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第91話『詠春と妖怪』
上空千メートル。
そこに、一体の魔獣が遥か下方を見つめていた。
そして、その視界は遠くの術師に送られている。
『いけ!着物の髪を下しているガキだ!!』
術者の命令を聞き、魔獣は静かに下降を始めた。
魔獣は、巨大な魔鳥だった。
漆黒の翼に、漆黒の嘴、漆黒の鍵爪。
見た目はカラスだが、その巨大さは異質だった。
普通の二階建ての一軒家ほどもある巨大な躯でありながら、凄まじい速度で下降する。
そして…。
「ッ――!?」
麻耶だけが漸く気が付いた。
即座に結界の符を発動しようとしたが、間に合わない。
巨大ガラスは、木乃香をその漆黒の鋭い鍵爪で捕らえると、一瞬で上昇した。
「木乃香!!俺を進化させろ!!!」
咄嗟に、イルゼは怒鳴り声を上げた。
それは、一瞬の判断だった。
空中を飛行する巨大ガラスを追うには、地上を走るのは不利だからだ。
「イルゼエエエエエエ!!!!」
木乃香は鍵爪に捕われたが、怪我は無かった。
恐らくは術師の簡易結界によるのだろう。
鍵爪は微かに緑色の光を放ち、それが鋭い鍵爪をコーティングしていた。
そして、木乃香は持っていたポシェットに右手を何とか動かした。
しっかりと捕まえられているが、肘から先だけは何とか動いた。
そして、デジヴァイスを手探りで見つけると、グリップを思いっきり握り締めた。
――飛んで…イルゼ!!
その強い思いが、デジヴァイスを伝ってイルゼに届いた。
そして、イルゼは刹那に言った。
「追うぞ!!刹那!!」
「うん!!」
イルゼの言葉に、刹那は自身の翼を広げて力強く頷いた。
そして、二人は駆け出した。
すると、イルゼの躯は光に包まれ、虚空に不思議な声が響いた。
『Evolution and Mode change- storm mode』
その瞬間、周囲に突風が吹き荒れた。
その様は、正しく嵐の様だった。
木々は揺れ、大地は鳴動し、そして、その風を利用して一気に刹那は上昇した。
「うちは、本山に連絡をいれるさかい、無理したらあかんで!!」
飛行手段の無い麻耶はそれだけ言うと、自分の出来る事をする為に、後をイルゼと刹那に任せた。
二人に任せるのは無責任かもしれない、それでも、自分に出来るのは、二人に任せ、自分は本山に連絡を入れることだけだと即座に判断したのだ。
そして、イルゼは力強く「おう!!」と応えると、光に包まれていった。
それは、何時もの真っ白な光ではない。
朝空色の綺麗な水色の光だった。
「インプモン進化!!」
その瞬間、嵐は一気に天まで爆発した。
風の蹂躙が、天を覆う。
刹那は必死にバランスを保とうと羽を翻す。
そして、木乃香を攫った巨大ガラスを眼で捕捉し続けた。
光の粒子を、まるで打ち破るいきおいで、イルゼは現実世界に飛び出した。
「サングルゥモン、ストームモード!!ウオオオオオオオオオオオオ!!!」
凄まじい雄たけびを上げると、一気に疾風モードになったイルゼは、まだ地上から天に向かって吹き荒れる嵐に乗って上昇した。
そして、上空で刹那と合流した。
「急ぐぞ、刹那!!」
「うん!!」
そして、刹那とイルゼは一気に速度を上げながらカラスを追い続けた。
だが、疾風モードのイルゼと、飛行の修行がまだ始めたばかりの刹那は、どんどん距離を離されていってしまう。
――クソッ―!
胸中で毒づくが、意味は無かった。
夜のせいで、カラスの姿は薄っすらとしか見えず、それが余計に二人を焦らせた。
「くそ、なんて速さだ…」
「このままじゃ…、見失っちゃう…」
懸命に翼をはためかせる二人だったが、無情に距離は離れていく一方だった。
「どうすればいい…、遠距離攻撃は疾風モードじゃ使えない…第一、使えても木乃香にあたったら…」
速度を懸命に出しながら、イルゼは何とか考えを捻り出そうと必死だった。
だが、どうしようもないスペックの差が壁になった。
初速から違うのだ。
加速度も、完全にカラスに分がある。
その上スタートもイルゼ達は遅かったのだ。
京都の町の上空を翔けながら、イルゼと刹那は薄くなっていくカラスの影に泣きそうになっていた。
「このちゃん!!このちゃん!!」
刹那は羽が千切れそうなくらいの勢いで翼をはばたかせるが、距離は縮まなかった。
追い風が来ても、向うにとっても追い風になってしまう。
イルゼが必死に悩んでいる…その時だった。
突然、後方から凄まじい速度で一体の金色の鳥が飛んできたのだ。
「何だ!?」
驚くイルゼだったが、速度は緩めない。
それは、刹那も同じだった。
「これは…、長の前鬼や!?」
刹那の言葉に反応する様に、鳥は口を開いた。
その声は大人の女性の様だった。
声は、マイクを通している様に不思議な響きだった。
『よく聞いて下さい。速度は私が上ですが、私ではあの魔鳥にも、アレを操る術者にも勝てません。私が先行しますので、私の光を目指して追いついて下
さい。幸い夜です。私の光は遠くでも目立つでしょう。何とか、足留めをしてみせます。刹那さんはコレを!それでは!!』
そう言うと、詠春の前鬼は光の玉を刹那の手に飛ばし、凄まじい速度でカラスを追い始めた。
刹那が渡されたのは、練習用の太刀だった。
練習用と言っても、馬鹿には出来ない。
気の通し易さ、刃の切れ味、強度に至るまで、装飾は無いものの、間違い無く一級品なのだ。
それを確認すると、イルゼは大声で叫んだ。
「よし、いくぞ!刹那!!」
「うん!!」
二人は心強い味方の登場に、己を奮い立たせた。
そして、イルゼは空中を走るように四本の脚を動かした。
すると、まるで本当に空中を駆ける感覚が、あった。
足元に渦巻く風を、地面の様に蹴る事が出来たのだ。
そして、それによって僅かに速度が増した。
だが、それもほんの僅かでしか無かった。
イルゼに触発され、刹那も前鬼に渡された太刀を握り締めた。
そして、視界の彼方で、前鬼がカラスと交戦しているのが見えた。
イルゼと刹那の速度は、直線だからか、かなりの速度が出ている。
だが、それでも距離はかなりあった。
イルゼ達が飛行しているのは、ちょうど貴船の上空だ。
そして、カラスと前鬼が戦っているのは鞍馬山の上空である。
距離にしてまだ数キロもある。
しかし、飛行のおかげで、直線上に行く事が出来、徐々に前鬼だけでなく、カラスの姿も目視できた。
しかし…。
「前鬼が!!」
「ッ――!!!」
刹那の声と共に、刹那は戦慄した。
前鬼が墜ちたのだ。
そして、目視してしまった。
無残にバラバラに解体されてしまった姿を。
大きさに違いはあまり無かったが、それでも敵わなかったのだ。
「何て奴だ…」
戦慄するも、イルゼは焦っていた。
前鬼が墜ちた。
それはつまり…。
「カラスがまた!!」
「木乃香ああああああああ!!!!」
イルゼが大声で叫んだ。
そして、カラスに掴まれたまま散々振り回されたせいで、木乃香は何度も嘔吐していた。
当然だろう。
刹那とイルゼすら追いつかない速度で、それも翼による飛行で上下に振り回されているのだ。
下手をすれば死んでしまう程の苦しみだった。
だが、デジヴァイスから放たれる凄まじい光が、どうにか木乃香を正気にさせていた。
「ちくしょう!!もっと速度を出さないと!!」
イルゼは歯軋りしながら翼と駆ける脚を早めるが、効果は薄かった。
「ハァ…ウェ…アグ…ハァ…ハァ」
刹那の顔色は悪くなっていた。
半妖の生命力と強さを持ってしても、全力を超えた速度での飛行は体力を削り、風圧で息も殆ど出来ていなかったのだ。
それでも、木乃香を救いたい一心で飛び続けたが、目がぼやけてしまっていた。
酸素が脳に行き届いていないのだ。
「無理すんな刹那!!」
その様子に気が付き、イルゼは焦った様に叫ぶが、刹那は首を振るだけで飛び続けた。
だが、その顔色は明らかに悪くなっていた。
――このままじゃ…このままじゃ、木乃香も刹那も拙い…。どうすりゃいいんだ!!
考えても答えは出ない。
「もっと…もっと速さを!!」
イルゼは大声で吼えた。
その頃、総本山は大慌てだった。
お嬢様が誘拐された。
それも、追跡しているのは半妖と化け物だけ。
以前の、木乃香達三人への襲撃騒動の時に、三人の姿を見た者は、落ち着きながら対処をしているが、それでも、殆どの者は絶望の色を見せながら焦
燥に駆られていた。
そして、詠春は頭を下げる麻耶に首を振り、急いで指示を飛ばし、前鬼を飛ばした。
前鬼には、刹那の練習用の太刀を持たせて。
だが、すぐに前鬼が撃墜されたのを、ラインを通じて感じると、歯を噛み締めた。
最後に視覚共有した時、イルゼはともかく刹那は限界だったし、木乃香もデジヴァイスの光が無ければ何時死んでしまうか分からなかった。
――頼む、前鬼!!木乃香を…木乃香を救ってくれ!!!
詠春は、ズタズタに切り裂かれ、地面に激突し、回復しようと体を休めていた前鬼に冷酷な命令を発した。
前鬼、つまりは式神。
式紙ではない。
術式を練りこんで、術師が作るモノでは無く、正真正銘の精霊や魔獣、八百万の神を使役する術が式神なのだ。
そして、前鬼は既に、躯を休めなければ消滅してしまう状況に陥っていた。
それでも、尚飛んで自身を撃墜した魔鳥を追跡しろと、詠春は命じたのだ。
だが、その冷酷で無慈悲な命令を、前鬼は聞き入れた。
無理矢理、詠春の魔力で全身を繋ぎ合わせると、そのまま飛翔した。
だが、すぐにあまりの苦痛に悲鳴を上げた。
『アアアアアアアアアアアア!!!』
当然だろう、休んでいなければ消滅してしまう傷を負いながら飛翔しているのだ。
全身が再びバラバラになる感覚が、絶え間なく襲ってくるのだ。
だが、主の命を忠実に聞入れ、前鬼は翼をはためかせた。
すると、前鬼の躯から光が噴出し、徐々に虚空に消えてしまった。
徐々に、消滅が始まってしまったのだ。
その事を、詠春はラインを通じて知りながら、感謝も謝罪もしなかった。
ただ只管に、拳を握り締めた。
感謝も謝罪も、もう言葉に出していい状況ではない。
自分は、娘の為に自分の大切な相棒を、消滅させるのだから。
詠春は顔には出さず、心も、決して前鬼に送られないように、必死に殺し、犯人の討伐の指示を次々に出して行った。
そして、前鬼は凄まじい速度で飛翔し、躯から止め処なく光の粒子を放出し続けた。
『アアアアアアアアアアアアアア!!!』
前方のイルゼは、突如後から迫る存在の圧力に驚いた。
そして、通り過ぎた時の苦痛の悲鳴と、放出される光の粒子に、悪寒が走った。
「前鬼!?何だよあの姿、それにあの悲鳴も!!」
イルゼは全速力で翔けながら、目の前で徐々に小さくなる前鬼の姿を見た。
そして、刹那は恐怖を感じた。
「あかん!!死んでまう!!」
両手で顔を庇う様にしていた刹那はあまりの事に叫んだ。
「何!?」
それを聞き、イルゼは戦慄した。
最初に通り過ぎた時、前鬼はカラス同様に二階建て民家程の大きさがあった。
だが、今はどうだ?
もはや、サングルゥモンと同程度の大きさしかない。
「やめろ…、やめろよ!!死んじゃうよ!!!」
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアア!!!』
凄まじい絶叫と共に、前鬼はカラスに追いついた。
だが、その大きさは既に成人男性の胸までの大きさしかなくなっていた。
「急がなきゃ!!」
イルゼは必死に翼をはためかせる。
木乃香を救わなければいけない。
だが、その前に前鬼は確実に、残り数秒で消滅してしまう。
それに間に合わなければいけない。
遠い距離を、立ち止まったカラスと前鬼に向かうイルゼと刹那は徐々に縮めて行った。
そして、漸く後数百メートルと言う所で、前鬼はもはや小鳥程度の大きさになってしまっていた。
『ァァァァァァァァァァァ!!』
激痛に苛まされているのだろう、小さな、それでいて胸が痛くなる絶叫をしながら、必死にカラスに攻撃している。
だが、カラスは最早用は無いと言う様に、尾羽で前鬼を弾き飛ばした。
そして、消えていく最中に、前鬼はイルゼの下に飛ばされた。
「前鬼!!」
目の前で必死に木乃香を助けようとしてくれていた前鬼が、自分の目の前で消滅していく。
そして、息絶え絶えの前鬼がイルゼの額に当たった瞬間、木乃香のデジヴァイスの『風』の文字が変化した。
『光』に似た漢字が、デジヴァイスに浮き上がった。
そして、前鬼の体から、無数の光の帯が出て、イルゼの体を覆った。
「ウガアアアアアアアアアアアアア!!!!!サングルゥモン、モードチェンジ!!!!」
そして、光に包まれたサングルゥモンの体は変化を始めた。
朝空の様な水色の毛皮は白銀に煌き、真紅の翼は、まるで前鬼の鳥の翼の様に変化した。
体の大きさが小さくなり、全ての足からスティッカーブレイドが消滅し、そこに通常の獣の脚が出現した。
そして、代わりに翼に鋭い刃が現れた。
光に包まれたイルゼは、一際翼をはためかせて、その光の壁を突き破った。
それは、ずっと昔の話だ。
一匹の妖怪と少年の話。
鳥妖と呼ばれた妖怪が居た。
妖怪は、人に交わる為に人に擬態する。
だが、その鳥妖は未熟だった。
両手には羽が生えたまま、金色の着物を着た少女の姿で、子供達と遊んでいた。
その中の一人の少年の名前が、『匂坂詠春』。
昭和も後期に入っていたその時代。
戦争もとうに終結し、GHQが撤退してから23年が経過していた。
1975年.
その年は、ザ・ピーナッツが引退し、マイクロソフト社が設立され、イギリスの国家元首が初の来日を果たした年だ。
そして、山奥の小さな村で、詠春は友達と玉蹴りをしている時に、その鳥妖が変身した少女と出会った。
村の剣術道場の息子だった詠春は、練習に忙しく、久しぶりに友達と遊べるのが嬉しくて仕方が無かった。
そして、少年少女が十人ばかり、詠春も混じって村の外れの広場で遊んでいた。
「ねぇ、私も混ざっていい?」
突然、そんな声が響いた。
綺麗な、鈴の音の様な声だった。
詠春達が、振り向くと、そこには金色の着物を着た、金色の髪の少女が居た。
瞳も金色。
異人の様な容姿だった。
そして、何より不思議だったのは、裾からはみ出た羽だった。
少女が近寄ると、子供達は逃げ出してしまった。
「あ……」
少女は悲しげに逃げ去る子供達に手を伸ばそうとした。
だが、誰も振り返らなかった。
『妖怪』。
その存在を、その村の者は誰もが知っていた。
近くに、妖怪の多く住む山があると言われているのだ。
だから、少しでも変な人が居たらすぐに逃げろ。
そう、教えられているのだ。
だが、少女はフと気が付いた様に顔を向けた。
そこには、木の棒を構えて震えている少年が居た。
詠春だ。
そんな詠春に、少女は悲しげな表情を見せた。
そして、詠春は、少女の悲しそうな顔に罪悪感を感じた。
そして、木の棒を落とすと、少しだけ近寄った。
「君は……誰?」
詠春の言葉に、少女は目を見開いた。
そして、花の咲く様な笑顔を振り撒くと、口を開いた。
「私は鳥妖の『美月』。あなたは?」
「ぼ…僕、詠春。匂坂道場の詠春だよ」
「えい…しゅん。えいしゅん。うん、詠春だね。カッコいい名前だね」
ニコッと笑う美月に、詠春は照れ臭そうに「えへへ」と笑った。
「君は……妖怪なの?」
「……うん。怖いかな?やっぱり…」
「えっと…、その…君は…怖くないよ!」
詠春は精一杯胸を張って言った。
すると、美月はクスクスと笑った。
その笑顔がとても妖怪とは思えなかった。
見惚れてしまう様な、綺麗な笑顔だった。
そして、詠春と美月は、近くに倒れて皆の椅子にされていた大きな木に腰掛けた。
「鳥妖…だから、鳥の妖怪なの?」
詠春が聞くと、美月は「うん」と頷いた。
「詠春は、道場って言ってたよね?何の道場なの?」
美月が聞くと、詠春は誇らしげに「剣術道場!」と言った。
そして、手近な木の棒を持った。
「見ててよ!」
そう言うと、正眼に木の棒を構えて、「面っ!」と木の棒を振るった。
「わぁ、凄い凄い!本当に剣士さんだ!まるで、神鳴流みたいだよ」
「しんめいりゅう?」
「そう、神鳴流。神が鳴く流派って書くのよ。私達妖怪の中では恐れられている凄い流派なんだよ!……私は見た事無いんだけどね」
テヘヘと笑う美月に、詠春は呆れた様に「なぁんだ」と言った。
「でも、神鳴流は完全無欠最強無敵の流派なんだって聞いたよ」
その言葉に、詠春はムッとなった。
「ヘン!匂坂流の方が強いよ!神鳴流なんて変な名前だね!」
頬を膨らませて言う詠春に、美月はクスクスと笑った。
「ねぇ、妖怪の山は本当にあるの?」
詠春が美月に聞くと、美月は「うん」と頷いた。
「本当だよ。だって、私はそこから来たんだもん。妖怪の山には、たっくさん!妖怪が居るよ。友達だと、イズナや不壊、一角や月光、カマイタチのカガリ
さんや本当に沢山居るのよ」
ニコニコしながら話す美月に、詠春は少しずつ惹かれた。
「もっと話してよ!妖怪の山ってどんな所?他にはどんな妖怪が住んでるの?」
ワクワクしながら好奇心に満ちた目で、詠春は美月に妖怪の山の話をせがんだ。
だが、その楽しい一時も直に終わりを告げる。
遠くの方が騒がしくなってきたのだ。
「もう…お別れしなきゃ…」
「え?どうして!?」
美月の言葉に、詠春は血相を変えた。
すると、美月は遠くで武器を持って走ってくる村の人達を指差した。
「もう行かないといけないんだよ。ありがとう、君とのお話、とっても楽しかったよ」
そう言うと、美月は浮き上がった。
「待って!!また…会えるよね?」
詠春が泣きそうな顔で叫ぶと、美月は迷った顔をすると、頷いた。
「私は、森の中に居るよ。呼んでくれたら、何時でも一緒に遊べるよ」
そう言うと、美月は去って行った。
残された詠春は、ただぼうっとしていた。
そして、村人が駆けつけると、詠春に血相を変えて近づいた。
「おい!妖怪はどうした!!」
村の男が怒鳴るように言うと、詠春は首を振った。
「妖怪なんて知らないよ?」
そう言った。
きっと、美月の事を話すのはよくない。
そう、咄嗟に思ったのだ。
「なんだよ、子供の悪戯か?全く、仕方ないな」
「俺達は、一応少し森の中を見て来るよ!」
「気をつけろよぉ!妖怪はともかく、猛獣なんかは居るかもしれんぞ!!」
詠春の言葉をアッサリと信じると、村人は呆気無く、どこか安堵しながら去って行った。
そして、三人の男が、森の中へと消えた。
そして、翌日も外で遊ぶお許しが出た。
だが…。
「詠春の馬鹿!!お前のせいで親父に怒られたじゃないか!!どうして、嘘をついたんだよ!!」
「!?」
一緒に遊んでいた友達は、口々に詠春を責めた。
曰く、確かに見たのに信じてもらえなかった。
曰く、お前たちは嘘をついたと叱られた。
曰く、詠春君だけが、馬鹿な遊びに付き合わない良い子だった。
父親達に怒られ、何度美月について説明しても、親たちは誰も相手にしなくなった。
そして、子供達の怒りの矛先が詠春に向くのに、そんなに時間は掛からなかったのだ。
口々に子供達は詠春を責め、石を投げつけた。
「止めて、止めてよぉ」
泣きながら、詠春は走り去った。
友達に詰られ、石を投げつけられたのだ。
森の中に入って、詠春は悲しさのあまり大声で泣いてしまった。
すると、美月が現れた。
「大丈夫!?どうしたの、詠春?」
美月は詠春に近寄ると、心配そうに詠春に聞いた。
すると、詠春は「うるさい!!」と怒鳴った。
驚いた美月は眼を丸くした。
「どうしたの?詠春?」
訳が分からず、美月は不安そうに詠春を見た。
すると、詠春はキツイ眼差しを美月に向けた。
「お前のせいで、友達に嫌われちゃったんだ!お前のせいで、石を投げられたんだ!お前のせいだ!お前のせいだ!おまえの…うう…うわあああああ
ああん。皆に嫌われちゃったよおおお。うえええええええええええん!!」
そのまま天を向いて、詠春は大声で泣き続けた。
その間、美月は申し訳なさそうに、ずっと詠春のそばに居た。
この森はとっても危ないから。
妖怪や、森の肉食動物達が居るのだ。
詠春だけを残して立ち去ったらどうなってしまうか?
そんな事、考えなくても判った。
本当は、直ぐに立ち去った方がいいのは判っていた。
だけど、立ち去れなかった。
詠春を護らないといけないから。
自分のせいで友達を失くした詠春に、せめてもの罪滅ぼしをしたかった。
そして、泣き声に誘われて、一体の妖怪が現れた。
詠春は、その巨大な姿に「ひい!!」と恐怖の叫びを上げた。
「いつまで〜、いつまで〜、いつまで〜」
腹部に女性の顔を持つ、巨大な怪鳥だった。
女性の顔は、絶え間なく「いつまで〜、いつまで〜」と叫び続ける。
それが、余計に詠春を恐怖に陥れた。
「クッ―!どうして、以津真天が居るんだ!?」
美月は歯軋りをしながら、詠春を背後に庇って立った。
「以津真天…?」
詠春は、恐怖の余り泣き止み、美月の言葉に首を傾げた。
「そう、あの妖怪の名前さ。以津真天、意味は死体をどうして『いつまで』も放置するの?って言う意味。だけど…、死体ってどういう意味さ!?」
美月は困惑しながら言うと、詠春は顔を青褪めさせた。
「そう言えば…、昨日美月を探すって、そのまま森の中に入った大人が…」
詠春の言葉に、美月は絶句した。
「じゃぁ…私が村に来たせいで…。あ…ああ…ア゛ア゛ア゛アアア゛ア゛!!」
そして、正気を失った様に叫び声を上げると、美月は両手に生えた羽で飛び上がると、一瞬で以津真天の首を両手から生える羽で切り裂いた。
美月の両手から生える羽は、金色の光を放っていた。
そして、ゆっくりと肩で息をして、涙を流しながら降りてくる美月に、詠春は可哀想になった。
そして、元気になって欲しくて「凄く強いんだね!」と言った。
「え?」
美月は困惑した様に、詠春を見た。
「かっこ良かったよ!美月は強いんだね!!」
詠春の言葉に、美月は目を丸くした。
「怒ってないの?」
美月の言葉に、詠春は頷いた。
「うん、美月は悪くないもん!…そうだ!ねぇ美月、お願いがあるんだ!」
「何?何でも言って。私…何でもするから!」
罪悪感に苛まされた美月は、とにかく罪滅ぼしをしたかった。
すると、詠春の言葉は予想外の事だった。
「僕を強くして欲しいんだ!僕、もっと強い剣士になりたい。美月が言ってた神鳴流剣士にも負けないくらい強く!」
詠春の言葉に、目を丸くした美月だったが、直ぐに頷いた。
「うん!私に出来る事ならなんでもするよ」
そう言って、美月はニコッと頷いた。
それから、詠春は友達と遊ぶ事が無くなった。
家の練習をこなした後、少しでも時間が在れば美月に会いに行き、剣の修行をした。
美月はまだ若い鳥妖だった。
125歳という若輩者だ。
元々は雀だったが、長い年月を生きて妖怪化したのだ。
そして、美月は詠春に気を教えた。
妖怪との修行は、人間との修行では得られない様な、独創的で、奇妙奇天烈な動きに対応出来る実力を付けさせた。
そして、家での練習でも、父親が眼を見張るほどに詠春は成長していった。
美月との修行のおかげで得られた気を操る術で、大人相手に戦っても、詠春は負けなかった。
その頃には、詠春に怒っていた子供達も、仲直りがしたくて詠春に話す機会を伺っていた。
だが、詠春はすぐに美月が結界を張った場所に行ってしまうので、誰も見つけることが出来ず、詠春は美月との会合が楽しみで仕方なかったのだ。
そして、それは詠春が中学生に上がる頃だった。
その頃には、詠春の実力は父親が全力を出しても敵わない程だった。
元々の並外れた才気と、妖怪である美月との修行が功を奏したのだ。
それに、最近では、美月の友達の悪戯好きのヤンチャな鼬妖怪のイズナや、巨大な金棒を振り回す、豪気な性格の樹鬼妖怪の一角、無口で空を飛び
まわる金色の甲殻鳥妖怪の月光や、皮肉屋の影法師妖怪の不壊が詠春に修行をつけたり、遊んだりして行く様になった。
詠春は、美月の友達の妖怪も大好きになっていた。
そして、妖怪達も、詠春を仲間の様に思い、大切にしていた。
そして、災厄が起きた。
発端は、悪戯好きのイズナだった。
イズナも、詠春が好きだったのだ。
そして、どうにか詠春を妖怪の山に招待したいと思ったのだ。
そして、イズナは一角や月光を唆した。
不壊や美月はきっと駄目と言うに違いないからだ。
人間がこの山に入る事は禁忌なのだ。
妖怪の仲間になる。
そう誓わなければ二度と出られないのだ。
だが、イズナはそれでいいと思ったのだ。
詠春が妖怪になってくれれば、ずっと自分達と居られる。
美月も詠春ともっと仲良くなれる。
皆が幸せになれる。
そう思ったのだ。
美月は詠春を愛している。
それは、親友であるイズナ達からは簡単に見抜けた。
詠春だって美月を愛してる。
妖怪と人間だって、子供は作れる。
詠春は人間だけど、人間に似た姿でいられる美月なら文句無い筈だ。
イズナは自分の計画が巧く行くと確信していた。
そして、その様子を遠くからカマイタチのカガリの弟であり、イズナの兄でもある雷信は首を傾げながら見ていた。
雷信は、寡黙なカマイタチで、人間の姿になれる。
雷信の人間体は、逞しい青年の姿だ。
そして、寡黙で怖いイメージの雷信は、美月に怖がられて友達になれなかったりする。
雷信自身は、優しく慈悲の心を持つカマイタチだったが、嫌われてる相手に態々近づく気は無かった。
外でイズナを見ても、近くに美月が居るかもと思い、近寄らないようにしているくらいだ。
そして、遠かったが、微かに人間を連れてくる。
そう聞こえた気がした。
だが、イズナの何時もの悪戯だろうと、その時は気にせずに家に戻った。
家に戻っても、姉のカマイタチで、人間体では美しい女性に変身するカガリは家に居なかった。
そもそも、イズナがこんな事を考えたのには理由が在る。
それは、詠春は少し美月の所に行くのが遅れた日の事だ。。
その理由は、友達だった。
「詠春、一緒に遊ばないか?」
その日は、意を決して皆で詠春を誘ったのだ。
すると、詠春は眼を見開いた。
あれ以来、距離を置かれていた人間の友達が自分を誘ってくれたのだ。
詠春は嬉しくなった。
だけど、美月達との約束が在った。
そして、その日は断ると、翌日に遊ぶ約束をした。
その事を話すと、美月は寂しげに、それでも嬉しそうな顔だった。
だが、イズナは美月が可哀想で堪らなくなったのだ。
そして、イズナは行動に移った。
何時もの様に、詠春と美月が組み手をしている。
「ほれ兄ちゃん!脇が開いてるぞ!」
不壊は、詠春を兄ちゃんと呼び、最初は自分より大きな不壊にそう呼ばれるのがむず痒かったが、すぐに慣れた。
そして、不壊は修行中の詠春の粗を見つけては注意するのだった。
「ほれほれどうした?背中がら空きだぞ。そんなじゃ駄目駄目だぞ」
ニヤニヤと笑いながら嫌味っぽく言うが、決して間違った事も悪口も言わない。
事実だけを嫌味っぽく言う不壊のスタンスが味なんだと分かるまで、詠春はちょくちょく美月にぶうたれたりしていた。
だが、時々勉強見てくれたりする不壊を詠春は好きになっていった。
そして、修行を終えると、不壊はタオルを放った。
「ほれ、兄ちゃん。体拭いとけよ。結構、動ける様になってきたじゃねえか」
不壊はコートの様な体の一部のポケットの様な場所に腕を突っ込みながら言った。
「うん。僕が目指すのは最強の剣士だからね」
ウインクしながら言う詠春に、美月は微笑みながら美月は詠春の体を拭いてあげた。
そして、美月達が帰る頃になると、イズナが言った。
「あ!オイラ達はもうちょっと残るよ。最近、ここら辺で大きな熊を見たんだ。詠春が襲われちゃ大変だしね」
そう言うと、月光と一角も頷いた。
「大丈夫だよ。僕の強さは知ってるでしょ?熊なんかに負けないよ」
笑いながら詠春が言うと、イズナは「念の為だよ」とニッコリ笑いながら言った。
すると、美月は「なら私も!」と言ったが、イズナが「大人数になってもしょうがないっしょ!」と言って、サッサと三体で詠春を送って行ってしまった。
「また明日ね!!」
詠春はそう言った。
美月は少し寂しく思いながらも、明日になればまた会えるんだと自分に言い聞かせて、妖怪の山に戻って行った。
その頃、カマイタチ姉弟の家では騒動が起きていた。
雷信が、今朝の事をカガリに話すと…。
「何ですって!?」
と、大慌てで飛び出して行った。
雷信は首を傾げながら、お茶を啜って和んでいた。
そして、カガリは急いで詠春の村への『門』に向かっていた。
――あの馬鹿!!何て真似を!!
自分の弟の仕出かそうとしているとんでもない悪戯に、カガリは焦燥に駆られていた。
そして、『門』に近づくと、そこに美月と不壊が居た。
「お!カガリじゃねえか。どうした?今日は忙しく兄ちゃんとこにゃ行けないんじゃなかったか?もう、兄ちゃんは帰っちまったぜ?」
不壊が言うと、カガリは焦った様に言った。
「そうじゃない!!大変なのよ!!」
「?どうしたんですか?カガリさん…?」
カガリの尋常ではない様子に、美月は首を傾げた。
「大変なのよ!!あの馬鹿イズナ!!詠春君を妖怪の山に連れて来ようとしてるの!!」
カガリの言葉に、不壊と美月の顔に恐怖の色が浮かんだ。
「……んだと?巫山戯るな!!そんな真似したらどうなるか、イズナだって知ってんだろ!?」
不壊は、何時もの皮肉気な雰囲気を一変させて怒鳴った。
そして、即座に来た道を書け戻ろうとした。
すると…。
イズナ達は、美月と不壊から離れた場所に着くと、詠春に言った。
「なぁなぁ、詠春。お前さ、妖怪の山に来たくないか?」
イズナの言葉に、詠春は目を丸くした。
今まで、何度も行って見たいと言ったが、不壊と美月、カガリが駄目だと言うのだ。
山は危険が多過ぎて護り切れないからと。
だが、詠春は少し不満に思っていた。
自分は強くなったのだ。
なのに、どうして山に連れて行ってくれないのか。
山に行っても、自分の身くらい護れる!そう言ったら、不壊が大声で笑うのだった。
だから、イズナの言葉は、詠春には凄く魅力的な誘いだった。
美月やイズナみたいな友達がもっと出来るかもしれない。
そう思って、詠春は胸を躍らせた。
そして、一角が「肩に乗れよ!連れてってやるからさ」と言って、詠春の体を持ち上げた。
「ありがとう一角!」
一角は逞しく、周囲の木と同じくらい大きな木の属性の鬼だ。
緑色の蔦が合わさって捩れる様に一角の体は出来ている。
そして、一角の肩に乗ると、詠春はイズナ達に連れられて妖怪の山に向かったのだ。
そして、不思議な光を放つ扉を見つけると、最初に詠春を乗せた一角とイズナ。
その後を、月光が通り抜けた。
そして、詠春は光が止むと、素晴らしい光景に歓声を上げた。
「凄い凄い!!見てよ!!とっても綺麗だ!!」
体を光らせる妖怪は沢山居る。
そのおかげで、夜の妖怪の山は、まるで飛行機から地上を夜中に見た時の様な美しい光景が広がっていた。
そして、詠春が歓声を上げているのを聞いて、一角と月光、イズナは嬉しくなった。
――連れて来てあげて良かった。
そう、三匹は思ったのだ。
自分達が何を仕出かしたのかをよく理解もせずに…。
「アンタ達!!!」
突然の大声に、詠春と三匹は驚いた。
すると、そこには怒りに満ちた眼差しを向けるカガリと不壊と美月が居た。
「あ!姉ちゃんじゃん!へへへ、詠春を連れて来てあげたんだぜ!これで…」
「何て事したの!!」
その声は、美月だった。
美月は両目に涙を溢れさせていた。
「美月…?どうして泣いてるの?何か悪い事しちゃったなら謝るよ。だから、泣かないでよ美月」
詠春は、大好きな美月が涙を流しているのが辛かった。
すると、美月は首を振った。
「違う…違うの。詠春は悪くないの」
そう言うと、美月は詠春を一角から攫った。
「詠春、妖怪の山に来た人間はね。帰れないの。人間のままじゃ…。妖怪になる事を誓わなきゃ」
「え…?」
美月の言葉に、詠春は何を言ってるのか分からなかった。
すると、イズナが言った。
「いいじゃないか!詠春が妖怪になってくれれば、美月は詠春と子供を作れるんだぜ?それに、寿命も長くなるから置いてかれなくて済むじゃないか!」
その言葉に、不壊が怒鳴り声を上げた。
「馬鹿野郎!!!」
不壊の怒鳴り声に、一角や月光、イズナや詠春も目を丸くした。
こんな風に、不壊が怒鳴る所など見た事が無かったのだ。
「お前ら…、詠春から家族を奪う気か!?置いてかれたくない?そんなの俺や美月だってそうだ!!だがな?いいか?分かるか?それでも、我慢しなき
ゃいけないんだ!!詠春には人間の家族が居るんだぞ!!友達だって居る。俺達の勝手な都合で奪っていい程、軽いもんじゃねえんだ!!」
不壊の鬼の様な形相の怒りに、イズナはガチガチと震えた。
「ま、待って!不壊、僕も悪いんだ!!イズナは僕の為に…」
何とか、イズナを庇おうとする詠春。
だが、詠春は最後まで言えなかった。
カガリが詠春の首を軽く叩いて、意識を失くさせたのだ。
「な!?姉ちゃん、詠春に何すんだ!!」
イズナが叫ぶが、カガリはキッとイズナを睨み付けた。
「いいから、良くお聞き!!もうすぐ、大天狗様の使いが来てしまう。詠春は、人間のまま逃がすんだ!!例え、私達が殺されてもだ!!」
カガリの言葉に、不壊は黙って頷いた。
そして、一角は膝をついた。
「俺…俺…。詠春の為…でも、違う。俺、詠春とお別れしたくなかった…」
「一角!!分かっているなら、罪を償いな!!このまま、詠春がここに居たら、殺されるか、よくても妖怪にさせられちまうんだ!!命に代えても、『門』を
破壊するまで死守しな!!」
「『門』を破壊!?」
一角の言葉に、カガリが怒鳴り返すと、イズナは素っ頓狂な声を上げた。
「そうだ。私が村への『門』を破壊する。だから…、美月、不壊!!アンタ達は詠春を送り届けて…それで、詠春を護りな!!」
カガリの言葉に、不壊は首を振った。
「『門』を壊せば問題無いだろ。行くのは美月だけだ。俺も残る」
「駄目だ。美月だけで、護り切れると思ってるのかい?アンタも行きな!!」
カガリの言葉に、不壊は「しかし…」と言ったが、カガリはキツイ眼で睨んだ。
「しかしもかかしもあるか!!今は一刻を争うんだ!!さっさとお行き!!」
カガリの言葉に、一瞬逡巡すると、不壊は「すまん」とだけ言って、詠春と美月を抱き抱えた。
「ま、待って!不壊、皆はどうなるの!?」
美月の言葉に、不壊は無言だった。
ただ、二人を抱き抱えたまま、『門』に飛び込んだ。
そして、残されたカガリ、イズナ、一角、月光は行動を始めた。
「私は『門』を破壊する。アンタ達…、死んで来な!!」
「ギャアアアア!!」
カガリの言葉に、同意する様に月光が叫び声を上げた。
「ああ、もう…覚悟を決めたぜ!!」
一角はそう言うと、自慢の金棒を握り締めた。
そして、イズナはガタガタ震えながら、自分の行為を悔いた。
「オイラのせいで…皆が…。うう…うわあああああああ!!!」
イズナは悲痛な叫び声を上げると、瞳を赤く光らせた。
『狂気覚醒』
それは、理性も、知性も、品性も全てを捨て、本能を暴走させる禁忌。
どうせ、死ぬ。
だからこそ、イズナは発動した。
『門』が破壊されるまで、持ち堪える為に。
そして、カガリは『門』の破壊を始めた。
簡単に言えば、基点の破壊だ。
と言っても、簡単では無い。
基点は一つだが、暗号の様になっていて、それを解き明かさないといけないのだ。
「十分は掛かるね…こりゃあ」
そう呟きながら、カガリはゲートの破壊を開始した。
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