第92話『土御門』



『門』を飛び出した不壊は、そのまま駆け足で村にやって来た。
そして、大声で叫んだ。

「逃げろおおおおおおおお!!!」

不壊は大声で叫んだ。
すると、民家から何人もの人間が出て来た。
そして、不壊は焦った様に村人に説明した。
もうすぐ、妖怪が攻めて来ると。
恐らく、カガリが『門』を破壊するのが間に合う可能性は低い。
自分が残れば、まだ可能性は高かったが、一角達では時間が足りないだろう。
そう思った不壊はとにかく村人を逃がそうと必死だった。
だが…。

「何を馬鹿な事を!!それより、そこに居るのは!?貴様、詠春君を誘拐したな!!」

村人は、全く不壊の言葉を取り合わなかった。
それどころか、両手に抱える美月と詠春に、騒ぎ出してしまった。
美月は、最初に戻ると言って聞かなかったので、無理矢理眠らせて黙らせたのだ。
そして、不壊は誰も話を信じてくれずに焦っていた。

「このままでは危険なんだ!!頼むから逃げてくれ!!」

不壊は、それでも懸命に叫んだ。
だが、村人達は誰一人聞き入れてくれない。
そして、不壊は怖気が走った。
来てしまったのだ。
『門』の向うから…。





『門』の破壊を始めてから、既に十分以上が経過していた。
恐ろしい程難解なパズルを解いている気分だった。
カガリは、後を振り向かない。
振り向いたら、心が折れてしまいそうだからだ。
地面に手を置き、次々に基点のパズルを解き明かしていく。

――あと少し…。あと少し…。

ギリギリになったら、一角達だけは逃がそう。
そう考えていた。
だが…。

「ギャアアアアアアアアア!!!」

後方から、凄まじい絶叫が聞こえた。
大天狗の使いである、烏天狗のカズヨシ、雷火のフサノシン、轟鬼のバクオウが、詠春を出せと言ったのが数分前。
そして、『門』を破壊しようとしているのがバレタのがほんの少し前。
そして、イズナの悲鳴が聞こえたのが一分ほど前だった…。
額から汗を流し、解析していく。
そして、カガリの背後では、戦っているのは月光だけだった。
イズナは、最初の烏天狗のカズヨシの風の檻で閉じ込められ、燕妖怪である、雷火のフサノシンの持つ雷光と呼ばれる刀で切り裂かれて消滅した。
そして、友を消滅させられ、怒りに狂った一角は、巨大な岩の属性の鬼である轟鬼のバクオウの金棒に潰されてしまった。

「イギイイイイイイイイイ!!!」

友達を二匹も殺され、怒り狂った月光は、持ち前の凄まじいスピードで、三体を相手に健闘していた。

「おのれ、月光!!貴様、何故我等に歯向かうのだ!!我等は別に貴様等を殺しに来たのではないんだぞ!!」

フサノシンが月光の黄金の翼を雷光で防ぎながら叫んだ。

「ギガガガガガガガガガガガ!!!」

だが、壊れた様に、月光は叫び続けながら縦横無尽に飛び回るだけだった。

「チッ―!もう、いい!!フサノシン、カズヨシ!!どいていろ!!」

バクオウが叫ぶと、その意図を察し、フサノシンとカズヨシは一気に離れた。

「最後にもう一度問う!!人間はどこだ!!」

カズヨシが、風の結界を張り巡らしながら叫ぶが…。

「ギギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!」

「ッ―!壊れて…しまっている…」

フサノシンは苦々しい思いで、壊れた月光を睨み付けた。
そして、バクオウが両手の拳を打ち鳴らした。

「轟天爆砕!!!!」

その叫びと共に、突如、『門』の周りの森の大地が左右で一つずつ、同じ様に半径10m程の半球状に剥がれ、そのまま浮き上がった。
そして、風の結界に捕われた月光を、球になる様に押し潰した。
そして、バクオウ達は、『門』を破壊しているカガリを睨み付けた。

「カマイタチ姉弟の長女か…。貴様、自分が何をしているのか、よもや分かってない訳ではあるまいな?」

バクオウのドスの効いた声が響く。
だが、それを無視してカガリは地面の基点の破壊に従事していた。

「貴様…、何をしてッ―!?まさか、その『門』から人間を逃がしたのか!?ッ――!!貴様、『門』を壊す気か!!」

カズヨシの言葉に、フサノシンとバクオウは眼を見開いた。

「馬鹿な!?正気か!!そんな事をすれば只ではすまんぞ!!消滅しても、大天狗様の意向に沿うと誓えば復活させて頂けるが、『門』を壊せば、慈悲
は与えられんぞ!!」

フサノシンは焦燥に駆られながら叫んだ。

「フッ!友の為ならば、この命、捨てるも厭わん!!」

「馬鹿な!?…お前達、奴を止めるぞ!!『門』を壊させるな!!」

カガリの言葉に、バクオウは大地に手を突いた。

「大地鳴動!!!」

その瞬間、バクオウを中心に、凄まじい地殻変動が発生した。
凄まじい地震と共に、大地が割れ、隆起し、カガリは必死に地面に手を置き続けた。
そして…。

「間に……合った!!」

「何だと!?」

カガリは、地面から手を離すと、『門』の基点が崩壊した。

「後は、『門』を壊すだけ!!」

カガリは『門』に向かって跳んだ。
だが…。

「そうは行かない!!お前が何を思うかは知らん!!だがッ―!!」

そう叫ぶと、フサノシンは光よりも早い雷の速度でカガリに接近し、弾き飛ばした。

「クッ―!!」

だが、カガリは周囲の風を操り、力を抑え込んだ。

「今だけは、お前の考えなど聞かん!!お前の為に、今お前をここで倒そう!!」

フサノシンはそう言うと、瞳に炎を宿し、視覚不能の速度で雷光を振るった。
だが…。

「双風刃!!」

凄まじい切れ味の風の刃が、フサノシンの雷光を阻んだ。

「お前は!?」

バクオウは呆然とした。
そこに立っていたのは、カガリの弟、雷信だった。

「正気か雷信!?貴様の姉は、このままでは重罪により、完全に消滅せねばならなくなるのだぞ!!」

バクオウの叫びに、雷信は黙したまま、『愛刀・風魔鼬鎌』を逆手に構えた。

「雷信!?」

カガリは、突然の雷信の乱入に驚いた。

「姉上、私は姉上の弟!!そして、イズナの兄でもある!!どの様な経緯があっても、我が弟を滅した者を、私は許さん!!」

その叫びに、ヨシカズは烏天狗のみが持つ『秘武装・天狗うちわ』で『門』への道に凄まじい旋風を巻き起こし怒鳴った。

「馬鹿野郎!!!今はそんな事を言ってる場合では無いだろ!!!」

「黙れ!!!我が弟を傷つけた主等を、私は許さん!!」

そう叫ぶと、雷信はカマイタチを放ち、『門』への道を切り開いた。

「馬鹿な!?我が風魔の狂乱を切り裂くだと!?」

ヨシカズが呆然と呟くと、バクオウが『門』へ駆け出すカガリと雷信の前に現れた。

「もう構わん!!フサノシン、ヨシカズ!!!『門』を通って、人間を捕獲しろ!!殺しても構わん!!この戯け共は俺が抑える!!奥義・土宇夢!!」

その瞬間、カガリと雷信の四方から地面がせり上がった。

「しまった!?」

カガリは咄嗟に飛び上がるが、土の壁はやがて窄まり始めた。
そして、その間に、フサノシンとカズヨシは土のドームとバクオウの脇をすり抜けた。

「すまん、頼むぞ!!」

フサノシンの言葉に、「おうよ!!」と叫ぶと、
そして、カズヨシとフサノシンは一気に『門』を潜り抜けた。
そして、土のドームは完全に閉じ様としていた。

「間に合わん…!!」

カガリが悔しげに叫ぶと、下から雷信が叫んだ。

「姉上ええええええ!!!!」

その叫びと共に、凄まじい風が上昇してきた。
それに乗り、カガリは上昇速度を速めた。

「感謝するわ!!雷信!!」

「無駄だ!!既に、フサノシンとカズヨシは『門』を通った!!貴様が今から『門』を壊そうが、無意味!!」

その言葉を聞き、カガリは歯を噛み締めると、そのまま『門』を通り抜けて行った。

「愚かな…」

バクオウは憎憎しげに、カガリの通った門を睨み付けた。
そして、雷信が出られない様に、土のドームを何重にも強化し、封印を施した。

「これで…よい」

そして、バクオウは、そのまま地面に座した。

「我がやるのはここまでだ…。後は頼むぞ、フサノシン、ヨシカズ」

土のドームを維持する為に、バクオウは動けないのだった。






不壊は、歯を噛み締めながら、選択した。
村人を見捨てるという選択を…。
どれだけ言っても、村人は動こうとしなかった。
妖怪の山に行った人間を探すのは、並みの作業ではないだろう。
何せ、別にマークがある訳ではないのだ。
ならば、どうするか。
それは、名乗り上げない訳にはいかない状況を作り出すのだ。
即ち…、大虐殺が始まる。
あの村は、もう終わりだった。
妖怪が『門』を潜った時点で、不壊は村人を生贄にした。
少なくとも、全滅すれば、それで済むだろう。
不壊は詠春と美月を抱えて、人間では不可能な速度で走り続けた。
既に、村は山一つ向うだ。
だが、安心は出来ない。
大天狗の使いのフサノシンとヨシカズの飛行速度は、とうてい侮れるレベルでは無い。
助かるには、人ゴミに紛れるしかない。
不壊は、只只管に人里を探した。
その時、突然遠くから凄まじい大音響が響いた。
振り向くと、遠くの今まで走って来た道を振り返ると、そこで凄まじい竜巻と雷柱が何度も発生していた。

「ヨシカズ…、それに、フサノシンか!?」

遠くに見える光の柱と竜巻に、その意味を理解した不壊は一言「すまねえ」と言って、再び駆け出した。


村では、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
不壊が去り、「詠春君を奪還するんだ!!」と猛る村人達が、各々で武器を用意し、立ち上がり、不壊を追おうとした、その時だった。

「風魔」

「雷光」

「「一掃斬り!!」」

凄まじい風の刃と、雷の刃が、村人達に襲い掛かったのだ。
たったそれだけで、外に出て、固まっていた村人達は下半身とお別れをする事になった。
それだけではない。
雷の刃に切り裂かれた村人は、そのまま燃え尽きてしまったのだ。
その上、刃が通った民家や木々は全て切り裂かれ、二つの刃は彼方へと飛んでいってしまった。
そして、村人達の悲鳴が木霊する最中、燕の貌の様な被り物をして、背中に翼を生やし、紺色の独特なアイヌ民族の様な衣装を来ているフサノシンと、
黒髪に血の様な真紅の瞳、黒い翼を持ち、白い着物を着て、右手に天狗うちわを握る、ヨシカズが姿を現した。
二体とも、高校生くらいの背丈だ。
そして、フサノシンが口を開いた。

「この村に、妖怪の山に入った人間が居る筈だ!!姿を見せよ!!」

その言葉に、村人は意味が分からなかった。
ただ、仲間を殺さしたのはコイツ等だ。
それだけを理解して、村人達は詠春を奪還する為に持ち寄った武器で、宙を浮くフサノシンとヨシカズに襲い掛かった。
だが…。

「愚かな――」

フサノシンはまるで、虫ケラを見る様に、村人達を見下すと、雷光を振り上げた。

「出て来ないならば良い。所詮は人間共の村だ。皆殺しにしてくれる」

その言葉と同時に、フサノシンは雷光から凄まじい光を放った。

「雷神降臨陣!!」

その叫びと共に、雷光から放たれた光は雲に達し、複数の雷の柱となって、村に降り注いだ。

「初戦は人間か―。話しても無意味、黙して同胞共々朽ち果てるが良い!!風魔竜巻陣!!」

忌々しげに、村人達を睨みながら、ヨシカズは天狗うちわを振った。
すると、凄まじい天まで昇る巨大な竜巻が幾つも発生した。
悲鳴が響き渡る。
だが、それも竜巻と雷の音に掻き消されていく。
ものの数秒で、村人達は全滅してしまった――。

「貴様等!?何と…何と言う事を!!」

そして、遅れてやって来たカガリは、平地となり、人も民家も動物も木々も何もかも消え去った村に愕然とした。
そして、怒りに震えると、自身の愛刀・紅風魔を逆手に握った。

「貴様等…、何をしたか理解しているのか―?」

カガリの言葉に、フサノシンは冷たい表情を浮べた。
怒りも、憂いも感じさせない。
本当に、何も感じていない顔だった。

「何を…だと?愚かな。我等は、只、大天狗様の命に従うのみ」

ヨシカズも、既に侮蔑を含んだ眼差しをカガリに向けていた。

「そも、人の里に訪れるべきでは無い。我等は何度もそなた等に申した筈。それを聞き入れずに、人が妖怪の山に入る切欠を作ったのはそなた達だろ
う!」

「それは!?」

そう、何度も忠告されたのだ。
大天狗の使いたる彼らは、人の村に遊びに行くカガリ達に再三忠告していたのである。
それでも尚、カガリは美月の願いを優先してしまったのだ。
だからこそ起きた。
正しく、この悲劇は必然だったのだ。
だが、カガリは唇を噛み締めた。

「それでも…、それでも、滅ぼす事は無かった筈だ!!」

ギリッと、獰猛な眼差しをフサノシンとヨシカズに向け、対する二体の妖怪の眼差しは底冷えするほど冷淡だった。

「愚かな…。こうなる事など、容易に予測出来たであろう?それを、今になって慈悲を掛けろとはな」

フサノシンの侮蔑を籠められた言葉に、カガリはギリギリと歯を噛み絞めた。
そして、紅風魔を構えると、ギンと目を尖らせた。

「カマイタチのカガリ…、推して参る!!」

そう叫ぶと、カガリは紅風魔に疾風を纏わせた。

「この身は風の上位妖怪と承知で挑むのか?」

烏天狗のカズヨシは、つまらなそうに聞いた。

「…………」

カガリは答えない。
そして、無言の内に刃を解き放った。

「疾風一陣!!」

風の刃が、周囲の土や草を巻き込んで回転しながら巨大化してフサノシンとヨシカズに向かった。
だが、カズヨシが天狗うちわを軽く振ると、それだけでカガリの術を破られた。

「無意味だ。お前が操る風は、悉く我には届かぬ。既に、我らの目的は達した。貴様がこれ以上、何をしようが無意味だ!」

「黙れ!!」

カガリは紅風魔を地面に突き立てると、周囲を螺旋状に風が取り巻き始めた。

「まさか!?」

それを見たカズヨシは驚愕に眼を見開いた。

「ここに、私が傷つけるのを厭う者は一人もいない!!我が必勝の奥儀!!受けてみよ!!」

カガリの叫びと共に、一気に螺旋回転する風はやがて竜巻となった。
そして…。

「チッ―!!フサノシン、我の近くに!!」

カズヨシが焦燥に駆られて叫ぶが、そこにはフサノシンは居なかった。

「ッ――!?」

ソシテ、カズヨシが竜巻に顔を向けると、その上空から、一筋の雷光が煌いた。

「無限飯綱乱舞!!」

竜巻の中でカガリが叫ぶと、竜巻は一気に膨れ上がり、真上から降り注いだ巨大な雷に切り裂かれた。

「ギャアアア!!!…………」

強力過ぎる雷の力を全身に浴び、一瞬絶叫を上げたが、直ぐに悲鳴は消えた。
フサノシンは、雷火族だ。
愛刀である雷光こそ、彼の存在を表している。
妖怪の持つ武器は、バスターのスパークに近い。
彼らの武器は、彼らそのものなのだ。
例えば、烏天狗の天狗うちわなどは代表例だろう。
カガリの紅風魔も、彼女の象徴たる紅と、彼女の妖怪としての力である風魔の名が刻まれている。
本来は鎌を操ると思われがちだが、伝承によれば、カマイタチとは、構え太刀が訛ったものだ。
本来の彼らの武装は、太刀なのである。
そして、フサノシンの雷光は、雷と光。
すなわちは、天を支配する二極の属性なのだ。
光は雷を呼び、雷は光を発生させる。
レーザー光線が雷を引き付けると考えればいいだろう。
繊細な動きが出来ない雷の力を、光の力で操る。
フサノシンは雷を呼び、光に引き付け、落したのだ。
天を覆う雷雲を呼び寄せ、光に集わせる。
人の身では不可能な天候操作の術を、僅かな疲労すらせずに、行ったのだ。
そして、集った雷に直撃したカガリの体は、妖怪の肉体を持ってしても、全身を黒こげにされてしまっていた。
だが、それでも息があった。

「お前を殺せば、恐らくは復活させては頂けないだろう…。苦しいだろうが、妖怪の山に戻ったら回復させてやる」

フサノシンの言葉を聞きながら、薄れゆく意識の中で、カガリは微笑んだ。
それに、フサノシンもヨシカズも気が付かずに、カガリの体を妖怪の山に運んだ。

――もう、逃げ切れたよね…。

彼女は、胸中で呟くと、そのまま意識を完全に消失させた。






何時間走ったか、不壊自身すら把握していなかった。
とにかく出鱈目に山を駆け下りた。
すると、開けた場所に出た。
遠くには大き過ぎるほど巨大な木が生えている。
そして、不壊は走り続けると、体に電撃が走った様な感覚を覚えた。

「なんだ…?」

不壊は自身の体に生じた違和感に眉を顰めたが、それよりも急いで人の多い場所を目指さなければならなかった。
空は僅かに明るくなり、不壊は見た事も無い様式の建造物の屋上を飛び越えていく。
そして、一際目立った巨大な木の下に降り立つと、辺りを見渡した。

「学校か…?ここならば、人が来てくれるかッ―!?」

不壊が詠春と美月を下そうとした時、不壊は突然現れた気配に振り向いた。

――いつの間に…っ!

振り返った不壊が見たのは、白髪交じりの皺の多い老人だった。
腰は曲がり、長い眉毛に目元が隠れてしまっている。

「お前さん、この学園に何の用じゃ?」

老人の言葉に、不壊は戦慄した。

――殺される…。

そう直感した。
穏やかな表情だが、その身に宿る気配は尋常では無かった。
怖気が走る。

――これが…人間?馬鹿な!!

「冗談キツイぜ…。アンタ、本当に人間なのか?」

止まらぬ汗を拭いもせずに、不壊は美月と詠春を護る様に立ち塞がった。

「ふむ?その後におる子供達は何じゃね?」

近右衛門の言葉に、不壊は探る様な目付きだった。

「さてね、言っても信じてくれやしないだろ。分かるだろ?俺は妖怪だ。そんなのの言う事なんざ、端から聞いてもらえるなんざ思ってねえよ」

不壊はそう言うと、殺気をむき出しにして老人に対面した。

「――フッ」

すると、老人は意地悪そうにほくそ笑んだ。

「愚かじゃな。妖怪よ、お主は無駄と承知でも、一握りの希望を得ようともせんのか」

まるで、侮蔑を含んだ様に言う老人に、不壊は忌々しげに睨み付けた。

「なら、聞いてくれるのかよ?この、影法師妖怪・不壊の話しをよお!!」

不壊が怒鳴るように叫ぶと、老人は真っ直ぐに不壊を視線で射抜いた。

「……、良かろう」

「なに?」

「耳が遠いのかのう?良いと言ったのじゃ。申してみよ」

「………正気か?」

不壊が気味の悪そうな顔で聞くと、老人は心底可笑しそうに笑った。

「クハハハハハハ!!お主程度の小物に出し抜かれる様な鍛え方はしとらんさ。それにのう、そっちの子供達の事も気になるでな。安心せい!!虚言を
弄せば即座にその首、刎ねてやるわい」

その言葉に、不壊はニヤリと笑うと、口を開きかけて、老人に止められた。

「ここでは拙い。儂の屋敷に来るとよい」

「アンタ…名前は何てんだ?」

「儂か?…儂は、近衛近右衛門。この学園の長じゃよ」

振り向いた近右衛門に、不壊が聞くと、邪悪な笑みを浮かべ、近右衛門は首だけを向けて言った。
そして、不壊は圧倒的な存在を前に、下唇を噛んで、全身の金縛りを解いた。

――妖怪をビビらせるとは…、本当に何者だ?あの爺ぃ…。ここの長とか言ったが…。

近右衛門に連れられた不壊は、そのまま学園長室を通って近右衛門の屋敷に通された。
そして、近右衛門は不壊に正座するよう言った。
不壊は優しく詠春と美月を寝かせると、近右衛門に対面した。

「では、聞かせてもらおうかの」

近右衛門の射抜く様な視線を受けながら、不壊は「ああ」と言い、口を開いた。
詠春との日々、イズナの犯した事、自分が村を見捨てた事。
全てを包み隠さずに話した。
それこそ、近右衛門が怒気を含んだ視線を当てても尚…。

「償い切れる事ではない。だが、頼みを聞いて頂きたい。さすれば、俺の首はアンタにやる」

そう言って、不壊は頭を下げた。
その姿に、近右衛門は顔を伏せて「申してみよ」と命じた。

「詠春の世話を願いたい。出来れば、剣術の指南をしてやって欲しい。それから…、美月を詠春と共にいさせてやって欲しい。頼む…。俺の命、肉体、
心、全てをアンタに預ける。だから、この二人に慈悲を与えてやってくれ。身勝手なのは承知だ。それでも、頼む。この通りだ!!」

畳の床に頭を擦り付ける様に、頭の黒い頭巾が落ち、灰色の長い髪を畳に広げ、美麗な顔を歪め、懸命に慈悲を嘆願した。
だが、近右衛門は目を細めた。

「その娘を、詠春と言ったな?詠春と共に居させる事は出来ぬ」

近右衛門の辛辣な言葉に、不壊は歯を噛み締めた。
そして、涙を流しながら頼み込んだ。

「頼む、何でもする。どんな汚れ仕事も請け負う。死ねと言われれば死ぬ!!薬の実験だろうが、解剖だろうが、何でもして構わない。だから…、だから
頼む!!」

不壊の必死な嘆願に、近右衛門は冷たい眼差しで見下ろしていた。
すると、突然背後の障子が開いた。

「近右衛門。なら、こうしないかい?」

突然の侵入者に、不壊は眼を見開き、すぐに美月と詠春を庇う様に動いた。
その姿に、入ってきた男はクスリと笑った。
どこか不思議な空気を放つ男だ。
不壊はそう思った。
人ではない。
だが、妖怪でもない。
不思議な存在だった。

「矢部…、お前か」

近右衛門は、それまでの冷たい声ではなく、どこか親しげな声を放った。
すると、矢部は美月を見た。

「その娘も妖怪だね?」

矢部の言葉に、不壊は視線を外さずに頷いた。
すると、矢部は目を閉じて言った。

「なら、その娘を詠春君だったね?詠春君の式神にしてはどうかな?」

「式神…?」

不壊は、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
妖怪の山は、人を拒む。
入って来た場合は、殺すか、妖怪にするかのどちらかだ。
故に、人間の知識や情報は極端に少なく、不壊の様な末端は、日本に散らばる術者に関して、あまり詳しくないのだ。

「うん。陰陽道の術式の一つでね。術者を護る守護者にするんだ。だけど、その為には詠春君は修行しないとね」

矢部の言葉は、不壊には理解が出来なかった。
そして、近右衛門も眉を顰めている。

「何のつもりじゃ?」

すると、矢部は優しく微笑んだ。

「命を懸けて、それこそ、魂も尊厳も何もかもを懸けて彼が救いたいと、妖怪が救いたいと言う人の子と、妖怪の子供。悪いけど、聞かせて貰ったんだ。
障子の外で。別に、君達は悪い訳じゃない。そんな事、近右衛門だって分かってるんだろ?」

矢部が問い掛けると、近右衛門は難しく唸った。

「しかし…」

「なら、不壊君も詠春君の式神になるといい。君が責任を持つんだ。投げ出そうとしたら無理にでも道を示す。どんな敵や災厄からも、その身を持って二
人を守り通す。彼の誠実さと、詠春君への忠誠心は、類稀なモノだと思う。どうかな?」

矢部の提案に、近右衛門は「しかし…」と顔を矢部に向けた。

「誰に教授させるのじゃ?妖怪二匹を従える子供なぞ、異端とされて迫害されるのは目に見えとるじゃろ?」

その言葉に、矢部は当然の様に言った。

「僕が、修行をつけよう。そして、数年修行したら、京都の神鳴流に預けるのはどうかな?」

矢部の提案に、不壊は眉を上げた。

「神鳴流…?フサノシンが嘗て話した…、確か、完全無欠最強無敵の流派だったか…?」

不壊の言葉に、今度は近右衛門と矢部が眼を丸くする番だった。

「妖怪の間ではそんな風に言われとったのか!?ふむ、確かに神鳴流は日本の剣術流派では最大じゃ。ふむ、確かに神鳴流なれば、数年修行し、下積
みを積んだならば、迎えさせる事も出来るかもしれんな。久方ぶりに、実家に連絡を取るかの…」

近右衛門の言葉に、矢部はニッと笑った。
そして、不壊は話の内容を理解し、頭を下げた。

「感謝する!!近衛近右衛門殿。この御恩は一生忘れませぬ!!」

不壊は頭を下げると、叫んだ。
そして、詠春と美月が眼を覚ましたのは、翌日の事だった。
お昼頃になり、目覚めた二人に、不壊は包み隠さずに全てを語った。

「ッ―――!?」

眼を見開き、ワナワナと振るえ、涙をながし、声も無く絶叫する詠春に、不壊は頭を下げた。

「俺は、殺しても構わない」

その言葉に、詠春は心臓が痛いほど跳ねたのを感じた。

「何…言ってるの?」

詠春の言葉に、不壊は昨晩の近右衛門と矢部との話を語った。
そして、詠春に判断を任せる事にしたのだ。
酷く残忍な方法だ。
自分を殺させて、心に楔を打ち、無理矢理でも前に進ませるか、それとも村人達の事を無理に忘れさせるかの二択。
だが、不壊とて好きでこんな選択を迫ったのではなかった。
村が消え、家族も友も失い、マトモな精神でいられる方がどうかしている。
ならば、今は無理にでも、前に進ませるしか無いのだ。
そして、詠春が選んだのは、後者だった。
涙を流し、それでも、詠春には不壊を殺せなかった。
当然だ。
ずっと、本当の兄の様に自分を導いてくれて、何も悪くないのに仲間から離れ、自分を護ってくれた不壊をどうして殺せようか。
そして、美月は頭を下げた。

「詠春…、いいえ、もう私には貴方をそう呼ぶ権利はありませんね。主、私は貴方にどこまでもお供致します。貴方を守護する事をお許し下さい。この命
に代え、貴方に忠義を尽くす事を誓います」

それが、誓いの言葉だった。
それは、恋をした少女が望んだ夢が壊れた瞬間だった。
それは、恋をした少年が望んだ夢が壊れた瞬間だった。
そして、詠春は震える声で「ああ」と頷いた。
それ以来、詠春が美月を名前で呼ぶ事は無くなった。
ただ、美月を前鬼、不壊を後鬼と呼び、後にサムライマスターと呼ばれ、世界を駆け巡り活躍するサウザンドマスターのパーティーの一員となり、関西呪
術教会を治める任に着任する事になる。
それは、大事な存在に幸せになって貰いたいと願った鼬の起してしまった過ち。
故郷を失くし、家族を亡くし、友を失くし、愛する少女への思いを完全に絶たれてしまった少年の始まりの物語だった…。







イルゼは、前鬼が目の前に迫るのを見た。
そして、前鬼の体がイルゼの体に触れた時、前鬼の思い出の思いが流れ込んできた。
どこまでも悲しくて、どこまでも切ない思いが。
そして、前鬼…、美月の想いにデジヴァイスが応えた。
『光』に似た文字を浮かび上がらせ、凄まじい光が美月の体から迸る。
そして、イルゼの全身が光に包まれた時、デジヴァイスから声が響いた。

『Mode change- luminous mode』

その瞬間、イルゼの体は完全に光の中に包み込まれ、全身の毛皮が白銀に輝き、翼は美月と同じく天使の翼でありながら、その一本一本がナイフの様
な硬さを持ち、凄惨な光沢を放つ真っ白なモノになった。

「ウガアアアアアアアアアアアアア!!!!!サングルゥモン、モードチェンジ!!!!」

翼にはするどい刃が出現し、両足のブレイドが消滅し、代わりに普通の動物の足が現れた。
そして、一際強く翼をはためかせると、そのまま光の壁を破壊して光の球から飛び出した。
そして、高らかに宣言する。

「サングルゥモン、ルミナスモード!!オオオオオオオオオオオオ!!!」

「イルゼ!?」

新たな力を得て、姿を変えたイルゼに、刹那は息も絶え絶えにしながら目を丸くした。
白銀の魔狼、ルミナスモードにモードチェンジしたイルゼは、一気にその速度を上げた。
その速度は凄まじく、距離の離れた烏に一気に距離を詰めた。

「ッ――!?アギャアアアアアアアアアア!!!」

醜悪な叫びを上げ、烏は速度を上げるが、それ以上の速度でイルゼは烏を追跡した。

『主の大切な家族を護って下さい』

一つになった美月の願いが、イルゼに力を与える。
愛した人が、伴侶を得て産んだ大切な御子。
美月から流れ込んでくるのは、純粋な願いだった。

――詠春の幸せを護りたい。

その願いが起した奇跡だった。
光を纏い、高速で烏に迫る。
そして、更に翼をはためかせると、イルゼは一気に距離を縮めた。

――早くしないと、木乃香がもう限界だ!!

イルゼは翼にエネルギーを集中させた。

「ウイングスティッカーブレード!!」

光の刃となった翼を、イルゼは烏にぶつけた。

「キシャアアアアアアアア!!!」

耳を劈く様な悲鳴を上げると、烏は木乃香を取りこぼした。

「木乃香!!」

イルゼが叫ぶと、刹那が木乃香に向けて急降下していた。

「このちゃん!!!」

そして、森の木々より少し上空で見事にキャッチすると、木乃香はグッタリとしながら刹那の体にしがみ付いた状態で気を失ってしまった。
そして、それを確認すると、イルゼは木乃香からの魔力供給が無くなったのを感じた。

――後、一分程度で元に戻っちまうな…。

そう判断すると、イルゼは刹那に叫んだ。

「刹那!!木乃香を連れて戻れ!!コイツの相手は俺がする!!」

イルゼが叫ぶと、刹那はイルゼを一瞬見上げて躊躇した後、木乃香の容態を見て、すぐに体を反転させた。

「イルゼ、すぐに戻ってくる!!」

そう叫ぶと、刹那は翼をはためかせて総本山に向かった。
そして、残されたイルゼは一分一秒も惜しいと、一気に烏に向かった。
だが…。

「な!?」

烏はイルゼを無視して、木乃香を抱える刹那に向かって行った。

「無視かよ!?舐めんな!!」

イルゼは叫ぶと同時に、凄まじい速さで烏を追跡した。
白銀の軌跡を残しながら、漆黒の魔鳥を追い、距離を詰める。
イルゼの速度は、烏よりも僅かに上だった。
その代わりに、体の大きさを犠牲にした。
今のイルゼの大きさは、通常時よりも小さく、立っても大人の胸辺りまでの大きさしかなかった。
だが、代わりに機動力を得た。
そして、烏よりも高度を上げ、滑空しながら翼を光の刃へ変化させる。

「ウイングスティッカーブレード!!」

イルゼのウイングスティッカーブレードは、烏の首を狙いながら一気に距離を詰めた。
上から下へ。
それは、後から前へ、下から上へよりも僅かに速度が速くなる。
そして、ウイングスティッカーブレードが当たる瞬間、まるで後に眼が在るかのように、烏は左に旋回し、イルゼのウイングスティッカーブレードを華麗に避
けた。

「ナニ!?」

イルゼは驚愕に眼を見開くが、すぐに追跡を続行した。
今のウイングスティッカーブレードで、イルゼのこの状態を保っていられるのは後数秒しか残されていなかった。

――このくそおおおお!!!

胸中で叫びながら、イルゼは一気に烏に近づいた。
そして、烏に手を掛けようとした瞬間、烏は再び背後に目があるかの様に突如下降した。
そして、その瞬間にイルゼは進化が解け、人間に戻った。
だが、そのおかげで落下すると、烏に捕まる事が出来た。
そして、背後で弱った美月が落下するのが見えたが、ヨロヨロと体勢を立て直すのを見て、胸を撫で下ろした。
そして、イルゼはカードを取り出した。

――木乃香が気絶してる以上、もう進化は出来ない。

即座に判断すると、イルゼはポケットからカードを取り出した。

「アデアット!!アベアット!!」

一瞬、韋駄天が出現したが、目的は韋駄天では無い。
さすがにこの高度で韋駄天に乗れば、その瞬間に真っ逆さまだ。
そして、カードに封印されたエヴァンジェリンのお手製戦闘服を着たイルゼは、必死に烏の羽を掴んでいた。
烏はイルゼを振り落とそうと旋回したり、上下に急激に上昇したり下降したりを繰り返している。

「ぢぢぐじょお゛お゛きぼぢわりゅい゛いいい」

振り回されて、吐き気がしてきたイルゼは必死に勇気を掻き集めて右手を羽から離した。

「うひゃあああ!?」

すると、丁度烏は下降したので、イルゼは左手だけで捕まって浮遊感を感じた。
だが、すぐに上昇を始めたために、急激に重力が増した感触を覚えた。

「今の…うちに!」

呻きながら、イルゼは右手をさっきまで捕まってた時の場所より上を掴んだ。
そして、下降し、上昇するタイミングで徐々に烏の羽をロッククライミングの様に登ると、首を掴んだ。
烏は、イルゼへの対応に忙しく、刹那は既に彼方へと遠ざかっていた。
そして、イルゼは左手と両足で確りと烏の首に巻きつくと、右手でベレンヘーナを呼び出した。
そして、魔力光で形成されている刃を、力の限り羽と羽の隙間に突き刺した。

「ピギャアアアアアアアアア!!!!」

鼓膜が破れるかと思う程の絶叫を上げる烏に、イルゼは容赦無しにベレンヘーナをチャージした。
そして、銃口を斬りつけた場所に当てると、今にも振り落とされそうになりながら、イルゼはトリガーを離した。
すると…。

「ギガガ!!」

「ギョガアアアアアアアアアアアアア!!!!」

イルゼの右手は、ベレンヘーナのチャージショットを手首を曲げて撃ったせいで、反対方向に反動で曲がってしまい、凄まじい痛みが走った。
そして、イルゼは悲鳴を上げながら落下する烏に脚だけで捕まりながら、左手でベレンヘーナを格納すると、右手の痛みに気を失いそうになりながら、カ
ードを取り出した。

「アグ…、クソッ―、アデ…アット!!」

怒鳴る様に叫ぶと、韋駄天が出現し、イルゼは五条大橋がすぐ眼下に迫るのを見ながら、烏から脚を離し、韋駄天を左手で抱き締める様にしながら浮
かせた。

「イギッ―!?」

急激な落下速度の変化に、左腕もパシーッ!!と、まるで竹を割った様な音がして、目の前が弾ける様な痛みに、イルゼは溜まらずに韋駄天から落下
した。
そして、そのまま直ぐ下のお土産の店の屋根の上に落下すると、そのまま転がる様に一段下の屋根に落ち、そのまま地面に落下した。

「アガ…ガギギギ…」

あまりの痛みに、イルゼは気絶しそうだった。
だが、痛みが強烈過ぎて、気絶する瞬間に再び覚醒するというのを繰り返した。そして、両腕が麻痺して、熱を持ち出すと、眼を血走らせ、歯を喰い縛り
ながら立ち上がった。

「ガフッ―!」

すると、唐突に訪れた嘔吐感に任せて、喉から這い上がったモノを吐き出すと…。

「血の塊…、内臓もやばそう…だな…」

ゼェゼェと息を吐きながら、五条大橋を渡り、その先の本山に向けて歩きだそうとすると、ぼやけた視界の向こうで、人影を見た。

――誰だ…?

人影は自分とそうは変らない背丈だった。
そして、幼げなトーンの声で、影は面白がるように言った。

「凄いニャー、まさか俺っちの自慢の式を倒すとは思わなかったニャー」

ニャーニャーと、変な語尾で喋る影に、全身が炎に焼かれる思いでイルゼは影を睨みつけた。

「どういう…事だ!!」

ゴフッと、再び血の塊を吐き出すと、イルゼは動かない両手と、ズキズキと痛む右足を忌々しげに思いながら力の限り怒鳴った。
すると、痛みが脳まで響き、チカチカと目の前が発光した様になった。
そして、気が付くと、いつのまにかイルゼは倒れていた。

――あれ?…なんで俺、倒れて…??

もはや、体には力が入っていなかった。

「俺っちの名は、土御門秋吉だ。阿部家から伝わる、異相の世界である幻想世界を管理する遠野家と並び称される名門ぜよ。お前さんの名前は?」

ヘラヘラとした喋り方が癇に障った。
そして、イルゼは忌々しげに言った。

「イルゼだ…、イルゼ…ジムロックだ!!」

そのまま、イルゼは気を失ってしまった。
すると、遠くから人が来るのが見えた。
現在、この京都の町は、太古の時代の結界が起動し、一般人は一人残らず眠っているか、街の外に居る。
故に、向かってくるのは間違いなく異能の者。
影は、ニヤリと笑うとイルゼを見下ろした。

「四体作った内の一体とは言え、俺っちの式を潰したんだ。誇っていいぜい?って、聞こえてないか。まぁ、面白かったぜ?ちょっと、うざったい関西呪術
協会にちょっかい出すだけのつもりだったんだがニャー、思わぬ収穫だったニャ。また会おうニャー!」

そう呟くと、影はどこえともなく消えてしまった。
そして、先に落下した筈の烏の姿は、その落下跡も含めて何処にもなかった…。





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