第33話『クラスター』


イルゼは、修行場の茶室の縁側で、只管に目を瞑り無心になろうとしていた。
この一ヶ月間、修行はこれのみだった。
ただ只管に空気中に含まれる魔力を感じる為の修行。
何も考えないのではない。
何もしないのではない。
自分を無にする修行。
最初は、周囲の風の音が気になった。
次に、自分の呼吸の音が気になった。
そして、自分の心臓の鼓動が気になった。
だが、この日はそこで終わりではなかった。
今までは、心臓の鼓動の音が気にならなくなり、一瞬だけ周りの違和感を感じられる程度ですぐに雑念が入った。
だが、イルゼは肌を掠るナニカを感じ、徐々にナニカを感じ始めていた。
完全体への一時的な進化。
それが、イルゼの感覚を研ぎ澄ませた。
イルゼには、昨日の記憶が残っていた。
自分では止める事の出来ない狂気。
憤怒と憎悪に身を焼かれ、自分の意思ではないナニカに突き動かされた。
そして、ケルベロモンへの進化はイルゼに思わぬ力を授けた。
それは、ある種の野生の開放。
その時に、ケルベロモンとなったイルゼは確かに感じたのだ。
自然に満ちている力を、空気中に漂う存在を。
静かに呼吸しながら、感覚を呼び起こす。
本来なら思い出したくは無い記憶。
だが、それ以上に強く心に灯した信念の炎は、イルゼに勇気を与えた。
弱い心を締め出し、嫌な記憶を呼び起こし、それを糧とする。
帯の様な力の流れ。
漠然としか感じ取れないソレを、徐々に明確なモノとして感じる。
体中に穴が開いているイメージを作り出す。
そこに、周囲の力を流し込もうとイメージするが、雲を掴む様に力は擦り抜けてしまう。
修行の第一段階にようやく入ったが、イルゼはそこから進むことが出来なかった…。
イルゼの力は大気に宿るマナを無意識に取り込むことで自分でも技を使える。
そして、木乃香がデジヴァイスによって最初から魔力をデジモンの力に変えて供給する事で進化や技の強化が可能となっている。
イルゼは只管目を閉じ、マナを取り込む修行を続けた。
少しでも、強くなる為に。

木乃香の修行は、魔力の制御に重点を置いている。
三位一体の魔法の失敗が、木乃香にこれまで以上のヤル気を持たせた。
エヴァンジェリンに褒められた事で逆上せ上がっていたと感じたのだ。
杖を振るい、「アクア。水。」の呪文を唱え、徐々に制御の精密さを上げている。
幾つもの大きさの違うコップに、その大きさに合った分だけの水を発生させる修行だ。
既に、100を終えながらも集中を乱さない木乃香の実力は並みの魔法使いを凌駕していると言える。
だが、木乃香は満足できなかった。
結局は一つの種類の魔法であり、使い慣れた「アクア。水。」の呪文しか使っていないからだ。
エヴァンジェリンは1000を集中を切らずに出来れば修行は完了だと言った。
木乃香は更にコップの中に水を入れていく。
お猪口程の大きさから、バケツ並みの大きさまで。
それをタイムラグを殆ど無くして満たしていくのだ。
最初の一週間は10を満たしてへたり込んだ。
2週間目で50を越え、喜んだ。
3週間目で100を越えた。
そして今、木乃香は200を越えて尚満足出来なくなっていた。

二人の修行の間、エヴァンジェリンは次の段階の修行を考えていた。
二人の成長速度は正直言えば化け物レベルだ。
木乃香の魔力操作も素晴らしい。
そして、イルゼが本当に一ヶ月でマナを感じられ始めた事にエヴァンジェリンは驚愕していた。
恐らく、二人の修行は夏休みに入る頃には第一段階を終えるだろう。
その間に、イルゼには今度来る『ルーク騎士団』に稽古を付けてもらえる約束だ。
バスターの中でも人格に優れ、最強のバスターと謳われているルーク騎士団のリーダー・ルーク・ベレスフォード。
彼に稽古を付けてもらうことが出来るのはこの上ない幸運だろう。
エヴァンジェリンは、最初に木乃香の修行プランを作成していた。
木乃香に教える大まかな修行の流れは、シングルアクション魔法を教え、始動キーを作り、始動キー魔法を教える。そして、陰陽術の修行に入り、十二
天将を作り出す。
そして、各地の神々に力を借り受ける契約をさせる。
それが流れだ。
そして、イルゼの修行はとにかくマナの吸収を可能な限り続ける事だ。
そして、それが安定してきたならばとことん戦闘訓練をこなしていく。
戦闘の空気を知り、死を直感し、経験を積む。
イルゼが魔法や気を使った戦術を使えない以上、イルゼは数少ないイルゼだけの技を有効活用する戦闘方法を編み出さなければならない。
そこで、ふとエヴァンジェリンは思いついた。
もう直ぐこの学園に来る紅き翼の一人の事を。
アルビレオ・イマの他にもう一人。
高畑.T.タカミチ。
奴ならば時間が空けばイルゼと稽古するよう頼めるかもしれない。
エヴァンジェリンはそう考えると、イルゼと木乃香が学校に行っている間に近右衛門と相談しようと決めた。
三人の日曜日はこうして過ぎ去っていくのだった。

翌日、手塚や零弦、学やフェイといったイルゼの友人達は、イルゼの様子が元に戻っているのを見て胸を撫で下ろした。
何があったかを聞くなどという無粋な行いを誰も犯す事はなかった。
そして、掃除当番となったイルゼは前の席に座る英字と共に箒で床を掃いていた。
そして、ゴミを捨てて矢部が帰宅の許可をすると、イルゼは廊下で待っていた学とフェイと一緒にミス研に向った。
そして、ミス研の部室に入ると、部室の壁際に70インチの大きすぎるくらい大きいパソコンが置いてあった。
そして、三人が入ると、いきなり千里がイルゼの手を取るとパソコンの前に並べられたソファーに座らせ肩を掴んだ。

「遅い!!」

射殺さんばかりの目付きでイルゼを睨む千里に、イルゼは訳がわからなかった。

「え?え?いや、俺掃除当番でようやく終わってすぐ来たんだけど…」

イルゼがそう言うと、フンッと千里は鼻を鳴らした。

「まったく、アンタが持ってきたCDの中身を見れるパソコンが漸く来たのよ!一応、持ち主だからアンタが来るのを待ってたわけ!まったく」

グチグチと言う千里に呆然としつつ、イルゼは旅行の前に千里に渡しておいたCDの事を思い出した。
そして千里はPCを起動すると、CDをセットした。
すると、画面の中に四角い箱が現れるのを見てイルゼは首を捻った。
パソコンに関しては全く分からずに居ると、フェイと学もイルゼの両脇に座った。
しばらくすると、画面の箱にインストール中という文字が躍った。
青い棒が徐々に伸び、箱の中心まで伸びた頃、亜里沙が部室に入ってきた。

「チーッス!!」

バンッと大きな音を立てて扉を開け、真っ白な制服をはためかせ、亜里沙が部室に入り、ソファーの前の大きなPCのディスプレイを見てギョッとした。

「おわっ!なんだこりゃぁ??」

マジマジとディスプレイを見つめていると、千里がジロリと亜里沙を睨み付けた。

「亜里沙、そこのソファーに座っていなさい。邪魔よ」

「は、はいぃ!」

千里の眼力にビビリながら、亜里沙はイルゼの後ろに回りこみ、イルゼの頭を抱え込んだ。

「なぁなぁ、千里先輩は何やってんだ?」

亜里沙が千里に聞こえないように小声で聞くと、イルゼは少し重たいと思いながら答えた。

「この前、旅行に行く前に千里さんにCDを渡したんだよ。ちょっと調べて欲しくて。そしたら中身が多すぎて専用のPCが無いと見れないって言うから学の
会社にじいちゃんにPCを買って貰ったんだ。そんで、今はそれを見ようとしてる最中って訳だ」

「?CDの中身って、あの箱みたいなのか??」

亜里沙は殆ど端から端まで伸びた青い棒が表示されている箱を見ながら首を捻った。

「違う違う、あれはPCにイルゼの持ってきたCDの中身をダウンロードしてインストールしている状況を示した表示だよ」

「?学、何語話してるんだ?」

亜里沙が目を点にして聞くと、学はガクッとなった。

「なぁ、フェイは学の話わかったか?」

イルゼはフェイに助けを求めるが、フェイもチンプンカンプンなようで首を横に振った。

「ダウンロードとか、インストールとかって何なんだ?」

イルゼが学に聞くと、学が説明しようと口を開いた瞬間、突如PCのディスプレイから凄まじい光が迸った。

「ふえ!?」

突然の光に、フェイはイルゼの腕を抱きしめた。

「なんだなんだ!?」

亜里沙はイルゼの頭を抱えながら目を見開いた。

「??なんでPCの画面があんなに発光するんだ??」

学もわけがわからないと言った表情だった。

「く、苦しい…」

イルゼは亜里沙に首を絞められ苦しげに喘いでいた。

「おかしいわねぇ、こんな現象が起こるなんて…」

画面の光は尋常ではなく、顔を腕で覆いながら千里は眉を顰めた。
そして、光が収まると、突然、画面が消え、不思議な声が聞こえた。

「Please call a name.」

「え?」

イルゼはみんなの顔を見渡したが、学もフェイも亜里沙も同じ様に不思議そうに声の発信源を探した。
千里も目を見開いて辺りを眺めた。
ちなみに、今日は秀と輝夜は家の用事で居ない。
蓮と嵐は委員会の仕事で図書館島に行っている。
蓮と嵐は図書委員なのだ。
ボルクはひっそりと千里の傍に居たが、静かに口を開いた。

「PCの画面から聞こえたようだ」

ボルクの子供とは思えない低い声にイルゼ達は画面を見つめた。
すると、再び画面から声が聞こえた。

「Please call a name.」

機械的な音声は、イルゼにはどこかデジヴァイスから進化の瞬間に聞こえる声を思い出した。

「名前?」

イルゼは眉を顰めた。

「でも、誰の…」

イルゼの言葉に反応したかのように声はさっきとは別の言葉を発した。
コンピュータにはマイクとカメラも設置してあるようだ。

「Please call my name.」

「お前の?でも、お前は誰なんだ?」

イルゼの質問に、謎の声は答えた。

「I am a servant for person who found me.」

「?どういう事だ?お前を見つけた者の奴隷って…」

意味が分からない上に、奴隷という単語に不快感を覚えたイルゼは謎の声に問いただした。

「The person who created me made me as existence to manage the warehouse as the warehouse which stored knowledge with me.」

「つまり、図書館を管理する司書みたいなモノって事か?」

イルゼが聞くと、謎の声は「yes.」と答えた。

「じゃあ、お前の名はなんだ?それが分からなきゃお前の名前を呼びようが無い。俺はイルゼだ。イルゼ・ジムロック。お前の名前を教えてくれ」

イルゼが言うと、謎の声は「NO.」と答えた。

「なんでだ?名前を呼べと言ったじゃないか」

イルゼが首を傾げると、謎の声は再び話し始めた。

「I do not have the name. When I gave me the name, the person who made me did not give it. I follow the person who gave a reputation to me. Thus, I 
am to be a slave of the person who found me.」

「そう言う事だったのか…。ってことは、俺がお前の名前を付ければいいんだな?」

謎の声はイルゼの質問に「Yes. Please call my name.」と答えた。

「わかった、ならどうすっかな」

そうして、謎の声の名前を考えようとすると、学が「ねぇ」とイルゼに話しかけた。

「イルゼ、この声はなんて言ってるの?それに、イルゼは英語が話せたの?」

学が呆気に取られた表情で戸惑い気に聞くと、イルゼは「ああ」と答えた。

「英語は話せるよ。この声が言うには、自分を作った奴が名前をくれなかったから、名前をくれた奴に従いますって言ってるんだ。なんでも、いろんな知識
を溜め込んで、それを管理する為に作られたんだってさ」

イルゼの言葉に、学とフェイ、亜里沙は心底尊敬した風に息を呑んだ。
フェイは日本で育ったために英語が喋れないのだ。
千里とボルクもイルゼに目を見張ったが、何も言わなかった。

「それで、名前は何にすっかなぁ」

イルゼが聞くと、学が「そうだねぇ」と口を開いた。

「コンピューターのデータを管理するって感じなのかな?それとも、ネットワーク上でデータを管理するのか、幾つものコンピューターを管理するのか。…
そうだ、コンピューター・クラスターから取ってクラスターなんてどうだい?」

「クラスター?」

イルゼの頭を抱くようにしている亜里沙が首を捻ると、学が言った。

「クラスター。コンピューター・クラスターは幾つものコンピューターを管理するシステムの事でさ。色々な情報を管理するっていうこの声と似ている感じが
しない?」

学が聞くと、イルゼが「よくわかんねぇけど」と言って口を開いた。

「クラスターか、なんかかっこいいな。よし!それで行こう。いいな?」

イルゼが皆に聞くとフェイと亜里沙は構わないと言い、千里とボルクは「持ち主はアンタだからね。好きにしなさい」と素っ気無い返事を返してくれた。

「よし、お前の名前は『クラスター』だ」

イルゼが言うと、謎の声、学が考え、イルゼが名付けたクラスターは答えた。

「Thank you. I register "cluster" as my name. Please decide a password to start me successively.」

「パスワード?」

イルゼが首を捻ると、フェイが首を傾げた。

「イルゼ君、クラスターは何て言ってるの?」

「ん?ああ、なんか次は自分を起こす為のパスワードを決めてくれってさ」

イルゼが言うと、フェイは小首を傾げ可愛く「パスワード?」と言った。
それに学が答えた。

「パスワードは簡単に言うと鍵の事だよ。パスワードを入力する事で多分クラスターを起動。つまり、目覚めさせる事が出来る様になるんだと思う。何か覚
えやすい言葉で考えてみるといいよ」

学の言葉に、イルゼは悩みながら「ううん」と唸った。

「学、何か無いか?」

イルゼが頼みの綱の学に聞くと、「そうだなぁ」と学は顎に手をやった。

「Cogito, ergo sum.なんてどうだい?」

「コギト・エルゴ・スム?」

イルゼが「なんだそりゃ?」と聞くと、学が答えた。

「この前、夕映ちゃんが面白い哲学の本を貸してくれてね。数学者で哲学者でもある。ルネ・デカルトが著書の『方法序説』っていう本の中で提唱したん
だ。意味は、『我思う、故に我あり』。元はフランス語で『Je pense, donc je suis.」って言うんだけど、デカルトと親交があったメルセンヌ神父がラテン語に
訳してね。今ではそっちの方が英和辞書にも乗るほど有名になったんだ。自分が今ここで考えている。それこそが自分の存在のこれ以上ない証明であ
る。そういう意味なんだ。自分を肯定する意味だね」

学の言葉に、少し頭が混乱したが、それでも、少しだけイルゼには思う所があった。
自分の存在の肯定。
デジモンで無くなりながらもデジモンに進化し、人間としても不安定な自分。
時々、不安になる事がある。
だが、確かに今自分がこうして考えているのは自分がここに居るこれ以上ない証明だな。
そう、考え気が楽になった気がした。

「うん、気に入ったぜ。クラスター、パスワードは『コギト・エルゴ・スム』だ」

「The consent. I registered "cogito, ergo sum" as a password. It starts.」

そう言うと、再び画面が明るくなり、画面の中に、不思議な緑色の光の羅列が巡り、その中心に全身が銀色の人型の胸から上の部分が映し出された。
目は赤く光り、所々に金色の縁取りがされている。
耳はアンテナのようになっていて、その周りを光がサーキットを走るかのようにカクカクと速いスピードで動いている。

「Hello Ilse.」

その声に、イルゼ達はその銀色の人型がクラスターなのだと理解した。

「お前が…クラスターなんだな?」

イルゼが聞くと、クラスターは「yes.」と答えた。

「なぁ、日本語で話せないか?フェイや学や亜里沙にはわからないらしいからさ」

「I understood it. Please wait slightly. I download translation software through the Internet and install it. And I unify software and make an original 
translation program and start.」

「よくわかんねぇけど頼むよ」

少しの間、クラスターがスキー用のサングラスの様なモノを装着し、翻訳プログラム作成が完了するのを待った。

「Completion.お待たせしました」

発音が少し変ではあるが、クラスターが日本語を話すのを聞きフェイ達は胸を撫で下ろした。

「なるほど、中々のプログラムね。興味深い…というより明らかにオーバーテクノロジーねぇ、本当は出所を聞きたいけど、まぁいいわ。人工知能なんてさ
すがに私でも調べようがないし、後は好きにしなさい。中身が見れただけで私は十分だし」

そう言って、千里とボルクは部室から出て行ってしまった。
秀達が居ないから居ても仕方がないと思ったからだ。
そして、残ったイルゼ、学、フェイ、亜里沙はドキドキしながらクラスターに質問をした。

「なぁ、クラスターはどんな事が出来るんだ?」

イルゼが聞くと、クラスターは喋りだした。

「私はデータバンクです。あらゆる知識を内包しています。 何かご質問はありますか?」

クラスターの質問に、イルゼ達は「そうだなぁ」と考えた。

「そうだ!なぁ、麻帆良の七不思議についての情報はあるか?」

亜里沙が思いつきで言うと、学が呆れたように口を開いた。

「そんな情報あるわけ…」

「あります」

「あるの!?」

クラスターが当然のように言い、学は眩暈がしてしまった。

「麻帆良学園に存在する七不思議に付いてのデータベースは未だ不完全ですが、人の噂程度のレベルは情報を収集してあります。『第一の不思議・謎
の出席番号一番』に関してのデータはある程度集まっています。ご覧になられますか?」

クラスターの質問に、イルゼ達は顔を合わせると首を横に振った。

「いや、今日はいいよ。明日、皆が集まったら改めて教えてくれ」

イルゼが代表して言うと、クラスターは「かしこまりましたイルゼ」よ答えた。

「それでは、私はスリープモードに移行します。パスワードをPCに向って言って頂ければ再び再起動しますので、それではさようなら」

そう言って、クラスターは画面をブラックアウトさせた。

「にしても凄いな。テレビで見たことあるけど人工知能って言うんだろ?」

イルゼの言葉に、学は冷や汗を掻いた。

「っていうか、人工知能はありえない技術なんだけどね…」

「?どういうことだよ?」

亜里沙が首を傾げると、学は咳払いをして「いいかい?」と口を開いた。

「ある程度の設定された命令なら、そこから推論して行動出来るAIは存在するんだ。だけどね、クラスターレベルの人工知能ははっきり言ってオーバーテ
クノロジーなんだよ。千里先輩が言ったようにね」

「何が言いたいんだ?」

イルゼの問いかけに、学は順を追って説明した。

「クラスターは、君の質問を翻訳ソフトを作る前に日本語なのに理解しただろう?自分は英語を喋っていたのに。それは、恐らく解析機能が凄いのかもし
れないけど、問題はその後さ、日本語を喋れるか?イルゼのその質問だけで自分でプログラムをダウンロードして解析して改造してまったくオリジナルに
組み替えてしまった。そして、君の質問に間髪なく答えられるだけの知性があった。あそこまで高度なAIは現代じゃいくらなんでも不可能さ。3年前に国家
事業で570億円も費やして第五世代コンピュータ、つまりは並列して幾つもの推論をして高速で処理できる次世代の更に先を行くコンピューターを作ろう
として失敗した。いいかい?国家が集めた優秀な学者が570億円なんて大金使ってまで失敗したんだよ?それなのに、クラスターの能力はちょっと見た
だけでもその更に上を行っている。会話を成立させてあんな高速で返答できてすぐに新たなプログラムを作れるなんて異常さ。あんなのどっから持ってき
たんだい?本当に。あんなのがそこらへんに落ちているなんて言ったって信じないからね?」

学がジトッとした目で見てくるのでイルゼが困った顔をすると、フェイが「いいんじゃないかな?」と言った。

「クラスターは悪い人じゃないと思うよ?」

フェイの言葉に、学は一瞬呆気に取られた顔をした。

「いや、そう言う意味じゃなくてね…。はぁ…。まぁいっか。余程不味いのだったら千里先輩が分かるだろうし」

それから、三人は寮に帰り、それぞれの部屋に戻った。
別れ際に、亜里沙とフェイにお別れのキスをすると、二人は嬉しそうに部屋に戻っていった。

「それじゃあまた明日ね。イルゼ」

「おう!」

学とも別れ、イルゼはエヴァンジェリンと木乃香の待つ部屋に戻った。
そして、翌日の午後に、部室には秀達も含めて部員全員が揃っていた。

「そんで、クラスターって名付けたのか?」

「おう!」

イルゼ達は昨日の事を秀達に熱心に話した。
秀と蓮、嵐は興味津々に聞いて、輝夜は穏やかに微笑みながら話を聞いていた。

「そんじゃ、早速クラスターさんとやらを起こせ、イルゼ」

「おう!」

そして、真っ暗な画面に向って、イルゼはパスワードを叫んだ。

「コギト・エルゴ・スム!」

すると、クラスターの声が響いた。

「音声認識、登録者のイルゼ・ジムロックと判別。パスワード認証。起動します」

そう言うと、画面が明るくなり、クラスターの姿が現れた。

「こんにちは、イルゼ」

画面の向こうから挨拶するクラスターに、イルゼも返事をした。

「おう!こんにちはだクラスター。皆を紹介するよ」

そう言うと、イルゼは一人一人を指差して紹介を始めた。

「こっちが伊集院学で、こっちがフェイ・アリステア・エバンス。こっちは寿亜里沙で三人は俺の親友だ」

イルゼの紹介に、三人とも嬉しそうに頷いた。

「伊集院学だよ。よろしく」

「フェイ・アリステア・エバンスです。よろしく」

「アタシは寿亜里沙だ!よろしく頼むぜ」

三人がそれぞれ挨拶すると、クラスターも返事をした。

「学、フェイ、亜里沙ですね?昨日はキチンと挨拶をせず申し訳ありませんでした。こちらこそよろしくお願いします」

クラスターの返事に、秀達は目を見張った。

「驚いたな。本当に人工知能なのか…」

秀の呆然とした言葉に、クラスターは驚くべき反応をした。

「はい、私は人工知能という括りで間違っていません。よろしくお願いします」

「お、おう。俺はここ、ミステリー研究部、略してミス研の部長の暁秀だ。よろしくな」

「よろしくお願いします秀」

次いで、秀は傍らの輝夜の肩を抱いた。

「こっちは俺の嫁さんの天王寺輝夜だ」

秀の言葉に全く表情を崩さずに、輝夜は「よろしくお願いします」と言った。

「よろしくお願いします輝夜」

それから、蓮と嵐がそれぞれ自分を指差して自己紹介をした。

「私は武藤蓮って言うッス!!よろしく頼むッス!!」

「俺は嵐、蓮の弟だよ。よろしく!」

「よろしくお願いします蓮、嵐」

そして、秀が千里とボルクを紹介したが二人は挨拶しようとはしなかった。
クラスターは二人にも「よろしくお願いします」とだけ言った。

「そんじゃぁクラスター、昨日言ってた七不思議の一番目について教えてくれ」

イルゼが言うと、クラスターは「承知しました」と言って、画面の中に別の画面を作り出し、そこに一人の少女の白黒写真を投影した。
そして、クラスターの声が説明を始めた。

「『第一の不思議・謎の出席番号一番』は、1922年に生まれ、1940年の麻帆良を襲ったアメリカ軍の空襲によって死亡した少女。相坂さよの事です」

「この少女が相坂さよなのか?」

秀の質問に、クラスターは「そうです」と答えた。

「この写真は、1937年、相坂さよが中等部を卒業する時に撮影された物です。1960年に、校舎が復興した時から、この麻帆良学園本校女子中等学校の
ある周期の1−A、2−A,3−Aのクラスの出席番号一番としてこの少女の机がいつまでも残されているそうです。更に、この相坂さよの情報にはレベル4
のセキュリティーが施されている為、現状では見る事が出来ないデータがあります」

「レベル4?」

イルゼが聞くと、クラスターは語りだした。

「インターネット上にはセキュリティーの施されたプログラムやPC、データが数多くあります。例えば、レベル1ならば一般家庭用の対ウイルス用ソフトをイ
ンストールしたPCです。レベル2ならば企業用のPCがこれに当て嵌まります。そして、レベル3は国家機密情報の保持レベルの強固さを誇り、レベル4は
ある資格を持つ者しか見る事が許されません」

「な!?相坂さよのデータは国家機密以上って事か!?」

冗談だろ?そう秀は言うと、クラスターは「少し違います」と訂正した。

「どういう事だ?クラスター」

イルゼが聞くと、クラスターは話し始めた。

「まず、レベル4はある特定の資格を持つ者ならば簡単に閲覧が可能なのです。強固さでは確かにレベル3をも越える物ですが、資格を持つものならば
簡単に閲覧出来ます」

「?その資格ってのは?」

イルゼが聞くが、クラスターは「お答え出来ません」と答えた。

「その事もレベル4の重大機密であり、公表する事は私のプログラムによって禁じられています。また、レベル4を許可無き者が見ようとした場合は刑罰に
処される場合がありますのでご注意を」

クラスターの言葉に、イルゼ達は信じられないと言った様子だった。

「なら、調べられる範囲で相坂さよの情報は入手出来るか?」

秀の言葉に、クラスターは「可能です」と言い、再びもう一つの画面を開いた。

「相坂さよの生前の情報は残念ながら生、没年のみしかわかってはいませんが、最近になり、霊体としての存在を確認したと言う情報が入っています」

「霊体!?」

蓮が眼を輝かせて叫んだ。

「霊体ってのは、幽霊とかのか?」

秀が聞くと、クラスターは「そうです」と答えた。

「収集出来たデータによると、相坂さよは何かへの強い執念により地縛霊と化して麻帆良学園本校女子中等学校の校舎に滞在しているようです」

「地縛霊!?そんなの本当に居るのか?」

秀は信じられないと言ったような言葉を発しながらもドキドキして眼を輝かせている。

「地縛霊の存在は多くの目撃情報があります。霊とは、霊能力を持つ者。つまりは超能力者が成るケースが多い存在です。超能力は、インドではヨーガ
の領域、仏教においては神通力と呼ばれ、それらは全て霊能力に置き換えられています。霊能力を持つ人間が何か強い現世に対する強い思いを持つ
場合に、現世に留まり、何時までも成仏する事ができない状況の霊を地縛霊と呼びます」

「な!?超能力者??なんだか胡散臭いな」

秀が眉を顰めると、クラスターは話を続けた。

「超能力者の存在は一般的にも多く知られています。皆さんはユリ・ゲラーを知っていますか?」

クラスターの質問に、イルゼが答えた。

「ああ、テレビにも出演したって言う有名な超能力者の事だろ?確か、日本に来たときにたくさんのゲラリーニを産み落としたって言う」

イルゼの言葉に、イルゼ以外は何の事かわからないようだった。

「ユリ・ゲラーとは、イルゼの言葉通り、多くのメディアに報道された有名な超能力者の事です。ゲラリーニとは、そのユリ・ゲラーが来日した際にテレビで
見せたスプーン曲げを、テレビを見ていた子供達が真似、本当にスプーン曲げを成功させ、超能力者に目覚めた子供達の事です」

「?でも、スプーン曲げはトリックを使えば簡単に出来るじゃないか。本当に超能力者だったかはわからないんじゃないかい?」

学の質問に、クラスターはどもることなく答えた。

「スプーン曲げのトリックを考えたのは確かにゲラリーニ達です」

「はい?」

それを聞いて、亜里沙は間抜けな声を出した。

「どういう事だい?」

嵐が聞くと、クラスターは説明を続けた。

「ゲラリーニは確かに超能力に目覚めました。しかし、それは思春期の多感な子供が一時的に超能力を使えるようになる事が多いと言うデータから推測
すると、ゲラリーニ達が目覚めたのも一時的なものだったのだと考えられます」

「待った!!思春期に超能力が使えるってどういう事だ??」

秀の言葉に、クラスターは画面の中で真っ暗な部屋に一箇所だけスポットライトを当てた椅子の映像が映し出された。

「これは、ボストンの心霊学の第一人者であるオリヴァー・デイヴィス博士の行った実験映像です」

クラスターがそう言うと、画面の中で突如椅子がガタガタと動き出して倒れた。

「な!?なんだ今のは?誰も触れていなかったのに…もしかしてポルターガイストってやつか?」

秀の言葉にクラスターは「そうです」と答えた。

「ポルターガイストは霊障、つまりは霊が引き起こすモノと、人が超能力、中でもPKと呼ばれる力で引き起こすモノがあります。そして、この実験はPKの
力に目覚めていない思春期の子供達に暗示を掛け、人為的にポルターガイストを起こさせた実験です」

「それで、見事に成功させたわかか」

嵐が感心したように言う。

「超心理学の分野では、思春期の多感な子供は、一時的にこのような超常的な力を発揮する事があると考えられています。相坂さよは丁度思春期を終
えるかどうかの時期に死亡しています。故に、霊としてこの世に残る力を得ていた可能性があるのです」

クラスターの説明に、イルゼ達は「なるほど」と納得した。
だが、それでも霊なんて言う存在は信じ難いものだった。

「他には情報はあるのか?」
イルゼが聞くと、クラスターは幾つかの写真を画面に投影した。

「これは、相坂さよと思われる人物が写りこんだ心霊写真です」

画面には、教室での生徒達の記念撮影や、何故かコンビニでの写真に写りこんでいる恐ろしげな写真が何枚も表示されていた。

「なんか不気味ッスねぇ」

蓮が恐々言うと、イルゼ達も確かにと頷いた。

「現状で分かっているのは、相坂さよの霊が何故か中等部のある周期のクラスと共に進級しては一年から繰り返しており、コンビニで目撃される事が多
いと言う事です」

クラスターの説明に、秀は「そうか」と言うと、クラスターに資料の印刷を頼んだ。
プリントアウトした資料を輝夜が纏めると、クラスターはスリープモードになり、秀が解散を言い渡した。
それから三日間は、相坂さよの情報を収集しようと、部員全員で取り組んだ。
しかし、現在のクラスメイトに当たったり、図書館島で調べても成果は出ずに一週間は無駄に終わってしまった。

イルゼがクラスターの話をエヴァンジェリンにすると、驚きながら少し調査が必要かもしれないと言った。
超能力の話に関しては問題ないらしい。

「超能力の研究は一般でも広くされているからな。霊の存在だって知られても問題は無い」

だそうだ。
霊は良くて鬼や悪魔は見つかってはいけないと言う線引きがイルゼには良く分からなかったが、ようは人を襲うかどうからしい。

そして、土曜日になり、ついに麻帆良学園に紅き翼の一人であるアルビレオ・イマと共に、ルーク騎士団がやってきたのであった。





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