第10話『刹那と木乃香とイルゼ』


大広間、そこには多くの巫女や呪術師、神鳴流剣士が集っていた。

その中央に、詠春と刹那、木乃香、イルゼが一つの小さな机を間に置き対面していた。

「それじゃあ、カードの説明に入ろうか」

詠春が口火を切った。

「まずは、イルゼのカードから説明するよ」

そう言って、一枚のカードを脇に置いてある盆から持ち上げ、机に置いた。

そこには、活発そうな黒髪の少年が描かれ、その周りを不思議な色の円が囲い、服装は最初にイルゼがこの世界に来た時に着ていた服だった。

そして、イルゼはカードの中で青いボードに乗っていた。

ボードには白い模様が描かれており、後ろの方には翼のようなパーツが取り付けられていた。

「パクティオーカードにはその者の在り方が『称号』、『徳性』、『方位』、『色調』、『星辰性』として描かれているんだ」

「俺のはどんなんだ?」

イルゼの問いに詠春がカードの徳性の描かれている部分を指差した。

「これが徳性。イルゼのはaudacia、つまりは勇気だね」

「勇気?」

「ようはどんな事にも負けない強い意思を持つ者に与えられる徳性だよ」

「へぇ」

次に、詠春は方位の描かれている場所を指差した。

「これが方位。イルゼはcentrum、中央だね」

「これはどんな意味なん?お父様」

木乃香の問いに詠春は答えた。

「方位は生まれた地を意味するんだ。例えば、北に住めば北の方位、南に住めば南の方位。東西と中央は日付変更線で違いが出るね」

「日付変更線?」

イルゼが聞き返した。

「ようは、地球上で日付の区切りをつけている線の事だよ。地球の経度で15度違えば一時間も差が出る。そして、24時間の差が出てしまう場所を日付
の区切りをつける線にしたんだよ。ちなみにキリバスという国の近くに日付変更線は在るんだ。」

「よくわかんねぇ…」

イルゼは頭を抱えて唸った。

「ふふ、まあ方位に関してはそんなに気にしなくていいよ」

そして、今度は色調の場所を指差した。

「これが色調。nigror…黒だね」

「黒か。まあ妥当なのかな?」

イルゼは自分の本来の姿を思い浮かべた。

どちらかと言えば紫の方が近い気がしたが気にしないことにした。

「そして、星辰性」

そう言って詠春は星辰性の場所を指差した。

「nigrum foramen…これは…黒い…穴?」

詠春は自信なさげに言った。

「どうしたんだ?」

「どうしたん?」

イルゼと木乃香が心配そうに聞き、刹那も不安そうに詠春を見た。

「いや、かなり珍しい星辰性でね。恐らくは異世界から来た事が原因なんだろう」

「なんか心配になるな…まずいのか?」

「いや、特に問題は無いよ。珍しい星辰性としては私の知人にもいるからね。最後は称号を見てみようか」

そう言うと、名前の下にある称号の場所を指差した。

「amans diabolus、優しい悪魔だね。恐らくはイルゼ…インプモンとしての存在を示しているんだろう」

「優しい悪魔かぁ、なんや面白いなぁ」

と木乃香が言った。

「優しい悪魔かぁ…にしても」

「ん?どうしたんだい、イルゼ」

「名前以外全く読めねぇ…」

「まあラテン語だからね、ちなみに西洋魔法でラテン語を使う魔法使いが多いんだけど実際にはギリシャ語の方がハイ・エイシェントな言語なんだ…すま
ない、まだ早かったね」

詠春は三人の頭から湯気が出ているのを見て冷や汗を掻きながら苦笑した。

「こちらはコピーカードだ。イルゼ、持っていてくれ」

「え?あ、おう」

詠春の差し出したカードをイルゼは手に取った。

「こっちはマスターカード、木乃香が持っていてくれ」

「わかったえ」

詠春はもう一枚カードを手に取り木乃香に手渡した。

「次に刹那君のカードだ」

「は、はい!」

詠春は机に刹那のカードを置いた。

それを覗き込んだ刹那は硬直し顔を青褪めた。

「どうしたんだよ刹那!?」

「せっちゃん!?」

その様子を見てイルゼと木乃香もカードを見た。

そこには、白い翼を生やした白い着物を来た幼い刹那が後ろを向いた姿が映し出されていた。

「これ…」

「み…見んといて!!」

刹那がカードの置かれた小机に覆いかぶさると涙を流して肩を振るわせた。

「刹那、なんで泣いてるんだよ?」

イルゼが刹那の右側に歩み寄りしゃがんで刹那の肩を抱いて心配そうに声を掛けると刹那が涙声で話しだした。

「だって、うち人間じゃないんやもん。嫌われちゃうもん。このちゃんとイルゼに嫌われたうち…」

その言葉に詠春が口を開こうとしたが、木乃香が先に口を開いた。

「なんで?せっちゃんは人間やん?」

「そうだぜ。…もしかして、羽か?」

イルゼの言葉に刹那は肩を振るわせた。それが肯定の意味だと木乃香とイルゼは悟った。

「なあ、せっちゃん。うちはな…綺麗やと思ったで?」

木乃香は刹那の左側にしゃがみこんで優しい声で言った。

「え?」

「俺にしてみりゃエンジェモンみたいだと思ったくらいだ。ああ、エンジェモンってのは天使型のデジモンで凄っげえ強くてかっこいいデジモンさ」

「天使?…うちが?」

刹那は顔を上げた。

「せやで。それに、なんでうちがせっちゃん嫌わなあかんの?」

木乃香は刹那の涙をハンカチで拭いながら言った。

「だって、この前…修行に行く先に挨拶に言った時…みんなが言ってたんやもん。うちは忌み子やって妖怪と人のハーフの化け物やって…」

その言葉に、イルゼは頭の中が焼け付くような錯覚を覚えた。それは、怒りだと理解も出来た。だが、それよりも優先すべき事が在る事もわかった。

「なあ、妖怪と人との間に生まれたから何だってんだ?」

イルゼの言葉に刹那は歯で下唇を噛んだ。

「だって、妖怪と人が子を作るなんていけない事やって」

「なんで?お前の母さん?父さん?は妖怪と恋中になったんじゃねえの?」

イルゼの言葉に刹那は当惑し、詠春と木乃香、そして、周りの者達も黙っていた。

「なあ、俺だって難しい事はわかんねえよ。俺なんてデジモンだぜ?元から人間の要素なんて無かった。でもさ、修行に行った先でもう一人、俺以外にも
弟子が居たっていったよな?」

「うん…」

「その人はな、信念の為に戦ってた。けどさ、もう一つ戦う理由が在るのを聞いたよ」

「なんなん?」

「好きな人を護る為だってさ」

「…」

イルゼの言葉を、いつの間にかみんなが静かに聞いていた。

「俺にだってわかったよ。好きになるって言う事の凄さがさ…。今は人間だからかな?いや、関係無い。俺は間近で見たんだ、好きな人を護りたいって気
持ちがどれだけの力になるか。想像出来るか?火で炙られながら腹筋したり、少しでも失敗したら刃が体を傷つけたり、少しでも体を休ませれば電撃を
浴びたりなんてする修行をさ、信念だけで本気で出来ると思うか?…ああ、俺はそんな修行じゃなくて5歳だからもっと普通のだったけどな」

イルゼの言葉の中で不穏な言葉を聞き取り、刹那と木乃香、詠春までもが心配げにイルゼを見たので訂正した。

「信念だってあったし、その為に闘ってきたあの人だけどさ、それでも大きかったと思う、好きな人の存在は」

「…」

「なあ、妖怪だからって駄目なのかな?」

「え?」

「好きになってさ、それでお前が生まれた…ならさ、喜んだんじゃねえの?お前の両親」

「!?」

「化け物?忌み子?そんなの言いたい奴には言わせてやれ…っつうのはちょっと無責任だよな。でもさ、俺は誇って良いと思うんだ。それに、木乃香も言
ったじゃん」

「あ…」

綺麗だと言った。そして、イルゼも天使のようだと。

「なあ、本気で思うか?俺達がお前を嫌いになるって」

「ううん」

「だろ?」

「うん!」

その刹那の表情は涙の後が残っていたが、とてお晴れ晴れとした笑顔だった。

「せっちゃん、うちは絶対嫌いになんてならへんよ」

それまで黙っていた木乃香が刹那を後ろから抱きしめた。

「このちゃん…」

「うちはせっちゃん大好きやえ。それに、イルゼが言ってたんは大当たりや。絵本の天使みたいやって、うちも思ったで。せっちゃん、負けたらあかん
で?」

「あぅ…」

「うちの為に修行して嫌がらせを受けるんやったらうちが嫌や、せっちゃんをずっとうちの側に置いておきたい。でもな、せっちゃんはどうしたいん?」

「うちは…、うちは…護りたいんや、このちゃんを。うちにとって大切な友達を。イルゼと一緒に…」

その言葉が刹那の本心だとその場に居た者で分からない者はいなかった。忌み子として、木乃香に危害を加えるかもしれない、そう思っていた者達も皆
その剣呑を振り払った。

「なあ、刹那」

そして、イルゼが再び口を開いた。

「俺もだぜ?俺も、木乃香を護って行きたい。でもさ、一人じゃ限界だってある。修行中にそれを目の当たりにしたよ。それをさ、何が救ったと思う?」

「何?」

刹那が聞き返した。それを、イルゼは一端目を瞑りながら言った。

「友達だ。一人じゃ無理だったとしてもさ、二人なら無理じゃなくなる。一緒に、頑張ろうぜ」

そう言ってイルゼはニッコリと破顔させた。

「ふう、敵わないな…」

すると、その様子をジッと見ていた詠春が口を開いた。

「詠春?」

「刹那君の事を良く思わない者達が居る事を承知していた。それを、排除しようと思えば出来た…。でも、出来なかった、排除では駄目なんだ。刹那君が
乗り越え、みんなの考えを曲げさせなければいけなかった。それを私は出来なかった。…木乃香、イルゼ、よくやったね」

そう言って右手でイルゼの、左手で木乃香の頭を撫でた。

そして、最後に右手で刹那を愛おしそうに撫でた。

「刹那君、さっきイルゼが言ったのは本当だよ」

「え?」

「君のお母さんはね、凄く強くて美しい神鳴流の剣士だった。お父さんは烏族で私も一度だけ会った事がある。今迄教えてあげられなくて悪かったね…。
君が乗り越えてくれたら話そうと思ってた。君のお父さんはね、君と奥さんを護ってお亡くなりになられたんだよ」

「お父さんが?」

刹那は目を見開いた。

イルゼと木乃香は黙って聞いていた。

「君を産んだ事で多くの呪術師や剣士達が君達親子を迫害してね…。私の力だけでは抑え切れなかった…。結局…君だけを神鳴流の…、君のお母さん
をよく知っていた者に君のお母さんが預けて匿って貰っていたんだ。お母さんを護ってお父さんは死んだ。その死の瞬間にギリギリだった…、私は遅かっ
た、遅すぎたよ…。知らせてくれた剣士に道を聞き駆けつけたのはお母さんも生き絶える寸前で、お父さんも消滅する間際に私に、君をかくまっている者
の名を教え消えた…。二人の墓を建てるのを皆が拒んでね…、結局、人里からはなれた場所に、お母さんと仲の良かった者達とだけが知る場所に弔っ
た。すまなかったね…刹那君」

「長…、本当に…本当に、お父さんもお母さんも私の事を…愛してくれていたんですか?」

「ああ、疑う余地も無い。あんなに見事な愛の形をわたしは未だに見た事が無いよ」

「…」

刹那は先ほどよりも大粒の涙を流した。

イルゼが刹那の肩を抱き、木乃香が涙を拭った。

それからしばらくの間、皆が黙ったままだった。

「明日、君のご両親のお墓に案内してあげよう」

「!?…お願いします」

「ああ」

「俺達は行かないほうがいいよな」

「せっちゃん、お母さんとお父さんに…よろしくな?」

イルゼと木乃香は刹那に微笑みかけた。

「うん…」

「それじゃあ、改めて刹那君のカードの説明に入ろうか」

「はい!」

そして、両手で涙を拭った刹那は背筋を伸ばした。

「まず、徳性はjustitia、正義だね。色調は…おや?」

「どうしたん?お父様?」

詠春が眉を吊り上げたのを見て木乃香が聞いた。

「少し、カードが変化したようでね。徳性も…」

その言葉に三人がカードを見ると、さっきまで後ろを向いていたカードの刹那が正面を向いていた。そして、腰には見事な細工の施されている鞘があり、
その手には真紅の柄、真紅の鍔、白銀の刀身の美しい太刀が握られていた。

「カードって変化するもんなのか!?」

イルゼは驚いて詠春に聞いた。

「…これは、心の在り様だね…」

「心の在り様?」

「そう、仮契約のカードは持ち主…従者の心が強く影響するんだ。といってもアーティファクトは変化し無いんだけどね…普通は」

「アーティファクト?…ってカードの刹那が握ってる刀か?」

「そう、さっきまでは柄も白く、鍔も無い七首・十六串呂(シーカ・シシクシロ)だった。でも、今は紅桜(クオウ)になっている」

「クオウ?」

刹那が聞いた。

「これは、君のお父さんが死ぬ間際に握っていた太刀だ。恐らくはお父さんのアーティファクトだったのかもしれない」

「お父さん…の…」

「ふむ、徳性はsoes、希望か。方位は北。色調はalbum、白。星辰性はsol、太陽」

「正義から希望になったって事か…なんかどっちでもよかった気がするけどな?」

イルゼの言葉に詠春達は苦笑した。

「称号は…ほう」

「う、うちの称号はどんなんですか?」

刹那は焦れた様に聞いた。

「gladiaria grandis caelum」

「な、なんだそれ?」

イルゼは意味が分からず聞き返した。

「大空の剣士という意味だよ」

「大空の…」

と木乃香。

「剣士…」

と刹那は反芻するように呟いた。

「それじゃあ、カードを渡しておくね。これが刹那君の、これが木乃香のだ」

そう言ってマスターカードを木乃香に、コピーカードを刹那に渡した。

「まずは、カードの能力について。カードには、互いに離れた場所に居てもカードに触れながらテレパティア、これは念話という意味なんだけど、これを唱
えるとお互いに会話することが出来るんだ。例え、遠く離れていてもね」

「へえ、テレパティア!」

そう唱えてイルゼは心の中で話しかけたが木乃香は全く反応しなかった。

「詠春、駄目だったぜ?」

「え?おかしいな…刹那君、やってみてくれるかい?」

「はい!テレパティア…」

そう唱えると刹那は心の中で木乃香に呼びかけた。

「あ!聞こえたで!せっちゃんの声や!!」

すると、刹那の声はきちんと木乃香に届いたようだった。

「ふむ、では刹那、今度は刹那君、イルゼの順番でやってみてくれ」

「はい!テレパティア」

木乃香は刹那のカードを触って呪文を唱えた。

そして、刹那に呼びかけた。

「あ、聞こたで、このちゃん!」

「わぁ、なんかおもろいわこれ!じゃあ今度はイルゼでテレパティア!」

そして、今度はイルゼのカードを触って呪文を唱えた。

すると、イルゼの頭の中に木乃香の声が響いた。

「聞こえたぞ!」

イルゼの言葉を聞いて詠春はしばらく熟考すると考えが纏まったようだ。

「恐らく…イルゼには魔力が無いからかもしれない。普通の人でも魔力はわずかばかりあるものだから、念話はそれを起動に使うんだ…となると…、よ
し、イルゼ、刹那君。今度はアデアット、来れという意味だ。唱えてみてくれ」

「はい!」

「おう!」

そう言ってイルゼと刹那は立ち上がるとカードを持って呪文を唱えた。

「アデアット!」

「アデアット!」

すると、今度はイルゼには浮遊する白い模様の入った青く細長い、下の方に翼の様な物がついた板が現れた。
刹那の手には、真紅の柄と鍔の太刀が出現した。

「キャッ!」

だが、刹那は太刀の重さに倒れてしまった。

「おっと、大丈夫か?」

イルゼは刹那を横から抱えるように支えた。

「うん、ありがとイルゼ」

「おう」

「ふむ、ちゃんと発動したようだね…、恐らくはアーティファクトは契約の精霊に働きかけるだけだから魔力がいらなかったのか…。刹那君の紅桜は強い
力を持つアーティファクトだからね、その刀に見合うくらいの強さを見につければ使いこなすことが出来るよ。明日、ご両親のお墓参りの時にでもその刀
を使いこなせるようになるまでの代わりの刀を上げるよ」

「ほんまですか!?」

詠春の言葉に刹那は目をキラキラさせた。

「よかったねせっちゃん!」

「うん!うち…今日は最高に幸せや!!」

目を潤ませながら立ち上がった木乃香とハイタッチをする刹那にはこの部屋に来るまでの暗い表情は影も形もなかった。

「俺のはどんな能力があるんだ?」

イルゼは浮遊する板を持ちながら言った。

「それは韋駄天、空中を走るボードだよ」

「韋駄天…空飛べんのかよ!?」

イルゼも目を輝かせながら喜んだ。

しばらくそれぞれのアーティファクトを弄っているのを見てから詠春が口を開いた。

「次は召喚と魔力供給だ。さあ今日はもう遅いから急いで試すよ」

「はい!」

「うん!」

「おう!」

三者三様の答えに微笑みながら詠春が話し始めた。

結局、全てが終った頃には夜の0時を過ぎており、三人は泥のように眠った。

その顔はどれもとても幸せそうでそれを見る大人達の顔は誰も彼もが優しかった。



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