第29話『魔刻』


異変に気が付いたのは少し前のことだった…。



朝―――とは言っても、もうすぐお昼になりそうだったので、秀が「飯食いに行くぞ!」と言ったので、イルゼ達は麻帆良に到着し、荷物を部室に置いてか
らレストランに向った。
そこは、レストラン・カワサキ。
コック兼店長のカワサキと言う謎の男が切り盛りするそこは、一部で卵型のナニカを見たと言う謎の怪伝説が存在するそのお店で、入って直ぐの席に座
ると、メニューを眺めながらそれぞれ食べたい物を選んだ。

「まだ部活動中って事で部費で落とすから好きなもん食えよぉお前ら」

傍若無人な秀の言葉に、歓声を上げつつイルゼは隣の亜里沙とメニューを見ていた。

「なぁなぁ、何にする?」

イルゼが聞くと、亜里沙は「うぅん」と悩みながら料理の写真を次々に指差して言った。

「エビチリもいいぜぇ。でもシュウマイもいいぜぇ」

「亜里沙は中華がいいのか?」

「そう言うわけじゃねぇけど、今なんか辛い物食べたい気分なんだぜ」

亜里沙の言葉に、イルゼも「確かにいいかもなぁ」と言いながらイルゼはチーズハンバーグランチセットに決めた。

「学とフェイは決めたか?」

イルゼが聞くと、フェイはコクンと頷き、塩の貝入りパスタを指差した。
学はエビ入りピラフだ。

「よぉし、アタシは中華麺にするぜ」

「俺はチーズハンバーグランチセットだぜ」

それぞれの注文を聞くと、輝夜が呼び出しスイッチを押して店員を呼んだ。
全員の注文を言った。
ちなみに、ドリンクはドリンクバーで飲み放題だったので、すぐに全員、と言っても秀は輝夜に持ってこさせたが、ドリンクバーで思い思いの飲み物を選ん
だ。
そして、注文した物がくるまで飲み物を飲みながら話した。

「そう言えば、学校の怪談は知ってるか?」

と、秀が切り出した。

「学校の階段??」

「階段じゃない、怪談!怪しい談話室と書いて怪談だ」

イルゼの難解なボケにキッチリと鋭い突込みを入れる秀。

「トイレの花子さんとかッスか?」

蓮がドリンクバーのアイスフロートのメロン味をスプーンで掬いながら聞いた。

「トイレの花子さん?」

フェイが不思議そうに首を傾げた。

「トイレの花子さんっていうのはね、大概の学校にある七不思議って言う怪談話の一つだよ。怪談話って言うのはわかるかい?」

学の言葉に、フェイは首を横に振った。

「まぁ、簡単に言うと学校に纏わる怖い話の事だよ」

フェイは学の言葉に、「なんとなくわかった気がする」と答えた。

「んで?いきなりどうして学校の怪談なんですかい?リーダー」

と嵐が飲み終わったイチゴフロートのコップをスプーンでチリンチリンと鳴らしながら聞いた。

「ああ、実はこの麻帆良学園にも七不思議とやらがあるらしくてな」

秀の言葉に、蓮と嵐が目を丸くした。

「マジッスか!?聞いたこと無いッスよ!?」

と蓮。

「ていうか、よしんば在ったとして、この学園に七つで収まるんですか??在るとしたら100個は超えてそうですけど…」

と嵐。
亜里沙も「聞いたことねぇなぁ」と首を捻っている。

「ああ、実はな、最近千里の奴が調べていてな。なんと!図書館島の奥地から高等部の図書館探検部が学園七不思議の本を見つけ出したらしくてな。
見つけたのが知り合いだったからコッチに回してもらったんだ。一回回し読みして調べる気は無いらしくてな。まあ、あそこは本を探す事と図書館島の謎
解明にだけ力を注いでるからなぁ」

そして、輝夜さんが部室に着いた時に、何も言わずにボルクが渡したプリントを開いた。

「千里が読み検証した所、実際に不思議に思われるモノばかりだったようです」

輝夜の言葉に、イルゼが首を傾げた。

「どういうことだよ?輝夜さん」

「まず、女子中等部の1−Aに纏わるのが一つですね」

輝夜は、プリントを捲り、『第一の不思議・謎の出席番号一番』と書かれたプリントをテーブルの上にみんなに見えるように置いた。

「これは実際に奇妙な点と言えます」

「何?謎の出席番号一番??」

蓮はわけが分からないと言った感じだ。

「これは、千里の調べでは約1960年の世界樹の22年周期を迎えた年から何故かこのクラスに出席番号一番の席に少女の名前が載るようになったそう
です」

「はぁ??なんで40年近く前の人間の席を残しとくんだ??」

イルゼは分けが分からなかった。

「ええ、それも謎なのですが、恐ろしいのはそれ以上に、この謎を深く追求した人間が過去一人もいなかったそうなんです」

「は?」

輝夜がドラマチックな口調でそう言うと、イルゼはつい間抜けな声を出してしまった。

「どういう事だ??」

イルゼが聞くと同時に、料理が運ばれてきたので、輝夜はプリントを自分の場所の脇に置いた。

「食べながら説明しましょう」

そう言いつつ、輝夜は自分の注文したクリームシチューをふうふう言いながら冷まして食べている。

「いいですか?この第一の不思議の出席番号一番は確かに、記録上にもここ数十年とまったく変らずに名簿にも載っているのです。なのに、先生方は勿
論、一緒のクラスである筈の少女たちまでもが全く気にも留めずに当然の事として認識しているのです。これは在り得ない事です。故に、これが第一の
不思議として調べる価値があると考えられるわけです」

美しい顔を僅かに興奮で赤らめさせ言う輝夜に、イルゼ達も学校の怪談に興味を覚えた。

「他には何があるんスか?輝夜さん」

と蓮が聞くと、輝夜は「ええ」と答えて、プリントの3つ目の『第二の不思議・異界の鏡』と書かれたプリントを前にした。

「第二の不思議・異界の鏡。これは現在調査中なのですが、どうも麻帆良学園内で実際にこの数十年で何十人もの人間が行方を眩ませている事が分か
ったのです。それも、不思議な事に、ある周期を持って。これはもう少し調査をしたら報告しますね」

「異界の鏡…」

フェイはどこか思う所があるのか、そう呟いた。
そして、輝夜は一枚目に戻った。

「第三から第六の不思議は現在調査中ですが、『第三の不思議・語らずの赤マント』、『第四の不思議・合せ鏡の回廊』、『第五の不思議・血のバレンタイ
ン』そして、『第六の不思議・裏鬼門の封印』です」

「あれ?七不思議目は?」

学が聞くと、輝夜は首を横に振った。

「これは、書物に書かれていたのですが、七不思議の七番目は謎とされているのです。『七つの謎、全て解き明かされしとき封印が解ける』そう書かれて
いたそうです」

「封印?」

ハンバーグを食べ尽くしたイルゼが首を傾げた。

「ええ、それが何なのかはわかりません。ですが、謎の出席番号一番、異界の鏡、それに、他の謎も、調べてみれば不思議な事が起こると思うのですよ」

「そう言う事だ。だから、これからミス研の方針はこの学校の怪談・七不思議を追う。文句はないな?」

秀はニッとそう言うと、誰からも反論は無く、むしろ興奮している面々に満足そうに笑いかけた。

「よし!じゃあ、まずは『第一の不思議・謎の出席番号一番』の謎を追うぞ。来週から調査開始だ。とりあえず今週は確り休んでおけ。一気に忙しくなる
ぜ」

ニッと笑いながら言う秀に嵐は「面白くなってきたぁ!」と歓声を上げた。
そして、部室に戻り、イルゼはちょうど図書館探検部の泊まりの探索を終える筈の木乃香を迎えに行こうと、一緒に歩いていたフェイと学と亜里沙に別れ
を告げようとした。

「んじゃ、俺これから木乃香を迎えに行くからさ。後で部屋に来いよな!ばあちゃんがきっとご馳走用意してくれてるだろうからさ!」

そう言って駆け出そうとしたとき、学の口から背筋が凍る言葉が放たれた。

「?ばあちゃん?イルゼのお婆さんが寮に来るのかい?」

まるで、イルゼがエヴァンジェリンの事をばあちゃんと呼んでいる事を忘れたかのような言葉だった。

「は?何言ってるんだよ?ばあちゃんだよ、いつも木乃香やフェイと一緒に料理してるさぁ」

「??何言ってるんだいイルゼ?君は木乃香ちゃんと二人部屋じゃないか」

学の言葉に、イルゼは何かがおかしいと悟った。
咄嗟に、イルゼはフェイの顔を見た。
すると、フェイも困ったような顔をしていた。

「な、なあ…、フェイ!お前はわかるよな!一緒に料理してたんだからさ!」

どこか、切羽の詰まったイルゼの言葉に、フェイは混乱しながら、首を横に振った。

「ねえ、イルゼ君…どうしたの?ばあちゃんって誰なの?イルゼのお婆さんの事?」

「な!?…何言って…」

イルゼはヨロヨロと後ろに退いていった。
その様子に、亜里沙も様子がおかしいと口を開いた。

「おい、どうしたんだよイルゼ?ばあちゃんって誰の事言ってるんだよ?」

亜里沙も朝の登校で一緒に歩いた筈なのに、イルゼがばあちゃんと呼んでいるのを聞いた筈なのに、まるで分けが分からないと言う。
イルゼは全身を恐怖で塗りたくられた気がした。

――なんだよ…これ?

「なあ…冗談だろ?嘘だよなぁ!なんで、なんでばあちゃんの事知らないみたいに!!」

イルゼは足がふらついた。
現実感が薄れて行く。
吐き気がする。

――なんでだよ…。

――なんで…なんで…なんで!!

「なんでだよ!!」

イルゼの叫びに、悲痛なモノを感じ、亜里沙とフェイはイルゼに駆け寄った。

「落ち着け!!どうしたってんだよイルゼ!!」

亜里沙が半狂乱になっているイルゼを背中から抱すくめる様にしておし留めようとしながら言った。

「落ち着いてイルゼ君!!」

フェイもイルゼの腰に抱きついて動きを止めようとした。
学は、イルゼの言葉を何度も反芻した。

「イルゼ、ばあちゃんって誰の事なの?僕達の知っている人なの?」

学は、イルゼが狂ったとは思えなかった。
本当に、自分達が忘れてしまったことに愕然としていると言った感じだと考えた。

「だからばあちゃんだよ!!エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!!俺と木乃香のルームメイトで、いつも料理作ってくれるじゃんか!!」

「エヴァンジェリン…」

その瞬間に、イルゼは何かを思い出しかけた。
だが、次の瞬間に、突然霧に撒かれたように記憶から霧散してしまった。

「な!?なんで!?知ってる筈なのに!!」

その事に、学は取り乱してしまった。
一瞬でも思い出しかけたという事実は覚えているのだ。
それが突然、霧に掛かったようにエヴァンジェリンと言う名を初めて聞いたかのような気持ちになった。

「なんで、なんで、なんで!!」

学が頭を抱えて蹲ると、フェイと亜里沙もイルゼから離れて頭を抱えていた。

「なんで…今、思い出しかけたんだぜ!?」

亜里沙も愕然としていた。

「誰、誰なの?なんで、思い出しかけたのに…」

フェイも、恐ろしい気持ちになった。
今、思い出しかけた。
それを、イルゼ以外は思い出せないのだ。
名前は分かっているのに、思い出せない。
思い出しかけたのに、初めて聞いた気がする。


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頭がどうにかなりそうになった。
そして、あまりの恐怖に、フェイも亜里沙も学までもが気を失ってしまった・

「な!?みんな!!」

イルゼは慌てて駆け寄るが、学達は気絶したままだった。
結局、イルゼは、偶然に近くを通った矢部に助けを求めた。
矢部が、学と亜里沙を抱きかかえ、イルゼがフェイを背負い、寮に向うことになった。
矢部は管理人の夢水に医者を呼ぶように言うと、フェイと学と亜里沙を学達の部屋に連れ込み、医者を待った。

「ここは私が見ている、君は部屋に戻りなさい」

矢部がそう言い、イルゼはどうしても気に掛かることがあったので学達を一回ジッと見てから外に出た。
一瞬、そのまま部屋に戻ろうかと思ったが、先に木乃香を迎えに行くことにした。
何が起きたのか分からなかったからだ。
イルゼが急いでPHSで木乃香に電話を掛けると、木乃香は既に初等部の駅に着いたそうだ。
イルゼが駅に向って走ると、その途中で木乃香と夕映、のどか、ハルナに出会った。

「木乃香!!」

イルゼが駆け寄ると、木乃香は嬉しそうに手を振った。

「イルゼ!!」

そして、イルゼは夕映やのどか、ハルナにも挨拶をした。

「久しぶりだな、皆」

「ひ、久しぶりイルゼ君」

とのどか。

「久しぶりですねイルゼ、どうしたのです?そんなに慌てて」

と夕映が若干驚いたように言った。

「ははぁん、さては愛しの木乃香に会いたくて居ても立っても居られなかったにゃぁ?」

ハルナはイヤラシイ声でそう言ったが、イルゼは相手にせずに木乃香の手を取った。

「木乃香、来い!!」

「え??イルゼ??」

イルゼの突然の行動に、木乃香は目を丸くした。

「ばあちゃんが大変なんだ!!」

その言葉で、木乃香の目の色が変った。

「どういう…事?」

木乃香がイルゼに聞くと、夕映が口を開いた。

「どうしたのですか?イルゼのお婆様に何か?」

そう言ったのである。
木乃香は目を丸くして夕映を見た。

「こういう訳だ。なんでかわかんねえけど、学達もなんだ。とにかく来てくれ!」

「え?どういう事ですか??」

「ごめん夕映!説明してる時間ないんや!!ごめんな!!」

木乃香は一気に緊急だという事を悟り、急いでイルゼと共に走り出した。
そして、二人が部屋に飛び込むと、エヴァンジェリンの姿が無かった。

「な!?ばあちゃん!!」

靴を脱ぐ事もせずに、イルゼは部屋を見渡し、洗面所、風呂場、トイレ、寝室を見て回ったが、どこにも居なかった。
倉庫も見たが、どの部屋にも居なかった。
イルゼと木乃香は嫌な予感に泣きそうになりながら最後の砦である修行場に向った。
洗面所を横切り、扉を開いて、小屋から出ると、草原には誰も居なかった。
ログハウスの中を見ても誰も居ない。
イルゼがいつも修行している場所にも誰も居なかった。
木乃香とイルゼは気が狂うほどの感情の波に襲われたが、ギリギリで我慢した。

「イルゼ…もしかしたらこの修行場のどこかに居るかも…進化して一気に探すで!」

「ああ、頼む木乃香!!」

イルゼは木乃香に背を向けながら叫んだ。
木乃香がポケットからデジヴァイス・アクセルを取り出すと、魔力をこれでもかと言うほどに篭めた…そして、暗黒の風がイルゼの周囲を取り囲んだ。
風が吹き荒れる中、現れたのはサングルゥモンではなかった…。






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