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第41話『戦慄の究極体、ピエモン』
深夜0時0分0秒。
麻帆良学園本校女子中等学校の直ぐ近くに存在するコンビニが、突如地震に襲われた。
余りの揺れに、室内は危険だと判断した二人の店員が外に出ると、突然、途轍もない眠気に襲われた。
そして、コンビニは崩壊し、地面の下から巨大な立方体の黒曜石のように滑らかな表面の石が宙に浮かんだ。
麻帆良学園は静寂に支配され、あらゆる光が途絶える。
今宵、麻帆良の地に封印されていた殺意が眼を覚ます。
学園長室でエヴァンジェリンから電話を受けた近右衛門は、不吉な予感がしていた。
そして、万が一の為に、ルドルフ襲来の折に準備した“ある物”と、過去に封印した秘薬を懐に入れ、学園長室から不吉の元凶へと走っていた。
途中で、突然の眠いの魔法を無意識に発動した障壁で防ぐと、学園結界すらも破れたのを理解した。
焦燥に駆られる。
念話によって、状況を確認するが、結界の境界を護る者は、矢部と葛葉と神多羅木だけだった。
殆どの魔法生徒も魔法教師も、強力な催眠魔法によって、眠りに落ちてしまったのだ。
救いは、侵入者も魔法によって眠らされてしまったと言う事だ。
だが、猶予は無い。
この状況で攻められれば、麻帆良は落ちてしまう可能性が高い。
近右衛門は、急ぎエヴァンジェリンに合流しようと夜の学園を凄まじい速度で駆け抜けていた。
やるべき事がある。
学園結界は機能していないが、世界樹の加護は続いている。
恐らくは、麻帆良の発電所がダウンしているのだろう。
そちらには、矢部に言って、神多羅木に向わせている。
だが、時間を稼ぐ必要がある。
そして、近右衛門が巨大な立方体の岩が出現したコンビニ跡に到着すると、聞き慣れたの声が耳に届いた。
「じいちゃん!」
その声の主に顔を向けると、イルゼの姿が在った。
イルゼだけではない、木乃香やエヴァンジェリンも一緒だ。
近右衛門は、謎の岩に意識を向け続けたまま、イルゼに視線を向けた。
だが、すぐに岩に視線を戻す。
「なんだ…これ?」
イルゼは目を丸くしながら、浮遊し続ける巨大な岩を見た。
「わからん。儂が来た時には既に…」
そう言いながら、近右衛門は近くに倒れているコンビニ店員に転移の札を投げ、遠くの安全な場所に転送した。
追いついたエヴァンジェリンと木乃香も、目の前の異様な存在に眼を見張る。
「なんだ…この禍々しい物体は?」
あまりにも醜悪なオーラを放つ存在に、エヴァンジェリンは嫌悪感を隠せなかった。
「エヴァンジェリンよ。これを使うのじゃ」
そう言って、近右衛門は懐から一枚のカードを取り出して、エヴァンジェリンに手渡した。
「これは?」
エヴァンジェリンが聞くと、近右衛門は木乃香を見た。
「そのカードは仮契約に近い。木乃香の魔力によって発動するようにしておる。エヴァンジェリンよ、今は魔力が戻っておる筈じゃな?」
近右衛門が言うと、エヴァンジェリンは「何!?」と自分の体を確かめた。
「…な!?どういう事だ…まさか!?」
「学園結界が機能を停止した。今は、神多羅木に復旧させに向わせておるが…。儂はその時間を稼がねばならん。その間は、儂は恐らく手助け出来
ぬ。そして、学園結界が起動した場合、お主の力は再び封じられてしまうじゃろう。その為にそのカードじゃ」
近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンはハッとなり、自分の持つカードを見た。
そこには、エヴァンジェリン自身の姿と、その身体を取り巻く鎖の絵があった。
そして、中央には点滅している真紅の魔法陣が描かれている。
「今も、世界樹に力で、お主の力の一部は封じられたままじゃ。じゃが、そのカードを使えば、1時間じゃ。一時間のみ、お主の封印は完全に解かれる。じ
ゃが、それは一回しか使えぬ。恐らく、学園結界が起動するには時間が掛かるじゃろう。儂が、学園結界の起動を確認し、援護できるまでには、かなりの タイムラグが発生してしまう筈じゃ。使うタイミングに気をつけるのじゃ。済まんのう、完全に開放してやりたいのじゃが、それには時間が足りんし、後々に 問題が発生する。そのカードで、どうにか耐えとくれ」
近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは眼を閉じると、カードを木乃香に渡した。
「よいか、木乃香よ。呪文は『エクストリコ。開放する。』じゃ」
「う、うん」
木乃香は弱弱しく答えた。
余りに強烈な負のオーラが浮遊する岩から放たれるので、気分が悪くなったのだ。
だが、次の瞬間にデジヴァイスが凄まじい光を放った。
「なに!?」
すると、デジヴァイスは二つの映像を映し出した。
近右衛門が口を開く。
「エヴァンジェリンよ。儂は、先代の学園長に聞いたことがあるのじゃ」
「なんだ?」
「昔、この地に現れた恐ろしく強大な化け物を、この学園の裏鬼門の場所に封じたと。化け物は、およそランクにして15000。サウザンドマスターやその仲
間のラカンすら超える程らしいのじゃ」
近右衛門は憎憎しげに言った。
「なん…だと?」
その言葉に、エヴァンジェリンは額から嫌な汗が垂れるのを感じた。
「封印から解き放たれたお主と同等か、それ以上じゃ。決して、無理をする出ないぞ。最悪、儂とお主の二人掛かりでギリギリ倒せるか、否かと言った所
じゃ」
「そんな奴…、どうやって封印なんかしたんだ?」
エヴァンジェリンは信じられないと言った表情で近右衛門を見た。
そして、近右衛門は血を吐くように言った。
「生贄を使ったそうじゃ」
「………、何と言った?」
エヴァンジェリンは、近右衛門を射殺さんとばかりに睨み付けた。
「当時、儂は魔法世界に居た。それ故に、生贄にされた者の事は知らん、それに到底信じることが出来んでな…。話半分じゃった…。まさか…、その生
贄にされた生徒が…彼女とは…」
歯を食い縛り憤怒の表情を浮かべながら、近右衛門は言った。
「相坂さよだな。やはり…」
「間違いないじゃろう。まさか、イルゼの調べておったのが、裏鬼門の開放に関るモノとは知らず、警告できなかった」
近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは何も言わなかった。
そして、エヴァンジェリンは木乃香に振り返った。
「木乃香、イルゼ。お前達は帰れ。木乃香は、念話を送るから、そのタイミングでそのカードを使ってくれ」
エヴァンジェリンがそう言ったが、イルゼも木乃香も動かなかった。
不信に思い、エヴァンジェリンが眉を顰めると、イルゼは言った。
「もう…遅いみたいだ」
「なに!?」
その言葉と共に、浮遊する物体が徐々に崩れ落ちていった。
そして、二つの影が飛び出した。
その内の一つの影は、イルゼ達の近くに降り立った。
イルゼ達が構えると、その影は「大丈夫だ。私は敵じゃない」そう言って、獅子の頭を持つ、気高いオーラを纏った男が、抱えているナニカを地面に立た
せながら言った。
「封印を解いてしまったのですね…」
降り立ったのは少女、相坂さよだった。
さよは、悲しげな表情で言った。
そして、その顔を見て、近右衛門は眼が飛び出るかと言うほどに驚愕した。
「さ…さよちゃん…」
近右衛門は震えるように言った。
すると、さよは近右衛門を見て首を傾げた。
「貴方は…?」
その言葉に、近右衛門は悲しげに顔を俯かせたが、次の瞬間に、背後から溢れる殺気に顔を引き締めた。
コンビニ跡の瓦礫の山の上に、一人の男が立っていた。
白と黒の仮面を身に着け、その姿はまさしく道化師だった。
そして、道化師は凄まじい殺気を放ちながら、一直線に獅子頭の男を睨み付けた。
「久しぶりですねぇ。レオモン」
神経を逆撫でする様な声に、イルゼ達は怖気が走った。
そして、レオモンと呼ばれた男は、腰に挿した短刀を引き抜き、右手に構え道化師を睨み付けた。
「ああ、久しぶりだな。ピエモン!」
忌々しげにレオモンは言い放った。
途轍もない殺気と嫌悪の念を放出しながら、誇り高き正義のデジモンであるレオモンは、人間達を護る様に前に出た。
「フフフ。実に可愛らしい子猫ちゃんですねぇ。以前も敵わなかったくせに、まだ歯向かうおつもりで?また封印しようなどと考えているのならば…甘い。な
んとも甘い。とろけるチョコレートよりも、ふわふわなショートケーキよりも甘い」
大袈裟な身振りをしながらそう言うと、ピエモンは凄まじい殺気を放ちながら睨み付けた。
そのあまりの殺気に、イルゼと木乃香はルドルフ以上の脅威を感じた。
蕩ける様な醜悪な笑みを浮かべ、ピエモンは嬉しそうに口を開いた。
「あれから何年が経過したのでしょうねぇ?周りの雰囲気も随分と違うではありませんか。ああぁぁ、ああああぁぁぁぁああ!!抑えきれない。早く、早く、
早く、早く、早く、早く、早く…殺したい」
熱に浮かされた様にピエモンは言った。
その間に、エヴァンジェリンは小声で近右衛門に話しかけた。
「爺ぃ、お前は行け。やる事があるだろう…」
「じゃが…」
「ここは任せろ」
「………わかった。必ず戻る。……無理はするでないぞ」
近右衛門がそう言うと、ピエモンは「どうぞどうぞ」と言った。
それに、エヴァンジェリンと近右衛門は驚愕した。
「どうしたのですぅ?その老人はどこかに行くのでしょう?構いませんよぉ、私が殺したいのはこ・ど・も・だ・け」
指を振りながらウインクしてピエモンは言った。
そして、イルゼは完全に理解した。
――こいつが…赤マント。
「行け、近右衛門」
エヴァンジェリンは敢えて名前で言った。
その言葉に、さよは「え?」と反応したが、近右衛門は気付かずに「すまん、必ず戻る」と言って、姿を消した。
「イルゼ、木乃香を連れて退避しろ」
エヴァンジェリンがイルゼにそう言うと、再びピエモンが口を開いた。
「うぅん、んんんん。駄目、駄目ですよぉ!子供は逃がしてあげないよぉ。私はねぇ、子供を殺すのが大好きなのぉだぁよぉ」
醜悪な笑みを浮かべ、背筋が凍るような殺気を飛ばし、ピエモンは怖気の走る声でそう言った。
「貴様…、まだその様な事を…」
レオモンは嫌悪感を丸出しにしながら言った。
「我々、デジモンはデジモンの世界に居るべき存在なのだ。人間の世界に来て、人間を殺すなど、断じて許される事ではないぞ!!」
だがピエモンは何処吹く風と言った様子だった。
「おかしな事を言いますねぇ。私をこの世界に呼んだのは間違いなく人間なのですよぉ?」
「それは!!一人の人間が犯してしまった過ちの結果だ!!」
レオモンが叫ぶが、ピエモンはクスクスと笑うだけだった。
「まぁ、あの時の様な過ちは起しませんよ。その小娘をとびきりの芸術に仕上げて上げようとして私が召還された場所に連れて来てしまったのは大変な
過ちでした。まさか、貴方がこちらの世界まで追ってくるとはねぇ」
そう言って、ピエモンはさよに視線を向けた。
ビクッとして顔を青褪めさせながら、さよは必死に眼を逸らさない様にした。
「その小娘がいなければ、貴方はこの世界には来れず、私は封印される事は無かった。忌々しい小娘が…」
凄まじい憎悪と憤怒を孕んだ殺気が、さよの身体を貫く。
「うぐ…うえぇぇぇぇ」
あまりの殺気に、さよは嘔吐してしまった。
肩で息をしながら、跪いてしまいながらも、賢明にピエモンを睨み続ける。
「安心なさい。貴女はきちぃんと殺してあげるからねぇ」
そう言って、ピエモンはイルゼと木乃香、エヴァンジェリンを見た。
その気色の悪い視線を感じながら、イルゼ達は必死に睨み返した。
「フフフフ、貴方方が私の封印を解いてくれたのですねぇ?」
その瞬間、ピエモンの姿が消えた。
そして、次の瞬間に、エヴァンジェリンが木乃香とイルゼを一瞬で抱えながら背後に跳んだ。
そして、木乃香はポケットからデジヴァイスを取り出すと、グリップを握り締めた。
その瞬間、イルゼの体は光に包まれた。
そして、イルゼは全ての恐怖を捨て去るように大声を張り上げた。
「インプモン進化!!!!!」
凄まじい閃光が、漆黒の闇に包まれた麻帆良を照らす。
「馬鹿な!?デジモンだと言うのですか!?」
ピエモンは驚愕に固まった。
そして、レオモンとさよも、その光景に息を呑んだ。
聖なる輝きが、まるで癒しとなるかのように、ピエモン以外の者を暖かく包み込んだ。
「サングルゥモン!!!!!!グオオオオオオオオオオオオン!!!!!」
そして、光が弾け跳んだ瞬間、サングルゥモンとなったイルゼが姿を現した。
その高貴なオーラは、ピエモンの醜悪なオーラに当てられた者達に勇気を奮い立たせた。
「なんと、あの少年はデジモンだったのか…」
レオモンは驚きに目を見開きながら言った。
「サングルゥモン…デジタルワールドの創世記を生きたと言われる成熟期最強のデジモンですか…。ですが、確かに完全体相手ならば、貴方とレオモン
が組めば倒す事も可能だったでしょうねぇ?でも…残念!!私はぁ、究極体なのでぇすよぉ!!」
オォッホッホッホッと低い声で高らかに笑うピエモンを、サングルゥモンは忌々しげに睨み付けた。
「レオモン、一緒に戦おう」
サングルゥモンは言った。
サングルゥモンは、レオモンと言う存在を知っていた。
彼の進化系であるパンジャモンに教えてもらった事があるからだ。
誇り高き正義のデジモン。
悪には絶対に屈する事無き、頑強な精神の持ち主であると。
「ああ、サングルゥモンと言ったな。共に戦おう!!」
「ちょい待ち」
レオモンがニコヤカに頷くと、エヴァンジェリンが待ったを掛けた。
「私も戦うぞ」
その言葉に、レオモンは驚愕の表情を浮かべた。
「駄目だ!!君のような少女が敵う相手ではない!!ピエモンは危険な奴だ。君はさよ君と共にそこの女の子と逃げなさい!!」
レオモンはキツイ眼差しをエヴァンジェリンに向けて言った。
それが、あまりにも暖かく、エヴァンジェリンはクッと笑うと、右手を挙げた。レオモンに迫った一本のナイフを、エヴァンジェリンの氷の結界が防いだの
だ。
「私の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!!闇の福音、童姿の闇の魔王と謳われた最強の魔法使いだ!!これでも600年を生きたオールド・ブラ
ッドの吸血鬼だぞ。それでも不足があるのか?」
エヴァンジェリンが聞くと、レオモンは驚愕した。
「馬鹿な…ピエモンのトランプソードを!?」
「空間転移系か、なるほどな。確かに厄介だ!だがなぁ、私には…効かん!!」
エヴァンジェリンはそう言うと、無数の氷弾を乱射した。
「なんとまぁ、人間ではなく吸血鬼。全く驚かせてくれますねぇ。人間に化けるデジモンと言い」
ピエモンは不愉快気な表情を浮かべながら言った。
その間に、イルゼはさよと木乃香を背に乗せると、一気に駆け出した。
「行かせるとお思いですかぁ?」
そう言いながら、ピエモンは背中のマジックボックスに納められた四本の剣をテレポートさせ、サングルゥモンを串刺ししようとしたが…。
「させると思うか?」
ニヤッと笑いながらエヴァンジェリンは、サングルゥモンに向う異空間攻撃を防いでしまった。
「馬鹿な!?私のトランプソードは異空間を移動するテレポーテーションだぞ!!」
驚愕に顔を歪め、ピエモンは激昂した。
「クハハハハハ!!私はイルゼの技を使う姿を見てきた。サングルゥモンでのブラックマインドも、イルゼのサモンも、全ては魔法で再現出来る技だっ
た!!人間世界では、例えデジタルワールドで猛威を振るおうが、魔法で対処が出来ると知った!!侮るなよピエモンとやら、貴様の目の前に居る私と 言う存在は、この世で最強の魔法使いだぞ!!フハハハハハハハハハハ!!!」
ピエモンを嘲笑いながら、ピエモンが顔を憤怒に歪めるのも、レオモンが驚愕に唖然とするのも無視しながら、胸中では「なるほどな」と考えていた。
異空間魔法にデジモンと言う巨大な力。
確かに、ランクで言えば自分と同じレベル。
だが、エヴァンジェリンは気付いていた。
目の前のピエモンは、戦いに慣れていない。
まるで、自分の力を操りきれていないかのように。
故に、激昂させる為に挑発する。
新月であっても、学園結界無き今、エヴァンジェリンの力は無双を誇った。
――爺ぃ、貴様の出番は無いかもしれんぞ。
ほくそ笑むと、エヴァンジェリンは戦闘を再開させた。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」
凄まじい速度で、トランプソードを動かすピエモンを嘲笑うかのように華麗に避けると、エヴァンジェリンは呪文を完成させる。
「来たれ氷精、大気に満ちよ。白夜が覆いし天空の帳!!『凍て付く世界』!!」
巨大な魔力により、一瞬にしてピエモン毎、周りの大気を氷結させる。
だが…。
「いない!?」
氷の中に、ピエモンの姿が無くなっていた。
「舐めすぎですよぉ」
突如、エヴァンジェリンの背後からピエモンの声が響き、凄まじい雷光がその両手に迸っていた。
「ぐっ!?」
――避けきれん!!
「スティッガーブレイド!!!!」
そう思った瞬間に、頼りになる声と共に、無数のブレードがピエモンに襲い掛かった。
「な!?」
堪らずに、ピエモンが回避行動を取った。
そして、その方向からは、レオモンが技を放とうとしていた。
「獣王拳!!」
レオモンの右手から、凄まじい力が篭った獅子の顔を持つ拳が放たれた。
「舐めるな!!クラウントリック!!」
その瞬間、ピエモンが姿を消した。
だが、エヴァンジェリンはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「そこだ!!」
叫びながらエヴァンジェリンは右手をその空間に向ける。
「デュアラム・パーソナラム・コニウンクチオ!!二つの位格の融合!!」
全開となったエヴァンジェリンは、惜しむ事無く魔力を注いでいく。
近右衛門がカードを渡した時に、エヴァンジェリンの魔力を回復させていたのだ。
「フリガス・ノックス・フォリートリニコス!!冷夜の宝石!!」
そして、呪文を唱え終わった瞬間に、ピエモンがその空間に姿を現した。
「何ぃ!?」
ピエモンの体が一瞬で氷結させられていく。
「貴様あああああ!!」
ピエモンが叫んだ瞬間、サングルゥモンとレオモンが、一斉に必殺技を放った。
「スティッガーブレイド!!!」
「獣王拳!!!」
イルゼのスティッガーブレイドがピエモンの全身を貫き、レオモンの獣王拳がピエモンを襲った。
そして、ピエモンは大地に激突し、徐々に光に包まれていった。
「なんだ、本当に爺ぃが来る前に片付いてしまったな」
あまりに呆気なく、エヴァンジェリンは期待はずれだと不満気に言った。
「意外と弱かったな、こいつ」
サングルゥモンが言うと、エヴァンジェリンは言った。
「なんだか、自分の技を使いこなしていない様だったな」
その言葉に、レオモンは推測を述べた。
「恐らく、ピエモンは封印される数日前にファントモンから進化したばかりだった。故に、究極体の力を使いこなせなかったのではないだろうか」
その言葉で、イルゼはクラスターが再生した声のファントムがファントモンと言うデジモンなのだと確信した。
そして、何か引っ掛かりを覚えたが、次の瞬間に、頭の中が真っ白になった。
目の前で光が完全に消え去った後に残っていたのは…死んだコンビニ店員だったのだ…。
横たわるコンビニ店員を見て、サングルゥモンは呆然としてしまった。
「なんで……」
イルゼはそれ以上何も言えなかった。
凄まじい嘔吐感が喉下まで迫った。
「馬鹿な…コンビニ店員…だと?どういう…」
エヴァンジェリンがそこまで言うと、クスクスと言う嫌らしい笑い声が周囲に響いた。
「まさか……」
レオモンは目を見開いた。
「ええ、そのまさかですよレオモン。いやぁ、お見事。実にお見事な道化振りでしたよ。私の作った変わり身はどうでしたか?」
レオモンの視線の先、イルゼ達の真上に、無傷のピエモンが姿を現したのだ。
「そんな…、じゃあ!!」
サングルゥモンはコンビニ店員を見た。
「ええ、彼は私が封印されていたすぐ傍に倒れていましたのでね、お遊びの為に私の変わり身になってもらったのですよ。いやいや、あの老人は管理能
力が低いようだ。このコンビニの店員が一人だと思って一人転送するだけで満足してしまった。瓦礫の反対側に居た店員に気付きもしないで」
クスクスと笑いながら、ピエモンは優雅に空中に座っていた。
「いやぁ、なかなかお見事でした。私の半分以下の能力しか無いとは言え、あそこまで一方的な戦いになるとは、さすがに思いませんでしたからね」
「うっ!おええええええええええ」
そして、サングルゥモンは嘔吐した。
耐えられなかったのだ。
自分の手で、罪の無い人間を殺めてしまった事を…。
だが、レオモンが言った。
「サングルゥモン、その青年を早く治療の出来る場所へ連れて行きなさい!!」
その言葉に、サングルゥモンは「え?」と言った。
「その青年は生きている。恐らく、ピエモンの能力を分けられていた恩恵で、君の攻撃を防げたのだろう。だが、私の攻撃は防げなかった。だが、ピエモ
ンの姿が解けただけだ。まだ、彼は生きている!!」
その言葉に、サングルゥモンはハッとなり店員を見た。
確かに、僅かだが呼吸をしていた。
「イルゼ君、彼を連れて行ったら戻ってくるな」
レオモンは言った。
「な!?でも!!」
「レオモンの言う通りにしろ、イルゼ。さっきまでとは雰囲気が違いすぎる。ここから先は、お前は足手纏いになる。…わかるな?」
諭すように、エヴァンジェリンは言った。
その言葉に、瞳から涙を流し、サングルゥモンは頷いた。
「行け!!」
レオモンは店員をサングルゥモンの背に乗せて言った。
「ばあちゃん、レオモン!!頑張って!!」
そう言って、サングルゥモンは駆け出した。
そして、ピエモンはそれを眼で追う事すらしなかった。
「追わんのか?」
エヴァンジェリンはその様子に不審気な顔をした。
「ええ、今の私の興味は彼や相坂さよにはありませんからね」
そう言った。
その言葉に、レオモンはピエモンを睨みつけて口を開いた。
「どういう意味だ!!」
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言いましたね?」
そう、ピエモンは怖気の走る、絡み付くような視線をエヴァンジェリンに向けた。
「素晴らしい。貴女は実に素晴らしい!」
「………」
高らかに言うピエモンにエヴァンジェリンは黙って睨みつけるだけだった。
「どうしても、壊したくなりました」
そう、ピエモンは言った。
次の瞬間に、エヴァンジェリンの体はトランプソードで滅多刺しにされてしまった。
「な!?エヴァンジェリン君!!」
レオモンは叫びながら駆け出した。
「貴様!!!獣王拳!!!!」
レオモンの獣王拳がピエモンに迫るが、ピエモンはトランプソードを一本、軽く投げただけで獣王拳を切り裂き、そのまま、レオモンにトランプソードが迫っ
た。
「ぐおおおおお!!」
間一髪で避けると、レオモンの視界に信じられないモノが映った。
トランプソードで殺された筈のエヴァンジェリンが無傷で無数の氷弾をピエモンに放っているのだ。
「ほぅ」
感心したようにピエモンは言うと、片手を前に突き出した。
それだけで、凄まじい威力の氷弾は動きを止めた。
「何!?」
エヴァンジェリンは信じられない現象に目を見開いた。
そして、ピエモンが薄く笑うのを見た。
次の瞬間、突如エヴァンジェリンの体から魔力が抜け落ちた。
そう、学園結界が復帰したのだ。
そして、落下するエヴァンジェリンに、ピエモンはトランプソードを一本投げた。
それを、封印され、普通の少女に戻ったエヴァンジェリンに避ける手立ては無かった。
だが、そのトランプソードの軌道を、レオモンは先祖代々伝わる獅子王丸を投げつけることで逸らした。
だが、その代償に、獅子王丸は砕け散ってしまった。
間一髪で、レオモンはエヴァンジェリンをキャッチする事に成功し、ピエモンを睨み付けながらエヴァンジェリンに話しかけた。
「大丈夫か、どうしたと言うのだ突然?」
視線を向けずにレオモンは言うと、エヴァンジェリンは答えた。
「私は、学園結界と言うのに力を封じられていたんだ。さっきまではそれが起動していなかった。だが、どうやら復旧してしまったようだ…」
その言葉に、レオモンは「そうか…」とだけ言った。
「逃げるんだ、エヴァンジェリン君」
レオモンは素手でピエモンに向い構えると言った。
「何を馬鹿な!お前一人では!!」
エヴァンジェリンはレオモンを怒鳴りつけるが、レオモンは首を横に振った。
「君はここで死んではいけない。私が、命を懸けて時間を稼ぐ。その間に生き延びるんだ!!君がここで死ねば、奴は止められなくなる!!」
レオモンの言葉に、エヴァンジェリンは激昂した。
「ふざけるな!!!」
エヴァンジェリンは叫んだが、レオモンは優しく微笑むだけだった。
「さよ君を頼む。彼女は、今まで十分に頑張ったんだ。自分の人生を投げ出してやつを封印した。だから、願わくば、君に彼女を頼みたい…」
そう言うと、レオモンは走り出した。
ピエモンに向って。
「行け!!!」
そう叫びながら。
だが、次の瞬間に、レオモンの周囲の地面が捲れ上がり、螺旋を描きながらレオモンを覆いつくした。
「な!?レオモン!!!!」
エヴァンジェリンが叫ぶと、ピエモンが愉快そうに口を開いた。
「愚かな奴ですねぇ、相変わらず。成熟期の身で、この私に時間稼ぎをねぇ。フフ…フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!」
ピエモンは気が狂ったように大声で笑った。
「無駄死にですよ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはこの場で死ぬ」
そう言って、ピエモンは四本のトランプソードをエヴァンジェリンに向けて放った。
エヴァンジェリンは逃げ出したが、少女の足ではピエモンのトランプソードから逃れる事など出来ず、エヴァンジェリンにトランプソードが迫った。
次の瞬間、突如、エヴァンジェリンの背中で金属がぶつかり合う音が聞こえた。
「困るのう。彼女は大切な儂の友人なのじゃが」
その声は、想像していた声よりも若々しかった。
「じじ…い?」
エヴァンジェリンが振り返ると、そこには黒髪の長髪を、近右衛門と同じく紫の紐で後頭部で纏めている、180cmと言う長身の近右衛門と同じ着物を着た
男が、金属の扇子を持ちながら立っていた。
その顔は、太く黒い眉毛が印象的な鋭い眼光を放つハンサムな男だった。
「君は誰だい?」
ピエモンは、不愉快そうに聞いた。
「儂かのう?」
その顔に似合わぬ爺口調でとぼけた様に男は聞いた。
「ああ、君だよ」
今にも襲い掛からんと言うほどの殺気を身に宿しながらピエモンは聞いた。
「儂の名は」
男はフッと笑い、ピエモンを鋭く睨み付けた。
「近衛…近右衛門じゃよ」
そう言った。
エヴァンジェリンは目を見開きながら近右衛門を見た。
「爺ぃだと!?」
呆然としながらエヴァンジェリンは近右衛門を見つめた。
「うむ、少し遅くなったのう」
渋いハスキーボイスで近右衛門はエヴァンジェリンに笑いかけた。
「使うつもりは無かった。もう、儂は理想を諦めた身じゃからな…」
突然、近右衛門はそう言い出した。
「じゃが、儂はこの学園を護る!!その為ならば、遠き日の誓いに泥をも塗る事厭わん!!!エヴァンジェリンよ、木乃香に念話をし、力を戻すのじゃ」
「あ、ああ…」
エヴァンジェリンは呆然としながらも、木乃香に念話を送った。
「させん!!」
ピエモンがトランプソードをエヴァンジェリンの元に転移させようとしたが、次の瞬間に、ピエモンの体は蹴り飛ばされた。
「な!?」
ピエモンには、一瞬何が起きたのかが分からなかった。
余りにも早すぎる一撃だった。
近右衛門は、エヴァンジェリンの居る大地から、ピエモンの居る上空30m、距離120mを瞬きの間に駆け抜けたのだ。
そして、ピエモンにすらも見えない速度で蹴りを放ったのだ。
そして、エヴァンジェリンの念話を受けた木乃香がカードを使い、今宵、二刻の間だけ、この世の最強の存在が力を取り戻した。
凄まじい魔力の旋風が吹き荒れる。
完全開放されたエヴァンジェリンは、岩に覆い尽くされたレオモンの方向を見た。
そして、凄まじい殺気を持ってピエモンを睨み付けた。
そして、近右衛門の蹴りを受けながら、無傷のままで空中を浮かぶピエモンが近右衛門とエヴァンジェリンを睨み付ける。
そして、突然ピエモンが笑い出した。
「フ、フフフ、フハハハハハハハハハ!!面白い!!さあ!!踊る真剣!!道化師が幕を上げる、殺戮ショータイムの始まりだ!!!」
そして、極限の戦いが始まった。
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