第24話『部活』


4月11日の火曜日、イルゼと学、フェイの三人は初等部校舎から少し離れた場所の部活棟を訪れていた。
朝は、エヴァンジェリンと木乃香と共に、学とフェイを連れ出して学校に向った。
学校に着いたイルゼ達は、朝のホームルームが終わると、矢部に各部活の説明会の場所と時間が書かれた冊子を渡された。
木乃香とエヴァンジェリンに声を掛けると、エヴァンジェリンは茶道部に決めていたらしく、木乃香は夕映、のどか、ハルナと共に図書館探検部を見に行く
事になったそうだ。
部活棟のエレベーターに乗り込むと、冊子を確認してミス研のある4階のボタンを押した。
この部室棟は12階という高さと、一階一階がとても背が高く、幅も校舎と同じくらいある。
そんな中で、ミス研は4階の隅の方に入口があるのを発見した。
他の部室の入口と同じ様に、ミス研の入口には歓迎の文字が高らかに躍り、可愛い飾りがたくさん付いていた。
イルゼが代表して扉を開けると、中はスッキリと清潔な空間が保たれていた。
左側の壁には全面に本棚があり、そこに何百、何千もの本の背表紙が並んでいた。
広めの空間で、奥の方にオフィスの机のようなのがあるが、そこにはデカデカと部長の文字が躍っていた。
そして、そこには恐らくは部長なのだろうサングラスを掛けた短髪の少年が座っていた。
少年の他には、部長の机の近くには電気ポットでお湯を沸かしてお茶の準備をしている金髪でありえない赤目のメイドさんが居て、部屋の右側に並べら
れている長机の中心でパソコンを弄る黒髪を肩までストレートに伸ばしている目付きの鋭い少女と、その脇に座る銀髪のオールバックの眉無し少年。
部屋の中央の大きなソファーには、何と全く同じ顔をした桃色の髪の少女と青髪の少年が座っている。
そして、本棚で分厚い本を独りで読み耽っている金髪の少女がいる。

最初にイルゼ達に反応したのはソファーに座る桃色髪の少女だった。

「あっ!!ブチョーブチョー!!新入生キタッス!!」
 
ハイテンションな少女の叫びに、奥の机に足を乗せて椅子に座っている橙色のサングラスを掛けた、短髪を跳ねさせている少年がおうとだけ答えて立ち
上がった。
青髪の少年は、イルゼ達の近くまで歩み寄って話しかけた。

「やぁやぁ!!ようこそミス研へ!!どうぞどうぞ!!」

大きな声で叫ぶように言う少年に、フェイがビクつくが、イルゼが頭を撫でて安心したように眼を細めた。
そして、少年に促されるまま、さっきまで少年と少女が座っていたソファーに腰掛けるよう言われ、三人は大人しく従った。

「粗茶でございます」

すると、お茶を持ってきた金髪赤眼のメイドさんがお茶を持って来てくれた。
紫の薄目の布のメイド服を着た少女に、イルゼ達は目を丸くしたが、突っ込み所が多すぎて何も言えなかった。
そして、壁際の少女と銀髪の少年はイルゼ達の来訪にも全く関心を示さなかった。
そして、部長らしき少年がニッと笑いかけながら、対面にあるもうひとつの小さなソファーに座った。

「ようこそ、新入生諸君」

そう言うと、イルゼ達を観察するようにサングラスの向こうで視線が動いているのをイルゼが感じ、イルゼが眼を細めると、次の瞬間に、メイドの少女か
ら殺気が漏れ、イルゼはその方向を向くと、少年が待ったをかけた。

「すまないな、輝夜はちょっと性格がアレなんだ」

たははと笑いながら言う部長の少年に、イルゼはジトッとした眼を向けたが、学とフェイは何が起きたのか分からず呆然としていた。

「アレとはなんですか」

表情を全く変えずに、メイドの少女、輝夜はそう洩らした。

「言葉の綾だから気にするな。それより、お前は凄いな。なんかやってんの?」

ニタニタと笑いかけながらそう言う部長の少年に、イルゼは別にと答えた。

「ブチョー、新入生相手に何ヤッテんス?」

桃色髪の少女が呆れた眼で部長の少年を見て言った。

「すまんすまん、とりあえず自己紹介といくか」

そう言うと、部長の少年はゴホンと咳払いをした。

「俺の名前は暁秀だ、部長かブチョーか気軽に秀様と呼べ!」

高慢にそう言い放つ秀に、イルゼ達だけでなく、桃色の髪の少女や青髪の少年、コチラをドキドキしながら見つめている金髪の少女までもが白けた表情
で秀を見た。

「…、ま…まあ、部長と呼んでくれ」

空気に耐えられなくなったのか、秀はそう言って今度はメイドの少女を呼んだ。

「こいつは天王寺輝夜だ。ちなみに、金髪は染めてて眼の赤はカラコンだ!」

そう言い放つ秀と秀の横で静かに立つ輝夜を見比べて、イルゼ達は何とも言えない表情になった。

「なんでカラコン?」

イルゼが恐る恐る聞くと、秀はフッとニヒルに微笑んだ。

「その方が萌えるだろ?だから着けさせた」

その言葉に、イルゼ達は大いに引いた。
特に、イルゼは無意識にフェイを隠すようにした。

「ブチョー、引いてるっすよ新入生達」

桃色髪の少女の突っ込みに、げっ!と焦りながら語りだした。

「言っておくけどな、輝夜は俺の許婚だから俺色に染めてるんであってだな。別に赤の他人にやらせたりはしないって!!」

――そこじゃない。
秀以外の部室に居る全員の考えが一致した。

「ブチョー、また新入生引いてるっすー!かく言う私も大いに引かせてもらってるっす変態!!」

桃色髪の少女は青髪の少年に庇われながらさがっていた。

「……、ま、まあ、とにかく次だ次!!蓮、嵐!!こっちに来い!!」

若干ショックを受けながら秀は、桃色の髪の少女と青色の髪の少年を呼んだ。
秀に冷たい視線を送りながら、桃色の髪の少女と青髪の少年がイルゼ達に近づいてきた。
そして、桃色髪の少女がアイドルのように可愛くニコッと笑いかけた。

「私は武藤蓮っていうっす。蓮先輩とか呼んで欲しいっす!」

語尾が気になったが、少なくとも秀よりはまともな気がしたのでイルゼ達はそれぞれよろしくお願いしますと言った。
それから、今度は入れ替わりに青髪の少年がやぁやぁと言いながら、若干蓮を秀から隠しながら口を開いた。
ちなみに、イルゼもフェイを無意識に秀の視界から外そうとしていた。

「僕は武藤嵐っていうんだ!!嵐先輩と呼んでくれ!!」

大声でそう名乗る嵐に、イルゼ達は耳が痛いと思いながらよろしくと返した。

「ちなみに、俺と輝夜は5年生で、蓮と嵐は4年生だ。三年生はあそこにいる白雪千里とスヴォトボルク・アダイェフスカヤなんだが…、あいつらは気難しく
てな。一応、女の方が千里で、銀髪の方はロシア人でボルクって呼んでる。お前達は千里先輩とボルク先輩って呼んどけ」

秀の説明に、イルゼ達は黙って頷いた。

「後は、亜里沙!」

秀が呼びかけると、一瞬で金髪の少女、亜里沙はイルゼ達の元にやってきた。

「へへへ、アタシは寿亜里沙だ。一年違いだし、気軽に亜里沙って呼び捨てで構わないぜ」

ニッと笑いかける亜里沙に、学とフェイは困ったような声を上げたが、イルゼは気にした風も無かった。

「わかった、よろしくな亜里沙」

イルゼはニカッと笑いかけた。

「お、おう!」

亜里沙も嬉しそうに笑顔で返した。

「ちなみに、部活恋愛は全然構わんが、輝夜は俺の嫁で、千里とボルクはあの通りだ。蓮と嵐も変態だからそれを念頭に入れておけ」

突然のタイミングでそう言う秀に、亜里沙が慌てるが、その前に蓮がどういう意味っすか!?と秀に詰め寄った。
すると、秀は諭すようにいいか?と聞いて口を開いた。

「世間一般で姉弟で恋愛する奴を変態と呼ぶんだよ」

意地悪そうにそう言う秀に、蓮はガーっと怒った。

「もしかしてさっきの事根に持ってんすか!?持ってるんすね!!」

だが、秀はハッハッハと笑って受け流した。

「何言ってるんだ?俺がそんな小さい事を根に持っていると?まあ、どうせ俺は変態だからなぁ。でも、お前達も確実に変態だよなぁ?まあ、俺は全然根
に持ってないがな」

「持ってるじゃないっすか!!」

ガーガーと言い合う二人に、嵐は困ったような笑顔を向け、そこに輝夜が割って入った。

「いい加減にしてください秀様。それに蓮も」

すると、驚いた事に、それまで言い合っていた二人が素直にはぁいと言って従った。
だが、それよりもイルゼ達は、輝夜の秀様発言にちょっと引いた。

「あ…そのなんだ?ちょっとばかし騒がしいけど…アットホーム?って奴だからさ」

亜里沙が何とかフォローしようと頑張るが、イルゼ達はちょっとこの部活どうしようかと迷った。
それに気が付いたのか、秀はふざけた雰囲気を消して真面目な顔をした。

「そ、それじゃあ!俺達の部活の活動は、まぁ大体は色んな土地で不思議って奴を探す事さ」

すると、それまでとは打って変わってサングラスの向こうで少年の様に目を輝かせる秀が饒舌に語りだした。

「いいか?世界は広い!色んな所に色んな不思議ってのがある!ワクワクするような不思議がな。俺達はそれを探すんだ。世界のどこかには誰も知ら
ない世界への入口があるかもしれない、世界のどこかには魔法使いだっているかもしれない!世界のどこかには不思議な生き物がいるかもしれない!
それを探したいんだ。俺は平凡な毎日に生きてる。だけど、俺はこのままの人生なんて嫌だ。不思議な世界を見てみたい。ドキドキするような冒険がした
い。だから、俺は作ったんだ。輝夜と一緒にミス研をな。笑われたって構わねぇ、それでも俺はいつか見つけたいん。俺が居るべき場所を!不思議な世
界を!!」

眼を輝かせ、一気に言い切った秀は肩で息をしている。
そして、イルゼも学もフェイも、どうしてかわからないけれど、何時の間にかこの変わり者の部長にどこか惹かれた。
すると、イルゼの後ろから亜里沙がどうだ?と聞いてきた。

「うちの部長、変ってっけど、でもカッコいいだろ?」

ニカッと笑う亜里沙に、イルゼもニッと笑い返した。

「だな」

そして、輝夜が取り出したプリントを秀は三人の前に出した。

「入部届けだ。どうする?」

イルゼ達の様子に確かな手応えを得た秀はニヒルに笑いながら聞いた。
学もフェイですらもイルゼと共に、輝夜から手渡されたボールペンで手早く書いた。

「今月は活動としてはゴールデンウィークにちょっと親睦会も兼ねて旅行に行こうと考えている」

「旅行?」

イルゼが聞くと、秀はそうだと言った。

「今回の旅行は完全にただの旅行だ。ミス研の本格的な活動は長期休みだ。他の日は大体何もなければ部室で何をしていようと構わない。ただし、
時々緊急で出かける事もあるから授業が終わったらここに居て欲しい。まぁ、四月中は特に予定もないし、お前達も新しい学校に馴染む時間が必要だろ
う」

そう言うと、秀は輝夜からプリントを受け取った。

「これはゴールデンウィークに予定してある旅行のパンフレットだ。目的地は清里だ」

プリントを三人に配りながら秀はそう言った。

「清里?」

イルゼの疑問に、学が答えた。

「山梨県の観光地として有名な場所だよ。冬にはスキーも出来る山があって、乗馬や少し変った自転車に乗れる場所、他にも綺麗な花畑なんかがある
んだ」

学の言葉に、秀はほぅと感心したように口を開いた。

「詳しいな、行った事があるのか?」

だが、学は首を横に振った。

「直接はありません。でも、お父さんが今度清里に別荘を買おうって言ってたので調べたんです」

えっへんと胸を張る学に、秀は目を丸くした。

「別荘?…ん?そういえば名前を聞くのを失念していたな」

秀の言葉に学が最初に口を開いた。

「僕は伊集院学です」

すると、突然、背後の長机の方から冷たい女性の声が聞こえてきた。

「伊集院学、巨大企業INC(伊集院NETカンパニー)の御曹司。INCは現在、勢いを増すネット産業界のトップにして、今尚も成長が止まらない世界でも指
折りの大企業です」

突然喋りだした千里とその内容に、学自身も含めて全員が唖然とした。

「驚いたな、伊集院の御曹司か」

「はい、でもどうして僕の事を?」

学が聞くと、秀は顎で千里を示した。

「千里は情報通って奴でな。インターネットやらなんやらでどんな情報でも持ってるんだ」

秀はまぁと一呼吸置いた。

「その情報源とかは教えてくれないがな」

イルゼ達はへぇと言った。

「次は、そっちの女の子、名前は?」

女の子と呼ばれて自然にフェイは口を開くので学は遠い目をした。

「フェ…フェイです」

「フェフェイ?変った名前だな」

フェイがどもりながら言ったので秀がおかしな勘違いをした。
イルゼはそれを訂正した。

「違うよ、フェイ・アリステア・エバンス。フェイもちゃんと自己紹介しろよなぁ」

イルゼが呆れたように言うと、フェイは項垂れてしまった。
「仕方ねぇな」と言いながらイルゼがフェイの頭を撫でて宥めると、千里がフェイを見て首を傾げた。

「おかしいですね、フェイ・アリステア・エバンスは男性の筈ですが?」

その言葉に、イルゼが「そうだけど?」とあまりに普通に返したので学以外は全員が冷や汗を掻いた。

「ちなみにお前達の関係は?」

どこかドキドキしながら秀が聞くと、イルゼは普通に「友達」と答えた。

「ん?それ以外にどう答えろと?」

イルゼは何故かがっかりしたように溜息を吐いた秀や蓮に首を傾げた。

「まぁ、個人でどんな格好してようが別にいいか。俺も輝夜に普段からメイド服着せてるし…。それで?お前は?」

秀の言葉に再び引きながらイルゼは「あ、ああ」と答えた。
蓮は「変態だぁぁぁ」と大喜びで叫んでいる。
秀は「うっせぇ」と怒鳴り返しながらイルゼに視線を戻した。

「俺はイルゼ、イルゼ・ジムロックだ」

「ジムロック…ドイツ人か?」

秀が聞くと、イルゼは首を横に振って説明した。
勿論、詠春の考えた嘘設定だが。
千里の情報網にも詠春の働きによって改竄された情報しか来ないのか何も口を挟まなかった。
輝夜が、イルゼ達の座る大型ソファーと秀の座る小型ソファーの間にある低い机の上にあるイルゼが飲み終わって置いた湯飲みに新しくお茶を入れ
た。

「あ、どうも」

イルゼが頭を下げると、無表情のままいいえと言って、輝夜は秀の後ろに戻った。

「まぁ、なんにしても歓迎するぜ」

イルゼ達のソファーの左で亜里沙がニカッと笑いながら言った。

「ああ、ようこそミス研へ」

秀もニッと笑いかけた。
それから、イルゼ達は秀達に別れを告げて部室棟を出た。
それから、特にやる事も無く、他の部活も見に行こうかと思ったが、そのまま寮に戻った。
木乃香とエヴァンジェリンが帰ってきたのは夕方になった頃にエヴァンジェリンが先に帰宅し、それから間を置かずに木乃香が帰ってきた。
エヴァンジェリンは、茶道部で出たお菓子をお土産に持ってきてイルゼと木乃香だけでなく、学とフェイにも配って喜ばせた。
そして、木乃香とフェイがエヴァンジェリンを手伝うと言う形で昨日と同じ様に夕食を作った。
夕食には早い時間に作り始めたが、完成したのは7時を回る頃になっていた。
イルゼと学が運ぶのを手伝いながら見たのは、芳しい香り漂うビーフシチューだった。
味付けは少し独特だったが、それでも最高においしく、皆で大喜びで平らげた。
木乃香の図書館探検部の話が食事の席を盛り上げた。
お風呂も昨日と同じ様に男女に別れて入り、ちなみにフェイはちゃんと男子の順でだ。
これはさすがに5人で入るには狭いからだ。
そして、学とフェイが自室に戻ると、エヴァンジェリンはこれまた昨日と同じく眼鏡を掛けて二人を座らせた。

「さて、昨日話した事は覚えているな?」

その言葉で、イルゼと木乃香は身を凍らせた。
一日、考えながら過ごした。
まだ、実感出来ていないといった所だった。
その様子に、エヴァンジェリンは気を悪くした風もなく、「まあ、そうだろうな」と言った。

「別に、お前達がすくに理解出来るなんて思っちゃいないさ。昨日言った、魔法使いが異端である事」

エヴァンジェリンは指を一つ一つ上げながら言った。

「魔法は災いを呼び寄せる性質のモノである事、死への覚悟をする事」

一呼吸置いて、エヴァンジェリンは口を開いた。

「どれも、すぐに実感しろと言うのが無理な話だ。人間の内面を知るには、お前達はまだまだ生きた年月が少な過ぎる。これから少しずつ経験して成長し
ていけばいいんだ」

エヴァンジェリンの言葉に、イルゼと木乃香は真剣な表情で頷いた。

「それじゃあ、今日は実際に木乃香に教える魔法や陰陽術について話そうか」

エヴァンジェリンはそう言うと、コホンと咳払いをした。

「まず、木乃香は西洋魔法と陰陽術の両方を覚えてもらおうと思う。木乃香、西洋魔法と陰陽術の違いはどんな物かわかるか?」

エヴァンジェリンの質問に、木乃香は少し考えると、自身なさげに答えた。

「陰陽術は和風な感じで神様とかの力を使うんけど、西洋魔法は洋風な感じで妖精とかの力を使うんかなぁ?」

その答えに、エヴァンジェリンは「そうだ」と答えた。

「正解だ、正確に両方を比べると、違いはその点が大きい。まぁ、西洋魔法は体系が広く枝分かれをしているから妖精の力を使うだけではないが、今日
はその話をしよう」

そして、エヴァンジェリンは「まず」と一呼吸置いた。

「陰陽術についてからだ。陰陽術の始まりは中国の陰陽五行説、西洋魔法で言う所の五大要素に近い性質に端を発している。陰陽術は、主に呪術、式
神、占術とがある。日本書紀によればだが、513年に五経博士が来日し、日本に持ち込まれたという。それから100年程度が経ち、奇門遁甲の使い手や
呪術師、占術師が日本に渡り、陰陽術の基礎が築かれた。676年には陰陽寮が建てられる等、陰陽師の全盛期だった。関西呪術教会の基礎はその陰
陽寮にあったとされている。有名な安倍晴明が、その式神である十二神将にあらゆる日本の剣術を習得させ、その末に出来たのが、京都神鳴流と呼ば
れている。呪術教会には、安倍晴明が記した占事略决の原本である占事略決が保存されていてな、その写本である占事略决がここの図書館島のレベ
ル3に保存されていてな。近右衛門がその写しを厳重に封印処理して貸してくれたからな」

エヴァンジェリンはそこまで話すと、机に置いておいた電機ポットからお湯を出してお茶を煎れ湯のみに注いで一口啜った。
難しい話にもなんとか着いてこようとしている木乃香とすでに頭から煙を出しているイルゼに苦笑した。

「おばあちゃん、奇門遁甲って何やの?」

木乃香は、エヴァンジェリンの話の中でもどこか異彩を放つその単語に首を傾げた。

「奇門遁甲は簡単に言えば陰陽道の三式と呼ばれる術数の一種だ。三式は「天式」の太乙神数、「地式」の奇門遁甲、「人式」の六壬神課による「天・
地・人」、つまり「天時」「地利」「人和」が揃う、完全無欠の術数という意味を持っている。五術六大課と呼ばれていてな、陰陽道の術の大まかな体系を表
しているんだ。五術、即ち「命・卜・相・医・山」に分けられる術を三式・三典に分けているんだ。それを六大課と呼ばれている。三式はさっき言ったとおり
だ、それに対し、「河洛易数」を「上典」、「星平会海」を「中典」、「宿曜演禽」を「下典」としたのが三典だ。奇門遁甲も、五術と同じ分け方でさらに分けら
れる。奇門命理、奇門占卜、奇門方位、奇門風水、奇門面掌(人相)、奇門名相(姓名学)、奇門方剤(漢方)という風にな。天と地、その中間に座する人
を現す三式、上中下を表す三典。陰陽道における全ての要素の占術、式神、呪術はどれもこの五術六大課に内包されているのだ」

エヴァンジェリンの説明をゆっくりと反芻し、すこしずつ木乃香は飲み込んでいった。

「木乃香は式神と呪術、その中でも特に浄化や結界、癒術、後は浄霊・浄化・退魔の術を教える」

「西洋魔法はどないするん?」

木乃香が聞くと、エヴァンジェリンは「勿論教える」と言った。

「陰陽術も西洋魔法も長所と短所があるからな。陰陽術は習得が難しく、発動が難しい強力な術が多く、西洋魔法はあらゆる用途にあった術がある。西
洋魔法に関しては、始まりは遥か昔の話で確かな事は分かっていない。西洋魔法、まぁ魔法でまとめるが、魔法には数え切れん体系に分けられていて
な、木乃香に教えるのはシングルアクションの魔法。ほれ、この前見せた料理を温めたりする始動キーなしの呪文の事だ。これには、自分専用の魔法
発動体の杖を必要とする。それも、かなり特別なやつだ」

「特別?」

木乃香が首を傾げた。

「今、世界で最大の規模で使われている魔法は始動キーと定型呪文を唱え、魔道発動体によって己の魔力で魔法を発動するんだが、シングルアクショ
ンの魔法には、普通の魔道発動体では駄目なのだ。キチンと自分に合わせた一本を使う事でようやくシングルアクションの魔法は使える」

すると、木乃香は「あれ?」と首を傾げた。

「でも、おばあちゃんは杖を使ってなかったやん?」

すると、エヴァンジェリンは「それはな」と語りだした。

「私が吸血鬼だからだ。闇の眷属である、肉体その物が魔道発動体となっているのさ。自分の肉体以上に自分に合う魔道発動体は無いからな。シング
ルアクションも使えるというわけさ」

木乃香は納得したように「ほへぇ」と言った。

「杖は、爺ぃが用意すると言っていたから日曜には間に合うだろう。シングルアクション以外も、始動キーを使う魔法も教えるつもりだ。あれはあれで威力
の高い攻撃魔法が数多くあるからな」

エヴァンジェリンの言葉に木乃香が頷き、エヴァンジェリンは「それから」と続けた。

「式神や陰陽術の中でも神の力を借りる上位の術の為にある程度力が付いたら儀式なんかをしないといかんのだが…まぁ、今はいいか。それじゃあ、イ
ルゼも寝てしまったようだし、私達も寝よう」

イルゼは何時の間にか寝息を立てていた。
その様子に、エヴァンジェリンと木乃香はお互いに苦笑いを浮かべ、二人でなんとかイルゼをベッドに運び、三人で川の字になって眠った。



翌日、エヴァンジェリンに起こされ、木乃香とイルゼはエヴァンジェリンの用意したスクランブルエッグとトーストを食べると、学、フェイを伴って学校へ向っ
た。
今日はホームルームで委員と係りを決めるだけだった。
初日に、俺と須藤の喧嘩の後をまとめた手塚が委員長となり、後は授業毎に手伝うだけの係りを全員で分担して終わった。
そして、学とフェイが他の二人と教室の掃除の係りとなり、二人を待つ間にイルゼが隣の教室でエヴァンジェリンと木乃香の様子を覗きに行くと、木乃香
もエヴァンジェリンもランドセルを背負って帰る準備を整えていた。
木乃香は夕映とのどか、ハルナと共に図書館探検部に行くらしく、エヴァンジェリンも茶道部に行くと言って去っていった。
学とフェイが掃除を終わらせて教室から出てくると三人は部活棟のミス研の部室にやって来ていた。
既に秀と輝夜、亜里沙が居て、結局イルゼ達以外に新入生は入部しなかったらしい。

「だろうな」

イルゼの言葉に亜里沙が「容赦ないぜ…」と項垂れた。
それから、秀は調べ物をするからと言って輝夜(メイド姿のまま)と出て行った。

「なぁ、あれは突っ込むべきなのか?」

秀と輝夜を見ながらイルゼが聞くと、亜里沙は顔を背けた。

「そ、それより折角だし面白い本があっから紹介してやるぜ!」

誤魔化す様にそう言う亜里沙は本棚から何冊かの本を選び出した。

「アタシ達が行くのは大体不思議な伝承とか、昔事件があった場所なんかにも行くんだぜ。その下調べなんかをするのは千里先輩の仕事なんだが、ここ
の本で前知識を入れとくのも損はないぜ。今月は予定が入ってないけど、五月の三、四、五に清里に行くだろ?その後も第二第四土曜日が今年から休
みになったからちょくちょく遠出できるようになったから色々と行こうって計画してるんだぜ。今、候補に上がってるのは1985年に謎の怪死を遂げた著名
な建築家の中村青司の立てた曰く付きの建築物を回ろうってのと、麻帆良に近い公立高校で工事をする度に謎の事故が起こるのを調査しに行こうとい
うの、昔、日本軍が謎の研究をしていて地図から消されたと言う髑髏小島の探索、他にも昔、凄惨な殺人事件が起きた双頭の城が千葉にあるのを見に
いうのなんかがあるんだぜ。」

亜里沙の言葉に、イルゼが質問した。

「中村青司ってのは?」

イルゼの質問に、亜里沙は得意気に胸を張って編みこんで垂らした先を銀色のリボンで結んでいる額から伸びて頬を伝い首元まで伸びる金色の髪を揺
らした。
そして、一冊の本をイルゼに渡した。

「『中村青司のトリックワールド』?」

イルゼがその本のタイトルを読み上げると、学とフェイがイルゼの両脇から覗き込んできた。

「ああ、中村青司ってのはマニアの間で有名な建築家なんだぜ」

得意気にそう言う亜里沙に、イルゼは疑問を差し伸べた。

「マニア?」

亜里沙は「ああ」と答えた。

「中村青司が建てる建造物ってのは一癖あってな」

「一癖?」

学が首を傾げた。

「おう、中村青司が建てた建築には必ずと言っていいほどに必ず絡繰が仕掛けられてるんだぜ」

「から…くりですか?」

珍しくフェイが質問したので亜里沙はますます嬉しそうに誇らしげに語りだした。

「そうだぜ、絡繰がなんなのかはわかるか?」

亜里沙の質問に、学は頷いたが、イルゼとフェイは分からずに首を横に振った。

「簡単に言うと、仕掛けの事だよ。電気のスイッチを入れて天井の電球が灯るだろう?それをもっと複雑にもっと大掛かりな結果を作り出す仕掛けの事を
絡繰って言うんだ。テレビで見た事無いかな?お茶を運ぶ絡繰人形の事」

学の説明に、イルゼは昔テレビで見たのを思い出して納得したが、フェイは分からないと言った。

「ぶっちゃけロボットの事だろ?」

イルゼの言葉に学は「そうそう」と言った。
それでフェイも理解できたらしい。
それをちょっと寂しそうに見ていた亜里沙が三人が話を終えて自分を見て話すのを待っているのに気が付くと再び嬉しそうな表情に戻った。

「中村青司の建てる建物はほとんど全てが何かしらの絡繰がある。それも家主すら知らない複雑でとんでもない不可思議な絡繰を作るんだぜ。その中で
も、館の字が付く建物には大掛かりな仕掛けが施されているんだぜ」

そう言うと、亜里沙は今度は一冊の小説をイルゼに手渡した。

「これは?」

「その本は、鹿谷角美って作者が書いてんだが。なんとコレ、ノンフィクションの小説なんだよ。ノンフィクションってのは現実にあったのを小説にした物で
な。中村青司の建てた迷路館で実際に起きた事件を当事者として書いてるんだぜ。著者自身が本当に当事者だったらしくてな。その中で、迷路館の仕
掛けについても触れてるんだぜ」

「!?中村青司の建てた館で殺人事件が起こったって事か?」

イルゼが目を丸くして聞くと、「その通り」と答えた。

「それに、中村青司が自宅の青屋敷と同じ島にある十角館でも凄惨な殺人事件が起こったって話でな。それで中村青司の館は曰く付きって言われてる
んだぜ」

亜里沙の話に怖くなったのか、フェイはイルゼに抱きつくようにイルゼの左腕を握り締めた。
そして、イルゼは亜里沙の言っていた他の事についても質問した。

「麻帆良の近くの公立校の話はなんなんだ?」

イルゼが聞くと、亜里沙は少し困った顔をした。

「実は、これはまだ前調査中でな、さっき言ったみたいな現在進行中の事件を調べる時は最初にインターネットやなんかで千里さんやみんなで色々と調
べてから、秀が指示を飛ばして部員で何人かが直接行くってのが多いんだ。大体はアタシや蓮先輩、嵐先輩、ボルク先輩が向うんだけどな」

亜里沙の言葉に学は目を丸くした。

「実際の事件を調査するんですか!?」

すると、亜里沙は悪戯っぽく笑った。

「ああ、と言っても霊とかが関係する現実味の無い事件ばっかだけどな。それでも、時々凄いのが見れたりするんだ。私は未だあんまり見た事無いけ
ど、先輩がどっかの小学校で本物を見たって言ってたぜ。まぁ、そんなんよりアタシは楽しけりゃなんでもいいけどな」

ニッと漢らしくも可愛らしく笑う亜里沙にイルゼ達も笑い返しながら渡された本を持ってからイルゼが「さて」と言った。
亜里沙の話を聞いている内に太陽が沈みかけていたのだ。
亜里沙も荷物を纏めて四人で一緒に寮まで歩くと、亜里沙は5階でエレベーターを降りて別れた。




それから数日、授業も開始して同じ様な日々が過ぎていった。
エヴァンジェリンの魔法の授業は特にシングルアクションの魔法について重点的に続けられた。
基本的にシングルアクションの魔法で基礎を固めていき、力が付いてから陰陽術や始動キーの魔法を教えていくというのがエヴァンジェリンの方針だっ
た。
部活では、特に亜里沙と、時折蓮と嵐と共に過ごす日々を続け、イルゼ達は土曜日を迎えた。
第二土曜日で学校が休みであり、イルゼと木乃香は、エヴァンジェリンと共に修行場に立っていた。




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