「…!?何を言ってるんだ俺は…。悪い木乃香、なんだか寝惚けてるみたいだ。どうも頭が働かない」
「ほんまに大丈夫?凄く苦しそうだったんやで?」
木乃香はイルゼに気遣う様に言った。
余程心配したのだろうか、木乃香の瞳は僅かに潤んでいた。
すると、居間へ通じる扉が開き、お盆の上に大きな湯の張ったボールをを載せたエヴァンジェリンが入って来た。
「起きたか…。大丈夫なのか?幾らなんでも尋常じゃ無かったぞ…」
魘されていた事を言っているのだろう。
イルゼは夢の話をしようか迷った。
知らない筈なのに知っている光景。
草原と研究施設。
そして、あの男。
突然、今まで一度も見た事が無かった夢を見たのだ。
――どうして…。
イルゼは纏まらない考えに首を振り、無理に笑って見せた。
「大丈夫だよ。ちょっと、怖い夢見てさ」
「怖い夢?…はぁ、心配したんだぞ?仕方無いな、今度は怖い夢を見ない様に暖かいミルクを入れてやろう。蜂蜜は無しだが、寝る前に飲むと心が休ま
るからな」
そう言うと、お盆をベッドの脇の小机の上におくと、エヴァンジェリンは部屋を出た。
木乃香はエヴァンジェリンの置いたお盆の上のボールからタオルを取り出すと、確りと絞りイルゼの顔に優しく当てた。
「汗びっしょりや。どんな夢見たん?」
木乃香に顔を拭かれるのまそのままに、イルゼはどうしたものかと悩んだ。
実際、嘘ではないが、どうしてか話したくなかった。
だから、適当に話をでっち上げた。
「あ…えっとな、なんかいきなしデッカイカボチャとに追われている狼に追われてる夢だよ」
「あはは、それって劇の影響なん?変な夢見るんやね、イルゼは」
「は…はは。それより、今は何時だ?」
「もうすぐ三時になる所やで」
「そうか…悪かったな。俺のせいで起しちゃったみたいでさ…」
イルゼが申し訳なさそうに頭を下げると、木乃香は首を振った。
「気にせんでええよ。イルゼが怖い夢で魘され取ったのを助けて上げられたんや。うちはそれが嬉しいで。せやから、気にせんといて」
「……木乃香…。ああ、でもこれじゃあ役目が逆だな。俺が木乃香を護りたいんだけどさ」
イルゼが言うと、木乃香はクスクスと笑った。
「何言ってるんや?護ってもらってるんやで?」
「え?」
木乃香の言葉に、イルゼが聞き返すと、丁度寝室にエヴァンジェリンがホットミルクを二つ持ってきた。
「ほら、これを飲んでまた寝ろ。明日は色々とイベントを見て回りたいからな。確り休め。明日が終わったら、休んでいた修行を再開だ。忙しくなるからな。
明日は思いっ切り楽しんで英気を養え」
「ありがと。うん、修行頑張らないとな」
「ありがとう。うちももっと沢山修行して魔法をもっと使いたい」
二人の言葉に、エヴァンジェリンはニッと笑い掛けると、「だったら」と言った。
「今日は確り寝なさい。イルゼ、ちゃんと私と木乃香が居るから、安心しろ」
エヴァンジェリンの言葉に、イルゼは嬉しげに目を細めた。
「うん」
それに、エヴァンジェリンは微笑むと、二人がホットミルクを飲み終わるのを待ってコップを流しに運んだ。
そして、イルゼと木乃香は寄り添う様に眠りに落ちた。
今度は、何も見なかった。
目覚ましの煩い音に起され、イルゼは重い瞼を開いた。
隣で木乃香は未だ気持ち良さそうに眠っているが、目覚ましの音に徐々に瞼が動き出した。
イルゼはベッドに内蔵されているデジタル時計の目覚まし解除ボタンを押すと、眼を覚ました木乃香に笑いかけた。
「おはよう、木乃香」
「ふあ…、おはようイルゼ」
木乃香も微笑みを返すと、木乃香は自分の唇をイルゼの唇に押し付けた。
それから、唇を離すと、木乃香はニコッと笑った。
「今度は怖い夢見いひんかった?」
その言葉に、イルゼは微笑むと「ああ」と、答えた。
「大丈夫だよ。それじゃあ、居間に行こう」
「うん」
二人が居間に入ると、エプロンを外しながらエヴァンジェリンがキッチンから出て来る所だった。
机にはBLTサンドが並んでいた。
「起きたか二人とも。さぁ、これを食べたらフェイを迎えに行って出かけるぞ」
「え?まだ早くない?」
エヴァンジェリンの言葉に、イルゼは首を傾げると、エヴァンジェリンは黙って壁の掛け時計を指した。
「って!もう、九時かよ!?」
時計を見たイルゼは驚いて声を上げた。
「ほんまや!?目覚ましは七時にセットした筈やのに…」
困惑した様に言う木乃香に、エヴァンジェリンは口を開いた。
「いや、二人とも夜中に一度起きてしまったからな。時間まで寝られる様に目覚ましの時間を変えておいたんだ。ほら、十時までには未だ時間が在る。ゆ
っくり食べなさい」
「「はぁい」」
それから、朝食を食べ終わり、イルゼは黒いシャツに紺色のジーンズを着、木乃香はブラウスにミニのピンクの縞の入ったスカート。エヴァンジェリンは
レディスシャツに紺色のピッタリしたジーンズを着た。
そして、隣の部屋にフェイを迎えに行くと、丁度学の兄の恭助と出会った。
「やぁ、君は確か学の友達だったね?」
恭助が602の部屋の扉の前で出て来たイルゼに言った。
「ん?あっ!学の兄ちゃん!恭助さん…だよな?」
「ああ、覚えてくれてありがとう」
「へへ、それより、学を迎えに来たのか?」
「ああ、そうだ。昨日はあまり回れなかったのでね、今日はたくさん楽しむつもりなんだ。君達は?」
「俺は、フェイ…学のルームメイトを迎えに来たんだ。学は恭助さんと回るの楽しみにしてたよ」
「そうか…、楽しみに…」
イルゼの言葉に、恭助は嬉しそうに微笑んだ。
すると、エヴァンジェリンが口を開いた。
「イルゼ、そちらの子は?」
エヴァンジェリンは幻術で大人になっている。
「ああ、学の兄ちゃんの伊集院恭助さん」
イルゼが紹介すると、恭助は礼儀正しくお辞儀をした。
「伊集院恭助です」
それに、エヴァンジェリンもお辞儀をして答えた。
「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言います。学君にはイルゼがお世話に成っています」
「いえ、学の方こそイルゼ君にはよくしてもらっている様で。つかぬ事をお聞きしますが、イルゼ君のご母堂様で?」
恭助の言葉に、エヴァンジェリンは首を振った。
「私はイルゼと木乃香の保護者代わりです。二人のお父さんに頼まれておりまして」
エヴァンジェリンが言うと、恭助は「そうなのですか」と、僅かに驚いた様に言った。
「失礼しました。ああ、そうだ。これをお渡ししておきましょう」
そう言うと、恭介は名刺を取り出した。
「これは?」
エヴァンジェリンが名刺に目を通すと、そこには恭助の名前と会社のロゴと名前と住所と役職名と電話番号などが書き筒ってあった。
「僕は、INCの麻帆良支部で社長をしています。携帯端末の研究やネットワークサービスの関係を受け持っていますので、何かありましたら是非」
「…社長。その歳で?」
エヴァンジェリンは恭助の言葉に目を丸くして聞いた。
「ええ、特別な申請なども必要でしたが、学生の社長は珍しくありません。僕自身、会社を任せられる技術はあると自負しています」
その恭助の言葉は、全くの真実なのだとエヴァンジェリンに確信させた。
その若さからは想像もつかない胆力、自信は自身の能力を信じているのだとエヴァンジェリンには理解出来た。
「分かったわ。何かあれば相談します。貴方も、何かあれば相談して頂戴ね?」
「ええ、判っていますよ…闇の福音」
その瞬間、空気が凍った。
イルゼと木乃香もギョッとして恭介を見た。
エヴァンジェリンは、射殺さんばかりの殺気を篭めて恭介を睨んでいる。
「何故…」
エヴァンジェリンが言うと、恭助はエヴァンジェリンの殺気を受け、額から汗を滲ませながらも口を開いた。
「別に…貴女の事を誰かに言ったり、そう言う事はしませんよ。それに、学は知りません。まぁ、僕も貴方方の側に居る。そう考えて頂いて結構です」
「馬鹿な!?…貴様、魔ほ…」
「ストップ。こんな場所でその単語は拙い。ですが、お答えしましょう。最初に答えますが、答えはノーです。僕は知識があるだけです。考えてみて下さい。
この地は麻帆良ですよ?そんな場所で、普通の企業が居ると思いますか?麻帆良が…管理しているこの地で」
「!…確かにな…。だが、学が知らないとは?」
「簡単ですよ。僕の両親は学にあまり関心が無い。だから、学には教えていないのです。それに…僕は学には関って欲しくない。危ないですからね。…で
も、隠し事をするのは…辛いのですが…」
エヴァンジェリンの言葉に、恭助は顔を歪めて言った。
「関心が無い…とは?」
エヴァンジェリンが聞くと、恭助は忌々しげに言った。
「学は…、自分の興味がある事には一生懸命になりますが、興味が無い事には集中出来ません。だから…、両親は学を落ち零れだと言い、全寮制のこ
の学園に追い出したんです…。だから…僕も少しでも学の力に成りたくて、麻帆良の支部を任せて欲しいと言ったんです。その時、麻帆良と言う土地に ついて知りました。現在、アチラの世界とコチラの世界を繋ぐネットワークの最終調整などをしているのも僕の会社です。その時に、貴女を知りました」
「……成程な。確かに、我々は、コチラの大企業等にも多かれ少なかれパイプラインを作ってある。INC程の巨大企業の社長が知らない筈がないか…」
エヴァンジェリンが納得した様に頷くと、恭助は口を開いた。
「この事は、学には内密に。…学は自分の道を歩んで欲しい。僕に出来るのは、両親の期待に答えて、学が歩く道を、両親に邪魔させない事だけですか
ら…」
「恭助さん…」
恭助の言葉に、イルゼは何を言えばいいのか判らなかった。
「君は、近衛木乃香ちゃん?」
すると、恭助は木乃香に話しかけた。
突然話し掛けられ、木乃香は目を丸くした。
「は、はい」
「学が君の事も話してくれたよ。学と、これからも仲良くして欲しいな」
その、恭助の言葉に、木乃香はニコッと笑って「はい」と答えた。
それから、学とフェイの部屋のインターホンを鳴らすと、直ぐにワイシャツに長ズボンの学と、白いシャツにチェックのスカートを履いたフェイが出て来た。
「おはよう」
恭助が学に挨拶すると、学も嬉しそうに挨拶を返した。
フェイもイルゼ達に挨拶すると、二人揃って部屋に戻り、直ぐに準備を終えて戻って来た。
一階の玄関まで一緒に降りると、学と恭介は先に外に出た。
イルゼ達は玄関ホールでパンフレットを広げている。
エヴァンジェリンがイルゼに聞いた。
「さて、どこに向かう?」
イルゼがパンフレットを見ると、幾つかのアトラクションがマーカーでマークされていた。
「そうだな…、何処に行こうか…」
イルゼは少し考えると言った。
「よし、まずは『麻帆良コースター』に行ってみよう」
それから、一向は『麻帆良コースター』のアトラクションに向かった。
麻帆良コースターは、大学部が作った遊園地エリアに在った。
他にも面白そうなアトラクションがあるが、イルゼは遊園地エリアを縦横無尽に駆け回る麻帆良コースターに興奮を隠せなかった。
「すっげえ!!早く行こうぜ!!ばあちゃん、木乃香、フェイ!」
イルゼが駆け出して行くのを、木乃香とフェイが慌てて追いかけた。
「まってやイルゼ!!」
「待ってよぉ!」
その様子に、エヴァンジェリンは「やれやれ」と苦笑しながら認識阻害を使い、ノーアクションの瞬動をしながら、フェイと木乃香、イルゼを追いかけた。
瞬動は、未熟であると、アクションが大きく、着地時に地面を強打してしまい、風を怒らせて仕舞う。
だが、エヴァンジェリン程の使い手になれば、気配を消し、空気を微動すらさせず、大地を僅かにも浮き上がらせずに移動する事が可能だ。
暗殺者でもなければ、瞬動をそこまで極める者は少ないが、エヴァンジェリンは命を狙われる事が多かった為に鍛えられたスキルなのだ。
認識阻害の魔法も手伝い、誰にも気付かれずに、エヴァンジェリンはイルゼ達の背後に移動した。
だが、それを見ていた者が一人だけ居た。
「ありゃりゃりゃ!?今のって、瞬間移動!?わぁお、あの人もあんな事してたし、もしかしてあの人って…。あれ?イルゼや木乃香と一緒?あっ!そう言
えば、あの人は二人の親代わりの人だ!これは、調査の必要ありね!よっしゃ!」
そう言って、一人の少女が駆け出して行った。
そして、見られていた事に気が付かず、エヴァンジェリンはイルゼ達と共に麻帆良コースターの列に並んだ。
物凄い絶叫が上から降り注ぎ、フェイはガタガタと振るえ、涙目になっている。
木乃香も表情が心なしか硬い。
「ん?二人とも、もしかしてジェットコースターは苦手か?…それなら、残念だが別のに…」
イルゼが二人を気遣って言うと、二人とも首を横に振った。
「だ、大丈夫。ぼぼ…僕、ぜ、全然怖くなんか…」
「そ、そやで、ココ、コースターなんか、コーヒーカップに敷いて見せるで!!」
そう言う二人の様子は、若干青褪めて見えた。
――まぁ、二人が大丈夫と言うなら…。
そう考えると、イルゼは上を走るジェットコースターを見て、心を躍らせた。
「俺、こういうの初めてだから楽しみだな」
イルゼが言うと、エヴァンジェリンは口を開いた。
「なら、夏休みには遊園地に連れて行ってやろう。なぁに、今、近右衛門の奴と共同で色々と研究していてな。誰にも私だと気付かれない様に出来る術が
もうすぐ完成するんだ」
「誰にも気付かれないって?」
上から降ってくる悲鳴と、徐々に緊張感を高めるドラムの音が鳴り響いているので、イルゼとエヴァンジェリンの会話が誰かに漏れる心配は無かった。
「強力な認識阻害でな。魔力の質から、臭い、あらゆる物を誤魔化すんだ。探査の魔法にも引っ掛からない。とは言え、かなり難しい術式で、魔力も相応
に喰う。要は、私が私であると認識出来ないだけだから、あまり用途は無いのだが、私が外に出るには中々に使える術になる筈だ」
「へえ、じゃあばあちゃんと一緒に旅行にも出掛けられるんだな」
「ああ、そうだ」
「楽しみだな。皆で旅行か」
「山や海に行くのもいいな。それに、夏休みは一度京都にも帰るんだろう?」
「ああ、詠春や刹那にも会いたいしな。ばあちゃんも一緒に来るよな?」
「……まぁ、術が完成したら…だな」
「なら、それまで待つよ。な?木乃香」
「ふえ?なななな、何?」
イルゼが首を向けると、木乃香とフェイは抱き合う様に涙目で震えていた。
天井からは悲鳴、壁からはドラム音だ。
「はぁ、本当に怖いのなら無理する必要はないんだぞ」
イルゼが言うと、二人は首を大きく振った。
「ぜ、全然大丈夫!」
「せ、せや!ほ、本当に大丈夫なんやえ?」
二人の言葉を信じるべきかどうか迷ったが、エヴァンジェリンが苦笑しながら言った。
「こう言うのは、一度乗れば慣れるだろうさ。心を強くする、良い修行だ。フェイも、気弱なのが直るかもしれないぞ?」
エヴァンジェリンの言葉に、イルゼは「そんなもんなんかなぁ…」と、苦笑しながら、震える二人を見た。
そうして、イルゼ達の番が回ってきた。
ジェットコースターは横に三列、縦に縦列席が並んでいる。
そして、イルゼ達は一番先頭だった。
「「……………!!」」
木乃香とフェイは絶句して言葉が出ない様で、イルゼの両腕を抱き締めながら、今にも崩れ落ちかねない様子だった。
「お、おい…。なんなら今からでも止めて…」
「だ、大丈夫!」
「せ、せや!大丈夫や!」
イルゼが言うと、木乃香とフェイは、イルゼを引っ張るように、右にフェイ、左に木乃香がイルゼを真ん中に座らせて座った。
後ろにエヴァンジェリンが、呆れた様に苦笑していた。
「ば、ばあちゃん。笑い事じゃないぞ。本当に大丈夫なのか?二人とも」
イルゼが心配気に言うと、二人はブンブンと音が成程の勢いで頷いた。
そして、天井からベルが響いた。
そして、アナウンスが流れる。
『それでは!麻帆良コースターにご来場ありがとうございます!当アトラクションは、最高の衝撃と恐怖と高まる動悸をプレゼントいたします!』
――ろ、碌な物がプレゼントされないな…。
イルゼはそう考えていると、席のストッパーが降り、二人はイルゼの両手を掴んだ。
「お、おい。危ないから俺の手じゃなくてストッパーを持った方がいいぞ…」
イルゼがそう言うが、二人は首を振った。
「も、持ってて…」
「イ、イルゼェ」
涙目で頼まれ、イルゼは頷く以外に道は無かった。
両手をストッパーに掛けられず、しかも先頭だ。
イルゼはちょっとだけ怖くなった。
『それでは!麻帆良コースター出発です!いってらっしゃ…』
アナウンスは最後まで聞こえなかった。
いきなり凄まじい速度で全身が後ろに引っ張られる感じだった。
息をするのも大変な程の風が来る。
「い、いきなり!?」
隣の二人は声も出ないらしい。
そして、ジェットコースターは坂道を登り始めた。
突然、減速して…。
「……はぁ、こ、怖かった。もう、終わり?」
フェイが安心した様に言った。
「こ、怖かったぁ…」
木乃香も、もう終わった様に言った。
だが、実際はまだ一割も来ていない。
そして、今はただ、坂道を登っているだけだ。
――言うべきか…?
イルゼは迷った。
言わなければ余計に恐怖のあまり失神してしまうのではないか?そう考えた。
だが、言っても失神しかねない程、二人は安心感に浸っている。
自分の手で地獄に落とす真似はしたくなかった。
――だが…言わないと…。
「ふ、二人とも…」
「なんや?イルゼ?」
「なぁに?」
「ま、まだ一割程度しか終わっていない。今は、落下する為に登っている最中だ…。ちなみに、あと三秒で落下する…」
その、イルゼの言葉に、俯いていた顔を二人は前に向けた。
そして…。
「う…そ…」
「あ…ああ…」
二人は絶望の声を上げた。
そして、そのまま、一瞬線路が見えなくなり、麻帆良山の絶景が拝めた。
そして、眼下には麻帆良学園の全景が。
イルゼはそれに感動を覚えていたが、次の瞬間、ほぼ垂直に、ジェットコースターは落下を始めた。
そして、イルゼは持っていた二人の手から力が抜けるのを感じた。
だが、イルゼは先にカメラがあるのを見つけて、頑張って二人の手を引いて、二人の顔を持ち、カメラに向かって笑った。
そのまま、ジェットコースターは無失速で時に回転しながら、遊園地エリアを縦横無尽に疾走した。
そして、ゴールに帰って来ると、イルゼはストッパーを上げ、二人を見ると、二人とも眼を回してグッタリしていた。
「……はぁ」
それに、つい溜息を吐きながら、後ろから降りたエヴァンジェリンと一緒に二人を抱えて写真を渡してくれる休憩室の長いすに二人を寝かせた。
「だから言ったのに…」
「ふえぇぇ」
「ふにゃぁ」
グッタリしている二人を見下ろしながら、イルゼは頭を掻いた。
すると、エヴァンジェリンが写真を買って来た。
「ほら、イルゼ達が写っているぞ…」
そう言って、エヴァンジェリンが見せると、イルゼが首をだらんとさせている二人の頭を持って笑っていると言うなんとも悪趣味な写真だった。
「……二人に…見せない方がいいな…」
「そうだな…」
エヴァンジェリンとイルゼは、二人が回復するまで、のんびりとジュースを飲んでいた。
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