第46話『真相』


さよの過去を見終わった面々は押し黙った。
近右衛門は怒りに震え、エヴァンジェリンは全くの無表情だった。
そして、木乃香は涙を流している。
だが、イルゼが口を開いた。

「なぁ、中村康彦って何者だ?」

イルゼは鋭い視線をレオルモンに向けて聞いた。
だが、レオルモンは首を横に振った。

「ここの学園長だと聞いたが、それ以上は何も…」

その言葉に、近右衛門が続いた。

「それは確かじゃよ。儂の前任は確かに中村康彦と言う名じゃった。何故か儂が赴任する前に、学園から消えてしまいおった。その後の空襲後は、魔法
世界の人間が修繕をしたり管理したりしたんじゃ。それにしても…何とも不愉快な男だったらしいのう…」

さよを生贄にしたのは中村だ。
そして、その為にさよを脅した事は許される事ではない。
近右衛門の怒りは、木乃香やイルゼにも分かった。
そして、エヴァンジェリンはイルゼに視線を向けた。

「イルゼ、気になる事があるのか?」

その言葉に、イルゼは小さく頷いた。

「俺は、中村康彦って名前を聞いた事があるんだ。七不思議を調べてる途中で…」

その言葉に、全員の視線がイルゼに集中した。

「どういう事なん?」

木乃香が聞くと、イルゼは口を開いた。

「ミス研で、秀部長と輝夜さんが見つけた資料なんだけど、その中である研究者の音声記録が見つかったんだ」

その言葉に、近右衛門の眼差しが鋭くなった。

「詳しく、話してもらえるかの?」

その言葉に、イルゼは確りと頷いた。

「でも、話すよりも記憶を見てもらった方が早いと思う。ばあちゃん、頼むよ」

イルゼの頼みをエヴァンジェリンは「ああ」と快諾した。
そして、イルゼがミス研で調べた知識が次々に流れた。
そして、あの音声の場面となった。

『1940年2月14日、私の名は結崎宝仙。現在、私はあの方の命により、研究を続けている。あの方が授けてくれた知識で、もうすぐ完成する。今は、共に
研究する中村康彦が、最終調整に入った。これが成功すれば、我が国の勝利は揺るがない筈だ。被検体の様子も安定している。これより、我々は最後
の仕上げに移る。あの方が送り込んでくれる手筈になっている者…ファントムだったか…。違ったかもしれない。些細な事だ。これで私は英雄となるの
だ。この研究は、必ず日本軍に勝利を…。さて、ここまでにするか。これにて、1940年2月14日の音声日誌を終了する。…とは言え、これはただの私の個
人的な日記なわけだがな』

そこで、映像は消えて周囲は別荘に戻った。

「中村康彦は、実験を行っていた一人だった。ファントムは間違いなくファントモンだ。それに、この音声データんお入っていたカセットを持っていたのは岩
室警部だった」

イルゼの言葉に、エヴァンジェリンは頷いた。

「なるほどな、中村康彦か…。まず、こいつがキーパーソンであるのは間違いないな。爺ぃ、この男の情報はないのか?」

エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は残念そうに首を横に振った。

「わからんのじゃ。前任者であるのは知っておるのだが、儂は一度も会った事はないし、情報も空襲の時に図書館島以外は燃えてしまった。世界樹の加
護を全て割いてしまったからのう…」

その言葉に、エヴァンジェリンは舌打ちしながら腕を組んだ。

「一度、整理してみた方がええんやない?」

木乃香の言葉に、イルゼが「そうだな」と答えた。
そして、エヴァンジェリンも頷くと、大きな紙を取り出して、円形ベンチの中心の机に敷いた。
そして、その紙に書き込み始めた。
そして、イルゼが口を開いた。

「事件の起こりは七不思議の一つでもある、『血のバレンタイン』だ。誰も把握してなかった謎の研究所の人体実験と研究者の『結崎宝仙』と『中村康
彦』。その研究所が、1940年の2月14日のバレンタインに全ての人間が消え去る事件が起きた」

そして、イルゼの言葉をエヴァンジェリンが書き込んでいく。
そして、さよが口を開いた。

「1940年4月10日に、理恵ちゃんが…。きっと、あの時にはもうファントモンは居た。『血のバレンタイン』は、ファントモンが現れた日だと思う…」

そして、レオルモンが続く。

「恐らく、その研究所の実験は、デジタルワールドのフォルダ大陸のパーツ海岸の洞窟でナノモンとファントモン、そして、あのデーモンと言う謎のデジモン
の研究が関係している筈…」

そして、近右衛門が口を開く。

「恐らくはデジモンをこの世界に召還する研究。もしかしたら、ファントモンがこの世界に来た時に、一種の『道』が出来たのかもしれん。『穴』と呼んでもい
いかもしれんが…」

そして、木乃香が口を開く。

「その『穴』から、さよさんの声がレオルモンの流されていた空間に響いて、レオルモンはさよさんの下に来れた…」

そして、再びさよが口を開く。

「あの日、私が理恵ちゃんのお葬式の後に研究所に言った時に『中村康彦』を見た」

そして、イルゼが眉を顰めた。

「『研究員の中村康彦』とさよさんの見た『中村康彦』は同一人物なのは間違いないな…」

そして、レオルモンが忌々しげに言った。

「そして、さよを襲おうとしていたファントモンを、私は殺し損ねた。…あそこで殺していれば…」

後悔の念に苛まされるレオルモンの頭を、さよは優しい笑みを浮べながら首を横に振った。

「貴方のせいじゃない…。貴方がいなかったら、私はあの時に死んでた…。だから、自分を責めないで」

その言葉に、レオルモンは一瞬だけ目を見開くと、顔を俯かせた。

「君には敵わない…」

そして、エヴァンジェリンが口を開いた。

「ここまで纏めて、謎は絞れてきたな…」

その言葉に、一同は頷いた。

「『中村康彦』、『七不思議』、『相坂の霊』、『中等部に設置された鏡合わせの魔法陣』」

「私の霊ですか?」

エヴァンジェリンの上げた例の中に自分の霊が出てきたさよは目を丸くした。

「?なんでさよさんが驚くんだ?魔法陣の中でさよさん言ってたじゃん。記憶が戻ったって…あれ?記憶が戻った?」

イルゼは自分で言ってておかしい事に気が付いた。

「あれれ?うちわかんなくなっちゃった」

木乃香もおかしな事に気が付いて目を丸くした。
そして、エヴァンジェリンも気が付いた。

「なんで相坂の霊が居たんだ!?それに、記憶が戻ったとはどういう事だ?相坂の記憶を見る限りだと、霊体が抜け出した様子は無かったぞ!!」

その言葉に、さよとレオルモンは首を傾げた。

「一体どういう事なんですか?」

さよの質問に、近右衛門がゆっくりと説明した。
すると、さよにも分けが分からないと言った表情だった。

「相坂、お前は何か心当たりは無いか?」

その言葉に、さよは首を横に振った。

「私にもサッパリで…」

そして、一同が考えていると、イルゼが口を開いた。

「なぁ、髪の毛…」

「え?」

イルゼの突然の言葉に、一同はギョッとしてイルゼを見た。
木乃香の疑問の声に、イルゼは答えた。

「なぁばあちゃん。髪の毛って、魔法だと重要だって話したよな?」

イルゼの言葉に、エヴァンジェリンは「あ、ああ」と驚いたように答えた。

「『七不思議』や、魔法陣もだけど、あの『中村康彦』ってのがわざわざ作るとは思えない。どう考えても、さよさんとレオルモンを開放する為に用意された
としか思えないんだ」

イルゼの言葉に、エヴァンジェリンは目を細めた。

「つまり?」

「魔法使いで、さよさんを開放したいと願ってるのは誰だ?それも、さよさんの髪の毛を保存してる人なんて一人しか居ない!」

その言葉に、全員が真相に辿り着いた。

「おばあちゃん!?」

その言葉に、イルゼは頷いた。

「多分」

その言葉と共に、エヴァンジェリンの頭の中でパズルが合わさっていった。

「そう言う事か!!相坂キヨは、相坂の開放を願った。そして、その為に解除する為の仕掛けを麻帆良学園本校女子中等学校の三階に仕掛けた。そし
て、その封印を解く為のヒントを『七不思議』にしたのか…。そして、恐らくはさよの髪の毛を使ってさよのファントム、つまりは幻影を作り出した。どうりで
存在感が希薄な筈だ!!それなりの実力者にしか分からないようにしてあったんだ。そして、そのヒントを見つけた者だけが相坂を開放する。それも、好
奇心を刺激する為に『七不思議』などと言うのに話を纏めて…」

そこまで言うと、エヴァンジェリンは気が付いた。

「おかしいぞ…。相坂キヨは魔法使いとしては未熟だった筈だ!どうして、封印の術式を解析し、その開放の術式を編めたんだ?それも、遠距離から開
放の為にプロセスを必要とする様な高度な技術をどうやって?」

その言葉に、近右衛門が小さく呟いた。

「中村康彦…」

その言葉に、一瞬だけ目を見張ったが、エヴァンジェリンは首を横に振った。

「それはおかしい。奴がピエモンをこの世に放った真犯人なら、それを隠す為に開放するヒントなど残さないはずだ…」

そして、木乃香は「あれ?」と呟いた。

「どうした?」

イルゼが聞くと、木乃香は「あんね?」と口を開いた。

「どうして矢部先生は封印を使えたのかなって…」

その言葉に、イルゼ、エヴァンジェリン、近右衛門の脳裏に雷鳴が轟いた。

「そう言う事か!!」

イルゼの叫びに、近右衛門は頷いて言った。

「そうじゃ!!何故気が付かなかったんじゃ…。さよちゃんがこの地に捕われていると儂に教えたのは矢部だった筈じゃ!!」

その言葉に、エヴァンジェリンは鳥肌が立ちそうだった。

「霧が晴れていくな…。相坂キヨに教えたのは恐らくは『矢部雅彦』だ。奴は、キヨに話を聞くかして、裏鬼門にさよが封印されている事を知った…。ちょっ
と待て…」

エヴァンジェリンは眉を顰めた。
その様子に、イルゼが首を傾げた。

「どうしたんだ?ばあちゃん?」

すると、エヴァンジェリンは答えた。

「何故、矢部はこの話を爺ぃにしなかった?普通ならすぐに話すんじゃないか?」

だが、その疑問は近右衛門は容易く解き明かした。

「推測じゃが、矢部にはわかったんじゃろ…」

近右衛門の自嘲する様な声に、一同は近右衛門を見つめた。

「儂一人の力ではどうにもならないと…」

「なるほどな…。私とサーベルレオモンが居て、初めてピエモンは倒せた。爺ぃ一人じゃ、到底勝てる相手じゃない…」

エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は辛そうに頷いた。

「時を待っておったのかもしれんのう…」

「もしかしたら…」

近右衛門の言葉に、イルゼが口を開いた。

「あの『麻帆良七不思議』を、俺達が発見したのってさ…矢部先生が見つけるように仕向けたのかも…」

その言葉に、一同がイルゼを見た。

「だって、あの本が見つかったのは図書館島だ。それも、かなり奥深く…。普通だったら簡単に見つかる筈が無い。開放して欲しいなら、分かりやすい場
所か、それとも謎解きをする必要がある場所に保管するべきなのに…。誰かが、見つかる様に仕向けたんだ。それが…矢部先生…」

そして、円形ベンチの中は静まり返った。
みんな、何を話せばいいのか分からなくなってしまったのだ。
すると、エヴァンジェリンが口を開いた。

「とにかくだ。残るは『中村康彦』だ。奴の事を調べる必要がある」

その言葉に、全員が頷いた。
そして、それで話は終わりだった。
だから、イルゼは改めてさよとレオルモンに挨拶した。

「あのさ、改めて自己紹介するよ。俺はイルゼ。イルゼ・ジムロックだ。元は知ってると思うけどデジモンだ。インプモンって言うんだ。この名前は木乃香の
親父の詠春がつけてくれた。んでさ、木乃香は俺のパートナーだ」

その言葉に、レオルモンは首を傾げた。

「インプモン?聞いた事が無いな…」

その言葉に、イルゼは肩を竦めた。

「まあね、ジジモンも俺は珍しい種族だって言ってた。アンドロモンにも分からないんだってさ」

「アンドロモンと言うと、ファクトリアタウンのかい?」

「そうだよ。いっつも真面目な顔で難しい話ばっかりだけどさ、時々コッソリ優しく笑いかけてくれるんだ」

その言葉に、レオルモンは驚いた顔をした。

「はぁ、あのアンドロモンがかい?彼も変ったのだな。あれからどのくらいの時が経ったのだろうか…」

レオルモンは切なそうに言った。

「そうだ!俺の過去を見る?」

イルゼは突然そんな事を言った。

「な!?だが、君の思い出は君だけの物。私が見る権利は…」

「俺がいいって言ってんだからいいじゃん。ばあちゃんと木乃香にも、デジタルワールドの話ってあんまりした事無かったしさ。まぁ、どんなデジモンが居
て、どんな生活してたかくらいだからさ」

その言葉に、エヴァンジェリンと木乃香は驚いた。

「私達もいいのか!?」

「イルゼ!?」

すると、エヴァンジェリンと木乃香の反応にイルゼは逆に驚いてしまった。

「勿論。だって、ばあちゃんと木乃香は俺にとって家族なんだぜ?家族に自分の事を知ってもらいたいってのは変かな?」

その言葉に、エヴァンジェリンは目を見開いた。

「か…家族?わ…わたしが…か?」

その、怯える様な声に、イルゼと木乃香は驚いた。

「え?違うの?」

「おばあちゃん、うちらと家族嫌?」

その言葉は、エヴァンジェリンにとって、生まれて来てから感じた事も無い程恐ろしいモノだった。
当然の様に、家族と呼ばれた。
それが、エヴァンジェリンには信じ難かった。
だが、頭が冷えてくると理解した。
自分が、二人と出会ってからしてきた事…それは、まさしく家族のソレだったと。
故に、エヴァンジェリンは泣き笑いの様な顔で微笑んだ。

「ああ、私達は家族だな。ああ、見せてもらうよ。私も…」

その言葉に、イルゼは当然の様に頷いた。
太陽の様に輝かしい笑顔で。

「うん!」

そして、イルゼは近右衛門とさよにも聞いた。

「じいちゃんとさよさんは…ってか、さよさんの事、さよ姉って呼んでいいかな?なんか、さん付けって苦手なんだよ。先輩付けるのも苦手だけど…」

イルゼの言葉に、さよはニッコリと笑って「いいよ」と頷いた。

「あ!うちもさよ姉って呼んでもええ?」

木乃香の言葉に、さよは「勿論」と頷いた。
木乃香とイルゼは顔を見合わせて喜び合った。
そして、さよは心が温まる気がした。
そして、近右衛門は小さな声で呟いた。

「まったく…。なんとも素晴らしい孫を持ったもんじゃ…」

その言葉に、エヴァンジェリンとさよは小さく頷いた。

「まったくだな…」

「うん…」

そして、イルゼは改めて聞いた。

「んでさ、さよ姉ちゃんとじいちゃんはどうする?」

その質問に、さよと近右衛門はお互い見詰め合ってから、子供のように言った。

「「見たい!」」

そして、エヴァンジェリンの魔法でイルゼの記憶が広がった。
それは、デジタルワールドの平凡な日々の…ほんの一時の記憶だ。





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