第74話『守森村』

日差しが強い。
イルゼと木乃香は、同級の学、フェイ、夕映、朝倉と兼ねてから予定していたキャンプに『守森村』と言う、自然の多い小さな村に来ていた。
保護者として、エヴァンジェリンが一緒だ。
エヴァンジェリンと近右衛門の共同研究をしていた術が完成したのはホンの数日前だった。
今日は、七月の最後の日曜日だ。
計画してから一週間が掛かったのは、エヴァンジェリンの術の完成を待ったからだ。
保護者がいなければ、子供だけで旅行など許されない。
そんな事、当たり前だ。
故に、エヴァンジェリンの都合が付いたら、と言う事にして待ったのだ。
予想よりも早く出来たのは、近右衛門の惜しみない協力と、エヴァンジェリン自身が木乃香とイルゼと一緒に旅行に行きたいと強く願ったからだ。
エヴァンジェリンの作った術は、簡単に言えば、認識を誤解させるモノだ。
エヴァンジェリンだと理解していても、それはイルゼと木乃香の保護者としてのエヴァンジェリンとしか認識出来ないのだ。
吸血鬼としてのエヴァンジェリンをどんな探査を使っても認識出来ない術。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが吸血鬼であると知っている人間が偶然に見つけ、且つ大人の姿のエヴァンジェリンを本来は子供の姿である筈の
エヴァンジェリンが幻術を使った姿だと認識しない限り、エヴァンジェリンを探し出す事は出来ない。
エヴァンジェリンと子供達がバスを降りると、エヴァンジェリンが一番大きな荷物を持ち、イルゼも二番目に大きな荷物を持っている。
他の皆もそれぞれの鞄と荷物を持って、村に入った。
守森村は、最近になって有名になった観光地だ。
イルゼ達は立ち並ぶ家並みを眺めながら自分達の泊まる『守森荘』を探した。
まだ午前中だからか、通りには人は居なかった。
幾つかあるお土産屋も未だ閉じている状態だった。
しばらく歩くと、朝倉が「あれじゃない!」と指差した。
そこには、大きな木造の宿場が見えた。

「確かに、守森荘と書いてあるな。間違いないだろう」

エヴァンジェリンが言うと、イルゼと学が駆け出した。

「よっしゃ!誰が一番か競争だ!!」

「負けるか!!」

そのまま走っていってしまう二人に、夕映は「アホですね…」と呆れた様に言った。
木乃香とフェイも「たはは…」と苦笑した。
ちなみに、朝倉はカメラで守森荘を写していた。

「たはー、結構大きいね」

朝倉はカメラを下ろすと言った。

「せやねぇ。ん〜、木の香りがするわぁ」

木乃香は目を閉じながら空気を吸い込むと、気持ち良さそうに息を吐いた。

「新築なのか?」

エヴァンジェリンは強い木の香りに首を傾げた。

「えっと、パンフパンフっと」

朝倉は鞄から守森村のパンフレットを取り出した。

「うん。ここって去年出来たばかりみたいだね」

そのパンフレットを横から覗き込むと、学は言った。

「とにかく、早く入ろうぜ!」

イルゼはそう言うと、守森荘の玄関扉を開いた。
すると、中には既に人が居た。

「ん?やぁ、君達もここに泊まるのかい?」

靴を履こうとしている男性が顔を上げると言った。

「はい。という事は貴方もですか?」

男の質問に夕映が答えると、男性は頷いた。

「うん。僕は昨日からね。僕は三郎丸健史。多分、食事の時とかに会うだろうからよろしくね」

三郎丸はニッと笑うと入って来たエヴァンジェリンを見て顔を紅くした。

「えっと…君達のお母さん?」

三郎丸はイルゼに小さな声で聞いた。

「ん?ばあちゃんの事か?」

イルゼが言うと、三郎丸はエヴァンジェリンを凄まじい目付きで見た。

「な、なんだ?」

三郎丸の視線に、エヴァンジェリンは少し引いた。

「お…おばあちゃん…。こんなに綺麗なのに…在り得ない…在り得ないぃぃぃぃ!!!」

そう叫びながら、三郎丸は何処かに去って行ってしまった。

「何だったんだ?」

エヴァンジェリンが首を傾げながら入って来ると、夕映と朝倉と木乃香と学は苦笑していた。

「イルゼナイス!」

「は?」

朝倉はイルゼの背中をバシバシと叩きながら腹を抱えて笑った。

「て言うか、少し考えれば判ると思うのですが」

呆れた様に夕映は言った。

「そうだよね。エヴァンジェリンさん、どう見たって本当におばあちゃんな訳無いって判りそうだけどね」

学の言葉に、木乃香とイルゼ、エヴァンジェリンは何とも言い難い表情になった。

「とにかく、とりあえずチェックインして、部屋に行こう」

そう言うと、エヴァンジェリンは靴を脱いで中に入った。
イルゼ達も続くと、和装姿の女性が出て来た。

「いらっしゃいませ」

女性が微笑みながら言うと、エヴァンジェリンが口を開いた。

「予約したマクダウェルです」

「はい、マクダウェル様と息子さんとそのお友達の方ですね。お待ちしておりました。守森荘にようこそいらっしゃいました。私は羽間京と申します。お部屋
の準備は整っておりますので、どうぞお入りください」

京に言われ、エヴァンジェリンは頷くと子供達を促して靴を下駄箱に仕舞って中に入った。

「こちらです」

京に連れられ、イルゼ達は入り口から少し進んで階段を登った。

「俺達の部屋は二階なのか」

イルゼが言うと、突如玄関近くの部屋から怒鳴り声が聞こえた。

「三郎丸の馬鹿は何処に行った!」

「せ、先生。そんなに怒鳴らないで下さいよ。三郎丸君が何処に行ったかなんて僕にも分かりませんよ」

「ったく!今日から忙しくなると言うのに!」

大きな音を立てて、外開きの扉が開き、危うい所で木乃香とフェイが扉にぶつかりそうになるのを、一瞬早く、イルゼが二人の体を引き寄せた。
中からは太り気味な脂ぎった中年の男が出て来た。

「ん?なんだガキ共?」

「何だじゃねえよ!いきなり勢い良く扉開いて、危ないじゃないか!」

イルゼが怒鳴ると男は忌々しげにイルゼを睨み付けた。

「なんだとガキ!大人にそんな口の利き方をしていいと思ってるのか!一体、親はどういう教育してるんだか」

「申し訳ありません。息子が失礼をしまして…」

男にエヴァンジェリンは頭を下げて謝った。
すると、エヴァンジェリンの美しさに、男は呆けた様に「い、いや…別に構わんよ…」と言って階段を降りて行った。
すると、イルゼはエヴァンジェリンに不満気に口を開いた。

「ばあちゃん!どうしてあんな奴に謝るんだよ!」

イルゼが言うと、木乃香やフェイでさえも不満気にしている。
すると、エヴァンジェリンは溜息を吐いた。

「イルゼ、ああ言う輩は相手にすると逆に疲れるだけなんだよ。ほら、機嫌を直せ。皆も、折角の旅行なんだ。気分悪いままじゃ楽しめないぞ!」

優しく笑いながらエヴァンジェリンは言った。
そして、京はエヴァンジェリンに頭を下げた。

「申し訳ありません。お子様方に嫌な思いをさせてしまいまして」

京が謝罪をすると、エヴァンジェリンは首を振った。

「貴女のせいではありませんから、頭を上げて下さい」

エヴァンジェリンが言うと、京は「本当に申し訳ありません」と謝罪した。
そして、夕映と朝倉、フェイは木乃香にエヴァンジェリンを見ながら言った。

「凄いね…エヴァンジェリンさんって。」

「なんか…憧れちゃうです…」

「大人の女って感じだよね…」

「おばあちゃん、かっこいい」

朝倉、夕映、フェイ、木乃香の四人の言葉に、エヴァンジェリンは少し照れながら苦笑いした。
そして、京に案内されて、イルゼ達は奥の大部屋に入った。
大きめの部屋で、入口はちゃんと鍵が付いている。
畳の床で、小机の上にはお菓子と湯呑みと急須が置いてある。
エヴァンジェリン達が荷物を置くと、京は言った。

「ご昼食は12時に一階の食堂ですので、遅れない様にお願い致します」

「わかりました。改めてお世話に成ります」

「こちらこそ、御滞在中はよろしくお願いします。それでは」

そう言うと、京は出て行った。
木乃香はさっそく急須に備え付けのポットからお湯を入れて湯呑みにお茶を汲んだ。

「お昼まで後二時間もあるえ。お茶を飲んでゆっくいしようや」

木乃香の言葉に、イルゼは頷くと中央に置いてあるお菓子を手に取った。

「守森村銘菓、守森饅頭か」

包みを取ってイルゼは饅頭を口に入れるとお茶を飲んだ。

「うめえ。サツマイモ味だ」

イルゼが言うと、学も包みを外して食べた。

「ん!これは白餡だ!」

それから木乃香達も食べてお茶を飲んで休んだ。
そして、朝倉が口を開いた。

「そう言えば!この村の面白い話を調べたんだけど、聞きたい?」

朝倉が言うと、イルゼは「面白い話?」と首を捻った。

「そっ!この村にはちょっと面白い話があるのよ。調査は報道の基本だからね!この村について調べてみたら凄いのが出てきたわ!」

「ほぉ、面白そうだな。聞かせてもらえるか?」

エヴァンジェリンが言うと、朝倉は見事な敬礼をすると「かしこまりました!」と言った。
そして、朝倉は何時も持ち歩いている手帳を開くと「えっへん!」と可愛く咳払いした。

「まずね、この村は十年前から突然発展して人口が倍以上に増えた村なの」

「十年で倍?こんな山奥なのに?」

学が驚いた様に聞くと、朝倉は身を乗り出した。

「そうなの!十年前にね、ある噂が流れたのよ」

「ある噂ですか?」

夕映が聞くと、朝倉は「そう!」と口を開いた。

「十年前に、片柳雅彦って言う新聞記者がこの村に来たの。それでね、その人は村の人に尋ねて回ったらしいの。『この村に祠の様なモノはありません
か?』ってね。それでね、その人はそれから一年近くこの村に滞在していたの。その時に、村の若い娘さんが聞いたらしいのよ。その人が『この村には宝
がある筈だ』ってね」

「宝!?」

朝倉の話にイルゼは目を丸くした。

「そうなの!そして、それこそがこの村の発展の理由なのよ」

「どういう意味なん?」

木乃香が聞くと、朝倉はバッグからピンクの取ってのファイルケースを取り出して、中から幾つかのプリントを取り出した。

「これを見て」

朝倉に言われ、イルゼ達が新聞を覗き込むと、そこには件の新聞記者の行方不明記事だった。

「どういう事なんだ!?」

イルゼが聞くと、朝倉はフフフと笑った。

「この新聞記者は神隠しに会ったのよ」

「神隠し?」

学が聞くと、朝倉はプリントの一枚を指差した。

「この新聞記事によるとね、この記者はこの村の東にある湖の近くの水田で行方不明になったの」

「神隠し、何故そんな事に?ただの行方不明ではないのか?」

エヴァンジェリンが聞くと、朝倉は答えた。

「これ見て」

そう言う朝倉が示したプリントには、四角い水田とその横を湖から流れる細い川、それに水田の中央に向かう足跡が描かれていた。
川から水田には水が入れられる様になっている。

「これは?」

学が聞くと、朝倉は言った。

「これ」

そう言うと、朝倉は絵の中の足跡を指差した。

「これは、水田の中央に向かって足跡が途切れてるのよ。それなのに、戻って来ている足跡も見つかってない。それに、この足跡は行方不明になった記
者の履いていた靴のモデルの足跡と一致したのよ。まるで、水田の中央から忽然と姿を消してしまった。それで、この記者は神隠しに会ったんだって話
になったの」

朝倉が興奮しながら言うと、イルゼは「はぁ?」と呆れた様に言った。

「んなの、神隠しでも何でもないじゃん」

イルゼが言うと、フェイは「え?」と目を丸くした。

「どういう事なの?」

フェイが聞くとイルゼは水田と川の間の柵を指差した。

「これって開閉出来るんだろ?」

イルゼが聞くと朝倉は頷いた。

「その筈だけど?」

「だったらさ。水田に水を満たして柵を閉じて、水が水田に吸い込まれる前に泳ぐなりなんなりして中央まで行けばいいんだよ。なんなら普通に歩いたっ
て、水が水田に吸い込まれるまでに足跡も消えるだろ?そしたら後は後ろ向きにその記者の靴で戻れば…ほら、解決だ」

イルゼが言うと、学は「そうだね」と言った。

「このくらいなら、警察でも簡単に突き止められたんじゃないの?」

学が言うと、朝倉は「まあね」と言った。

「この事は直ぐに警察でも突き止められた。だけどね、この行方不明になった記者自体は今でも見つかってないのよ」

朝倉が言うと、夕映は「確かに変ですね」と言った。

「警察でも発見出来ないのは妙です。例え森の中に埋めても、十年も見つからない、何て事は無い筈です」

「そうなのよ。それでね、週刊誌なんかで取り上げられてね。噂が広まったの。この記者は宝に近づいて神隠しにあったってね。トリックを使えば、人間で
も出来るだろうけど、新聞記者が行方不明になって見つからない事で噂がどんどん広がったって訳」

「そうか。じゃぁ、発展した理由って言うのはもしかして?」

学が言うと朝倉は頷いた。

「そう。噂を聞いたトレジャーハンターなんかが沢山来てね。そのまま居ついちゃう人がたくさん居たんだって。ここって、自然も多いしね。気に入っちゃう
人も少なくないみたい」

「なるほど、それが面白い話って訳ね?」

エヴァンジェリンが聞くと、朝倉はフフゥンと笑った。

「実はね、神隠しはこれで終わってないのよ」

「どう言う事?」

学が聞くと、朝倉は言った。

「それからもね、行方不明事件が何件も起きたのよ。トレジャーハンターが何人かね。それで、余計に噂に尾鰭が付いて、この村はそれにあやかって発
展したそうなの」

「なんかちょっと怖いね」

フェイが言うと、エヴァンジェリンが優しくフェイの頭を撫でた。

「まぁ、要は宝に近づかなければ良いだけの話だ。私達は花火やハイキングを楽しもうじゃないか」

エヴァンジェリンが言うと、夕映も頷いた。

「そうですね。宝は気になりますが、私達は遊びに来ただけです。態々危ないと判っている事をする必要はないです。それよりも、お昼までまだ時間があ
るです。トランプでもしませんですか?」

夕映が提案すると、皆も賛成した。
朝倉は一人だけ、「ちぇー、宝探ししたかったなぁ」と愚痴ったが、誰も相手をしてくれないのでトランプに参加した。
イルゼとフェイはトランプをやった事が無かったので、ルールを学達が教えながらやっていると、あっという間にお昼の時間になった。
一階に降りると、食堂にはカレーライスが並んでいた。

「やった!カレーだ!!」

イルゼは大はしゃぎでマクダウェルと名札の置かれている机に座った。食堂も畳で座布団が長い机の周りに置かれている。
イルゼに習ってエヴァンジェリン達も座ると、来た時に会った三郎丸と、怒鳴っていた中年の男、卑屈そうな猫背の男、髪の長い細縁の眼鏡の女性が入
って来た。

「やあ」

三郎丸がイルゼ達に手を振った。

「いやぁ、さっきは失礼したね。ちょっと精神が錯乱しちゃって…。改めて、三郎丸健史です。よろしくね」

三郎丸が笑い掛けると、イルゼ達も口を開いた。

「俺はイルゼ、イルゼ・ジムロック。よろしくな」

「うちは近衛木乃香いいます。よろしゅうやぁ」

「僕は伊集院学です。よろしくお願いします」

「僕は、フェイ・アリステア・エバンスです。よろしくお願いします」

「私は綾瀬夕映です。よろしく頼むのです」

「私は朝倉和美。よろしくね!」

「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言います。どうぞよろしくお願いします」

イルゼ達がそれぞれ名乗った後、エヴァンジェリンが微笑みながら名乗ると、三郎丸は真っ赤になりながら「よよ、よろしくお願いしましゅ…」と噛んでしま
った。
その様子に、夕映達はクスクスと笑った。
すると、あの中年の男が怒鳴った。

「おい三郎丸!!何時までもそんなガキ共とくっちゃべってんじゃねえ!!お前のせいで午前中は何も出来なかったんだぞ!!」

「あぁ、すんません春日部さん。んじゃ、俺向こうで食べるからさ。またね」

三郎丸はそう言うと手を振って戻って行った。

「やっぱり嫌な感じだよね。あのおじさん」

学が言うと、イルゼ達も頷いた。

「とりあえず食べよう。お昼はこの村を見て回ろうじゃないか。湖には明日行くとして」

エヴァンジェリンが言うと皆頷いた。
それから、食事が終わるとイルゼ達は外に出た。
すると、丁度三郎丸達も出て来た。

「君達は観光かい?」

三郎丸が聞くとイルゼが頷いて答えた。

「そうだよ。三郎丸さんも?」

「いいや。僕達はこれからこの村のたか…」

「三郎丸!!」

イルゼの質問に答えようとした三郎丸に、春日部と呼ばれた男は怒鳴り声を飛ばした。

「あ、すいません!ごめんね、それじゃあまた!」

そう言うと、三郎丸はイルゼ達から離れて行った。
それを見送ると、朝倉が言った。

「三郎丸さん達は宝探しをしに来たんだね」

「みたいだな。まっ!とりあえず見て回ろうぜ」

イルゼが言うと、学が「そうだね」と言って、イルゼ達は歩き出した。
蝉の鳴き声が煩く感じながら、村を歩き回ると、所々に不思議な図形の飾りが飾ってあるのが目に付いた。
まるでサイの頭の様な形だ。

「何だろうあれ…?」

フェイが首を傾げると、突然後ろから声がした。

「あれは森の主様を模ったお守りみたいな物じゃよ」

イルゼ達は驚いて振り向くと、そこには腰の曲がった老人が居た。

「森の主?」

「そうじゃよ。この村に昔から伝わる話でな。この村の近くの湖の向こうが神護の森と呼ばれておってのう。その奥地で、昔から村を護っておると言われて
いる主様が眠っておるのじゃよ」

老人の話しに、イルゼ達が呆然としていると、老人はカッカッカと笑った。

「まぁ、単なる昔話じゃよ。と言うわけで」

「と言うわけで?」

老人の言葉に、イルゼが返すと、老人は主を模ったお守りを近くのお土産屋さんから持ってきた。

「一枚500円じゃ。どうじゃ?」

「………」

エヴァンジェリン達はそのまま行こうとすると、突然老人は泣き出した。

「うう…、折角話して上げたのにのう。最近の若者は冷たいのう」

そう言いながら、大きな声で泣き出した。
すると、周りの人達がエヴァンジェリンに非難の視線を向けた。

「…買えば…いいんだろ?」

エヴァンジェリンが言うと、老人はピタリと泣き止んで満面の笑みを浮べた。

「全員分買ってくれたら一枚495円にまけて上げるぞい」

ニッコリとしながら言う老人に、エヴァンジェリンは顔を引き攣らせながら人数分のお金を払った。

「毎度ありー!」

満面の笑みを浮べて手を振る老人、お土産屋の店主に、苦しげな笑みで手を振り返すエヴァンジェリンの右手は、血が滴りかねない程に握り締めてい
た。

「ま、まあ…、ご利益があるかどうか判らんが…」

そう言うと、エヴァンジェリンは買わされたお守りをイルゼ達に配った。
エヴァンジェリンは疲れた様に溜息を吐いた。

「図太い爺ぃだ。あれは長生きするだろうな」

エヴァンジェリンが言うと、イルゼ達は苦笑するしかなかった。
それから、村の中を見て回ると、イルゼ達が守森荘に戻ってくる頃には、空は真っ暗になっていた。
そして、夕食の時間になると、三郎丸達が揉めているのに部屋から出てきたイルゼ達は出くわした。

「どうしたんだ?」

イルゼが三郎丸に聞くと、三郎丸が「それが…」と言おうとすると、春日部が怒鳴った。

「三郎丸!!ペラペラ喋ろうとしてんじゃねえ!!これから探しに行くぞ!」

そう言うと、春日部と卑屈そうな男と三郎丸は外に出て行ってしまった。

「どうしたんだろうね?」

学が首を傾げると、イルゼは「宝探しの続きじゃね?」と言った。

「そう言えば、今朝は居た女性がいなかったですね」

夕映が言うと、イルゼが「そういえば」と言ったが、それっきり興味を無くしてイルゼ達は一階の食堂に向かった。
食堂に着くと、夕食は山菜を中心にした天ぷらと、ご飯、山菜の味噌汁に焼き魚だった。
イルゼ達が席に着くと、京が入ってきた。

「失礼します。今日はどうでしたか?」

「とんでもない爺ぃが居たな」

京の言葉に、エヴァンジェリンは疲れた様に言った。

「?えっと…」

どう反応していいのか判らなくなり、京は首を傾げた。

「それよりも、何か御用ですか?」

夕映が代表して聞くと、「ええ」と京は口を開いた。

「それが、春日部様御一行様が出て行かれてしまいまして。何か存じませんでしょうか?」

京の質問に、イルゼ達は首を振った。

「なんだかさっき上で何処かに何かを探しに行くって言ってたけど?」

イルゼが言うと、京は顔色を変えた。

「まさか…大変!」

そう言うと、京は慌てて外に出て行った。

「どうしたんだろ?」

京の様子に、学は怪訝な顔をしたが、エヴァンジェリンは「さてな」と肩を竦めた。

「とりあえず食べよう。何かあれば判るだろうしな。私達が首を突っ込むことじゃないさ」

エヴァンジェリンの言葉に、朝倉以外は頷いた。

「はぁ、なんか特ダネの臭いがするんだけどなぁ」

「とにかく食べよう。料理が冷めてしまっては勿体無いからな」

エヴァンジェリンの言葉に、朝倉も渋々頷いて食べ始めた。
それから、夜になっても三郎丸達は戻ってこないまま、京は風呂の準備が出来た旨を伝えると再び外に出て行ってしまった。
そして、その夜に三郎丸達は行方不明となった。
夜の帳の下に、獣の雄叫びが響き渡るのだった。




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