第52話『麻帆良祭に向けて』

6月に入り、麻帆良学園は徐々に一年に三日間だけ訪れる祭典の準備に賑わい始めていた。
それは、イルゼや木乃香のクラスでも同じだ。
6月7日の水曜日、水曜日の一時間目は道徳の時間だ。
矢部は病気の養生の為にイギリスの妻の実家に引っ込んだと言う事にされた。
そして、副担任の弥栄恵美子が担任になる事になった。
そして、手塚が前に出て司会を務めた。

「今月の23,24,25日に麻帆良祭があります」

手塚はそう言うと、クラスの皆の顔を順番に見た。
イルゼは木乃香に聞いて知っていたし、手塚は勿論、フェイや学、零弦、不破、アーダルベルト、李、宇喜田の仲の良いメンバーは互いに情報交換して
麻帆良祭に胸を躍らせていた。
クアスの他の面々も興奮にざわめいている。

「よっしゃぁ、麻帆良祭だぜぇ!!」

と祭り事が大好きな高槻夾が歓声を上げる。

「いよいよかぁ去年見に来たんだけど凄かったんだ!!」

去年の麻帆良祭に家族みんなでやって来た海棠克はそう言った。
そして、手塚が手を大きく二回叩いてざわめきを黙らせた。

「今回は、俺達の初めて来賓側ではなく、主催側で参加する。ちなみに、舞台出演権をクジ引きで勝ち取ったから、舞台を使うのがいい。何か…意見あ
る人、手を上げてくれ」

手塚の言葉に、一斉に手を上げた。
最初に手塚が大久保蘭丸に「どうぞ」と言った。
そして、蘭丸はニコヤカに微笑み言った。

「Aクラスの女の子と一緒に合同でやった方がいいと思うんだ。だって、女の子がいないんじゃ劇なんて…」

そう言いながら、蘭丸は周囲を見渡すと、フェイや赤羽由希、葭原慊人を見て口篭った。

「出来そうだね…うん」

そう言って、「でも!」と手塚に言った。

「人手が多い方が…いいんじゃないかな?」

そう言って椅子に座った。
そして、手塚は「ふむふむ」と言いながら黒板に『Aクラスとの合同』と書き記した。

「他は?」

手塚の言葉に、また続々と手が上がった。
今度はCDを聞きながらダルそうにしている柚木撥春に手塚は発言を許した。

「歌がいいんじゃねぇ?ドラムとかギターとかさ、俺がギターやっから」

手塚は、「それいいね」と言いながら黒板に『ライブ』と書いた。

「他に誰か?」

手塚が言うと、葵が手を上げた。

「基本に戻って劇はどうだろうか?時代劇がお薦めであるのだがね」

勿体付けて言う葵に苛立たしげに「そうだね」と言って黒板に『時代劇』と書いた。
そして、手塚は「他に誰か何か意見は?」と言って、イルゼを見た。

「イルゼはどうだ?何か意見ないかい?」

手塚の言葉に、イルゼは一瞬目を丸くすると、「そうだなぁ」と悩んだ。

「劇がいいんじゃないか?歌もいいだろうけど…俺達で楽器使えるのは春だけだ。どうせなら…なるべく皆が出れる劇がいいと思うんだ」

「例えば?」

手塚の質問に、イルゼは「んんん」と考えながら言った。

「シンデレラ?…白雪姫?ディズニーは駄目だな、女の子が主役だけど…残念だが…女の子がいない。なら、どうする?桃太郎?みんな鬼になっちゃう
よ。浦島太郎?論外だ。主役以外全員女だ」

次々に却下していくイルゼに夾が言った。

「浦島太郎は虐めっ子って言う男達が居るぜ?」

「虐めっ子やりたいか?」

夾の言葉に、イルゼが「ん?」と聞くと、夾は「まさか」と首を振った。

「だろ?」

イルゼが言うと、利賀紫呉が手を上げた。

「蘭丸が言ってたじゃないさ、Aクラスと合同にすればいいんじゃないかな?それとも…慊ちゃんとか由希ちゃんとかフェイちゃんとかに女の子やってもら
うとかさ」

その言葉に、フェイが困った様にイルゼを見て、由希と慊人は何の反応も示さなかった。
そして、手塚は「それもありだな」と言って黒板に『フェイと慊人と由希に女装してもらう』と書いた。
そして、イルゼは「なら、いいのがあるぞ。皆が出来る」と言って黒板の前に歩いて黒板に書いた。
『シンデレラ』と。

「王子と王子の友達と…後何が居る?」

指を折りながら数える久保が聞くと、長谷部掌理が答えた。

「シンデレラと継母と継姉と魔女と…後誰だ?」

そして手塚が言った。

「後は…城の兵士か?」

「おう!」

イルゼが自信満々に言った。

「丁度、フェイと慊人と由希と…後は、蘭丸が魔女やれば後は王子を手塚、王子の友人は…俺がやるよ。後の皆は城の兵士だ。…完璧じゃね?」

手塚はイルゼの顔を右手で掴むと「却下だ」と言って、他の意見を募った。
渋々席に戻ると、フェイがジト目で見てきた。

「僕、劇で女の子の役をやりたいとは思わないよ」

その言葉に「今度パフェ奢るから許してよ」と言って椅子に座った。
それから、蘭丸が言った。

「葵が言ってたので良くない?時代劇」

「水戸黄門でも?それとも…暴れん坊将軍?」

蘭丸の言葉に、手塚が聞いた。

「あれだよ…、葵!なんだっけあれ」

「あれじゃ分からんよ」

蘭丸の言葉に葵は肩を竦めた。

「ほら…、幕末の…」

蘭丸の言葉に、イルゼが言った。

「新撰組?」

「それだ!!」

蘭丸は指を鳴らしてイルゼを指差した。

「たしかに…全員出来るけど…、劇に向かないだろ?」

そう言ったのは夾だった。

「なら、他に何がある?」

「やっぱ…、時代劇は無理があるだろ。そうだなぁ、白雪姫は?フェイが白雪姫、イルゼが王子なら問題ないだろ?」

蘭丸の質問に久保が言った。

「おい待った!なんで俺が王子なんだよ。柄じゃないし、カボチャパンツなんて悪夢だろ!!」

イルゼが両手を大袈裟に振って言ったが、手塚が「黙れ」と言った。

「お前、さっき俺に王子やらせようとしただろ!大体…カボチャパンツの王子なんて絵本だけだ。ディズニーの映画を見ろ!!王子は…空気だけど少なく
とも…カボチャパンツじゃないよ」

「とにかく!白雪姫に決定だ。王子はイルゼ、白雪姫はフェイ、後は七人の小人と魔女だけど…他にも王様とか適当に役をでっち上げればいいだろ?」

紫呉の言葉に、手塚が「んじゃ、次は役決め行くぞ!」と話を進めてしまった。

「そう言えば、白雪姫って王子とキスしなかったか?」

夾が言うと、掌理が肩を竦めた。

「別に構わないだろ?俺達6歳だぜ?そう言うの気にしてるとムッツリって呼ばれるらしいから気をつけろ」

掌理の言葉に、夾は体を震わせた。

「ムッツリはやだよ」

そして、手塚が黒板に役を書いて行った。

「王子はイルゼ…むしろカボチャパンツにするか?」

手塚が言うと、蘭丸が「いいねぇ」と同意したが、イルゼが、「もう委員会の手伝いしないぞ?」と言うと、撤回した。

「まぁ、衣装は…普通でいいな?なぁ、みんな?」

手塚が言うと、誰も反論しなかった。

「さてさて、フェイは…白雪姫いいか?」

手塚が聞くと、フェイは困った顔で反論しようとしたが、手塚が先に口を開いた。

「ちなみに…お前がやらないと慊人か由希がイルゼとキスする事になるぞ?」

手塚が言うと、フェイは咄嗟に「やる!」と答えてしまっていた。

「お前…今のは卑怯じゃね?」

と蘭丸が言ったが、手塚は肩を竦めるだけで黒板に王子と白雪姫の所にイルゼとフェイの名前を書いた。

「小人は…誰がやりたい?ちなみに、王子の親父は俺がやる」

「待てよ、待て!なんで王様役ナチュラルにゲットしてんだよ独裁者!!」

夾が言うと、久保や蘭丸、紫呉もブーイングした。

「いいんだよ。委員長特権。舞台権ゲットしたの誰だ?ん?夾君!蘭丸君!紫呉君!ん?」

手塚の言葉に、蘭丸は「大人って汚いよね」と由希に言ったが、「ん?」と興味全く無しの意思表示をされて溜息を吐いた。

「それで!小人やりたい人は手を挙げて!」

手塚が言うと、蘭丸と紫呉と夾と久保と葵とアーダルベルトと李が手を上げた。

「ちょうど七人!決定だ!後の皆は…何がやりたいんだ?」

手塚が黒板に七人の名前を書きながら聞くと、学が言った。

「大切な事忘れてるよ?ナレーターが必要だ。音響とか、ライトとかも、それに魔女は誰がやる?やりたい人…居るの?」

「え?…あ、いや」

と蘭丸。

「お前やれよ」

と紫呉が本田将人に言った。

「やだよ」

と将人。
学の質問に、みんな押し付け合いを始めたが、手塚が大きく手を叩いた。

「はいはいストップ!もうすぐ道徳の時間終わっちゃうからちゃっちゃと決めるぞ!まずは音響は春!頼めるかい?」

手塚の名指しに、春は「構わないよ」と言って了承した。

「でも、アシスタントが欲しいな。音を選ぶのにも。学と宇喜田、頼める?」

春の言葉に、手塚が却下した。

「学は駄目だ」

「なんで?」

手塚に春が聞くと、手塚は「台本」と言った。

「台本書くのに学とそれから…」

と言いながら手塚は零弦を指差した。

「零弦。二人には俺と台本作ってもらう。いいな?」

手塚が聞くと、学は「オーケー!」と答え、零弦も「構わんよ」と言って快く了承した。

「なら…克はどう?」

春が聞くと、克は「構わないよ」と了承した。

「ライトは掌理がやってくれるか?コンピュータ得意だろ?制御はコンピュータだったと思うから」

手塚の言葉に、掌理は頷いた。
そして、須藤の仲間の御坂元也が口を開いた。

「なら、俺も手伝おう。掌理さんだけでは大変だろうからねえ」

元也の言葉に、手塚は「頼む」と言った。
元也に関しては須藤とつるんでいるが、特に虐めには参加せずにクラスとも溶け込んでいる。
思想が危ないのでマッドと呼ばれているのを気にしなければだが。

「洞爺には鏡の役をやってもらいたい。いいか?」

手塚の言葉に、堀越洞爺は頷いた。
そして、手塚は後残っている須藤と腰巾着の本田、不破と瀬尾と慊人と由希を見た。

「残っているのは魔女とナレータだが、不破は頭痛が辛いだろうから俺の手伝いと王様の補佐の役だ。なるべく仕事は楽なのを回すから頼めるか?」

手塚が言うと不破は「わかった。頑張るよ」と言いながらまたぶつぶつと独り言をはじめた。
だが、クラスの皆も慣れたもので誰も気にしない。

「ナレーターやりたい人は?」

手塚が聞くと、瀬尾が手を上げた。

「聖書の読みあげを教会でやってるから朗読は得意だよ」

瀬尾の言葉に手塚は「そうか」と言った。

「そう言えば、学園内の教会に通ってたっけ?プロテスタントだっけ?」

手塚が言うと、瀬尾は「違う」と言った。

「プロテスタントの教会は武蔵麻帆良のだよ。俺が行ってるのはカトリック。でも、ここの教会はなんかキチンとした司祭がいないから学園内のなんちゃっ
て教会みたいだけどね。聖水はあるけど信仰は無い。それでも、無いよりはマシだから行ってるけどさ」

肩を竦めて愚痴る瀬尾に、後ろの席の夾が眉を顰めた。

「どういう事だ?信仰が無いなら教会なんて作らないだろ?」

「教徒の生徒用に用意したんじゃないかな?シスターシャークティなんて洗礼を受けてないし、聖書を覚えてないんだ。讃美歌も歌わないし、ただあるだけ
の教会だよ」

瀬尾は苛立たしげに言うと鼻を鳴らして肩を竦めた。

「まあとにかくだ。魔女やりたい人は?」

手塚の言葉に、残った須藤も本田も慊人も由希も手を上げなかった。

「挙げないなら勝手に決めるぞ!」

無反応な四人に苛立ちながら、手塚は由希を指差した。

「じゃあ、由希が魔女役だ。他は森の動物!決定だ!」

「ちょっと待て!何だよ動物って!!」

須藤が不満の声を上げた。

「そうだよ!!何で僕らが森の動物なんて!!」

本田も須藤に習って文句を言うと手塚が言った。

「お前らが何にも手を挙げないからだろ!嫌なら森の木Aでも城の兵士AとかBでもいいんだぞ!」

「城の兵士Aでいい…」

須藤が諦めた様に言うと、本田も渋々「Bでいい…」と答えた。

「慊人はどうする?」

「魔女の手下。付き人くらい居たっていいでしょ?」

慊人の言葉に、手塚は「それもそうだな」と言った。

「よし、決定だ!王子はイルゼ、白雪姫はフェイ、王様は俺、付き人は不破。小人は蘭丸、久保、夾、葵、紫呉、アーダルベルトに李。ライトは掌理と元
也。音響は春と宇喜田と克。台本は俺と不破と学と零弦。魔女は由希で付き人が慊人。ナレーターは瀬尾で洞爺が鏡。須藤は門番Aで本田はBで決定」

確認しながら手塚は黒板に書いていく。

「衣装とかの手配は俺がやる。不破と…それからイルゼ!手伝ってくれ」

「了解!」

イルゼは右手を挙げて了承し、不破も頷いて答えた。

「じゃあ、準備は明日からだ。今日は学と零弦だけ残ってくれ。台本について話たい」

手塚が言うと、学と零弦は了承した。
そして、チャイムが鳴って道徳の時間が終わった。






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