第1話『京都の出会い』


京都

「はぁはぁ」

木々の間を縫って左で髪を縛っているサイドポニーの少女、桜咲刹那が長い髪を腰まで垂らしている少女、近衛木乃香の手を取って駆けていた。刹那
の体には走る途中で枝に引っ掛けた切り傷から血が滲むがそれを無視して木乃香の手を握り走り続けている。





数時間前の事だった。幼い少女達が川原で鞠で遊んでいるときに鞠を追いかけていた木乃香が川に落ちてしまったのだ。伸ばした手は木乃香には届
かず、何も考えずに彼女の後を追い川の中に飛び込んだ刹那は無我夢中で木乃香を追いかけたが、激しい川の流れに圧されいつしか気を失ってい
た。

頬を撫でる硬い感触に目を覚ますと体中が軋みをあげた。

四つん這いで目を擦りながら辺りを見渡すとすぐ近くで木乃香が倒れているのを発見した。

顔を青褪めながら木乃香の近くまで歩むと辛うじて木乃香の胸が上下に動き、生きている事を確認することが出来た。

その事に安心した直後に、刹那はハッとなって辺りを見渡した。

川に流されたせいで何時の間にか結界を超えてしまっていたのだ。


「しまった…」


額から冷たい汗が流れ顎を伝って滴り落ちた。

木乃香と刹那が住んでいるのは関西呪術協会と呼ばれ、日本に存在する魔法に関係し、関西を護る呪術と陰陽術を扱う組織である。

そして、木乃香はその関西呪術協会の長の娘であり、極東最大の魔力を持つ事で狙われる立場にある。

故に、結界から出てしまった以上、何があるかわからないのだ。

すぐさま、刹那は木乃香に駆け寄り木乃香の体を揺すった。


「このちゃん、このちゃん起きて!」

「ん…んん?せっちゃん?」


瞼を震わせ、おっとりとした声で顔を向ける木乃香に刹那も頬を緩ませるがすぐに顔を引き締めると木乃香の手を取り立たせた。

木乃香を急いで本山の結界の中に連れて行かなければならない。

心中で焦りながらも、木乃香を不安にさせてはいけないと思い、木乃香の手を握って口を開いた。


「このちゃん。うちら、川に流されて結構遠くまで来ちゃったみたいや。」

「そや!!せっちゃん、大丈夫やった?!」

「あえ、うちは大丈夫やったよ。このちゃんこそ大丈夫やった?」

「うちも平気や」

「ごめん、このちゃん。うちがしっかりしてへんかったから」

「ちゃうよ、せっちゃんのせいやない!」


結界から出てしまった事に慌てたが、木乃香の言葉にハットなり顔を青褪めた刹那に木乃香が両手で握っていた刹那の右手を握り締めながら言った。


「このちゃん…」

「?!このちゃん走って!」


木乃香の優しさに涙をこらえられなかったが、次の瞬間に殺気を感じて木乃香の手を握ったまま駆けだした。


「ほえ?せっちゃん、どうしたん??」


刹那の突然の行動に目を丸くするが刹那に合わせるように必死に走りながら木乃香が刹那に問いかける。

だが、刹那には答える余裕がなかった。さっきまで自分達がいた場所が突如燃え上がったのだ。


「なんやの、あれ…」


木乃香が不安そうに刹那を見るが刹那は木乃香の手を握ったまま走り続けた。


「このちゃんこっちや!」


川原から森の中に入り、視線の先にある本山の結界を目指した。

恐らく、結界から木乃香が出た事は既に長達に知れている筈。そう考えて、刹那はとにかく本山に向かうことにしたのだ。


「せっちゃん?」


木乃香は刹那の青褪めた表情に不安を募らせた。

すると突然、目の前に巨大な鬼が姿を現した。


「なんやの…あれ…」


目の前の異形に怯える木乃香を背に庇い、刹那は前に出ると鬼を睨みつけた。

刹那は気と剣を使い戦う京都神鳴流と呼ばれる流派の手解きを受けている。しかし、剣は未だに真剣を使わせてもらえず、それ以前に今は剣を持って
いない。

術も初歩の初歩で札を使わねば何も出来ない。札も川を流されたときに全て使えなくなってしまった。


「………」


刹那は鬼を睨みながらジリジリと木乃香を庇いつつ後ろに下がるが、鬼は殺気を放ちながら近づいてくる。


「フシュゥゥゥ」


鬼の口からはとてつもない臭気が放たれた。

木乃香は鬼の殺気に充てられ、体の振るえが止まらなくなった。


「このちゃん、こっちに!」


刹那は木乃香と駆けだそうとしたが鬼はその巨体に似合わぬ俊敏さで先回りした。

刹那は足元に落ちている小石を拾って鬼の顔に向かって投げた。だが、それを避けもせずに鬼は右手を振上げた。

刹那は師の教えに従って目を閉じずに木乃香を抱えて左に跳んだ。


「ほぉ…」


鬼はその動作に感嘆の声を上げた。


「その歳でなかなか…。しかし、すまんな…」


鬼は口内に気を練り上げた。


「まずい、このちゃん!」


刹那は鬼の考えを察し、木乃香の手を握りなおして再び駆けだした。しかし、鬼は気を練り終えて炎に変え放った。


「このちゃん!」


刹那は木乃香を火から護るように抱きしめた。


「…せっちゃん?」


抱きしめられた暖かさで正気に戻った木乃香は迫り来る炎を見て刹那に縋り付きながら絶叫した。


「いやや…、誰か!!」

「ナイト・オブ・ファイヤー!」


突然木霊した声と共に、小さな炎が森の中から飛び出した。

大きな音と共に、鬼の吐いた炎は小さな炎にぶつかった瞬間に爆発し、木乃香達には届かなかった。


「ナイト・オブ・ファイヤー!」


再び声と共に小さな炎が今度は鬼に向かって放たれた。


「む…、この炎は!インプモン、貴様寝返ったか」

「寝返った?勘違いしてんじゃねぇよ、最初っから俺は手前らの仲間じゃねぇ!」

「くっ、これだから西洋の悪魔は信が置けぬと言うのだ」


鬼は突如森の中から響いた声と口論を始めた。

その隙に刹那が急いで木乃香の手を取って藪の中に入った。

体中が枝によって擦り切れるが、一刻も早く結界の中に入らなければと走り続けた。

森の中から聞こえた声が味方かどうか判断がつかなかったからだ。


「せっちゃん、さっきのなんなん?」


不安げに刹那に聞く木乃香に刹那は答えることが出来なかった。


「ごめん。このちゃん、今は急いで家に帰らんと」


それだけ言って走り続ける刹那立ちの前に再びさっきの鬼が現れた。


「意外と走ったな、だが!」


鬼が右手を振上げた。


「ぐっ」


慌てて立ち止まり、木乃香を押し倒した。

そして、鬼の振上げた腕が振り下ろされ、態勢が崩れた状態で避け切れないと考え目を瞑り覚悟した。


「ナイト・オブ・ブリザード!」


すぐ近くでさっき自分達を窮地から救った声が聞こえ目を開けると、そこには腕を凍りつかされ距離を取った鬼と、自分達と同じくらいの背のニッコリマー
クの付いた赤いスカーフを首に巻いた黒髪の男の子が自分達を守るように立っていた。


「インプモン、貴様」

「はっ、戦いの途中に逃げ出すなんざとんだ腰抜けだな」

「インプモン、貴様に構ってる暇はないのだ。そこの小娘を捕獲するのが我らが任。召喚されたからには召喚者の命に従わねばならん」

「知るかよ!こいつらまだチビじゃねぇかよ!命令だからってこんなチビ共に襲い掛かるなんざごめんだ!」

「愚かな」


それで話しは終ったと言うかのように鬼は右手を覆う氷を弾き飛ばし、インプモンに襲い掛かった。


「まずは貴様から片付けてやろう」

「誰が!」


刹那は鬼から自分達を護ろうとしている少年を見つめていたが、すぐに木乃香の事を思い出して振り向いた。


「このちゃん」

「せっちゃん」


木乃香は水を吸って重くなっていた着物に土や木の枝、それに加えて泥がアチラコチラについていて酷い状態だったが、幸いに怪我は無いようだった。

刹那は木乃香に駆け寄ると目の前の戦いを見つめた。


「ナイト・オブ・ファイヤー!」

「ふんっ!」


インプモン両手から小さな火の球を発生させ鬼に投げつける。しかし、鬼は鼻を鳴らしてなんなくそれを腕で払いのけ、口から大きな火球を連続で放つ。


「くそっ」


インプモンはそれを紙一重で躱しながらなんとか勝つ道を模索した。


「ナイト・オブ・ブリザード!」


その間にも連続で炎の球が迫り、避け切れなかった一発には掌に発生させた凍気で防いだ。

しかし、威力を殺すことが出来ずにこの形の所まで吹き飛ばされてしまった。


「大丈夫?!」


それまで呆然と目の前の戦いを見ていた木乃香はインプモンが吹き飛ばされてきた事で正気に戻り、駆け寄って抱き起こした。


「くそ、究極体になれりゃあんな奴…」


小声でそう呟いたままインプモンは木乃香を優しく押しやって迫ってくる鬼の炎から木乃香を護ろうと前に出た。


「ちぇっ、パートナーを探せって言われたのにな…」


そう呟いたまま、インプモンは諦めたように目を閉じた。

だが、鬼の炎はインプモンに届く事は無かった。


「なん…だ?」


ゆっくりと目を開けると、そこには着物を来た中年の男が立っていた。


「遅くなって済まなかったね、少し待っていておくれ」

「長!!」

「お父様!」


刹那と木乃香は安堵と驚愕の入り混じった表情で叫んだ。


「君も、少し休んでいなさい」


そう言うと、中年の男、近衛詠春はインプモンを抱きかかえると木乃香達の元へ運んだ。


「おっさん…誰だ?」

「私は近衛詠春、君が何者かを問いたいのですがその前に、ありがとう」

「はっ?」

「娘を護ってくれたでしょう?」

「娘…あのチビ達の事か?」

「ええ、君は怪我をしているようだ、すぐに本山で手当てをしてあげますから少しの間休んでいてください」

「へっ、こんくらいへっちゃらさ。あの野郎は俺のエモノだぜ!あんたこそ下がってな!」


そう言うとインプモンは詠春から飛び降りて鬼に向かった。しかし、詠春に服の襟を掴まれて持ち上げられてしまった。


「下がっていなさい、君は怪我をしているのですよ?」


そう言うと、有無を言わさぬ雰囲気でインプモンを木乃香達の下に文字通り持ってきた。


「さて、お待たせしましたね。手を出さないでくれて感謝しますよ」

「はっ、それだけの殺気を放っておいて何を言うか。どうやら、お主の方が我より強いようだ。が、召喚者の命には従わねばならぬ。」

「ならば、元の世界に送り返します!」

「いざ!」


その掛け声と共に、鬼は目にも止まらぬ速さで詠春の背後に回り、腕を振り下ろした。

だが、詠春は宙返りをして避けつつ持っていた夕凪を抜刀しそのまま刀身に気を巡らせた。


「斬魔剣!」


鬼は両腕を交差し防ごうとするが、両腕ごと切り裂かれそのまま還された。

詠春は刀に付着した鬼の血を振り払って鞘に納めると穏やかな顔になった。


「大丈夫だったかい、木乃香。刹那君も君もよく頑張ったね。」

「うちはせっちゃんとその男の子が助けてくれたから平気や!」

「うちも擦り傷だけで問題ありません。」

「俺はこのくらいへっちゃらだ。んじゃ、俺は行くぜ」


そう言ってインプモンは立ち上がると歩き出した。

だが、それは木乃香によって止められた。


「待って、君怪我しとるんやろ?」

「君には色々と聞きたい事もあるんだ。申し訳ないがついて来てくれないか?」

「…わかった」


木乃香と詠春の有無を言わさぬ雰囲気に圧され、インプモンは詠春達と共に関西呪術協会の本山へと向かった。




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