第62話『二日目の始まりなの♪』


翌日、イルゼも立ち直った様で、木乃香と一緒に学校に出掛けて行った。
エヴァンジェリンは時計を確認し、桃子に電話を掛けた。
近右衛門も時間が出来たので、さよのフィアンセとして、幻術を解いて来る事になったのだ。
アスナとタカミチも加わり、その旨を伝える為だ。
何度か電子音が鳴り、男性の声が聞こえた。

「もしもし、カフェ・グリーンです」

「朝早く申し訳ありません。エヴァンジェリンと申します。桃子さんはいらっしゃいますか?」

なんとなく電話は慣れないな、と思いながらエヴァンジェリンは言った。

「あぁ、貴女がエヴァンジェリンさんですか。私は桃子の夫の士郎と言います。いやぁ、家内が何時もお世話になっております!」

「いえいえ、こちらこそ桃子さんには本当にお世話に成りっ放しでして…」

士郎の言葉に、エヴァンジェリンは柄にも無く恐縮して言った。

「いやぁ、桃子もエヴァンジェリンさんの様な方とお友達に慣れた事を喜んでおりまして、毎日の様に話て…あっ!こら、待ちなさい!」

士郎の言葉の途中に、突然電話の向こうが騒がしくなった。
そして、電話の先から桃子の声が聞こえてきた。

「あっ!もしもしエヴァ?ごめんなさいねぇ、うちの人ったら話が長くて。今日はお昼からよね?」

「ああ、そうなんだが…」

電話を代わった桃子に、エヴァンジェリンは歯切れが悪くなった。

「どうしたの?」

「実は、数人ほど一緒になるんだがいいか?さよのフィアンセと、知り合いの…親子?なんだが」

エヴァンジェリンが言うと、桃子は何でもないように言った。

「いいわ。大勢の方が楽しいしね。確認すると、一時半からイルゼ君のクラス、二時五十分から木乃香ちゃんのクラスだったわね?」

「ああ、お昼になったらなのはちゃんの所でホットドッグを食べてから劇場に向かう。それでいいな?」

「ううん、なのはじゃなくて美由希の方。そう言えば、なのはのクラスメイトの蓮ちゃんと嵐君ってイルゼ君の部活の先輩らしいわね」

「そうだったかな?あまり部活の仲間の話は聞かないからな…」

エヴァンジェリンが言うと、桃子は厳しい口調になった。

「駄目よ!ちゃんと、イルゼ君達から言わなくてもイルゼ君や木乃香ちゃんの学校での話しを聞いて上げなきゃ。そう言うちょっとしたスキンシップも大切
なのよ!」

桃子の剣幕に、エヴァンジェリンはビクッとしながら言った。

「わ、判った」

「よろしい!それじゃあ、私はグリーンのランチメニューをたくさんストックしなくちゃいけないから」

「あ、ああ。すまんな。さよ達と迎えに行く」

「ええ、じゃあねエヴァ。待ってるわ」

「ああ。それじゃあ」

そう言って、エヴァンジェリンは電話を切った。

「ふぅ、電話は疲れるな。やはり相手がいないのに言葉を交わすと言うのはどうも…」

ブツブツと言いながら、エヴァンジェリンは服を着替えた。
この日の為に、近右衛門に頼んで注文してもらい、数日前に来た『ライカ銀座店』のM型のカメラで、値段は5桁越えの超高級カメラを新調した。
8mmビデオカメラにも新品のカセットを装填してある。
大き目のカバンに、新品のフィルムとカセット、そしてライカのカメラと8mmビデオを仕舞い込み、エヴァンジェリンはニヤリと笑った。

「完璧だ。フフフ、二人の雄姿をしっかりとカメラに抑えねばな!!そうだ!これを期に二人の成長記録をつけよう!!そうなるとアルバムも買わんとな。
そう言えば、来年は七五三と言うのがあるらしいな。フフフ、詠春め、木乃香は京都には帰さんぞ。私が一緒に写ってやる!フハハハ!私は悪の魔法使
いだからな!それっくらいしてもいいのだ!フハハハ!」

エヴァンジェリンが一人、部屋で高笑いを上げているのを、一体の人形が呆れた視線を送っていた。

――御主人…、それって悪なのか?

そのまま、再び人形は沈黙した。
そして、エヴァンジェリンは幻術で姿を変えると、洋服部屋から黒いシンプルなドレスを出した。
そして、着てから気が付いた。

「……この格好で大きな荷物を持ったら変か?」

姿見の前で確認するまでもなく、カメラやビデオの入ったカバンを持つには、あまり適していない。
子供の劇を見に行くのに気合が入りすぎていたエヴァンジェリンは、それでようやく頭を冷やした。

「まぁ…別のにするか…」

そう言って、エヴァンジェリンは白の襟が少し個性的でスッキリとシャープなブラウスに、黒のスーツスカートとスーツジャケットを着た。
ブランド物で、セクシーかつクールなスーツだ。
スカートは腰から腿にかけて窄まり、そこから膝下まで広がりを持っている。
ジャケットの方は、胸を強調し、ピッタリとして体のラインが強調されるデザインだ。
これは、桃子と一緒に買いに行った服で、エヴァンジェリンもお気に入りの一着だ。
入学式や卒業式にも着れる物で、冠婚葬祭に融通の効く服だ。

それから、エヴァンジェリンは同じくブランド物のショルダーバッグを持ち出した。
実はこれ、カリフォルニア州サンディエゴで開催された第4回ルイ・ヴィトン・カップを記念して、リリースされた限定シリーズだ。
太平洋に沈む夕日をイメージにしたマホガニー色の素材に、ルイヴィトンカップのロゴがプリントされたモノで、長旅での使用に耐えるように、皮革は特別
なトリートメントで加工されている。
そして、バッグの留め鍵はサンディエゴで有名な鯨を象っているのだ。
あまりにも見事な装飾と色合いに、エヴァンジェリンは一目惚れしてしまい、即決で買ってしまったバッグだ。
そのバッグに、エヴァンジェリンは魔法を使った。

「スパティアム・ラタス!空間よ広がれ!」

指先が光ると同時に、バッグ自体も光り輝いた。

「よしよし、これで入れられるな。いやぁ、魔法って便利だ!」

ニコニコしながらビデオとカメラを仕舞い込み、ウキウキしながらエヴァンジェリンは財布や家族用の招待状を確認し、出掛けた。
勿論、扉からでは無く、修行場へだ。
そして、結界を一時的に解除し、近右衛門邸に入って行った。
玄関のチャイムを鳴らすと、白のハイネックのセーターに、黒のロングのフェミニンスカートを履き、長い髪を青いシュシュで纏めた姿のさよが出迎えた。

「おはよう、さよ」

エヴァンジェリンが挨拶すると、さよもニッコリと笑った。

「おはよう、エヴァ。ちょっと、近右衛門君が最後の仕事を片付けてるの。だから少しだけ待っててね。タカミチさんやアスナちゃんはもう来てるから。一緒
に待ちましょう」

「なんだ?仕事を終わらせてなかったのか」

エヴァンジェリンが言うと、さよは肩を竦めた。

「それがね、魔法先生の一人が何だか騒いだらしくて、それでお仕事がずれ込んじゃったの」

「騒いだ?何かあったのか?」

エヴァンジェリンが聞くと、さよは首を横に振った。

「判らないの。ただ、ガンドルフィーニって言う先生が、何か言ったらしくて、近右衛門君が怒っちゃったの。それも原因かな?」

「ガンドルフィーニか。あいつは真面目過ぎるのが玉に瑕なんだ。恐らくは近右衛門と意見が衝突したんだろう。まぁ、中々骨がある奴だからな、あれだ
けの戦いを見た後でも、意見を言えるのだからな」

「ふぅん。とりあえず中に入って。近右衛門君のお仕事も桃子を迎えに行く前には終わってると思うから」

さよの言葉に、エヴァンジェリンは頷くと玄関から家に上がった。
玄関のすぐ前には二階に上がる階段があるが、それを無視して階段脇の廊下を通り、リビングに入った。
そこには既にアスナとタカミチが座っていた。
二人はみかんを食べながらテレビを見ていたが、エヴァンジェリンが入ってくるのに気付いて顔を向けた。

「おはようタカミチ、それにアスナも」

エヴァンジェリンが挨拶すると、タカミチも返した。

「おはようございます、エヴァンジェリンさん」

タカミチに習って、アスナも頭を下げた。

「おはよう…ございます」

アスナは若干、昨晩の印象が抜け切らず、エヴァンジェリンを若干恐れている感じだった。
それに気が付き、エヴァンジェリンは苦笑した。

「別に、何もしたりせんさ。だが、一つ頼みたい事がある」

「頼みたい事?」

「そうだ。イルゼの事なんだが、仲良くして欲しい」

その言葉に、アスナは目を見開いた。

「別に…仲良くしたくない訳じゃない…」

そのアスナの言葉に、エヴァンジェリンは溜息を吐いた。

「イルゼは人とは少し違う。でもな、それでもイルゼは間違いなくイルゼなんだ。印象だけで無く、ちゃんとイルゼと話して、触れ合って、それからイルゼの
事を決めてくれ」

エヴァンジェリンが言うと、アスナはつい言い返そうとしたが、エヴァンジェリンの瞳に見つめられ、何も言えなかった。
どうしてか判らないが、逆らえない、逆らいたくない気持ちになった。
そして、僅かに、胸が痛んだ。
エヴァンジェリン達は勘違いしている。
アスナが本当にイルゼと橇が合わないのは、ただ、彼女がイルゼに嫉妬しているからなのだ。
近右衛門やエヴァンジェリンに愛されているイルゼが、少し羨ましくなってしまったのだ。
だが、その気持ちを、抑えないといけないと判っても居た。
だから、アスナは頷いた。
どうしても、目の前の人に嫌って欲しくないから。


「ごめん…なさい」

と、謝った。
それに、タカミチは驚いたが、エヴァンジェリンは微笑んでアスナの頭を撫でた。
そして、アスナは目を細めてそれを甘受した。

そして、しばらくすると近右衛門が仕事を終えてリビングにやって来た。

「すまんのう、待たせてしまって」

老人の姿のまま頭を下げると、近右衛門は幻術を解除した。
姿を現したのは穏やかな表情を浮べる美青年だった。
老人の時は隠れていたが、頬には薄い傷跡がある。
長く艶やかな黒髪を紫の紐で纏めている。
近右衛門の変身に、アスナは目を見開いた。

「え?え?え?」

あまりの事に、アスナは呆然としていると、近右衛門はその姿に似合わぬ老人の様な笑い声を上げるとアスナに近づいた。

「こっちが真の姿なんじゃよ。どうじゃ?かっこいいじゃろ?」

戯ける様に言うと、アスナは呆然と近右衛門を見つめた。
確かに、誰も否定出来ないほどの美青年だ。
老成した雰囲気や、頬の傷跡も、彼の美しさに拍車をかけている。

「それにしても吃驚ですよ。昨日はいきなりその姿を見せられて。仙人ですか…、凄いですね」

タカミチが感心した様に溜息を吐き言うと、エヴァンジェリンが苦笑した。

「爺ぃの時と違い過ぎるからな。まぁ、穏やかな顔をしてても獣だからアスナを近づけん方がいいぞ。さよと本契約を交わしているんだからな」

「………」

その言葉に、タカミチだけでなく、アスナも顔を赤らめた。

「?…お前、本契約について知ってるのか?」

そのアスナのリアクションに、エヴァンジェリンは驚いた様に聞いた。

「ち…知識だけ。だ、大丈夫。私はまだしょじ…」

「ストップ!ブレイクブレイク!!何言い出そうとしてるんですかお姫様!!」

「敬語、それにお姫様じゃなくてアスナ」

アスナの言おうとした言葉に焦って止めたタカミチにアスナはジトッとした目を向けた。

「あ、ごめん。でもアスナ、そんな、そう言うのはレディーが言うものじゃ…」

「だって…」

「?」

タカミチの言葉に、アスナは顔を伏せて言った。

「だって、タカミチが気になるかなって思ったから…」

「へ!?………あ、アスナ!?」

アスナの事ばに、タカミチは顔を真っ赤にして叫んだ。

「ふむ、まぁ…法律上ではどうなるのかのう…?実年齢ならばOKじゃろうが…」

「フッ、その程度の逆境を乗り越えられねば私の弟子など百年早いさ」

「大丈夫ですよタカミチさん!周りの目が痛いかもしれませんけど、私達は理解してますから!」

次々に理解を示す三人に、タカミチは焦った。

「ちょ、ちょっと!何を理解示してるんですか!?」

タカミチが慌てて叫ぶと、アスナがタカミチの服の袖を掴んだ。

「あ、アスナ?」

「タカミチ…、私じゃ嫌?」

その言葉に、タカミチは固まった。
そして、頭の中で何度も言葉を反芻し、絶叫した。

「な、な、な、な、な!!なああああああああああ!?!?」

顔を真っ赤にしながら頭を抱えて叫ぶと、タカミチは視た。
アスナ、近右衛門、エヴァンジェリンが肩を震わせているのを。

「もしかして…からかわれてます?僕…」

「当然」

「当然じゃよ」

「当然でしょ?」

「え?そうだったんですか!?」

エヴァンジェリン、近右衛門、アスナの順にニヤリと笑って言うと、さよは驚いて目を丸くした。

「さ…さよさん」

さよの言葉に、タカミチはグッタリと膝を折った。

「まぁ、理解はあるつもりじゃ。お主が漢を見せるなら、儂は何も言うつもりはないぞ」

ククッと笑いながら近右衛門は言った。

「ああ、全くだ。安心しろ。愛に年齢など関係無いと言うだろ。さっきはからかったが、お前が進む道を、私はとやかく言わんさ」

ニヤニヤと笑いながらエヴァンジェリンは言った。

「まぁ、タカミチがカッコいい所を見せてくれたら…考えてあげてもいいわよ?」

顔を赤らめながら、アスナが言った。
それらの言葉に、タカミチは頭を抱えた。

「間違ってる…。何かが間違ってる…」

そして、エヴァンジェリンが時計を見ると口を開いた。

「そろそろ行くぞ。もうすぐ桃子を迎えに行く時間だ」

エヴァンジェリンが言うと、近右衛門とさよも頷いた。

「ほら、行くわよタカミチ」

そして、アスナがタカミチを無理矢理立たせて歩き出した。
カフェ・グリーンに到着すると、白いブラウスに赤いロングスカート、黒のカーディガンと言う格好の桃子が通りに出てエヴァンジェリン達を待っていた。

「待たせたか?」

エヴァンジェリンが聞くと、桃子は首を横に振った。

「いいえ、全然」

ニッコリと微笑みながらエヴァンジェリンと語らう桃子の傍らから、三人の少女が出て来た。

「お母さん、私達中等部の方に遊びに行ってきます」

三人の少女の一人で、桃子と同じ茶髪のツインテールの可愛らしい女の子が言った。

「あら、なのは。丁度いいわ。行く前に挨拶して行って。この人は私の友達のエヴァンジェリンさんよ」

桃子の言葉に、なのはは驚いて目を丸くすると、エヴァンジェリンを見た。

「えっと、なのはです。高町なのは、小学三年生です」

すると、隣に居た女の子が口を開いた。

「私はアリサ・バニングスです。よろしくお願いします」

金髪のなのはと同じくツインテールの目付きが少し鋭い少女、アリサが名乗った。
そして、その隣の女の子が口を開いた。

「私は月村すずかです。よろしくお願いします」

礼儀正しく名乗ると、すずかは頭を下げた。
それに感心しながら、エヴァンジェリンも頭を下げた。

「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。よろしくお願いね。三人とも礼儀正しくていい子ね」

三人の頭を優しく撫でながらエヴァンジェリンは言った。
その言葉に三人は照れた様にお互いに顔を見合わせて微笑むと、なのはがアスナに気が付いた。
そして、なのははアスナに近づくと微笑んだ。

「私は高町なのは。みんなはなのはって呼ぶの。よろしくね」

ニッコリと微笑みながら手を差し伸べるなのはに、アスナも僅かに微笑んで握り返した。

「アスナ。神楽坂明日菜」

「よろしく、アスナちゃん」

なのはが言うと、アリサとすずかもアスナに近づいた。

「私はアリサよ。よろしく!」

「私はすずか。よろしくね」

二人も笑顔で挨拶すると、アスナも「よろしく」と言って返した。
すると、通りの反対から黒髪の少年がやって来た。

「おぉい!なのは、アリサ、すずか!」

少年はなのは達を呼んだ。

「あっ!クロノ君!それじゃあ、私達行くね。また何時か会おうね!」

そう言うと、なのははクロノの元に駆け寄った。

「まったく、あの子はクロノに会うとああなんだから」

ブツブツと文句を言いながらも、クロノの元に歩き出したアリサを追って、すずかもアスナに手を振ると離れて行った。
その様子を微笑ましげに見ていた桃子は、店内に声を掛けた。

「それじゃあ、私は行って来ます!夕方には戻って来るから!」

桃子が叫ぶと、中から青年の声が返ってきた。

「了解!忍も手伝いに来てくれるから問題無いよ!いってらっしゃい、母さん!」

その声に、「いってきまぁす!」と叫ぶと、桃子はエヴァンジェリン達に「行きましょ」と言った。
時間はもうすぐ劇場が開く時間になっていた。




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