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第6話『陰陽術ってどんなの?』
強い日差しが差し込む部屋の中で、イルゼは一人で畳の上に横になっていた。
今は木乃香と刹那が詠春に陰陽術を教えられている。
当初はイルゼも学ぼうと思い一緒に詠春の下に言ったのだが、イルゼには陰陽術や魔法に必要な魔力や気といったモノが皆無だったのだ。
検査の結果、気に酷似したエネルギーを確認したが、それはイルゼがデジモンとしての技を使うときにだけ使えるモノで、魔法や陰陽術には使えないモノ
だった。
戦闘訓練をしようにも使える技が必殺技のナイト・オブ・ファイヤーとナイト・オブ・ブリザード。
通常技がサモン、ダダダダキック、ダークソングだけだ。
ナイト・オブ・ファイヤーもナイト・オブ・ブリザードも威力が悲しいほど低いのだ。
イルゼは畳から腰だけ立たせて人差し指の上に鞠くらいの大きさの炎を作った。
護衛を負かされた以上は戦えるようにならないといけない。
詠春は格闘技を覚えるように言われた。
横に落ちている数冊の本を手に取る。
それぞれが幾つかの武道の本だ。
詠春が興味のある武道を探すよう持ってきたのだ。
左手で一番手近の本を取る。
題名は『中国鳳凰武侠連盟―中国拳法のススメ』と書いてある。
作者は『馬 小鈴』。
パラパラとページを捲っていくと中国拳法は多種多様な型があるのがわかる。
拳法と言いつつも武器を使うこともあり中国を起源にもつ武術の総称らしい。
「中国拳法かぁ」
多種多様な戦闘状況に対応できるのが魅力的だった。
イルゼは本に描いてある図に習って両手を開いた状態で親指の側面で合わせ、右足を後ろに引き右足で地面を押すように合わせた両手を前に押し出
した。
「うぅん…なんかイメージ沸かねぇなぁ…」
双纒手と呼ばれる八極拳の一手で、敵の防御をこじ開け、足から送り出された力を背中の筋肉で増幅させて放つ双打掌を真似てみたがイメージが掴め
なかった。
「なにしてんのや?」
すると、開け放たれていた障子の向こうから刹那と木乃香、詠春が目を丸くしていた。
「う…」
イルゼは恥ずかしくなり赤くなりながらボソっと呟いた。
「中国拳法ってのが良いかなって思ったんだけどイメージつかなくてよ」
「中国拳法か、確かに多種多様な戦闘状況に対応でき、武器を使った技などもあって実践では使いやすい武術かもしれないね。」
詠春はイルゼの傍まで歩み寄ると開かれている本を左手で拾い上げながら言った。
「やっぱし本じゃ無理だって!」
イルゼは背筋を伸ばしながら言った。
「大丈夫だよ、ちゃんと師匠は手配するから。どんな武術を習うかを選んで欲しかっただけだからね。」
イルゼの頭を右手で撫でながら詠春が言った。
「だぁ!頭を撫でるな!」
若干、顔を赤くしながら頭を振って詠春の手を振り払った。
「ふふ、すまないね。それじゃあ、習うのは中国拳法でいいかい?」
「おう!」
詠春の言葉にイルゼは元気良く頷いた。
「それじゃあ手配しておくよ。もしかしたら木乃香より先に関東に言ってもらう事になるかもしれないからね」
その言葉にイルゼは目を丸くしたが、刹那と木乃香はそれ以上に反応した。
「そんな!またイルゼと離れなあかんの!?」
「長!!」
木乃香と刹那は友達となりパートナーとなったイルゼと離れることが嫌だった。
木乃香は詠春の着物を両手で掴んで涙目で見上げ、刹那も両手を握って詠春を涙目で見上げた。
「イルゼにしっかりと武術を学んでもらうにはここでは難しいのだよ。神鳴流は気を使った技が大半でイルゼには使えないからね」
「でも…」
木乃香の言葉を止めたのはイルゼだった。
「待てよ木乃香。俺、ちゃんと修行してくるからさ。そしたら、木乃香の事護ってやれる。だからさ、待っててくれよ。刹那も、俺と交代するまで木乃香を頼
むよ」
「イルゼ…、うん。わかった!うち、頑張るから。イルゼも修行、頑張ってや!」
刹那はイルゼの言葉に着物の裾で涙を拭って毅然として言った。
「また、絶対会えるんやよね?」
「当たり前だろ、木乃香にまた会う為に行くんだから」
「わかったえ…うち、待ってるさかい。イルゼ、頑張ってね」
木乃香も涙を拭って言った。
「ふふ。それでは、恐らくは数日中には向こうに行く事になるでしょうからそのつもりで居てくれ。夕食までは遊んでいていいからね」
「魔法の勉強はええの?」
「今教えてるのは陰陽術だからね、それなりに準備が必要なのだよ」
「陰陽術って、詠春が使ってる奴だろ?」
イルゼが言った。
「そう、陰陽術は中国の陰陽五行説が日本に流れ、日本独自に魔法の一種として進歩した術なんだ。密教っていうのとも密接に繋がって居てね。その土
地などに住まう神様の力を魔力なんかを代償にして使うモノなんだよ」
「へぇ、神様かぁ。俺の世界だとジジモンがユグドラシルとか四聖獣とかがソレだって言ってたな」
イルゼの言葉に詠春は興味を誘われた。
すると、木乃香がイルゼに聞いた。
「イルゼ、ユグドラシルや四聖獣ってなんやの?」
「ユグドラシルってのは、デジタルワールドの神様だって言ってた。そんで、ユグドラシルを護る『栄光の守護騎士団(ロイヤル・ナイツ)』ってのが居るん
だ。四聖獣ってのはデジタルワールドを護る4体の究極体デジモンではじまりの街を中心に北をシェンウーモン、東をチンロンモン、南をスーツェーモン、 西をバイフーモンが護ってるんだ。」
「面白いね、やはりデジタルワールドと現実世界は繋がりが在るみたいだ」
イルゼの説明に詠春が話しだした。
「どういう事ですか?長。」
「例えばユグドラシルは、北欧神話に出てくる世界樹と呼ばれる世界を支えているという木の名前と同じだ。四聖獣も、特にここ京都では馴染み深いモノ
だよ」
「京都に?」
詠春の言葉に木乃香達は目を丸くした。
「元は中国を起源に持つんだけどね。京都を守護する為に京都にある4つの神社にそれぞれ、京都の北に位置する上賀茂神社には玄武、東に位置す
る八坂神社には青龍、南に位置する城南宮には朱雀、西に位置する松尾大社には白虎が祭られているんだ。 それを四神と呼んでいてね。陰陽術の八 卦や四大元素などにも深い関係が在るんだ」
そこまで言ってから詠春が子供達を見るとみんな頭から煙が出ていた。
「まだ早かったね…、それじゃあ遊んでおいで。夕飯までたくさん時間が在るからね」
「はぁあい」
三人ともフラフラとしながら部屋を出て行った。
残った詠春は冷たい汗をかきながら木乃香の為に準備をしに部屋を出た。
詠春が退出した後に残った三人は庭に出て木乃香がイルゼに向かい合って一枚のトランプを縦に伸ばしたような紙を懐から取り出して見せた。
「なんだそれ?」
イルゼが木乃香の持っている紙を眺めながら言った。
「札やよ。今日はこれを習ったんやで」
「あれ?まだ準備できてなかったんじゃねえの?」
イルゼの疑問に答えたのは刹那だった。
「長が言っとった準備は本格的な修行のためのものや。札を使うだけならそう準備はいらへんからな」
刹那はどことなく得意げに説明した。
「符術言うんやで」
それに木乃香が説明を続けた。
「ふじゅつ?」
「ふは護符の符や。うちもようわからへんけど呪文を唱えると中に封じ込められとる術が使えるんやて」
木乃香の説明にイルゼは興味深げに符を見つめた。
「なんか書いてあんな…読めねぇ…」
木乃香の手にしている符には梵字と呼ばれる文字が書かれている。
「これは梵字言うんやで」
「梵字?」
刹那の説明にイルゼは疑問を投げかける。
すると木乃香が後ろを向いて口を開いた。
「日本では悉曇文字(しったんもじ)とも言うんやて。元々はインドから来たブラーフミー文字言う昔から伝わる文字が日本に流れてそれを仏教言う日本の
宗教のお偉いさんが霊的な意味を持たせて作ったんやて。死んだ人の戒名なんかも梵字で書くんやよ」
「…………」
木乃香の口からスラスラと難しい単語が出てきてイルゼは呆然と口を開けたまま放心した。
「って、お父様が言うてたんやけど。うちも意味よくわからへんかったんよ」
「このちゃん、よくあんな難しい話し覚えてね…」
刹那も驚いた様子で木乃香を見た。
「うん、この本に書いて在るんや」
すると、振り返った木乃香の手にはいつの間にかハードカバーの本が開かれていた。
「どっから取り出したんだ?」
イルゼは冷たい汗を流しながら聞いた。
「えへへ。これなあ、この符から出してん」
「符から?」
イルゼは疑問を投げかけるが、刹那は何かを納得したような顔になった。
「これな、虚空蔵菩薩言ういろんなもんを記録できる符やねん」
「コクウゾウボサツ?」
「そや、見ててな」
そう言うと木乃香は新しい符を本を持つ右手とは逆の左手の人差し指と中指で挟むと目を閉じて口を開いた。
「タラーク」
その呪文を唱えた瞬間に、符が僅かに光、木乃香の右手に握られている本と同じ背表紙の本が出てきた。
ただ一つ違うのは題名には、簡単術式集と書かれている事だ。
「中に文字が記録されてるんや。そんで、呪文を唱えるとこの本の形で読めるようになるんやよ」
「凄いな、もうこんな事出来るのかよ」
目を丸くするイルゼに木乃香は首を横に振った。
「これな、最初jから力が篭っててなただ呪文を発生するだけで使えるやて」
「そうなのか?じゃあ俺でも出来たりするのか?」
そのイルゼの言葉に刹那が首を横に振った。
「呪文言うてもある程度魔力が必要なんやよ。イルゼは魔力がないやろ?呪文言うには言葉に魔力を乗せなあかんのや」
「そうなんよ。今日やっったんは呪文を唱えられるようにする事だけなんや」
気落ちしたように言う木乃香にイルゼは不思議そうに言った。
「なんで不満そうなんだ?呪文発生できるだけでも凄いじゃねえか」
「あんな、よっぽど才能がない限りは何もせんと使えるんやて」
「ああなるほど」
つまりは今日は確認作業みたいな事だったわけである。
「でもさ。初めて魔法使った感想はどうなんだよ」
イルゼの質問に木乃香はさっきとは打って変わって朗らかに笑いながら言った。
「すっごく嬉しい。なんや不思議な気持ちなんや。今まで無い言われてたんが自分で使えるようになったんや。なんや、うちワクワクしとるで」
「よかったね、このちゃん」
嬉しそうな木乃香の様子に刹那自身も嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば刹那は魔法を使えんのか?」
その質問に刹那は少しだけ胸を張った。
「うちもまだ難しい呪文は使えへんけど、見ててや」
言うと刹那は懐から梵字で『ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アギャナウエイ・ソワカ』と書かれた符を取り出した。
「これは火天いう符や。見ててや…オン!」
すると、指先で摘んだ符の上の部分が燃え出した。
「おおおぉぉ」
パチパチパチパチ
木乃香とイルゼは感心したような声を上げながら拍手した。
「まだ基本的なんしか出来へんけどね」
「それでも凄げぇよ。他にもあるのか?」
イルゼの賞賛を受けて得意げになった刹那は懐から新しい符を取り出した。
刹那はこれまで木乃香に見せられなかったので少しだけ自慢したくなったのだ。
「これが不動明王の一字咒の符やで。これで簡単な結界なんかを作れるんや」
刹那の取り出した符には梵字で『ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン』と書かれている。
「これは退魔の力もあるんやで。ナウマク・サンマンダ・バザラダン・カンって読むんやけど。こうやってな、親指と人差し指を立たせたまま合わせて、中指
と薬指と小指を左右で絡ませて唱えるだけでも力が在るんやで。三回唱えた後に、人差し指と中指だけを立たせて他の指をこうやって握ってな。これが 剣印言うて、これで横に振って、次に縦に振ってな。九回切るんや。これが九字言うて、ほんに下級な妖怪なんかは結界として護ってくれたりするんや」
符をしまってから印を切って見せながら言った。
「へえ、これにも呪文とか必要なのか?」
イルゼが聞くと刹那は頷いた。
「そや、一回切るごとに一字ずつ唱えるんや。九個の字を唱えるから九字いうんやで。臨、兵、闘、者、階、陣、烈、在、前。ってな」
そう言って九字を切ると刹那の指先が僅かに輝いた。
「簡単な障壁やね」
刹那の説明が終るとイルゼは不満そうに唇を尖らせた。
「いいよなぁ、俺も魔法使いたいぜ」
不貞腐れながら言うイルゼに木乃香と刹那は困ったように笑いながらフォローした。
「せやけど、イルゼは火の玉とか出せるやん」
木乃香の言葉にイルゼは頭を横に振った。
「あんなしょっぼい技意味ねえよ。こうさあ、臨、兵、闘、者、階、陣、烈、在、前!!…ってやりてえよ」
その言葉に刹那は困ったように笑った。
「でも九字はほんに基本的なもんやから一般でも退魔として広まってるんやで。それに魔法使いは九字よりもちゃんとした障壁を張れる様になるから九
字を使う魔法使いはいない言うてたんやで」
「あれ?魔法って隠すもんなんじゃねえの?」
「陰陽術は割りと一般にも広まっるんや。いうてもちゃんと魔法と理解して修行するんと違うんからちゃんと神様の力を引き出せるのはよっぽど厳しい修
行をこなしたお坊さんだけなんや」
「俺も進化できりゃあなあ」
その言葉に木乃香が反応した。
「イルゼって進化出来るん?」
「?どういう意味だよ」
その次に木乃香の口から出た言葉にイルゼは本気で焦った。
「だって、イルゼ今人間やん?」
「あ…」
硬直してしまったイルゼに木乃香と刹那は慌てながら口を開いた。
「だ、大丈夫やって。きっと進化出来んよ!」
刹那の言葉にようやく硬直が解けたイルゼは少し考えながら口を開いた。
「デジヴァイスがありゃあな…」
「デジヴァイス?」
「ああ、ジジモンが持ってたんだよ。なんかパートナーとの絆を繋いで、進化の力が宿ってる神具だって言ってた」
「デジ…ヴァイス…」
イルゼのパートナーとの絆と言う単語に木乃香は噛み締めるように言った。
「ジジモンはデジヴァイスがパートナーの子供とを出会わせてくれたって言ってた。どこにあるのかわかんねえけど。いつか俺達の所にも現れるかもしれ
ねえな」
そう言うとイルゼは木乃香に微笑みかけた。
「せやね」
木乃香も微笑み返し、刹那もそんな二人と共に微笑んだ。
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