第34話『ルーク騎士団』


朝、誰よりも早く目を覚ましたのはイルゼだった。
この日、ルーク騎士団のリーダー、ルーク・ベレスフォードが魔法生物世界に君臨する龍種を引き連れて麻帆良にやって来る。
そして、エヴァンジェリンが彼女自身も一目置く彼との稽古をお膳立てしてくれたのだ。
今までやって来た修行は座禅を組む事だけなので、実際に戦闘訓練が出来るのが嬉しく仕方が無かったのだ。
イルゼは目をバッチリ覚ますと、木乃香とエヴァンジェリンを起こさないように部屋を出ようとした。
だが、布団が捲れる音で木乃香とエヴァンジェリンも目を覚ましてしまった。

「ん?」

「うぅん」

エヴァンジェリンと木乃香は目を擦り、大きく欠伸をするとイルゼが起きているのを発見した。

「イルゼ、先に起きてたのか。随分早いな」

目端に涙を称えながらエヴァンジェリンが言った。

「イルゼおはようさん」

木乃香も目端に溜まった涙を拭いながら挨拶した。

「ああ、ごめん起こしちゃったか…。おはよう」

二人に頭を下げつつ朝の挨拶をすると、木乃香がイルゼとエヴァンジェリンにおはようのキスをして、二人も返した。
そして、三人で居間に行くと、エヴァンジェリンが旅行でイルゼの買ってきたエプロンに身を包みキッチンに向った。
ちなみに、このエプロンをプレゼントするとエヴァンジェリンと木乃香は心底嬉しそうな笑顔を見せてイルゼを喜ばせた。
朝食はイルゼが冷蔵庫の納豆を器に移し、卵とエヴァンジェリンが刻んだ長葱を入れて醤油で掻き混ぜ、木乃香は三人分のご飯をお椀に盛った。
エヴァンジェリンはシャケを焼き、味噌とキャベツの微塵切りとなめこで簡単な味噌汁を作った。
三人で分担して朝食を運び、イルゼがオレンジジュースと麦茶をそれぞれのコップに注ぐ。
ちなみに、麦茶はエヴァンジェリン用で、ジュースはイルゼと木乃香だ。
朝食を食べながらイルゼが口を開いた。

「ばあちゃん、今日来るルークって人は何時に来るんだ?」

眼を輝かせながら期待してますと訴えかけるイルゼにエヴァンジェリンはクツクツと微笑むと麦茶を飲んだ。

「ルーク騎士団が来るのは夜だ。何せドラゴンにアルビレオの奴も連れてくるんだからな」

エヴァンジェリンの言葉に、イルゼは少しだけ落ち込むが、「そういえば」と口を開いた。

「その、アルビレオ・イマってどんな人なんだ?」

イルゼが聞くと、途端にエヴァンジェリンは歯切れが悪くなった。

「どんな人か…と聞かれると困るな。性格は悪いとしか言いようが無いが私も奴が何者かはわからんのだ」

エヴァンジェリンの言葉に木乃香は首を傾げた。

「どういう事なん?おばあちゃん」

「実を言うとな、アルビレオの奴と最初に会ったのは14世紀くらいなんだよ」

「え?」

イルゼが聞き間違いじゃないのかと間抜けな声を出した。

「アルビレオの奴の正体はわからんが、あいつはそれ以後何度も私と会っている。南洋の島に城を建てて籠もっている時に何度か訪れて来た事もあっ
たよ。その間、全く容姿が変った事が無い。同じ吸血鬼か?そう聞かれても私は首を横に振るな。少なくとも、奴は吸血鬼ではない。もっと何か、別の存
在か…」

「別の存在?」

木乃香が聞くと、エヴァンジェリンは「うむ」と頷いた。

「アルビレオと最後に会ったのは、奴がサウザンドマスターのパーティーに参加していてな。私がサウザンドマスターを追いかけていた時に会ったのだ。
まぁ、奴は私をからかうばかりで本当にいけ好かない奴だがな。奴は何枚も仮契約カードを持っていてな。その殆どが相手が死んでいる事を示してい
る。そこから察するに、奴は寄り代を必要とする存在なのかもしれない」

「相手が死んでる?」

木乃香が恐々と聞くと、「ああ」とエヴァンジェリンは答えた。

「仮契約カードは、相手が死ぬと色彩が抜け落ちてアーティファクトも消え去るのさ。恐らくは、奴が長い時間を生きる間に作ったパートナー達との仮契約
カードなんだろうさ」

「寄り代が必要ってのは?」

イルゼが聞くと、エヴァンジェリンは味噌汁を啜った。

「要は寄り代から魔力を供給されなければいけない存在なのかもしれないという事だ。その証拠に、奴がこの地に来て滞在するのは魔力が芳醇に溢れ
ている本来は儀式なんかに使う封印の部屋だ。自分で魔力を作り出せないと言うより、あの姿で長い年月を生きるために自分の魔力をなんらかの魔法
で使ってしまっているのかもしれない。戦闘を行う時は、必ずサウザンドマスターが奴に契約執行を使っていたからな。まぁ、奴の正体は結局の所私にも
分からん。それに、奴は体の損壊が激しいらしくてな。封印の部屋に運び込まれたらすぐに扉が閉ざされる事になっている。会う事になるのは最短でも数
年先だ」

「だから気にするな」そう、エヴァンジェリンは言った。

「まぁ、今日は何時も通りの修行に集中して、明日の朝に会えばいいさ。修行場に来てもらう事になっているからな」

エヴァンジェリンの言葉に「はぁい」とイルゼは少しガッカリしたように返事をした。

「まぁ、居間の修行も一段落したら普段の修行でも戦闘訓練を入れる。だからそんなにショボンとするな」

エヴァンジェリンはションボリしているイルゼの頭を撫でながら言った。
その顔はまるで赤ん坊をあやすかのような表情なのでさすがにイルゼがムッとした表情をすると、余計にエヴァンジェリンはあやすような態度を取るので
余計にションボリしてしまった。
イルゼを立ち直らせるのに木乃香とエヴァンジェリンはたっぷり一時間も掛かってしまったのは余談である。

結局、その日の修行は特に進展も無く終わってしまった。
イルゼはマナを自分の中に取り込むことが出来ず、木乃香も200を越えると、ついコップから水が溢れてしまうのだった。
夜になり、エヴァンジェリンが「折角だから挨拶しに行くか?」と言ったので、イルゼと木乃香は頷いて答えた。


夜の麻帆良学園都市は安全とは言えない。
誰も彼もが寝静まった夜天の下に、魑魅魍魎が跳梁跋扈し始める。
闇に生きる者達は獲物を狙う。
麻帆良学園には重要な品が数多く存在している。
そして、数多くの資質ある者達が集まっている。
麻帆良学園は魔法使いの建てた学舎だ。
その目的は、図書館島と言う、強大で強力な結界に護られた場所に強力な力を有する魔道書を封じ、強力な魔法具を守護し、学園結界によって、世界
各地から魔法の力を有してしまった子供達を護る為に建設された。
現在も、本人は知らずとも学園都市内には多くの資質を持つ子供達が居る。
精神干渉系の魔法が効かない者。
魔力を常人以上に持つ者。
記憶には無くとも、魔法によって被害を受けた者。
彼らを護り、機会が有れば、身を護る術を教える為にこの学園は建てられた。
悪しき心を持った者に子供達を攫わせない為に。
そして、それ故にこの地は日が沈み、人々が眠りに付くと、魔窟と変貌する。
麻帆良学園を攻める魔法使い、呪術師、魔法使いを異端とし断罪する者達もまた、終わる事無く麻帆良を毎日の様に攻撃する。
その夜も、多種多様な組織の者が数多くの魔物を解き放った。
その数は、1000、2000,3000を越えるかもしれない。
一人一人が一騎当千の実力を持つ麻帆良学園都市は、それらの有象無象の雑魚を一瞬の内に駆逐していく。
ある者は、その剣に雷を帯び、一振りで数百を消し飛ばせる。
ある者は無数の真空の刃を作り出し、数百の首を刎ねる。
ある者は天空を照らすほどの炎を作り出し、数百を焼き尽くす。
ある者は光を放ち、ある者は水を放つ。
何時も通りの光景。
麻帆良学園都市は学園結界に覆われているとは言え、少ない魔法先生や魔法生徒だけで保っている理由はここにある。
凡百の組織がどれだけ手を伸ばそうが、真の実力者は群れないか善をこなそうとする。
毎日の様に攻め込む並の組織の魔法使い達の実力では、戦闘に出られると認められる程優秀な魔法生徒には足元にも及ばない。
盲目な正義を信仰する者や、群れる事なき悪が攻め込む事をこそ、恐れるべき事象。
だが、それ以上の存在を、麻帆良は保有している。
現役時代を退きながらも、ほぼ無双の力を誇る近衛近右衛門。
そして、悪とし忌み嫌われているが、それでも間違いなく最強を名乗れる実力者、Evangeline.A.K.McDowell。
神鳴流の若き天才、葛葉刀子。
無詠唱と気による独自の戦闘法で麻帆良最速を誇る神多羅木。
炎と雷を操る魔神とまで謳われた矢部雅彦。
彼らのラインを突破できる者は、世界最強を名乗れるレベルの魔法使いくらいなものである。
だが、その世界最強を名乗れるレベルの魔法使いが、ラインを突破してしまった。
その日は、近右衛門はルーク騎士団の参謀役である、疾風の暗殺者の二つ名でも知られるアルヴァー・アーレ・アフティオとの龍の取り扱い、及び龍の
間に入るための結界の強度、並びに幾つかの諸注意やらの話をする為に、学園長室に籠もっていたのだ。
そして、エヴァンジェリンも最近は余り脅威に晒されていないという事で、その日は休みを言い渡されていたのだ。
矢部も学園長と共にアルヴァーとの話の為に戦線には出ていなかった。
その上、とてつもない魔力を持ち、戦闘技術も凄まじい魔法使いが突然侵入してしまったのだ。
名は、『ルドルフ・ルートヴィヒ・アドルフ・フォン・ペーター・ヴィトゲンシュタイン』。
魔法世界では、その危険すぎる思想故に第一級指名手配犯として扱われている。
世界を手中に収めんとする野望を持ち、その野望を実現出来るほどの魔力を持っているのだ。
元貴族でありながら、『魔王』の二つ名で知られ、お零れに預かろうと近づく者を容赦なく自分の魔法の実験台にし使い潰す。
無詠唱で高威力な魔法を次々に発動出来るその力は、人間の枠に当て嵌める事を拒絶したくなる程の驚異的な存在だ。
天災の一つにすら数えられる彼がこの日、麻帆良に進行して来たのは、木乃香を狙っての事だった。
最強の魔力を持つと言われる木乃香の存在は、裏の世界では広く広がってしまっているのだ。
そして、その力を有効利用する手段は幾通りにも考えられる。
そして、彼はルーク騎士団に挨拶をしようと学園長室に向うイルゼ達の前に降り立った。
空気が軋む。
想像を絶する存在感に、イルゼと木乃香、エヴァンジェリンさえも呼吸が出来なくなる。

――なんだコイツは!?

エヴァンジェリンの思考はそれだけだった。
有り得ないほどの殺気と魔力を撒き散らす。
風すらも目の前の存在を嫌ってか、周囲は無風になる。
ただ、空気を揺らすのは立ち昇る目の前の存在の醜悪な魔力のみ。
真紅の短髪に頑強な貌。
硬い鬚に覆われた口からは獣の香りが漂う。
時代錯誤な程の豪奢であり頑強な漆黒に金の模様が入っている鎧を着込み、体長は2mをゆうに越えている。
腕の筋肉は牛の胴回り程もあり、右手に握る漆黒に紅き閃光の入っている両刃剣は、邪悪なオーラを発している。
木乃香とイルゼは失神すら出来ずに、目の前の脅威に目を之以上無く見開いている。

――殺される。

本能が告げる。
目の前の存在は戦うべきではないと。
逃げる事も適わない。
目が合えば死ぬ、出会えば死ぬ、近づけば死ぬ、遠ざかれば死ぬ。
目の前の存在に見つかった時点で、どう足掻こうが死は免れない。
恐怖は麻痺し、それでも、全身は金縛りに会い、一μ単位ですら動かせない。
震える事も出来ない。
時が止まったかのような感覚。
何時間、何日、何年が経過しただろうか…。
否、現実ではものの数秒。
目の前の存在は、木乃香に手を伸ばそうとし、エヴァンジェリンがその瞬間に弾けた。
600年を生きたエヴァンジェリンだからこそ、その縛りから脱する事が出来た。
エヴァンジェリンは木乃香とイルゼを突き飛ばす。
その瞬間に、エヴァンジェリンは吹き飛ばされた。
当然だ。
魔力はほとんどが封じられた状態のままだ。
今宵は朔の日。
月は無く、星の光だけが大地を照らす。
エヴァンジェリンには力など残されていないのだ。
そして、エヴァンジェリンの身体は血だらけになりながら100m以上を吹き飛ばされ、動かなくなった。
吸血鬼としての力も殆どが封じられた状態で、回復の兆しは無かった。
このままでは死んでしまうだろう。
そして、木乃香は恐怖に全身が引き攣った。
イルゼは血が全身を凄まじい勢いで流れるのを感じた。
ドクドクと鈍痛が頭に響く。
イルゼは目の前の存在を殺したくて仕方が無くなった。
そして、イルゼの全身は漆黒の闇に覆われ、デジヴァイスが木乃香の魔力を強制的に奪い取っていった。

「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

黒光りする皮膚に覆われ、邪悪な姿と成ったイルゼが姿を現した。
デビドラモンである。
デビドラモンは目の前の存在に凄まじい殺気を放ちながらクリムゾンネイルを放ち…、クリムゾンネイルごと吹き飛ばされた。

「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

大地を裂く様な悲鳴が響く。
デビドラモンの右手は消し飛んでいた。
そして、デモニックゲイルを放つ。
木乃香が巻き込まれるかもしれないと言うのに…。
大地を削り、凄まじい暴虐の嵐は謎の男と木乃香に迫った。
だが、男が右手を上げると、デモニックゲイルを上回る風の魔法が放たれ、デビドラモンは吹き飛ばされた。
全身から血を流し、それでも殺気を撒き散らしながら翼を広げ、レッドアイで謎の男を睨みつける。
だが、レッドアイの魔眼すら、謎の男には効かなかった。
動きは鈍る事無く、突っ込みながら左手でクリムゾンネイルを発動しようとしたデビドラモンの左手を掴み、地面に叩き落した。
それを見た木乃香は絶叫したかった。
見たくない現実だった。
だが、目を閉じる事すら出来ず、デビドラモンの体が崩壊するのを見せられた。
そして、木乃香は最後の手段を使った。
動けないままに、デジヴァイスが強制的に奪う魔力の流れを加速させたのだ。
暗黒進化状態での再びの暗黒進化。
二度と使わないと誓ったのはほんの一週間前だった。
だが、使わなければ、イルゼが死んでしまう。
そう思い、全力の魔力をデジヴァイスに叩き込んだ。
その瞬間、デビドラモンは真紅の閃光が迸り、漆黒の闇がその身を包み、ケルベロモンが姿を現した。
正気を失ったケルベロモンは、本能の向くままに、殺気を撒き散らす存在にヘルファイアーを放った。
その間に、血だらけになりながら、必死に木乃香の元まで歩み寄ったエヴァンジェリンは全身の痛みに顔を歪めながら引きづる様に木乃香を戦地から
離そうとした。
だが、謎の男は巨大なケルベロモンが吐き出した地獄の業火を片手で呪文も唱えずに発動した風の結界で防いでいる。
そして、男が手を伸ばそうとした瞬間に、ケルベロモンは無意識に木乃香を護ろうとするかのように、ステュクス・キラーで男を切りつけた。
だが、男は右手で握っていた剣で防ぐと、そのままケルベロモンのステュクス・キラーを切り裂いてしまった。
凄まじい悲鳴が響き渡る。
エヴァンジェリンと木乃香はその悲鳴に気が狂いそうになった。
そして、ケルベロモンの巨体に男は凄まじい風の魔力を叩き込み、吹き飛ばした。
空高く舞い上げられたケルベロモンの巨体は、エヴァンジェリンと木乃香の目の前に落ち、その勢いで、エヴァンジェリンと木乃香は男の下まで吹き飛ば
されてしまった。
そして、進化が解けてしまったイルゼは全身を貫く痛みに関らず、ダダダダキックの要領で脚に力を篭め、一気に駆け出すと、エヴァンジェリンと木乃香
を庇うように立った。
三人は死を覚悟した。
そして、男がニヤリと醜悪な笑みを浮かべ、手を伸ばそうとした瞬間、どこからか男の声が聞こえてきた。

「その子達から手を離せ!!!」

その言葉と同時に、凄まじい威力の高圧縮された雷の魔力が男に接近し、男は見かけによらず素早い動きで回避した。
しかし、なんと雷の弾丸は男を追跡した。

「ム!」

男は眉間の皺を深くし、強力な風の盾を展開し防いだ。
そして、防ぎ切った先に、一人の黒髪に深緑の眼をした男が、胸の前で両手から光を発しながら近づいてくるのを見た。

「エゴ・アニマ、レクス・クラモ・アム!!我が魂よ、王者の咆哮を轟かせよ!!」

凄まじい閃光が周囲を照らし出す。
光はやがて集まり巨大な光の大剣と変わった。
剣は凄まじい光を放ち続けている。
鍔には獅子の頭を模っている装飾がある。
180を越える長身でありながら、その剣は彼の身長よりも大きかった。
だが、それを片手で軽々と持ちながら、謎の男に切りかかった。

「面妖な…、その魔法。貴様…バスターか?」

低い地獄から聞こえるかのような唸り声にも似た声で、謎の男は光の剣の持ち主に問いた。

「我が名は、ルーク騎士団がリーダーのルーク・ベレスフォード!!」

白の外套に身を包むルークは、両手で剣を持ち、男の漆黒の魔剣と刃を交える。

「貴様如き若造が、このルドルフ・ルートヴィヒ・アドルフ・フォン・ペーター・ヴィトゲンシュタインに敵うつもりか?」

嘲る様にルークに言うルドルフ。
だが、ルークはその言葉に不敵な笑みで答えた。

「勿論だ。俺は、貴様のような外道には絶対に負けん!!」

「笑わせるな小僧!!我が魔剣『アムインサニア(究極の狂気)』の錆にしてくれよう!!」

ルドルフは、凄まじい力でルークの聖剣を振り払う。
そして、アムインサニアに邪悪な魔力を集中する。
だが、その凶悪な殺意の具現、死の渡し人ともよべる目の前の巨悪を前に、ルークは涼しげな笑みを浮かべる。

「我が剣、レオレクスエア(獅子王の閃光)で貴様を切る!!」

そして、ルークもまた自身の聖剣に魔力を篭める。
凄まじき閃光と凄まじき闇雲が、周囲を昼と夜かのように分ける。
そして、ルドルフは右手でアムインサニアを振るった。
真紅と漆黒の入り混じった滅びの斬撃が、放たれる。
同時に、ルークもまた、両手でレオレクスエアを振るった。
強烈な閃光の斬撃。
闇と光のぶつかり合いは、世界の始まりを髣髴させるかのような凄まじい光景だった。
二つの魔力は周囲の地形を変貌させていく、その間に、イルゼ達は後から来た金髪の柔和な顔の青年と同じく金髪で美麗な顔立ちの青年に抱かれ、戦
線から離脱していた。

「大丈夫だったかい?」

そう言いながら、綺麗な顔立ちをした方の男が胸の前に両手を何かを囲うように構え、光を放ち、青き盾を作り出した。

「私はルーク騎士団の一人、セバスティアン・カツィカス。皆にはセバスチャンと呼ばれているから、そう呼んでくれると嬉しいな」

余りにも綺麗な笑みを浮かべてセバスチャンはそう言った。
男性慣れしていない女性ならばすぐにでも落とされてしまいそうなほどの吸い込まれるような笑みだが、それ所ではないエヴァンジェリンと木乃香、イル
ゼは適当に頷くだけだった。
そして、金色の銃を握る青年は二人を護ろうとしていた獣になる少年にこの上ない好感を覚え、優しく頭を撫でた。
彼らは、ここに来る前に、遠見の魔法でここの様子を見ていたのだ。

――この子は良く頑張った。

その思いを伝えようと口を開いた。

「頑張ったね」

笑いかけると、イルゼは、驚いたように目を見開き、泣きそうに成るのを必死に耐えた。
そして、そんなイルゼをエヴァンジェリンと木乃香はイルゼの両腕を抱きしめた。

「僕はアレックス・メイスフィールド。よろしくね」

それだけ言うと、彼らはルークとルドルフの戦いを見守った。
光と闇の激突は、戦いの幕開けに過ぎなかったのである。
激突が収束すると、二人は大地を蹴った。
巨体のルドルフはその身に似合わぬ身軽さで魔剣で縦横無尽に切りかかる。
それを、ルークは軽やかに躱していく。
一瞬の空中の交差での間に何十合もの切り合いをしながら、どちらも傷を負うことは無かった。
二人は、余裕の笑みすら見せ、直ぐ傍の校舎の壁を掛けた。
重力の向きが変わったかのように、校舎の壁を駆け回りながら切り合う二人。
そして、校舎の屋上に上がり、ルドルフが無詠唱で風の魔法を次々に繰り出すが、それら全てをルークは聖剣で切り落としていく。
そして、凄まじい速度でのぶつかり合いは、校舎の屋上を蹂躙し、二人は戦場を空へと移した。
空中を縦横無尽に駆け、翔ける。
目視すら難しい二人の激突は、見る物に畏怖の念を持たせた。
ルドルフも化け物ならば、ルークもまさしく化け物である。
初等部のエリア上空を翔けまわり、距離が離れた瞬間に、ルドルフが風の弾丸を無数にルークに向けて放つ。
それを、凄まじい剣速で一気に切り落とすと、ルークは空中を蹴り、一瞬でルドルフの眼前に迫り、聖剣を振るう。
それを、ルドルフは魔剣で防ぎ、そのまま両者は大地に激突する。
そして、二人は再び距離を保ちながら相手の出方を伺い、剣に力を篭める。
そして、二人は同時に光と闇の斬撃を放ち、閃光の如き素早さでぶつかり合う斬撃を中心に駆け回る。
斬撃を中心とした円上を駆け巡り、やがて、ルークが一瞬で止まり、その勢いを使って、迫るルドルフにカウンターを決めようと聖剣を振るう。
だが、ルドルフは魔剣で防ぐと、その勢いを使い回転しながらルークの背後に立ち、振り向き様に切りかかる。
それを、ルークは予期していたかのように聖剣で防いで再び二人は距離を離す。
そして、ルドルフは地を蹴り、ルークもまた、それに続いた。
空中で斬撃を飛ばし合い、お互いを牽制する。
斬撃がぶつかり合うたびに、凄まじい音が麻帆良に響き、凄まじい波動が周囲を破壊する。

その戦闘を見つめるイルゼはどこか胸が熱くなる気がしていた。
自分もああなりたいと願った。
護りたい者を守れるくらい強くなりたいと。
そして、イルゼが見つめる中で、少しでも良く見ようと視覚と聴覚を無意識に使える力の限界まで強化していたイルゼの耳に、信じられないルークの言葉
が聞こえた。

――さて、もういい頃合だ。身体も温まった。本気で行かさせてもらうぞ。

そして、その言葉は現実の物となる。
ルークの動きは、先程の比ではない程の速さで、ルドルフすらも視界から見失ってしまった。

「なに!?」

ルドルフは仰天したような声を上げたが、頭は冷静さを失っていなかった。
風の結界を展開し、ルークの動きを突き止めようとした。
そして、風の動きの違和感に、ルークの居場所を突き止めると、神速とも呼べる速さで魔剣を振るう。
だが、それは誘いだった。
ルドルフの魔剣を身を翻して避け、そして、神速のルドルフの剣速以上の剣速を持って、ルドルフを切った。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

獣の咆哮の如くルドルフは叫ぶと、胸から大量の血を噴出しながらルークに切りかかった。
だが、その瞬間に、ルドルフの右手は魔剣ごと切り飛ばされてしまっていた。
鮮血が舞う。
だが、ルークの剣は止まらなかった。

「見るな!!」

その瞬間、ハッとなったエヴァンジェリンは必死に血を流しすぎて力の入らない身体に鞭を打って木乃香とイルゼ目を両手で覆った。
その瞬間、傍に居たセバスチャンもアレックスも失態に気が付いた。
あの男は危険すぎる。
故に、この瞬間に殺してしまうのが最善だった。
それを当然のように受け入れ、まだ6歳の子供が見ている事を失念してしまった。
だが、イルゼと木乃香は見てしまった。
心臓ごと胴を切り裂かれ、ルドルフが絶命する瞬間を。
イルゼと木乃香は凄まじい嘔吐感に襲われた。
だが、それよりも早く、木乃香は気絶してしまった。
そして、イルゼは本物の死を見て、下唇を噛み締める事で正気を保った。

「あ…ああ…」

そして、イルゼは嘔吐した。
人の死。
初めて、本当に人が死ぬのを知った。
知識では知っていた。
それでも、死の概念の無い世界に居たイルゼは、もうこの世で何も出来なくなる。
呼吸も、話も、友達に会う事も、家族に会う事も出来ない。
それが、之以上無い恐怖感としてイルゼを襲った。
エヴァンジェリンはそんなイルゼと気絶してしまった木乃香を抱きしめた。
エヴァンジェリンは、二人にこんなに早く二人に人の死を見せるつもりなど無かった。
それも殺人による死など…。

「申し訳ない…闇の福音…。彼らはすぐにでも離脱させるべきだった…」

アレックスとセバスチャンは、自分の失態に悔いながら、エヴァンジェリンの様子に心中で驚いていた。
不死の魔法使い、闇の福音、禍音の使途、童姿の闇の魔王。
アレックスもセヴァスチャンも、別に吸血鬼だからと言って見方を変える真似はしない。
だが、エヴァンジェリンの話は耳に入っていた。
悪の権化と言われ、多くの人間を葬り、人々に恐怖の対象として囁かれている存在。
近右衛門の要請で駆けつけた際に、エヴァンジェリンがこの少女だと知り驚いた。
だが、今は違う。
聞いていた話と余りに違い過ぎる。
二人の少年と少女を抱きしめる少女は幼い子供のようであり、包み込む母親の様でもあった。
何処を見ても、悪と呼ばれる所以が分からなかった。
そもそも、遠見の魔法で見ていた時も、彼女は小さい少年と少女を庇って大怪我を負い、それでも尚、二人を護ろうとしていたではないか。
二人は少なくとも、噂などよりも、自分の眼で見たこの少女の優しさを信じる事にした。

「いいや。私も呆けていた。まだ…この子達に死を見せるつもりはなかったんだが…」

二人を心配そうに見つめながら必死に恐怖と戦っている少年の頭を優しく撫でながらエヴァンジェリンは言った。
その様子に、自分が悪いと言い続けて自己満足に浸る真似など誇り高き戦士の二人には出来ず、二人は黙って頭を下げた。
そして、しばらくするとルークが戻ってきた。
そして、イルゼ達の様子を見ると、全てを察し、頭を下げた。

「行きましょう」

ルークが小声で言うと、アレックスは気絶した木乃香を優しく抱きかかえた。
そして、セバスチャンがエヴァンジェリンを抱きかかえようとすると、「私はいい」と言って自分の足で歩き出した。
そして、ルークが抱えようとしたイルゼもまた「大丈夫」と言って自分の足で動き出した。
ルークはその様子に心中で驚嘆した。
この歳で殺人による死に触れて尚、瞳にこれほどの光を宿せる者はそうはいないからだ。
ルークは優しく微笑むと、イルゼの頭に優しく手を置いた。

「俺はルーク。君は?」

知っていて、それで敢て、ルークはイルゼに問い掛けた。

「イルゼ。イルゼ・ジムロックだ」

「そうか、話は聞いているかな?俺が明日から二日間、君の稽古の相手をする事になっている」

ルークの言葉にイルゼは頷いた。

「俺が相手だと嫌かい?」

ルークが問い掛けると、イルゼは首を横に振った。

「俺は…アンタみたいになりたい」

「え?」

突然のイルゼの言葉に、ルークは目を見開いた。
予想もしなかった言葉だった。
目の前で殺人を行った自分に教えを請うのは嫌ではないだろうかと思ったのだ。
だが、イルゼの回答は全くの逆だった。

「俺は、強くなりたい!!」

イルゼは俯いたまま、そう言い切った。
ルークはイルゼを見つめた。

「力を求めて、君はどうしたいんだい?」

ルークは歩きながらイルゼに問い掛けた。

「護りたいんだ」

「誰を?」

「俺が、護ると誓った人達を」

「そうか…。わかった」

ルークはイルゼの言葉に満足したように笑みを浮かべた。

「明日と明後日の二日間。俺は君に出来る限りの事を教えよう。少し辛いかもしれないけど、ついて来られるかな?」

「勿論」

戯ける様に言うルークに、イルゼは勇敢にニカッ笑って見せた。
ルークがイルゼに感心したように見つめると、次の瞬間に、突如、闇の斬撃が飛んできた。

「なに!?」

咄嗟に、セバスチャンが青き盾で防いだ。

「馬鹿な、心臓を貫いたんだぞ」

ルークは目を見張った。
そこには、怖気の走るほどに殺気を撒き散らすルドルフの姿があった。
その肉体は既に修復されていた。

「仕方ない…」

ルークは一瞬目を瞑り、言った。

「イルゼ君、もう一度、死を見る勇気はあるかい?」

「な!?」

ルークの言葉にエヴァンジェリンが絶句するが、イルゼは「ああ!」と歯を食いしばりながら言った。

「バスターにのみ許された魔法。“スパーク“!!その真の力を見せよう!!」

ルークは自分の胸の前に両手を何かを覆うように構えると、叫びだした。

「はああああああぁぁぁぁ!!」

「エゴ・アニマ、レクス・クラモ・アム!!我が魂よ、王者の咆哮を轟かせよ!!」

ルークが呪文を詠唱する。

「ノクス・カエラム・イラミノ・エア・フィオ!!夜天を照らす閃光と成れ!!」

ルークの手の中で踊る光が、やがて縦に伸びていく。

「エグリディオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!出ろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

光はやがて、獅子の頭を模る装飾の着いた巨大な両刃剣へと変わる。

「レオレクスエア!!!獅子王の閃光!!!」

そして、ルークの手の中で、レオレクスエアが顕現する。
そして、凄まじい魔力が刀身に満ちていく。
完全に回復したわけではないのか、ルドルフは荒い息をしながら魔法を放つが、全てをセバスチャンの盾が防ぎきる。

「オオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

そして、ルークの叫びに答えるように、レオレクスエアは目が眩むほどの閃光をさらに強めた。

「エクセリオン!!!ブレイカァアアアアアアアアア!!!!!!!」

その叫びと共に、ルークは剣を振り落とした。
そして、レオレクスエアから放たれた閃光の斬撃は世界が崩壊するのではないかと思うほどの爆音を鳴らし、大地を蹂躙し、ルドルフを飲み込むと、そ
のまま徐々に空に向って伸び、初等部エリアの上空を過ぎ、ウルスラエリアを過ぎ、本校女子中等部エリアを越えて尚威力は死なず、麻帆良から遠くは
なれた山を掠り、天を裂かんと雲を切り裂いた。
それでも尚、高度を上げながら斬撃は飛び続けた。
アレックスがポツリと、「旅客機が飛んで無くてよかった…」と言うのを聞いてイルゼもエヴァンジェリンも冷や汗をかいた。
エヴァンジェリンは目の前で起こった光景に目が飛び出るかと思った。

「ななななななな、なんだ今のは!?」

エヴァンジェリンは額から流れる汗や、全身を苛む痛みを無視して叫んだ。
目の前には、エクセリオン・ブレイカーの通った跡が生々しく残っている。
イルゼもまた、あまりの光景に呆気に取られてしまった。

「す、すげえぇぇ」

もはや殺人や死などよりも恐ろしい物の片鱗を見たイルゼはただ呆然とするだけだった。

「んん…あれ?うち…あれれ?」

そして、アレックスの腕の中で眠っていた木乃香が目を覚ました。
そして、目の前の惨状に「え?え?」と混乱してしまった。

「リーダー…やりすぎだよ」

アレックスは木乃香を降ろしながら呆れた様に言った。

「死体回収出来ないし…」

セバスチャンも顔を引き攣らせながら言った。

「う…」

それに、ルークは額から嫌な汗が流れるのを感じた。

「と言うか…この惨状どうする気だ?」

エヴァンジェリンが冷や汗をかきながら聞くと、ルークは更に「うう…」と言った。

「せ、折角だからイルゼ君にバスターの必殺技を見せてあげようと…」

ルークが恐る恐る言うが、アレックスが呆れた声で言った。

「いやいや、あんな馬鹿みたいな必殺技使えるのリーダーだけだし…」

「自重しろよ…、結界まで壊れてたらどうする気だよ」

セバスチャンの辛らつな言葉に、ルークは崩れ落ちた。

「そ、それに関しては大丈夫だ。私の封印は学園結界を利用しているからな。私の封印が解けていないって事は、学園結界も正常だという事だ」

なんとか、崩れ落ちたルークが哀れになってエヴァンジェリンがフォローをした。
それを聞き、なんとか立ち上がるとルークはエヴァンジェリンに「ありがとう」と心の底から感謝の言葉を言った。
その姿に、エヴァンジェリンは若干引いたのは余談である。
その後、エヴァンジェリンが近右衛門に連絡したが、近右衛門はエクセリオン・ブレイカーの事で大慌てだった。
なんとか、学園結界の中の住民には気づかれる事は無かったが、学園結界外でも目撃者が居て、広範囲に忘却術を掛けなければ成らなかったのだ。
ルークは近右衛門に平謝りすると、近右衛門は「その分、イルゼを鍛えて上げて下され」と許した。
だが、その姿を見ても、目の前のルークの必殺技に、イルゼは眼を輝かせていた。
必殺技。
敵を必ず殺すと書いて必殺技。
子供達が大好きなモノ、それは必殺技。
アニメや特撮で主人公が必ず持っている物、それは必殺技。
イルゼは自分も必殺技を持とうと心に誓ったのだった。
結局、明日、ルーク騎士団全員で修行場に迎い挨拶をしてからルークとアレックス以外は先に魔法生物世界に戻る事になった。
ちなみに、この日は他の騎士団の仲間は別のエリアの警護の援護に向かっていた。
そして、アレックスはイルゼに興味を覚え、自分も稽古を付けると言い出したのだ。
それに、エヴァンジェリンとイルゼは喜び、ルークも快諾した。
そして、ルーク騎士団の三人とは寮の前で別れ、イルゼ、エヴァンジェリン、木乃香は寮に戻った。
木乃香は、ルドルフの死が余りにショックで記憶が飛んでしまったらしかった。
そして、イルゼは明日の修行に気合を入れた。
疲れ果てた三人は風呂に入るとそのまま夕飯も食べずにベッドで泥の様に眠ってしまうのだった。





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