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第55話『昔話は意外と怖い』
翌日の放課後、イルゼと手塚、不破の三人は麻帆良学園本校女子中等学校エリアのショッピングエリアにあるハロウィンタウンに来ていた。
ちなみに制服のままだと動きにくいので一端寮に戻って着替えをしてからだ。
暖かくなってきたので、みんなTシャツと長ズボンのラフな格好だ。
手塚の案内で、ショッピングエリアの中央まで来ると、『ハロウィン・タウン』の看板が見えた。
カボチャの仮面や蝙蝠の絵がたくさん踊っている。
店はかなり巨大で、四階建てのちょっとしたデパートのようだ。
店の中に入ると、イルゼと不破はあまりの壮観さにうろたえてしまうほどだった。
一階は会計と販売のフロアだった。
貸衣装だけでなく、オーダーメイドで作って貰う事も可能で、簡単なコスプレ衣装の販売も行われているのだ。
「すごいね、ここなら何でも揃っちゃう気がするよ」
不破はキョロキョロと店内を見渡しながら言った。
「本当だな。おっ!ガジェット警部のコートもあるぜ!」
イルゼは、無数の衣装の中からお気に入りのアニメーションの主人公の服を見つけて喜んだ。
「ガジェット警部もあるの!?うわぁ凄いや!ねぇ…うん!ガジェット警部大好き!」
不破もガジェット警部のコートに大はしゃぎで、何時ものように誰か見えない誰かと話しているみたいに独り言を言っている。
「何時も誰と話してるんだ?」
イルゼが聞くと、手塚は「察してやれよ」と言ったが、不破は予想に反して答えた。
「友達だよ。何時も一緒の友達。皆は信じてくれないけど、僕の友達。ね?」
虚空と言うよりも、まるで自分の中に話しかける不破の様子に、イルゼも手塚もどこか不思議な感覚を覚えた。
嘘じゃなく、妄想でもない。
本当にそこに誰か居るんじゃないか?
そう思えるほど、不破の目には曇りが無かった。
イルゼと手塚はお互いに顔を見合わせ、首を捻った。
「まぁ、とりあえず借りる衣装を見繕おうぜ」
イルゼの提案に、手塚と不破も頷いて入口から左手に見えるエスカレーターに向かった。
エスカレーターのすぐ脇に各階にある衣装の種類が表にされている。
「一階は販売とオーダーメイド。二階はアニメーション全般のコスプレフロアで大人から子供まで。三階は演劇、舞台、ミュージカルなんでも御座れの衣装
フロア。四階は恐竜から亀、鶴、ポケモンなんかの着グルミフロアだな」
手塚が表を見ながら言った。
「なら、俺達が行くのは三階だな?」
イルゼの言葉に手塚は頷くとエスカレーターに乗った。
店内はかなりのお客さんが居たが、店自体が巨大なので全く窮屈に感じなかった。
「そう言う事だ。じゃあ行こうか」
手塚の後に続いてイルゼと不破もエスカレーターに乗った。
三階に着くと、そこは一瞬別世界に迷い込んだようだった。
試着をしている人達が、衣装を着たままで借り衣装を物色しているのだ。
西洋の甲冑や、ドレス、古典的な日本の着物なんかもある。
時代も滅茶苦茶、国も滅茶苦茶に入り混じった、店内の装飾品の豪華さと広さも相まって、混沌としたお城のようだった。
天井も一つ一つの階層が二階建てと同じ高さで、装飾も西洋のお城をモチーフにしていてとってもオシャレだ。
日本の着物もミスマッチしていてなかなかだ。
ランプの様な照明と、中央の巨大なシャンデリアは豪華すぎだろとも思うが。
ちなみに、二階のコスプレフロアは未来的なイメージで、昔の宇宙船の様な装飾だ。
魔法少女や戦隊ヒーロー、仮面ライダーが同じフロアで服を探している姿は中々にシュールだ。
四階に至っては、恐竜やら怪獣やらがうろついていて、とてもじゃないが落ち着けない。
手塚が、配役の一覧表を取り出して、中世のヨーロッパのエリアに進んだ。
「何時も思うが、麻帆良って基本的に規格外だよな。世界樹とか図書館島とか高級レストラン顔負けのレストランとか」
手塚の言葉に、イルゼと不破も「確かに」と同意した。
それから、ドレスや王族の服なんかがたくさん並んでいる場所に来た。
「とりあえず、イルゼとフェイの衣装を考えようか。イルゼは王子だから…あそこだな!」
手塚は、上の方にある看板の中に『中世の王族関係』と書かれたのを見つけ、歩き出した。
両脇にはドレスやら甲冑やら騎士服やらがたくさんある。
子供用のイルゼが着れる王子様役用の服のエリアがあった。
青いのや赤いの、黄色いのや茶色いの、多種多様な服を物色し、イルゼは一着の服を取り出した。
「これどうだい?」
自分の体に合わせてイルゼは手塚と不破に見せたのは、黒のインナーの上に白いシャツ、その上に茶色の外套の服だ。
ズボンは白の長ズボンの上に上着と同じ茶色のオーバーズボンだ。
「なんか、王子ってよりも旅人って感じだな。でもかっこいいな。いいんじゃないか?」
手塚はイルゼの手にある衣装を見て言った。
不破も頷いて「凄くかっこいいよ」と言った。
「んじゃ、次はフェイのドレスを探しに行くか」
イルゼが言うと、手塚も「そうだな」と言って歩き出した。
「フェイの服はイルゼが選んで上げた方が喜ぶんじゃない?」
不破が言うと、手塚も「そうだな」と頷いた。
「そうか?まぁ、フェイの服は基本的に俺が選んでるしな、似合いそうなの見つけるのは出来ると思うよ」
イルゼが言うと、手塚は冷や汗を垂らした。
「ちょっと待った!何?フェイの女装ってイルゼがさせてたの?」
手塚が聞くと、イルゼは首を捻った。
「フェイがなんか親からお金が貰えないらしくてさ。家から持って来たのもとても着れたもんじゃないしな。だから、俺がフェイの服買う事になって選んだり
したんだよ。フェイに似合いそうなのって店員さんに聞いてな」
「成程…。なぁんか将来的に取り返しのつかない事してるんじゃないかとも思うけど…責任はキチント取れよな?」
冷や汗を拭いながら言う手塚に首を傾げながら、イルゼは「責任?まぁ、自分の責任は自分で果たすけど?」と言った。
呆れた様に肩を竦めると、手塚はそのままドレスコーナーに入った。
色取り取りのドレスが並び、イルゼはその中でフェイに似合いそうだなと思い、水色の可愛らしい子供用ドレスを選んだ。
白雪姫用のドレスも在ったのだが、どう見てもフェイには合わなそうだったからやめた。
「あれは黒髪の子用って感じだもんね」
不破の言葉にイルゼと手塚も同意しながら小人の服を選びに行った。
ちなみに手塚と不破はイルゼの衣装に合わせたセットがあり、それにした。
手塚の王様の服はイルゼの衣装を豪華にデコレーションした感じで、不破のはオーバーパンツと上着が無い。
小人の服は同じのが良いだろうと言う意見で一致した。
有名な童謡や小説毎のエリアもあって、その中の白雪姫のエリアに真っ赤なサンタの様な服や、緑の服に、皮のベストの村人の様な服も在った。
「これなんかいいんじゃない?」
不破がそう言って取り出したのは、深いエメラルドグリーンのローブだった。
肌触りも良く、小人役にぴったりの衣装だった。
「いいな、これ」
手塚は不破の手の中のローブを手に取って言った。
「でかした」
イルゼも不破の背中を叩きながら言った。
「後は魔女とその従者の衣装を見繕ったら階毎の受付に預けに行こう。借りる服は受付に持って行かないといけないからね」
手塚が言うと、不破もイルゼも両手に大量の衣装を持ちながら頷いた。
それから、魔女の服やその従者の服を適当に見繕った。
受付で服を係員の人に渡して、手塚が用紙に書き込みをした。
「これで受付は完了です。後程追加がある場合はこちらのカードをお持ち下さい」
係員のお兄さんがカボチャのモチーフのカードを手塚に手渡していった。
「はい。お願いします」
そう言って、手塚はイルゼと不破と共にハロウィン・タウンを後にした。
手塚が台本の打ち合わせを学と零弦とするので、道草を食わずにそのまま寮に戻った。
手塚と不破と別れ、イルゼは学とフェイの部屋をノックした。
ちなみに余談だが、学とフェイの部屋に専用のお風呂が増設された。
理由はイルゼと木乃香の部屋にお風呂に入った記憶もエヴァンジェリンの件で消えてしまい、大浴場に入った事がないので矛盾が生じてしまうのを防ぐ
為にと矢部が判断したのだ。
中からお風呂上りで髪の毛をタオルで蒸しながらフェイがドアを開けてくれた。
「フェイ、学居るか?」
イルゼが聞くと、フェイは「うん」と頷いて「待ってて」と言って部屋の奥に入っていった。
少し待ってフェイが学を連れて来た。
「学、手塚が台本の打ち合わせをしたいからって呼んでたぜ?」
「ああ、ありがとう。行って来るよ。多分遅くなっちゃうな…。悪いんだけど食堂には一人で行って貰えるかい?」
イルゼの言葉に、学は申し訳なさそうにフェイに言った。
「あ、うん。大丈夫だよ。台本の打ち合わせ頑張ってね」
フェイはニコッと笑って言った。
「うん。じゃぁイルゼもまたね」
そう言って学は手塚と零弦の部屋に向かって行った。
そして、イルゼは「そうだ!」とフェイに顔を向けた。
「じゃあフェイは俺達の部屋で一緒に食べようぜ。いいだろ?」
「え?いいの!?」
イルゼの提案にフェイは驚いた。
イルゼは「大丈夫だよ」と返した。
「木乃香もばあちゃんも大丈夫だと思うよ。ちょっと待ってな!聞いて来るぜ」
そう言って、イルゼは時運の部屋に入っていった。
「ただいまぁ!ばぁちゃんばぁちゃん!!」
イルゼは玄関から一直線にキッチンに向かった。
すると、キッチンでスキヤキにの準備をしていたエプロン姿のエヴァンジェリンの姿が在った。
エヴァンジェリンは「お、おかえり」と若干驚いた様に固まりながら言った。
「どうした?イルゼ」
「今日さ、フェイも一緒にご飯食べていい?学が手塚と零弦と一緒に劇の台本の打ち合わせに行ってて一人で食べに行かなきゃいけないみたいでさ」
イルゼが言うと、エヴァンジェリンは「構わんぞ」と言った。
「鍋物だし問題ないよ。それに、私もまたフェイとは仲良くなりたいしな。どうせなら前みたいに学も呼べ。一応私は幻術で大人の姿になるが、コッチで仕
事をする事になって夕食は私が作りに来るようになったと言えばいいだろう。食卓は賑やかな方が楽しいしな」
ニッと笑いながら、エヴァンジェリンは小さく呪文を唱えた。
次の瞬間には、妖艶な美しい大人の女性の姿となり、エヴァンジェリンは料理を続けた。
「出来るまでもう少し掛かるだろう。木乃香ももうすぐ帰ってくるだろうしな。適当にフェイをもてなしてやれ」
エヴァンジェリンの言葉に「おう!サンキューばあちゃん!」と言ってイルゼは玄関の向こうで待っているフェイを呼びに行った。
「フェイ、OKだってさ。入って来いよ!」
「え?あ、うん。ありがとう」
フェイは「お邪魔します」と言いながらイルゼに続いた。
そして、何故かデジャブを感じた。
「あれ?」
「ん?どうした?」
「ううん、なんでもない…」
フェイの様子にイルゼが首を傾げるとフェイは首を横に振った。
中に入るとエヴァンジェリンがキッチンから顔を出した。
菜箸を持ったままだ。
「いらっしゃいフェイちゃん」
エヴァンジェリンがニコッと微笑みながら挨拶すると、フェイは驚いた様に目を丸くして慌てて「お、お邪魔してます!」と言った。
エヴァンジェリンはクスクスと笑うと口を開いた。
「私が居るのが不思議なんでしょうね。イルゼ、説明してあげて。私は鍋の火を見ていないといけないから」
そう言うとエヴァンジェリンはキッチンに戻って行った。
イルゼはさっきエヴァンジェリンが言った説明をそのまま話した。
それで納得した様で、フェイはエヴァンジェリンの居るキッチンに向かった。
「何か手伝える事はありませんか?」
フェイが聞くと、エヴァンジェリンはニッコリ笑って「大丈夫よ」と言った。
「ありがとうね。でも大丈夫。もうすぐ出来るからイルゼと待ってて頂戴」
そう言われ、フェイは自然と笑みを浮べて「はい」と言った。
「でも、ご飯をよそるくらいは出来ますから」
フェイの言葉に、優しく笑うと「じゃあお願いしようかな」とエヴァンジェリンは洗い場のスプーンやお箸を刺している場所に一緒にあるシャモジを手に取っ
てフェイに渡した。
「なら、運ぶのは俺も手伝えるよね?」
イルゼもキッチンに入ってきた。
大人一人と子供二人が一緒に居ても全く窮屈に感じないのはさすがだろう。
窓側に調理スペースがあり、反対側はお皿なんかが置いてある棚や冷蔵庫、オーブン、電子レンジ、そしてなによりも炊飯器がある。
この炊飯器は特別製で、お米と水を入れるだけで勝手に研いでくれる。
その上、時の魔法で時間が短縮され、ホンの一秒足らずでホカホカに炊き上がるのだ。
フェイがエヴァンジェリンに渡されたシャモジで、炊飯器の直ぐ傍にあるお茶碗にご飯を盛っていき、エヴァンジェリン、木乃香、イルゼ、フェイの分をよそ
うとイルゼがお盆に乗せて持って行った。
ご飯を並べ終えると、エヴァンジェリンがイルゼに鍋を持ってくれと言い、イルゼが鍋を居間に運び込むと、丁度良く木乃香が帰ってきた。
「ただいまぁ」
木乃香がランドセルを降ろしながら居間に入ってきた。
「おかえり木乃香」
「おかえりぃ!」
「おかえりなさい、木乃香ちゃん」
エヴァンジェリン、イルゼ、フェイの順で順々に言うと、木乃香はフェイが居る事に驚いた。
「あれ?フェイちゃんどないしたん?」
木乃香が聞くと、イルゼが説明した。
ついでにエヴァンジェリンが念話で設定についても話した。
木乃香もエヴァンジェリンと同じくフェイを歓迎して洗面所で着替えるとイルゼの隣に座った。
ちなみに席は四辺にそれぞれ座っている。
小皿に卵を落とし、それぞれいただきますを言うと、イルゼは凄い勢いで食べ初めてフェイを吃驚させた。
丁度その頃、学は手塚と零弦と共に食堂で食事をしながら話していた。
「それでさ、色々と資料を集めてみたんだけど『白雪姫』ってどうもドイツのヘッセン州地方の民話で、グリム兄弟がグリム童話に掲載したのが子供用に
アレンジされて、皆の知ってる絵本やディズニー映画の『白雪姫』になったみたいなんだ」
学の話を聞き、手塚は首を捻った。
「アレンジって事は、元は子供向けじゃなかったって話なのか?」
手塚が聞くと、学は話し始めた。
「元の話は白雪姫というとても美しい王女がいて、彼女の継母…ちなみにグリム童話初版本だと実母だったんだけど、その王妃が、自分が世界で一番
美しいと信じていて、彼女の持っている魔法の鏡もそれに同意していたから満足な日々を送っていたんだ」
「実母だったのか!?娘に嫉妬したのかよ…」
手塚は創作の話の中の事とは言え呆れてしまった。
「そうなんだ、白雪姫が7歳になったある日、王妃が魔法の鏡に『世界で一番美しい女性は?』って聞くと、白雪姫だって答えが返ってきた。王妃は怒りの
あまりに猟師に白雪姫を森に連れて行き、白雪姫を殺し肝臓をとってくるように命じるんだ。」
学の話に、零弦は目を丸くした。
「何?毒りんごを食べさせたんじゃないのか?」
「その前に色々とあったみたいだよ。白雪姫を不憫に思った猟師が彼女を殺せずに、代わりに森の中に置き去りにしイノシシの肝臓をかわりにするん
だ。王妃はその肝臓を塩茹にして食べちゃったんだよ」
「おい待て、娘の肝臓だと思ってたんだよな?」
手塚は冷や汗を掻きながら聞いた。
「そうだよ。とても共感できない心情だよね。白雪姫は、森の中で7人の小人たちと出会い暮らすようになる。だけど、王妃が魔法の鏡に『世界で一番美し
いのは?』と聞いたもんだから、白雪姫がまだ生きている事が露見しちゃうんだ。王妃は物売りに化けて、小人の留守を狙って胸紐を白雪姫に売り、胸 紐を締め上げ息を絶えさせようと画策するのさ」
学が言うと、手塚は「何か読めたぞ」と言った。
「もしかして、それって無限ループじゃないか?殺そうとしては失敗して鏡に聞いて白雪姫が生きているのを知ってまた殺そうとするって」
手塚の推理は正に的中していた。
学は頷くと話した。
「まさにその通り、帰ってきた7人の小人が胸紐を切って白雪姫を助け出すんだ。んで、また鏡に生きている事がばらされて、毒つきの櫛を作って、白雪
姫の頭に櫛を突き刺して白雪姫は殺そうとする。だけどまた、7人の小人が櫛を抜き蘇生させるんだ。その後もう一回同じ流れで、今度は皆が知ってい る通り、毒りんごを食べさせるんだ」
「確か、その後に王子のキスで目覚めるんだっけ?」
手塚が聞くと、学は首を横に振った。
「実際は全然違うんだ。偶然森の中を家来と散歩していた王子が、白雪姫があんまりに綺麗だからって、死体でもいいから寄越せって言って白雪姫の死
体を小人達が嘆きながら作ったガラスの棺桶ごと奪い取って家来に担がせて逃走するんだ」
「………まじ?」
手塚が学の話に夢が崩壊するのを感じた。
あまりに酷い。
だが、それ以上に酷い展開がこの後に待っていた。
「まじだよ。しかも、白雪姫は実際に生き返るんだけど、それがさ…」
「なんだい?」
零弦が聞くと、学はウンザリした様に言った。
「棺桶を運ばされてイラついた家来が、王子が離れた隙に八つ当たりで白雪姫を殴るんだ。そしたら、白雪姫が毒りんごを吐いて生き返っちゃうんだ」
「………食事中に言うなよ…」
もう殆ど食べ終わっていたが、手塚と零弦の更にはまだシチューが残っていた。
嫌な気分になりながら残りを食べると、手塚は「それで?」と聞いた。
「それでさ。王子が真相を暴いて白雪姫の母親の悪事を暴いて良い所を見せて白雪姫に結婚を強要させるんだ。その上、逆らったらどうなるかって事
で、母親に焼けた靴を履かせて死ぬまで躍らせるんだ」
「………何その外道」
手塚はウンザリした様に言った。
「まあ、実際の絵本などの童話と言うのは残酷な面が多々あるからな。知っているかい?女の子達がやる『花一匁』と言う遊びは、元々は花を一匁買う
際に、値段をまけて悲しい売り手側と、安く買ってうれしい買い手側の様子が歌われているとされる。だが実際には、貧乏な家の子供が口減らしの為に、 人買いに一匁で買われ、人買い同士が「勝った(買った)」「負けた(マケた)」と囃し立てる悲しい歌なのだ。他にもコミカルな話で有名なカチカチ山の狸 の話や、特に桃太郎の話は恐ろしい逸話が数多く残されている。それも、童話とは真実を内包している事が多い。その、白雪姫の話も意外と実際にあっ た話かもしれないな。鏡の事や小人の事は、家来と森に住む家族か何か、もしかしたら狩人の家族かもしれないが、置き換えてみれば、実際にあっても おかしくないだろう?女性の嫉妬や美しさへの執念は時に狂気と言える場合もあるからな」
零弦がシミジミと話すと、学と手塚は部屋に戻りながらテンションがガタ落ちになるのを感じた。
「なんだろうなぁ。夢が壊れるよなぁ」
手塚は眼鏡を外して右手で目を覆って溜息を吐いた。
「確かに、夢も希望もあったもんじゃないね…」
そんな風に話しながら部屋に戻ると、零弦が口を開いた。
「だが、真実はどうあれ、劇なのだから、あまり暗い話にはしたくないな」
「って言うより、イルゼとフェイにやらせたくないな」
手塚は嫌な想像をしそうになるのを堪えて言った。
「確かに…。でもさ、原作に沿ってアレンジするのは良いんじゃない?例えばだけど、不破とか慊人とかの役は適当に考えた奴だからあんまり活躍させに
くいでしょ?だから、二人のどっちかに狩人をやってもらうなんてどうかな?」
学の意見に手塚は「ふむ」と考えて口を開いた。
「それは良い考えだな。じゃあ、原作の話も含めて大筋の話を決めようか」
手塚の言葉に、零弦が口を開いた。
「こんなのはどうだろうか?不破君に狩人をやってもらうとして、最初に魔女というか王妃が鏡に向かって『世界で一番美しいのは?』と聞くシーンから初
めて…」
それから、深夜遅くまで学達は打ち合わせを続けた。
ちなみに、学が部屋に帰るとフェイからスキヤキの話を聞き残念がったのは余談である。
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