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第63話『始まり始まり』
イルゼは、木乃香と途中で分かれてミス研の店に行き、開店の準備を手伝った。
既に、イルゼ以外のメンバーは集合していた。
「あっちゃぁ…俺が最後か」
イルゼが慌てて「おっす!」と言いながらフェイがふらつきながら持ち上げている看板を一緒に持った。
「おはよう。僕達もさっき来たばかりだよ」
フェイがニコッと笑いながら言うと、イルゼもニッと笑って「そうか」と答えた。
他の皆もイルゼに挨拶すると、イルゼも返した。
店の準備は殆どが終わっている。
今日はある意味で麻帆良祭の本番だ。
ミス研のやきそば屋は三日目は休業。
どうしてか?
それは、三日目はたくさんのイベントがあるからだ。
三日目には最終日イベントや、カップルイベントなど、本当に盛り沢山なので、秀が前以て言っていたのだ。
だから、一日目と二日目は秀と輝夜は殆どフルで働いた。
イルゼ達も、イルゼ、木乃香、亜里抄のそれぞれのクラスの出し物が終わったらラストスパートを手伝う。
ちなみに、三日目はイルゼはエヴァンジェリン、木乃香、それにフェイと回る予定だ。
本当は、エヴァンジェリンと木乃香とだけの予定だったが、フェイが一人出回る事になりそうだったので、エヴァンジェリンが一緒に回る事を提案したの
だ。
木乃香もイルゼも大賛成で、最終日は四人で回る事になった。
ちなみに、学は兄の恭介と回る事になっているそうだ。
恭助は工学部で見たいアトラクションがあると張り切っているそうだ。
初日に来たイメージからは想像つかないが、あれで子供らしい所もあるそうだ。
「なぁ、イルゼ」
ゴミ箱を設置して、その中に新品のゴミ袋をセットしながら亜里抄がイルゼに言った。
「ん?なんだ亜里抄?」
「お前昨日…んにゃ、気のせいだな。なんでもない」
「?…変な奴だな」
イルゼは亜里抄に苦笑しながら言った。
「そうだ、イルゼ」
すると、今度は剥がれていたメニューの看板を屋根にしっかりと釘で打ち直している嵐が口を開いた。
「今日は俺達、夕方にクラスのドーナッツ屋やってるから覗きに来てよ」
嵐の言葉に、イルゼは「オーケー!」と返事をした。
「確か、校舎の近くだったよな?」
「そう、よろしくね!」
「オーライ!」
嵐の言葉に、サムズアップして答えると、フェイに「手ぇ離してな」と言うと、看板を屋台の傍に立て掛けた。
「でも、残念ッスね。イルゼや亜里抄の劇も見に行きたかったッスぅ」
蓮が残念そうに言うと、嵐は肩を竦めた。
「まっ!報道部がビデオを販売するらしいし、それを買って鑑賞会でもすればいいじゃない」
その言葉に、蓮も渋々頷いた。
「皆、頑張るッスよ!」
蓮の応援に、イルゼ、学、フェイ、亜里抄は確りと頷いた。
それから、準備を終えると亜里抄を残してイルゼとフェイと学は劇場に向かった。
お昼の部、最初がイルゼ達のクラスで、次が木乃香のクラス。最後に亜里抄のクラスで連続しているのだ。
劇場内は幾つかのホールがあり、時間が重複しなかったのは凄い幸運だった。
「俺達は裏口から入るんだったな?」
イルゼが確認する様に学に聞くと、学は頷いた。
「そうだよ。準備を終えたら、ついに本番さ。頑張ってね、二人とも!」
学の激励に、イルゼはニッと笑って「おう!」と答えた。
だが、フェイは不安でいっぱいになり、若干震えていた。
だが、イルゼが抱き締めるようにフェイの肩に腕を回した。
「安心しろって!俺も一緒なんだしよ、大船に乗ったつもりでいろ。一緒に頑張ろうぜ!」
そう言うと、イルゼはニッと笑うとフェイから手を離して先を歩き始めた。
フェイも緊張が解けたが、代わりに顔を赤くして続いた。
「一応、最後に要所要所のリハは出来る時間が在る筈だから、頑張ろうね」
学が言うと、イルゼはサムズアップした。
「判ってるって!皆で頑張って来たからな。絶対に巧く行くぜ!」
そうして、イルゼ達は裏口から劇場に入って行った。
劇場の廊下を歩き、イルゼ達のクラスが使う『麻帆良第三劇場・第一ホール』の準備室に入った。
現在ホールは、午前の部の5年生が『眠れる森の美女』の劇の準備をしている。
だから、イルゼ達は準備室で待機するのだ。
中に入ると、もう殆どのメンバーが揃って準備を始めていた。
「おっ!イルゼ、学、フェイ!来たか!」
手塚が衣装を合わせている手を止めて入口に近づいて来た。
「おっす!悪いな、遅れたか?」
イルゼが言うと、手塚は首を横に振った。
「一応揃っては来てるが、まだ須藤達や不破が来ていない」
手塚の言葉に、イルゼは「そっか」とだけ言うと中に入った。
エヴァンジェリン、さよ、近右衛門、桃子、タカミチ、アスナの六人は桃子の娘の美由紀の在籍している高等部2−Bのホットドッグ屋に来ていた。
桃子は美由紀と何事か話しているをの遠目に視ながら、エヴァンジェリン達は購入したマスタードたっぷりのホットドッグを食べている。
「エヴァンジェリンよ、ビデオカメラの準備は十全じゃな?」
「フッ、愚問だな。昨日から何十回も機能不全が無いかを点検した。フィルムやカセットも、新品を多めに持ってきている。用意は万全だ!」
近右衛門の真剣な眼差しに、エヴァンジェリンは挑戦的な笑みを浮かべて言い放った。
「うむ、確かに愚問であったな」
フフフフと笑い合う老人コンビに、タカミチは呆れながらホットドッグを平らげた。
すうと、アスナが服の袖を引っ張るのを気づいた。
「なんだい?」
しゃがんでアスナに目線を合わせると、アスナはポケットからハンカチを取り出して、タカミチの頬に付いたケチャップを拭った。
「タカミチがだらしないと私も恥しいから気を付けなさい」
まるで立場が逆な光景に、戻って来た桃子はクスクスと笑った。
「あらあら、アスナちゃんはタカミチさんの奥さんみたいね」
その言葉に、タカミチはガックリと肩を落とした。
「桃子さん…」
「よぉし、そろそろ向かうか。家族席と言っても並んで座るには早めに入場する必要があるだろう」
エヴァンジェリンの提案に、一同は頷くと劇場に向かった。
途中で、エヴァンジェリンの前に金髪の少女が立ち止まった。
「?」
エヴァンジェリンも立ち止まって首を傾げた。
すると、少女は顔を上げた。
「おっ!エヴァンジェリンさん。こんにちは!」
少女、寿亜里抄はニッと笑いながら挨拶した。
「えっと…」
エヴァンジェリンは少女の事を思い出そうと記憶を探った。
「あっ!イルゼの部活の…確か寿亜里抄さん…だったかしら?」
エヴァンジェリンが言うと、亜里抄は頷いた。
「エヴァンジェリンさんも劇場に?」
「ええ、もうすぐイルゼ達の劇が始まるからね」
亜里抄の言葉に、エヴァンジェリンは頷いて答えた。
「じゃあ、途中まで一緒に行っていいですか?アタシも向かってる所なんです」
「ええ、勿論」
亜里抄の言葉に、エヴァンジェリンはニコッと笑いながら了承した。
「………」
「?どうしたのかしら?」
突然、亜里抄がエヴァンジェリンの顔を見つめて黙ってしまい、エヴァンジェリンは首を傾げた。
すると、亜里抄は「ううん」と首を振った。
そして、亜里抄は後ろのアスナに挨拶して歩き出した。
首を傾げながら、エヴァンジェリンは劇場に向かって再び歩き出した。
そして、劇場に着くと、亜里抄が言った。
「それじゃあアタシは生徒用の入口から行くんで!」
「ええ、それじゃあね」
そう言って、亜里抄は離れて行った。
そして、エヴァンジェリンはどうしてか判らないが、亜里抄に言い知れぬ懐かしさを感じてその後姿を少しの間、見つめていた。
「……アイツは…」
固まっているエヴァンジェリンに、桃子が首を傾げた。
「どうしたの?エヴァ」
桃子がエヴァンジェリンの肩に手を掛けると、エヴァンジェリンは「何でもない」と首を振って歩き出した。
そして、劇場に入場し、受付で家族の招待状を見せると、係員が案内してくれたのは一番前の列だった。
「一番乗りだったようだねぇ」
近右衛門は桃子がいるので爺ぃ口調をやめている。
その姿はむしろ胡散臭いとエヴァンジェリンは感じつつ言わなかった。
席に荷物を下ろすと、身体強化していたので苦ではなかったが、それでも精神的に体が軽くなった気がして小さく欠伸をすると、エヴァンジェリンは桃子
に声を掛けた。
「何か飲み物でも買って来ない?」
「いいわね。でも、炭酸系は駄目ね。お茶でいいかしら?」
「そうね。じゃあ行きましょうか」
そう言うと、エヴァンジェリンと桃子が鞄から財布を取り出した。
「じゃあ、私も行くよ。人数多い方がいいだろうし」
さよが言うと、エヴァンジェリンは「そうだな、頼む」と言った。
「じゃあ、行って来ますね」
桃子がタカミチと近右衛門、アスナに言うと、歩き出した。
それに、エヴァンジェリンとさよも続いた。
残った近右衛門は自分のカメラを取り出した。
「ふふふ、この日の為に暗視&ブレ防止魔法を研究したのだぁ。これで、例え暗くなっても問題はないのさ」
ムフフと言いながら近右衛門は嬉々としながら言った。
ちなみに、この魔法はエヴァンジェリンのビデオとカメラにも掛けられている。
実はこれ、二人の合作の魔法だ。
それに苦笑しながら、タカミチは受付で貰ったパンフレットを取り出した。
「今が12時20分ですから…って!後一時間もあるじゃないですか!」
パンフレットの劇開始時間を確認すると、タカミチは隣でカメラにフィルムを装填している近右衛門に言った。
それに、近右衛門はクールに微笑んだ。
「ケ・セラ・セラだよ、タカミチ君。いいかい?何事も準備に早すぎるはないんだよ?こうやって席も取れたんだし、男がグチグチ言わないように」
胡散臭い微笑みを浮かべながら近右衛門は言った。
「なんか…学園長、老人の姿の時よりも胡散臭さが増してるんですけど…」
「おやおや、失礼な事言うねぇ」
そう言うと、近右衛門はアスナの手を握った。
「どう思う?人への計らいっていうのがタカミチ君には欠如してると思うんだぁ。お嫁さんとしてそこんとこ…」
「うぅん、でも近右衛門が胡散臭いのは判り切ってる事だしねぇ」
アスナにそう言われ、近右衛門は不貞腐れておいおいと嘘泣きを始めた。
すると、戻って来たエヴァンジェリンが呆れた様に近右衛門を蹴り飛ばした。
「おい、公衆の面前で恥ずかしいだろうが」
「エヴァ、人の頭を蹴るなんて、そんな悪い子に育てた覚えは…」
「うっさい!」
顔を上げて抗議する近右衛門の顔に、エヴァンジェリンは再び無表情で蹴りを打ち込んだ。
「育てられてねえよ」
そう言うエヴァンジェリンに、桃子はクスクスと笑った。
「やっぱり、エヴァはそうしてた方が自然ね」
「桃子?」
「だって、何時も慣れない感じに女性らしい言葉を使おうとしてる気がしてたんだもの」
桃子の言葉に、エヴァンジェリンは頬を掻いた。
「しかしなあ、保護者としてはやはり人前では少なくともちゃんとした言葉遣いをせねばと…」
エヴァンジェリンが言うと、桃子は微笑みながら首を振った。
「貴女は貴女なんだから。それを変える必要は無いと思うわよ?」
「そういうものか?」
「ええ、自然と、話せる言葉で良いと思うわ」
「…そうだな」
そう、エヴァンジェリンと桃子が話している傍らで、さよが近右衛門に寄り添っていた。
「痛くないけど、公衆の面前で蹴られるって中々の羞恥プレイだと思わない?さよちゃん」
「あ…あはは…痛くないんだ…。でも、近右衛門君ったら…変ってないんだね」
「さよちゃん?」
近右衛門はさよの言葉に首を傾げた。
「フフ、昔からそう。近右衛門君ってば、人をからかうの大好きだもんね。それでティファや茜に怒られて」
「……僕も、時間が動き出したんだと思うよ。ずっと、立ち止まってた時間が…」
「僕…懐かしいね」
さよの言葉に、近右衛門は苦笑した。
「だね。何時からだっけ。自分を俺って呼んで、儂って呼ぶ様になって」
「私は、僕って言ってる近右衛門君がいいかな」
「そう?じゃあ、僕にするよ。っと、人が入って来たね。席に戻ろう」
そう言うと、見詰め合っていたさよから視線を外して自分の椅子に座った。
話が終わったのか、エヴァンジェリンと桃子も席に座った。
タカミチはアスナに何事か言っている。
そして、しばらく雑談をしていると、劇開始のベルが場内に鳴り響き、一人の金髪が僅かに並立っている少年が出て来て、少年にライトが向けられた。
そして、場内アナウンスが流れた。
『これより、午後の部を開始します。最初は、麻帆良学園本校初等部一年B組の劇。『白雪姫』です!』
そして、少年がマイクに向かって語り始めた。
少年は台本を持っていないが、スラスラと言葉を紡いだ。
「あるお城に、一人の女王がおりました」
そして、イルゼのクラスの劇が始まり、エヴァンジェリンと近右衛門はキランとお互いに目を光らせアイコンタクトを取ると、カメラをスタンバイした。
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