第37話『Cluster』


目を開くと、真っ白な天井が見えた。

「ここは?」

目を擦りながら、辺りを見渡すとそこは見覚えのある部屋だった。

イルゼは寝かせられていたソファーから立ち上がると、部屋で一際目に付く大きな机の向こうに、椅子を後ろ向きにしている老人に話し掛けた。

「じいちゃん?」

「起きたかの?」

そう言いながら、近右衛門は椅子から降りると、机を離れ、イルゼの元に歩み寄った。

「なぁじいちゃん。俺、どうしてここに?それに…」

そこで、イルゼはミス研での出来事を思い出した。

「そうだ、あの後真っ白になってそれで…」

イルゼは近右衛門を見た。

「じいちゃんだったのか?あれ」

「すまんの」

近右衛門はすまなそうに頭を上げた。

「イルゼよ、クラスターをそこに呼んでくれんかの?」

「え?」

イルゼは、近右衛門の指差した方向を見た。
すると、そこにはミス研にあるのと同じPCが置いてあった。

「呼ぶって言ったって、クラスターはミス研のPCに居るんだぜ?」

イルゼが言うと、近右衛門は「大丈夫じゃ」と言った。

「インターネットに繋いであるのでな、呼び出す事は可能な筈じゃ。あれは特別なOSじゃからな」

「?わかった」

イルゼは近右衛門の言葉に首を傾げながら頷いた。

「コギト・エルゴ・スム!」

パスワードを言うと、画面は光だし、クラスターが起動した。

「クラスター!?本当に呼べた…」

イルゼが目を丸くしていると、クラスターは「おはようございます、イルゼ」と挨拶した。

「おはよう、って言ってももう夜みたいだけどな」

イルゼが窓の外を見ると、既に空は夕闇に染まっていた。

「その様ですね、では、こんばんはイルゼ」

「おう!こんばんは、クラスター」

イルゼがニカッと笑いながら挨拶を返すと、近右衛門が口を開いた。

「お主がクラスターじゃったな?」

「近衛近右衛門でよろしいですか?」

「うむ」

「こんばんは、近右衛門」

「こんばんはじゃ、クラスター」

近右衛門から、イルゼは言い知れない威圧感を感じた。

「単刀直入に聞こう、お主は何者じゃ?」

「質問の意図が判別できません。ですが、名前を聞いているのではなく、私がどのような存在なのか?と言う質問であると推測します」

「その通りじゃ。答えてくれるかの?」

「問題ありません。但し、イルゼ」

「?なんだよ?」

突然、クラスターに話しかけられ、イルゼは目を丸くした。

「貴方に許可を頂く必要があります。私が何者であるかはマスター権限を持つ貴方の許可がなければお話する事は出来ません」

クラスターの言葉に、イルゼは「そうなのか?」と聞くと、クラスターは「はい」と答えた。

「いいぜ、俺もクラスターの事を知りたいし」

イルゼが言うと、「了解しました」と言った。

「私は、本来はマイスターが溜め込んだ知識を纏めるデータベースと、その管理の為に生み出されました」

「そのマイスターの名は?」

近右衛門の言葉に、クラスターは画面の中で首を横に振った。

「申し訳ありません。マイスターに関する情報には強力なプロテクターが施されています」

「解く事は?」

近右衛門が聞くと、クラスターは「難しいです」と答えた。

「このプロテクトを解除するには、レベル4の解除キーが必要となっています」

「…魔法か」

クラスターの言葉に、近右衛門はそう言った。

「どういう事だよ、じいちゃん?」

イルゼが聞くと、近右衛門はイルゼの頭に手を乗せながら言った。

「レベル4のセキュリティー。それはのう、魔法に関する情報なんじゃよ」

「な!?」

イルゼは、近右衛門の言葉に驚いた。
だが、それでようやく幾つかの欠片が合わさった。

「そう言う事か、相坂さよは魔法関係者って事か」

イルゼの言葉に、近右衛門は何も言わなかった。

「クラスターよ、お主に条件付きでレベル4のアクセス権限を授けよう」

「条件とは?」

近右衛門の言葉に、クラスターは動じる様子もなく聞き返した。

「まず、レベル4のアクセスは、魔法関係者以外が居る場では絶対に行わない事じゃ。そして、それを公表する事もならぬ。そして、イルゼと儂以外の人
間には一切従わぬ事じゃ。さらに、お主がもし、この条件から外れる行為を行った場合は、お主のデータを破壊するウイルスを仕掛けさせて貰う」

「な!?クラスターを破壊って!!何言ってんだよじいちゃん!!」

イルゼは慌てて言うが、クラスターは「構いません」と言った。

「な!?クラスター!!」

イルゼはクラスターに怒鳴りつけるが、クラスターは動じた様子も無い。

「イルゼ、先程の条件に関して、なんら悪意のある条項は御座いません。レベル4は、それだけの危険性がある情報なのです」

クラスターの言葉に、イルゼは「でもよぉ」と言ったが、近右衛門は「すまんの」と言って準備に掛かった。
近右衛門は、机に戻り、引き出しの中から二枚のCDを取り出した。
そして、無地の一枚のCDに対して呪文を唱えた。

「イネオ。起動。」

すると、無地だったCDに突然、魔方陣や、不思議な文字が躍った。

「じいちゃん、これは?」

「これはのう、最近魔法世界で作られた電子の精霊に対する契約書じゃよ」

「電子の精霊?」

近右衛門の言葉に、イルゼは「デジモンの事か?」と聞いたが、近右衛門は首を横に振った。

「デジモンについては知っておる者は殆どいまいよ。電子の精霊とはのう、電脳世界の管理をする為に魔法使いが作った精霊の事じゃよ。恐らくは、クラ
スターもそれに近い存在じゃろうて、これを使う事にしたのじゃ」

近右衛門はそう言うと、先に魔方陣の浮き上がったCDをPCに挿入した。

「CDのインストールが完了しました」

「うむ、これでお主は先程の契約に縛られる事になる。では、お主にレベル4のアクセス権限を授ける」

「感謝します」

そして、近右衛門は、魔方陣の浮き出たCDを取り出し、次に真っ赤なラベルのCDを挿入した。

「インストールが完了しました」

その言葉に、近右衛門は「うむ」と答えると、真っ赤なラベルのCDを取り出した。

「それでは、聞かせてもらえるかの?」

近右衛門の言葉に、クラスターは「はい」と答えた。

「私のマイスターの名は、ロベルト・シルヴェストロ・デ・フィリップスです」

「ふむ、何処かで聞いた名じゃな」

クラスターの挙げた名前に、近右衛門は反芻し思い出そうとした。

「マイスター・ロベルトは、1902年にエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルによって殺害されました」

「ばあちゃんに!?」

イルゼはその言葉に、エヴァンジェリンの言葉を思い出した。

「そうだ、ばあちゃんは確か、クラスターは自分を実験材料にしようとした魔法使いから逆に奪った物だって言ってたんだ」

イルゼの言葉に、近右衛門は「なるほどのう」と顎鬚を触りながら言った。

「マイスター・ロベルトは、世界中のあらゆる魔法を探求していました。その為に、倫理から外れた価値観で研究をしていたと言う情報があります」

「思い出したぞい。確か、人体実験を多く為し、指名手配とされておったらしいのう」

「はい。更に、禁断魔法の研究にも手を出そうとしていた為に、懸賞金は生死関らずに1000万ドル、日本円に換算しますと、10億以上もの大金が懸けら
れました。マイスター・ロベルトは、私を作り出し、私に貯め込んできた全ての情報を封じ込めている際に、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの捕獲に
失敗し、殺害され、私は自動的に時代干渉の魔法によって、現在の姿に変わり、イルゼに発見されたのです」

クラスターの説明に、イルゼは頭がこんがらがってしまった。
近右衛門は「ふむ」と言うと、口を開いた。

「お主は元々はどのような姿だったんじゃ?」

近右衛門の質問に、クラスターは画面の中に別の画面を表示させた。
そこには、銀色で金の刺繍のある美しい書物の写真が表示されていた。

「魔道書かの?」

「そうです。私の本来の役割は、魔法を含め、多くの情報を吸収し、管理する役割がありました。魔道書としての名前はありませんでした。そして、マイス
ター・ロベルトは私にマスター権限の登録をしませんでした」

「それで、イルゼがマスター権限の登録を行い、イルゼがマスターとなったのじゃな?」

「その通りです」

クラスターの言葉に、近右衛門は「そうか」と眉間に皺を寄せた。

「お主には情報の管理以外の能力はないのじゃな?」

近右衛門が聞くと、クラスターは「はい」と答えた。

「魔道書としての力があるので、記録した魔法の術式を展開し、マスターの魔力によって魔法を発動する事も出来ますが、それには魔道所に戻る必要が
あり、その為には全てのデータをリセットする必要があります」

「なるほどのう。それに、イルゼには魔力が無い以上は魔道書に戻っても意味はないじゃろうな」

「はい。それに、私に記録されている魔法は恐ろしい力を秘めているモノが多数存在します。その様な力を振るうよりも、情報の管理の方が好ましいと思
います」

その、クラスターの人間のような物言いに、近右衛門は目を見開くと、「そうか」と今までの緊張感を霧散させた。
クラスターに対して、信頼しても大丈夫だろうと考えられるようになったのだ。

「さて、イルゼは…何か言いたい事があるじゃろう?」

唐突に、近右衛門はそう言った。
話を振られ、イルゼは「えっ?」と慌てたが、すぐに気を落ち着けて口を開いた。

「最初に確認したいんだけどさ、みんなはどうなったんだ?」

イルゼの言葉に、近右衛門は答えた。

「皆の者はすれぞれの寮の部屋に送り届けてある。あの、輝夜と言う者は中々のモノじゃったわい。最後まで幻術に抗い、儂と矢部にナイフを投げつけ
おったわ。全く、どこに持っていたんじゃろうなぁ、一般生徒の筈なんじゃが…」

「ははは…って、輝夜さんに怪我とかさせてないだろうな!!」

近右衛門の言葉に、イルゼは苦笑いを浮かべたが、すぐに慌てて聞いた。

「無論じゃ。幻術を確り掛けての。すまなんだが、儂と矢部の名前の部分だけは記憶から消させてもらった」

「なぁ、じいちゃんと矢部先生はなんか知ってるのか?相坂さよの事」

イルゼの言葉に、近右衛門はゆっくりと口を開いた。

「あの子の事は、…そうじゃのう。お主がもし、自身の手である程度掴む事が出来たなら、話してしんぜよう」

近右衛門はそう言った。

それは、近右衛門にとって大切な記憶。
一人の少女と一人の少年の物語。

だが、もしも。
もしも、この子が自分の力で彼女の真実に近づいたならば、ナニカ…、ナニカの運命の歯車が動き出す気がした。
故に、近右衛門はそう言った。

「…、わかった!約束だぜ?じいちゃん」

「ほっほっほ、分かっておる。約束は破らんよ。さて、そろそろ帰らなければならんのう?」

近右衛門の言葉に、イルゼが時計を見ると、もうすぐ夕食の時間だった。

「やっべ!!じゃあ、じいちゃん!またな!」

イルゼはそう言うと、学園長室の扉を開けた。

「うむ、またのう。イルゼよ、木乃香とエヴァンジェリンにもよろしく頼むぞい!」

「おう!クラスターもじゃあな!!」

そう言って、イルゼは学園長室から出て行った。

「さて、クラスターよ。儂はお主を信じるぞ。努々忘れる出ない。あの子を裏切ることは断じて許さんという事をのう」

近右衛門は低い声でそう言った。
すると、クラスターは、「勿論です」と答えた。

「彼は私のマスターです。裏切るなどありえません。私に出来る事は高が知れていますが、出来る限り助けたいと思っています」

「そうか」

クラスターの答えに、近右衛門は満足気に頷いた。

「満点の答えじゃ」

「ありがとうございます。それでは、私はミステリー研究部のPCに戻ります」

「うむ、ではのう」

「では、また会いましょう。さようなら、近衛近右衛門」

そう言って、クラスターは画面から消えた。
PCの画面真っ暗になり、学園長室は静かになった。

「ふむ、時々は遊びに来て貰いたいのう。ここは、静か過ぎる」

そう言いながら、近右衛門は机に戻り、大量の書類を仕上げていった。





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