第14話『到着、麻帆良学園!』


車は、京都関西呪術協会を出発し、京都駅からさらに東、清閑寺を窓の外から眺め、大津市と京都市の境にある四宮駅から僅かに南下し、名神高速
道路京都東ICに乗った。

まだ昼前だと言うのに、帰省のラッシュは先の見えないほどの状況だった。

一車両分進めば5分待ちだ、カーナビゲーションのテレビも映りが悪く、CDをセットし、ドアの下に備え付けられているスピーカーから流れるのは流行の
アニメーションのテーマソングだ。

最初の一時間こそ、イルゼと木乃香は刹那との別れに沈んでいたが、徐々に外の景色に顔を綻ばせていった。だが、長く同じ景色ばかり見続ければ誰
でも飽きが来る。

窓の外から見えるのは自動車が外に落ちないようにする為の壁と、明かりの点いていない電灯。僅かばかり見える背の高い木もさして面白い物でもな
かった。

それからさらに一時間、出発したのが結局は十一時だったので高速道路には行った時点で既に12時を過ぎ、今は二時だ。持ってきていたコアラの形を
したチョコクリーム入りのビスケットや、チョコの着いているスティッククッキー、高速道路に乗る前に買っておいた梅やおかかのおむすびにメロンパンや
チョコレートパンは既にウーロン茶と一緒に食べ尽くしてしまっていた。

お腹はそれほど空いてはいなかったが、イルゼが途中からモジモジしだし、それに吊られるように木乃香もモジモジしながら運転席でガムを噛みながら
前の車を睨み付けている麻耶に言った。

「麻耶さん…おしっこ…」

その瞬間、麻耶はドアの下にあるポケットから東名高速道路の地図を取り出し、すぐ近くの電光掲示板を確認すると、500m先に美合パーキングエリア
を見つけた。

「待っててな、もう少し辛抱しとって下さい。もう、後…20か…30分くらいでパーキングに入りますんで…」

その言葉にイルゼと木乃香は弱弱しく頷いた。

「我慢します…」

「俺も…」

木乃香とイルゼの言葉と同時に、僅かに動きがあり、一気にかなり進むことが出来た。

どうやら、パーキングエリアに入る車が多く、流れがスムーズになったようだ。すぐに、ハンドルの右脇にあるウインカーのハンドルを上に持ち上げた。

そして、うまい事第一車線に車線変更し、それから僅かに予告よりも遅れ、40分後に美合パーキングエリアに到着した。

ところが、パーキングは車が満杯で止める事が出来ず、イルゼと木乃香をトイレ前で降ろした。

「それじゃあ、うちはどっかに空きが出来るまで周りグルグルしますさかい、イルゼとお嬢様はトイレ行った後はちょい待っとって下さい。ここでちょっと遅
いけどご飯を食べましょう」

「うん!」

「はぁい!」

麻耶に返事をすると、木乃香とイルゼはそそくさとレンガ風のトイレに入って行った。

若干、木乃香を一時的とは言え一人にするのは不安だったが、さすがにパーキングのトイレでは大丈夫だろうとしばらく駐車場をグルグルと回り、ようや
くワゴンタイプの車が出るタイミングに出会い、車を停車させると、自分もトイレに入って行った。

しばらくして、最初にイルゼ、それから木乃香、麻耶の順に出てくると、スナックコーナーに入って行った。

「ふふふ、ここは名古屋名物が食べられるんどすえ」

頬を綻ばせながら、二人分のびっくり丼セットを頼んだ。

木乃香とイルゼはお菓子とお握りとパンで若干お腹が一杯だったので、二人で分けることにしたのだ。

しばらくすると、窓口で味噌ダレの香ばしい匂いが食欲をそそる味噌カツとエビフライの乗った丼が二つ、それぞれにサラダとお味噌汁付が来た。

それを、お盆にのせて、混み合っている中で二人分の椅子が空いていたので木乃香とイルゼを座らせ、麻耶は立ちながら三人はそれぞれ味噌カツに食
いついた。

味噌カツに大満足した三人は、ショッピングセンターであさり煎餅とお茶を買い、もう一度トイレに行ってから車に乗り込んだ。

三時を回り、渋滞は一向に収まる気配が無く、ようやく富士川が見えてくるまでに三方原と牧の原のサービスエリアに入り、牧の原では夕飯を食べてしま
っていた。

麻耶は牧の原で麻帆良の学園長、近衛近右衛門に連絡をし、到着は深夜になる旨を説明し、二人のベッドをすぐ眠れるように準備してもらった。

レストラン『季楽々喜』の『とろろ鰹まぶしと駿河のおさかな膳』を三人で突っつき、アイスクリームを食べ、出発して現在に至る。

既に空は漆黒の闇に包まれ、イルゼと木乃香はウトウトしていたかと思うと眠ってしまった。

その様子に麻耶は微笑みながら、キシリトールのガムを噛み、CDを消して、僅かに窓を開けた。

カーナビゲーションに表示されているデジタル時計は、既に夜の7時を回ろうとしていた。

帰省ラッシュがこれ程と思っていなかった麻耶は若干欠伸をかみ殺し、電光掲示板の『この先100km以上の渋滞』という文字に肩を落とした。

11時を過ぎ、ようやく東名高速道路の東京インターチェンジで首都高速道路に移ると、先ほどまでとは段違いでスイスイと進めるようになった。

首都高速5号池袋線を直走り、日付の変わったころにようやく、浦和の出入り口で高速を降り、地図で確認しながら信号にイラっときつつも法廷速度を護
って麻帆良市に入り、麻帆良学園のある桜ヶ丘まで走り続けると、段々と西洋風の巨大な建築物や、背の高いビル、巨大な樹木と言った、麻帆良学園
の特徴的な背景が見えてきた。

麻耶は、後ろを向かずに木乃香とイルゼに声をかけた。

「イルゼ、お嬢様ぁ、もう到着しましたよぉ、起きて下さいねぇ」

イルゼと木乃香はムニャムニャと目を擦りながら起きた。

「うわぁ、真っ暗だ!」

窓の外を眺めたイルゼは満天の空を見上げ、窓を開けた。

「ふにゃ、寒いでイルゼぇぇ」

未だ目の覚めきっていなかった木乃香はイルゼに恨みがましい目を向けた。

イルゼはそれに頓着することなく、木乃香の手を取って窓の外に顔を向けさせた。

「見てみろよ、ここが俺達の学校なんだぜ!」

窓の外の、レンガで出来た古めかしく、なのにとってもオシャレな麻帆良学園の校舎を見上げると、木乃香の目を一気に覚めた。

「ふああ、これがうちらの学校なんか…凄いなぁ…」

木乃香は目をキラキラさせながら言った。

「もうすぐ寮に着きますさかい、寝床の用意は整ってるから、二人は同じ部屋やからね」

「ほんま!良かったぁ」

木乃香はイルゼと同じ部屋である事を喜んだ。

「一応三人部屋やから、転校生なんかが来たら一緒の部屋になるかもしれないんやて」

「へぇ、まあ賑やかな方が楽しいからいいさ」

イルゼはニコっとした。

「明日の朝に、学園長の近右衛門様に挨拶に行きますから、今日は寮に行ったらすぐに寝るんどすえ。見学なんかも明日にするさかい」

「はぁい!」

二人の元気な返事に麻耶は頷いて、道の先にあるパーキングの案内標識を見つけ、駐車場に入った。

リムジンやスポーツカーなどが所狭しと並べられており、学園長に言われた番号を探すと、195番の場所が開いていた。

学園長が都合してくれたのだ。

車を停車させると、イルゼと木乃香は車から降り、地図と睨めっこする麻耶を待ちながら夜天の空を見上げた。

星座なんかはわからなかったが、夜の空がとても綺麗だった。

それからしばらくして、麻耶がイルゼと木乃香に声をかけた。

「道が分かったさかい行きますえ」

「はぁい!」

「あいあいさぁ」

それから、十分ほど歩くと、道なりに歩き、大きな建物が見えてきた。

その時だった街路樹の立ち並ぶ道路の中心に、突如鬼が飛び出してきたのだ。

「な!?なんで生徒の居住区域に鬼を通しとんのや!?」

麻耶は懐から符を取り出した。

「イルゼ…」

「木乃香、俺達も!」

イルゼが前に踊り出て、木乃香に視線を向けた。

鬼の数は4体、そのどれもが木乃香を見つめていた。

「…狙いは…うちなんね?」

それで覚悟は決まった。木乃香はデジヴァイスと数枚の符を取り出す。

符は生霊死霊除金縛法の術だ。

九字を切り、呪文を唱えることで発動する金縛りの術の一つ。

「うちも、戦うで!」

木乃香の決意に満ちた目にイルゼはしっかりと頷いた。

「ああ、それでこそ…俺のパートナーだぜ!」

その間に、鬼の一体が炎を吐き出すが、麻耶の投げた符が炎を消滅させた。

狐放ち法、炎を吸収する化生を呼び出す術、一瞬飛び出した狐が炎を吸収した瞬間に消滅したのだ。

「お嬢様、イルゼ…、二人はあの鬼を頼みます!」

麻耶の指の先には、一番小さな鬼が金棒を振り回していた。

「分かった麻耶姉ちゃん!木乃香!!」

イルゼの言葉にしっかりと頷きながら石版に浮かぶ文字を切る。

「震!!坎!!兌!!離!!」

右、上、左、下に印を切る。

その軌跡に緑色の閃光が鮮やかに残り、デジヴァイスの先にある緑の宝石から、それぞれの文字が光となって飛び出す。

イルゼの背中に当たった瞬間、両手に力が漲り、イルゼは駆け出した。

棍棒を出鱈目に振り回す鬼をイルゼはよく観察した。

これは、一年足らずとはいえ、自分を鍛えてくれた師匠の言葉…敵の動きを最後まで見、肌で感じ、聴覚を研ぎ澄まして敵の攻撃を避ける。

決定的な攻撃力が無く、防御力も無いイルゼが出来るのはそれだけだった。

だが、今は違う。今の自分には木乃香が居て、自分に力を与えてくれる。その思いと、デジヴァイスの力で、イルゼは敵の上から振り落とされる棍棒をス
ウェイで避け、すぐに駆け出して鬼の背後を取った。

鬼は右手の棍棒を全力で振りぬいたが、そこに一枚の符が輝きだした。

木乃香が投げた符から光が迸り、細い糸が数度ばかり鬼を囲い捕縛した。

だが、木乃香の力では抑えられるのは一瞬だが、既にイルゼは両手を合わせた状態で鬼の顎下に構えていた。

「ナイト・オブ・ファイヤー!」

両手からあふれた炎は鬼の頭を吹き飛ばした。

イルゼが麻耶の方を見ると、既に戦闘は終わり、周りには全く気配が無かった。

「そっちも終わった見たいやね」

「ああ、木乃香、符サンキュー!」

「うん!」

イルゼの礼に木乃香は満面の笑みを浮かべた。

それから、麻耶は辺りを警戒しつつ懐から携帯電話を取り出した。

しばらく、電子音が鳴り、ガチャッと音がすると、電話の向こうから老人の声が聞こえた。

『む、麻耶君かね?』

老人の声に、麻耶は焦れた様に返事をした。

「近右衛門様!どういう事ですか!!」

麻耶の怒鳴り声に、電話の向こうの近右衛門は嫌でもこちらで何かがあったのを悟った。

『どうしたのじゃ?』

「襲われたんです、鬼四体に、私達は今寮のすぐ近くにいるんですけど、どういう事ですか?どうして鬼がこんな場所まで!」

麻耶の言葉に、近右衛門は苦しげに呟いた。

『どうも、内部に狼藉者が居たらしくての、既に職員が捕らえたのじゃが…今は総出で残りを掃討しておるのじゃ。そこにはまだ学生の者達が配置されて
おる、恐らくは取り逃がしたのじゃろう』

「でしたら、子供達を寮に送り届けたら私もお手伝いを!」

麻耶は決意を固めた声で言ったが、近右衛門の答えは否だった。

『いや、それには及ばんよ。すでに、そちらには魔法先生が向かっておる』

「ですが!!」

『木乃香とイルゼ君じゃったな、そこにおるのじゃろう。もう夜も遅い、二人を寝かせて上げなさい』

近右衛門の断固とした口調に已む無く麻耶は折れた。

「承知しました…」

『すまぬの…では、明日』

「はい、それでは…」

電話を切ると麻耶は大きくため息をついた。

「はぁ、なんだか不安になってしもうたわ…」

麻耶は明日の昼には京都に戻る予定だ。

だが、学園の警備体制に一抹の不安を覚えてしまった。

「麻耶姉ちゃん?」

イルゼが心配そうにみると、麻耶は両手で頬を叩くと、大きく息を吸った。

「ほな、とにかく寮に行きましょ。もう2時を過ぎてもうた。子供は早よ寝よか」

そう言うと、麻耶はイルゼと木乃香の手を取って歩き出した。

数分後に、『麻帆良初等部・学生寮』と書かれたプレートの掛かっている巨大なホテルのような寮に到着した。

玄関フロアの電気は点いておらず、管理人室のチャイムを鳴らすと、しばらくして老人が出てきた。

「ああ、君達が連絡にあった子達だね?」

老人は眠そうな目を擦りながらニッコリと笑った。

「夜分遅くに申し訳ありません。私は宮野麻耶と申します。この子が近衛木乃香様、こちらがイルゼ=ジムロック君です」

麻耶が丁寧に挨拶し、木乃香とイルゼを紹介すると、二人も慌てて頭を下げた。

「既に荷物は部屋にあります。ベッドは三つありますが、初等部のベッドなので宮野さんのは布団が敷いてあります」

「ありがとうございます、お手数をおかけして申し訳ありません」

「いえいえ、長話もなんですから、子供達を早く寝かせてあげましょう。ついて来てください」

そう言うと、頭部の白髪が薄い老人は、しかし背筋をしっかり伸ばして頼もしい風格を持っていた。

寮のエントランスホールには、観賞用なのか巨大な植物と幾つかの銅像があった。

それらをチラチラと見ながら、老人の呼んだエレベーターに乗り込み、老人が6階を押した。

「よく覚えておくんだよ、君達は6階だからね。君達がボタンを押すときはサイドのパネルのボタンを押しなさい」

老人はエレベーターで上がる間にエレベーターの操作パネルの説明をした。

エレベーターから出ると、そこもやはりホテルと見まごうばかりの綺麗なフロアだった。

「運がいいよ君達は、寮は入ると6年間同じへ屋なんだ。だから、運が悪いと二階で眺めがあんまり良くないんだ。6階の眺めは素晴らしいよ。ただし、窓
は開かないようになっているけどね」

木乃香とイルゼは老人の説明を聞きながら部屋に早く入りたいとワクワクしていた。

「ここだ」

そこには、『601号室』と書かれたプレートが下がっていた。

「一番端っこだから迷わないね。鍵は、出かけるときは必ずフロントに預けるんだよ?」

「はぁい!」

二人の返事に老人はニッコリすると部屋から出て行った。

最後に、お休みとだけ言って。

部屋の内装もやはりホテル並みだった。

それも高級ホテル。

中はとても広く、寝室と居間に別れ、そのどちらもが広いのだ。

居間には小さな机が二つ。

奥に人気の少年マンガの緑の龍をバックに雲に乗る少年の壁紙が貼り付けられていた。

もう一方の机には楽器で戦う魔法少女だ。

中央には、低くて大きい机が置いてあり、洋服箪笥には子供服がこれでもかと飾られ、本棚にもマンガや簡単な小説が挟んであった。

どうやら、学園長が孫が二人も来た事に狂喜乱舞して買い揃えたらしい。イルゼの事も聞いており、ずっと会いたいと考えていたのだ。

学術用品の他にも、木乃香とイルゼにしか見えない収納棚があり、麻耶には見えなかった。

その中には、初心者用の杖に教本、そして、何故か『陥落せよ!エヴァンジェリン!!』と書かれた謎のノートがあったが、それは麻耶が持って行ってし
まった。

他にも明らかにおかしい広さを持つ箪笥の中には、ゲームに玩具、野球セットにサッカーボール、望遠鏡におままごとセット、最近流行りのクッキング玩
具シリーズやテディベアやディズニー等の多種多様なぬいぐるみがこれでもかと入っていた。

麻耶が調べた所、部屋には何重にも結界が張り巡らされており、認可された者か生徒と管理人しか決して入れないある種の要塞と化していた。

寝室には小さなベッドが三つ横に並んであり、下の絨毯には大きな布団が一式敷かれていた。

各ベッドの脇には小机が置いてあり、その上には電気スタンド。

居間と寝室の両方に電話が備え付けられ、居間には37V型の大きなブラウン管テレビがあり、下にはアニメーションのビデオがたくさん並べてあった。

それらを見た麻耶は一言呟いた。

「アカン…爺馬鹿炸裂や…」

明らかにおかしいほどの設備の整った部屋は学園長の嬉々として準備する姿を容易に想像させた。

一通り確認すると、寝室の一番端っこの麻耶の布団の隣のベッドに木乃香とイルゼを一緒に寝かせ、麻耶も眠りについた。

その夜は静かに過ぎていった。





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