第28話『旅行・二日目と…』


窓の外には満天の星空が見える。
ペンションの談話室で四人の影が暖炉の炎によって背後の壁に投影される。
夕食後に、ペンションのオーナーが暖炉で焼いて食べられるお菓子や果物をくれたのだ。
焼いて中がとろけて外がサクサクとなったマシュマロ、甘さが際立つリンゴ、串刺しパイナップルもある。
暖炉の前の柵に、串に刺したお菓子を刺して、トランプに興じているのはイルゼ、学、フェイ、亜里沙だった。
少し前まで、蓮と嵐もいたが、秀と輝夜と明日の打ち合わせがあるからと秀達の部屋に引っ込んだ。
陽炎の如く揺らめく火が心を落ち着け、適度に焼けたお菓子やフルーツに舌堤を打ち、四人は仲良く遊んでいるのだった。
四人は何時しか絨毯の上で眠りについてしまっていった。
暖かな空気と適度な満腹感に身を委ねて、ペンションのオーナーが朗らかに笑いながら起こさないように奥さんと共に部屋のベッドに運び込んだ。
ベッドの脇の荷物に名札があり、それを見ながら子供達を寝かせて布団を掛ける。
イルゼのベッドはロフトにあるのでオーナーは起用にイルゼの体を片腕で持ちながら起こさないように登ると、ベッドに寝かせた。
なんとも愛らしい子供達の寝顔に、オーナーも奥さんもお互いに見つめ合いながらクスクスと笑って部屋を出た。
天窓の先に満月の輝きが顔を出し、子供達を見守っている。
空気が綺麗で、夜に輝く光源が清里の地上には数える程度、それ故に夜天の空は驚くほどの輝きを放つ宝石のようだった。


翌日の朝、イルゼが天窓より降り注ぐ太陽の日差しに眩しくて目を覚ますと、何処からか香ばしい香りがイルゼの鼻腔を擽った。
イルゼは急いで黒の長ズボンを履いて白のポロシャツを着ると、靴下を履いて梯子を降りた。

「朝だぞ、起きろぉぉ!!」

イルゼは起きたばかりだと言うのにペコペコのお腹に我慢ならず、みんなを起こした。
イルゼの大声に、フェイと学は直ぐに目を覚ました。

「んふ、えっと…。あっ!おはようイルゼ君」

フェイが少し跳ねてしまった栗色のフワフワな髪が前髪に掛かるのを気にしながらイルゼにチャーミングな笑顔で言った。
学は、すぐ脇の小机の上の電気スタンドの下に置いてある眼鏡を掛けて声の主を捜し当てた。

「やあイルゼ。ん〜、いい香りだね。もう朝ごはんかな?」

学もペンション全体を包むような芳醇な香りにお腹を空かせつつ言った。

「おはようフェイ!多分そうだと思うぞ、学」

二人に返事を返すと、イルゼはフェイの頬におはようのキスをして、フェイも嬉しそうにイルゼの頬にキスをした。
そして、イルゼは未だ目を覚まさずに布団を抱き枕のように抱きしめて幸せそうに涎を頬に垂らしている何時もは銀色のリボンで頬を伝っている髪を結
んでいるが今はタップリした金髪を派手に広げている。
涎が零れていなくて、寝相が良ければ御伽噺のお姫様と言われても驚かないほど愛らしい寝顔を見ても、イルゼは情け容赦無く、亜里沙から布団を引
き剥がした。

「ギニャアアアアアァァァァァ!!」

暖かい布団の温もりが一瞬で無くなり、その代わりに冷えた外気に身を晒し、余りの事に亜里沙は飛び起きた。

「おっし、起きたな亜里沙!おはよう!」

頭が目覚めていないのか、亜里沙は辺りを何度も見回して、それからイルゼに視線を向けた。

「えっと、あれ?おはよう?あれ?」

何があったのか分けが分からなくなり、亜里沙は首を傾げるだけだった。
イルゼの悪行に気が付いている二人は何も言わず、学は黒のスウェットパーカーと青のジーンズを履き、フェイはイルゼがハイテンションな店員と共に選
んだ服の一つである、モン族の折り返しプリーツスカートに足を通し、スカートに合わせた深い色のVネックと店員がおまけしてくれたふんわりメッシュのス
トライブのショールを首に巻いた。
起きた亜里沙も、白のタートルネックに着替え、2wayチェックジャンパースカートに足を通し方紐に腕を通した。
白の靴下を履き、黒のキャスケットを被った。

「んじゃ、行くか」

イルゼの言葉に皆頷き、階下へと降りて行った。
すると、食堂には既に先輩達が席に座っていた。

「おっ!来たッスね!今、呼びに行くところだったッスよ!」

蓮がニコヤかに笑いかけてきて、イルゼ達も「おはようございます」と言って席に座った。朝食はコンガリと焼いたクロワッサンにジャムを付けて食べ、コ
ーンポタージュで体を温めた。
目玉焼きも黄身が確り半熟で、付け合せのポテトサラダとトマトも新鮮で素晴らしい味だった。

「昨日言ったとおり、今日は変り種自転車に乗ってからお昼に登山だ。ちなみに、登ったらお弁当を食べるぞ」

食事が終わり、デザートのイチゴのパンケーキを食べながら、秀の言葉に、イルゼの耳がピクピクと動いた。

「弁当…、弁当!!」

突然叫びだしたイルゼに、秀は「そうだろう、そうだろう!」とうんうんと頷いている。

「ど、どうしたのイルゼ?」

学がビックリドッキリと言った感じで聞くと、イルゼは興奮した面持ちでビシッと学を指差した。

「何言ってるんだね!!弁当だぞ!!弁当を山で食べるんだぞ!!これが興奮せずにいられるか?!」

イルゼの言葉に、「まったくだぜ」と亜里沙も頷いているのを学は信じられないモノを見たかのような表情で見つめた。

「テンションが低いぞ学ぅ!!」

「何時の間にか後ろに回っていた青髪の嵐が学の両手を取って立たせた…ッス!」

「わぁい!!なんか小説の字の文みたいな台詞だな!!」

桃色髪の蓮の説明口調の言葉に心底楽しそうな笑顔のままに嵐は言った。

「えへへ」

と嬉しげに笑う蓮。

「褒めてないと思うぞ」

それを秀が呆れて見ている。

「学、弁当を山で食べる。この楽しさがわからんのかね?」

イルゼが右目をキランと光らせて学の頬を押しながら聞くと、学は「はぁ?」と言った。

「そう、自然を満喫しつつ、友達と囲って、ちょっと冷えた食材で硬くなったご飯と共に食べる!!」

「そんな事より、山頂で何か買ったほうが熱々を食べれるんじゃないのかい?」

呆れたような目をイルゼに向ける学。

「わかってないぜ、学!!」

そこに、亜里沙がイルゼが押している学の頬とは逆の頬に人差し指を突き立てた。

「お弁当の魔力をわかってないぜ!お弁当はな、言ってみれば遠足の必需品!!弁当と言う存在そのものが既に遠足を満喫する上での必須アイテ
ム!!たとえ、ちょっと冷たくなってて、ついでに山頂だから吹く風が冷たくて体を震わせる事にもなるだろうさ!!それでも!!弁当は不思議とこの世
のあらゆる贅沢を尽くした料理以上に味わい深い存在となるんだぜ!!!」

亜里沙のわけの分からない演説に、イルゼと秀、蓮と嵐はうんうんと頷いている。

「えっと…、何言ってるのかサッパリだよ…ねぇ、フェイ?」

学はどうにかフェイに助けを求めると、フェイは何故かトリップしていた。

「って、フェイ??どうしたんだい??」

学の声に、みんなの視線が集まると、フェイははっとして我に返った。

「えっと、あの…僕、お弁当を皆で食べるのって楽しそうだなって」

その言葉に、イルゼは「そうだろう、そうだろうさ!!」と大袈裟に頷いた。

「ふふふ、変り種自転車でタップリお腹を空かせれば最高に弁当が美味しくなるぞ!と言うわけで、自転車で行くから小さい鞄に貴重品とタオル程度だけ
入れて玄関に来い。わかったな?」

秀の言葉に、学が「あれ?」と疑問の声を上げた。

「自転車?」

学の疑問に、後ろで学の頭に顎を乗せたまま寛いでいた嵐が学の頭の上で口を開いた。

「ふふふ、昨日暖炉前で遊んでたときに僕達は先にリーダーの部屋に行ってただろう?」

ちなみに、嵐がいつも大音量の声で話すのはその方がテンションあがるかららしく、別に何時も大音量なわけではないと昨日話していた。
そして、蓮が秀をブチョーと呼ぶのに対して、嵐はリーダーと呼んでいる。

「そん時にさ、輝夜さんが自転車の手配をしてくれてたんだよ。今日は自転車三昧だぜ?」

そして、蓮が首を突っ込んできた。

「し・か・も!今日は夜は温泉に行くんだよぉ!!」

蓮の言葉に、イルゼは目を丸くした。

「温泉!?」

「そう!!この近くにアクアリゾートって言うのがあってさ!!輝夜さんがキッチリ予約しておいてくれたんスよぉ!!」

蓮の言葉に、イルゼ達は輝夜さんを見て「おおぉぉぉ!!」と歓声を上げた。

「フフ、ついでにもう一つトビっきりのドッキリを用意してますからね」

優しそうにふわっと笑いながら輝夜さんはそう言った。
その言葉に、イルゼ達は一刻も早く出かけたくなり、残りのデザートをかき込んだ。

ショルダーバッグを肩に掛け、イルゼは学達と共に玄関に出た。
すると、ペンションの前にはカッコいいマウンテンバイクが並んでいた。
だが、イルゼはフェイが顔を青褪めている事に気が付いた。

「どうした?」

イルゼが聞くと、フェイは小さな声で言った。

「僕、自転車に乗れなくて…」

その言葉に、イルゼは目を丸くした。
イルゼは、修行時代に兄弟子の妹に「その歳で自転車に乗れないとは情けないじょ!ちゃんと練習しなきゃだめだじょ!!」と大声で笑われ、兄弟子に
頼んで自転車の練習をしたが、そんなに苦労せずに乗れるようになった。
ちなみに、兄弟子の妹はイルゼが最も苦手とする存在になった。
イルゼは、自転車の中に、後ろに人を乗せられるのを見つけた。

「よっし、なら俺が乗せてやるよ!フェイなら軽いし問題ないぜ」

親指をグッと突き上げて見せ、そう言うと、フェイの顔は一気に晴れた。

「う、うん!ありがとう!」

「にしても、変り種自転車ってどんなのだろうな?」

イルゼは秀達を待ちながら予想を膨らませていると、中から凄い荷物を背負った輝夜が出てきた。

「か、輝夜さん?その荷物は…」

自分の身長ほどあるだろうリュックサックを背負っている輝夜に、冷や汗をかきながら亜里沙が聞くと、輝夜は涼しい顔で言った。

「これは、山に登った後に地面に敷くシートとお弁当とペットボトルのお茶ですよ」

と、何の事はないと言った感じに言う輝夜に、一瞬だけボケッとした顔をしたイルゼ達は、その内容を理解し絶叫した。

「って!?はあああああああ??」

弁当8人分、ペットボトル8人分、シート、その他の輝夜と秀の荷物。
その重量や、大人でも一人で持つなど無理に近い。
と言うより、それでこの大きなリュックの理由になっとくした。

「か、輝夜さん…。重くないの?」

そこへ、丁度出てきて輝夜の声が聞こえたらしい嵐が愕然とした表情で聞いた。

「勿論、これくらい持てなくてはメイドは出来ませんからね」

ウフと笑いながら言う輝夜に、「いや、あんた本物のメイドじゃないだろ」と突っ込める者はいなかった。
ちなみに、輝夜は今日は何時もどおりのメイド服だった。
ちなみに、髪の毛は何時もどおりの金髪で、瞳は紅だ。

その後、悠々と何も持たずに出てきた秀に非難の視線が集まり、秀が「な、何??」と冷や汗を掻いたが余談である。
自転車で、秀が先導するのを、イルゼは後ろにフェイを乗せたまま追いかけた。
ちなみに、この時、予想外にフェイの体重が負担になり、イルゼはダダダダキックの応用で力を足に留めてパワーを上げていた。
1時間くらい走ると、リフト乗り場とその下の方の広場に、沢山の人が集まっていた。
自転車を駐輪場に止めて、輝夜がお金を払うと、秀に付いて、広場に向った。
パンダ型、ウサギ型のアニマル四輪自転車、欧州風の自動車型自転車にバギーカー型の自転車多種多様な形の変り種自転車が並べられ、イルゼ達と
同年代の子供達や、秀達よりも年長の者も皆そろって楽しんでいる。
イルゼは台に乗ると、台を支えるバネがタイヤを動かす特殊な自転車が気に入り、パンダ型のアニマル四人乗り自転車の虜になったフェイと亜里沙、そ
して黄色く縦に長い自転車を漕ぐ学と自転車コースを何周も走った。
途中、欧州のアンティークな自動車風の四人乗り四輪自転車をイルゼが漕いで走ったりも下。
また、蓮と嵐が二人乗り自転車で勝負を仕掛けてきて、イルゼは三人を乗せたまま勝負をしてヘトヘトになりながらギリギリで敗北したりもした。

「なんともびっくり、イルゼ凄いねぇ」

嵐は三人を乗せたままギリギリで追いついてきたイルゼに驚き半分で感心したが、汗だくのイルゼの耳には入らなかった。
その後、二人乗りの自転車に交互に乗りながら、輝夜が右手だけでハンドルを切りながら自転車に乗るイルゼ達をカメラに押さえていたりと楽しい時間
が過ぎ去っていった。
輝夜がカメラのフィルムを一つ空にした頃には、12時を過ぎ、イルゼはヘトヘトになってフェイと亜里沙に支えられていた。
学もほとんど自転車を漕ぐ係りをさせられていたイルゼを慮って背中をさすりつつタオルで汗を拭いた。

「ははは、ヘトヘトだな、イルゼ」

クツクツ笑いながらイルゼに言う秀。

「はじけすぎたぜぇ」

フェイと亜里沙の肩に回していた腕を外し、一人で歩き始めたイルゼに二人は残念そうな顔をしたが、それを見たのは学だけだった。
秀と輝夜に並んで、広場から丘に伸びる階段を登り、すぐにあるリフトのゲートに入った。
リフトには、秀と輝夜が最初に乗り、次に蓮と嵐。
そして、イルゼとフェイ、学と亜里沙が乗った。
ゆらゆらと揺れながら、リフトは草原の上空を滑るように登っていく。

「おっ!見ろよフェイ!あそこじゃね?俺達泊まってるペンション!!」

イルゼがフェイの肩を揺すって指差した方向に、確かに暖炉の煙突が目立つペンションが見えた。

「本当だ!凄いね」

リフトからは、ペンションの他にも清里の全貌が眺められた。
高所が少し怖かったが、隣にイルゼが居るのでフェイは安心できた。

「おぉい!!学!!亜里沙!!あっちに俺達のペンションがあるぜぇぇ!!!」

イルゼは不安定な座席だと言うのに器用に後ろを振り向いて亜里沙と学がわかるように指を刺した。
イルゼの指差した方を見て、学達もわかったのか歓声を上げているのが聞こえた。
それから少しして、リフトが完全に登りきると、そこは素晴らしいの一言では言い表せ無い程の絶景が広がっていた。
一面に広がる花畑、そして遠くに見える清里の町。
それから、少し登った所で大きなログハウス風のショップに入ると、特産品のジャムやポプリ、清里じゃがいも焼酎などが売っていた。
秀にここでお土産を買っておけと言われ、イルゼは木乃香にラベンダーのポプリとラベンダーの押し花のしおり、それにラベンダーの香りがする枕を買
い、お酒好きのエヴァンジェリンに清里じゃがいも焼酎と幾つかの地酒を買った。
そしてエヴァンジェリンが最近汚れてきたと愚痴っていたので三人分の綺麗な柄のエプロンを購入した。
さらに、多種多様なお菓子を幾つか厳選して選び買った。
学は、両親にお菓子とお酒を数種類買い、亜里沙はなんだか雰囲気が気に入ったとケンタッキーホウキとカボチャクラフトを購入した。
買った物はまとめて輝夜が配送の手続きをしてくれた。
ブドウのアイスクリームやサツマイモアイス、イチゴアイス、色々な種類があり、イルゼ達は交互に食べ比べをした。
それから、輝夜がリュックから出したシートを適当な所に敷いた。
8人が座っても余裕タップリの広いシートで、ディズニーのキャラクターが踊っていた。
お弁当を食べていると、学が「なるほどなぁ」と言った。

「これは確かに、普通じゃ味わえないおいしさだね」

その言葉に、イルゼは満足そうに「そうだろそうだろ」と言って、自分の弁当をどんどん食べていった。

「まあ、祭りの時に具も無い焼きそばが異様にうまいのと同じだな」

と秀が実に的を射た答えを言い、学は「確かに」と言った。
それから、花畑をバックに記念写真をお店の店員さんに頼み、アクアリゾートの温泉を目指して下山してから自転車で向った。
温泉は完全予約制のを三時間連続で予約し、最初にイルゼ達が入るように言われ、イルゼと学、フェイと亜里沙は夕日が照らす町を眼下に温まった。
お互いに洗い合い、風呂から出ると、卓球があり、秀達が出てくるまで亜里沙とイルゼが白熱した戦いをし、フェイと学は直ぐ近くのマッサージチェアでの
んびりした。
そして、秀は清里の天文台にイルゼ達を連れて来た。
これが、朝に輝夜が言っていたドッキリだった。
大きな望遠鏡を覗くと、月の影が餅つきウサギを象っていて、星座毎の説明をスタッフの人が話してくれた。
帰ってくると、丁度夕食の時間で、食べ終わるとヘトヘトだったのでトランプをする力も無く眠りに落ちていった。


翌朝になり、イルゼ達が眼を覚ますと、着替えを終え、食堂に来た時には昨日と同様に皆が揃っていた。
朝食を食べながら、秀が口を開いた。

「今日は明日から学校があるからすぐに帰るから荷物を談話室に持ってきておけ」

その言葉に、蓮が「えぇぇ!!」と非難の声を上げた。

「今日はどこも行かないんスかぁ?」

「ああ、もうタクシーも呼んであるからな」

イルゼ達もそれを聞いて残念に思ったが、最後に、ペンションのショップコーナーでペンション特製のジャムをそれぞれ買って、荷物をタクシーに積み込
むと、タクシーは一路麻帆良へと帰還した。




Side-Evangeline

エヴァンジェリンは、一人学園長室を訪れていた。

「なんだ?爺ぃ」

エヴァンジェリンが聞くと、「うむ」と近右衛門が難しい顔をしながら口を開いた。

「先に謝っておく」

突然、近右衛門が頭を下げた。
それに驚き、エヴァンジェリンは慌てた。

「な!?いきなりどうしたんだ??」

すると、近右衛門は辛そうな顔をしながら口を開いた。

「実はのう、お主の呪いについてなんじゃ」

「!?」

それは、近右衛門が本来の姿に戻したと言っていたモノだった。
それがどうしたと言うのか、エヴァンジェリンはゴクリと唾を飲み込んだ。
元が悪名高き魔法使いの呪文を改良したのが登校地獄だ。
もしかしたら、元に戻したことで何か問題があったのではないか。
そう、不安になったのだ。

「実はのう、お主の登校地獄が壊れてきてしまっておるのだ…」

「な!?どういう意味だ!!」

予期せぬ言葉に、エヴァンジェリンはつい叫んでいた。

「お主の登校地獄は、本来の形を取り戻した」

「ああ」

「それでのう、サウザンドマスターの改変によって変っていたのじゃが、登校地獄とはその者の年齢に合わせた学校に通わせるというモノじゃったのだ。
じゃというのに、あやつ…サウザンドマスターは無理に魔力でお主に登校地獄を掛けてしもうた」

「それは…」

「そう、お主の実年齢で通うべき学校などありはせん。そしてな、登校地獄が完全に壊れれば、最後に再び皆の者に忘れられてしまうと言う効果が発現し
てしまうらしいのじゃ…」

「な!?」

「すまん…お主に光に生きよなどと言っておきながら…」

憔悴したように言う近右衛門に、エヴァンジェリンは複雑な思いを持っていた。
再び、今度は皆に忘れられることなく学校を卒業し、木乃香とイルゼを鍛えていける、そう考えていた。
だが、近右衛門の言葉が確かならば、再び忘れられてしまうと言う…。

「なら…今すぐ、私の登校地獄を破壊する事はできるのか?」

エヴァンジェリンはそう言った。
近右衛門は静かに頷いた。

「よいのか?」

「よいも何もないだろ…。また、忘れられるなら…まだ早い方がいい」

そう言いながらもエヴァンジェリンは少しだけ頭に浮かんだ思いを頭を振って消し去った。
少しだけだったが、楽しかった思い出もあった。
だが、だからこそ、忘れられるのはきつくなるより前が良いと思ったのだ。

「それじゃあ…やるぞい」

その夜、1-Aの木乃香を除いた全員の記憶から、エヴァンジェリンの記憶が抜け落ちた。





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