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第59話『同属嫌悪』
『ホンダ インテグラ タイプR Mカスタム』、本来の性能に加え、魔法使いの技術が搭載されたソレは、最大出力600馬力越えのV型10気筒エンジンを搭
載している。
どういうわけか、祭り中だと言うのに人も車も全く通らない通りを一気に駆け抜け、タカミチの車は麻帆良学園本校女子中等学校エリアに入った。
車を、世界樹前広場への地下トンネルにある駐車場に止めると、イルゼ達は外に出た。
「凄っげえ早く着いたな」
イルゼが背を伸ばしながら言った。
「本当だね。五分しか経ってないよ?」
学も驚いたように時計を見て言った。
「ハハハ、実はこの車も昨日買ったばかりなんだ。最新型でね、この速さは世界一だと思うよ」
自分の自動車を自慢するタカミチにイルゼ達は苦笑した。
「そんじゃさ、学園長室に行こうぜ?アスナだっけ、早く迎えに行かないとな」
イルゼが言うと、タカミチも「そうだね」と言って歩き出した。
学園長室のある麻帆良学園本校女子中等学校の校舎まで来て、亜里沙が聞いた。
「そんでさ、アスナってどんな奴なんだ?」
「うぅん。ちょっと正確はキツイかな?でも、本当はとってもいい子なんだよ。優しい子で、幸せになって欲しい子だよ」
タカミチが眼を細めながら言った。
それを聞いて、学は「へぇ」と言った。
「タカミチってアスナちゃんの本当のお父さんみたいだね」
それにフェイも続いた。
「うん、とっても優しい顔してた」
「そ、そうかい?でも、僕は父親って柄じゃないんだけどね」
驚いた様に頭を掻きながらタカミチは言った。
「でも、アスナの事を本当に思ってるんだなって見てて思ったぜ?大切な存在だって思ってるんだろ?」
イルゼが言うと、タカミチは眼を細めた。
「そうだね。確かに、大切だよ。でも、どうなのかな?僕自身の本音は…」
「?タカミチ?」
タカミチが突然立ち止まって駄目りこんで仕舞ったのを不振に思ってイルゼが声を掛けた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事をしちゃってね」
後頭部を掻きながら歩み寄ってタカミチは言った。
「いいさ。それより着いたぜ」
イルゼが言う通り、もうそこは学園長室の前だった。
タカミチは頷くと扉をノックした。
「誰かのう?」
中から近右衛門の声が聞こえてきた。
「僕です。高畑.T.タカミチです」
「おぉ、すまんかったのう。入っておくれ」
「はい」
そう言って、タカミチが扉を開き中に入った。
それにイルゼ達も続いた。
「じっちゃん!」
イルゼが声を掛けると、中に居たオレンジ髪で両目が僅かに違う色の瞳を宿した目付きのキツイ少女が振り向いた。
「おぉ、イルゼも来たのか。よぉ来たのう!ささ、中に入るんじゃ」
イルゼの声に反応した近右衛門は破顔して机から立ち上がった。
「お邪魔します」
フェイ達も言って中に入ってきた。
「おぉ、イルゼのお友達じゃな?女の子が三人とな?イルゼよ、女の子をその歳でそれほど侍らすとはさすが儂の孫じゃ!ほっほっほ!」
「いやいや、女の子一人しかいないし…」
近右衛門の言葉に、イルゼは呆れた様に言った。
「って言うか、もしかして僕も女の子に思われたの?制服で分かるよね?普通…。って言うか!顔で分かってよ!!このダンディーかつハンサムなこの
顔で!!」
興奮した学にフェイが「まぁまぁ」となんとか宥めた。
「すまんすまん。それでイルゼ。どうしたのじゃ?祭り中じゃと言うのに友達と来る場所ではなかろう」
近右衛門が聞くと、タカミチが言った。
「いえ、大学部エリアの例のサークルのアトラクションの前でバッタリと会いましてね。少しお話して僕達と一緒に回って貰える事になりまして。姫さ…明日
菜ちゃんにも来学期から編入するからお友達になって貰おうかと思いまして」
「ほっほ!見所があるのう!お友達を選べとは言わんがイルゼはいい子じゃからのう!明日菜ちゃんともきっと仲良くなれる筈じゃ!」
近右衛門の言葉に、少女、明日菜はイルゼを見つめた。
どこか、虚空を見る様な眼差しで…。
「じ、じいちゃん。さすがに恥いから止めてくれ…」
顔を赤くしながら言うイルゼに、学と亜里沙はニヤニヤと笑った。
「てめえら笑うな!!」
イルゼは腹に力を篭めて叫んだが、学と亜里沙はニヤニヤ笑いを止めなかった。
「フェイもなんか言ってやってくれよ!」
「え?僕?」
イルゼに突然言われてフェイは慌てた。
「ふ、二人とも笑っちゃ駄目だよ!」
フェイが叫ぶと、学はニヤニヤ笑いをようやく止めた。
「まぁ、いい事じゃん」
亜里沙も笑うのを止めてウインクしながら言った。
「へっ!」
その言葉に、イルゼは否定はせずにソッポを向いた。
すると、明日菜が歩いて来た。
「アンタがイルゼ?」
感情の乗らない声で明日菜が聞いた。
「おう、イルゼ・ジムロックだ。よろしくな」
そう言って、イルゼは手を差し出した。
「?何?」
その意図が分からずに明日菜が聞いた。
「何って握手だけど?」
イルゼが首を捻りながら言うと、明日菜は「握手?」と首を捻った。
「明日菜ちゃん。握手って言うのは、お互いの友好を示すものだよ。相手の出した手を同じ手で握り返すんだ」
タカミチが説明すると、明日菜は鼻を鳴らした。
「意味分かんない。初対面なんだし友好なんてあるわけないじゃない」
つまらなそうに言うと、明日菜はタカミチの方に向かった。
「別に、私は遊びたくない。帰る」
明日菜はタカミチを見上げて言った。
その言葉に、イルゼ達は首を捻った。
そして、タカミチも困った顔をした。
「明日菜ちゃん。折角お祭りに来たんだから、一緒に遊びましょうよ」
タカミチが言うと、明日菜は首を横に振った。
「いい、遊びたいならタカミチが一人で遊べばいい。私は帰る」
明日菜の言葉に、タカミチは溜息を吐いた。
それから、膝を折って明日菜の目線に自分の目線を合わせた。
「明日菜ちゃん。僕は君と一緒に遊びたい。だから一緒にお祭りを見て回ってくれませんか?」
タカミチが言うと、明日菜は不満気な顔をした。
「私は帰りたいの。別にお祭りなんかで遊びたくないし、知らない奴と一緒に居るなんて、ただ疲れるだけ」
そう言って、明日菜はイルゼ達を見た。
そう言われて、イルゼはカチンときた。
「ちょっと待てよ!なんだよ疲れるって!そんなんじゃ友達なんて出来ねえぞ!」
イルゼが明日菜を睨み付けながら言った。
そのイルゼにフェイと学が慌てて止めようとしたが、明日菜が怒鳴り返してきた。
「うっさい!アンタにそんな事言われる筋合いじゃない!」
「なっ!テメエが喧嘩売って来たんじゃねえか!」
イルゼも負けじと怒鳴り返すと、明日菜の目付きがさらに鋭くなった。
「知らないわよ!アンタが勝手にそう思っただけでしょ!自意識過剰なんじゃないの!」
「誰が自意識過剰だ!大体、何初対面で偉そうにしてんだよ!知ってるぞ、お前みたいなの高飛車って言うんだ!」
「ばっかじゃないの!高飛車って言うのは高圧的に言うって意味で、偉そうって意味じゃないのよ!日本語勉強してから出直しなさいよ!」
「う、うっせえ!知るかそんな事!一々うっせんだよ!」
「うっせえしか言えないわけ?はっ!おつむが随分ちっちゃいみたいね!」
お互いに威嚇するように唸りながら怒鳴りあう二人に、学達は呆れてしまった。
「なんか、いつもとイルゼ様子が違う気がするね。あんな風につっかかるなんてフェイに須藤が虐めてきた時くらいなもんだよね?」
学が言うと、フェイも頷いた。
「なんでかな?明日菜ちゃんの言葉もあんなに怒る事じゃないと思うけど…」
「まっ、失礼だったのは否定出来ないけどな」
亜里沙の言葉に、学とフェイは苦笑しながら同意した。
タカミチと近右衛門もいつもと違う二人にどうしていいか困っていた。
イルゼにしても、明日菜にしてもこんな風に怒鳴り合う姿は見た事が無かったからだ。
「大体、気に入らねえんだよ!なんか皮被ったみたいな顔しやがってよ!」
イルゼがそう言った。
すると、明日菜の瞳が一瞬揺れた。
そして、明日菜もイルゼに向かって言った。
「こっちこそ気に入らないわよ!偽者!アンタ、本物じゃない気がするわ!アンタなんなのよ!」
「んだと!!」
「なによ!!」
その瞬間、二人は互いに殺気を放ち始めた。
「なっ!?イルゼ!!」
「明日菜ちゃん!!」
幾ら何でもおかしいと思い、近右衛門とタカミチが止めに入ろうとしたが、その前に二人は動き出した。
「左手に魔力、右手に気!!」
「おおおおお!!!!」
明日菜は左手に魔力、右手に気を集中し、イルゼは空間に舞う魔力を吸収し始めた。
その様子に近右衛門もタカミチも驚愕した。
明日菜は咸卦法の体勢に入ったのだ。
そして、イルゼは未だ修得していない筈のマナの吸収を行っている。
「イカン!」
近右衛門は魔力を集中し、学、フェイ、亜里沙の三人を光の転移術である『光遁術』を発動し、おまけに眠りの魔法を掛けた。
「イルゼ!?どうし…」
叫ぼうとした学は意識を失った。
そして、フェイと亜里沙も気を失ってしまった。
そして、その間に、明日菜とイルゼは互いに動き出していた。
「咸卦法!!」
空気が破裂した様に、明日菜の体から突風が巻き起こる。
そして、イルゼの体も、魔力でも気でも無いエネルギーが吹き出るほどに爆発した。
明日菜は絨毯が弾けるほどの踏み込みで一瞬でイルゼに向かった。
だが、明日菜が振り上げた拳をイルゼは転ぶようにしゃがんで躱した。
「やめないか!!二人とも!!」
タカミチが割って入ろうとするが、獣の様に唸り声を上げながら、二人は互いを睨み付けたまま距離を取った。
紛れも無い殺気を放ち、まるで、互いの存在を許せないとばかりに、相手を本当に殺す気で対峙している。
イルゼはエネルギーを右足に集中し、明日菜は咸卦の力を右手の拳に集中した。
イルゼの体からは、漆黒のオーラが零れだし、明日菜の体からは血が滴り始めた。
そして、その二人の間に、近右衛門が移動し、怒鳴り声を上げた。
「ヤメんか!!!!」
近右衛門の凄まじい怒気と怒声に、空気がビリビリと軋みを上げ、明日菜とイルゼは開き掛けた瞳孔が閉じ、咸卦法もマナの吸収も止めて固まった。
タカミチも、近右衛門の怒気に動けなくなってしまった。
圧倒的な存在感が空間を支配する。
この場に於いて、近右衛門に逆らう者は誰もいなかった。
「どうしたと言うのじゃ、二人とも!」
近右衛門は怒気を消さずに問うた。
すると、明日菜が口を開いた。
その事に、タカミチは驚愕した。
これほどの圧迫感の中ですら言葉を発せられる事にだ。
「コイツ…気に入らない。偽者…」
キッとイルゼを睨みながら言った。
すると、イルゼも明日菜を睨み返した。
「俺も気に入らない。お前こそ、偽者じゃねえか」
二人の言葉に、近右衛門は眼を見開いた。
二人の言葉の意味を悟ったのだ。
だが、何故二人が互いの事を分かるのかが分からなかった。
「何故…偽者と?」
近右衛門が聞くと、明日菜とイルゼは言った。
「こいつ、自分の事わかってないくせに自分の事を分かってるみたいにしてる!!」
「こいつは、本当の自分を消してる。コイツは、偽者の皮を被ってる!!」
二人の言葉に、近右衛門は焦燥を禁じえなかった。
イルゼの事だ。
イルゼ自身が気付いていたのか、例え気付いていなくても、知ってしまえばそれはとてつもなく恐ろしい事になる。
「どうして、そう思うのじゃ?」
近右衛門の問いに、互いを睨みながら二人は言った。
「分かんないけど分かるの!」
「どうしてか分からない。でも、どうしてか分かっちまうんだ!」
その言葉を考え、近右衛門はようやく理解した。
――同属嫌悪か…。
二人は実際は互いに何を言われ、自分が何を言っているか分かっていない。
明日菜は、記憶を消去されたのを覚えてはいない筈だ。
だが、どこかに残滓が残っていたのだろう。
イルゼは、どこかで分かっているのだろう、自身の存在を。
故に、二人は互いを嫌悪したのだ。
ほんの些細な事を起因として。
――いや、嫌う様に互いに互いを仕向けたか…。
そして、近右衛門は気付いていた。
少なくとも、明日菜の記憶の封印は亀裂が生じていると。
咸卦法の発動が証拠だ。
明日菜、アスナに施された記憶封印は、魔法に関る全てだ。
彼女にとって、それらは真実彼女の全てと言っていい。
二ヶ月前に、タカミチが魔法世界でアスナに封印を施したのを聞いていた。
だが、アスナが本当に望んでいたのでなければ、封印術はアスナには掛からない。
そして、簡単な事で封印が壊れてしまうのは、彼女が封印を本当は望んでいなかったのではないか?と、近右衛門は考えた。
イルゼと明日菜は互いを何時でも殺せるように睨んだままだった。
「打開策は…一つか…」
言うと、近右衛門は術を発動した。
強力な催眠の術だ。二人の意識を強制的に刈り取る。
本来、明日菜には完全魔法無効化能力と言うのが備わっている。
あらゆる自身が望まぬ『魔』を遮断する能力。
だが、近右衛門の術は、根本的に明日菜の能力の判定外の能力だ。
仙人にのみ許された能力であり、その能力に対し、明日菜の能力が判断しかねたのだ。
許すべきか、許さざるべきかを。
そして、僅かに掛けられた術の一部だけで、幼い明日菜を眠らせるのは十分だった。
二人が眠ると、タカミチが困惑した顔だった。
「一体、二人はどうしたんでしょうか。こんな事…、イルゼ君とも一緒にお話してこんな事する子じゃないと思ったし、明日菜ちゃんがこんな事を…」
タカミチの言葉に、近右衛門が口を開いた。
「同属嫌悪…じゃよ」
「同属嫌悪?」
タカミチが鸚鵡返しで聞くと、近右衛門は頷いた。
「イルゼについては詳しく話せんが、二人は互いに似た部分を見てしまったのじゃろうな。それも、互いに一番嫌いな部分がの。自身に似ている場所を見
てしまったが故に、二人は争ったのじゃよ」
「似ている嫌いな部分?」
タカミチが聞くと、近右衛門は「うむ」と頷いた。
「タカミチよ。アスナちゃんは本当に望んでおったのか?」
「何を…ですか?」
「記憶を消した事じゃよ…」
近右衛門の言葉に、タカミチは眼を見開いた。
「そ、それは…」
「タカミチ、彼女の能力は知っておるじゃろう?」
「完全魔法無効化能力…」
「そうじゃ。その能力は、自身が望む魔を受け入れ、望まぬ魔を阻む」
近右衛門の言葉に、タカミチは叫んだ。
「で、でしたら!望んでいた筈です。望んでいなかったのなら、アスナちゃんは記憶を封印出来なかった筈だ!」
すると、近右衛門は首を横に振った。
「それは、ガトウの遺言と、お主の思いに答えただけではないか?」
近右衛門の言葉に、タカミチは眼を見開いた。
「そ、そんな事は…」
「どちらにせよ、もはや意味は無かろう。直に記憶は戻る。咸卦法を使ったのがいい証拠じゃ。遅かれ早かれ、魔に近づけば彼女は記憶を取り戻してし
まう…。それが、今回はイルゼに対する同属嫌悪が引き金になった」
「そ、それなら。イルゼ君とアスナちゃんを近づけなければ!」
タカミチの言葉に、近右衛門は首を横に振った。
「意味は無いじゃろう。言った筈じゃ、封印は不完全だったのじゃよ。遅かれ早かれ、彼女は魔を呼び寄せる。お主やガトウの気持ちも分かる。じゃが、
やはりどう考えても無理な話じゃ。彼女は普通に生きるのは…難しい」
「で、ですが!それならどうすればいいんですか!!ぼ、僕はガトウさんに頼まれたんです!みんなに、みんなに託されたんですよ!?それなのに、彼女
に平穏な暮らしをさせられないなんて、それじゃあ僕はどうすれば!!」
タカミチが顔を歪めながら叫ぶと、近右衛門は言った。
「お主が護れば良かろう」
「え?」
近右衛門の言葉が、タカミチには理解が出来なかった。
「記憶を消す等ではなく、お主がアスナちゃんを護れば、良かろう。その為に強くなる手助けは、儂にも出来る」
その言葉に、タカミチは眼を見開き、即座に口を開いた。
「なら、ならお願いします!アスナちゃんに平穏に暮らして貰うのが僕の指名です!その為なら!」
タカミチが決意を篭めた眼差しで言った。
だが、近右衛門は厳しい眼差しをタカミチに言った。
「その様な考えでは、アスナちゃんを護るのは…出来そうにないの」
失望した様に、近右衛門は言った。
その言葉に、タカミチは困惑した。
「な!?どうしてですか!僕は皆に託されたんです!アスナちゃんの為に、絶対に強くなって!!」
タカミチの言葉に、近右衛門は溜息を吐いた。
「それが駄目だと言っておるのじゃよ。お主、分かっておらんのか?お主が言っておるのは、アスナちゃんの為ではなく、アスナちゃんを託した者の為にと
言っておるのじゃぞ?それでは無理な話じゃ。なによりも、必ずお主はアスナちゃんを傷つける」
近右衛門の言葉に、タカミチは愕然とした。
「そ、そんな事…」
「さっきから自分で言っておったじゃろ。皆に託されたから、と」
その言葉に、タカミチは二の句が告げなくなった。
「なぁに、厳しい事を言う訳ではない。考え方を変えろと言っておるのじゃ」
「考え方を?」
近右衛門の言葉に、タカミチが聞いた。
「そうじゃ、簡単じゃよ。アスナちゃんを護る。それだけを思えば良い。ガトウや、ナギ達の事は忘れる事じゃ。どちらにせよ、既に過去の存在なのじゃ。お
主は、奴等になる事は出来ぬ。それに、なる必要も無い」
近右衛門の言葉に、タカミチは言葉を発する事が出来なかった。
まるで、自分の夢を否定されている気がしたのだ。
「悩む事も大事じゃ」
「え?」
近右衛門の言葉に、タカミチは顔を上げた。
「悩めばそれだけ成長出来る。じゃから、今は置いておけ。時間はたっぷりとあるからのう。修行の合間に考えれば良い。今は、一人の女の子の為に強
くなる。これを思っておればいいんじゃ。それだけで、人は強くなれる。理想を追うのも一つじゃが、それ以上に、大切な者の為というのは中々に得がた い強さへのブースターじゃぞ」
ニッと笑いながら近右衛門は言った。
「どちらにせよ、目覚めたらアスナちゃんの封印は解けてしまうじゃろう。そしたら、少し話して見るが良い。選ぶのは、お主ではなく彼女じゃよ。自分に護
らせてくれないか?そう聞くだけじゃ。お主も男ならば、そのくらい照れずに言ってみい」
近右衛門の言葉に、タカミチは眼を閉じた。
そして、大きく溜息を吐いた。
「どっちにしても、僕はアスナちゃんを護らなきゃいけないんじゃないですか。それなら、そうですね。頑張ってみますよ」
タカミチは真っ直ぐに瞳を輝かせて言った。
その言葉に、近右衛門は満足の笑みを浮べた。
「さて、イルゼ達に今の事を忘れさせておかねばな。眼を覚ました時の言い訳はどうするかのう」
「それなら、車の中で眠ってしまった事にしましょう」
「ふむ、それでいいかのう」
近右衛門が光遁術で学達を呼び戻すと、イルゼと共に魔法を掛けた。
記憶を改竄していく。
あまり、良い気分では無いが、近右衛門はただ、イルゼの幸せを願って魔法を使った。
「今は、未だ早すぎるからのう」
その言葉と共に、イルゼ達の記憶は変った。
そして、四人が起きる前に、アスナが眼を覚ました。
そして、タカミチを見つめた。
「ねぇ、タカミチ。ここはどこ?」
その言葉は、さっきまでの彼女と同じ口調で、どこか、違っていた。
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