第5話『お話をしよう』


蝉の鳴き声が山中に響き渡り、季節は夏へと移り変わっていた。
京都の外れに位置する関西呪術協会の総本山、その一室で、関西呪術協会の長である近衛詠春、その娘の近衛木乃香、その護衛の桜咲刹那、そし
て、人に成ったデジモンであるインプモン改め近衛イルゼが上座に詠春、下座に子供達と言う形で座っている。
部屋の中は宴会を開けるほどに広い空間を数える程度の家具が置いてある。
真剣な面持ちをした詠春は目の前に座る木乃香に対して口を開いた。

「木乃香、これから言う事は全て真実なんだ。よく聞きなさい」

普段の優しい父とは違い、厳格な空気をかもし出す父に木乃香は僅かに怯えながらも小さく頷いた。

「まず、三ヶ月前の事は覚えているね?」

「はい」


三ヶ月前、イルゼがこの家にやって来たときの事を言っているだと直に察しがついた。
突然、刹那と遊んでいる時に着物を来た女性に連れてこられ、インプモンと再会し、喜んだのも束の間、すぐに父がやってきて一言だけ。

「座りなさい、木乃香。刹那君も」

と言って今の状況である。木乃香も刹那に関しても頭の中は混乱していた。


「木乃香、三ヶ月前にお前と刹那君を襲ったのは鬼という存在だ」

「鬼?」

父の発した言葉に思い出したのは世話係の女性に読んで聞かせてもらった童話の『桃太郎』に出てくる鬼だった。

「長!?」

そして、刹那はその事を打ち明ける詠春に何を言いだすのだという風に声を発した。

「刹那君、木乃香は既に知ってしまった。何れはアレがどういうモノかを知識で知る事になる。そうなれば、知るだけでも魔というのは引き寄せられてくる
のだよ。本当ならば、何も知らずに平穏の中を生きてもらいたかったんだがね」

そこで詠春は一瞬だけ顔を顰めたが、すぐに木乃香に目を合わせた。

「木乃香、この世界には魔法という存在がある。」

「まほう?」

すぐには分からなかった。
魔法という言葉が頭の中にパズルのように組み合わさったとき、脳裏にはアニメの魔法少女などが過ぎった。

「魔法というのは、妖精や精霊、時には鬼や悪魔を召喚し、火や水などを操る力の事だよ」

「でも、お父様。みんな、魔法は現実には無いんだって言ってたで?」

アニメの中の魔法少女達の使う魔法は夢が溢れている。ソレを使って見たいと未だ幼い彼女が思ってしまうのは無理の無い事だろう。
だが、アニメの呪文を唱えたりすると周りの大人達は木乃香に魔法など存在しないと必死に言い聞かせるのだった。
アニメの呪文など、言ったところで普通は何か起こるなどありえない。もし、何か起こるならば世界中に魔法使いが生まれてしまう可能性だってあるの
だ。
だが、木乃香に関しては話が違った。例え、存在しない呪文を唱えたとしても。

『呪文を唱えて魔法を使おうとする』

という手順を踏んでしまうだけで魔法の才能を開花させてしまうかもしれないのだ。
それだけの力と才能を木乃香は持っているのだった。
故に、周囲の者達は魔法少女物を余り木乃香には見せたがらなかった。

「木乃香、私の手を見ていなさい」

そう言うと、詠春は右手を見やすいように子供達の前に晒して、左手で剣印と呼ばれる、人差し指と中指を立たせ、他の指は握り剣を模した印を作り、
胸の近くに持ってきて一言だけ呟いた。

「バン」

大日如来の加護を魔力によって引き寄せ僅かな炎を右手の掌に作り上げた。

「これが?」

詠春の右手でユラユラと煌く美しい炎をほぅっと眺めながらなんとなく納得しながら確認を取った。

「そう。まぁ、これは陰陽術という魔法の一種だけどね」

「陰陽術?」

「日本で生まれた魔法の事だよ。魔法には魔力という、どんな人でもある程度は存在する力を使うんだ。この世界にはあらゆるモノに精霊が宿っている。
それに干渉して不思議な力を使うのが魔法なんだよ。」

「うちにもあるん?」

「ある…というより、木乃香。お前には魔法を使う力。魔力が人よりもたくさんあるんだ」

「そうなん?」

唐突に魔法の存在を知り、自分もその力を使えると知った木乃香が割りとすんなり受け入れることが出来たのはひとえに彼女が未だ5歳という年齢故だ
った。

「木乃香、お前の魔力はとても大きい。そして、その力はこの前のような魔を引き寄せてしまう可能性がある。」

「…」

木乃香は三ヶ月前の事を思い出してしまった。
もし、イルゼが来なかったらどうなっていたか。
もし、父が来なかったらどうなっていたか。
それは、自分だけでなく最愛の友もまた同じ事だった。
自分の為に刹那に何かあったらと考えると木乃香は顔を青くしながら震えた。

「木乃香、お前に魔法を教えようと思っている」

「魔法を?」

「そう。そして、これは1年後…いえ、9ヵ月後の事だが、お前には義父さんの学園に通ってもらおうと思っています。」

「おじいちゃんの?」

「ええ。そして、そこでの護衛はイルゼに任せようと考えている」

「!?長!!一体どういう事ですか!うちじゃ…」

詠春の言葉に激昂したのは刹那だったが詠春が手で制した。

「刹那君、君をお払い箱にするつもりなどない。ただ、君には修行を積んでもらいたいのだよ。」

「修行…ですか?」

「神鳴流の剣士として本格的な修行を受けてもらいます」

「お父様。うち、せっちゃんとお別れしなくちゃいけないん?」

「短い間だよ。刹那君が立派な神鳴流剣士となった暁には木乃香の元に戻ってもらいます。構いかい?」

そう言って詠春は刹那に視線を合わせた。

「はい!うち、頑張って強くなります!」

刹那は慌てながら返事をした。
それまで黙っていたイルゼが刹那に口を開いた。

「刹那。お前がいない間は俺が絶対に木乃香を護ってやるからよ」

その言葉を聞いて、刹那は僅かに頬を緩ませた。

「頼むで、インプモン!」

「今はイルゼだぜ。木乃香、刹那の代わりって訳じゃねぇけどさ。お前の事、護らせてくれないか?」

イルゼは刹那に笑いかけた後に木乃香と目線を合わせて聞いた。

「ありがとう、インプモン。せやけど、ほんまにええの?インプモンはパートナーを探さなあかんのやろ?」

それは、詠春から聞いたことだった。
イルゼがこの世界に来たのは偶然だが、ジジモンの遺言でパートナーを探さないといけないのだと。

「ああ、俺はパートナーを探すよう言われた。」

「せやったら…」

その言葉に顔を俯かせた。自分の為にイルゼの目的を妨害するわけにはいかないと幼いながらも思ったのだ。
しかし、インプモンの言葉に目を見開いた。

「だからよ、木乃香が俺のパートナーになってくれよ」

その言葉に、木乃香は俯かせた顔を上げた。
木乃香は、イルゼの優しい笑顔に自然と自分も笑顔になるのを感じた。
そして、自分の言うべき言葉が見つかった。

「…うん、うちでええなら。うちはインプモンのパートナーになるえ」

「ありがとよ。それから……今はイルゼだ」

それを微笑ましげに見ていた詠春は来ている着物の胸元から細長い箱を取り出した。

「お父様、これは?」

「これは杖だよ。アニメでも魔法使いは杖を振るっているだろう?」

「でもお父様、ドレミちゃんは楽器や言うてたで?」

「…そうなのかい?…と、とにかく。魔法を使うのには杖が必要なんだよ」

そう言って両手で木乃香の前に箱を置くと木乃香に開くように促した。

「これが、うちの杖」

箱を開くと、そこには白い木の枝のような杖が入っていた。

「なんか、ただの木の枝っぽいな」

イルゼがそれを見て呟いた言葉に詠春は苦笑した。

「まあ、初心者用の杖だからね」

「魔法を教えるのは明日からにしよう。今日はイルゼと遊んでおいで」

そう言って立ち上がり、詠春は部屋を出て行った。




部屋に残った木乃香達は久方ぶりの再会を喜んだ。

「それにしても久しぶりやね、インプモン」

「インプモンじゃなくてイルゼだって」

「インプモンは今まで何してたん?」

イルゼは木乃香に対して突っ込みを入れたが刹那のスルーに肩をガックリと落とした。

「せっかく詠春に考えてもらったんだけどなぁ…」

影を背負って隅っこでションボリしてしまったイルゼに木乃香と刹那は焦りながらフォローした。

「ご、ごめんてインプモン!」

「だ、駄目やよこのちゃん!イルゼ、ごめんて、機嫌なおしてや」

「たくよぉ、まぁいいけどな」

イルゼは左手で頭を掻きながら木乃香達に向き直った。

「それで、イルゼは今まで何やってたの?」

「俺はデジモンだって言ったろ?なんでか人間になっちまったからな。それで検査とか受けてたんだよ」

「イン…じゃなかった、イルゼの世界ってどんなとこやったん?」

「俺の世界の事か?」

「うん、イルゼの居た世界ってどんなとこか知りたいんよ」

「うちも気になるえ、どないなとこやったん?」

木乃香の言葉に刹那も続いた。

「そうだなぁ、俺が居たのはデジタルワールドのファイル島っていう小さな島で、住んでいたのははじまりの街っていう小さな村だった。いろんなデジモン達
が住んでたよ。恐竜型、天使型、鳥型、ヒト型、たっくさんな。」

「寂しい?」

木乃香はイルゼに聞いた。

「寂しくない…って言ったら嘘になるよ。でもさ、俺はみんなと一緒の思い出がある。戻れるかどうかはわからないし戻れたとしても、俺は今は人間だ。み
んなに受け入れてもらえるかなんてわからない。だからさ、俺はここで生きて行く。そんでさ、確かめたいんだ」

「確かめたい?」

刹那は首を傾げた。

「なんで、あの時アイツ…メガドラモンは襲ってきたのか知りたいんだ。詠春が言ってたんだ。アイツは人間界に来ようとしてたんじゃないかって」

「人間界…うちらの世界に?」

木乃香の言葉に頷いてイルゼは話を続けた。

「ああ、もしかしたら。いつかアイツがこの世界に来るかもしれない」

「メガドラモン…どんなデジモンなん?」

刹那が聞いた。

「完全体、暗黒龍型デジモン。昔、闘技場のメタルグレイモンとファクトリアルタウンのアンドロモンが昔教えてくれた。元々さ、アンドロモンもメタルグレイ
モンも…あぁ、アンドロモンってのはヒト型でメタルグレイモンは恐竜型のサイボーグ型デジモンだ。」

知らない名前で混乱した様子の木乃香達の為にアンドロモン、メタルグレイモンの説明をしてから話を続ける。

「メガドラモンはファクトリアルタウンで改造を受けたデジモンなんだ」

「改造?」

木乃香は首を傾げながら聞いた。

「ファクトリアルタウンは機械デジモン達の街なんだ。さっき言ったメタルグレイモンも昔はグレイモンっていう恐竜型のデジモンで強くなりたいと思ったグ
レイモンが友達のシードラモン、マメモンと一緒に改造を受けたんだって言ってた。マメモンってのはすっごく小さいけど完全体で凄く強いデジモンなんだ
けどな。シードラモンは竜型のデジモンでグレイモンと同じ成熟期だ。ファクトリアルタウンで改造手術を受けた三体はそれぞれ完全体になった。グレイモ
ンはメタルグレイモン、マメモンはメタルマメモン。そして、シードラモンはメガドラモンに」

「それがどうして…」

木乃香の言葉に黙って首を左右に振った。

「メタルグレイモンは改造手術を受けた後にそれぞれ世界中に散らばったって言ってた。メタルマメモンだけはファクトリアルタウンに残ったらしいけど。メ
ガドラモンが何処に行ってて何をしているのかは知らないって言ってた」

「何かがあったんかな?」

刹那は言った。

「わからない。理由が知りたい。ジジモンを倒したのは許せない。だけど、何か理由があるなら…知りたい」

「そっか…わかるとええね」

「おう」

三人は自然と笑い合った。





トップへ  目次へ 前へ  次へ