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第27話『旅行・一日目』
水曜日、日が昇ったばかりのその時間に、イルゼ達の部屋の目覚ましが喧しく鳴り響いた。
今日から、イルゼは部活のメンバーと二泊三日の旅行だ。
ちなみに、昨日は色々な事が起きた。
エヴァンジェリンは近右衛門に茶道部でバスターの来訪日が第二土曜日の13日、日曜日の14日、開校記念日の15日に決められたのだ。
余談だが、この中途半端な休みの連続を生徒達はジャンピングゴールデンウィークと呼んでいるが…本当に余談である。
バスターの青年、ルークがイルゼになんと稽古を付けてくれるとも約束してくれたらしい。
あれから、ルーク騎士団の事を調べたエヴァンジェリンによると、ルーク騎士団は6人からなる少数精鋭のチームで、その強さはリーダーのルークは闘い
方によればナギ・スプリングフィールドに匹敵すると謳われていると聞き驚きを隠せなかった。
だが、冷静になればサウザンドマスターは確かに凄いが、世界にはサウザンドマスター以上の魔法使いも大勢居る事を長い人生の経験から知っていた
のでなるほどと納得した。
言うなれば、サウザンドマスターが魔法世界の英雄ならば、ルーク騎士団のリーダー、ルーク・ベレスフォードは、魔法生物世界の英雄なのだ。その証拠
に、ルーク自身の功績は、魔法世界にはあまり届く事はないが、記録によれば、凶暴化したキング・ドラゴンと言う凡そ富士と肩を並べるほどの巨大な竜 を退治し、過去に第三禁断魔法のマザーによって誕生した魔人を退治したという凡そエヴァンジェリン自信でも出来るかどうかと言う偉業をこなしている のだ。
確かに、エヴァンジェリンレベルならば富士レベルの竜相手にも魔法のみで善戦し、勝利する事も出来るだろう。
だが、ルーク・ベレスフォードと言う男は、バスター固有魔法の魂の具現の剣で真っ向勝負で打ち倒したと言うのだ。
ほとんど化け物ではないかとエヴァンジェリンは絶句してしまった。
そして、イルゼの方は、エヴァンジェリンのログハウスから持ち出したCDを千里に見せると、ギョッとした目でイルゼを睨みつけて、訳の分からない単語
を連発すると、学を殆ど脅迫してパソコンの機材を部室に取り寄せるように言った。
ちなみに、学だけでは無理だろうと、近右衛門に相談したところ、大喜びで二人が引くほどの金額を積んで学の会社に発注した。
一体、このCDに何があるのか、二人は全く分からなかった。
そして、目覚ましに起こされた三人は目を擦りながら互いに朝の挨拶をした。
そして、木乃香は最近ハマッた海外のドラマに影響されておはようのキスをイルゼとエヴァンジェリンにした。
イルゼは、その行為の意味がよく分からなかったが、キチンと返している。
エヴァンジェリンも顔を火照らせて目を背けながらスッと一瞬だけキスをするのが朝の決まりになっていた。
ちなみに余談だが、朝迎えにきた学とフェイがこれを見て、いろいろな因果があり、フェイにもイルゼが頬にキスする事になった。
学は小声で「もう、知らないよ…好きにすればいい」と言ったのがやけに耳に残った。
ちなみに更に余談だが、それを学がウッカリ話すと、亜里沙までこの朝の決まりが伝染する事となった。
ちなみに、亜里沙とは部活を通して大分仲良くなれて朝の登校メンバーとして加わったのは一週間くらい前の事だった。
朝の登校メンバーは日によって変る。
大概はイルゼ、木乃香、エヴァンジェリン、学、フェイ、亜里沙だが、葵は朝練があるからたまにだが一緒に登校するようになった。
他にも、イルゼのクラスメイトや木乃香達のクラスメイトとも登校する事があるが、イルゼは少し苦手な人間が居た。
夕映やのどかはちょくちょく一緒に登校するが、それに憑いて来てハルナや和美と言った騒がしいメンバーに登校の時間だけでヘトヘトになってしまう事
もしばしばだった。
イルゼの友好関係は初日の事があったに関らず割と良好だった。
例えば、学級委員長の手塚防人や実家が由緒正しい寺の息子である真島零弦はイルゼの行いを快く思い、手塚はイルゼに時々委員長の仕事の手伝
いを頼む事もあった。
勿論、イルゼは二つ返事で引き受けている。
イルゼ自身も、手塚とは気が合う気がしているのだ。
零弦はと言うと、実はイルゼは苦手だった。
とにかく暑苦しいのである。
何かとあれば「さすがだなぁイルゼ君!!」と背中を思いっきり叩くのである。
しかも、零弦は小学一年生の癖にしては明らかにデカイ。
平均身長をふたまわり以上も超過しているのだ。
しかも、それでいて無駄な肉が無いのだ。
お前は何者なんだと聞きたくて仕方が無かったが、それを突っ込めばそれはそれで面倒な事になるのは必然だった。
他にも、イルゼと仲の良いクラスメイトは居る。
一人は何時も「うぅん」と眉間にしわを寄せているおっとりとしている不破翔一だ。
不破は、何時も頭を抱えていて時々誰かに語りかけている節があるのだった。
そして、アーダルベルト・ラインヴァルトと言う大層な名を持つドイツ人は、日本で他にドイツ人にあまり会わないから心細いと、同じドイツ人だと思ってい
るイルゼに心中を零し、よく昼飯を食べるメンバーの一人でもある。
意外とセンチメンタルな彼だった。
李小龍には、何故か何時も戦いを申し込まれるので顔を見た瞬間にイルゼは逃げ出すのが常だった。
初等部の中武研に入っていて、中国に居る幼馴染と離れてしまっている間に差を付けられないようにと強者を求めているらしく、初日のイルゼの気当た
りにターゲットとして補足したらしい。
齧った程度の武術しか使えないイルゼには李は天敵と言えた。
また、零弦と同じくらい大柄で太った宇喜田照葉は、初日の出来事に何故かライバル宣言された。
学は頭を抱えてフェイに何か逃走経路とか、自分達が居ない間にアイツに会ったら逃げろとか話していたが、イルゼには意味が分からなかった。
だが、逆にソリが絶対的に合わないだろうと確信できる者も居た。
須藤亮と、須藤にいつも付いてまわっている本田将人と、御坂元也だ。
初日の事があったにも関らず、フェイに嫌がらせをしようとした事があり、今度は手塚や零弦、近くに偶然居た李や殺ると書いて何故か殺る気満々の宇
喜田。
学やアーダルベルトまでフェイを庇ったので、涙目で逃げていった。
結局、矢島も制服が女子のだからと男子が着てはいけない校則もないので黙認した。
イルゼに任せると言ったのも理由だが、フェイのイルゼを見る目の意味を即座に悟り、頭を抱えて触れるべき問題では無いと結論付けたのだった。
話は戻り、朝のキスを終え、エヴァンジェリンと木乃香が台所に入り、朝食の準備を始めた。
イルゼは手伝い禁止のお触れを出されているので仕方なくテレビをつけてニュースを見た。
ニュースではカルト宗教の幹部が何者かに刺殺された事や、東京外国為替市場で1ドルが79.75円と史上最高になったという事で賑わっていた。
そして、MY LITTLE LOVERがシングルのMan & Womanを熱傷するVTRが流れ、イルゼのテンションはぐんぐん上がっていった。
そして、衛星放送でアルビンとチップマンクスと言うリスの三兄弟の活躍するワクワクして最高に面白いイルゼのお気に入りのアニメが再放送していて、
イルゼは木乃香とエヴァンジェリンが料理を並べ終わるまでテレビに齧りついていた。
特にお気に入りの図書館での裁判の話にイルゼは歓喜して眼を輝かせた。
だが、アニメを見ていて遅刻しては意味が無いのでエヴァンジェリンは「イルゼ!」と大声で怒鳴った。
それに、イルゼはビクッとして振り向くと、机に並べられたご飯に気が付いて急いで謝った。
「ああ、ごめん。つい夢中になっちゃって」
シュンとなって落ち込むイルゼに、エヴァンジェリンはつい苦笑してしまった。
「いいから、今日から旅行だろ?しっかり楽しむためには初めが肝心だ。遅刻せずに行かないとな。なぁに、アルビンとチップマンクスの再放送は私がビ
デオに撮っておいてやるさ」
その言葉に、イルゼは顔を破顔させて喜んだ。
「うわぁい!ありがとうばあちゃん!!」
イルゼの喜びようにクツクツと笑みを浮かべ、エヴァンジェリンはイルゼを確りと見据えた。
「確り、楽しんで来るんだぞ」
ニッと笑いかけると、イルゼは「おう」ではなく、「うん!」と答えた。
エヴァンジェリンは何だかんだでイルゼにとって本当にババモンのような存在だったのだ。
エヴァンジェリンの優しさが、イルゼは心が温まる気がした。
勿論、ババモンの代わりをエヴァンジェリンにさせているのではないと無意識に分かっているから。
余計に、エヴァンジェリンがイルゼは大好きだった。
そして、それは木乃香も同じだった。
二人はどこまでもエヴァンジェリンを愛しているのだった。
朝食の着実に料理の腕を上げている木乃香とエヴァンジェリンによるふんわりしたオムレツとコーンポタージュ、それにピザトーストを食べてお腹を満た
すと、イルゼは廊下に出てフェイと学を呼び出した。
そして、三人は送りに来た木乃香、エヴァンジェリン、それにわざわざ起きてきてくれた夕映、のどか、ハルナ、和美、葵、手塚、アーダルベルト、、零弦
達に手を振りながら出発した。
最も、彼らも朝から出かける用事がある者が多かったのだが。
木乃香と夕映、のどかとハルナも今日は図書館島の最初の泊り込み探検ツアーがあるのだ。
葵は剣道部は休みだったが、何時の間に入ったのか兼任している演劇部に出掛けていった。
手塚と零弦は寮の遊戯室でのんびり囲碁を打ちに行った。
アーダルベルトは、自分も旅行に行きたかったと羨ましげに見つめながらトボトボと部屋に戻り、宇喜田はフェイの後姿を何時までも見つめていた。
部室棟のエレベータで4階に上がり部室に入ると、既に部長の秀とそのメイド?の輝夜、双子の桃色髪の蓮と青髪の嵐、千里とボルクは参加しないの
で、後いないのは亜里沙だった。
「後は、亜里沙の奴だけか」
サングラスのまま目線をイルゼ達に向けて再び持っていた新聞に秀は視線を落とした。
輝夜がイルゼ達に紅茶を持ってきてくれてありがたく飲んでいると、部室の扉が勢い良く開いた。
「あぁぁぁ!!やっぱり!!」
亜里沙は紅茶を飲んで寛いでいるイルゼ達を見つけると涙目でガーッと怒りを露にした。
「?!どうしたんだ一体??」
イルゼは目を丸くして言うと、亜里沙はショックを受けたように部屋の隅で蹲ってしまった。
「お、おい…亜里沙?」
イルゼが恐る恐る近づくが、亜里沙は反応しなかった。
そこで、学が何か気が付いたのか、イルゼに耳打ちをした。
「イルゼ、多分亜里沙も一緒に部室に来たかったんじゃないかな?…寂しがり屋だし」
若干呆れた目で亜里沙を見ながらそう言う学にイルゼはどうしたもんかと腕を組むと、学が「とりあえず挨拶すれば元に戻るよ」と耳打ちした。
意味が分からずに首を傾げながら、「まいっか」と言って亜里沙に顔を寄せた。
「とりあえず、おはようさん」
そう言って亜里沙の埋めていた顔を無理矢理顎を持って持ち上げると、イルゼはその頬にキスをした。
亜里沙は目を見開くと、真っ赤になっな。
「あれ?んな!にゃ?あれ?ほ、ほれらえ??」
わけの分からない言葉を発すると、亜里沙は顔を左右に振って自分の荷物を見つけると、持ち上げて「わひゃぁぁ」と叫びながら出て行った。
「お前達、何時の間にそんな関係になってたんだ?」
サングラスの中から呆れたような視線を向ける秀にイルゼは「ん?」と首をかしげた。
「朝から人前でキスとは、幾らなんでも早過ぎだろ」
呆れた声を出す秀に、学が訂正した。
「違いますよ、イルゼはただの挨拶してるだけなんですよ。同室の子が海外のドラマで挨拶にキスしてるのを見てせがまれたらしくて、フェイや亜里沙もそ
れが伝染したらしくて」
「やれやれ」と肩を竦めた。
それを聞いて秀はさらに呆れたような顔をした。
「やれやれ、報われんなぁ」
「さて」と言って秀は輝夜に視線を向けた。
すると、輝夜は小さく頷くと、時計を一瞥すると、輝夜自身のと秀の荷物を持ち上げた。
二人の荷物は他の荷物より大きく、二つ合わせればそれなりの重さだろうに、それを感じさせずに輝夜は軽々と背負い、先に部室を出て行ってしまっ
た。
「亜里沙はタクシーの場所知ってる筈だからな。先に居るだろう。蓮、嵐。新入生を連れて来い」
秀は悠々と荷物も持たずに出て行った。
「了解ッス、ブチョー!」
蓮は、自分の荷物を持ち上げると、片手を上げて言った。
「それじゃあ!!新入生諸君!!ついてきたまえ!!」
何時も通りの大声で言う嵐も既に自分の荷物を持ってイルゼ達に声をかけた。
イルゼ達も慌てて自分達の荷物を持ち上げると、蓮と嵐に続いて部室を出た。
嵐は扉の前でイルゼ達が出るのを見計らって部室の鍵を閉めた。
エレベーターで一階に降りると、蓮が「ちゃんと付いて来るッスよぉ!」と言いながら先を歩くのをイルゼ達は追った。
初日に来た駐車場に、見知った金髪の少女がちゃんと先に来ていて、秀と輝夜がワゴンタクシーの運転手と何かを話している。
亜里沙は頭が冷えたのか、イルゼ達と合流し、秀達の話が終わるのを待った。
「へへへ、アタシはUNO持ってきたんだぜ」
亜里沙は自慢げにUNOを小さいナップザックから少しコミカルなリスの柄のUNOを見せびらかした。
「へへ、俺もトランプ持って来たぜ」
イルゼもショルダーバッグから少し恐ろしげな柄のトランプを取り出した。
イルゼ達が話していると運転手との話を終えた秀が戻って来た。
イルゼ達の前にあるタクシーは普通のワゴンタクシーよりも大きかった。
座席は運転席と助手席の後ろに三列あり、その後ろに荷物用のトランクスペースがある。
「大きい荷物は後ろのトランクスペースに入れておけ。俺と輝夜が一番前、蓮と嵐と亜里沙が二列目、新入生が三列目だ」
全員が頷くのを確認すると、秀は輝夜に視線を向け、輝夜がトランクスペースを開けるように運転手に言うと、自分と秀の荷物を入れ、イルゼ達にも促し
た。
全員が荷物を入れ終わると、決められた席に座り、タクシーは出発した。道中は、すぐに高速に上がったので特に見るものも無く双葉のサービスエリア
で休憩するまで瞼が重くなったイルゼ、学、フェイ、亜里沙は眠ってしまい、蓮と嵐は起こさないように騒がなかったので彼らもすぐに眠ってしまった。
ちなみに、このタクシーは麻帆良学園内のサービスだ。
麻帆良学園の部活で予約すれば格安で特別車によって乗せてもらえるのだ。
運転手も、滅多に話しかけないので気を使うことなく利用出来るので麻帆良の外での活動が多い部に大人気だ。
休憩所について、輝夜に起こされたイルゼ達はスナックコーナーでサンドイッチを買い、ジュースを飲みながら新鮮な空気を満喫した。
出発して、お昼になる頃にようやく小渕沢インターで中央自動車道を降り、ペンション・オ・チャードに到着した。
タクシーから荷物を降ろし、ペンションの入口に立つと、亜里沙とフェイ、蓮は眼を輝かせた。
ペンションは真っ白な暖炉まである可愛らしいデザインだった。
低い階段を登り、白い木の柵に掴まりながら、秀が扉を開くのを各々が見つめた。
秀が扉を開いて中に入ると、チリンという綺麗な鈴の音が鳴り、中から年配のペンションのオーナーが歓迎してくれた。
「ようこそいらっしゃいました。麻帆良学園の方達ですね?」
ニコやかに、小学生相手だというのに丁寧に対応し、秀が「そうです」と答えると、靴を入れる場所を教えてくれて、中に通された。
スリッパに履き替えて中に入ると、おじさんは
「お昼ご飯はすぐに出来ますから、荷物を置きましたら、一階の食堂にいらしてください」
と言った。
そして、少し広い暖炉のある談話室の横の絨毯の敷いてある階段を登ると、秀が渡された鍵の番号と部屋の番号を見て、イルゼと学、フェイ、亜里沙の
一番大きい四人部屋の鍵を学に渡し、蓮と嵐に二人部屋の鍵を渡した。
「それじゃあ、荷物を置いたら一階に行くぞ」
「アイッス、ブチョー!」
と秀の言葉に蓮が答えた。
「了解!」
イルゼもそう言うと、鍵を開けて中に入った。
中は、とても広くて、ベッドが三つならび、梯子が在って、その上にもベッドがあった。
「広いなぁ、見てみろよ!梯子の上にもベッドがあるぜ!!俺あそこがいい!!」
イルゼの言葉に、誰も異論は無かった。
「別にいいよ、僕は入口に近いベッドを使わせてもらうよ」
学は自分のバッグを入口に一番近いベッドの脇に下ろすとそう言った。
「僕もいいと思うよ」
段々と明るくなってきたフェイはどもる事なく笑顔で言った。
亜里沙はと言うと。
「えぇぇ、アタシも上がいいぜ!!」
と不満を言った。
「やなこった!俺が先に見つけたんだ!俺が使う!!」
「レディーファーストだ!!」
「んなもん知るか!!」
「後輩は先輩を立てるもんだぜ!!」
「んな事、知らない!!」
「だったら先に梯子登った方の勝ちだ!!」
「いいぜ!!」
言うが早く、イルゼと亜里沙は駆け出した。
亜里沙は黒く長めの段フリルのフリフリスカートをはためかせて走り、イルゼはベッドを勢い良く飛び越して梯子に向った。
そして、二人が梯子に手を伸ばした瞬間、突然入口が開いて秀が入ってきた。
「お前達、いい加減降りてこないと昼飯抜きにするぞ」
梯子で押し合いをしている二人を呆れた目でみながら秀が言った。
「「え!?」」
亜里沙とイルゼは焦って部屋を出る秀の後を追った。
一階に降りると、階段の直ぐ右の廊下を通り、広い食堂に入った。
一番奥の6人掛けテーブルの両脇に椅子を1つずつ足してあって、そこには香り豊かなクレソンスープとニジマスのフキノトウソースかけ並んでいた。
更に、近所の牧場から届いた絞りたての牛乳がコップにタップリ入っている。
蓮と嵐と輝夜が既に奥の席に座っており、イルゼが窓を背に左脇の椅子に座り、右脇に秀が座り、亜里沙、フェイ、学が座った。
食事は、あまりにもおいしくほっぺが落ちそうだった。
特に、亜里沙とイルゼは掻きこむ様に何度もおかわりした。
そして、食後のイチゴのデザートを食べながら、秀が今日の予定を言った。
「今日は、この後は近所で小須田牧場に行く予定だ」
「小須田牧場?」
イルゼがイチゴにフォークを刺して口に放りながら聞いた。
「ああ、この近くにある乗馬体験が出来る牧場でな。アイスもうまいし、中々楽しいぞ」
秀がニッと笑いながら言うと、イルゼは「わお!」と歓声を上げ、亜里沙も乗馬が出来ると興奮を隠せなかった。
イルゼが学とフェイを見ると二人は不安そうだったが、それでもワクワクしているのが目を見て分かった。
「ポニーの様な大人しい馬もいるから貴方達でも安全に乗馬を体験できますよ」
と珍しく輝夜が優しく笑いかけながら言った。
輝夜は基本的に喋らない。
いつも秀の近くで本当のメイドの様に世話している。
だから、あまり会話する事はなかったが、時折こうして優しく笑いかけてくれるのがみんなのお姉さんのような存在だった。
「ポニーなら…大丈夫かな」
学は安心したように言うと、フェイが首をかしげた。
「ポニー?」
「ん?知らないのかい?ポニーってのはとにかく小さくて大人しい馬でね、僕達みたいな子供でも乗れるんだ」
「俺でかいのがいいなぁ」
イルゼはいつも乗せる側なので乗るからには大きい方がいいと思った。
「いるにはいるが、落ちたら怪我をするぞ」
秀が言うと、イルゼは「大丈夫大丈夫」と言って手を振った。
「アタシはアイスが楽しみだぜ」
亜里沙が言うと、イルゼは「確かに」と言った。
「楽しみだなぁ、牧場!」
ウキウキしながら言うイルゼにみんな同意した。
「ちなみに部長とかは馬に乗れるんですか?」
学が聞くと、秀は「俺と輝夜はな」と言った。
「私達は乗馬はやった事無いんスよ」
蓮の言葉に、イルゼは目を丸くした。
「あれ?そうなのか?」
「ああ、ここに来たのは個人的な旅行でよく着てたから決めたんだ。部活も出来たのは二年前だからな。ちゃんとこうして活動できるようになるのに時間
が掛かったのさ」
秀の言葉に、イルゼはそう言えば初等部のミス研は秀が二年前に作ったのだと蓮と嵐に聞いたのを思い出した。
それから、オーナーと奥さんに外出を告げて歩いて小須田牧場に向った。
小須田牧場は真っ赤な屋根が目立ち、草原の丘には真っ白な可愛い山羊が草を食べていた。
地面に杭を刺してあり、そこからのびる紐が山羊の首輪に繋がっていた。
イルゼ達は馬達の居る広場の直ぐ近くの真っ赤な屋根の建物の二階のベランダに居た。
「それじゃあ、俺が馬の予約をしてくる、お前達はアイスクリームを食べて待ってろ」
秀がそう言って階段を降りていくと、輝夜がアイスクリームを買ってみんなに配った。
ちなみに、イルゼ達は初めてこの日輝夜の私服姿を見た。
馬に乗るのにスカートは不味いと、段フリルのスカートに大きなベルトを腰に回している亜里沙と、白いワンピースを着たフェイ、ラメ地のアニマルオーバ
ースカートを履いた蓮も持ってくるように言われたジーンズに履き替えた。
それに合わせてみんな上着もラフなTシャツやVネックを着ている。
輝夜に買って貰ったアイスクリームを食べ、全員があまりのおいしさに歓声を上げた。
絞りたての牛乳を材料にしたそれはコンビニで買う普通のアイスとは決定的に何かが違った。
すると、階下から秀が登ってきた。
「フェイと学はポニー、イルゼはダンボと言う大型の黒い馬、亜里沙はシルヴィアと言う大き目の白馬、蓮はメルヒムと言う茶色い馬で、嵐は中型の白馬
だ」
秀に促され、イルゼは階段を降りながら聞いた。
「部長と輝夜さんはどうすんだ?」
「俺と輝夜は乗馬レッスンを受ける事にしたんだ。小5から受けられるらしくてな。馬は乗りたいだけ乗せてもらえるように頼んである。夕方まで乗馬を楽し
むなり休憩でアイスを食べるなり、お土産を見るなり一日自由に過ごしていい」
それから、イルゼ達はそれぞれの馬にそれぞれの担当の馬引きさんに載せてもらうと、馬が自由に駆け回っている柵の周りをゆっくりと回った。
スピードは無いが、風が心地よく、獣の匂いがどこか安心させた。
時々、担当さんが頭を撫でて上げてといって撫でると、馬が気持ちよさそうに鼻を鳴らすのが最高に嬉しかった。
ただ、目の前の馬が糞をするのを待つのは少しアレだった。
気持ちのいい時間が瞬く間に過ぎていき、三週する頃には4時を回っていた。
イルゼ達は秀と輝夜の乗馬を見学したり、アイスクリームを食べたりしながら少しお尻が痛いのを気にしつつ過ごした。
夕方近くになり、イルゼ、学、フェイ、亜里沙の四人は一階のお土産コーナーに行き、それぞれが乗った馬の木彫りのアクセサリーを買った。
そして、イルゼは馬型のクッキーも買い、後からやって来た蓮と嵐は眼を輝かせながら馬の蹄を買った。
本日3個目のアイスクリームを食べながら、草原の丘の山羊達に草を毟って食べさせるのがフェイは大層お気に召したようで夢中になった。
そして、5時を回ってジュニアレッスンが終わると、秀と輝夜は額に気持ちのいい汗を流しながらみんなと合流した。
ペンションに戻る間、乗馬の興奮でフェイまでも口が饒舌に動き、学も自分乗った馬こそ最高だったと言った。
それぞれの小カバンに買った木彫りのキーホルダーを付けて、ペンションに着くと、すぐにオーナーの奥さんが出迎えてくれて、お風呂の準備が整ってい
ると言われ、イルゼと学、フェイと亜里沙が一緒に入り、お互いの髪を洗ったりした。
亜里沙は恥かしそうだったが、誰も何も気にしていないので馬鹿らしくなったのか途中から気にしなくなった。
お風呂も大きく、体が温まり幸せを感じながら今日の疲れを癒した。
部屋に戻り、夕食までトランプで大富豪をしていると、四回目にイルゼが大貧民になった所で嵐が「夕食の時間だぜ!!」と呼びに来た。
夕食も、オーナー自身が腕を振った。
高原野菜のオードブルサラダで鳴り止まないお腹の虫の鳴き声を宥めて、旬のスープで芯から心地のいい暖かさを体に浸透させた。
八ヶ岳湧水育ちのアマゴオーナー特製料理も最高においしかった。
牛肉のブルーベリーソース掛けと真っ白なふっくらご飯と八ヶ岳のお漬物が箸を動かす手を早めた。
ブルーベリーケーキを紅茶で食べていると、秀が口を開いた。
「明日は、清里ハイランドパークに行くぞ」
「どんな所なんスか?ブチョー」
蓮が聞くと、秀はニカッと笑った。
「凄げえ面白い変わり種自転車に乗れるんだ」
「変り種自転車?」
イルゼが首をかしげると、秀はククッと笑った。
「まあ、行けば気に入ると思うぞ。昼には直ぐ近くのリフトで花畑のある山の山頂まで行く予定だ。景観も素晴らしいぞ」
秀の自信に満ちた言葉に、イルゼ達は否が応にも期待を膨らませた。
一日目にしてこれだけ楽しめた旅行は残り二日。
イルゼ達はケーキの美味しさに幸せに浸りながらも明日が楽しみで仕方が無かった。
部屋に戻ると、UNOをやったり、梯子の上のベッドを取る勝負をジャンケンで決めてイルゼが勝ち取ったりした。
「くそぉ、トランプは弱いくせにぃ」
亜里沙が恨みがましく梯子を悠々と上るイルゼを睨んだ。
「へへぇ、勝ったんだから文句ねえだろ」
ニカッと笑いかけると、荷物をロフトに放り込んで、フェイの一番外側のベッドに腰掛けると、テレビをつけてアニメを見た。
『飛べ!イサミ』のOPを四人で大声で歌って、龍の牙でイサミが戦うところを真似したり、カラクリ天狗のかっこよさに痺れたり、銀様最高!と叫んだりし
ていると、輝夜にやんわりと叱られたりもしたが、初日は最高の締めくくりだった。
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