第53話『それぞれの放課後』

放課後に、手塚と零弦、学が残って作業をしていた。
細淵の眼鏡を人差し指で押し上げ、手塚が口を開く。
三人は誰も居なくなった教室の手塚の席に椅子を寄せて座っていた。

「それじゃあ話し合いを始めようか」

手塚の言葉に、学が口を開いた。

「題目は決まってるわけだし台本は三人で分けて書く?」

学の提案に、零弦は苦言をもらした。

「一人が書くわけではないんだ。我々だって一人一人で物語に関しての考えは違う。別々に書くと話が繋がらなくなる場合があるんじゃないか?」

その言葉に、手塚が「確かにな」と頷いた。

「俺達が書くのは台本だ。セリフとかも劇用にアレンジする必要がある。とりあえず、ディズニーのアニメ映画と絵本を参考に考えてみよう」

手塚の提案に学と零弦が頷いた。
そして、学が「ところでさ」と言った。

「本気でイルゼとフェイにキスさせる気?宇喜田が可哀想じゃない?」

学の言葉に、手塚は冷や汗を掻きながら言った。

「そこを突っ込むべきなのかはこの際別にして、別に本当にキスしてもらう必要は無いけど、毎朝おはようのキスしてるんだから問題ないだろ?宇喜田だ
ってイルゼなら良いって言ってるんだし」

ちなみに、学校に行く時にイルゼがおはようのキスを木乃香とフェイと上級生の亜里沙にしているのを公表したのはAクラスの『清く正しく朝倉和美でぇ
す!』と言いながらいつもカメラを持っている朝倉和美だ。
ちなみに、報道部に入っているわけではなく、「報道は足が命なのよ!」と言いながら陸上部に入部している。
彼女がAクラスとBクラスにだけ発行している『週刊朝倉新聞』は、毎週月曜日にAクラスの担任の源しずなが印刷して配布している。
彼女曰く、「子供の内から才能を磨く事は損は無い筈だから」との事だが、内容を確認しないのはどうなのだろうか。
AクラスとBクラスの生徒達は皆疑問に思っていた。
ちなみに、キスの事を問われてもイルゼがあまりに自然に「してるけど…どうしたの?」と逆に聞いてくるので馬鹿らしくなったのか誰も気にしなくなった。
朝倉の新聞は割と真実だけを報道するので信用は出来るのだが、内容は中々に過激だ。
いつも特ダネを探して走り回っている神出鬼没な朝倉は、生徒だけでなく先生たちにとってもなかなかの脅威だ。

「そういえば、Aクラスとの合同の意見は却下なの?」

学の疑問に手塚がノートに何事か書き込みながら顔を上げて答えた。

「Aクラスも色々と文化祭の出し物を決めているだろうからね。難しいと思うよ。あやかちゃんに相談してみるけど期待は出来ないな。するならもっと早くに
決めておく必要がある。合同は来年からだね」

手塚の言葉に、学は「なるほど」と頷いた。

「衣装の発注は?」

零弦が聞くと、手塚はノートを見せた。

「『ハロウィン・タウン』?」

そこには、『衣装はハロウィン・タウンで借りる』と書かれていた。

「買ったり作ったりはさすがにね。先生達に出費してもらうのも悪いから、ここで衣装を借りようと思うんだ」

手塚の言葉に、学が「貸衣装の店?」と聞くと、手塚は頷いて答えた。

「なかなかの品揃えだからね。王子の服や姫の服なんかもあるだろうし、麻帆良祭の間は生徒は無料で借りれるんだ。明日、役に合わせてイメージ考え
てからイルゼと不破を連れて借りて来るよ」

手塚の言葉に「了解」と学は答えた。

「んじゃ、台本の資料は僕が用意するよ」

学の言葉に手塚は「助かる」と言って笑った。

「ふむ、ストーリーの構成などもあるから一日では終わらんだろうな。明日から放課後に私と手塚の部屋でしよう」

ちなみに、手塚と零弦は同室のルームメイトだ。
零弦の提案に、学と手塚は同意した。
すると、教室の後ろ側の扉から声がした。

「おや、学は残っているですか?」

声の主は夕映だった。

「あ、夕映ちゃん。うん、麻帆良祭の出し物で劇をやる事になってね、台本の話し合いをしているんだ」

学が言うと、返事をしたのは夕映ではなく、腰まで伸びた新入生代表も勤めたAクラスのクラス委員長である雪広あやかだった。

「あら、Bクラスも劇ですの?」

それに返事をしたのは手塚だった。

「そうなんだよあやかちゃん。ちょうどいいや、あやかちゃんのクラスは何をやるのかもう決めた?もって事はもしかして…」

手塚が聞くと、あやかはニコリと口を開いた。

「ええ、私達のクラスも劇をするのです。題目は『赤頭巾』ですわ。防人さんのクラスは何をなさるのですか?」

あやかの質問に、手塚は答えた。

「『白雪姫』だよ」

すると、夕映が首を傾げた。

「あれは女性は主人公だったと思うのですが?」

それに学が答えた。

「白雪姫の役はフェイだよ。王子はイルゼで…」

そこまで言いかけて教室の前の扉が突然勢い良く開いたので学は言葉を切った。
そして、扉から赤い髪の活発そうな少女が入ってきた。

「清く正しく朝倉和美でぇす!特ダネの臭いに釣られてただいま参上!!」

自慢のカメラを構えながら颯爽と朝倉は叫んだ。

「何時も思うけど清さも正しさも感じられないんだけど…」

学が呆れたように言ったが、朝倉はそれを無視して学に詰め寄った。

「そ・れ・よ・り・も!!フェイちゃんが白雪姫でイルゼ君が王子なわけ?!たっはぁー!詳しく情報プリーズ!!」

朝倉のハイテンションに若干引きながら学は答えた。

「僕達のクラスは白雪姫をやる事に決まったんだよ。それで、王子がイルゼ、姫がフェイ」

「ちなみに、情報は公開しないで欲しい。バラしちゃ詰まらないだろ?」

手塚の言葉に、朝倉は「それもそっか」と呆気無く問い詰めるのを止めた。

「確かに、出し物の情報なんて公開したら詰まらないもんね。それっくらいは自重します」

そう言うと、朝倉は学から離れた。

「それにしても、フェイとイルゼですか、木乃香は良いのでしょうか…」

夕映が言うと、あやかも「そうですわねぇ」と同意した。

「フェイさんとキスするのは構いませんが、木乃香さんが可哀想な気も…」

あやかが言うと、手塚は溜息を吐いた。

「隙だらけの会話はやめにしないか?大丈夫だろ。大体…俺達はまだ6歳なんだ。おわかり?そう言うの早過ぎだから。おわかり?」

手塚の言葉に、夕映もあやかも「それもそうですね」と言った。

「それにしても、桃太郎とか浦島太郎とかあるでしょうに、何故に白雪姫?」

夕映が聞くと、手塚が手を振りながら答えた。

「道徳の時間で決めたかったからね。出た意見を通したんだよ。それに、役も大体決まったし、問題は無いよ」

手塚が言うと、夕映は「そうですか」と言った。

「そっちはどんな配役なんだい?」

零弦が聞くと、朝倉がポケットから手帳を取り出した。
付箋が沢山ついているシンプルな手帳だ。

「赤頭巾は木乃香で、狼がまき絵ね。狩人は円でおばあちゃん役はパル」

「他の娘は?」

学が聞くと、朝倉は肩を竦めた。

「後の皆さんはナレーターや音響、それに歌を歌いますの」

「歌?」

あやかの言葉に手塚が聞いた。

「そうですわ。赤頭巾が森を歩いたりお花畑に行く間に歌を歌うのです」

あやかの言葉に、手塚は「その手があったか」と感心したように言った。
そして、それからしばらく雑談をしていると朝倉和美が言った。

「そう言えばさ。来年から女子クラスと男子クラスがくっつくの知ってた?」

朝倉の言葉に学が「え?」と目を丸くした。

「いや、初耳だけど…マジ?」

すると、あやかも首を捻った。

「私も初耳ですわ」

キョトンとしながら言うあやかに朝倉は言った。

「確かだよ。しずな先生が恵美子先生と話してるの聞いたからね」

「まぁ、本当は一クラス40人前後が基本だしね、それもありっちゃありなのかな?」

学の言葉に、手塚も頷いた。

「そうだな。まぁ、別にそれでどうって事はないけど」

手塚の言葉に全員「まったくだ」と言う顔になって話は終わった。



イルゼとフェイは二人だけで部室に向かっていた。

「にしても王子かよぉ」

イルゼは頭を抱えながら落ち込んでいた。

「げ、元気出してよイルゼ君」

なんとか元気付けようとするフェイの言葉になんとか顔を上げると、イルゼはフェイを見た。

「だからさ、君付けなくていいって。それよか、手塚の奴にカボチャパンツ履かせるつもりだったのに計算が狂った」

「え?あ…うん。イ…イルゼ?…ていうか、そんな計画してたの?」

恥かしそうにイルゼの名前を呼び捨てにした後、フェイはジトっとした目でイルゼを見た。

「まぁいいか、とりあえず主役は俺だ!台本出来たら練習しようぜ?」

「う…うん」

イルゼの変わり身の早さに戸惑いながら、フェイは頷いた。
それから、部室に入ると輝夜と秀、亜里沙が既に居た。

「おっす!」

イルゼが片腕を挙げて挨拶すると、秀も「よう!」と返事をした。
それからフェイも挨拶した。

「こんにちは」

そして、輝夜は顔を向けて微笑みながら「こんにちは」と挨拶を返した。
亜里沙は部屋の真ん中のソファーに仰向けになりながら読んでいた本から視線を外して手を挙げた。

「おっす!あれ?学は?」

亜里沙の質問に、イルゼが答えた。

「文化祭の準備」

すると秀が座っていた部長専用の机の椅子から立ち上がると、机の上の大きな黒い筒を持ち上げた。

「そうだ。もうすぐ麻帆良祭が始まる。なら、俺が言いたい事わかるよな?」

秀の言葉に、亜里沙が答えた。

「ミス研も麻帆良祭に参加する?」

「その通りだ。満点の答えだぞ亜里沙」

亜里沙の答えに満足気に笑いながら秀が言った。

「何をするんだ?」

イルゼが聞くと、輝夜が口を開いた。

「やきそば屋です」

「やきそば?研究発表とかじゃなしに?」

輝夜の答えにイルゼは首を捻った。

「だってお前、研究発表なんて見に来る奴はよっぽどの暇人かオタク野郎だけだ。それなら、少しでも部費に変換出来る店をやったほうが良い」

秀の言葉に、フェイが口を開いた。

「でも、どうしてやきそば?」

すると、亜里沙が言った。

「去年もやきそばだったから機材があるんだぜ。作り方もわかるんだぜ」

ニッと笑いながら亜里沙が言うと、秀は「そういう理由だ」と言った。

「それより、イルゼとフェイのクラスは麻帆良祭で何やるんだ?」

秀が聞くと、イルゼが答えた。

「白雪姫」

「白雪姫?イルゼとフェイは何の役だ?」

イルゼの答えを反復して秀が聞いた。

「白雪姫はフェイで、俺が王子役」

イルゼが言うと、亜里沙が目を見開いた。

「な、なな、なっな…何ぃ!?」

「何ラップで驚いてるんだ?」

亜里沙のリアクションに呆れながら秀が言った。

「だ、だって!白雪姫ってキスするじゃん!」

「何を今更…」

亜里沙の言葉に輝夜は呆れたように言った。

「貴女もフェイもキスなら毎朝してるんでしょ?」

輝夜の言葉に亜里沙は「でも」と口を開いた。

「白雪姫だぜ?お姫様と王子様だぜ?そんなシチュでキスなんてしたことないんだぜぇ」

「何がお前をそこまで言わせるんだ…」

ソファーに顔を埋めて言う亜里沙に秀は呆れた目を向けて言った。
そして、フェイはキスの事を思い浮かべてうろたえ、イルゼはまだ人間がキスにどういう意味を持たせているかをよく理解出来ていなかった。

「と言うか色々早過ぎます。…私達だってキスしたのは三年生になってからなのに…」

輝夜がぼやくが丁度部室に入ってきた嵐が呆れた様に「十分早いよ」と言った。

「蓮はどうした?」

秀が聞くと、嵐は答えた。

「うちのクラスは喫茶店でね。制服のデザイン係りになったから蓮は今居残り中」

「そういや、蓮と嵐の母親はデザイナーだったか?」

秀が聞くと、嵐は頷いた。

「蓮は母さんの跡を継ぎたいと思ってるんだ」

「なるほど、いい機会に恵まれたわけだ」

秀が言うと、イルゼが「そう言えばさ」と亜里沙に顔を向けた。

「亜里沙のクラスは何やるんだ?」

「うちも劇だぜ。題目は『シンデレラ』で、アタシは王子役でアタシの親友の峰崎夏樹がシンデレラだぜ」

「夏樹さんってこの前の?」

イルゼは亜里沙の挙げた名前に心当たりがあった。
イルゼが言うと、亜里沙は頷いて肯定した。
数日前に、登校する時に一度だけ会ったことがあったのだ。
黒髪を後ろで真っ赤なリボンで縛っているとってもキュートな守銭奴だ。

「金の亡者なのは否定しないけど本人に言うなよな?」

亜里沙はイルゼに言った。

「俺、何も言ってないよね?」

イルゼは冷や汗を垂らしながら聞いた。

「顔見りゃ何考えたか察しがつくぜ。その時々容赦無い性格直せよな」

「悪かったよ。見に行くから何時やるのか分かったら教えてくれよな」

亜里沙の視線から逃げ腰になりながらイルゼは言った。

「ちゃんと見に来いよな?アタシもポップコーン片手に観に行くから」

ソファーに今度は仰向けになって言った。

「ところでさ、部長の持ってるその筒なんだ?」

イルゼは秀の持っている黒い筒を見ながら聞いた。

「これか?これは最近作られた高速道路があっただろ?」

秀の言葉にイルゼは「そういえば」と少し前に見たニュースを思い出した。

「日本を一本の高速道路で結ぼうって計画で関東全域を結び終わったんだったよな?」

「そうだ。『セントラル・ハイウェイ』って名前で作られたんだが、規制が難しいらしくてな。 直線が多いせいでスピードが出し易くてな。改造車で暴走するの
が多いらしいんだ」

「それが、その筒と何の関係があるのさ?」

秀の話にイルゼが首を傾げると、秀は筒から大きなポスターを取り出した。
そこには、赤いレーサースーツを着た男達が赤い特別製のレーシングマシンの前でポーズを取っている。

「F1マシン張りのマシンを操る超高速機動警邏隊「Sチーム」のリーダー、サム・スピードだ。元々はアメリカのワシントン州で活躍していたチームなんだ
が、日本のセントラル・ハイウェイ建設に伴って日本のSチームの教育を目的にリーダーを務めている。ちなみに、輝夜の叔父なんだ」

「輝夜さんの!?」

秀の言葉に驚いてイルゼは輝夜を見た。

「ええ、私の叔父です。私の父が日本びいきで父の母方の苗字である天王寺家の姓と日本の竹取物語から輝夜の名前を取ったんです。だから、この名
前ですが日本人の血はかなり薄いんですよ。母は純粋?なアメリカ人ですしね」

「え?じゃぁ、ミドルネームとかあるんですか?」

亜里沙は初耳だったのか驚いた顔で輝夜を見た。

「輝夜・リンゼー・天王寺・ソーンダイク。母の名前と、家の名前が入っています」

「家の名前?」

輝夜の言葉に亜里沙が首を傾げた。

「ソーンダイクが家の名前なんです。私は一人娘で父は天王寺の姓を継がせたくて仕方なかったらしく、名前はファーストが個人を定義して、ラストネー
ム、つまりはファミリーネームで家族全体を定義します。それで、父はミドルネームに母の名前と家の名前を入れたわけです。ミドルネームは結構自由が
効きますからね。ちなみに、私の天王寺輝夜は別に偽名というわけではありません。日本ではミドルネームを示す必要はありませんから、姓と名を示せ
ばいいだけなので」

「へぇ、あれ?でも髪は染めてて目はカラコン入れてるって言ってなかった?」

イルゼが聞くと、輝夜は柔らかく微笑んだ。

「目は確かにカラーコンタクトですけど、髪は自前ですよ。昔、名前と髪の毛や目とのギャップで虐められていた事がありましてね。そんな時に、秀様が髪
の毛と目の事で虐めていた子と私を庇って喧嘩をしたんです。それから、虐められない様にと自分が染めさせているという事にして誰にも文句を言わせ
なかったんです。自分が変態扱いされても平気なのに、私が虐められると俺が困るんだ!なんて言って下さったんですよ」

思い出す様に顔を赤らめながら話す輝夜に驚きながらも、イルゼ達は秀を感心した様に見た。

「初めて聞いた…。部長と輝夜さんの話…」

嵐は若干呆然としながら言った。

「か、輝夜…、恥かしいから誰にも言うなとあれほど…」

「へぇ、部長が…」

「お前らやめんか!!」

顔を真っ赤にしながらブツブツ言う秀が、イルゼ達には新鮮に感じてニヤニヤと笑みを浮かべ、秀は殊更に顔を赤くして怒鳴った。

「それから私の家に秀様をお招きして叔父のサムと仲良くなってあのポスターを秀様が貰ったと言うわけです」

輝夜の言葉にイルゼ達は秀を見る目を変えた。

「部長の事…ただの変態じゃないと思ってたけど…」

嵐の言葉に、秀は「それ、どういう意味だ?」と聞き、イルゼ達はついつい噴出してしまった。




トップへ  目次へ 前へ  次へ