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第43話『恐怖のピエモンの世界!!マスクズ・スクエアー』
突如出現した巨大な黄金の獅子に、その場に居た者は全員が唖然としてしまった。
「サーベル…レオモン?」
ギョッとしながらエヴァンジェリンは口を開いた。
「まさか…レオモンか!?」
その言葉に、ピエモンは眼をこれ以上無く見開いた。
「なんだと!?馬鹿な、奴は私のトイワンダネスで殺した筈だ!!」
ピエモンが激昂し叫ぶと、サーベルレオモンは鬣を逆立てた。
「インフィニティアロー!!!」
サーベルレオモンの叫びと共に、サーベルレオモンの鬣から無数の毛針が不可視となったトランプソードを打ち落としていく。
「なにぃ!?馬鹿な!!私のトランプソードが見えているのですかぁ!?」
ピエモンは次々に落とされるトランプソードを見て愕然とした。
「ふっ、まさか。見えてはいないさ。だが、不可視であるだけだ!!そこに存在するならば、その空間に隙間無く攻撃すればいいだけの話!!」
「おのれ!!死に損ないがぁぁ!!!」
ピエモンは両手をサーベルレオモンに向けた。
「喰らいなさい!!トイワンダネス!!!」
ピエモンの掲げた両手から、凄まじい威力の衝撃波が生み出される。
それは、サーベルレオモンに襲い掛かった。
だが、サーベルレオモンは、一瞬にして消え去った。
「何!?どこに!!」
ピエモンは仰天して固まると、背後から声がした。
「余所見をしていていいのかのう?」
サーベルレオモンに気を取られている間に、近右衛門がピエモンの背後に迫っていたのだ。
そして、右手で凄まじい魔力の篭められた炎の魔法を至近距離から開放する。
「馬鹿が!!その程度の攻撃など!!」
だが、ピエモンは一瞬で回避すると、白い布を近右衛門に向けて放った!!
「人形におなりなさい!!クラウントリック!!」
凄まじい悪寒に襲われた近右衛門は、懐から陰陽術の身代わり符を放った。
「オン・カカカ・ビ・サンマ・エイ・ソワカ!!!」
その呪文と共に、開放された近右衛門の幻影を、ピエモンのクラウントリックが包み込んだ。
その瞬間に、虚空瞬動を使い、近右衛門は一気に距離を取った。
そして、目を見開いた。
近右衛門の幻影が人形に変えられてしまったのだ。
「拙い!!エヴァンジェリン、サーベルレオモン!!あの布には注意するんじゃ!!!」
その叫びに、エヴァンジェリンはピエモンの真上から答えた。
「見ればわかるさ!!!『銀狼の咆哮』!!!」
エヴァンジェリンは、真上からの声にギョッとしたピエモンに極寒の冷気の光線を放った。
そして、次の瞬間には虚空瞬動で一気に距離を取る。
「このような直線状の攻撃など効かないと言ったでしょう!!!」
ピエモンは、エヴァンジェリンの魔法をアッサリと躱すと愉快そうに叫んだ。
「ならば、これならばどうだ!!!」
その叫びと共に、凄まじい速度でピエモンに向うサ−ベルレオモンの姿が在った。
「インフィニティアロー!!!」
巨体からは想像もつかない程のスピードで駆けながら、サーベルレオモンは鬣から毛針を放つ。
無数に迫るインフィニティアローに、ピエモンは薄く笑った。
「ハハハハハハハ!!!貴様と同じ事をしてやりましょうか!!」
そう言うと、ピエモンは一瞬にして無数のトランプソードを出現させると、トランプソードによって巨大な壁を作り出した。
そして、さらに次々とトランプソードを出現させると、サーベルレオモンに放った。
「攻撃中では避けられないでしょう!!」
その言葉と同時に、エヴァンジェリンの声が響いた。
「それは貴様もだろうが!!『闇の吹雪』!!!」
闇の力と氷の力の合成魔法。
凄まじい破壊の力を纏った冷気の竜巻が、ピエモンに襲い掛かった。
「なんですと!?」
そして、ピエモンが間一髪で回避すると、視界の中に、近右衛門が光の壁によってトランプソードを防いでいるのを見た。
「おおおおおおおおおおおお!!!!!」
そして、エヴァンジェリンは無数の氷弾を無詠唱で放った。
「この程度!!!!」
それを、両手から迸らせる雷で、一気に薙ぎ払う。
そして、そのまま雷がエヴァンジェリンに襲い掛かる。
「エンディングスナイプの餌食になりなさい!!!」
だが、エヴァンジェリンはニヤリと笑うと、無数のコウモリに変り、姿を消した。
エヴァンジェリンが開放されてから、半刻が経過していた。
「馬鹿な!?…そうか!!吸血鬼…。忌々しきヴァンデモンと同じと言う事か!!」
ピエモンは、脳裏にチラつく忌々しい過去の記憶に殺意を更に増した。
ピエモンが未だ、バケモンであった時代に、思想が危険だと言われ『闇貴族の館』を追い出された記憶が蘇ったのだ。
「強さを!!強さを求める事の何が悪いと言うのだ!!忌々しき吸血鬼!!!殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!殺してや
るぅぅぅぅぅ!!!!」
気が狂ったかの様に叫び散らすピエモンに、勝機を見つけ、サーベルレオモンは一気に加速しながら駆け出した。
その速度は、レーシングマシン以上の速度だ。
そして、凄まじいオーラを纏った鋭い爪をピエモンに放った。
「ネイルクラッシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「なにぃぃ!?ぐああああああああああああああ!!!!!」
強力な斬撃波動を、ピエモンはまともに受けてしまった。
そして、そのまま初等部の西の森まで吹き飛ばされた。
「決まったか!!」
エヴァンジェリンは勝利を信じて拳を握った。
だが、残酷な現実が突き刺さった。
全身がズタズタに裂かれていながらも、ピエモンは立ち上がり、空中に浮いたのだ。
そして、エヴァンジェリンは背筋を凄まじい怖気が走るのを感じた。
そして、小さく呪文を唱えた。
そして、ピエモンは大声を張り上げた。
「許さん…。許さんぞ!!!!!貴様らあああああああああ!!!!」
ピエモンの叫びが轟き、凄まじい殺気と共にピエモンは両手を天に掲げた。
「後悔するがいい!!この私を、温厚で優しい私を怒らせた事を!!!!」
ピエモンの雰囲気が変った事を悟り、サーベルレオモンと近右衛門はピエモンに技を放った。
「インフィニティアロー!!!」
「ぬおおおおおおおおお!!!!!!」
サーベルレオモンのインフィニティアローと、近右衛門の圧縮された光のサギタ・マギカ1000本が、ピエモンに襲い掛かる。
だが、ピエモンは凄まじい暗黒の力が篭った雲を発生させた。
「遅い!!!」
そして、その黒い雲を振り落とした。
「マスクズ・スクエアー!!!」
そして、近右衛門、エヴァンジェリン、サーベルレオモンは影に呑み込まれた。
その瞬間に、世界は変貌した。
あらゆる事象が、ピエモンの思うが儘となる世界に。
「なんじゃここは!?」
近右衛門の顔は驚愕に塗り固められた。
そこは白亜の空間だった。そして、ありとあらゆる場所にピエモンの仮面が浮いている。
そして、サーベルレオモンはピエモンの気配に気付き、顔を上空に向けた。
それに反応し、エヴァンジェリンと近右衛門も顔を上げると、そこには無傷のピエモンが浮遊していた。
「馬鹿な!?無傷だと!?」
サーベルレオモンは愕然とした声を上げた。
「フフフフフフフ、ここは私の世界。私の思い描いた通りの事が実現する世界です。もう、貴方方が勝つ可能性は万に一つも無い!!」
「おのれ!!インフィニティアロー!!!」
サーベルレオモンのインフィニティアローがピエモンに迫るが、ピエモンは余裕の笑みを浮かべたままだった。
そして、次の瞬間に、サーベルレオモンは愕然とした。
なんと、サーベルレオモンのインフィニティアローはピエモンに当たる事無く、直前に停止していたのだ。
「言ったでしょう?この『マスクズ・スクエアー』は私の世界。私の思うが儘だと」
その言葉に、ようやく意味が理解できた。
三人はあまりの事に愕然としてしまった。
「ば、馬鹿な…」
近右衛門は恐怖の色を浮かべた。
「さてさて、それでは最終幕をはじめましょうか」
ピエモンは壮絶な笑みを浮べて言った。
「この殺戮ショーの最終幕をね」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
近右衛門は翔けだした。
炎の魔力を右手に纏わせる。
「セクタス・サンクタス・ベネフィクス」
始動キーを唱えながら、ピエモンに迫る。
だが、ピエモンは動く事すらせずにニヤニヤと笑い続けるだけだった。
「クッ!!契約に従い、我に従え!!!炎の覇王!!来たれ、浄化の炎!!燃え盛る大剣!!!」
ピエモンに向かいながら呪文を詠唱する。
だが、どうした事だろうか、いつまで飛び続けてもピエモンの元に着かなかった。
だが、近右衛門はピエモンを鋭く睨みつけながら呪文を完成させた。
「ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄!!罪ありし者を死の塵に!!!」
凄まじい魔力が集中する。
そして、近右衛門は現役時代に身体に埋め込んだ魔法発動体のある右手をピエモンに向けた。
「燃える天空!!!!」
一瞬にして、凄まじい熱量と大きさの炎が出現する。
その魔法の前では、誰もが死を覚悟しざる得ないであろう…その炎を、ピエモンは一瞬にして消してしまった。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
ピエモンの耳障りな笑い声が響く。
「全く、学習しない者達ですねぇ。この世界では、どんなに巨大な力も無意味!!その証拠を見せてあげましょう!!」
そう言って、ピエモンは邪悪な笑みを浮べた。
「さぁ!!私を怒らせた罪をたっぷりと後悔させてあげましょう!!贖罪のお時間ですよぉぉぉぉ!!!!」
そう、ピエモンは高らかに叫んだ。
その瞬間だった。
「な!?」
「なんじゃ!?」
「ぐぅ!?」
エヴァンジェリンと近右衛門、そしてサーベルレオモンの体が、突如空中にまるで磔の様に両腕を伸ばした状態で固定されてしまった。
「たっぷり可愛がってから殺してあげますからねぇ?」
ピエモンは狂気に満ちた眼差しで三人を見た。
だが、エヴァンジェリンは勇敢にも笑って見せた。
「何がおかしいのですかぁ?」
ピエモンは忌々しげにエヴァンジェリンを見ながら聞いた。
「さてなぁ、お前の道化っぷりはさすがに本職だけあるなと思ってな」
エヴァンジェリンの言葉に、ピエモンは分けが分からないと言う表情だった。
「何故だ!?何故笑っていられる!!死ぬのだぞ!!貴様は…」
そこまで言って、ピエモンはハッとなった。
「そうか!!フフフ、フハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
突如、ピエモンは心底おかしそうに笑い声を上げた。
「わかりましたよエヴァンジェリン!!貴女は吸血鬼。不死の存在!!だから、私に殺す事が出来ないと思っているのでしょうねぇ?」
醜悪な笑みを更に強め、嗜虐心を刺激されたかのようにピエモンは口を開いた。
「フハハハハハハハハハハハハ!!!残念!!私のこの世界では、私こそが世界の理なのですよぉ!!!」
そして、エヴァンジェリンの眼前に突如テレポートした。
「エヴァンジェリン!!!」
近右衛門は必死に叫んだ。
「エヴァンジェリン君!!!!おのれ!!!何をする気だピエモン!!!」
サーベルレオモンも必死にもがきながら拘束から脱しようとした。
だが、二人の体は全く動く気配は無かった。
「この世界に置いては、私は例え相手が不死であろうと殺す事が出来るのですよぉぉぉぉ!!!!」
その言葉に、エヴァンジェリンは目を見開いた。
「何を言っている…」
顔を引き攣らせ、見様によっては笑って見えるような表情で、エヴァンジェリンは言った。
「さぁ!!絶望なさい!!!ですが、簡単には殺しません。たっぷりと!!たっぷりと苦しんで頂きますよぉ!!」
そして、ピエモンが右手を高らかに上げた瞬間。
三人の体の急所を外し、至る所にトランプソードが出現した。
その瞬間に、近右衛門とサーベルレオモンの意識は吹き飛んだ。
「ぐあああああああああああああああああああああ」
一瞬で意識が吹き飛んだ二人とは違い、エヴァンジェリンは大きな叫び声を上げた。
「おやおや、人間とは脆いものですねぇ。それに、デジモンのくせに情けないものです。やはり子猫ちゃんだったという事ですか。こんなに早く意識を失っ
てしまうとは」
愉悦の笑みを浮べながら、ピエモンは愛撫するかのような手付きで近右衛門の頬を撫でた。
だが、近右衛門はまったく反応する事が無かった。
「仕方ありませんねぇ。では、貴女で楽しませて頂きましょうか」
ピエモンはそう言うと、エヴァンジェリンに近づいていった。
「や、やめろ!!来るな!!!」
エヴァンジェリンは必死に叫びながらもがいた。
だが、その姿が一層にピエモンの嗜虐心を強めた。
「さてさて、どうやって楽しみましょうかねぇ?リクエストがあれば聞いて差し上げますよぉ?」
まるで愛でるかのような視線をエヴァンジェリンに浴びせながら、ピエモンは言った。
「い、いやだ!!帰してくれ!!!私は…、私は死にたくない!!!」
エヴァンジェリンは必死な表情でピエモンに叫んだ。
だが、それは逆効果に終わってしまった。
ピエモンは思考の笑みを浮べて首を横に振った。
「ノン、ノン、ノン!帰してあげなぁい。私は君で遊びたいんだよぉ。わかるでしょう?」
醜悪な笑みを浮べながらピエモンは聞いた。
「さてさて、それじゃあ。まずはゴミ掃除をしておきますかねぇ」
そう言うと、ピエモンは近右衛門とサーベルレオモンに手を掛けた。
「まさか!?待て!!やめろ!!!!」
エヴァンジェリンは必死に叫んだ。
だが、ピエモンは薄く笑いながら、近右衛門とサーベルレオモンを空間ごと押し潰して、…殺した。
「あ………」
エヴァンジェリンはそれを見て絶句してしまった。
そして、その様子を満足気に見ながら、ピエモンは、潰れて消え去ったサーベルレオモンの居た空間に手を向けた。
「さてさて、究極体のデータですか。フフフ、フハハハハハハハハ!!!愚かなレオモンよ!!!正義を振り翳す貴様のおかげで、私は更に強くなれる
のだ!!!フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
そして、ピエモンは大声で笑いながら、サーベルレオモンのデータをロードしようとした。
そうなって、ようやく気が付いた。
ピエモンは眼をこれ以上無い程見開いた。
「馬鹿な!?何故だ!!」
ピエモンはエヴァンジェリンに顔を向けた。
そして…。
「何を笑っている!!!!!」
ピエモンは叫んだ。
エヴァンジェリンは、心底可笑しな者を見る眼で邪悪な笑みを浮べていた。
「どうした?何かするんじゃなかったのか?」
エヴァンジェリンの言葉に、ピエモンはサーベルレオモンのデータを探った。
だが、どこにもサーベルレオモンのデータは残っていなかった。
それどころか、ここに存在したならば残っている筈のデータの残滓すら残っていないのである。
まるで、最初から居なかったかのように…。
「どういう事だ!!!!!エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!!!!」
ピエモンは憤怒と憎悪を孕んだ凄まじい殺気を飛ばした。
だが、エヴァンジェリンは笑みを浮べるだけだった。
「クハハハハハハハハハ!!!言った筈だぞ?さすがは本職だな?とな。なぁ、道化師」
「言え!!!!何をした!!!!!この空間から出る事など出来る筈が無い!!!空間転移も使えない筈だ!!!」
ピエモンの叫びに、エヴァンジェリンは鼻で笑って返した。
「ああ、そうだな。この空間は実に見事だ。そう…確かにな」
そして、エヴァンジェリンは言った。
「中に入ってしまえば出れなかっただろうな」
と、踊る道化を嘲笑いながら。
そして、エヴァンジェリンの体を、突如闇が覆い。
次の瞬間には、そこに残っていたのは…。
一体の人形だけだった。
そして、ピエモンが『マスクズ・スクエアー』を消すと、ピエモンの目の前には信じられない光景が広がっていた。
殺した筈のサーベルレオモンと、一枚のカードを握る近衛近右衛門が、全くの無傷で自分を睨みつけ、至高の笑みを浮べながら、エヴァンジェリンが右
手を天に掲げ、その先には途轍もなく巨大な青き閃光の迸る魔法陣が形成されていたのだ。
それは、ピエモンが『マスクズ・スクエアー』を発動する寸前に遡る。
エヴァンジェリンは、ピエモンの笑みに感じた怖気に、直ぐに行動を開始した。
ピエモンが『マスクズ・スクエアー』の黒い雲を放つ前に、エヴァンジェリンは三体の人形を召還した。
それは、麻帆良に封印される前に、何時でも人形を呼び寄せられるように結んだドール契約によるものだ。
彼女の二つ名は多い。
そして、彼女は呼ばれてきた。
その、華麗な技術と魔法との連携。
まるで本物のような偽物。
『人形使い(ドール・マスター)』と呼ばれた。
エヴァンジェリンは、人形をそれぞれ、自分と近右衛門、サーベルレオモンに化ける様に術を一瞬で編み込んだ。
そして、一つの問題点に当たった。
近右衛門とサーベルレオモンの人形だ。
自分の分身ならば、問題は無い。
だが、近右衛門とサーベルレオモンに、偽物の精神を埋め込んだとしても、すぐにボロが出てしまう。
だが、悩んでいる時間は無かった。
そこで、エヴァンジェリンは影で一瞬で近右衛門とサーベルレオモンの背後に回ると、ある条件を付けて、人形に精神を一時的に移したのだ。
と言っても、完全に全てを移したのではない。
死を感じる衝撃を受けた瞬間に、戻ってくるように精神の一部だけを移したのだ。
そして、近右衛門とサーベルレオモンが雲に覆われる前に、影によってピエモンから1km以上を一気に転移して離れた。
そして、エヴァンジェリンは念話を木乃香に送った。
近右衛門とサーベルレオモンは、精神の一部が戻ってくるまでは眠ったままになってしまっている。
だが、そんな事は関係なかった。
『木乃香!!聞こえるか!!』
エヴァンジェリンの念話に、木乃香は直ぐに答えた。
『聞こえるで!!おばあちゃん!!』
木乃香の声に、エヴァンジェリンは勇気付けられた。
『木乃香、力を貸してくれ』
『え?』
エヴァンジェリンの言葉に、木乃香は一瞬だけ疑問の声を上げた。
だが、すぐに答えを返した。
『うん!おばあちゃんの助けになるなら!!うち、何でもやるえ!!』
木乃香の言葉に、エヴァンジェリンは嬉しげに『ありがとう』と言った。
『カードは持っているな?』
エヴァンジェリンが聞くと、木乃香は答えた。
『うん!!でも、なんだか光の数字が点滅しとるんよ。あ!今6の文字が5になったで』
その言葉に、エヴァンジェリンは『大丈夫だ』と答えた。
『それはタイムリミットだ。大丈夫、間に合う!!木乃香、今すぐそのカードに魔力を送ってくれ!!』
エヴァンジェリンの言葉に、木乃香は何も聞かずに『うん!』と即答した。
次の瞬間、エヴァンジェリンに、木乃香の魔力が流れ込んできた。
『木乃香、イルゼにも言っておいてくれ。すぐに帰ると!!』
『うん!!おばあちゃん、頑張って!!』
『ああ!!』
そして、念話を切ると、エヴァンジェリンはすぐに光の魔法陣を作り出した。
それは、仮契約の術式だった。
そして、エヴァンジェリンは近右衛門の首筋に噛み付いた。
近右衛門とエヴァンジェリンの身体に光が集う。
そして、エヴァンジェリンが従者となった仮契約カードが出現した。
「すぐに解除しはするが、よく考えたら初めての仮契約なんだな、これが…」
どうでもよさ気に言うと、エヴァンジェリンは深く深呼吸をした。
そして、近右衛門が起きたらするべき事を魔法で出現させた紙に書き、近右衛門の顔に貼り付けた。
そして、呪文の詠唱を開始した。
時間ギリギリまで、『マスクズ・スクエアー』の中に居る人形に時間を稼がせながら。
それは、この世で最強の魔法の一つだった。
エヴァンジェリンや殆どの魔法使いが使う始動キー魔法には、必ず精霊の力を借り受ける。
そして、その精霊達の中でも、最高位に存在する存在が在る。
その存在を、魔法使い達はこう呼んでいる。
『管理人』…と。
そして、エヴァンジェリンが木乃香と自身の魔力を次々に使いながら呪文の詠唱を続けた。
そして、エヴァンジェリンの詠唱が響く中で、近右衛門とサーベルレオモンが、『マスクズ・スクエアー』の中で殺され、本体に精神が戻ってきた。
「な!?ここは!!」
サーベルレオモンは眼を覚ますとギョッとして周囲を見渡した。
そして、近右衛門も何が起きたのか混乱の極みだった。
だが、自分の顔に貼り付けられていた紙に書かれた文を読み、表情を引き締めた。
「サーベルレオモン殿、後は儂達に任せるのじゃ!!」
そう言った。
「な!?近右衛門殿!!」
自分の頭上に立つ近右衛門の存在に驚愕し、次いで、近右衛門の発した言葉に絶句した。
「案ずるな!!既にエヴァンジェリンが準備に入っておる。儂も手伝うでな。お主は体を休めるのじゃ!!」
そう言うと、近右衛門は呪文を詠唱した。
「近右衛門殿?」
サーベルレオモンは、近右衛門に声を掛けたが、無駄だと悟り、空中で徐々に魔法陣を完成させようとしているエヴァンジェリンと、頭上で呪文を唱える
近右衛門を信じる事にした。
その時、タイムリミットは残り3分を切っていた。
「契約執行180秒間!!近右衛門の従者!!エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル!!」
呪文を唱えると、近右衛門は全開の魔力をエヴァンジェリンに送った。
凄まじい量の魔力がエヴァンジェリンに届く。
そして、近右衛門は万が一の為に、念話を走らせた。
そして、エヴァンジェリンが魔法陣を完成させたのは、タイムリミットまで2分を切った時だった。
そして、その瞬間に驚愕に眼を見開くピエモンが、『マスクズ・スクエアー』を解除して姿を現した。
それを見て、エヴァンジェリンは邪悪な笑顔を浮べた。
そして、エヴァンジェリンは口を開いた。
「たいしたものだったぞ、道化!!貴様は私が知る限り、紛れも無く最強の敵だった!!」
その言葉に、ピエモンは憤怒の表情を浮べた。
「だった?だっただと!!!!どういう事だ!!!!!」
だが、エヴァンジェリンは笑みを強めるだけだった。
そして、言った。
「これは、私と木乃香と爺ぃの・・・。世界最強レベルの魔力を持つ三人が手を合わせた事で完成した、この世の最強の魔法だ!!!手向けとして受け
取るがいい!!!!」
そして、エヴァンジェリンは発動した。
「これが、氷の属性を統べる『管理人』だ!!!出でよ!!!氷の女神!!!『スカディ』!!!!」
発動した瞬間、世界は無音に包まれた。
巨大な魔法陣が、クルクルと360°あらゆる方向に回転し、閃光が天を貫いた。
そして、天に巨大な魔法陣が展開する。
それは、エヴァンジェリンの作り上げた魔法陣から魔力を送られ、それを代償に『管理人』が出現する為の魔法陣だった。
そして、ピエモンは恐怖に動けなくなった。
信じたくなかった。
本来は勝ったのは自分の筈だった。
だが、現実には自分はボロボロにされ、近右衛門とエヴァンジェリン、サーベルレオモンはほぼ無傷だ。
恐怖と共に、どこまでも暗い憎悪の感情が身を焼いた。
その間に、ついに『氷属性の管理人』の『スカディ』が姿を現した。
あまりに神々しい姿に、その姿を見た、エヴァンジェリン、近右衛門、サーベルレオモン、麻帆良で眼を覚ましている魔法関係者達、そして、ピエモンすら
も声を発せなかった。
そして、ピエモンの体は一瞬にして氷漬けにされた。
氷の中で、壮絶な表情で固まったピエモンを、『スカディ』は天高く浮き上がらせた。
青白く長いウェーブの掛かった髪をたなびかせ、巨大すぎるほど巨大な絶世の美女は、まるで霞のように現実感の無い姿だった。
そして、宙に浮く氷漬けのピエモンに両手を向けた。
その瞬間、ピエモンの体は突如闇に覆われた。
だが、その事にエヴァンジェリン達は気づく事が出来なかった。
そして、『スカディ』の手から巨大すぎる魔力が放たれた。
その瞬間に、『スカディ』は元の場所に戻って行った。
そして、『スカディ』が放った青白い氷の魔力は、ピエモンを吹き飛ばし、そのまま、天を裂き、どこまでも高く昇って行った。
それで、全てが終わった。
そう、全ての物が考えた。
だが、気が付いたのはサーベルレオモンだけだった。
天から飛来する、暗黒のオーラを纏った一振りの剣がエヴァンジェリンに向かっているのを。
そして、サーベルレオモンは駆けた。
そして、サーベルレオモンは、一気に幼年期のフリモンへと退化してしまった。
「サーベルレオモン!!!!」
エヴァンジェリンは愕然なった。
サーベルレオモンは、エヴァンジェリンを庇ったのだ。
エヴァンジェリンは慌ててフリモンを抱かかえた。
そして、その先に、全身が漆黒に包まれ、右肩から左脇の下の部分が無い状態で、トランプソードを投げた状態のまま、エヴァンジェリンと近右衛門を睨
み付けた。
「貴…様ら!!!許…さんぞ!!!き…さ……まらああああああああああ!!!!!」
そして、サーベルレオモンを一撃で幼年期にしてしまった程の威力を持った暗黒のオーラを纏ったトランプソードを出現させた。
「ひひゃははははははははは!!!!!貴様らももう力は残っていまい!!!この、更なる力を得たカオスピエモン様のトランプソード!!!!受けて
死ねえええええ!!!!!!!」
その瞬間、エヴァンジェリンは絶望した。
こんな筈ではなかった。
『管理人』を召還すれば倒せる筈だと…そう考えていた。
だと言うのに、あの姿はなんだと言うのだろうか。
エヴァンジェリンは死を覚悟した。
その瞬間、近右衛門が口を開いた。
「戦う力が残っていない…それはお主もじゃろう?のう?この学園の長になる者が受け継ぐモノがあるんじゃが、それが何かわかるかのう?」
あまりに暢気な口調に、カオスピエモンも、エヴァンジェリンまでもが唖然として近右衛門を見た。
その時、突如声が響いた。
「近右衛門!!!!」
それと同時に近右衛門はその声の主を確認せずに、左手を後ろに回し、キャッチした。
その声の主、矢部が投げた一枚のカードを。
「これじゃよ」
ニヤリと笑いながら近右衛門は言った。
「なんだと…何だと言うのだ!!!!それがああ!!!」
怒りを滲ませながら、片腕もと胸から上だけのみの存在と成り果てたカオスピエモンは叫んだ。
「この学園。否、この地!!世界樹が護りしこの地を治める者が継承するモノ!!それは、世界樹との契約じゃ!!」
そう言い放ち、近右衛門は矢部の投げたカードを天に翳し、呪文を唱えた。
「アデアット!!」
その瞬間、突如世界樹が輝きだした。
本来ならば22年の周期で開放されるべき魔力の一部が、近右衛門に注がれていくのだった。
「な!?世界樹の魔力を!!」
エヴァンジェリンは信じられないという顔で近右衛門を見た。
「とは言え、所詮は魔力の回復にしか使えぬがのう。じゃが、これで終わりにしようぞ!!!カオスピエモンよ!!!!!!」
そう言って、近右衛門はエヴァンジェリンとフリモンに向って光の転移魔法を発動した。
そして、エヴァンジェリンとフリモンを戦地から離脱させると、カオスピエモンに向った。
「死ねえええええええええ!!!!!!!」
カオスピエモンの暗黒のオーラを纏った無数のトランプソードを、近右衛門は防ぐ事は敵わないと悟った。
だが、近右衛門は呪文の詠唱をしながら、トランプソードから空中を翔けて逃げ出した。
「フアッハッハハハハハハハ!!!大口を叩いておきながら逃げるのですかぁ!!!!」
徐々に、データが分解されていきながら、カオスピエモンは、唯只管に近右衛門を殺すと言う思いだけを胸にトランプソードを操っていた。
そして、近右衛門はトランプソードを出来る限り被害が出ないように森へと誘導し、呪文を完成させた。
全ての魔力を篭めながら、大地に降り立つと、壁が押し寄せてくるかのようなトランプソードの大群を見つめながら笑った。
「死になさい!!!!」
勝利を確信し、叫んだピエモンの背後に、近右衛門は光の転移魔法で転移した。
「なんだと!?」
「終わりじゃ、いい加減に死ぬがよい!!!」
そう叫びながら、近右衛門は両手をカオスピエモンに向けた。
「『燃える天空』!!!」
凄まじい炎の爆発が巻き起こる。
近右衛門は残った全ての力で障壁を張った。
そして、炎が治まった先に、瀕死のカオスピエモンが居た。
「なんと…まだ死なんか!?」
再び、世界樹から魔力を得ようと、近右衛門がカードを取り出すと、突如、背後から一本の剣が近右衛門のカードを持つ左腕を裂いた。
もう、力が残っていないのだろうか、唯のよく切れるナイフの様になったトランプソードは、近右衛門の左腕に刺さり、近右衛門はカードを落としてしまっ
た。
「クハハハハハハ!!まだだ、まだ!!私は死なん!!貴様を殺し、エヴァンジェリンを殺し!!レオモンを殺してやる!!!!」
そして、トランプソードを近右衛門に向けて投げようとしたカオスピエモンは突如、真上から受けた衝撃に大地に激突させられた。
そこは、丁度…。
裏鬼門だった。
そして、衝撃の正体は、カードを投げてから身を潜めていた矢部だった。
「なんだ…貴様は!!」
カオスピエモンが叫ぶと、近右衛門は血相を変えて叫んだ。
「逃げるんじゃ矢部!!!幾ら瀕死でも、お主では勝てん!!!逃げるんじゃ!!!!」
近右衛門は叫んだ。
だが、矢部は首を横に振った。
そして、カオスピエモンは、片腕と胸から上だけの身で、更にボロボロになったその体を大地に押し付けられながら、余裕の笑みを浮べた。
「クハハ!!その通りだ。貴様如きゴミ程度、この状態でも簡単に!!」
そこまで言って、矢部の顔をカオスピエモンは見た。
「何を…笑っている?」
それは怖気の走る笑みだった。
この戦いの間で何度も見た笑みだった。
まるで、勝利を確信しているような…。
そして、近右衛門は気付いた。
「やめるんじゃ!!!矢部えええええええ!!!!」
だが、矢部は近右衛門に向って笑いかけた。
「確かに、私では勝てない。だから、近右衛門!!」
矢部は満面の笑みで言った。
「待ってるからね」
そして、次の瞬間に矢部の体を寄り代に、裏鬼門に施された封印の術式が起動した。
それは、イルゼ達が解除してしまった封印だった。
それを再び矢部は起動したのだ。
「こ、これは!?やめろ!!貴様ああ!!!」
凄まじい閃光と共に、カオスピエモンと矢部は消え去った。
そして、裏鬼門の上に、巨大な封印の陣が描かれた。
「矢部えええええええええ!!!!!」
近右衛門は消え去ったトランプソードのあった場所から流れる血を気にも留めずに、封印に駆けて行った。
そして、蹲って涙を流した。
「馬鹿者…。馬鹿者があああああああ!!!!!」
近右衛門は、泣き叫んだ。
それを、フリモンとフリモンを抱えるエヴァンジェリンは顔を顰めて遠くから見守った。
そして、人が来ない様に結界を張った。
それしか、出来る事はなかった。
その戦いは壮絶過ぎた。
その戦いを見た者は、例外無く緘口令を敷かれ、違反する気になれる者などいなかった。
壮絶な戦いの勝者である近右衛門に、異を述べられる者など居なかったし、それ以上に、緘口令を敷かれるにはそれだけの理由があると悟ったから
だ。
まだ幼い魔法生徒は一部が記憶を消されたが、それだけだった。
そして、一人の男が犠牲となり、一人の少女が戻って来た。
幻術により老人の姿に変身し、仕事をこなす老人のすぐ傍で、彼の行っていた近右衛門のサポートという仕事を、その少女が代わりにこなすようになる
のは、そう遠くない未来だった。
戦いの爪跡は壮絶であり、修復が完了するまでは、幻術で対処する事になった。
ショッピングエリアを含め、半径3kmに及ぶとてつもない戦闘の傷跡は魔法を用いても、修復にはたっぷり一週間掛かってしまった。
そして、麻帆良学園に日常が戻って行った。
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