第40話『解明』


その日、輝夜が一枚のプリントを部員全員に手渡した。

「1940年2月14日に発生した大量失踪事件に関する資料?」

イルゼはタイトルを読み上げながら、視線を記事の下に流していく。
そこには、1940年の2月14日、つまりは“バレンタインデー”にとある研究機関で一斉に人が消えてしまったと言う事件について書かれている。

その内容は、かなり気分の悪くなるものだった。

そして、輝夜がプリントを読み上げるのを聞いた。

「事件の発生したのが判明したのは、同年の3月6日の水曜日。事件の起きた研究施設のある山を登山していた男が、研究施設と思しき建造物から凄ま
じい異臭が放たれているのを確認し、区役所に問い詰めた所、その研究施設は無認可である事が判明したのです」

「ここで、一つ注目すべきは、何故、それまで誰にも気付かれなかったのかは首を傾げざる得ないと言う事だ。当時の警察も首を捻ったそうだ」

と、秀が言った。
そして、その場所は麻帆良からそう離れていない場所である事も、イルゼは注目した。
そして、輝夜が読み上げを再会した。

「区役所が立ち入り検査した所、その研究施設では恐るべき研究が行われていたと言います」

「恐るべき?」

イルゼが聞くと、輝夜は残念そうな顔をした。

「残念ながら、クラスターと私と千里が入手した手掛かりは、どれもその研究に関しての記述がありませんでした。ですが、“恐るべき研究“と言う意味に
取れる言葉が幾つも並べられていました」

そして、秀は苦々しい表情で口を開いた。

「その研究施設で、何十、何百と言う死体が発見されているらしい」

秀の言葉に、イルゼ達は息を呑んだ。

「どういう事なんですか?」

学が恐る恐る聞くと、秀は言った。

「恐らくは、軍事施設だったのだろうと考えられる。人体実験を行っていたらしい。その証拠なのかどうかは不明だが…、公式としてはその研究施設の情
報は一切無い」

「軍事施設!?それに、公式の記録が無いってどういう事なんだ?」

亜里沙は目を丸くしながら聞いた。

「輝夜達が調べた資料は、どれも、当時の人間が書いた日誌や、直接の聞き込みによるものだ。どれだけ調べても、公式の記録には載っていない。そ
の研究施設跡も何時の間にか消失していたらしい。当時の警察が、突然捜査を打ち切りにした事からも、キナ臭いモノがあるのは確かだ」

秀はそこまで話すと、一端止めてクラスターに「再生してくれ」と頼んだ。
クラスターは「畏まりました」と言って、突然、クラスターから壊れたラジカセの様に雑音の多い音声が再生された。

『1940年2月14日、私の名は結崎宝仙。現在、私はあの方の命により、研究を続けている。あの方が授けてくれた知識で、もうすぐ完成する。今は、共に
研究する中村康彦が、最終調整に入った。これが成功すれば、我が国の勝利は揺るがない筈だ。被検体の様子も安定している。これより、我々は最後
の仕上げに移る。あの方が送り込んでくれる手筈になっている者…ファントムだったか…。違ったかもしれない。些細な事だ。これで私は英雄となるの
だ。この研究は、必ず日本軍に勝利を…。さて、ここまでにするか。これにて、1940年2月14日の音声日誌を終了する。…とは言え、これはただの私の個
人的な日記なわけだがな』

男の声が終わると、最後にカチッという音が鳴り、完全に音声は終了した。

「今のは?」

イルゼが聞くと、クラスターが答えた。

「今の音声は、当時の捜査官の一人であった、岩室忠警部が、この事件が気になり、密かに捜査の打ち切り前にコピーしたモノです。彼は、この捜査資
料を密かに隠しながら、独自に捜査を続けていました。ですが、事件は解明できず、彼は二年前に病に侵され、死亡しました」

そして、秀が続けた。

「それを、岩室警部の親族が保管していてな。無理を言ってコピーさせて貰ったんだ」

「一体、何の実験をしていたんだろう…」

イルゼが眉を顰めながら言うと、秀は肩を竦めた。

「さぁな、だが…、碌な研究ではないだろう。マッドな研究者によって生贄にされたなんてのは…この事件の犠牲者は哀れすぎる。それに、この音声の男
と中村と言う男、それに、研究所内にあった独房の中にもそれまで少し前に存在していた痕跡があったにも関らず、鍵が掛かったまま全員が消え去り、
結局発見されなかったらしい…」

「ファントムって何だろうね…」

嵐が顎に手をやりながら言った。

「幽霊って意味ではなさそうッスね…」

蓮も、眼を細めて言う。

「それに、あの方ってのは誰だろう…」

イルゼが言う。

「悪の親玉。まさしく、黒幕って奴だろうぜ?」

亜里沙の言葉に、秀は頷いた。

「血のバレンタイン、他の七不思議とは繋がりは、赤マントと相坂さよの没年が重なる事だけだが…」

イルゼは、親指の先の皮を噛みながら唸った。

「この謎が一つになるって事なのか…。まてよ?」

突然、イルゼが目を見開いたので、全員がギクッとした。

「どうした?イルゼ」

秀が聞くと、イルゼは口を開いた。

「なぁ、この七不思議の本書いた奴は誰なんだ?」

イルゼの言葉に、秀も鋭い視線を輝夜に回し、輝夜はすぐに『麻帆良七不思議』を手に取った。
そして、眺め回し、ページを捲るが最後に首を横に振った。

「どういう事だ…。確かに、言われてみればおかしい…」

秀は眉間に皺を寄せた。

「誰が書いたんだろう…。まるで、全てを知っていて、誰かに解き明かさせたいみたいに…」

嵐が言うと、秀は輝夜に視線を送った。

「輝夜、何か手掛かりになりそうな物はないか?何かの記号か、文章として成り立っていない文字でもいいんだが…」

秀の言葉に、輝夜は本を閉じて裏表紙を見せた。

「見当たるのはこれだけですね」

そう言って、輝夜が指差した場所には、裏表紙の隅に小さくリスの絵が金色で刻まれていた。

「リス?どういう意味だ?」

秀が眉を顰めた。
輝夜も「わかりません」と首を横に振った。
そして、秀は手を叩いた。

「とにかくだ。これで残るは合わせ鏡だ。それをやれば、一歩前進になる筈だ」

秀の言葉に、イルゼ達は頷いた。
ついに、残る謎は合わせ鏡だけとなった。
そして、イルゼは口を開いた。

「なぁ、相坂さよの霊は中等部に居るんだよな?」

イルゼの視線はクラスターに向いていた。

「はい。相坂さよの目撃情報は、中等部のAクラスとコンビニだけです」

「確かに、ここまで来ると、ただ、例の五人を待っているからと言うだとは思えないな。他に意味があるような…」

秀は腕を組みながら眉を顰めた。

「合わせ鏡…、異界の扉…もしや!」

秀は突然、ある考えが閃いた。

「?秀様?」

その様子に、輝夜が目を丸くした。

「暗号なんじゃないか?合わせ鏡と異界の扉の話は」

「どういう事ッスか?」

と蓮。

「いいか?」と秀は全員を見渡してから口を開いた。

「元々、異界の扉と合わせ鏡が同じ話だという考えが正しいなら、それはある意味で暗号の様な物なんじゃないか?そして、この二つの話は、他にも謎を
孕んでいるのかも知れない」

そこまで言うと、秀はクラスターに呼びかけた。

「クラスター。合わせ鏡の話で、回廊と出てくる話と異界の扉に通じる話をリストアップしてくれ」

「畏まりました。少々お待ちください」

しばらくすると、クラスターはプリンターから3枚のプリントを印刷した。

「これが、検索でヒットした話です。合わせ鏡の話で、回廊が出てくるのはありません」

その言葉に、全員が目を丸くして驚いた。

「なに!?」

秀は絶句した。

「どういう事だ!?」

イルゼも予想外の答えに息を呑んだ。

「合わせ鏡の話は、種類としてはかなりのヴァリエーションがありますが、そのどれもが、悪魔の召還。過去視と未来視。鏡の世界への入口。呪い。の四
種類に分別され、そのどれもが、回廊の単語は含まれていないのです」

クラスターの言葉に呆然としながら、秀はプリントに眼を落とした。
すると、異世界の扉の話はかなりの数があった。そして、リストには、注目すべき点が一つあった。

「新月の0時0分0秒に儀式…」

それは、多くの話に共通するものだった。
中には時間が違う話や、月に関係しない話もあるが、それでも、全体的に見ればその条件が目立つ。

「そうか…もしかして!」

イルゼは頭の中に雷光が駆け抜けた気がした。

「合わせ鏡の回廊。相坂さよがループするのは1年から3年の女子中等部のAクラスの教室だ。二階から4階、その間の2−Aの教室の前の回廊、つまり
は廊下だ。合わせ鏡の回廊っていうのは、二階と四階の中間である三階を意味してるんじゃないか?その廊下。そして、相坂さよがループしているAクラ
ス。そして、異世界の扉は、その場所に行くべき時間と日付だ!!」

イルゼの言葉に、秀は目を見開いた。

「そう言う事か…。場所と時間。後は、何をすればいいのかだ…。何か、何かある筈だ!!」

秀は頭を掻きながら唸った。
すると、突然フェイが口を開いた。

「血のバレンタイン」

「え?」

フェイの言葉に、全員がギョッとしてフェイを見た。

「あ、その…。血のバレンタインって変だなって」

「どういう意味だい?」

学が聞くと、フェイが「あのね」と口を開いた。

「さっきの話だと、バレンタインの日に起きたのは失踪事件なんだよね?」

その言葉に、蓮は大袈裟に驚いた。

「そう言う事ッスか!?って、言われてみればおかしいッスよ!」

「そうだぜ。失踪なら、なんで血のなんだ?確かに死体は見つかったみたいだけど、それはバレンタインより前に、研究者の奴等が人体実験をしてたか
らだろ?」

亜里沙の言葉に、重要なキーワードがイルゼと秀の頭に同時に閃いた。

「「血だ!!」」

「多分、血が必要なんだ」

とイルゼ。

「血のバレンタインは必要な物を教える暗号でもあったんだ。なら…、他の不思議にも何かあるかもしれない!」

と秀が言い、クラスターは七つの不思議をリストアップして画面に表示させた。

「『謎の出席番号一番』、『語らずの赤マント』、『異界の扉と合わせ鏡の回廊』、『血のバレンタイン』、『裏鬼門の封印』、『全ての謎を解く事で封印が解け
る』そして、『わかっていない最後の謎』。その中で関係がありそうなのは…」

秀が唸るように読み上げると、嵐が口を開いた。

「一番だ!」

「え?」

嵐の言葉に、全員が嵐を見た。

「どういう事だ?」

秀が聞くと、嵐が口を開いた。

「おかしいと思わない?どうして、何年間もループしながら、ずっと出席番号一番なんだろうってさ。何十年も相坂より前の番号の生徒が入学しないなんて
確立は決して高くない筈だ。違う?」

嵐の言葉に、全員に衝撃が走った。

「一がキーワードか」

秀が言うと、輝夜がハッとした表情を浮かべた。

「秀様、これを」

輝夜がそう言いながら、『麻帆良七不思議』の1ページ目を開いて見せた。
そこには、長い前書きが書かれているだけだった。

「輝夜、これが一体どうしたんだ?」

秀が聞くと、輝夜は「ここを」と言いながら、前書きの一行目の丁度中心にある『一』の文字を指差した。
次に数行下の一番左端と右端に書かれている『一』を指差し、その後五つの『一』を指差して示した。
それを見る内に、秀の眼が、開いていく。

「まさか、『五芒星』か!」

秀の驚愕に、イルゼは首を傾げた。

「五芒星?」

すると、クラスターが画面上に五つの頂点を持つ星を円が囲う不思議な図形を表示した。

「これが五芒星です。別名では、晴明桔梗紋やセーマンとも呼ばれ、陰陽道と深い繋がりがあります。また、逆さにすると、西洋の悪魔の紋章としても呼
ばれています」

「どういう物なんだ?」

イルゼが聞くと、クラスターは画面上の五芒星の五つの頂点の上に、漢字の一字を表示させた。
一番上の頂点には木、右上の頂点には火、右下には土、左下には金、左上には水だ。

「これは、陰陽五行説の概念を表すものでもあるのです。過去の高名な陰陽師である、安倍晴明は、好んで使用したと言われています」

「意味はなんなんだい?」

嵐が聞くと、クラスターは答えた。

「木は燃えて火となり、火は燃え果て土を残し、土は大器に耐え金を生じ、金はその肌に水を帯び、水は再び木々を育む。これは、自然界の力の流れを
意味しているのです。五芒星は魔除けや結界術によく用いられたと言われています」

「結界!?もしかして!!」

秀は全員の眼を見た、そのどれもが同じ考えだと語っていた。

「ようやく、やる事はわかった訳だ。問題は血だな…。だが、なんとかするか…」

秀はそう言うと、カレンダーに視線を送った。

「29日だ。今度の新月は。今日はこれで解散する。29日になったら夕食を食べたらここに集まるんだ。それまで、準備があるからミス研は休みだ」

秀の言葉にイルゼ達は頷いて答えた。





そして、29日がやって来た。
夕食を食べながらイルゼは自分達の調べた事をエヴァンジェリンに話した。
すると、エヴァンジェリンは目を見開いた。

「なんだ…と?」

エヴァンジェリンはイルゼの言葉に固まった。
イルゼの語った話はどこまでも自分の考えと食い違っている。
相坂さよは、地縛霊となってAクラスに縛り付けられているのだと考えていた。
だが、イルゼの語る話を聞く内に、何かとんでもない見当違いを起していたのではないかと考えた。
そして、エヴァンジェリンは口を開いた。

「イルゼ、私も行く」

その言葉に、イルゼは驚愕した。

「ば、ばあちゃん!?」

「少し気になってな。それに、相坂さよは仮にも級友だったのだ。いいだろう?」

エヴァンジェリンの言葉に、イルゼは「わかった」と答えた。

「多分、大丈夫だと思うよ」

イルゼが言うと、木乃香も口を挟んだ。

「うちも行ってええ?イルゼもおばあちゃんも居ぃへんと寂しいで」

と木乃香が言い、イルゼは「いいぜ」と言った。
夕食の片付けを木乃香とイルゼに任せ、エヴァンジェリンはどこかに電話を掛けた。
そして、7時になり、イルゼ、木乃香、エヴァンジェリンの三人はミス研の部室に向った。
ちなみに、エヴァンジェリンは大人の姿だ。
黒のハイネックに白のカーディガンと白のスカートを木乃香とお揃いで着ている。
三人が入ると、最初に学とフェイが驚いた。

「あれ?エヴァンジェリンさん。それに木乃香ちゃんも、どうしたの?」

学が言うと、エヴァンジェリンが口を開いた。

「イルゼ君に聞いてね、子供だけで深夜にうろつくのは少し危ないと思ってね。えっと、部長さんは貴方かしら?」

エヴァンジェリンは視線を滑らせると、秀を見た。

「はい。貴女は?」

秀が聞くと、エヴァンジェリンは丁寧にお辞儀をした。

「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。イルゼ君と木乃香ちゃんの保護者みたいな者です。この子達は実家が遠いので、私が時々様子を見ることに
なっていまして、今日、イルゼ君に深夜に学校に行くと聞いて、子供だけでは危ないですからね」

そうニッコリしながらエヴァンジェリンは言った。

「えっと…、ありがとうございます」

少し困った顔をすると、秀は頭を下げた。

「それと、木乃香ちゃんも同席してよろしいかしら?夜に一人は心細い様なので…」

エヴァンジェリンの言葉に、秀は「構いません」と答えた。
だが、イルゼに一瞬、厳しい視線を送ったのをイルゼは気が付いた。
エヴァンジェリンと木乃香に見えないように頭を下げると、秀は口を開いた。

「それじゃあ、出発する」

そう言って、秀は荷物を輝夜に持たせると、廊下に出た。
エヴァンジェリンは輝夜に、「荷物を持ちましょうか?」と問い掛けると、輝夜は一瞬、驚いた顔をして「結構です」と首を横に振った。

そして、女子中等部の三階、2−Aの教室の前廊下にミス研のメンバーとエヴァンジェリンと木乃香が集結した。

「?何を描いているの?」

とエヴァンジェリンが嵐に聞いた。
嵐は、「え、絵の具ですよ!魔方陣を描いてるんです!」と冷や汗を掻きながら言った。

「ちゃんと片付けなきゃ駄目よ?」

とエヴァンジェリンが釘を刺すと、全員が「はぁい」と答えた。
そして、魔法陣が完成すると、時刻は0時の10分前になっていた。
ここまでは歩いてきたので時間が掛かったのだ。
そして、時刻が0時0分0秒を回った瞬間だった。
突如、魔法陣から真紅の閃光が迸り、次の瞬間に、魔法陣の上に一人の少女の姿が在った。

呆然としてその少女を見つめるイルゼ達の前で、少女は閉じていた目を開くと、途端に目を見開いた。

「記憶が…戻った?そんな…、封印が解けるなんて!?ピエモンが…復活して…しま…」

小さく弱弱しい声で、少女、相坂さよはそう言うと、次の瞬間に、体が発光し、姿を消した。
そして、次の瞬間に、突然イルゼの周りで次々に部員が倒れていった。

「な!?眠りの魔法か!」

寸前にエヴァンジェリンが木乃香とイルゼを護る様に障壁を張った事で、イルゼと木乃香は眠らずに済んだ。

「ばあちゃん、これ一体なん!?」

その瞬間、イルゼの頭の中で雷鳴が轟いた。

――なんだ!?

「どうしたん?イルゼ」

突然の事態に、木乃香はうろたえながら聞く。

「わからない。でも、こっちだ!!」

謎の感覚を頼りに、イルゼは駆け出した。

「お、おい!!…くそ。後で戻って来るからな…」

エヴァンジェリンはそう、倒れて眠っているミス研メンバーに告げると、木乃香と共にイルゼを追った。
途轍もない悪寒が走る。
今宵は新月だ。
エヴァンジェリンの力はどこまでも落ちている。
あの日を思い出す。
ルドルフの襲来した日を。
エヴァンジェリンは、木乃香の手を握り締めながら走り続けた。













それ故に、気が付かなかった。
ミス研のメンバーの中で、一人だけが眠っていなかった事に…。

「まったく、もっと解明に時間が掛かると踏んで輝夜に発見させたのにな。あのクラスターとか言う変なのが出てきたせいで予定が狂ったぜ…。まぁ、お前
ならなんとか出来るよな?」

――なぁ、『暴食』。

そう、少女は誰も居ない空間に語りかけた。





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