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第35話『心に灯るモノ』
朝になり、エヴァンジェリンの用意した朝食を三人が食べていると、電話の電子音が部屋に響いた。
「ん?電話か…」
鰈の煮付けを口に運びつつ、壁に掛かっている電話に手を伸ばすが、僅かに届かない。
「はぁ」
エヴァンジェリンは仕方なく立ち上がって受話器を取った。
「誰だ?」
エヴァンジェリンが言うと、電話の主は呆れた口調で言った。
「エヴァンジェリンよ、電話でいきなり誰だ?は無いと思うぞい?」
「いいんだよ、パネルにお前の名前があったから言ったんだから」
「……、そうか。まあ、よいじゃろう。それよりも」
「なんだ?」
「ルーク騎士団の面々が挨拶に行くと言ってるんじゃが、修行場へはお主達の部屋を通らんといかんじゃろう?」
「そういえば」
近右衛門の言葉に、受話器を耳に当てながらエヴァンジェリンは思い出した。
「じゃから、9時に寮の前に彼らに行くよう言うておいた。ルーク殿とアレックス殿はそのまま残るから修行場に行ってイルゼに稽古をつけてもらうがよい」
「わかった。そういえば、昨日の惨状はどうなったんだ?」
エヴァンジェリンは、昨晩のルークのエクセリオン・ブレイカーの傷跡を思い出して聞いた。
「なんとか修繕は終わらしたんじゃが、若干の次元の歪みが観測されてしまってのう。今は結界を張って歪みを封印しておるんじゃよ」
その言葉に、エヴァンジェリンは呆れた声を出した。
「次元の歪みって…、そんなもん簡単に出来るもんじゃないだろ?」
「ルーク殿の必殺技は本来は、この世界よりも強固な魔法生物世界で使うモノなんじゃよ。ほれ?知っておるじゃろ。世界には頑丈さに差があるのを」
「だからってなぁ…、まぁいいか。話によると富士レベルの大きさの竜を一人で仕留められるらしいしな」
「ちなみにのう、ルーク殿にイルゼの正体を話したんじゃが…」
その言葉に、エヴァンジェリンは受話器に向って大声で叫んだ。
「何を馬鹿な事をしているんだ爺ぃ!!!!」
受話器の向こうで受話器を離しているのか、少し小さな声で近右衛門の言葉が聞こえてきた。
「大丈夫じゃよ。彼らも、イルゼの進化を間近に見てしもうたし、話してもイルゼの事は公言しないと約束してくれたしのう」
「だからってなぁ!!」
「そう、受話器のマイクに叫ばんでくれんかのう?耳がキーンとなってしまうわい」
近右衛門が非難するように受話器の向こうから言った。
「黙れ!!軽はずみ過ぎるぞ!!まったく…」
エヴァンジェリンが心底呆れたように言うと、近右衛門はコホンと小さく咳払いをして誤魔化した。
「そ、それよりのう、面白い事をルーク殿が言いおったんじゃ」
「ん?なんだ?」
近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは眉を顰めた。
「実はのう、もしかしたらイルゼはバスターの奥義である“スパーク”を習得できるかもしれんのじゃ」
近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは目を見開くと受話器に耳を押し付けた。
「どういう事だ?」
「詳しくはルーク君とアレックス君が説明してくれるじゃろう。まぁ、習得するにはかなり長い時間が必要になるかもしれんがの…」
近右衛門の言葉に、エヴァンジェリンは納得いかな気だったが、イルゼが口を挟んだ。
「ばあちゃん、早く食べないと冷めちゃうぜぇ?」
それで食事中だったのを思い出した。
「まぁいい、今は食事中だからな。9時だったな?」
「そうじゃ。食事中に済まなかったのう。それと…二人の様子はどうじゃ?」
それまでとは打って変わり酷く心配そうな声で近右衛門は言った。
それに、イルゼと木乃香に「食べていろ」と言って寝室に入って扉を閉めてから小声でエヴァンジェリンは話し始めた。
「木乃香の方は、直接死んだ所を見た所がすっぽりと抜け落ちてしまっているようだ。余程、ショックだったんだろうな…」
エヴァンジェリンが悲痛そうに言うと、近右衛門は「そうか…」と溜息を吐いた。
「して、イルゼの方はどうなんじゃ?ルーク殿が言うにはイルゼは大丈夫だと言っておったが…」
近右衛門はルークの言葉を信じることは出来なかったようだ。
「大丈夫を装っているのとは違うが、どちらかと言えば耐えているみたいだ。昨日も、寝ている間に何度も起きていた。気付かない振りをするのはなかな
かに骨だったぞ」
「じゃが、慰めるよりも、本人が乗り越えるのを待つ方に賭けたのじゃな?」
「ああ…」
エヴァンジェリンは辛そうに言った。
「私は結局何をやっていたんだろうか?」
「昨日の事ならば、責を負う必要は無い。寧ろ悪いのは儂じゃよ。重ね重ね、お主に苦労を掛けてしもうて、申し訳ない」
心の底からの謝罪を聞き、エヴァンジェリンは「いいや」と答えた。
「誰のせいでも無いと言うのが正解なんだろうさ。アレが襲来するなど予期できる事ではないからな」
「ルドルフ・ルートヴィヒ・アドルフ・フォン・ペーター・ヴィトゲンシュタイン。魔法世界の指名手配犯じゃ。それもお主に懸かっておった以上の懸賞金が懸け
られておる」
「なぁ、アレはもしかして…」
エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は受話器の向こう側で苦虫を潰したような声で「うむ」と答えた。
「恐らくは木乃香じゃろう。人の口を完全に閉ざす事は出来ぬ」
「鼠か?」
「駆除するのは骨が折れそうじゃ」
近右衛門は溜息を吐きながら言う。
「愚痴は聞かんぞ」
エヴァンジェリンは冷たく言った。
「手厳しいのう。まぁ、儂は責務を果たすだけじゃな」
「その通りだ。…まぁ、終わったら酒でも飲もう」
エヴァンジェリンはフッと笑うと言った。
「嬉しいのう。お主が誘ってくれるとは。では、儂は仕事に戻る。朝食を食べたら時間を見計らって降りておいとくれ」
近右衛門の言葉にエヴァンジェリンは「ああ」と答えた。
「ではのう」
「しっかりな」
エヴァンジェリンの言葉に、「うむ」と答えると、近右衛門は電話を切った。
エヴァンジェリンは受話器の通話ボタンを切り、寝室から出た。
すると、エヴァンジェリンの皿の鰈の煮付けとお椀の雑穀米と、味噌汁が黒焦げになっていた。
「な、なにがあったんだ!?」
唖然となりながら自分の皿を見つめると、木乃香が大声で謝った。
「ごめんなさぁい!!!うち、おばあちゃんのご飯温めて上げようと思って…それで…ひく…」
泣き出してしまい、次の言葉が出なかった木乃香の代わりに、イルゼが口を開いた。
「木乃香はばあちゃんがよく使うご飯を温める呪文を唱えたんだ。そしたら…」
イルゼの説明に、エヴァンジェリンはヤレヤレと肩を竦めた。
「ほらほら、泣くな木乃香。お前の気持ちは分かっている」
エヴァンジェリンは優しく木乃香の頭を撫でると、鼻から垂れる鼻水をハンカチで拭いながら言った。
「はえ?」
木乃香はキョトンとした顔をすると、その顔が可愛くて仕方が無く、エヴァンジェリンはククッと笑ってしまった。
「でも、おばあちゃんのご飯…」
木乃香の言葉に、エヴァンジェリンは首を横に振った。
「なぁに、私も少しは食べたから大丈夫だ。お前達が起きる前に昨日失った血を取り戻すのにレバーをしこたま食べたからな」
「……、ばあちゃん」
エヴァンジェリンの言葉に、突然顔を俯かせたイルゼが口を開いた。
「昨日はごめん…」
「?何の事だ?」
エヴァンジェリンはイルゼの言葉の意味が分からなかった。
「俺達を庇ったから、ばあちゃん大怪我して…」
「……、おばあちゃん。うちも、ごめんなさい…」
木乃香とイルゼの言葉に、エヴァンジェリンは目を丸くしてしまった。
そして、大きく溜息を吐いた。
そして、「まったく、お前達は…」と余りに愛おしい二人を抱きしめた。
「二人を護るのは当たり前だろ。あんな怪我、勲章以外の何でもないんだぞ。それに、二人とも頑張ったじゃないか。イルゼはあの化け物に立ち向かっ
た。木乃香だって、イルゼを進化させた。二人が諦めてたら…。それで私達は終わりだったんだ。あの瞬間に、あの化け物を前に諦め以外の選択が出 来た時点で、お前達は一歩前進したんだ。普通なら、諦めた方が楽なあの状況でだ。二人とも、私の弟子に本当に相応しい行動を取ったんだ。謝る事 なんてない、誇りに思っていい」
二人を抱きしめながら頭を撫でて言うエヴァンジェリンの言葉に、二人も、エヴァンジェリンの身体にしがみ付く様に抱きしめ返していた。
「ばあちゃん、俺負けないよ」
「うん」
イルゼの言葉に、エヴァンジェリンは頷いた。
何の事を言っているのか、聞かなくても分かるから。
人の死を見て、それでも尚、イルゼは前進出来たようだ。
この二人は本当に強くなる。
それは、戦闘能力に限った話ではない。
精神的にも、強くなる。
そして、自分の信念を曲げずに進める人間に成れる。
エヴァンジェリンは、この時は、そう…確信していた。
それから、三人は洗い物を済ませると、木乃香は白のブラウスに白のミニを履き、イルゼは黒のシャツと黒の短パンを履いた。
黒のワンピースを着たエヴァンジェリンは、幻術で大人の姿になっている。
そして、三人は朝だからか、誰にも会わずに一階のエントランスホールでルーク騎士団を待った。
しばらくして、エヴァンジェリンが時計が9時を指すのを見計らうと、三人はエントランスホールから外に出た。
すると、少しと置くから6人の人影が見えてきた。
一番先を歩くのはリーダーのルーク・ベレスフォード。
漆黒の髪は肩に掛かる程度の長さがありながら見苦しくなく、深緑の瞳はエメラルドを思わせるほど深く澄んでいた。
身長は180cm程度で、昨日着ていた白の外套は着ていない。
白のポロシャツに瞳と同じ緑のセーターを着て、濃い目の青のジーンズを着ている。
見た目は清潔なイメージの好青年だった。
その後ろを歩く二人も、昨晩にイルゼ達を助けてくれたアレックス・メイスフィールドとセバスティアン・カツィカスだった。
アレックスの方は柔和なイメージにピッタリな白のYシャツに黒のジーンズをスマートに着こなしている。
黒のブーツも全く違和感が無い。
プラチナブロンドの美しい髪と宝石のような藍色の瞳が印象的な青年だ。
魔法使いと言うよりもモデルと言われた方が納得できる気がする。
セバスティアン、通称セバスチャンの服装はピンクと白の縞のYシャツに濃い目の真紅の軽いジャケットを着て、ジャージーパンツの様に軽いシルエット
のYシャツと同じくピンクと白の縞のジーンズをセクシーに着こなしている。
サラッとしたブラウンの長い髪と端正な顔立ちにこれ以上ないほど似合っている。
その後ろには、黒のハイネックに紺色のジーンズをスマートに着こなし、セクシーな眼鏡を掛けた目に掛かるかどうか程度に黒髪を伸ばしたクールな青
年が続く。
その更に後ろには、筋肉質でありながら、オールバックにしている輝くようなブロンドの髪と、頑強な顔立ちをしたハンサムな男性が、ミルキーな色のター
トルネックと、紺色のジーンズを見事に着こなして歩いている。
その脇に、小柄な少女の様な顔立ちをした青髪の少年が歩く。
少年の瞳は吸い込まれるようなサファイアの蒼だ。
ノースリーブの瞳と髪と同じ蒼の滑らかなシルクのチャイナドレスに白のパンツを履いている。
見た目は完全に少女だが、小悪魔の様な悪戯っぽい目の輝きは、狙っているのかもしれない。
ルークがイルゼ達に気が付き、手を振ったので、イルゼと木乃香も大きく手を振った。
近くまで来ると、ルークが挨拶した。
「やぁ、おはよう。昨日はすまなかったね」
開口一番に頭を下げるルークに、イルゼと木乃香は仰天してしまった。
そして、ルークは快活に笑うと言った。
「いやぁ、ごめんごめん。困らせるつもりじゃないんだ」
そう言って、ルークはイルゼに手を伸ばした。
「イルゼ君、今日と明日。短いけど一緒に頑張ろう」
爽やかに微笑みながら言うルークに、イルゼはルークの手を握り返した。
「はい!!お願いします!!」
その、イルゼの返事に、ルークは「うん!」と力強く頷いた。
そして、イルゼから手を離すと、ルークは小さく咳払いをした。
「じゃあ、改めて自己紹介をしようかな。俺は、ルーク騎士団のリーダーでルーク・ベレスフォード。よろしく!」
爽やかに微笑みながら言うルークに、木乃香とイルゼも元気良く「よろしく!」と答えた。
そして、次にアレックスが口を開いた。
「やぁ、僕はアレックス・メイスフィールド。僕も、ルークと一緒に二日間。君達に修行を着けてあげるつもりだからよろしくね」
ニコッと優しそうに微笑みながら言うアレックスに、木乃香とイルゼは元気良く「はい!よろしくお願いします!!」と答えた。
アレックスはその返事に大いに満足して更に大きくニッコリと微笑んだ。
そして、今度はセバスチャンが口を開いた。
「私は、セバスティアン・カツィカスだ。昨晩も言った通り、皆には『セバスチャン』って呼ばれてるから、そう呼んでくれ。よろしくな」
見惚れるほどに綺麗な笑顔で言うセバスチャンに、木乃香とイルゼはつい緊張してしまいながら「よ、よろしくお願いします」と答えた。
そして、今度はクールな眼鏡の青年が口を開いた。
「俺は、アルヴァー・アーレ・アフティオと言う」
それだけ言うとアルヴァーは下がってしまい、木乃香とイルゼは少し怖い印象を持ちながら「よろしくお願いします」と答えた。
すると、アレックスが苦笑しながら口を開いた。
「ごめんねぇ、彼は無口でさ。『エース』って呼んであげてよ」
「エース?」
木乃香が首を傾げると、セバスチャンが答えた。
「アルヴァー・アーレ・アフティオ。Aが三つ入っているからルークがそう呼び始めたんだよ」
セバスチャンの言葉に、エースがギロリとセバスチャンとアレックスを睨み付けた。
「その名前は気に入っていない」
射殺さんばかりの殺気を放ちながらも声は至って冷静だった。
アレックスは両手を挙げて「はいはい」とエースを宥めるように苦笑しながら言った。
セバスチャンはクスクス笑うだけだった。
そして、エースが何か言おうとするのを遮って、頑強な顔立ちのハンサムな男がニカッとしながら口を開いた。
「俺はジェンナーロ・アッバ・コルナーリャだ。人は俺を『陽気なイタリア人』と呼ぶぜ。まぁ、普段はジェンとかアッバとかナーロとか好きに呼んでくれて構
わねぇ。よろしくな!」
手まで巨大なジェンと握手しながら、イルゼは「よろしくお願いします!」と元気に返し、木乃香も笑顔で「よろしくお願いします!」と言った。
最後に、少女の様な少年が悪戯っぽく笑いかけた。
「僕はベニート・アグィレサローベ。ベニーって呼んでねぇ。よろしくぅ」
甘えるように言うベニーに、イルゼは元気良く「よろしくお願いします!!」と答えた。
一瞬だけ、呆気に取られた木乃香も、それに続いた。
「はっはっは!ベニーのお色気も小僧には効かなかったか!」
ジェンは愉快そうに大声で笑った。
「お色気?」
イルゼが首を傾げると、ジェンはますます大声で笑った。
「男性を誘惑するツボは研究し尽くしているんだけどなぁ」
ベニーの言葉に、エヴァンジェリンはイルゼを護るように立って、イルゼを自分の後ろに移動した。
「あれ?男の人なんよね?」
木乃香は不思議そうに効くと、ジェンが説明した。
「かっはっはっはっはっは!!いやぁ、ベニーは偵察とか密偵とかをするのが主でな。男女関係無く情報を収集する為に研究してたんだけど。くくく。くぁっ
はっはっはっはっは!!男を騙すのが面白いからって、ほとんど趣味になっちまいやがってんだよ。がっはっはっはっはっは!!」
「笑ってるけどさぁ。最初に引っ掛かったのって君だよねぇ?」
爆笑しながら説明するジェンに、ジトッとした目でベニーが言うと、エヴァンジェリンは木乃香とイルゼを二人から離しながら内心ドン引きしていた。
「いやいやいやいや、待て待て!!引くな!!引かないでくれ!!初対面の時は女だと思っちまったんだよ。こいつも髪伸ばしてたからさぁ!!信じてく
れえぇ!!!」
懇願するジェンに、エースが辛らつな一言を浴びせる。
「だが、ジェン。当時はベニーは別に騙そうともしてなかったぞ。お前が勝手に間違えて告白したんじゃなかったか?」
見る間にジェンの顔色は真っ青になり、どんどん離れていくエヴァンジェリンに「無実だぁぁ!!」と叫んで崩れ落ちた。
だが、それでもジェンは許しては貰えなかった。
「またまたぁ、夜営の時に僕と一緒に近くで寝る時に手を伸ばそうとしたク・セ・ニ!」
小悪魔な笑顔で言うベニーに、ジェンの顔色はついに土気色になってしまった。
「ジェン…お前…」
その上、ルークやアレックス、セバスチャンまで離れていくので、ついに隅っこでいじけてしまった。
「まったく、いい歳した大人のいじける姿など見るに耐えんと言うのに」
エースは他人事のように言った。
そして、セバスチャンは見た。
ベニーの笑顔を。
「まさか、ベニー。ジェンが落ち込んだ所を慰める為に…」
その言葉に、ベニーは振り向かずに、「これも愛だよ」と言った。
「こっちは本物なのか!?」
エヴァンジェリンはつい突っ込んでしまった。
「身内の恥かしい所を見せて申し訳ない」
まるで自分は無関係だとでも言うかのように、エースは言った。
「い、いや…」
その様子にエヴァンジェリンは冷や汗を掻いた。
そして、一瞬だけ、ジェンとベニーの姿が未来のフェイとイルゼの姿に重なった考えを全力で吹き飛ばした。
「闇の福音、これがバスターの戦闘理論とバスター専用の魔法である“スパーク”についての事が書いてあるレポートだ。君と、二人の子供達、そしてバ
スター以外に見られた場合は消滅するようになっているし、バスターの秘密は他言しないように」
そう言いながら、エースはエヴァンジェリンに分厚い書物を渡した。
「な!?いいのか?」
エヴァンジェリンが目を見開いて聞くと、エースは「ああ」と答えた。
「セバスチャンとアレックス、それにリーダーであるルークが君と、君の教え子にならば大丈夫だろうとの事だ。特にアレックスとルークはイルゼ君にご執
心でね」
その言葉に、エヴァンジェリンは「助かる」とだけ言った。
そして、ベニーに手を引かれてズタボロになったジェンが戻ってきた。
そして、ルークとアレックスを残してルーク騎士団の面々は寮から離れていった。
セバスチャンとベニーはニコヤカに手を振り、ジェンは弱弱しく手を振った。
エースは振り向かずに右手を上げただけだった。
四人に向って、イルゼと木乃香は大きく手を振った。
それから、ルークとアレックスを連れて、一同は寮の部屋に戻った。
そして、エヴァンジェリンが茶を入れると、ルークが話し始めた。
小机を、玄関側の片側にはイルゼを中心に左にエヴァンジェリン、右に木乃香が座り、反対側にルークとアレックスが並んで座っている。
「さて、これから稽古を付けるんだが、イルゼ君には一つの可能性がる」
「可能性?」
ルークの言葉にイルゼはキョトンとした。
「そう、イルゼ君。君はデジタルモンスターと呼ばれる電子生命体から、謎の魔法使いの召還によって、この世界にやって来た。それに間違いないね?」
ルークの質問に、イルゼは頷いて答えた。
そして、当時の事を少しだけ振り返ってみた。
――ムゲンマウンテンを通り、全身の皮膚を剥がされ、肉を喰われ、骨を削られた。
――そして、黒い魔法使いが目の前に居た。
「ああ、上級霊を憑依召還した筈だがとかなんとか言ってたな。ムゲンマウンテンってのを通ってさ。なんか、体中の皮膚や肉や骨が剥ぎ取られるみたい
な感じがして、そんで…、気が付いたらこうなってた」
「そうか。だが、その身体は間違いなく人間であり、君には間違いなく魂がある」
――あれ?
「?何が言いたいんだ?」
イルゼが質問した。
――なんだ?何かが…。
「君は今、マナを取り込む修行をしているんだったね?」
――今のイルゼの言葉…。
「ああ、まだまだで、ようやく感じられる程度にはなったんだけど…」
――今、イルゼは何と言った?
「ばあちゃん?」
――上級…。
「なぁ、ばあちゃん?」
――憑依…だと?
「なぁ、どうしたんだよばあちゃん!」
そこで、思考に耽っていたエヴァンジェリンはイルゼの呼び声に気が付いた。
「あ、ああ。すまん、どうした?」
エヴァンジェリンが不吉な考えを振り払おうと、イルゼに聞くと、イルゼは首を傾げた。
「いや、ばあちゃんが何か変だったからさ。大丈夫?」
――何かの間違いだ…。考えるな。
「ああ、大丈夫だ。すまんな」
エヴァンジェリンはニッコリと微笑んで言った。
――こんなに優しい子なんだ。例え、その体が…だったとしても、関係ない。
「でさ、その可能性って何なんだ?」
イルゼの質問に、ルークは心配気にエヴァンジェリンを見ていた視線をイルゼに戻した。
「ああ。もしかしたら、イルゼ君は“スパーク”を習得出来るかもしれない」
「スパーク?…ってもしかして昨日の!?」
イルゼを目を見開いて驚愕した。
「で、でもさ!!俺って魔法使えないよ!?」
イルゼが聞くと、アレックスが、エースがエヴァンジェリンに渡したのと同じ書物を開いた。
そして、アレックスが木乃香に視線を向けた。
「木乃香ちゃん、木乃香ちゃんは魔法の勉強をしているんだったね?」
「え?あ、はい!」
突然、話を振られた木乃香は困惑しながら答えた。
「じゃあ、ガンドの魔術は知っているかい?」
アレックスの質問に、イルゼは何の事か分からなかった。
「えっと、北欧のアサ神族が起源とされとる、脱魂の魔術だったと思いますぅ」
木乃香が言うと、アレックスは頷いた。
「そう、ガンドの魔術は幽体離脱を用いた魔術体系なんだ。例えば、幽体離脱をして空を自由に駆け回り、精霊と融合して変身したりする。そして、指先
から魂の一部を射出して相手を病気にさせるガンド撃ちと呼ばれる物がある」
イルゼはアレックスの言いたい事がわからなかった。
「いいかい?スパークはバスターの秘伝の魔法でね。自分の魂の一部を武器に変換するんだ」
そこまで言われて、漸くイルゼは理解出来た。
だから最初に、ルークはイルゼに魂があるなどと当たり前の事を言ったのだ。
「君はバスターじゃない。だけど、君は真っ直ぐな信念を持っている。この力が君の助けになるように、僕達は君にスパークを伝授使用と思う。と言って
も、二日じゃどうしたって無理だ。だから、闇の福音にスパークの習得の修行法を書いた書物をエースが渡した」
アレックスの言葉に、エヴァンジェリンは「ああ」と答えて、エースに貰った本を見せた。
「スパークを使うのに必要なのは自己の制御と自分の原初を知る事なんだ」
そう、ルークが口を開いた。
「人間の…原初?」
イルゼが首を捻った。
「例えば、俺のレオレクスエア。これは俺の原初から取った名前だ。意味は、獅子王の閃光。人には生まれながらに意味がある。魂に刻まれた原初の意
味が。スパークは、それを形にするんだ。俺の場合は、獣性と覇気。獅子は二つの意味を結びつけた結果なんだ」
そして、アレックスが口を開いた。
「そして、武器の属性は、その人の魂の色に左右されるんだ」
「魂の色?」
イルゼは分けが分からなかった。
「まぁ、言い換えると一番得意な属性って事だ」
そうルークが言った。
「今日と明日の修行は、イルゼ君のままで戦いを経験してもらおうと思う。そして、サングルゥモンという君の正しい進化をした姿でも戦いを経験してもら
おうと思う」
ルークの言葉に、イルゼは確りと頷いた。
その様子に、ルークとアレックスは満足げに微笑んだ。
「それじゃあ、時間が惜しい。早速、修行場に行こう。連れて行ってくれるかい?」
「おう!こっちだぜ!」
ルークの言葉に、イルゼは立ち上がると、意気揚々と歩き出した。
その後を、木乃香とエヴァンジェリンが続き、アレックスとルークがその後に続く。
修行場に着くと、ルークとアレックスは感心したように口笛を吹いた。
「凄いな、これほどの修行場が整っているとは」
ルークの言葉に、木乃香が首を傾げた。
「そんなに凄いん?」
「ああ、結界に至っては見事としか言いようが無い。最外殻を学園結界を利用し、そこから何重にも結界が張り巡らされている。ここに攻め込もうなどと
考えるのは無謀以外のなんでもないな」
昨晩、圧倒的な力を見せたルークをして、ここまで言わせる結界に、木乃香とイルゼは感嘆の声を上げた。
そして、エヴァンジェリンは孫の為とは言え、たった数日でこんな物を作り上げた近右衛門に空恐ろしいモノを感じた。
そして、ルークは「そういえば」と口を開いた。
「イルゼ君は、どんな武器を使うんだい?」
ルークの質問に、イルゼは「うぅん」と唸った。
「武器って言われてもなぁ。麻帆良に来る前は梁山泊で自分の身体を支配するって言う修行しかしてないし、ここに来てからはマナを感じる修行だけだか
ら…強いて言うなら『韋駄天』かな?」
「韋駄天?」
イルゼの言葉に、ルークが聞いた。
「うん、空中を走れるボードなんだ」
そう言うと、イルゼはポケットに入れている仮契約のカードを取り出した。
ちなみに、このカードはエヴァンジェリンが改良して、イルゼが進化を解くと自動的にイルゼに服を着せるようになっている。
進化を解いて気絶してしまって自分で使えない時の為だ。
「アデアット」
イルゼが呪文を唱えると、カードはイルゼの身長よりも長いサーフボードの様な物が現れた。
「これが韋駄天かい?」
アレックスがイルゼの出した韋駄天を眺め回した。
「どんな能力があるんだい?」
ルークが聞くと、イルゼは麻帆良に来る前に麻耶との修行で調べた情報を答えた。
「えっと、ギアが三つまで上げられて、その度にスピードが上がるんだ。でも、全速力だと一分しか使えないし、高度も100mを越えるとその時点で駄目な
んだ。全速力も車より遅いし、だからあんま使わないんだ」
イルゼの話を聞いて、ルークは考え込むように「ふむ」と唸った。
「幾らなんでも、それじゃあ戦闘では使えないか…」
ルークは難しい顔をしながら言った。
そして、アレックスは不思議そうに韋駄天を眺めながら言った。
「それにしても凄いね。カードからアーティファクトを取り出すなんて」
「仮契約カードの力でね」
イルゼが答えると、アレックスは首を捻った。
「うぅん、聞いたことはあるんだけど、実際にはよく知らないんだよねぇ。コッチとアッチじゃ体系が違うからさ」
アレックスの言葉にイルゼは「へぇ」と言った。
そして、イルゼとアレックス、木乃香が離している所から少し離れた場所で、エヴァンジェリンが口を開いた。
「しかし、韋駄天は鍛えれば使えるようになるぞ」
その言葉に、ルークは「どういう事だい?」と聞いた。
「アーティファクトは、その真の力を解き放つ為に、ある程度の技量が必要なんだ。例えばの話だが、私の知り合いは多数の剣を使える筈の仮契約カー
ドで最初は一本しか出せなかったと言っていた。他にも、本来の姿とは別の姿のアーティファクトが出て、使っているうちに本来の姿になったと言う事例も ある」
「なるほど、つまりはイルゼ君はまだ、韋駄天の力を引き出せていないだけなのか」
ルークはそう言うと、少し考えてから言った。
「闇の福音、マナを感じ、取り込む感覚を覚えられるようになるのはどのくらい掛かると思う?」
ルークの質問に、エヴァンジェリンは「そうだな…」と少し考えて言った。
「夏休みを終える頃にはマナの取り込む感覚を掴めるだろう。このまま順調に進めばだが…」
「そうか、その後の修行プランは?」
ルークが聞くと、エヴァンジェリンは右手で四本の指を立てた。
「まずは、マナを吸収して、自分の力に変えられる限界量を増やす事だな。進化に関しては、イルゼの知識や検査報告をイルゼの養父となった近衛詠春
と言う男から貰ってな。進化には木乃香の紋章。つまりは、木乃香の心の力が無ければ出来ないらしい。だが、それでも戦力は格段に上がる筈だ。そし て、次にイルゼの戦闘訓練だ。これはサングルゥモンでの修行も含めてだな。技の訓練もこれに含める。そして、お前達に貰ったスパークの習得の為の 修行も盛り込むつもりだ。もし、出来たら間違いなく戦力になる。そして、木乃香とのコンビネーションを訓練する予定だ」
エヴァンジェリンの説明に、ルークは「なるほど」と言った。
「確かに、考えられる修行はその四つだね。韋駄天の修行も技の修行、引いては戦闘訓練の中に盛り込むんだろう?」
ルークの言葉に、エヴァンジェリンは「ああ」と頷いた。
「ある程度出来上がるには、成長を阻害しないようにするとしたら実際に人間体で戦闘出来るのは三年後くらいかな?」
「順調に行けば…だがな。それに、戦えるようになると言っても、イルゼが完成するのは8年先だろう」
「ライバルのような存在が居ればいいんだが…」
ルークは考えるように言うと、エヴァンジェリンは「そうだな…」と考えた。
「それに関しては少し考えがある。実力は奴が年齢的にも上だろうが、組み手の相手には十分だろう」
「そうなのか。そう言えば、木乃香ちゃんには仮契約カードはないのかい?」
ルークの何気ない質問に、エヴァンジェリンは「そう言えば」と言った。
「だがなぁ、木乃香はどちらかと言えば主の方だ。誰の従者となって仮契約カードを作るんだ?」
エヴァンジェリンの疑問に、ルークは当然のように言った。
「君が仮契約してあげればいいんじゃないのかい?」
だが、エヴァンジェリンは「いいや」と首を横に振った。
「それは出来ないさ。一応は知ってるだろ?私の評判を」
「ああ…」
ルークは複雑な表情をした。
目の前の少女と聞いている噂には余りに食い違いがありすぎるからだ。
血も涙も無い人間を捨てた化け物。
それが、彼女に対する人々の言葉だ。
だが、目の前の少女は、大切な存在の為に血を流すし、涙も流す。
――全く…、こんな少女を化け物扱いするとは。どちらが化け物なのか分からないな…。
心中でのみ、そうぼやくと、ルークは、それでも口を開いた。
「だが、彼女の主と成れるのは君だけだ。君にしかその資格は無いだろうし、彼女もそれを望む筈だ」
ルークの言葉に、エヴァンジェリンは悲しげな表情をした。
そして、首を横に振った。
「わかっているさ。木乃香は私が主に成ると言えば、喜んで従者に成ると言うだろうさ。それはとても嬉しい。でもな、例えアーティファクトの為だけとは言
っても、魔法使いの連中はいい気はしないさ。それ所か、木乃香を私に従属した愚かな人間と罵るかも知れない。私と同じ様に異端扱いされるかもしれ ない。私はな、経験してきたんだよ。望んでも無いのに吸血鬼にされて、何度も訴えたのに、誰も聞いてはくれなかった。人は、異端を嫌う生き物だ。私 は、あの子達を愛している。だからこそ、軽はずみにそんな真似は出来ないのさ…」
ルークは押し黙った。
納得いく話ではない。
聞いてみれば、この少女は吸血鬼となったのは自分の意思じゃないと言う。
考えてみれば当たり前の事だ。
固定されているとは言え、吸血鬼となったのは目の前の少女がその姿まで成長した年齢の時の筈だ。
こんなに幼い少女が自分から吸血鬼になる道など選ぶと思う方がどうかしている。
だが、ルークは何も言えなかった。
言う資格など無い。
彼女の苦しみなど理解出来る筈も無い。
彼女を救える者が居るとすれば、それは自分ではない。
ルークは、それでも、言いたい事があった。
「それでも、俺は彼女と仮契約する事を薦めるよ。アーティファクトの為だけじゃない。仮契約とは、繋がりだと聞いている。それは、人を強くする力だ。そ
れに、彼女は君の事で何と言われても跳ね返せる。俺には、彼女がそれくらいの強さを秘めていると感じているよ」
「……だが」
「迷う事は悪い事じゃないと思う。俺は無責任な事を言っている。だから、心の片隅に置いてくれればいいよ」
ルークは言葉を切ると、韋駄天を触りながら話しているイルゼ達に向って歩き出した。
そして、後に残ったエヴァンジェリンはただ、深く考えるだけだった。
イルゼは今にも泣きそうなエヴァンジェリンの顔を見て、ルークを問い詰めたが、ルークは「今、彼女は悩んでいるのさ。答えが出たら、それは大きな力
になるよ」とだけ言って、エヴァンジェリンの為に怒る少年の頭を撫でた。
「さて、そろそろやろうか」
ルークがニコッとしながら言った。
イルゼは、エヴァンジェリンが気になったが、今は少しでも強くなりたいと言う決意に、頭を切り替えた。
そして、イルゼはルークとの組み手を開始した。
組み手と言っても、イルゼは本気でルークを倒しに行く。
そして、それをルークが躱しながら悪い所を指摘するのが殆どだった。
それでも、歴戦の戦士との戦いの間に、イルゼの動きはどんどんキレが良くなっていった。
その様子に、ルークもアレックスも驚嘆した。
身体は出来ていないし、動きにも粗が目立つ。
だが、イルゼの動体視力と身体の制御はかなりのレベルだった。
「なるほど、梁山泊と言ったかな?いい師匠に鍛えてもらったようだね」
「ああ!」
ルークの言葉に、イルゼは少し嬉し気に答えながら、拳を振るう。
その組み手は、お昼を過ぎるまで続いた。
そして、お昼にエヴァンジェリンと木乃香、そしてアレックスが手伝い、お握りを食べながら、ルークが言った。
「それじゃあ、お昼はサングルゥモンに成ってくれるかい?」
「うん!」
イルゼは快諾した。
本当なら危ないんじゃないかと思うが、ルークの強さを知るイルゼは迷わずに頷いた。
ちなみに、木乃香の方は何時も通りの修行だった。
そして、お握りを食べ終わると、イルゼの背後で、木乃香がデジヴァイスを握った。
心を落ち着かせる。
その様子を見ながら、エヴァンジェリンは精神の修行をした方がいいかもしれないと考えた。
そうすれば、どんな状況でもキチンとした進化が出来るように成るのではないかと思ったのだ。
そして、デジヴァイスの画面の中で、緑の光の文字が光る。
『Evolution』
そして、イルゼは自分の真名を叫ぶ。
「インプモン!!進化!!」
自分の存在。
それを、今一度確かめるように。
イルゼではない、本当の名前。
それと同時に、青白い閃光が修行場に迸る。
イルゼは、光の帯に包まれると、サングルゥモンの姿が一瞬だけ空に投影された。
そして、光の帯の繭からスティッガーブレイドで切り開き飛び出す。
すると、どこかの古城を思わせる場所にサングルゥモンは居た。
そして、自分の存在を世界に知らしめるが如く、叫んだ。
「サングルゥモン!!!!うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
瞬間、世界は崩壊し、光の粒子となって弾け飛ぶ。
その向こうには、何時もの世界が広がっていた。
「これが…進化か…」
ルークは目の前の現象に感嘆の溜息を吐いた。
昨晩見た恐ろしい姿ではない。
気高く、高貴な雰囲気を持つ魔狼。
「なるほど、正しい進化か…」
サングルゥモンから受けるプレッシャーは、昨日のサングルゥモンより上の筈のケルベロモン以上だった。
暗黒進化は、デジモンの力をただ暴走させる禁忌だ。
デビドラモンも、ケルベロモンも、正気を失い、実力的には真の成熟期や完全体には届かない。
その上、イルゼは正しく完全体に成っていない上に、成熟期になったのも最近だ。
真の完全体となり、その力が安定すれば、本来ならばルドルフと言えども負ける理由がない。
それを改めて理解し、エヴァンジェリンは精神の修行を二人に重点を置いてさせようと考えた。
「それじゃあ、俺も」
そう言って、ルークは自分の胸の前に両手を何かを囲うように構え、呪文を唱えた。
「エゴ・アニマ、レクス・クラモ・アム!!我が魂よ、王者の咆哮を轟かせよ!!」
「ノクス・カエラム・イラミノ・エア・フィオ!!夜天を照らす閃光と成れ!!」
ルークの手の中で踊る光が、やがて縦に伸びていく。
「エグリディオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!出ろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
光はやがて、獅子の頭を模る装飾の着いた巨大な両刃剣へと変わる。
「レオレクスエア!!!獅子王の閃光!!!」
そして、ルークの手の中で、レオレクスエアが顕現する。
白銀に煌く、ルーク自身以上の大きさを誇る両刃の剣。
神々しさすらあるその剣を構え、サングルゥモンと対峙する。
「それじゃあ、俺を殺す気で来い!!」
瞬間、戦闘は開始された。
サングルゥモンは瞬間的にルークから距離を取った。
真正面から突っ込むのを本能が拒絶したのだ。
そして、200m離れた場所で、振り向き様に右手のスティッガーブレイドを振り上げる。
「スティッガーブレイド!!」
凄まじいスピードで次々に分裂しながら数千もの数になってナイフの様なイルゼのスティッガーブレイドがルークに襲い掛かる。
だが、ルークは真正面から突っ込んだ。
「ナイフの軌道が単調過ぎる!!」
そして、数千のナイフを、僅かな動きだけで躱しながら突き進んでいく。
「何!?」
驚愕したイルゼは、逃走を計る。
だが、ルークはレオレクスエアに少しの魔力を篭め、斬撃を放った。
ちょうど、逃走しようとした場所に向って。
「ぐ!」
だが、斬撃が直撃する前に左前足で大地を蹴り、体全体を一回転させ回避し、右前足のスティッガーブレイドをルークの居た位置に放つ。
「うおおおおおおお!!!」
叫びと共に、凄まじい威力のスティッガーナイフが飛来する。
だが、その場所にルークの姿は既に無い。
「!?」
「こっちだ!」
そして、サングルゥモンの背後に回りこんでいたルークがサングルゥモンにレオレクスエアを振り落とそうとして、止めた。
「まず一回、君は死んだ」
「………」
余りにも圧倒的な戦闘技術に、サングルゥモンは圧倒された。
事実として、ルークの動きも斬撃も、本当に最小限しか使っていない。
それでも尚、人間を遥かに越える力を有する成熟期のデジモンでありサングルゥモンを殺して見せた。
それが、知らずの内に、サングルゥモンの闘争本能に火を付けた。
エヴァンジェリンならばこうはいかない。
大好きだからこそ、どうしても倒したいとはどうあっても考えられない。
故に、サングルゥモンは知らず笑っていた。
「今度は負けない!!」
「その意気だ!」
再び、二人は距離を持つ。
その様子を木乃香達はジッと見ている。
木乃香も、実際の戦闘を見るのはいい修行になるとエヴァンジェリンとアレックスが考えたのだ。
そして、戦闘が再開される。
「スティッガーブレイド!!」
後ろに跳ね飛びながら、サングルゥモンは両前足のスティッガーブレイドから、数千のブレードを放った。
ルークを串刺しにせんと、覆う様にブレードの大群が迫る。
だが…。
「同じだ!!」
一瞬で全てのブレードの軌道を見切ると、ルークはレオレクスエアをサングルゥモンに投げつけた。
「な!?」
間一髪で、サングルゥモンはブレードを弾きながら迫るレオレクスエアを身を捻って回避した。
そして、視界の中で、ルークの姿が消えるのを見た。
「どこに!?」
それは野生の勘か、サングルゥモンは咄嗟に、再び身を捻った。
すると、サングルゥモンが居た空間を、ルークの凄まじい拳が通った。
「ほお」
背後から、ルークの感心した声が聞こえる。
サングルゥモンは雄叫びを上げた。
「グウオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!」
「な!?」
その咆哮に、ルークは一瞬だけ眩暈を感じた。
完全体すら一時的に動きを止めさせるブラッディーハウリングも、ルークには一瞬しか持たなかった。
だが、それでサングルゥモンは地上に辿り着いた。
「ブラックマインド!!」
そのまま、上空のルークの影に飛び込む。
「な!?影に入れるのか!!」
ルークは驚きながら、空中を蹴り、ようやく落ちてきた、さっき投げ飛ばしたレオレクスエアを手に取る。
高度を上げてレオレクスエアに魔力を集中し、斬撃を放った。
その瞬間、サングルゥモンも影から飛び出し、スティッガーブレイドを放った。弾丸のように螺旋状に回転しながらサングルゥモンはルークの斬撃を躱す。
そして、ルークは凄まじい剣速でスティッガーブレイドを落としていく。
「まだまだあああ!!!」
そこに、イルゼは追い討ちを掛けるかのごとく、スティッガーブレイドを放つ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
そして、サングルゥモンの咆哮に応えるかの如く、ルークの居る方向に向かい一直線に飛ぶ全てのブレードが、ルークに向って動きを変えた。
「驚いたな、精密さは欠いているが、操れるのか」
ニヤリと笑いながら、ルークは姿を消した。
「な!?」
そして、サングルゥモンは視界に、一瞬の間にブレードの弾幕の一部が吹き飛ぶのを見た。
――来る!!
イルゼは身を翻しながら、凄まじい雄叫びを上げた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!」
デジモンの力が乗った特別な音域の叫びが、修行場に響く。
だが…。
「二度は効かない!!」
ルークは一瞬前にサングルゥモンの居た空間に斬撃を放ちながら、その余剰魔力を開放し、サングルゥモンのブラッディハウリングを防いだ。
そのまま、凄まじい威力の裏拳をルークがサングルゥモンの右脇腹に入れ、サングルゥモンは凄まじい土煙を上げながら墜落した。
「これで二回だ。イルゼ君、どうする?」
全く息を乱さず、服にすら傷を負っていないルークは微笑みながら聞いた。
「まだまだ!!今度は勝つ!!」
「それでいい!!」
サングルゥモンは大地を蹴ると、今度は真正面から右前足のスティッガーブレイドで直接、ルークを切り裂こうとした。
だが、その攻撃は当然のようにルークのレオレクスエアに防がれる。
だが、レオレクスエアと激突した瞬間に、サングルゥモンは左前足でルークの首を狙いに行く。
まさしく、殺す気でサングルゥモンは戦っていた。
デジモンとしての闘争本能。
ルークとの戦いで、本来の姿を取り戻していく。
デジモンは、戦い、相手をロードする事で強くなる獣である。
イルゼは、ジジモンとはじまりの街で安全に育てられた。
故に、眠ったままだった本能という名の灯火が灯った時から、その火は炎となって燃え盛る。
「ふっ!」
並みの者相手ならば必殺と成り得る一撃も、ルーク相手には意味が無かった。
首を僅かに動かすだけで躱し、サングルゥモンのスティッガーブレイドを弾き、後ろに跳ね飛びながら三連の魔力斬撃を放った。
「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
それを、サングルゥモンは左右に三ステップを踏み、スティッガーブレイドを放ちながら、スティッガーブレイドで切り裂かんと右前足を振り上げる。
それを、とてつもない速さで後退しながら避けると、最低限の剣捌きでブレードを落としていく。
そこに、イルゼは再び、スティッガーブレイドを放つ。
それを、上空に飛ぶ事で避け、ルークはサングルゥモンに魔力斬撃を放つ。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!」
それを、ブラッディハウリングの咆哮で掻き消す。
だが、掻き消した先に、迫るルークの姿があった。
拳がサングルゥモンの頭に当たり、サングルゥモンは再び土煙を上げて墜落した。
だが、サングルゥモンはそれでも立ち上がる。
「まだまだぁ!!」
サングルゥモンは一気に駆け出すと、森の中に入った。
「ほう」
ルークは「面白い」と言いながら、サングルゥモンの後を追った。
その様子を見ながら、アレックスは驚嘆していた。
「凄いな、イルゼ君。手加減しているとは言えルークとあれだけ戦えるなんて…。あれで6歳なんて、将来が怖いな」
冷や汗を掻きながら言うアレックスに、エヴァンジェリンはフンッと嬉しそうに笑った。
そして、胸を張りながら自慢気に言う。
「イルゼだけじゃない。木乃香も凄い速さで成長している。この二人は間違いなくお前達以上になるぞ」
ニヤッと笑いながら言うエヴァンジェリンに、アレックスは「ああ、そうだね」と頷いた。
そして、バスターとしての血が、成長した二人と戦ってみたいと疼いた。
――これほどの将来有望な子は見たことが無いよ、まったく。
アレックスは微笑みながら、森の中に入った己がリーダーとサングルゥモンの戦いの音を聞いた。
森の中では、戦闘は更に苛烈さを増していた。
ルークが走っていると、どこからともなくスティッガーブレイドのブレードが四方八方から飛んでくるのだ。
だが、とてつもない密度のブレードの弾幕を、ルークはいとも容易く抜け出し、ブレードの飛んできた方角から、サングルゥモンの姿を探し、凄まじいスピ
ードで森の中を駆け巡る。
ルークは、全開から見れば1割の力も出していない。
それでも、その僅かな力も、他の者に照らしてみれば、並みの魔法戦士の全力に近い。
そして、それだけの力に留めながらも、サングルゥモンの力を上回るのは、ルークの経験と技量による物だ。
そして、サングルゥモンも、徐々に動きの鋭さを増していく。
その実力は、麻帆良の葛葉、神多羅木、学園長に矢部、エヴァンジェリンを抜かせば、魔法先生と魔法生徒が全員で一斉に掛かっても負けないほど
だ。
イルゼは、木の影と影を飛び移りながら、スティッガーブレイドでルークを狙い続ける。
だが、ルークはその僅かに影から出ている瞬間を狙って、魔力斬撃を下から上にレオレクスエアを振り上げて放つ。
森の中での戦闘は、ルークがワザと長引かせた。
それは、サングルゥモンの精神を責める。
どれだけのスティッガーブレイドを放っても当たらず、代わりにルークの攻撃が迫ってくる。
サングルゥモンの精神力は日が沈む頃には限界に来ていた。
そして、精神的に追い詰められたサングルゥモンは、ルークがワザと作った隙に食いついてしまった。
サングルゥモンの居る場所に背を向けた瞬間に、サングルゥモンは両前足でのスティッガーブレイドを放った。
もはやそれは、ブレードの壁だった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
そして、サングルゥモンの雄叫びに応える様に、数千のブレードは放物線を描きながらルークに迫った。
そして、後ろを向いたまま、ルークは飛び上がった。
そして、空中を蹴ると、ブレードの大群を背後の自分の体の下に感じながら、レオレクスエアを投げた。
「くそ!!」
それを、素晴らしい反射神経で身体を捻ってサングルゥモンは躱したが…。
「チェックメイトだ」
何時の間にか、眼前に迫っていたルークの拳が、サングルゥモンの脇腹に当たり、サングルゥモンの体は森の外まで吹き飛ばされてしまった。
「ぐあああああああああああああああ!!!!!!」
森の中から飛び出したサングルゥモンの体は、光の粒子に代わると、仮契約カードが力を発動し、イルゼに服を着せた。
ボロボロになったイルゼは地面に仰向けになったまま悔しそうに言った。
「ちぇ、勝てなかった…」
そして、そのまま寝息を立て始めた。
そして、森から出てきたルークは、満足げに笑った。
「凄いな。君は強くなるよ」
ルークの緑色のセーターの脇腹の部分は、僅かにスティッガーブレイドによって切られていた。
そして、ルークは頭についた木の葉を取りながら、眠ってしまったイルゼを抱きかかえた。
ルークがイルゼを抱かかえてエヴァンジェリン達の元に戻ると、イルゼの寝顔にエヴァンジェリンは微笑んだ。
そして、木乃香が心配そうに見るのを頭を撫でながら「大丈夫だ」と言った。
「どうだった?感想は」
アレックスがルークに聞いた。
「素晴らしい。としか言いようがないな。サングルゥモンでなら、もう戦う事だって可能だと思う。それに、イルゼ君自身も、闘争心が強く、心も強い。数年で
並の者なら歯が立たないくらいに強くなると思う」
「同感。木乃香ちゃんの方も凄いらしいしね」
アレックスの言葉に、木乃香は嬉しそうにエヴァンジェリンの顔を見た。
エヴァンジェリンは優しく微笑みながら木乃香の髪を撫でた。
「それじゃあ部屋に戻ろう。イルゼは疲れてるだろうから、私が作るがいいか?」
エヴァンジェリンの言葉に、ルークもアレックスも「勿論」と笑顔で答えた。
「おばあちゃん、うちも手伝うえ」
木乃香の言葉に、エヴァンジェリンは嬉しそうに「ああ、頼む」と言った。
寮に戻ると、ルークはイルゼをリビングにアレックスが敷いた布団に寝かせた。
そして、エヴァンジェリンと木乃香はスタミナが付く様にしゃぶしゃぶにした。
しゃぶしゃぶのいい香りに、イルゼも目が覚めて、五人は小机を囲って夕食を食べた。
ポン酢を付けて、イルゼはお椀に大盛りで盛ったご飯を何杯もおかわりした。
その様子に、ルークとアレックス、エヴァンジェリンはクスクス笑い、木乃香もイルゼに習うように、ご飯をほっぺにくっ付けながらお腹が一杯になるまで食
べた。
頬に付いたご飯をエヴァンジェリンが取って食べると、その様子を見たアレックスは「本当にお母さんみたいだね」と言った。
その言葉に、木乃香もイルゼも嬉しそうに笑顔を作り、エヴァンジェリンは目を丸くすると、顔を僅かに赤らめた。
その様子に、ルークとアレックスがクスクスと笑い、エヴァンジェリンが「なんだその笑いは!!」と怒ったのは余談である。
そして、木乃香とエヴァンジェリンが先に風呂に入り、その後にイルゼとルーク、アレックスが続いた。
風呂で、イルゼの頭をアレックスが洗ってあげながら、イルゼが使えるようになったら、スパークはどんな姿になるだろうかと想像を膨らませた。
イルゼはルークの様に剣がいいと言ったが、アレックスは「銃も良いよぉ!」と言って、いかに銃のスパークが優れているかを語った。
そして、学園長が届けてくれた寝巻きをルークとアレックスが着て、ルークとアレックスはリビングに布団を敷いて眠った。
イルゼも、お休みのキスを二人にすると、泥の様に眠ってしまった。
そして、翌日の朝は、エヴァンジェリンが目を覚ますと、ルークとアレックスは既に起きていた。
「なんだ、早いな」
目を丸くしながら言うエヴァンジェリンに、アレックスは「まあね」と答えた。
「僕達は朝が早いからね。それに、どんな状況でもすぐに目が覚めるように訓練しているから寝起きもいいんだ」
「ほぉ、そう言う訓練もあるのか」
エヴァンジェリンは感心したように言った。
「まぁ、毎朝キッチリ目を覚ますよう習慣付ければすぐに出来るさ」
ルークの言葉に、エヴァンジェリンは「なるほど」と頷いた。
「それじゃあ、朝食を用意する」
そう言って、エヴァンジェリンがキッチンに行くと、イルゼと木乃香も起きてきた。
「おはようぉ」
「おはようさんですぅ」
寝惚け顔で、イルゼに至っては涎が垂れているのを見て、ルークとアレックスはつい微笑んでしまった。
朝食のピザトーストとトマトスープを食べながら、アレックスが口を開いた。
「今日は、僕が午前中は受け持つよ。遠距離の相手を一度経験するのはいい事だと思うんだ」
アレックスの提案に、ルークやエヴァンジェリンも頷くので、イルゼも「お願いします!」と答えた。
「やっぱり、サングルゥモンでやるん?」
木乃香の質問に、アレックスは首を横に振った。
「いいや、イルゼ君の人間体のままでやろうと思ってるんだ。勿論、当たっても少し痺れる程度に加減してだけどね」
「その後、そうだな。サングルゥモンで俺とアレックスの両方を相手に戦ってみるかい?」
ルークの言葉に、イルゼは目を丸くした。
「いくらなんでも無理だよ。ルークだけでも、手も足も出なかったし」
イルゼの言葉に、エヴァンジェリンも「さすがにそれは無茶だろ」と言った。
「いやいや、何事も経験だよ」
ルークの言葉に、イルゼは「経験?」と聞いた。
「そう、経験」
「わかった」
「よぉし、それじゃあ早速修行場に行こうか!」
ルークが立ち上がるが、エヴァンジェリンが「まてまて」と止めた。
「皿を水に浸けて来るから少し待っててくれ」
エヴァンジェリンはそう言うと、皿を重ねていった。
イルゼと木乃香、ルークもアレックスも手伝って、皿を水を張った桶の中に入れると、そのまま修行場に移動した。
「そう言えば、ルークは光の大剣だったけど、アレックスはどんなのなんだ?銃みたいだったけど」
イルゼの質問に、アレックスは「うん」と頷いた。
「僕のは雷の属性の銃なんだ。ラプタムブラストって言うんだ」
「ラテン語でラプタムは破壊。ブラストはそのまま爆破するって言う意味だな?」
エヴァンジェリンの言葉に、アレックスは頷いて答えた。
「僕の原初は破壊らしいんだ。そのせいかどうか分からないんだけど、昔は玩具なんかで遊ぶとすぐ壊しちゃうから、親には玩具とか買って貰えなかった
よ」
タハハと笑うアレックスに、いるぜと木乃香は「へぇ」と言いながら歩き続けた。
修行場に着くと、アレックスは「それじゃあ、早速!」と言いながら胸の前に手を何かを覆う様に構えた。
「The lightning of my soul here! 我が魂の雷光をここに!」
ラテン語の呪文のルークとは違い、アレックスは英語の呪文だった。
「A gun of the thunder to destroy an accident! 災厄を破壊する雷の銃!」
アレックスの手の中で、光が弾ける様に形を作っていく。
「Appear!!出ろ!!」
そして、アレックスの手の中に、蒼と金色の銃が姿を現した。
「ラプタムブラスト!!」
それを見ていて、イルゼは疑問に思った。
「なんで名前にラテン語入ってるのに英語?」
イルゼが聞くと、アレックスが答えた。
「これは伝統でねぇ、ラテン語で原初を意味する言葉を入れるんだよ。僕の呪文が英語なのは、スパークの魔法はね、自分の母国語が一番自分に馴染
むからなんだ」
「あれ?でも、ルークさんのはラテン語やよね?」
木乃香の鋭い疑問に、アレックスは「たはは」と苦笑いしながら答えた。
「ルークも母国語は英語なんだけどね。母方はイタリアなんだよ。それで、完全に母国語の呪文にすると、スパークの力が強すぎるから。イタリア半島で
話される母語でないラテン語で唱える事で力を抑えてるんだよ」
アレックスの言葉に、エヴァンジェリンは絶句してしまった。
「あれで抑えてたのか!?」
エヴァンジェリンの言葉に、ルークは「まあね」と答えた。
「さて、それじゃあそろそろ」
アレックスの言葉に、イルゼは「うん!」と答えて、全身に力を篭めた。
「いくで、イルゼ」
「おう!」
そして、木乃香は進化させる意図を考えずに魔力だけをデジヴァイスに流す。
凄まじい量のデジモンの力に変換された魔力がイルゼの体に満ちる。
それを見ながら、「いくよ」とアレックスは言うと、凄まじい速度でイルゼから離れ、ラプタムブラストを構えた。
ラプタムブラストの形状は、普通の拳銃の2倍くらいの大きさの銃身を持ち、深海のような深い蒼色のメタリックなボディーに、金色の線が何本も入ってい
る。
一瞬でイルゼから遠く離れたアレックスは、バルーンくらいの巨大な緑色の雷光の玉を発射しながら、更に遠くへ後退していく。
「そんな遅いの!!」
イルゼは、巨大ながらものろく進む巨大な玉を無視してアレックスを追いかけようとした。
だが、次の瞬間に、緑の雷光の巨大な玉は破裂し、無数の雷弾となってイルゼに向って来た。
「な!?」
イルゼは、急停止し、バックステップで雷弾を避けながら、力を右手に集める。
「ナイト・オブ・ブリザード!!」
一気に空中の水分を氷結させ、氷の壁を作り出した。
そして、サモンによって、見せ掛けだけの10人の分身を作り駆け出した。
「分身!?東洋魔術…いや、イルゼ君の技か!」
アレックスは一瞬、目を見張ったが、すぐに気を落ち着けて冷静に観察した。
そして、一体を残して全てのイルゼに一瞬で放った9発の光速の雷弾を放った。
本体以外を全て消され、イルゼは目を見開いた。
「な!?」
そして、視線の先で、アレックスが巨大な雷弾を三発撃つのが見えた。
「くそっ!」
一気に両足の強化を強めると、イルゼは一気に後退した。
だが、巨大な雷弾は、破裂して無数の小型の雷弾として縦横無尽にイルゼに襲い掛かった。前後左右真上すらも雷弾に覆われている。
――なら!
イルゼは、ルークが自分のスティッガーブレイドを防いだときの事を思い出した。
そして、両腕に強化を強める。
「ダダダダパンチ!!!」
技として構築された力は、強力な光を放ち、イルゼは出来る限りの雷弾を打ち落としてアレックスに向った。
何十発も被弾し、服は焦げ跡が目立つが、イルゼ自身はほとんどダメージがない。
「ナイト・オブ・ファイアー!!」
左手を背後に大きく振りかぶり、走りながらナイト・オブ・ファイアーを投げつける。
だが、ナイト・オブ・ファイアーはアレックスの立った一撃の雷弾で容易く落とされた仕舞う。
イルゼは舌打ちしながら、走りながら地面に落ちている石を拾い上げる。
そして、アレックスがイルゼに向けて雷弾を放つと同時に、イルゼは強化した右手で全力で石を雷弾に投げつけた。
石が当たると、雷弾は破裂した。
そして、イルゼはナイト・オブ・ブリザードで氷塊を作り、アレックス目掛けて投擲した。
だが、それは容易く避けられ、イルゼの背後に迫った誘導弾をイルゼは背中で受けてしまった。
勝負が付くと、イルゼは痺れる体をなんとか上半身だけ起こして溜息を吐いた。
「やっぱ、この状態じゃ全然戦えないか…」
イルゼが消沈すると、アレックスは「そんな事ないさ」と言った。
「君はまだ6歳なんだ。それでこれだけの動きが出来るなんて、それだけで素晴らしい事だよ」
アレックスの言葉に、イルゼは「でもなぁ」と不満げだった。
それから、イルゼの体の痺れが解けてはアレックスの雷弾を避けて近づくと言うのをお昼になるまで続けられた。
そして、お昼を部屋に戻ってエヴァンジェリンが作った具沢山の味噌ラーメンを食べながら、イルゼは疑問を口にした。
「でもさぁ、どうしてサモンで作った分身を簡単に見破ったの?」
イルゼが聞くと、アレックスは「簡単だよ」と言った。
「サモンは簡易精霊に呼びかける技なんだよね?」
「うん」
アレックスの質問に、イルゼは頷いて答えた。
「精霊の分身には重さが無さ過ぎたんだよ。地面にまったく分身が通った後は無いし、よぉく見ればわかる」
「そっかぁ…」
イルゼは自分の技をアッサリと見破られてションボリしてしまった。
そんなイルゼを、クツクツと笑いながらアレックスは慰め、ラーメンを完食した。
お昼になり、イルゼはサングルゥモンに成ってアレックスとルークのコンビとの稽古をしたが、全く歯が立たなかった。
何かしようとしても、動き続けなければアレックスの雷弾が当たり、動きを止めて技を使わなければルークに追いつかれる。
結局、アレックスとルークと、サングルゥモンは交互に戦い、戦闘技術を上げた。
夜も、昨晩と同じ様に、今夜はスキヤキで鍋を囲み、男女に別れて風呂に入って眠るのだった。
イルゼは三日間の連休での戦いを何度も思い返した。
そして、眠りに落ちた。
火曜日になり、イルゼと木乃香は学校があるので、朝の5時に起きて、ルークとアレックスは麻帆良を出る事になった。
「また、魔法生物世界に来たら案内するからね」
アレックスの言葉に、イルゼと木乃香は、何時の日か本当に行ってみたいと思った。
「イルゼ君、また会おう」
ルークはそう言った。
イルゼは、キョトンとしたが、すぐに元気一杯に「うん!!」と答えた。
そして、ルーク騎士団は麻帆良を去って行った。
イルゼの心に大きな物を残して。
再び、イルゼと木乃香が彼らに会うのは…まだ、大分先の話になる。
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