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第39話『動き出す歯車』
「第二、第三、第四の不思議が解明出来ました」
その日、クラスターを呼び出すとそんな事を言い出した。
「はい?」
クラスターの言葉に、目を丸くしながらイルゼは間抜けな声を発した。
本当に突然だった、呼び出した途端だったのだから。
「聞き間違いか?俺には第二から第四の不思議が解明出来たと聞こえたんだが…」
秀が冷や汗を掻きながら言うと、クラスターは「聞き間違いではありません」と言った。
いつもは冷静な輝夜や、千里ですらも動揺しているのか目を見開いている。
「なら教えてくれるかい?」
嵐が言うと、クラスターは画面の中に別の画面を映し出した。
そこには、新聞の切れ端が何枚も表示されていた。
「これは?」
イルゼが聞くと、クラスターはモニターの中で口を開いた。
「これは、第三の不思議である『語らずの赤マント』と思われる記事です」
クラスターの言葉に、イルゼ達はマジマジと画面の中の新聞の記事を見つめた。
すると、クラスターに繋がれたプリンターから記事が貼り付けられたプリントが人数分印刷された。
それを、学が取ると、全員に配った。
「連続児童惨殺事件?」
記事に眼を落とし、パッと見てタイトルに踊る文字を見て眉を顰めながら秀が聞いた。
「語らずの赤マントとは、当時の殺人事件に置ける犯人の事を示していると思われます」
クラスターが言うと、秀は「どういう事だ?」と睨むようにクラスターを見た。
「この事件は、1940年に発生しました。当時は、戦争も一年後の日本軍による真珠湾攻撃まではわずかですが沈静化していました。その時、ここ、麻帆
良の地で連続殺人事件が発生しました」
クラスターの言葉に、イルゼは首を傾げた。
「なぁ、なんで赤マントなんだ?」
イルゼの言葉に、クラスターは画面上に一枚のぼやけた白黒の写真を表示させた。
「この写真は、当時『赤マント』により殺害された一人の少女の死体の付近に落ちていたカメラから現像された物です。警察の鑑定でも、個人を特定でき
る物ではありませんでしたが、赤い外套を着ている事が分かったのです。警察は、死の間際に少女が残したダイインメッセージと判断し、この赤の外套 の人間を犯人と断定しました」
クラスターの言葉に、秀は「なるほどな」と頷いた。
「だから赤マントなんだな?」
イルゼが言うと、クラスターは「そうです」と答えた。
「『語らず』の意味は分かったんスか?」
蓮が聞くと、クラスターは画面上に表を映し出した。
「これは?」
学が聞くと、クラスターは答えた。
「これは、当時の児童の殺害方法と年齢を纏めた表です」
すると、再びプリンターから表が貼り付けられた紙が人数分印刷される。
そして、それを見たイルゼ達は愕然とした。
「なんだこれは!?」
秀の声には畏怖の念が篭められていた。
「1940年4月14日、埼玉県麻帆良市在住の山本知美(13)が全身を肉塊に解体され発見。彼女の消息が、前日から消えた事により、調査の結果、被害
者が彼女である事が判明。同年の4月19日、埼玉県麻帆良市在住の間宮玲子(14)が、全身から全ての血を抜き取られ殺害されているのが発見され た。彼女の体は、まるでミイラの様に干乾びていた。同年の4月27日、再び埼玉県麻帆良市在住の榊原真(15)が彼の通う学校の入口に、全身を杭で壁 に縫い止められ殺害されているのを発見。発見した当校の教師が警察に通報し、急遽連絡網によって学級閉鎖が伝えられる」
秀が、新聞の記事を少しずつ読み上げていく。
すると、フェイが顔を青褪めさせて震えているのに気付き、イルゼは肩を抱くと、秀に待ったを掛けた。
「フェイ、聞きたくなかったら先に帰ってもいいんだぞ?」
イルゼが心配そうに聞くと、フェイは首を横に振って「大丈夫」と言った。
それでも、イルゼが心配そうに見るので、フェイは気丈に微笑んで見せた。
「まぁ、読み上げはこのくらいでもいいだろう。だが、こんな大事件があったとはな…。一年間、一週間に一人ずつ殺されてるぞ…」
秀は記事に眼を落としながら額から嫌な汗が流れるのを感じながら言った。
「その事件は、全国の児童を持つ親を震え上がらせました。そして、親達は一つの決まりごとを設けました」
「決まり?」
クラスターの言葉に、イルゼは首を傾げた。
「子供には絶対に話してはいけないと言う決まりです。その決まりは、ある二件の事件が切欠でした」
「何があったんだい?」
蓮が真剣な眼差しで聞いた。
「同年の8月25日に殺害された少年とその後の9月15日に殺害された、宮部明彦(17)と雪島蒔絵(14)が、死ぬ間際に友人の前で『赤マント』と思しき人
物を見たと発言しているのです。そして、死の間際に、二人は友人に『赤マント』を追いかけると言い残し、殺害されています」
「……、一体どういう事なんだ?」
イルゼが右手で後頭部を掻きながら聞いた。
「どうして、親達は子供に警告するんじゃなくて、語らない事にしたんだ?」
「それは、赤マントを架空の存在として、好奇心を持たせない為です」
クラスターはそう言った。
「なるほどな、実在の人物だと思って赤マントを着ている人間を見かけた場合、それを追い掛けてみようと考える可能性は高い。だが、架空の存在だと教
え込ませれば、ただ、赤い外套を着ているだけの人間に興味は示さないと考えたんだな?当時の大人達は」
秀が腕を組みながら考えるように言うと、クラスターは「その通りです」と答えた。
「ですが、親達が震える中で同年の12月24日のクリスマス・イヴの日に麻帆良学園を含め、敵国に空襲を受けるまで、殺人は一週間を置かずに繰り返さ
れました。そして、空襲の前後にも警察が調査出来なかっただけで、何人かの児童が殺害された可能性があるそうです」
クラスターの言葉に、イルゼは気になる事があった。
それは、相坂さよの没年と、その殺人鬼が行動していた年が合わさっているからだ。
だが、その時は未だ、イルゼは唯の偶然だと考えた。
そして、クラスターは話を続けた。
「『赤マント』の正体は、55年を過ぎた今も謎のままです」
クラスターの言葉に、秀は目を見開いた。
「未解決なのか!?」
「そうです。これが、第三の不思議で私が調査した結果の全てです。これ以上は、警察が敢えて隠匿している可能性を除けば、犯人は既に死んでいる
か、どこかに潜んでいる可能性が高いでしょう。ですが、すでに55年が経過していますので、すでに死亡している可能性が高いと思われます」
「ねぇ、警察が隠匿ってどういう事?」
学が聞くと、クラスターは答えた。
「警察が隠匿するケースが幾つかあります。警察関係者、政治家などの特に上層部の者が犯罪に関与している場合。あまりに手口が巧妙であり、模倣
犯が出る可能性があると拙いと思われる場合。そして、あまりに危険すぎる存在故に、扱いに難しく捕らえたとしても安易に刑罰を決めることが出来ない 場合にあります」
「最初の二つはわかるとしても、最後のはどういう意味なんだ?」
イルゼが聞くと、クラスターは答えた。
「端的に言えば、犯人を裁判に掛けた場合に、死刑反対の思想を掲げる弁護士が着いてしまう可能性があり、容易く死刑にする事が出来ない可能性が
あるのです。そして、その思想が伝播し、犯人に賛同してしまう者が出るかもしれないのです。それは、犯人を脱獄させようとする存在の出現を警戒して いるのです」
クラスターの言葉に、イルゼ達は納得した。
「それでは、次に第二の不思議である『異界の扉』と第四の不思議である『合わせ鏡の回廊』ですが、幾つかの近似している逸話などを検索し、考察した
結果ですが…。恐らく、この二つは同じモノだと考えられます」
「何!?」
秀は目を丸くした。
「どういう事だよ!?」
亜里沙も目を丸くしながら聞いた。
「これは推測なのですが、本来はこの七不思議は『謎の出席番号一番』『語らずの赤マント』『異界の扉と合わせ鏡の回廊』『血のバレンタイン』『裏鬼門
の封印』『全ての謎を解く事で封印が解ける』そして、『わかっていない最後の謎』で7つなのではないでしょうか?」
クラスターの言葉に、イルゼ達は息を呑んだ。
そして、イルゼは目を丸くしながら言った。
「つまり、最後の封印が解けるって言うのが本当は七番目の謎だったって事か?」
「恐らくはそうだと考えられます。確かに、この七不思議が記された『麻帆良七不思議』と言う題名の本には、異界の扉と合わせ鏡の回廊は別のページに
纏められていました。ですが、その二つは近似する逸話が多数あり、繋がる部分があるのです」
「お前の考えを教えてくれ」
クラスターの言葉を受け、秀がそう言った。
「畏まりました。まずは、この二つの不思議は日本中に広がっている話の一つに纏める事ができます」
「それは?」
とイルゼ。
「合わせ鏡です」
イルゼの質問に、クラスターはそう答えた。
「合わせ鏡って、第四の不思議じゃねえのか?」
と亜里沙が首を傾げると、フェイが口を開いた。
「この前、矢部先生が話してくれたんですけど、合わせ鏡の話は日本中にあるらしいんです。丑の刻に鏡を向かい合わせにすると呪われるって」
フェイの言葉に、クラスターは「それも、『合わせ鏡』の逸話の一つです」と言った。
「合わせ鏡には他にも話があるのかい?」
と学が聞いた。
「恐らく、フェイが聞いたと言う丑の刻と言うのは、丑の刻参りに影響されたと考えられます」
「丑の刻参り?」
クラスターの言葉に、イルゼは首を傾げた。
「丑の刻参りとは、平家物語の登場する女性、宇治の橋姫が恨みを晴らす為に行った鬼(キ)へと自身を変貌させる呪術の事です」
「鬼(キ)?鬼のことかい?」
嵐が聞くと、クラスターは否定した。
「いいえ、鬼(キ)とは、日本に於ける鬼への理解として精霊に近い存在なのとは違い、中国の信仰だったのです。人は死すれば輪廻の輪に組み込ま
れ、生まれ変わると言う教えなのですが、鬼(キ)とは、魂が穢れ、輪廻の輪から外れて悪霊となってしまった存在の事です」
「想像出来ないな、自分から魂を穢す呪いって事なんだろ?」
秀の言葉にクラスターは「そうです」と答えた。
「丑の刻、つまりは午前1時から3時までの間が、一日の中で最も霊的な力が強まると考えられているのです。『合わせ鏡』の伝承として、他には『午前0時
に合わせ鏡の儀式を行うと悪魔が現れる』と言う話や、『丑の刻に合わせ鏡をすると鏡の世界に引きずり込まれる』と言うのもあります。他にも、『午前二 時に合わせ鏡をすると、過去や未来の映像を見せる』と言う話もあります」
「なるほど、確かに合わせ鏡と異界の扉のキーワードが合わさるな。鏡の世界がイコール異世界と考えられる。試してみるかな?」
秀がそう言うと、クラスターは「やめた方がいいと思います」と言った。
「どうしてだ?本当に何かが起こるって事なのか?」
イルゼが言うと、クラスターは否定した。
「違います。本当に合わせ鏡をするにはある特定の条件が必要なのです」
「特定の条件ッスか?」
クラスターの言葉に、蓮が首を傾げた。
「まず、合わせ鏡をする場合は、身を潔白にする必要があるのです。一週間を精進料理だけにし、一週間続けて毎朝冷水で身体を清めなければいけま
せん。それも、冷水は霊的な力が宿るとされている井戸の水でなければいけません。そして、一番難しいのは、合わせ鏡には反射率100%の鏡が必要な のです」
「な!?不可能って事じゃないか!!」
クラスターの説明に、秀はガッカリしたように肩を落とした。
「どうして不可能なんだ?」
イルゼが聞くと、輝夜は「いいですか?」と語りだした。
「鍍金鏡の反射率は、アルミ蒸着鏡で約80%。銀引き鏡で約90%。高反射率を謳った鏡で最高99%程度。レーザー発振など光工学で使う特殊な鏡で最高
99.99%程度なのです。100%の反射率を持つ鏡は、存在しないのですよ。空気による歪みもありますしね」
輝夜の説明は、イルゼ達には難しかったが、それでも100%の反射率を誇る鏡は存在しないと言う事だけは理解できた。
「でもまぁ、少なくとも二つの謎は解明できたんだ。クラスター、よくやったな」
秀が言うと、クラスターは「ありがとうございます」と言った。
「後は、最後の謎と分かってない謎、それに血のバレンタインに裏鬼門と相坂さよの謎か」
すると、亜里沙が口を開いた。
「なぁ、アタシ、鬼門って言葉は聞いたことがあるぜ?」
亜里沙の言葉に、秀は「鬼門はな」と答えた。
「鬼門に関しては辞書にも載ってるからな。裏鬼門も、字の通りなら鬼門の反対側って事なんだろうが…」
「そこまで分かってるなら、何がわからないんですか?」
学が聞くと、「つまりな」と嵐が答えた。
「麻帆良学園の七不思議って事だから、当然、裏鬼門って言うのも麻帆良学園に関係がある筈だろう?少なくとも、麻帆良市内の話ではある筈だよ。赤
マントも麻帆良市内だけだったらしいし、結局ね」
そして、輝夜が一枚のレポートをイルゼ達に手渡した。
「龍宮神社?」
イルゼが資料に載っている神社の写真の上にある名前を読み上げた。
そして、輝夜は頷くと説明を始めた。
「この、龍宮神社と言うのがちょうど、麻帆良学園の中心から鬼門の方角に建てられているのですよ」
イルゼは龍宮神社の資料を見ながら「なるほど」と頷いた。
「ですが、その反対の方角にはどこにも神社や寺、鳥居等のそれらしいモノは全く見つからなかったのです」
輝夜は残念そうにそう言った。
「鬼門とは、表鬼門と裏鬼門とに分けられ、風水と密接に結びついています」
そう、クラスターは話し始めた。
「表鬼門は、鬼や悪霊などの存在の霊界への入口とされています。逆に、裏鬼門は霊界の出口とされています。表鬼門には大抵は神社などを立て、鬼
門を封じている事が多いのです、一般家庭でも、桃の木を植える事で、家に悪い気が入らない様にするという信仰があります。そして、裏鬼門は大抵は 隠されている事が殆どなのです」
「隠されてる!?」
クラスターの言葉に、イルゼは目を丸くした。
「どういう事なんだ?クラスター」
秀が聞くと、クラスターは幾つかの写真を画面上に表示した。
そこには、水の中に沈んでいる鳥居や、地面に埋められている祠の写真があった。
「裏鬼門は、開放されれば霊界に住む鬼や悪霊が解き放たれてしまうと考えられ、表鬼門以上に強い封印が施されている事が殆どなのです」
そのクラスターの言葉に、再び、イルゼの頭の中で何かの欠片が合わさるのを感じた。
「もしかして、全ての謎が解き明かされた時に封印が解けるって、この裏鬼門の事なんじゃないかな?」
イルゼの言葉に、秀は目を丸くし、すぐに「確かに」と言った。
だが、イルゼはそう言いながらどうしてか頭の中に靄が出来たような錯覚を覚えた。
自分は何か根本的な部分を間違えていると。
それが何かがわからない。
だが、一つだけ思いついた事があった。
「もしかしてさ、この七つの不思議って全部繋がってるんじゃないか?」
イルゼの言葉に、秀は「どういう事だ?」と聞いた。
「まずさ、クラスターの言葉の通り、第二、第四の不思議が同じで、実は七不思議は、『第一の不思議・謎の出席番号一番』、『第二の不思議・合わせ
鏡』、『第三の不思議・語らずの赤マント』、『第四の不思議・血のバレンタイン』、『第五の不思議・裏鬼門の封印』そして、第六の不思議が『全ての謎を解 き明かした時、封印が解ける』、そして、第七の不思議は、その全ての謎が一つとなった時の真実を意味するんじゃないか?」
語りながら、イルゼは段々と霧が薄れていく感覚を覚えた。
「それで?」
秀が続けるように言う。
「あ、ああ。俺にはさ、第一の不思議と第三の不思議である、相坂さよの没年と赤マントが児童連続惨殺事件を起こした年が同じだったのが、何でか分
かんないけど偶然とは思えないんだ」
そこまで言って、秀達にもイルゼの言いたい事がわかった。
「まさか…、相坂さよは殺されたという事か?赤マントに?」
秀の言葉に、イルゼは頷いた。
「そして、第二の不思議である合わせ鏡。その逸話に過去や未来を見る話があるって言ったよな?クラスター」
イルゼが視線をクラスターに送ると、クラスターは「はい」と答えた。
「もしかしたら、それが鍵なのかもしれない。合わせ鏡が真実を教えてくれる事を意味しているのかも」
イルゼは話しながら、徐々に自分の説が説得力がある気がしてきた。
「第六の不思議の全ての謎って言うのはさ、もしかしたら七不思議の謎じゃなくて、相坂さよと赤マントの事件の謎の事だとしたらどうだ?」
イルゼが言うと、秀や輝夜、千里やボルク至るまで、全員が息を飲んだ。
「話が…繋がっていく…」
秀は呆然としながら言った。
「第一の不思議と第三の不思議を第二の不思議で解き明かす事で第七の不思議により第五の不思議が第六の不思議によって開かれる。そうだ、後は
第四の不思議だ。それに、合わせ鏡が出来れば…、何かある筈だ。この学園内に…」
イルゼの推理を聞き、秀は輝夜とアイコンタクトを取った。
「よし、イルゼの推理は推論の域を出ない。だが、信じる価値はある。そうだろ?みんな」
秀の言葉に、全員が頷いた。
「よし、これからのミス研の方針は決まった。合わせ鏡をする方法と、第四の不思議、『血のバレンタイン』の情報収集だ!!」
その時、みんなの心は一つだった。
見えて来たゴールに、興奮が隠せなくなったのだ。
それが、この先に待ち構える大いなる戦いの小さな幕開けとなる事を知るのは、数年も先の事である。
イルゼ達、ミス研のメンバーは行動を開始した。
歯車は確実に動き出しているのだった。
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