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第18話『学校』
太陽が真上よりちょっとだけ傾きだした頃、俺達はアイスクリームバーで買ったアイスクリームを舐めながら図書館島に向かっていた。
ちなみに、俺がチョコレート、木乃香が小豆でのどかはレモン。
夕映と学はなんだか肉汁アイスって言うのに惹かれるものが在ったらしい…。
夕映に話しかける時に敢えて手元を見ないように気をつけなければいけなかった。
「なあ夕映」
「なんですか?イルゼ」
夕映はアイスクリームの表面に僅かに顔を出している肉片を租借しながら顔を上げた。
見た目的にはチョコチップアイスに似てない事もないけど、やっぱり見た目最悪だった。
「図書館島ってアレか?」
俺は敢えてアイスクリームの話題は出さずに遠くに見える孤島を指差した。
下手に突っ込みを入れて食べさせられたら堪ったものじゃない。
ここから見える孤島には、西洋風のお城が建っている。図書館には見えなかったが図書館“島”というくらいだから島なんだろうと推測して夕映に案内さ
れるに従いながら周囲を見渡していると見えてきたんだ。前に詠春が見せてくれた海外の写真の中に外観はとても図書館らしくない図書館もたくさんあっ たのでお城の形もあるんじゃないかと思ったんだ。
「ええ、その通りですよ。あそここそが麻帆良の誇る世界でもトップクラスの蔵書と空間を兼ね揃えた麻帆良図書館島なのです」
夕映は右手でアイスを持ちながら左手で大きく図書館島を指し示した。
改めて見ると、その巨大さは近づくに吊れて見上げなければならないほどだった。
所々に彫刻が彫られていて、どこかの雑誌やテレビなんかで見たことがあるような感じの裸体の男や女、天使や草木なんかが数え切れないほどだっ
た。そのどれもが、どこか誇らしげに島を訪れる学生や一般利用者、教員なんかを歓迎している。
入り口には、真っ白の四本の塔が印象的で、奥のまるでイギリスのビッグベンを思い起こすかのような巨大なレンガの塔が聳え立っているのが遠目に発
見できた。
「はぁ…。なんや、ほんまに綺麗やね」
木乃香は隣でロマンチックな吐息を吐いて夢見る乙女のように図書館島の外観を眺めている。
これまでに夕映に案内してもらった、麻帆良の建造物はどれも胸がワクワクするほど不思議で京都には絶対に無いような幻想的な寺院をモデルにした
建物が数え切れないほどだった。
特に、お昼ご飯を食べ終わってすぐに向かったウルスラのエリアにある校舎や寮は、まるで麻耶が寝枕で読み聞かせてくれた童話の世界に迷い込んで
しまったかのような錯覚を覚えてしまうほど素敵だった。
図書館島に向かうためには大きな橋を渡る必要があった。橋もレンガで組まれていて、青空の彼方から涼やかに降り注ぐ太陽の光が反射していて、橋
の周りの湖は鏡のように覗き込んだイルゼ達を映し出した。
「この図書館島は、ウルスラエリアの校舎とかと違ってイタリアのヴェネツィアのサン・マルコ沖に浮ぶサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の修道院聖堂がモ
デルなんです。水の都と呼ばれるヴェネツィアの町から少し離れたその島の修道院聖堂はその美しさから“水辺の貴婦人”なんて呼ばれているそうなん です。モデルの修道院聖堂には、彫刻はあまり無いそうですが、それは恐らく日本で建てられた時にオリジナリティを出したのだと思います」
既に奥の塔が見えなくなり、見上げても彫刻の彫られた見事な入り口の壁しか見えないほど近づいたときに夕映は食べきったアイスの持ち手が汚れな
いように付いていた紙を折り畳んでポケットにしまいながら木乃香に誇らしげに胸を張って説明した。
俺はふと、夕映がマニアだとのどかが言っていたのを思い出しながらアイスの乗っていたコーンを噛み砕いて胃に納め、紙を折り畳んでポケットに仕舞
い込んだ。
「私達は少し前に図書カードを作ったんです。学くんも昨日作ったんです。だから木乃香さんとイルゼくんも作ってみてください」
区切り区切りながらも段々スラスラと俺達に話しかけられるようになったのどかが微笑みながら言った。
すると、学が尻ポケットから鎖で腰のベルトを通す部分から繋がっている財布を取り出すと、中から一枚のカードを取り出して俺と木乃香に見せた。
学生証は桜色を基調にして校章が右上にある写真のすぐ左下、ちょうどカードの真ん中にあって、他の部分に生年月日や居住地の住所、電話番号や
名前なんかが書いてある作りだ。それに対して、学の見せたカードは白に学の眼鏡を掛けた悪戯小僧といった感じの写真と幾つかの数字や電話番号な んかが書いてある、学生証よりは格段にシンプルな作りのカードだった。
上端に図書カードと印字されていた。
「これが図書カードか、学生証よりコッチの方がかっこいいな」
俺が学から受け取った学生証を太陽にかざしながらキラキラと光らせて眺め回していると、木乃香や夕映が不満そうに口を尖らせた。
「えー、でも学生証の方が可愛ええやん」
「その通りです。図書カードは少しシンプル過ぎるので、装飾過多になるほどとは言わないまでも、もう少し装飾があったほうがいいと思うです」
「そんなもんかねぇ。カードはすぐ作れんの?」
俺はカードを学に返して、頭の後ろで両手を組みながら後ろを歩く夕映に振り返った。
夕映は「ええ」と答えた。
「カードは学生証を司書の人に見せれば、ほんの数秒で出来てしまうですよ」
「へぇ、学生証とか図書カードってIDカードって言うタイプなんだろ?そんなに簡単に出来るもんなのか?」
俺の質問に、夕映は困ったような顔をした。
どうやら夕映にも苦手な分野はあるようだ。案内中に世界中の寺院や聖堂の豆知識を披露する夕映は何でも分かる天才のように感じていたので何故だ
か少しホッとしてしまった。
すると、宙に浮いた疑問を学が掠め取った。
自分に聞いてくだされと言わんばかりに悪戯っぽく笑いながら胸を張って左手の上に右腕の肘を乗せて右腕を肘で直角に曲げて真っ直ぐ上に伸ばしな
がら人差し指だけを伸ばしたポースで話し出した。
「元々カード自体は、機械の中に何十、何百、何千と保管されているのだよ」
「でも、写真や個別のデータなんかを前もって用意するのは難しいんじゃないですか?」
のどかが学に首を可愛く傾げながら疑問を投げかけると、学はその質問を嬉しそうに答えた。
「いいかい?元々用意してあるカードにデータが入力されてある必要はないのだよ。昨日、僕のカードを作る時に学生証を見せるだけじゃなくて、学生証
を司書さんに預けただろう?」
「うん」
「はいです」
学の質問にのどかと夕映はコクンと頷いた。
二人の返事に満足して学は先を進めた。
「つまり、学生証はIDカードだからコンピュータを使ってデータを取り込んで、図書カードに印字したいデータだけを抜き出すことが出来るわけだ。後は簡
単さ、必要なデータと写真のデータを図書カードの予め決まっている印字場所に刻んで、個別ナンバーはコンピュータで管理しやすいように割り振るだけ さ。元々、何も書いてない図書カードだからそれで簡単に完成させられるってわけなのだよ」
学が言い終わると木乃香や夕映、のどかは感心したように学を見た。
感嘆の声を上げながら学を褒め称える三人を見ながら、俺はちょっと途中から理解出来なくて頭から湯気が出ているのを感じた。
難しい話は苦手なんだよ、俺は。
大きな門は開いていて、中に入ると喋る声が高い天井のエントランスホールに反響した。
見上げると、天井はドーム型で、幾つもの宗教画が描かれていた。俺でも知っているような聖母マリアとイエス・キリストの絵や、天から舞い降りる天使に
手を差し伸べる裸体の男の絵なんかもある。床に色取り取りの光が何かの絵を映し出しているのを見て、その光の出所を追うと、入り口から見て両端の 壁に巨大なステンドグラスが埋め込まれていた。
「綺麗やわ…」
木乃香は太陽の光を受けて室内に入り込んだステンドグラスの光を全身に浴びながら感銘を受けたように溜息を吐いた。
のどかと夕映も木乃香と同じようにステンドグラスの光を浴びながら夢想の世界に旅立っている。
俺はエントランスホールの中をゆっくりと眺め回すと、エントランスホールの中には本は無く、代わりに巨大な柱が幾つも天井から降り注いでおり、その合
間に逞しい戦士の像や、美しい女神の像、中には滑稽なポーズをとる男の像や禍々しい雰囲気を醸し出す女性の像なんかもあった。
中央には円形の受付があるのが見えて、その先の自分達が立ち尽くしている入り口の丁度反対側に開け放たれた重々しい巨大な扉が見えた。
扉の近くや自分達の居る入り口付近、真ん中の受付近くにも警備員らしき人がいるが、入り口で突っ立っている俺たちを注意する人は居なかった。
しばらくして、ようやく現実世界に返ってきた三人と一緒に、中央の受付に行き、作業を中断して俺達にニッコリと笑いかけてくれた女性の受付の人に話
しかけた。
図書カードを作るのは本当に数秒とはいかなかったけど、それでも一分か二分程で預けた学生証と一緒に手渡された。
俺たちは奥の扉を潜ると、幾つもの扉の無い門の向こうにそれぞれ数え切れないほどの本の棚が見えた。
それぞれの入り口の門の上端に巨大なプレートに“哲学書コーナー”、“第一数学書コーナー”、“古典文学・室町時代コーナー”、“教育に関する者への
心得コーナー”など、多種多様な種類の本がコーナー別に無数に蔵書されている。
時々、“魔術コーナー”、“陰陽術のさ・し・す・せ・そコーナー”なんかが在って俺と木乃香はドキッとしたが、夕映が一々説明してくれるのを聞く限り、一般
に普通に出回っている程度の物ばかりらしい。それでも、数え切れない蔵書が奥に見える限り百を超えるのではないかというくらいの棚数で、高さも見上 げるほど高い天井に到達するほどだった。
「お二人は何か好きなジャンルはあるですか?」
前を歩きながら顔だけ後ろに向けて夕映が聞いてきた。
俺は特に本は読まないから木乃香の顔を見た。
木乃香は右手の親指と人差し指を立てて顎に添え、目を細めて大げさに悩む振りをしていると、「せや」と手を叩いた。
「うち、ファンタジー小説が好きなんよ。なんやお薦めとかないかなぁ?」
そういえば、木乃香は漢字を覚えるのにいいからと、少し厚い漢字を多用しながら振り仮名を振っている児童書を読むように言われていて、読んでいた
のを思い出した。
「ファンタジーですか、色々と面白い小説の多いジャンルですね。何か読んだ事のあるお気に入りの本はあるですか?」
「せやねぇ」
「んー」と唸りながら木乃香は目を閉じた。
「うちが読んだ中では、バーティミアス言う可愛ええ悪魔と男の子の話が一番好きやな。最後は悲劇的やったけど、それでもうちはあの小説大好きや」
悪魔の話と聞いてちょっとドキッとしてしまった。俺は別に悪魔って種族じゃなくて、デジモンの悪魔族に属しているだけなんだけど、なんとなく木乃香が悪
魔を嫌ってなくてホッとしてしまった。
木乃香の言った本は夕映も読んだことがあるらしく、目を輝かせてすごい勢いで振り返って木乃香の両手を握った。
「あの本を読んだですか!?嬉しいです。バーティミアスは日本では少しマイナーなので呼んでいる人は少ないですが、悪魔と少年の成長を描いた素晴
らしい作品なのです!特にヒロインのキティのかっこよさには惹かれるものがありました」
夕映が捲くし立てる様に言うと、木乃香も同じ本を読んで思いを共有できる友を手に入れて嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「うちは主人公の男の子の最後が凄く心に残ったえ」
そこで木乃香は何かを思い出したのか少しだけ寂しそうな顔をした。
「わかるです。彼の最後はとても感動したのですよ。あの瞬間こそ、主人公と悪魔のバーティミアスが本当の意味で友達になった瞬間なのだと思うで
す!」
それからしばらく、夕映と木乃香はバーティミアスの話に華を咲かせて、夕映が色々とお薦めの本の紹介をしているのを聞きながら、俺はのどかと学と
一緒に喋っている二人がはぐれないように注意しながら“麻帆良コーナー”のプレートの下を潜った。
部屋は広々としていて、中央に巨大なミニチュアが置いてあった。
周りにはスイッチの付いたテーブルがあって、俺が“図書館島・入り口”と書いてあるスイッチを押すと、ミニチュアの真ん中近くにある“図書館島”のミニ
チュアの入り口の辺りが光に照らされた。
その後、俺達は木乃香と夕映が“児童書・ファンタジーコーナー”で指輪を巡る冒険を描いた“指輪物語”を借りるのを待ってから、麻帆良コーナーで見た
ミニチュアの中でも特に目立った世界樹を見に行くことになった。
外に出ると、太陽は殆ど沈みかけていて、真っ赤な夕日が湖に反射して素晴らしく魅惑的で幻想的で美しい光景が広がり、学が持ってきていたコンパク
トカメラで、近くを通った何故か白いローブで全身を覆った男性にシャッターを頼んでみんなでピースをしながら写真を撮った。
シャッターのお礼を言うと、男性はニッコリと微笑んで閉館の音楽が流れ出した図書館島の中に入って行った。
それから、夕映とのどかに導かれて、図書館島から完全に日が沈んで月が建物の影からも見えるくらい高くなるまで歩いた所で、ようやく下から幻想的
にライトアップされた生徒たちから世界樹と呼ばれて親しまれている大木の下にやって来た。
それを眺めていると、どうしてか俺の心が温かい何かで満たされていくような不思議な感覚を味わった。
まるで、世界樹が力を与えてくれているような気がしたのだった。
すっかり遅くなってしまって寮に帰ると、時間は既に短針が9の字を指していて、大急ぎで近くのレストランで食事を取ってそれぞれの部屋に帰宅した。
すると、部屋の中央の小机に一通の封筒が置いてあった。
俺と木乃香は見詰め合うと、首を傾げた。
「なんやろ、手紙?誰からやろ?」
「開けても平気だよな?」
俺はしっかりと糊付けされた封筒の口を破って中の手紙を取り出した。
“お爺ちゃんじゃよぉ♪
エヴァへの弟子入りの日程を決めたいんで都合のいい日を同封した石に向って喋っておくれ。
焦る必要はないんじゃが、出来れば新学期が始まる前の方がええぞい。
何か困ったことがあれば相談するように。
駄目だったとしても気を落ち込ませてはいかんぞ、その時は別の師を紹介するから任せなさい。
決して無理はいかんぞ。木乃香、イルゼよ。お主等二人の健闘を祈っておる
近衛近右衛門“
手紙を読み終えた俺達は、封筒を逆さにして出てきた石を見て、お互い見つめ合うと何も言わずに頷きあった。
石は不思議な光沢があった。それを掲げて俺と木乃香は同時に口を開いた。
「「明日の夜!」」
二人の声が重なり合い、それと同時に石は光になって消え去った。これは伝言の簡単な魔法で、設定した者の声を記録すると術者の下に帰るというモノ
だ。
記録できる量が少なく、距離も県を跨ぐと使えないので使うものが殆ど居ないのだが、簡単な伝言用にはとても便利なのだ。
それから二人は麻耶が用意してくれたナップザックを小机の近くに置くと、頷きあった。
それから、丸一日立った夜の闇が支配する刻限に、桜ヶ丘4丁目の小川が流れるすぐ側で、すぐソコに見えるログハウスを見つめながらイルゼと木乃香
はナップザックから幾つかを手元にすぐ使えるように準備して、木乃香はデジヴァイスを右手で握った。
そして、二人は現代最強の魔法使いの家に歩き出した。
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