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第26話『幕間 〜不思議な人形〜(短めです)』
四月も最後の日となり、学校が休みの連休、木乃香の提案からイルゼとエヴァンジェリンは三人でエヴァンジェリンのログハウスの地下から次々に道具
を出しては外の広場に敷いたブルーシートに載せていった。
「にしても、凄げえ量だなぁ」
エヴァンジェリンが指示したとおりの結界の張ったブルーシートの一角に小さな緑髪の人形を運びながらイルゼは呟いた。
「ケケケ、コイツラハゴ主人ヲ狙ッタ馬鹿ドモカラ逆ニ奪ッテヤッタモンダゼ」
突然、どこからともなく何処か周波数が僅かにずれたラジオの音声のような声が耳に届いた。
「?!」
イルゼは目付きを鋭く尖らせて周囲に目を配った。
無意識に大気中から取り入れられるマナの量が少ないのを考慮して下手に技は出せなかった。
イルゼは舌打ちをした。
修行がうまくいかないのは十中八九自分のせいだ。
だが、今はそんな事を言っている場合じゃない。
まさか、結界内に侵入者が居るとは思わなかった。
耳を研ぎ澄ませ、神経を敏感にし、視界の中で動く者を探し続ける。
すると、嘲笑にも似た響きを含ませる神経を苛立たせる笑い声が響いた。
「くっ!」
殺気を漲らせ、何度も周りを見渡すが、何も居なかった。
木乃香とエヴァンジェリンはまだ地下で残りの荷物の仕分けに没頭している。
周囲は最初に目に入るのは出てきたばかりのログハウス。
次に、寮の部屋へ続く小屋。
そして、修行場である広場と周りを覆う森。
駄目元で何かアクションを起こすか…。
そうイルゼが考えていると再び、あの嘲笑の声が聞こえてきた。
「ダメダメダゼ。そんなんじゃ…さ」
一瞬、口調がハッキリしたと思ったが、その声がどこから聞こえるのかは分からなかった。
「誰だ…」
そう口にしてはみたが、何故か…イルゼは二つの影が頭の中を過ぎった。
金髪の一年年上の彼女、そして…わからない。
彼女を思い浮かべたのはその口調が似ている気がしたから。
だが、その声が、どうしても懐かしい感じがしてしまった。
遥か遠くの記憶が霞の様に掴めなかった。
「マダ…オ前ニ会ウニハ…この姿では早すぎるみてえだな」
それっきり、幾ら待っても、もう声は聞こえなかった。
イルゼが視線を落とすと、緑色の人形が、どこか寂しそうな気がして仕方が無かった。
イルゼはそれをエヴァンジェリンにも、木乃香にも話せなかった。
ただ、どうしても自分の物じゃない、だけど確実に自分の物である筈の記憶の蓋が開きそうになっていた。
デジモンには、死と言う概念が存在しない。
死んでもすぐにデジタマになり転生する。
それは、時に前世の記憶を継承する事がある。
その最たる例がジジモンだった。
ジジモンは、パートナーを得て、その間に何度も進化をしては寿命を迎えた。
ジジモンはその時は不思議に思わなかったらしいが、パートナーに出会ってから、ジジモンはすぐに進化を向え、通常、よほどの長い年月を生きなけれ
ば起こらない寿命による死を体験したと言う。
デジタルワールドと現実世界の時間は違う。
もしかしたら、人間のパートナーだった少年が不思議と歳を取らなかったのは、その分ジジモンが受け入れていたのかもしれないとアンドロモンは推察し
ていた。
そして、ジジモンは死ぬたびに記憶を継承し続けたという。
パートナーが現実世界に帰ると、ジジモンは寂しいと思いながらも長い年月を生きた。
多少、進化が他のデジモンより早かっただけであり、それからのジジモンは寿命を迎えて死ぬ事はなかった。
少なくとも、イルゼがムゲンマウンテンを通り、ジジモンが死ぬまでは…。
エヴァンジェリン、木乃香、詠春、麻耶、他の誰にも洩らした事はないが、イルゼはデジタルワールドに帰りたいとは欠片も思っていない。
何故なら、帰ってしまえば恐ろしい事を確かめる事になる気がしたからだ。
デジモンの本当の意味での死は、一つだけある。
ロード。
倒したデジモンを己の進化のエネルギーに変えるそれは、エヴァンジェリンが木乃香に話した禁断の5つ目の魔法。存在魔法に酷似していた。
そして、もし、あの時にジジモンがメガドラモンにロードされたらと考えるとゾッとした。
だが、実際はそうなっていない事も理解していた。
メガドラモンは確かにヴァンデモンに倒されたのだ。
目の前で消えたのを知っている…。
そう…、消えたのだ。
デジタマにも為らずに…。
だが、イルゼは心の奥底で、どこかデジタルワールドに帰りたいと願う気持ちが消されている気がした。
デジタルワールドに帰れば、恐ろしい事が起こると、本能が告げた。
ふと、イルゼは思い出した事があった。
デジタルワールドは、今でこそ現実世界のインターネットの影響を強く受ける事になったが、過去は全く違う『禁断のネットワーク』から生み出た世界だと、
昔、パンジャモンが教えてくれた事があった。
それが何なのか、イルゼには分からなかった。
そして、もしかしたらエヴァンジェリンなら何か教えてくれるかもしれないと思い、聞いてみる事にした。
それから、緑の髪の人形がどうしても気になり、イルゼはどうせ結界外に置く物と、一端寮の部屋に置きに行った。
イルゼが戻ると、木乃香とエヴァンジェリンが何かボロボロのレコード盤のような物を持って外に出ていた。
「ん?木乃香、ばあちゃん。それなんだ?」
イルゼが歩いてくるのに気が付き、「その前に何処に行ってたんだ?」とジトッとした目でエヴァンジェリンが睨みつけてきたので、「ちょっと部屋に用事が
あってさ」とだけ答えた。
エヴァンジェリンもそれで興味を無くしたのか、イルゼに持っていたレコード盤のような物を見せた。
「どうも、昔に私を研究材料にしようとした馬鹿な魔法研究者から奪った物の中にあったっようでな。レコード盤かと思ったが…小さすぎる気がする。それ
に、どうも見覚えが無いんだが、一応、奪った物は奪った相手毎に纏めていたが、足りない物と比べてみると、どうも以前と形が変わっているようなん だ。以前は書物の形だった」
そして、イルゼは何処かで見た気がした。
「もしかして…CDか?」
「CD?」
エヴァンジェリンは聞き返した。
「ああ、CDプレイヤーってのでCDが聞けるんだ。確か、じいちゃんが物置に玩具と一緒に置いてたと思う。それに、去年の末に発売されたプレイステーシ
ョンってゲームや後は…そう、パソコンもCDを使える」
イルゼの話を聞き、エヴァンジェリンは興味深くCDを見た。
だが、すぐに「ハイテクはわからんな」と言って放り投げてしまった。
「って、ばあちゃん!?」
「恐らくそれは、科学者が作った時代時代の情報端末に使える書籍なんだろうさ。危険もないだろうが、私にはどうでもいい。さあ、掃除を続けるぞ」
そう言って、エヴァンジェリンはイルゼと木乃香に掃除の続きを促した。
イルゼはCDを眺めて、「折角だし」と言って、エヴァンジェリンにCDを許可を貰って持ち帰ることにした。
唯の記憶媒体なら、部活に持っていって千里に開いてもらおうと思ったのだ。
それから、掃除は結局丸一日を潰してしまった。
部屋に戻ると、エヴァンジェリンはイルゼの机の上にある人形を見てギョッとした。
「な!?何故チャチャゼロがここにあるんだ!?」
「チャチャゼロ?」
イルゼが首をかしげると、エヴァンジェリンの視線の先を追って「ああ」と納得した。
「何となく気になってさ。結界の中に入れなきゃいけないもんじゃないしいいかなって思ってさ」
すると、エヴァンジェリンは複雑そうな顔をしながら、だが何処か懐かしそうな顔で目を開かないチャチャゼロを見つめた。
「おばあちゃん、チャチャゼロって?」
木乃香は首を傾げてエヴァンジェリンに聞いた。
「ん?ああ、昔な、魔女狩りで捕まった後に身を潜める為に南洋の孤島にレーベンスシュルト城と言う城を作ってな。そこに居を構えていた事があったの
さ」
「この前、おばあちゃんの授業であった魔女狩りの話やね?」
「そうだ。まあ、魔女狩りはレーベンスシュルト城を構えてからは関係なくなったんだが…。そういえば、日本では未だ江戸幕府も開府していない時代だっ
た。さすがに、孤島とは言え嗅ぎ付けるのも多くてな。一人で対処出来ないレベルにまでなり、さすがにお仕舞いかと思った時に、暇つぶしに作っていた この人形が突然動き出してな。私と共に戦ってくれたのさ」
「え!?このお人形さん動くん!?」
木乃香は驚いて目を見開いた。
「ああ、ここに封印されるまで、ソイツは私をずっと支えていてくれた」
「口は頗る悪かったがな」と苦笑しながらエヴァンジェリンは話を続けた。
「封印された時に、魔力を供給出来なくなってな。別荘に持っていっても動かず…物置に入れていたんだ」
「…そうだったのか。でも、どうしていきなり動き出したんだろうな?」
イルゼが不思議そうに聞くとエヴァンジェリンは首を横に振った。
「わからん。幾ら私でも数百年も長持ちするような魂を人形に持たせるなど出来ないし。それに、チャチャゼロに聞いた事もあったが、「オ前ヲ助ケタクナ
ッチマッタカラダ」って言うだけだったな。だが、疑問を持つ意味が無い事を長年連れ添って感じたよ。ずっと、一緒に居てくれたからな」
エヴァンジェリンは、久しぶりの友に会えたことを喜んでいるようだった。
「そうだ…、ばあちゃん。話変わるんだけどさ」
そう、イルゼが切り出した。
「なんだ?」
「『禁断のネットワーク』って知ってるか?」
「禁断のネットワーク??なんだそれは??」
エヴァンジェリンは突然のイルゼの言葉に首を傾げた。
「さっき思い出してさ。昔、俺の友達だったパンジャモンってのがさ。今はデジタルワールドは現実世界のインターネットに影響されて世界が広がっている
けど、昔、インターネットの出来る前はその『禁断のネットワーク』から生み出された世界だったんだって言ってたんだ」
エヴァンジェリンはイルゼの言葉を吟味するように腕を組んでうんうん唸りながら考えた。
「なんでもさ、あらゆる情報の集うモノだったらしいんだ」
イルゼの言葉に、エヴァンジェリンはハッとした。
「なんだと!?まさか…アカシックレコードの事か!?!?」
血相を変えてエヴァンジェリンはイルゼに掴み掛からんばかりの勢いで聞いた。
「え?アカシック??ばあちゃん、何なんだ?それ」
イルゼが本当に意味が分からないと言った表情を浮かべているのに気が付き、エヴァンジェリンは頭が冷えた。
「アカシックレコード。人智学者のルドルフ・シュタイナーが提唱した概念でな。他にもアカシャ記録とも呼ばれている。全宇宙の現在・過去・未来の全ての
行動や思考・出来事が記録されているデータバンクの事だ。なるほど…禁断のネットワークか…」
エヴァンジェリンは鳥肌が立つのを感じた。
もし、イルゼの言う『禁断のネットワーク』から産み落とされたのがデジタルワールドだとすれば大変な事だ。
アカシックレコードに触れればあらゆる知識を得ると言う。
それこそ、世界を滅ぼす事も、世界を安定に導く事も…吸血鬼ではない人生を歩んだ自分の事も…。
そこまで考えて、馬鹿馬鹿しい事だと頭を振った。
仮に、元はアカシックレコードの産物であろうと、今は人間の作ったインターネットと結びついて、恐らくもうアカシックレコードとの繋がり等無いだろう。
そう結論付けると、話を終わりにして、イルゼと木乃香に夕飯にする旨を伝えてキッチンに向った。
イルゼが学とフェイを呼び、フェイが木乃香と共にエヴァンジェリンを手伝うというスタイルは定着していて、イルゼと学が桃鉄で金持ちを目指すのも定着
していた。
最初は手伝おうとしていた二人だが、女性陣?に駄目だしされて桃鉄もすでに50年目に突入していた。
翌日、授業が終わると、イルゼと学、フェイは三人でショッピングエリアに来た。
明後日からの旅行の準備の為だ。
最初は、木乃香から離れる訳にはと言ったイルゼだったが、エヴァンジェリンの言葉に、旅行に行く事に決めたのだ。
「ここに居る限り、私も居るのだから木乃香は任せろ。お前は麻帆良を出て外の世界に行く時に強くなっていればいいんだ。その為には、人生の経験も
大切だぞ」
と言われたのだ。
最初に入った店は、カバンが沢山並ぶ店だった。
「色んなのがあるな」
とイルゼ。
「旅行用だからねぇ、ボストンバッグがいいかな。二泊三日って書いてあったし着替えとタオルと洗面用具なんかを入れるからね。後はカメラなんかを持
っていくならウエストバッグなんかもあるといいかもね」
と学が言い、イルゼと共にまずボストンバッグを見に店の奥に入って行った。
学は、結局ボストンバッグではなく大き目のオレンジの多機能リュックサックを買った。
イルゼは、大き目のイエローのメッセンジャーバッグを買った。
中には必要な物を入れるのに十分な大きさのポケットがある。
フェイはお金が無いのが分かっているのでイルゼが買うと言ったが、自分から選ぶ事が出来ずに、結局イルゼと学が選ぶ事になった。
学も、責任を取るのはイルゼだと最初っからレディースのバッグのエリアで探し、鈴色のマザーズバッグを購入した。
ブロンズのように赤み掛かったシルバーがとても綺麗だ。
フェイはそれを宝物のように抱きしめると何度もイルゼにお礼を言って、それから洗面用具を買いにコンビニに行った。
ちなみに、バッグ屋で学は小さな黒のウエストバッグ、イルゼは銀のレザータイプのショルダーバッグ、フェイはイルゼがじっと見ていたブルドッグのぬい
ぐるみ型のリュックに手を伸ばし、「これがいいのか?」と聞くと、躊躇いがちに頷いたのでそれにした。
寮に戻ると、二泊三日分の着替えとしおり、洗面用具と、イルゼ達の部屋の風呂場にあるタオルをそれぞれ入れた。
そして、水曜日。
ミス研の旅行出発の日が来た。
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