第75話『天を翔ける魔狼』


朝になって、エヴァンジェリン達の表情は暗かった。
昨夜、三郎丸達は戻って来なかったのだ。
それ所か、京や、村の住人が捜索したが、何処にもいなかったらしい。

「三郎丸さんどうしたんだろうね…?」

学の言葉に、イルゼは「ああ」と頷いた。

「もしかして、神隠し?」

フェイが言うと、エヴァンジェリンは「どうだろうな…」と言った。

「可能性は幾つかある。本当に神隠しにあったか、誰かに拉致されたか、単に村を出たかだな」

「村から出た、と言うのは考え難いです」

エヴァンジェリンの言葉に夕映が言った。

「だよねぇ…。何かを探してたみたいだし」

朝倉も頷いた。

「はぁ、何だか湖に行って遊ぶって雰囲気じゃなくなっちゃったね…」

学はガッカリした様に溜息を吐いた。

「仕方無いけどな。それにしても、宝って何なんだろうな」

イルゼが言うと、心なしか朝倉の目が輝いた。

「そうだ!私達で三郎丸さん達を探しに行こうよ!」

机を大きな音を立てて叩くと、朝倉が提案した。
だが、エヴァンジェリンが首を振った。

「何があったのか判らない以上。警察に任せるのが一番だろう」

エヴァンジェリンに言われ、朝倉は「でも…」とそれでも渋ったが、エヴァンジェリンが頷かないと判ると肩を落とした。
それを見て、エヴァンジェリンは小さく溜息を零した。

「判ってくれ。事件性がある以上、私はお前達を危ない目に合わせる訳には行かないんだ」

エヴァンジェリンに言われ、朝倉は「はぁい」と言ってそのまま黙ってしまった。
そして、空気を換えようと、学が手を叩いた。

「そうだ!気分転換にやっぱり湖に行こうよ。泳ぐ気にはならないだろうけど、気晴らしにはなると思うよ?」

学の提案に、木乃香が頷いた。

「せやね。ほんまに…三郎丸さんが行方不明になってしもうたなら、うちらに出来る事はあらへんやろうし」

木乃香はそう言った。
事実として、エヴァンジェリンは戦闘には参加出来ない。
何故なら、エヴァンジェリンが戦闘をすれば、折角の術が効果を失くしてしまうからだ。
エヴァンジェリンの術は、エヴァンジェリンにのみ掛かっている。
エヴァンジェリンから離れた魔法や、魔力には効果が無いのだ。
故に、魔力を使って強化する事も出来ない。
もし、事件に巻き込まれたとしたら、三郎丸達の命は既に無い物と判断しなければいけない。
そうなれば、事件に巻き込まれた時、学達に魔法をバラさない様に、イルゼと木乃香だけで戦う事になる。
その上、朝倉が居る。
下手な事をすれば、明日の一面を自分で飾ってしまう可能性もあるのだ。
なによりも、これは魔法使いが関知するべき事件では無い筈だ。
警察に任せるべきならば、自分達が出しゃばる意味は無い。
そこまで考えての事だった。
それから、イルゼ達はお昼を食べ終わると、湖に出掛けて時間を潰した。





夜、村は静まり返っていた。
エヴァンジェリン達は布団の中で夢に抱かれて眠っている中で、一人の少女が抜け出した。
エヴァンジェリンは気付いていたが、トイレだろうと思い、そのまま再び眠りについた。
そして、少女…朝倉和美は守森荘を抜け出した。

「ムフフ!こんな特ダネがあるって言うのに、黙ってるなんてジャーナリストの誇りが許さないわ!待ってろよー!特ダネェェ!!」

そう叫びながら、朝倉は湖に向かって駆け出した。
そして、湖に着くと、湖を半周した。

「神護の森。守森、カミモリ、神守。どう考えても、ここは怪しいわよねぇ」

朝倉はそう言うと、好奇心に満ちた目で森の中に入って行った。
そして、その頃守森荘では大騒ぎになっていた。

「くそ!あの時トイレだと思ったのだが…。まさか、こんな時間に外に出るとは…」

エヴァンジェリンは右手で前髪を持ち上げながら焦燥に駆られて叫んだ。

「和美、この村の宝に興味津々でしたからね。折角の特ダネの源を逃したくなかったのでしょう」

夕映の言葉に、木乃香も頷いた。

「せやね…。でも、こんな時間に…」

木乃香は不安に駆られながら声を震わせた。

「とにかく。探さないと…。和美ちゃんに何かあったら…」

フェイも、不安に潰されそうになるのを懸命に耐えて言った。

「そうだね。今からでも…」

「駄目だ」

学が言うと、エヴァンジェリンが言った。

「でも!」

学が反論すると、エヴァンジェリンは首を振った。

「いいか?この村は少し安全とは言えない。それは、判るだろう?」

エヴァンジェリンが諭すように言うが、夕映がエヴァンジェリンを睨む様に叫んだ。

「それでは…、それでは友達を見捨てろと言うですか!」

涙を滲ませながら叫ぶ夕映に、エヴァンジェリンは首を振った。

「私が探して来よう。お前達はここに居るんだ」

「でも!」

エヴァンジェリンの言葉に、学が言い返そうとしたが、エヴァンジェリンは首を振るだけだった。
すると、イルゼが駆け出した。

「イルゼ!」

「大丈夫だって!こんな所で待ってるなんて出来ねえ!」

そう叫ぶと、イルゼは一階に降りて行ってしまった。
すると、木乃香も駆け出した。

「木乃香!」

エヴァンジェリンが呼び止めるが、木乃香は構わず走って行ってしまった。
エヴァンジェリンは大きく溜息を吐くと、今にも駆け出そうとしている学、フェイ、夕映を見て諦めた。

「…判ったよ。一緒に連れて行く。だから、駆け出そうとしない様に!」

エヴァンジェリンが言うと、学達は顔を見合わせて笑顔になった。

「あっ!でも、イルゼと木乃香ちゃんは!」

学が叫ぶと、エヴァンジェリンは「大丈夫だ」と言った。

「恐らく、行く所は同じ筈だ。急げば間に合うだろう」

エヴァンジェリンが言うと、学は頷いた。

「え?どう言う事?」

フェイが首を傾げると、夕映が言った。

「簡単です。神護の森ですよ」

「神護の森?」

「そうです。宝があるとすれば、そこに向かうのは必然です。朝倉が言ってたのを思えているですか?新聞記者が村人に聞いた事」

「確か…祠!」

夕映の言葉に、フェイはハッとなった。

「そうです。神に護られるの森と呼ばれ、森の主が居ると言うなら、それは森の主イコール神と考えていい筈です。神が居るなら、祠も当然ある。そう考え
て、神護の森に朝倉が行った可能性は低くないと思うのです」

「とにかく、行こう!」

エヴァンジェリンの掛け声に、学達は頷いた。
そして、部屋を出ると、京が現れた。

「皆さん…どちらへ?」

京の問い掛けに、エヴァンジェリンは素直に答えた。

「実は、和美。私と一緒に来た子の一人が、どうも神護の森に行ってしまったらしく」

「なっ…!?」

エヴァンジェリンの言葉に、京は絶句した様だった。

「た、大変!」

血相を変えて振り返る京の手を、エヴァンジェリンは掴んだ。

「京さん、大変とは?」

エヴァンジェリンが聞くと、京は取り乱した。

「い、いえ…。あ!ほら、こんな時間に子供が一人で出歩いていたら事故とかがあったら…」

京が言うが、エヴァンジェリンはジッと京の目を見詰めた。
魔眼を発動する訳には行かないが、魔力を使わずとも、意思を虚弱にする事は出来る。
本当に僅かな殺気を篭めるだけで、京の精神をエヴァンジェリンは支配した。
何の耐性も無い人間が、エヴァンジェリンのプレッシャーを感じて只で済む道理が無い。
エヴァンジェリンの言い知れぬプレッシャーで、京は体が震えるのを抑えられなかった。

「話してもらえるか?」

エヴァンジェリンが聞くと、京はガクガクと頷いた。




その頃、イルゼと木乃香は既に村の端まで来ていた。
木乃香の手には、右手に神和、左手にデジヴァイスが握られている。
万が一に備えての事だ。
そして、二人は湖に着いた。

「よし、この湖を半周すればいいんだ」

そのまま、二人は走って湖の周りを疾走する。
そして、ようやく森の入口に差し掛かった。

「ッ――!木乃香、こっち!」

すると、突然イルゼが木乃香の手を引いて森の中に入った。

「どうしたん!?」

森の中に入ると、木乃香が聞いた。

「判らない。でも、嫌な感じだった…。行こう!」

イルゼはそう言うと、木乃香を促して先に進んだ。
しばらく歩くと、二人の顔には焦りが翳り始めた。
自分が何処に居るか判らなくなったのだ。
当然だろう。
光源も無く、真夜中に森の中に入れば、真っ暗で何も見えやしない。
木乃香とイルゼはお互いの手を強く握り締めて森を進んでいく。

「怖くないか?」

イルゼが聞くと、木乃香は首を振った。

「大丈夫やえ…。イルゼと一緒やから」

「………」

木乃香の言葉に、イルゼは木乃香の手を握る強さを強めた。
そのまま、真っ暗な森の中をただ闇雲に歩き続けた。
すると、遠くから人の気配と話し声が聞こえてきた。

「木乃香…」

イルゼが小声で言うと、木乃香も「うん」と頷いた。
声に近づくに連れて、小さな光が見え、それが徐々に大きくなっていった。
イルゼと木乃香はお互いの手を握る力を強めると、慎重に近づいて行った。

そして、光の元を、木の影から覗き込むと、二人は絶句した。
目の前の光景に…。

少し時間を戻り、朝倉は森に入り、しばらく歩いていると突然後頭部に衝撃を受けて視界が真っ暗になってしまった。
そして、眼を覚ますと、自分の服が変わっていた。
真っ白な死に装束の様な着物に、胸には森の主を模ったと言うお守りが下げられている。
そして、体に痛みを感じて体を動かそうとすると、全く自由が利かなかった。
両腕両足が縛られていて、口には手拭で猿轡が噛まされていたのだ。
目を動かすと、周りにはたくさんの人影が在った。
朝倉は立った状態で丸太に縛られていて、その隣にも丸太が在った。
そこには、何と行方不明になった筈の三郎丸と、春日部と言う男が同じ様に縛られていた。
二人とも相当暴れたのか、体中が傷だらけで、消耗しているのが、見て取れた。
その周りで、たくさんの人がお祈りを小さな祠に捧げていた。


その様子を、イルゼ達も木の影から見ていると、木乃香はイルゼに聞いた。

「どうしよう。あの人達なんなんやろうか…」

木乃香が聞くと、イルゼは首を振った。

「分からない。だけど、安易に出て行くのは拙い気がする…」

イルゼの言葉に、木乃香は小さく頷いた。



そして、縛られている朝倉は恐怖の余り涙が溢れてきた。

――何…コレ?

朝倉はクグモッタ声で泣き声を上げると、祈りを捧げていた人達が朝倉を見た。

「!…ンン!うう…ううう!」

涙を零す朝倉に、一人の青年が近づいて来た。

「なぁ、主様に捧げる前にちょっと使ってみねえか?」

良く見れば、そこに居るのは男ばかりだった。
そして、他の男も近づいて来た。

「そうだな。どうせ神隠しに会うんだ。ちょっとくらい遊んでも問題無いだろ」

そう言うと、下卑な笑みを浮べて男が朝倉に近づいて来た。

「ン―――−!!」

朝倉が叫び声を上げると、隣の丸太に縛られていた三郎丸が暴れだした。
そして、猿轡になっていた手拭が外れ、三郎丸が叫んだ。

「やめろ!!何を考えてるんだ!!その子に近づくんじゃない!!」

三郎丸が必死に叫びながらもがくと、男達の一人が三郎丸を殴りつけた。

「黙ってろ!!」

顔面を強打され、それでも三郎丸はもがき続けた。

「そんな小さな子に何をする気だ!!やめろ!!!!」

三郎丸が叫ぶと、男達の一人が焦った様に叫んだ。

「お、おい!黙らせろ!!これ以上煩くしたら、主様が!!」

「お、おう!黙れ!!」

「その子をはな…グゲッ!」

叫んでいた三郎丸の腹に大柄な男が蹴りを入れた。
すると、三郎丸は内臓がやられたのか、口から血の塊を吐いた。

「ン――!!」

朝倉は絶叫すると無茶苦茶に暴れた。

「こ、こら!暴れるんじゃねえ!!」

そう叫ぶと、男の一人が朝倉を殴ろうとして、横から衝撃を受けて吹き飛ばされた。

「もう…我慢出来ねえ!!行くぞ!!木乃香!!」

「うん…。許さへん…」

怒りに震え、イルゼと木乃香は男達を睨んだ。

「ンン―!?」

朝倉は突然現れたイルゼと木乃香に驚愕した。
そして、男達も驚愕しながら叫んだ。

「なんだガキ共!ははぁ、このガキを助けに来たってか!馬鹿なガキ共だぜ」

「てめえ、よくも蹴りやがったな!!ぶっ殺してやる!!」

「どうせ、神隠しって処理されるんだ!殺したって構いやしねえ!!」

「そっちの女の子の方は殺すなよ!折角だ!生贄にする前に犯っちまおうぜ!」

男達の下卑な笑みを見ながら、イルゼは不思議と頭の中が冷静だった。
だが、心は何処までも冷えていくのを感じた。

――殺してやる…。

マナを取り込み、イルゼは拳を固めた。
そして、木乃香も神和を構えて何時でも動ける様にした。

「それじゃあな、ガキ共!!」

そう叫び、一人の男が手近な木の棒でイルゼを殴ろうとした瞬間、時が停止した。

――なんだ?

凄まじい殺気が空間を支配する。
すると、男達は突然悲鳴を上げだした。

「主様だ!!」

「主様が起きてしまわれた!!」

「逃げろ…逃げろ!!!」

「殺されるぞ!!!」

「助けてくれえええ!!!」

十数人も居た男達は、蜘蛛の子を散らす様に散らばって森の中に入っていった。

「何が…?」

イルゼは周囲を警戒した。
そして、次の瞬間、森の中から悲鳴が木霊した。

「ギャアアアアアアアア!!!!!!」

「助けて…助けてく…ウワアアアアアアアアアアア!!!!」

「ヒイイイイイイイイイイイ!!!!!」

「助けてくれえええええ!!!!」

次々に、森の中から悲鳴が上がり、やがてその悲鳴が止まった。
朝倉は目を閉じたまま反応が無くなった。
恐怖の余り気絶してしまったようだ。

「木乃香、とにかくこの森を出るぞ!三人共、意識は無い!サングルゥモンに進化する!」

「わかったえ!」

そう言うと、木乃香はデジヴァイスのグリップを握り締めた。

『Evolution』

機械音声が響き、デジヴァイスの光が、イルゼを覆った。

「インプモン進化!!」

凄まじい光に包まれ、次の瞬間、成熟期最強とまで謳われた魔狼型デジモン、サングルゥモンが姿を現した。

「サングルゥモン!!グオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

雄叫びを上げると、イルゼは爪で体を傷つけない様に朝倉、三郎丸、春日部のロープを丸太の半分毎後ろ側から切り裂き、背中に乗せた。

「木乃香、行くぞ!!悪いが落ちない様に見ていてくれ!!」

「うん!」

木乃香の返事を聞くと、イルゼは疾走した。
とにかく、森から抜け出す事だけを考えて。
尋常ではない殺気。
戦うにしても、気絶している三人が居るのは拙いと思ったからだ。

「スティッカーブレイド!!」

手加減無しで、森の木を切り裂きながら直進して行く。
木乃香はイルゼの背中で、結界符を発動させ、三人が落ちない様にし気を付けた。

「ギヤアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

すると、遠くで人間とは到底思えない異常な叫び声が轟いた。
イルゼは焦燥に刈られ、加速した。
木乃香は必死に結界を維持する。
すると、ようやく視界に森の出口が見えた。
イルゼは森を抜けると、湖を半周して気絶している三人を降ろした。

「どないする?イルゼ」

「考えてる暇はくれないみたいだ」

「え?」

木乃香が聞くと、イルゼは忌々しげに空を見上げた。
すると、そこには月の光の下に巨大な生き物がシルエットを映し出していた。

「なんなん…アレ…?」

木乃香は喉が枯れた様に感じながら聞いた。

「嘘だろ…何で、コッチに居るんだよ…」

イルゼは、呆然としながら呟いた。

「!?…イルゼ、知ってるん?」

木乃香が聞くと、イルゼは「ああ」と答えた。

「アレは…、ヤタガラモンだ…」

「ヤタガラ…モン…ッ―!?デジモン!?」

木乃香は驚愕に目を見開いた。

「しかも…最悪だぜ。ヤタガラモンは完全体だ…」

「ッ―!」

イルゼの言葉に、木乃香は驚愕した。

「そんなんが、村に来たら…」

「それ所じゃねえ。野放しにしたら…、どんな被害が出るかもわからねえ」

それで、覚悟は決まった。

「なら、戦うしかあらへん…そうやろ?イルゼ」

「ああ、ばあちゃんは戦えない。それに、ピエモンの時や、ルドルフの時みたいに、ばあちゃんに頼ってばっかは嫌だ!!」

イルゼが叫ぶと、木乃香も頷いた。

「せや。勝つで、イルゼ!」

「オウ!!」

イルゼが叫ぶと、木乃香はイルゼの背中に乗った。
その手には、光り輝くデジヴァイスと、神和が握られている。

「行くぞ!!」

イルゼが叫ぶと、そのまま湖の周りを駆け出し、ヤタガラモンの方へ向かって行った。
その時、朝倉が薄く目を開けていた事に気が付かないまま…。
森の中に突入すると、上空のヤタガラモンが奇声を上げながらイルゼに向かって落下して来た。
そして、ある程度近づくと、突然空中で静止し、両翼の独鈷杵にエネルギーを溜め始めた。

「あれは!?」

木乃香が叫ぶと、デジヴァイスが輝きを放ち、虚空に映像を表示させた。

「『甕布都神』、両翼の独鈷杵からのエネルギーを前足に込めて放つ、デジタル細胞を「0」、「1」の状態にまで破壊する一撃!?」

「何だと!?」

木乃香がデジヴァイスに表示された文章を読み上げると、イルゼは驚愕した。

「当たったら不味い!!木乃香、しっかり掴まれ!!」

「うん!!」

イルゼは森の中を疾走しながら、ヤタガラモンから距離を取った。
すると、ヤタガラモンの独鈷杵から金色の光が迸り、それが前足に集まると、凄まじい轟音を鳴らしながらイルゼに向かって飛来した。

「おおおおおおおおおおお!!!!!!!」

イルゼはすぐさま左に曲がると、全速力で駆けた。
すると、背後の空間に甕布都神が炸裂し、凄まじい大きさのクレーターを構築した。

「くっそおおおお!!!」

叫びながら、イルゼはどうしたらいいか判らなくなった。
世代が一つ違えば、それはもう別次元の強さの差がある。

「木乃香!森を抜けたら降りろ!このままだと拙い!!」

イルゼが叫ぶと、木乃香は頷いた。

「分かったえ!でも、どうするん?空中に居る相手じゃ…」

木乃香の言葉に、イルゼは何も言えなかった。

「とにかく…スティッカーブレイドを撃ってみる!」

そう言うと、イルゼは森を抜けて、湖の畔に木乃香を降ろすと、そのまま森の中に戻って行った。
離れていても、木乃香とイルゼは仮契約カードで念話で話すことが出来る。

「「テレパティア!!」」

木乃香は神和を檜扇に戻して、カードを右手に持った。

『イルゼ、聞こえる?』

木乃香が呼びかけると、イルゼは『ああ』と念話で答えた。
そして、イルゼは飛来して来るヤタガラモンに狙いを済ました。

「スティッカーブレイド!!」

イルゼは後足にちからを集中させ、可能な限り跳躍すると、ヤタガラモンにスティッカーブレイドを放った。
無数の弾丸の如く迫るスティッカーブレイドを、しかしヤタガラモンは悠々と避けてしまった。

「くそ!」

イルゼが舌打ちすると、ヤタガラモンは独鈷杵から無数の炎弾を放った。

「何!?」

イルゼが驚愕すると、木乃香が念話で教えてくれた。

『イルゼ!あれは紅蓮玉や!他にも、紅蓮爪言う、燃える爪で攻撃する技や、両翼の独鈷杵から黄金のビームを撃つ独鈷杵。鳥輪言う、小さな太陽を
作り出し超高熱で攻撃する技があるらしいで!』

『そんなにあるのかよ!?俺なんてスティッカーブレイドとブラックマインドしかねえのにい!!』

イルゼは念話で叫びながら、必死に炎弾を回避した。

『空中に居る限り、イルゼの攻撃は当たらへんよ…』

焦燥に駆られながらイルゼは走り続ける。

『せめて、地面に引きづり落とせれば…!』

イルゼの言葉に、木乃香は『でもどうやって!』と叫んだ。

その間に、ヤタガラモンは独鈷杵を放った。

「くそっ!!」

イルゼは光線が来る前になんとか横に跳ぶと、舌打ちした。
すると、次の瞬間に、ヤタガラモンは空中に静止すると、甕布都神を放った。

「マヂかよ!?」

イルゼはとにかく技の効果範囲から逃れようと走り続けた。
そして、甕布都神が大地に衝突した瞬間、イルゼの体は衝撃で湖まで弾き飛ばされてしまった。

「ぐあああああああああああ!!!!!」

イルゼは湖から直ぐに上がると、上空で炎弾を放つヤタガラモンを確認して、木乃香と反対の方向に駆け出した。

『イルゼ!!』

『大丈夫だ!!それより、湖の反対側に行ってくれ!!朝倉達が心配だ!何かあった時の為に結界を!!』

イルゼを案じて念話で叫ぶ木乃香に、イルゼは言った。

「スティッカーブレイド!!」

自分から注目を外さない様に、イルゼは上空のヤタガラモンに当たらないと理解しながらも放った。
予想通り、容易く回避されてしまう。

「どうすればいい…、どうすれば!!」

イルゼは叫ぶと、上空を見た。

「空を…飛べれば…」

イルゼが呟くと、ヤタガラモンは独鈷杵を放った。
金色の閃光が真っ直ぐに伸びて、イルゼは湖に飛び込んで回避した。

「スティッカーブレイド!!」

そして、湖から飛び出すと、スティッカーブレイドを放った。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

耳を劈くような鳴き声を上げると、ヤタガラモンは独鈷杵からエネルギーを虚空に集中させた。
すると、木乃香から焦った様に念話が来た。

『逃げてイルゼ!!烏輪が来る!!小型の太陽を発生させる技や!!』

木乃香の叫びに、イルゼは慌てて駆け出した。
すると、上空のヤタガラモンは気球程の大きさの太陽を虚空に作り出してイルゼに向けて放った。
その熱量から、イルゼは効果範囲を察して絶句した。

――やべえ!!

イルゼは舌打ちすると、湖に跳び込んだ。
そして、出来る限り深く潜ると、烏輪は大地に激突し、凄まじい熱量を爆発させた。幸いだったのは、激突の衝撃で湖の水が壁の様に弾かれた事で、イ
ルゼの体は反対の岸まで弾き飛ばされ、熱は水の壁が防いでくれた事だ。
残った熱量は、木乃香が全力の結界で防御した。
だが、その時の衝撃でイルゼの進化は解除されてしまった。

「グハッ――!」

イルゼは苦しげに咳き込みながら立ち上がると、直ぐに膝をついた。

「飛びたい…。アイツみたいに…飛びたい!!」

イルゼは叫んだ。
そして、イルゼの頭の中に閃いた。

「そうだ…木乃香!頼みがある!!」

「なんや!!」

少し離れた場所に居る木乃香に、イルゼは叫ぶ様に声を掛けた。
木乃香は、イルゼが無事だった事にホッとして叫び返した。

「俺が合図したら!!もう一度、進化させてくれ!!」

イルゼが言うと、木乃香は怪訝な顔をした。

「どういう意味や!?イルゼ!!」

すると、イルゼは念話で木乃香に話し掛けた。

『木乃香、俺は今から韋駄天で飛ぶ!そして、空中で跳びながら進化する。それで、ヤタガラモンを捕まえる!!』

イルゼの言葉に、木乃香は絶句した。

『ば、馬鹿な事言わんといて!!生身でヤタガラモンに近づくやなんて!!それに、捕まえられなかったら、あんな高さから落下したら、サングルゥモンで
もただじゃ済まないんやで!?』

木乃香の叫びに、イルゼは『ああ』と返した。

『だけど、やるしかない!韋駄天であの高度に飛ぶとしたら、一回しか出来ない!だから、チャンスは一度。だから、木乃香、お前は俺が進化した瞬間に
逃げろ!!失敗したら、きっとヤタガラモンはお前達を狙う!だから!!』

『嫌や!!イルゼが危ない事する言うのに、自分だけ逃げるやなんて冗談やない!!イルゼがやるなら、うちはここに居る!!何を言っても無駄
や!!』

木乃香の叫びに、イルゼは苦笑した。

『悪いな。木乃香が逃げる訳無いって判ってるのに言っちまった。でもさ、本当に一か八かなんだ。だから、俺が失敗したら、生き残る事を最優先してく
れ』

イルゼはそう言うと、駆け出した。
韋駄天を使うと、時間制限があるからだ。
だが、進化すれば気付かれてしまう。
ギリギリまで、ヤタガラモンに気配を気付かれてはいけないのだ。
湖が蒸発してしまい、イルゼは湖を突っ切った。
ヤタガラモンは上空で、サングルゥモンを探している様だ。
だが、そう時間を待たずにサングルゥモンから興味を失くすだろう。
だから、イルゼはその前にヤタガラモンの真下に行かなければいけないのだ。

「ハァ…ハァ…!!」

イルゼは全速力で走り続けた。
すると、湖の真ん中まで来ると、ヤタガラモンはサングルゥモンを探すのを止めてしまった。

――ここまでか!

『木乃香、準備してくれ!!』

『ッ――!イルゼ…絶対成功させてや!!』

『応ッ!!』

そして、イルゼは仮契約カードを取り出した。
そして、カードを投げると呪文を唱えた。

「アデアット!」

韋駄天が現れ、ヤタガラモンに向かって飛翔した。
だが、ヤタガラモンが居るのは韋駄天の限界高度の更に上だ。
木乃香はデジヴァイスを握りながら、タイミングを逃さない様に集中した。
少しでもタイミングがずれれば、イルゼはヤタガラモンに撃墜されるか、高度が足りずに落下してしまう。
イルゼは、韋駄天で上昇しながら、跳び上がる準備をした。
木乃香は胸にデジヴァイスを抱き、右手でデジヴァイスのグリップを掴みながら必死に涙で視界が曇らない様に泣きたいのを我慢した。
失敗すれば、イルゼは死んでしまうから。
そして、イルゼはギリギリまで上昇すると、両足にエネルギーを集中させて、韋駄天を蹴った。
すると、韋駄天はイルゼの脚に篭められた力が強すぎて亀裂が入ってしまった。
だが、それに構わず、イルゼはヤタガラモンを目指した。
そして、木乃香に念話で合図を送った。

『今だ!!木乃香、頼む!!』

その合図と共に、木乃香は叫びながら魔力を有らん限りデジヴァイスに流し込んだ。

『Evolution!』

「インプモン進化!!」

瞬間、イルゼの体は光に包まれた。
サングルゥモンの姿が一瞬だけ虚空に投影されると、イルゼの体に消え去り、イルゼの体は、サングルゥモンに進化を遂げた。
光の殻を突き破り、ヤタガラモンに迫った。

――届く!

そう確信した。
ヤタガラモンの死角に居る。ヤタガラモンは気付いていない。
イルゼの爪が、数十センチまで近づいた。

「ッ――!?」

すると、突然ヤタガラモンは移動した。

――え?

ヤタガラモンの目指す方向には、木乃香達が居る。
ヤタガラモンは、標的を変えてしまったのだ。
そして、イルゼはヤタガラモンに手が届かず、背中を下にして落下し始めた。

――失敗…した?

落下する速度が、果てしなく遅い気がした。
ただ、恐ろしい考えが浮かんだ。

――止めてくれよ…。

――ここで…俺が死んだら…。

――木乃香…、殺されちまうじゃねえか…。


――嫌だ…。

――嫌だ…。

――嫌だ…。

――冗談じゃない…。

――護るって…誓ったんだ…。

――こんな所で…こんな所で終わりたくない。

――木乃香や、ばあちゃんや、皆と一緒に居たい…。

――飛びたい…。

――飛びたい…。

――飛びたい…!!

「飛びたい!!!」

その瞬間、イルゼの体は光に包まれた…。




木乃香は、その瞬間をスローの様にゆっくりと見えた。
ヤタガラモンが迫ってくる。
そんな事、どうでも良かった。

――イルゼ…。

――嫌や…。

――嫌や…。

――約束したやない…。

――絶対成功させるって…。

――嫌や…。

――落ちないで…。

――落ちないで…。

――落ちたら…。

「アカン!!!!」

木乃香が叫ぶと、次の瞬間、突然デジヴァイスが強い光を放ち始めた。
そして、画面の中に、突然漢字の『風』に似た字が浮かび上がった。
そして、木乃香の視線の先で、落下するイルゼの体が輝き始めた。




イルゼは、不思議な感覚だった。
進化ではない。
だけど、それに近い感覚だった。
そして、サングルゥモンの姿は光の中で変化を始めた。
背中の赤い模様が実体を持ち、巨大な紅い翼となって広がった。
そして、毛並みの色が紫から白に近い水色に変化した。
前足の反り返っていた5本のスティッカーブレイドの刃が消滅した。
そして、光の殻が弾け飛び、イルゼは叫んだ。

「モードチェンジ!!サングルゥモン、ストームモード!!」

紅く巨大な蝙蝠の様な翼を羽ばたかせると、イルゼは飛翔した。
そして、モードチェンジの光に気が付き、動きが止まったヤタガラモンに、イルゼはどんどん加速し、風を纏いながら向かって行った。

「ストームステイッカー!!」

「ギャオオオオオオオオオ!!!!」

そして、イルゼはそのままヤタガラモンに激突すると、ヤタガラモンは悲鳴を上げながら落下した。
だが、体勢を崩しただけなので、直ぐに持ち直してしまう。
完全体であり、生贄と言う形で人を喰らって来たヤタガラモンには、イルゼの攻撃は殆ど効いていなかった。
だが、体勢を持ち直したヤタガラモンの頭上から、イルゼは元のノーマルモードに戻って落下した。
サングルゥモンの体重はかなり重い。
それが上空から落下して来た事で、ヤタガラモンは飛行する事が出来ず、そのまま落下してしまった。

「ギャアアアアアアアアア!!!!」

地面に激突し、凄まじい悲鳴を上げるヤタガラモンから、一瞬だけ距離を取ると、イルゼは空中に跳んだ。

「喰らえええええ!!!!!スティッカーブレイド!!」

イルゼのスティッカーブレイドは、ヤタガラモンの顔に集中した。
殆どのブレードは、完全体のヤタガラモンを傷つける事は出来なかった。
だが、起き上がるのを邪魔する事は出来た。
そして、イルゼはヤタガラモンの胸の上に乗ると、ヤタガラモンの嘴の先に右前足を向けた。

「喰らいやがれ!!!スティッカーブレイド!!!」

「ビギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

断末魔の叫びが木霊する。
口の中に無数のスティッガーブレイドを打ち込まれ、ヤタガラモンは遂に絶命した。
すると、ヤタガラモンは光の粒子に変貌していった。
そして、一際強く輝くと、イルゼと木乃香は目を覆った。

「グッ―!!眩しい…」

そして、光はイルゼの体に吸い込まれていった。
その事に、イルゼ自身は気付いてはいなかった。
そして、光が収まると、そこには何も存在していなかった様に虚空が広がっていた。

「終わった…?」

木乃香は呆然としながら呟いた。

「あ…ああ…」

イルゼは進化を解き、その瞬間に倒れ伏した。

「や…べ…。眠く…なって…」

そして、イルゼの意識は、闇に沈んだ。






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