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第13話『閉幕と開幕』
デジタルワールド、広大な世界の中心、ファイル島の中心、『はじまりの街』。
そこから北に向かった先で、二体のデジモンがムゲンマウンテンの入り口に来ていた。
一体は、ヴァンデモンと呼ばれる気高きアンデッド型デジモンの王。
もう一体は、テイルモンと呼ばれる猫の姿をした聖獣型デジモン。
相反する種族の二体は共にムゲンマウンテンを見上げている。
そして、ヴァンデモンは目を瞑りながら口を開いた。
「本当に…行くのだな?」
その言葉に、テイルモンは頷いた。
「ヤーモンに…会いに行く」
白く柔らかな毛皮に小さな体躯、それに比して鋭い眼光でムゲンマウンテンの入り口を睨んでいる。
プロットモンであったデジモンは、現実世界とは違う時間が流れるこのデジタルワールドの中で、長い年月を掛けて進化したのだ。
その手には、ババモンから託されたジジモンのデジヴァイス。
本来なら、デジモンに死は無く、パートナーを持つデジモンは死後も記憶が復活する筈だった。
だが、ジジモンのパートナーは既に人間界にもどって行った。
もしかしたら、時間の流れが違う現実世界でなら生きているかも知れなかったが…。
テイルモンはムゲンマウンテンの入り口を通れば自分がどうなるかなど知らない。
元々、太古の昔にジジモンとパートナーだった人間の男が共にこの、ムゲンマウンテンを根城にした悪の権化を倒した時、開いた現実世界への扉がム
ゲンマウンテンの内部を侵食し、このような状態になったのだ。
昔は、ミスティツリーズの長の『ジュレイモン』とギアサバンナの長の『パンジャモン』とダイノ古代境の『マスターティラノモン』、そして、ジジモンとババモン
の旧知の友であったアンドロモンがそれぞれ鍵となり、封印していた。
だが、彼らは謎のデジモン達によってロード…、倒された後、デジタマに戻ることなく倒したデジモンの中に取り込まれたのである。
アイスサンクチュアリのセラフィモン、ゲッコー湿地のトノサマゲコモン、ゴミの山のスカモン大王、そして…闇貴族の館の主たるヴァンデモンが新たな封
印を施した。
今、その封印は3つまで開放されている。
ファイル島自体は、ダイノ古代境のサーベルレオモン、流氷岬のマリンエンジェモンが守護している。
テイルモンの願いを聞き、結界を護るデジモン達が一度だけムゲンマウンテンの扉を開いたのだ。
テイルモンの決意が変わらないと悟ると、ヴァンデモンは溜息を吐いた。
「ふう、一人では行かせられんのだがな…」
「それでも行く!!」
テイルモンがヴァンデモンに叫んだ。それを聞きながら柔らかく微笑むと、ヴァンデモンはテイルモンの頭を撫でた。
「別に、もう止めようとは思ってはいない…、一人では…行かせられないと言ったのだ」
「だから、何が言いたいの?」
テイルモンはヴァンデモンの物言いに疑問の声を上げた。
「私も行くと言っているのだ」
その瞬間、テイルモンの目はこれ以上無く見開かれた。
「な、何を言って!?だって、ムゲンマウンテンの扉に入ったら…もう、どうなるかわからないんだよ?!」
テイルモンの叫びにヴァンデモンは尚も微笑む。
「そんな所に、本気で我々がお前を一人で行かせると?」
「な!?」
テイルモンは息を呑んだ。
「既に、我が鍵は、我がムゲンマウンテンに入ると同時に、我が屋敷を護るスカルサタモンに移る」
「何言ってるのヴァンデモン!!どうして…アナタまで…今、貴方がいなくなったら!!」
テイルモンの叫びにやんわりと首を横に振った。
「私が居なくなっても大丈夫だ、預かり屋のアグモンはメタルグレイモンに、飲み屋のメタルグレイモンはウォーグレイモンに、定食屋のガルルモンはメタ
ルガルルモンに、既に世代は新たな局面に移っている。私の様な老いぼれは必要ないのだよ。それに、何故と聞いたな?」
「う…うん」
「私にとっても…ヤーモンが大切な存在だからだよ。本当なら、立派に育てて闇貴族の館の新たな後継者にしようと考えていた…。それなのに…あの
時、ジジモンは倒され、ヤーモンはムゲンマウンテンに吸い込まれてしまった。どれだけ悔やんだことか…自分の力不足を痛感したよ。私も、ヤーモンに 会いに行きたいのだ。そして、謝りたい。困って居るならば、手を…差し伸べたい」
ヴァンデモンの言葉に、テイルモンは涙が出そうになった。
あれから、時間にしたら数十年。
デジモン達が次々に進化し、この島を護れるようになった。
その間、何度も外のデジモンにこの島は襲われた。
その度に戦い、島を護ってきた気高いアンデッドの王。
そのヴァンデモンが今迄どれだけ苦しんできたのかを、今、初めて知ったのだ。
「わかった。一緒に行こう、ヴァンデモン」
テイルモンは、ヴァンデモンの手を取った。
そして、ヴァンデモンは目を開き、ムゲンマウンテンの入り口に手を差し伸べた。
「ああ、行こう、テイルモン!」
最後の封印が解かれる。
その瞬間、とてつもない力に、ヴァンデモンとテイルモンはムゲンマウンテンに引きずり込まれた。
「うあああああああああぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁああぁあ!!」
「ぐおおおおおおおぉぉおおぉぉぉぉおおおおおぉおお!!」
そして、ヴァンデモンとテイルモンは、徐々に自分の体が削られて行くのを感じた。
そして、彼方に、明かりが見えたのだった。
東京都練馬区、その一画にあるマンションの一室で中学生の少年が父親の部屋に忍び込んでパソコンを弄っていた。
父親のパソコンには不思議な画像がたくさんあった。
不思議な生き物達との画像、不思議な世界の画像。
父親は昔作った悪戯画像だって言っていた。
だが、中学に上がり、パソコンに詳しくなると、この画像がとても悪戯画像にはみえなかった。
じっと眺めていると、突然、父親の引き出しが輝きだした。
そこには、見たことも無い銃のグリップの様な真紅と漆黒の入り混じった不思議な物体があった。
手に取った瞬間、少年の目の前で、パソコンの画面が光り輝きだした。
それから、少年の物語は始まる。
だが、その少年の物語と、イルゼ達の物語が交わるのはまだ、ずっと先の話になる。
巨大なデジタルワールドのファイル島より南東を遥かに行った先に存在する巨大な大陸、WWW大陸 。
その奥地に、巨大な神殿が存在していた。
その中で、巨大なデジモン達が円卓に座っていた。
その席には幾つかの空きが目立った。
白い騎士のようなデジモン、デュークモンが最初に口を開いた。
「この非常事態…ユグドラシルですら、先が分からぬと申される…一体何が起きているのだ…」
ユグドラシルとは、デジタルワールドを守護する神であった。
全知全能と崇められている彼の存在をして、現在、デジタルワールドで起きている異変は謎に包まれていた。
「分からぬ、マグナモンも消息を絶ち、デュナスモン、ロードナイトモンは調査に出ている。インペリアルドラモンとアルファモン、それに奴は何時もの様
に、何処に居るかはサッパリだしな。今残っているロイヤルナイツだけで判断を下すのは愚作であろう」
そう言ったのはスレイプモンだった。
デュークモンとスレイプモン、そして、その場の円卓に座るデジモン達はデジタルワールドを守護するロイヤルナイツと呼ばれる者達だった。
「我らも、調査に乗り出すべきか」
オメガモンの言葉を、デュークモンが遮った。
「いや、この非常事態、ユグドラシルの守護を手薄にするわけにはいかないだろう、行くとしたらあと一人…」
その言葉に、アルフォースブイドラモンが立ち上がった。
「ならば、俺が行く!」
その言葉に、クレニアムモンが口を開いた。
「任せてもいいか?」
それにアルフォースブイドラモンは力強く頷いた。
「ああ、ユグドラシルの加護は任せたぞ!!」
その言葉に、その場の全員が頷いた。
そして、スレイプモンが口を開いた。
「アルフォースブイドラモン、まずはファンロンモンと四聖獣に意見を聞きに行ってもらえるか?」
「了解した!」
その言うと、アルフォースブイドラモンは出て行った。
詠春は昨晩の事を思い出していた。
時刻は六時半、昨晩は五時過ぎ迄、件の組織の者を捕縛していたので実質、眠ったのは一時間にも満たなかった。
だが、今日はイルゼと木乃香が麻帆良に出立する日なのである。
昨日の事で心に傷が出来てしまったかもしれない、そう思うと心配でならなかった。
昨晩の事は、屋敷に入った時に一時的にだけ目を覚ましたイルゼが記憶を読む事を許可してくれた事で明らかになった。
誰も責められようか…木乃香の気持ちも、刹那の気持ちも、イルゼの気持ちも、それを汲んで上げるのが大人の仕事だろうに…。
昨晩、詠春達がイルゼ達の居場所を知れたのは結界が破れたお陰だった。
僅かな時間だけ空いた結界の穴を、見つけ出し、結界の存在を確認した。
もし、結界が破られなかったら…そう考えると、詠春は眉間に指を当てた。
刹那とイルゼの負傷はなんとか完治させることが出来た。
刹那の負傷は特に酷く、内と外、両方がズタズタで生きているのが不思議なほどだったらしい。
刹那が生きていた理由は妖怪の血の強靭な生命力故であった。
纏め上げた報告書を読みながら、玉露を口に含み、詠春は小さく嘆息した。
それから、数時間後、麻耶に起こしに行かせ、詠春は大広間の朝食にしては豪勢な膳の前で子供達を待った。
木乃香とイルゼ、二人との分かれの為の最後の祝いをしようと、昨晩は用意していたのだが、結局は駄目になってしまい、結果としてとても豪勢な朝食で
祝いをする事になったのだ。
既に多くの呪術師、剣士、巫女が座し、しばらくすると、麻耶が子供達を連れてきた。
子供達の顔色は優れなかった。
子供達は席に座ると、突然、木乃香が口を開いた。
「お父様…麻帆良で、うちに修行をつけてくれる人はいませんか?」
詠春は目を見開きすぐ左に座る木乃香に目を向けた。
すると、木乃香は真剣な表情で詠春を見つめていた。
刹那とイルゼも驚いたように木乃香を見た。
「どう…したんだい?」
詠春は聞いた。
「せっちゃんとイルゼはうちを護ってくれる為に修行するんやろ?」
「あ、ああ…」
詠春と刹那、イルゼは当惑した表情だった。
「うちは、護られるだけなんて御免や!昨日よぉく思い知ったで!!自分がどんな立場かって!!イルゼとせっちゃんが一緒に居てくれる。それだけで嬉
かったんや。うちを護ってくれるのは嬉しい。でも、それでイルゼとせっちゃんを犠牲になんてしたくない!!うちも戦えるようになりたいんや!!」
下を向いて、叫び、唇を噛み締めた。
昨晩は一歩間違えれば二人を失っていたかもしれない。
自分を助ける為に囮になったイルゼと、血だらけで…何時死んでもおかしくない状態の刹那。
その状況が、嫌でも木乃香に現実を知らしめた。
自分が狙われるという事実。
守られていると言う事実。
「この…か…」
イルゼは木乃香の叫びに自分がどんな残酷な事をしたのかを悟った。
友達が、自分の為に死ぬ。
もし、自分が同じ立場だったらどうなっていたか…。
それは、奇しくもこの世界に来る直前に味わった感情を思い出させた。
自分を庇って倒されたジジモン。
その時の悲しみはとても深かった。
だが、デジモンには死はない。
倒されても、ロードされなければデジタマとして蘇る事が出来る。
その考えが、イルゼの心を落ち着かせた。
だが、もし、本当に死んでしまったら?
それ以上に恐ろしい事はあるだろうか…。
イルゼはいつの間にか拳を握り締めていた。
「このちゃん…」
結局、刹那が結界を破ったおかげで詠春たちは駆けつけることが出来た。
だが、その為に死にそうになり、木乃香の心に負担を掛けていたことを知り、涙が溢れてきた。
二人は、護るという言葉の意味がようやく分かった気がした。
誰かを護るなら、決して自分は死んではいけないという事を。
犠牲無しに護りきる方法など一つだけ…強くなる事。
「木乃香…わかった。向こうに私の知人が居る。性格はキツイが、魔法使いとしては間違いなく最強だ。多くの者は彼女を悪く言うが、私は信頼に値する
と信じている」
「その人は?」
木乃香の問いかけに、詠春はその人物の名前を言った。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」
その瞬間、部屋の者達は皆一様に色めき立った。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、その名前はこの世の禁忌とまでされた真祖の吸血鬼だ。
齢600年を超えるオールド・ブラッド。
幾つモノ二つ名を持ち、そのどれもが人々を震え上がらせる。
600万ドル、日本円にしてみれば億を超える額の懸賞金を付けられた事もある。
現在は、サウザンドマスターと呼ばれる、現代最強の魔法使いナギ・スプリングフィールドの力で麻帆良の地に封印され、魔法協会の圧力によって、その
存在に手を出すことを禁じられている。
ひとたび封印が解ければ、サウザンドマスターですら、再びの封印は困難とまで言われ、その上、そのナギ・スプリングフィールドは二年前に死亡したと
伝えられているのだ。
現状で、彼女の力に叶うものなど居ないだろう。
魔法使い数百人単位の軍勢ですらゴミ同然に薙ぎ払うとまで言われている。
その、不死の魔法使い、闇の福音、禍音の使途、童姿の闇の魔王、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに、関西呪術協会のお嬢様を預けようというの
だ、正気の沙汰ではなかった。
イルゼや刹那とは違う、悪の権化と呼ばれる存在である、詠春の言葉に、怒声を上げこそしないものの、不満の声はあちらこちらから上がる。
しかし、詠春の睨みに、その声も収まった。
木乃香はその様子に当惑した表情を浮かべた。
刹那とイルゼも訳が分からず麻耶と妙の顔を見ている。
彼女達も、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの名に畏怖の感情を持っているからだ。
それほどまでに恐れられているエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを詠春は信じると言ったのだ。
詠春は木乃香の頭を撫でながら三人に向かって話し出した。
「エヴァは、本当はいい子なんだ。だけどね、悪い人に吸血鬼にされてしまってね…吸血鬼であることからみんなに傷つけられてきたんだ。そのために、
自分を守るために、彼女は人を殺した。それでも、自分を悪と戒めながらも女性や子供は決して殺さない。彼女と深く接すればそれがよく分かる。木乃 香、それにイルゼ、私から頼み込んでおくから、彼女に弟子入りを頼みなさい。最初は嫌がるかもしれないけど、彼女は優しいからね、何度も頼めばきっ と弟子にしてくれるだろう」
詠春の言葉に、それでも納得ができなかった呪術師が口を開いた。
「長!!幾らなんでも危険すぎます。確かに、闇の福音を一方的に悪と断ずるのは傲慢だとは思います…ですが、彼女が危険なのは確かです!!」
呪術師の言葉はまったくもって正論だった。
だが、詠春は柳に風と言った感じに受け流した。
「私は実際に彼女と共に過ごした時期があった。最初は私も畏怖の念をもっていたさ…。でも、ナギと居る時の彼女はまるで年頃の少女のようだった。そ
れで悟ったよ、彼女もまた、600年のときを生きながらも人で…子供なんだ。辛い人生を歩んできて、それでも、自分の心を完全に折ることなく、誇りを 保ち続けることができる彼女は、私は尊敬に値する程だと考えているよ」
詠春の言葉に、それでも、何かを言おうとしていた者達は、詠春の揺らぎ無い瞳を見て観念した。
この広間にいるものは、皆詠春が最も信頼する者達ばかりだった。それ故に、彼らもまた、詠春を信じている。
彼が信じた彼女を信じるという簡単な図式を、簡単には飲み込めないが、それでも、麻帆良学園には優秀な魔法使い達が大勢居る。
賭けてみよう…そう、考えたのだった。
「それに…ナギが死んで、エヴァも恐らく途方に暮れているだろう…もしかしたら、木乃香とイルゼの存在が彼女の支えになるかもしれない…」
それは本当に独り言で、間近に居た木乃香でさえ聞こえなかった。
詠春はただ只管に、子供達の幸せを願うばかりなのだ。
そして、亡き友が残してしまった彼女にも…。
それから、食事が終わり、子供達は最後まで一緒に過ごしていた。
時刻が十時を回り、荷物は既に運んであり、送りの車を麻耶が運転することになっていた。
日産のBLUEBIRD SYLPHY、その前で、刹那と木乃香、イルゼは涙が滲むのも構わずに抱き合った。
長い抱擁、それはしばしの別れを実感させてしまうものだった。
「せっちゃん…手紙書くから…絶対…書くから!!」
「うん…」
「刹那…、早く修行を終わらせて俺達のところに戻って来てくれよな!…負けるなよ…がんばれ!!」
「うん…、このちゃん、イルゼ、待っててな。うち、修行をがんばって終わらせて、このちゃんを絶対に護れる様になるから!!」
涙を拭い、刹那は真っ直ぐに木乃香とイルゼを見つめて言い放った。
「うちもや…うちも強くなる!エヴァンジェリンさんに強くしてもらう!!」
「俺もだ、詠春が信じたんだ、絶対弟子入りして強くなってやる!!」
最後に、もう一度三人は抱き合って、別れを惜しみながら木乃香とイルゼは車に乗り込んだ。
窓の開閉装置を操作し、窓の外から出来る限り身を乗り出して、木乃香とイルゼは、刹那の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
そして、車は、埼玉県麻帆良市桜ヶ丘にある麻帆良学園へと走り出した。
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